まずですね、お仕事が、職業がミュージシャンですね。
そこが、先月くらいから、あることにまた気づいて。
なんですか?ミュージシャンじゃないの?
ミュージシャンとか、シンガーソングライターって紹介されることがツアー先でも結構あるし、
何かフライヤー作っていただくときとか、SNSの媒体でも書かれることがあるんですけど、
しっくりきてない自分に気づいて、
あー、なるほど。
私がやっているものは、たまにどこか、歌なのかな。
音楽、ミュージシャンって言われる人たちと一緒になっていいものかなって、なんとなく違和感があって、
それは、お客さんからいただく声も実際自分がやっていて、気づいたところでもあるんですけど、
歌と呼ばれる部分、曲の部分と、それをつなぐMCと言われる部分。
で、どちらも重いというか、口を動かしてるわけなんですけど、
弾き語りをしています。小林レオと申します。っていう挨拶もずっとしてきたけれども、
弾き語りって、何かしらの楽器を持って、一人で誰かの前で歌を歌うことではないっていうのに気づいて、
おー、ということですか。
それは弾き語りと私も思ってたんですけど、
俺も思ってる。
私まだ弾き語りをしている人を、一人、二人とか、そんなに私も見たことがないかもしれないって、
人のライブを見てても思ってて、この人は語っているのかな?
弾き語りの部分ですね。
歌っているだけじゃないのかな?とか、
なんかこう、弾き語りっていう言葉がある以上は、
弾き語りっていうものは、ただ歌うっていうこととはちょっと違うんじゃないかって考えるようになって、
で、自分なりのその弾き語りを、これからより見つめていきたいところなんですけど、
少なくとも、私がやっているのは、弾き語りでありたいって思っているところがあって、
そうすると、エネルギーの第一回目の前回の放送にも重なりますが、
弾き語りっていうのは多分、思いとか意志が滲むものだと思うんです。
そこにたまたまギターなり鍵盤なり、何かしらの楽器があることが弾きの部分で、
語りっていうのがまたついてくるのは、そういうものから生まれたんじゃないかなと思ってて、
なんかよくこう、人生はパズルだとか、映画のようだとか言う人いますけど、
なんかうさんくさいんですよね。みんながそう思えない、縦に首を振れないというか。
でも弾き語りは、一瞬、人生が滲むもの、誰かを見てて、この人の人生が滲むようだと思えたら、
その人がやってるものが弾き語りなのかなと思ったんですけど、
人生って言うとちょっとカッコつけてるし、なんか漠然としてる気もして、
それより一曲一曲なのか、トータルでなのか、まだ答えは曖昧ですが、
思いや意思が伝わる人が、弾き語りになれるというか、弾き語りと言えるのかな、かなっていう気持ちが、
先月くらいからふと湧きまして、私は将来、弾き語り。
辞書で調べたらいろいろ出るでしょう。ギターを持って何か歌うこととか、それこそ書いちゃってるかもしれないけど、
私は弾き語りイコール小林レオになりたいっていう夢がまたできて、
まだでもその気持ちが芽生えたのは、ほんとつい最近のことなので、話はこんな感じになってしまいますが、
弾き語りはきっと、今皆さんが周りでよく見てるものとは、もしかしたら違うものかもしれないというところにいます。
よく語るのところを、ちゃんと意味通りというか文字通りというか、やっていきたいぞっていう気持ちに最近なったよという話ですね。
ということは、仕事は弾き語り。仕事はそこの括り方が良くないのか。
なりわいと言えばいいですかね。
なりわいが弾き語りだよという状態でありたいということですね。今もそうなんじゃないかと、
その純度というか精度というか見つめる部分はこれからもあるが、今自分はそうなんではないか。なりわい弾き語りなんじゃないか。
いい話だったな。いい話だったと思いのほか。一発目の質問から。
それがありたい姿ってことですよね。
そうですね。ありたい姿で、8月吉ができた時、私がこうして生活が実際スタートした時には気づいていなかったことだったので、
この数ヶ月で気づいた、結構大きいことですね。私の中では。新しいアンテナというか引き出しが一個がばってできて、
そこにどうこれからその煮詰めたものが人に伝えられるだけの、またエネルギーになるのか言葉かはどっちもあると思うんですけど、
弾き語りとはっていうところに行けた。
なんかそれ、そういうふうにちょっと考えが変わったというか、それは移住したことと関連したりするんですかね?
