1. ご当地ソングが好きすぎる
  2. 配信262:コンテンツは作った..
2025-06-14 08:13

配信262:コンテンツは作った人のものじゃない

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コンテンツは、クリエイターのものかもしれないけど、夜に出した以上はクリエイターの想いとは離れていくものだよな、という話。

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【番組紹介】

地名が出てくる歌のコレクターによる、偏愛に満ちた配信です。出来るだけ毎日配信しています。

国内唯一のご当地ソング専門のラジオ番組「ご当地ソング捜索隊」(府中コミュニティFMラジオフチューズ)のバックナンバーも、時々お届けします。ラジオ放送は、毎月第4土曜日 ~絶賛放送中。


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◆ワタンド

本配信のメインパーソナリティ。地名が出てくる歌のコレクター。都市と音楽が大好き。多摩地域で暮らす。

◆しゃり

ラジオ放送のパーソナリティ。ご当地ソングは素人。オーストラリア在住のエンジニアで主にリモート参加。


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サマリー

クリエイターが制作したコンテンツは、意図とは異なる形で評価されることがあるテーマが扱われています。リスナーは、コンテンツはクリエイターだけのものでなく、受け取る側のものであるというメッセージに触れます。

クリエイターの意図
お盤です。地名が出てくる歌のコレクターは、 単独お届けする偏愛に満ちた音声配信です。
番組が面白かったら、いいね、シェアもお待ちしております。
今回は、クリエイターが作ったコンテンツは、 クリエイターの手元を離れても評価されるかどうかという感じの話です。
ちょっと自分をまとまってないで話し始めてますが、 そんな感じの話です。
2.5次元のリリーサという漫画が、ジャンププラスで連載されている漫画がございます。
それはコスプレを楽しむ高校生の話なんですけども、 その中で非常にショッキングだったシーンがあります。
それは、自分が作った漫画が炎上しちゃうんですよね。
パクリ漫画だ、みたいなことを言われるんです。
だからその漫画家の方は、 自分が書いた漫画はダメな作品なんだ。
みんなから批判される良くない作品なんだ、 ということで思っちゃうんですね。
一方で、そのパクリ漫画と言われている漫画を、 すごい好きな主人公がいて、
本当に僕これ大好きな作品だったんです、 ということを作者の人に言うんですよ。
作者の人は炎上した作品だから、 こんな作品好きになっちゃダメだよと、
これはダメな作品なんだ、みたいなことを言うんですよ。
そしたら主人公が怒って、 作者にそんなこと言う権限はないと。
この作品に僕は励まされたんだ、 この作品のことを悪く言うなんて許さない、
みたいなことを言うんですね。
作品を生み出したクリエイターが、 これはダメなものだという資格はない。
これはお前のものじゃない、みんなのものだ。
一人一人受け取り手のものだ、 というような感じのことを言うんですよ。
結構今の時代、いろんな人がいろんなものを 作っているわけじゃない。
著作権みたいな感じで生み出したコンテンツは、
ある種クリエイターの所有物であり、 権利はすべて保有するものという感じじゃないですか。
何かそれが侵害されれば訴えるし、 改変することも許されないしということですね。
だから、所有権と言いますか、
クリエイターのものという側面は 法律的にはあるんだと思います。
一方で、法律的な話を抜いた時に、
受け取り手の評価みたいなところは 受け取り手が決めるものであって、
作者だからといって、これはつまらない作品だ という権利はないというのは、
確かにそうなんだなと。
作者、生み出した以上、作者の手元を離れていくんだな ということをちょっと思ったんですよね。
僕もこうやって、クリエイターというほどのものではないんだけれども、
何かコンテンツを作っているわけじゃないですか。
音声配信だとか、
ポッドキャスト、ラジオ、あとノートとかも書くか。
