ご番です。ご当地ソングが好きすぎる、ワタンドです。 この配信では、都市や地域についてポップにお話ししていきます。
散々話した挙句、最後に1曲紹介します。 僕、新海誠監督作品がすごい好きなんですよね。
どの作品も何回か見返しています。 2022年に公開された、一番新しい、「すずめの戸締まり」という作品、ご存知でしょうか。
これ物語は、ヒロインのすずめちゃんが、日本各地に転在する扉を閉めていくという風なストーリーです。
開けるじゃなくて閉めるなんですよね。 放置された場所にある扉を閉めていくというところで、日本各地あちこち行きます。
この物語に込めた思いについて、今更ながらのインタビューを見まして、 あ、なるほどって思うところがちょっとありました。
その中ではこんなことが語られていました。
すずめの戸締まりでは場所を痛む物語が作りたかった。 各地を回る中で目にしたかつてのにぎわいが失われ、ひっそりと佇む空き家や廃屋。
家を建てる時には自沈祭でお祝いするのに、その場所が役割を終える時には、お葬式のような痛む儀式はない。
それなら人々の記憶が眠る場所を沈める物語はどうだろうか。 そんなことが書かれていました。
この場所を痛むというふうな感覚。 これ僕大好きなご当地ソング、これにもちょっと繋がってるなぁって思ったんですよね。
歌を聴きながらその土地を歩くことがあるんですけども、その歌詞に描かれたかつての風景、 これと目の前にある風景が少し重なって見える時もあるんですよね。
この歌が作られた頃にはどんな風景だったんだろうと、今とちょっと違うけど、どんな人々が暮らしてたんだろう。
そんなことに思いを巡らせるのが結構好きだったりします。
今、日本のあちこちでその記憶のうつわたる家、建物。 これが誰にも見とられず空き家として取り残されたりしています。
雀の閉じまりのようにね、雀が扉を閉めて回ったような場所。 そんなものがあなたのすぐ家の近くにもある、私たちの身近に増えているんですよね。
今回はそんな場所の記憶を大切にしながら、 日本のまちづくりにおいて大きく問題にもなっている空き家。
これの話をしてみようかなと思います。 過去と未来もひも解きながらお話ししていきます。
いや、なんでこれが増えちゃったのか。 今すごい多いんですよね、日本各地。 これをまずはちょっと見てみたいと思います。
日本がめちゃめちゃ元気だった高度経済成長期。 これが空き家ができるきっかけになっています。
1955年から1972年、3年ぐらいまでの頃ですね。 この時に人口がめっちゃ増えて、都会の仕事というものも増えて、都会に人がどんどん集まるようになってきました。
その結果、住む場所足りない、家足りないっていう感じになるわけですよね。 するともう家作れと、どんどこを用意しろという中で、山を削ったりしながらニュータウン作ったりとか。
そんな感じで必要い量でどんどん家を作っていきました。 建てれば誰かが住むというふうな、そんな時代だったんでしょうね。
今じゃ信じられないぐらい景気のいい話です。 ところが、今になれば全然景色は違うわけで。
人口が減って、かつて一生懸命作った家が余り始めてしまったっていうところなんですよね。 古くなったものをリメイクして使えばいいんだけど、
日本人って結構新築振興というか新しいものに住みたかったりするので、 みんな家探して、家高いって困ってるけど結構新築に住みたい人が多いわけですよ。
そうすると古い家たちは余っていくと。 ニュータウンなんかも皮肉られてオールドタウンなんて呼ばれたりもしています。
昔は街をどんどん広げるというとこ、人が増えるから街もどんどん作れっていうような形でしたけど、
今はもう逆回転しまして、街をギューッと集めるコンパクトシティと呼ばれるような180度違う政策の方向になっていったりしています。
いやー本当ね、時代が変われば街の世界も180度変わってきたというとこなのかなと思います。
そんなわけで空き家がめっちゃ増えているという形で、いろいろ空き家が増えることで問題も出てきてるんですよね。
ただこの空き家問題、日本中あるけども悩みは地域ごとによってちょっと違うかなというふうに思います。
例えば雪国、ここだと雪がたくさん降ると空き家は結構危険なものなんですよね。
雪の重みで家が潰れたり、屋根から落ちて雪が道路を塞いだりというようなことが発生します。
人の手が入ってない場所になるから。
雪のトラブルがあった時に人がいれば、お隣さん雪下ろしてとかどかしてって言えるんだけども、誰もいないと。
そうなると周りの人も困るし、空き家なんとかしてくれよみたいな感じで困ったものになるというとこです。
また都会、人が多い場所だとどうでしょうかね。
都会でも昔ながらの古い団地とかでも空き家が増えてますし、木造の建物が密集したような場所、そういうところでも空き家が出てきてます。
密集した場所とかだと、昔作った時には建物を作れたんだけども、法律が変わって道路にちゃんと接動していないと建物を建て替えられませんよみたいな感じの場所があったりします。
そうすると壊しちゃうともうどうもできないから建物放置した方がいいなということで建物が残されている。
そのルールとのミスマッチで空き家が発生しているみたいなことがあります。
狭いとことかね、都会の密集した場所で建物が残っていると火事があった時に一気に燃え広がったりとか、
あとちょっとね、溜まり場になっちゃって犯罪の温床になるとか、そういったような問題があるというところが都会としてはあります。
都会だとさ、空き家があったり人が住んでたりみたいなのがジグハグにある感じがあり得るんですよね。