していると思います。やっぱり、前回の放送で不安がなかったと言ったけれども、
身体や心は不安を抱えていたかもしれません。自分自身がトータル的に気づきたくないって思ってたのかもしれない。
新しい土地に住めば誰だってね、ちょっと緊張したり不安だったりはありますよね。
身体が実はすごく緊張して、心が持ってかれることもありますしね。
気づけたっていうのはやっぱり飛び込んだことによって、アルバイトも辞めてこしてきたので、これで何とかやっていきたいんだっていう気持ちを優先して動いてたので、
だからこそ、より自分の内面に多分向き合ったんでしょうね。
前の多分生活をしてたり東京にいたら、そこまで考えられなかったかもしれません。
岡田さんと基地で何回か打ち合わせする中でお話したこともあったかもしれないけど、
やっぱり動いてみてエネルギーを出す。自分のエネルギーとも向き合う。
その中でじゃないと気づけないことが多分あって、それの一つかなと思います。
なりわや弾き語りのところで言うと、弾き語りの魅力、なぜそれをやりたいかっていうところはどう感じてるんですか?
とっても自由度が高いのが弾き語りなんです。
音楽家とか、それこそミュージシャンって言われる方が自由がないわけじゃないんです、もちろん。
その人が作ろうと思えば、ジャンルレスにいろんな曲もできるし、声も変えられるかもしれないけど、
でも弾き語りの自由さは、ある意味メロディにとらわれなくても良くなる瞬間もあるし、
わかりやすく言うとしたら、詩人の人もいるので、ちょっとおこがましいけれども、詩の世界に足を突っ込んでるようなところもあるんですよね。
確かに自分の生き方が、半分以上やっぱり滲むところもあるので、それを表現する時に弾き語りっていうのは、ある意味音楽的な音符が外れる、言葉もいらなくて顔面だけで伝えられる時もある。
ってなると、すごく取り囲むものが、自分次第でなくなっていくものなので、自由ですごく性に合ってるなっていうところが魅力の一つです。
ここまで聞くと、どんな音楽性なの?みたいなのが気になるじゃないですか。ここまで聞いちゃうと。小林さんのYouTubeチャンネル貼っときますので、ぜひ見てほしいんですよ。
それ言ってることが、ちょっとかもしれないけど、僕はちなみに見たんですけど、多少は。いくつか動画見させていただいて、感想というか思ったのは、今言ったことが、多少は理解してもらえるんじゃないかなと思いますし、
僕、レオさんのライブ、まだ直接見たことがない。見たことがなくて、12月28日がおそらく初めてになるんですけど、これ動画を見た僕の感想ですよ。
僕は、よくある高校生になって、ギターを始めて、ちょっとモテたいと思ってました、みたいなタイプの人間なんですよ。もう、ぼんひゃくの。そこらへんにいる。下心があって、ギターを始めた口。
不純な。
不純な感じで、最近ゲストハウス始めたし、イベントやらなきゃいけないから、またちょっと触るかって触り始めていて、その当時の気持ちとか思い出したりすることもあるんですけど、その状態を踏まえて、小林さんの動画を見たわけですよ。
俺はミュージシャンにならなくてよかったなって思ったんですよ。俺、これできねえなって思って。そのエネルギーがやばすぎて。
俺はこんなに真面目に歌うたり、それこそ語ったり、みたいなことができねえわ、これって思って。よかった、ミュージシャンとか目指さなくてって思った。
あるじゃん、ギター弾き始めたらミュージシャンとかかっこいいし、なってみたいとか思うわけじゃん。憧れるじゃない。憧れて、当然慣れないわけなんだけど。
でも、僕はそこまで強い方じゃないけど、なってみたいなとかくすぶるみたいな、多少は思いがあるじゃん。完全に断ち切れてた。
立ち切れたんですか?
立ち切れた。
ちょっとあったんですか?