その中では、これはダメだ、失敗だ、 みたいなやつもたくさんあるわけですよ。
うわ、つまんねえみたいな、恥ずかしいみたいな。
恥ずかしさは消す場合もあるんだけれども、 そのままというコンテンツもある中で、
誰が読んでも面白くないだろうな、 誰が聞いてもつまらないだろうなというものの中で、
誰かが面白がる可能性は確かにあるわけですよね。
その受け取り方までは、クリエイター側は介入はできなくて、
受け取り手の役割
そこはもう委ねられているんですよね、受け取り手に。
何かその、クリエイターの手元を離れて評価されていくっていう、
クリエイターの手元がどう、意図とは違う。
自分がダメだと思ったとしても、 すごい認められるっていうことはあるわけで、
自分の意図しない伝わり方をするっていうことも あるわけですよね。
何かこの、意図しない形で広まっていくっていうのは、
コンテンツを作る上では、きっと何か、 実は本人妙利に尽きるというか、
面白いところ、コンテンツだとか、 面白いところなんじゃないかなと思うんですよね。
作品を作る中で、すごいいろんなメッセージを込めたり、
裏にはこういう意図を込めて作ったんですよ。
こことここは実は繋がっていて、 こういうメッセージがあるんですよっていうものが隠れていて、
それがその通り伝わったりとかいうところは、 それはそれで素敵なことなのかもしれません。
一方で全然違った形で伝わるっていうものも、
コンテンツと受け取り手の相互の関係の中で生まれ得るわけで、
クリエイターの意図が全てではないんだよなって思うんですよね。
今の世の中のコンテンツって、 作者がこういうメッセージを込めたんだなっていうことばっかり気になっちゃうんだけども、
そこって実は結構どうでもいいんだろうなって思うんですよね。
僕結構音楽のことをああだこうだ言うことがあって、
ラジオでも話すときもあるし、曲聴くときにもこういうふうに感じたなっていうことがあるんですよね。
そういうときに、やっぱり作者の意図はどうだったのかな。
どこかでこの作品について発言してるかなとかって調べるときもあるんだけれども、
調べて前提の知識がない人の受け取り方も、それはそれで受け取り方じゃない。
そんなにみんな文脈をしっかり把握して消費してるわけじゃないじゃない。
それを素直に裏のメッセージなんて知らないで、本当は悲しい物語なのに、
悲しい物語をポップに描いたとして、 ポップな作品でめっちゃ楽しい気持ちになりましたみたいに言ったとしても、
それはその人の感じ方で全然正解じゃない。
この裏の作者のメッセージの悲しさを理解できないから、君の感じ方は間違ってるよっていうことは何もなくてさ、
いやポップな感じなんだからポップでしょみたいな。言っておかしくないんだよね。
結構自分はこの音楽を聴いて、話すときに調べすぎちゃってるのかもなと思って。
かつ音楽に対して何か発言することをためらっちゃう時があるんだよね。
ファンの人から君の感じ方違うよって言われるんじゃないかなと思って。
僕、いろんな音楽を聴くにあたって、ある種幅広くにわかって感じだからさ、
怖い時があるんだけど、怖くていいじゃんというか、僕はそう感じたんだからいいじゃんって思えるようにやっと最近になってきたなという風に思います。
ちょっと話がゆっくり遠回りしながら来たんだけど、
作者の意図とコンテンツが結びついているところはもちろんあるんだけれども、
受け取り手とコンテンツっていうのもまたそれはそれで自由な関係であるべきだよなという風に思っているので、
もし何かあなたが感じて面白いな、話しいなとかいろいろ受け取った時にさ、それについて感想を言いにくいとか、
自分はよくわからないから言えないなとかいうのは遠慮する必要が全然ないんじゃないかなという風に思っています。
これはちょっと自分へのメッセージでもあるような今回は話でした。
そんなわけで、コンテンツと受け取り手とクリエイターという話でした。
この番組へのメッセージ、意見、謎はあそこの部分ですね。
この番組の概要欄のところに書いてありますので、よかったらお待ちしています。
そんなわけで、またお会いいたしましょう。
おばんでした。
08:13

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