専門用語で都市のスポンジ化っていうことを言ったりします。
穴空きのチーズみたいな、ちょっとポコポコした感じなんですけども、これがね結構深刻で、ゴミ拾いとかインフラのメンテナンスみたいなものも、
家がバラバラあるような感じだと面倒くさいし余計に金かかっちゃうみたいなことがあります。
さらには、持ち主がわからんみたいなことも問題になってたりもします。
自分が意思を持って、理由があって放置してるんだみたいなことだったら、まだ話し合いの余地というか、いろいろわかるようなところもあるんだけれども、
今でも誰が持ってるかも追えなくて、誰に言えばいいかすらわからない家なんかも出てきます。
そうすると、はっきり誰が持ってるかもわかるようにしなきゃいけないね、みたいなところが問題になっていました。
そういう中で法律が変わって、ちゃんと親が持っていた建物を子供が盗賊するときには、ちゃんとわかるようにしときましょうみたいな、
そういった課題というか対応策が取られるようにもなってきたりします。
今までは、自分の家なんだから開けといても勝手でしょって思う人もいたかもしれません。
でも今はそうも言っていられないところなんですよね。
周りに迷惑をかけるというところがあるので、2023年に法律が変わってボロボロのまま放置していると、
税金が今までの最大6倍かかるというふうな形の法律ができました。
これもともと建物がついている土地って税金が安い、減免されてたんですね。
6分の1になってたというところなんですけども、それゆえ建物を残しておいた方がいい、安上がりだというインセンティブが働いてたんですね。
これをちょっとなくすことで建物ボロボロのまま残しておくのはデメリットだなというふうな法律的に見直すというふうな動きになっています。
こういうところで少し空き家を持っている、空き家を放置しているというところがあんまり良くないねというふうなルール変更がなされているというふうな動きがあります。
こんな感じで空き家がいろいろ問題あるんだけれども、いろいろテクノロジーなんかも使って、なんとか解決していこうみたいな動きも結構あります。
例えば、プラ塔という技術があります。これは町を3Dマップにして、どこに空き家があるかと、どんなリスクがあるのかみたいなのがわかるようにしているものになっています。
はっきりわかると、ここがこうなんだみたいな、対応の仕様があるというか、見える化するみたいなところもあるかなと思う。
また、地方の空き家みたいなところを使って、二拠点生活みたいな形で都会暮らしもしながら、地方では空き家を使って安く住めますよみたいな、
二拠点居住の拠点にされたりしている事例なんかもありますね。
さらには、古い民家をオシャレにリノベーションしたりとか、街ごとホテルみたいな感じで改装する場合とか、サテライトオフィスみたいな、そんな場合もあります。
建物を無理に活かすっていうだけじゃなくて、雨水を貯める雨庭にするとか、
あと、みんなで周辺の人が野菜を作れるようなコミュニティ農園にするとか、
そんな緑とか平然を楽しめるスペースとして使う、みたいな動きも出てきたりするので、
いろんな方向で空き家があった場所、空き家の建物を使っていこうかなという風な動きが出てきています。
こんな動きを見た上で、もう一回新海誠監督が語ってた、場所を痛むというような言葉に立ち返ってみようかなと思います。
雀の閉じまりで描かれてたのは、役割を終えた場所にお疲れ様と気持ちを告げて扉を閉めるという事でした。
空き家問題で見ると、安全のために壊したりとか、腹地にするという風な場所、そういったもので役割を終えるという風な事だったのかなと思います。
ただ、終わりました。ここはもうリセットですというのは、消し去るだけじゃないとは思うんですよね。
空き家にもかつてはそこで暮らしていた人たちがいて、何か生活の余韻があったりするわけですよ。
こだわりとか思い出とか、そういったものが刻まれてたりするのかなと思います。
新しい人はそこをリセットして済むというのはもちろん選択肢だと思うんですけども、全て壊して新しくするだけじゃない方法もあると思うんですよね。
生かせる部分は生かして、今の時代に必要な形でリメイクする。
そういったこれからの街づくりの形ってのもあるのかなと思います。
さっき紹介した話だと、古さを生かしながら中身を最新の環境にしたレトロさもある便利なスペースみたいのもあるでしょうし、
もともと住んでた人の関係性を生かしながら地域の人たちが集まれる広場に再活用するみたいなこともあるのかなというふうに思います。
その場所が持っていた歴史をリスペクトしながら新しい役割を支えていくということで、今の私たちが場所を傷んで次に繋ぐというようなアクションになっていくのかなというふうにも思いました。
散々空き家について話してきたので、関連する歌を一曲紹介しようと思います。
今回お届けする曲は平川知一丁目の「島を離れる夢を見て」という曲です。
この歌は新潟の佐渡島が舞台で、そばまというふうな浜の名前が出てきます。
歌詞の中では小さな空き家を店に変えるというふうなフレーズも出てくるんですね。
そういう夢を持ってますみたいなフレーズが出てきます。
何か離島の、佐渡島は離島って言っていいのかあれだけど、島の空き家を使って小さなお店を持つとかってすごい良いよね。
自分の手でかつての記憶が眠る場所を新しい場所に変えていくみたいな決意も感じさせてくれるし、
新しいコミュニティ感もあるし、すごい温かいフレーズだなというふうに感じます。
僕も地方の空き家を使って自分だけのお店をするとか、パニャーやりたいな、そういうのも憧れがあるので、