今、残ってたって意味ではないんだけど、ここまでなんなくてよかったって思えたことないって感じ。
表現先がさ、人によって何で表現するかってさ、違うから。
りょうさんの場合は、弾き語りって形で表現するし、岩澤さんの場合は、こういった基地みたいな場所とか、もしかしたらこういうポッドキャストっていう形で、それをね、表現してるっていう。
ただ、ミュージシャンはかっこいい。かっこいいから、憧れるし、ほら、多少はさ、ギターうまいねとかさ、言われたらいい気持ちになるじゃん。
その経験ぐらいはあるわけよ。やってりゃ、そのうちにあるわけ。
で、そこで、ちょっとその先に行け、行け、行け、行け、うーんとかってさ、
調子に乗りたくなるときとかさ、かっこあるわけ。
で、そのときの自分に対しても言いたいんだけど、
俺はなんなくてよかったっていう、思わせられる動画だった。
本当ですか。
俺はこれはできないって思ったので。
今のお話聞いて、すごい納得したというか、
最初に、りょうさんからお問い合わせいただいたときに、
YouTubeのチャンネルとか見て、多分名前的にこの人だと思うみたいな感じで、
勝手に英語サーチしてね。
調べて、どんなジャンルの歌を歌う人なんだろうとか、気になるじゃないですか。
それで、何本か見てみたんだけど、あんまりどういうジャンルっていうこともないなみたいな感じで、
どういった感じなんだろうと思って。
でもそれが、今話したジャンルとかからもとらわれないというか、
自由さみたいなものが、そういうふうに感じさせたんだなっていうのが、今分かって、
すごい、なるほどって。
うれしいですね。
そのお問い合わせいただいた直後さ、
多分この人だとかって見せた記憶があるんだけど、
どんな人がさ、先ほど言ったように、ライブやりたいんですってだけ言うとさ、
どのジャンルの、言ってしまえばどのレベルの人かって、分かんないじゃん。
分かんない。
分かんないじゃないですか。
だから、英語サーチしてみようって話になって、
どうやらこれだぞっていう動画を見たっていう話が今なんだけど、
感想一言目は、この人ガチやん。
そうね。ちゃんとしたアーティストの人から来た。
ちゃんとやってるぞ。
ちゃんとっていうのは、いい意味で趣味だったりする人が来る可能性があって、
それはそれでいいわ。全然よくて。
ただ、そうじゃなくて、本当に何ていうのかな、
だからそれがね、すごい楽しみですよね。
はい、よろしくお願いします。
あと、今日僕もう一つ聞きたいことがあるんですよ。
はい。
先ほどね、COJに来るにあたってみたいな、2人のところで、
アルバイトも辞めてみたいなお話もあったじゃないですか。
僕、昨日の打ち合わせとかでも、ちょっとお話をね、させていただいた中で、
れおさん現在、これすげえなと思うんだけど、
ミュージシャンとしての収入だけで暮らしているという。
はい。
音楽の活動、弾き語りの活動の収入のみっていう、
だから、いわゆるバイトしたりとか、何か会社に勤めながらとかいうことではなく、
はい。
もう、1日24時間、365日をフルベッドしてるみたいなことなんですね。
そうです。
すごいっていう。
嬉しいです。
なかなかね、昨日お話ししたときもそうでしたが、
やっぱり音楽って、ほんといろんなテンションでやってる人がいるし、
実際その人の前でやるときも、
テンションに限らず、テクニカルだから心を打つ人と、
テクニカルとは真逆のところにいるけれども、心を打つ人。
いろんな心を動かす魅力があって、それぞれに。
だからこそ、流行とかそういうジャンルも1回取っ払って考えても、
本当に多くの人が常に本番の現場でも混じり合っていることがとっても多くて、
勝手なイメージで、なんか若そう、女の子で。
話してる感じだと、まだきっと音楽青春って感じで始めた感じなのかなとか思われることもあるし、
あとは、普段働いてやってるのが当たり前っていうイメージもすごく多いんですね。
それはSNSとか発信できる媒体がライブ以外にもすごく増えたこともあって、
様々な人が自分をいろんな場面で表現できる機会が今はあるからこそ、
勝手なイメージで、その岩浅さんとアキさんみたいに、
それだけで暮らしてる、生きてるってすごくないって言っていただけることって滅多になくって。
そうそうであるということが伝わらないということですね。
そうです。伝わらないからこそ、そうじゃない、そうじゃないよっていう質問ばかりの方が逆に多くて、
そんなこと気にはしてないですけれども、でもストレートに一言目がお二人みたいな言葉をいただくと、すごく励みになるんです。
いやすごいし、僕の場合は、もうその状態に身を置くという時点で、
それこそさっき言うとのガチじゃないけど、その気合、その気持ちっていうのを感じるわけですよ。
首になっちゃったじゃないわけじゃないですか。
首になっちゃったは違うだろうって話だけど、
辞めて塩尻に来て、それを選択して、前呑みに来て、今の状態になってるわけだから、
どうやって生きてるん?って話もそうだし、なんでそのようにしたの?別にバイトすることが悪いとは全然思わないから。
そうですね、それは私も思います。
ただ、憧れるというか、フルベッドして全ての時間を音楽とか、自分の曲を作るとかね。
それに時間を避けたら、それは素敵な話だなと。
僕も憧れるし、その方が良いものができるかもしれないっていう気もするという。
いろんなやり方があるから。
目指してる人いるだろうなって、でもできてない人が多いだろうなって勝手に思ってるんですけれど、
それがそうしようと、なぜ思ったのかっていうところから聞いてもいいですか?
そうですね、そうしてみようと思ったのは、
弾き語り、さっきの言葉の意味とか、まだたどり着いてない時から気持ちとしてあったのは、
なるべく弾き語りっていう自分が見つけたやりたいことに、時間、頭、心、体全て使いたいなって思ったところがまず一つ。
あとはアルバイトをしてた当時、建築現場でバイトをしてたんですけど、
東京で自分の住まいから各地、社長が指示した現場に行ってたんですね。
それは時折、しばらくの間一定の場所に通い続けることもあれば、しょっちゅう変わることもあるんです。
こっちが人足りないから小林行ってとかいう感じで。
でもやっぱり、いまだに男の方が大勢いるのが現場の世界なので、
なかなかだいぶ女の子は力とか要領も見て、先輩がフォローしてくれた数年だったんですけど、
身にこたえる厳しさもあるバイト先だったんですね。
それでやっぱり朝早くに起きることだとか、満員電車に乗るたびに、
それはサラリーマンの方も誰しもあると思うんです、学生も。
だけど、私はこれに乗る暮らしはしたくない。
自分の好きな用事のために電車を使いたいとか、
朝、自分の予定のために起きる時間を自分で決めたいとか、
そういう一つ一つが小さなことだけどあったんです。
それを叶えることも夢っていうか大事なことの一つで、
弾き語りだけに目が向いてないところがあります。
弾き語り、こんなさっき思いを聞いていただいたけれども、
一番の夢は自分の人生に感動することなんです。
よささんが打ち合わせの時に、キチとかポッドキャストは今自分ができる手段の一つだと言っていたんですけど、
私ももしかしたらそうかもしれません。
弾き語りの答えが煮詰まって、自分でやってるなっていう思いもあって、
しばらくやる時期があるかもしれません。
でもその後急に塩汁で、やっぱり食が私を支えてくれたな、サニーレタス作りたいとかなっちゃうかもしれない。
何がどうなるかわかりません。
でも自分の人生に感動するっていう夢のためには、電車に乗らない現場にバイトに行くために、
っていうのも、その感動するっていう夢を達成するための一個だったんですよね。
だからアルバイト辞めて、頑張ってみようっていうところにたどり着いたんです。
自分のために時間を使えるという状態をやってみようと。
そうです。
いいよね。
生き方ですよね。生き方とか暮らし方。
自分が電車一つ取ってみても、自分で決めるとか、自分が心地いいと思う行動が取れるような暮らしを優先したい。
したい。
俺フリーになった時、たぶん同じようなこと。
まさに私もそれです。完全に。
出勤がなくなって、もうラッシュの時間に絶対自転車乗んねえって思った。
で、打ち合わせがあったら、その時間に行きゃいいし。
そうですね。
でも結局、ラッシュは避けつつ、10時ぐらいにはオフィスに行く時間、生活に僕はしたけどね。
東京で会社員してた時に、同じ場所に毎日オフィスに行かなきゃいけない仕事だったので、
同じ場所に同じ決まった時間に毎日行って、同じ家に帰ってくるっていう、それが毎日繰り返されてて、
それで、9時にオフィスに着かなきゃいけないんだったら、家から最寄りの駅まで何時の初の電車に乗ってとかって決まってるじゃないですか。
それで、それに乗って行くみたいな感じの暮らしをして、
で、決まった打ち合わせに参加して、みたいな感じで暮らしてた時に、
塩尻に遊びに来る機会があって、塩尻の人たちとお話ししてた時に、
当時、私、車運転できなかったので、友達が車運転してくれたりとかして、自営業の子たちとかもいたので、
自分の手で車を運転して、自分で時間を決めて、動いて、行きたい場所に行って、仕事も自分で決めてっていう、
大人だなって思った。
で、私は全部決められたものに即して生きているみたいな。
電車の時間も決まってるし、会社の行かなきゃいけない時間も全部決まってるのに、
即して私、生きてて、自分で自分の人生何も決めてないなって、
1日1日の過ごし方ですら決めてないなっていうのが、けっこうすごく大きくあって、
それに対して、もちろん塩尻でもそういう生活してる方もいるとは思うんですけど、
私が出会った塩尻の人たちは、けっこう自分のペースとか、自分の暮らしみたいなのをちゃんと持ってる方が偶然だけど多くて、
そういう生き方を自分もしたいなとか、収入とかそういうんじゃなくて、
どういう暮らし方、生き方ができるかを基準に自分が住む場所とか、
暮らす町とかっていうのを決めてった方が、それで身の丈にあった暮らしぶり、
住むおうちだったりとか、そういうのを決めて、そうしたことによって、もしかしたら収入が下がるかもしれないけど、
そしたら別に自分の暮らしにあった収入なんだから、それで生きていけばいいよね、みたいな感覚がすごく生まれてきて、
それで会社も辞めて、私も無職になってこっちに移住してきて、仕事はしばらくしなくていいかなぐらいの感じで移住してきてたので、
すごい共感します、今の話は。
アキソンの話に出てくるワード、言葉の一つ一つに私も共感して、決めるっていうこと、絶景にイベントに来てほしい人たちの、
自分の考えて決める感覚を大事にしてほしいっていうのは、少なからずその実体験があるから、
人にこんな言うのはおこがましいけど、誰しも思うことですもんね。
ここは嫌だ、これはいいとか思うことって。
で、やろうと思ったら意外に叶う夢は身近なところにもいっぱいあって、決して手の届かないことじゃない。
それこそ今日は家でご飯が食べたいのか、外食するのかっていうのと同じくらい考えて決める習慣がつくと、
あんまり苦にもならないし、やってみた結果でまた動けるところがありますね。
結構結果考えすぎて動けなくなることが、私も働いてたときはすごく多かったので、
共感できる経験っていうか、それがあるから今こうやって毎日なんとか生きている。
実際、収入源とか聞いていいですか?
たぶんね、めっちゃ気になってる、これみんな。
とはいえ、とはいえどうやって生きてるっていう話で。
たぶん家族も心配してると思います。
いや、俺もその経験あるんですけど、あいつ何してんだって思われがちな人なんで。
そうですよね、わかりにくいかも。
でも、僕と同じというか、下手したら僕以上に分かんないかもしれない。
僕、ほら、宿屋始めたから。
宿は分かりやすい。
分かりやすくなりつつあるかも。
ここからお金を得てるんだ感があるよね。
一泊以下なんだ、みたいな感じになってきてるんですけど。
確かに確かに。
レオさんの場合は、今何が収入源なんですか?
長野にかかわらず、弾き語りライブをした時のチケット代であったりとか、投げ銭の日もありますけど、その弾き語りライブをすることで入ってくるお金。
プラス、その時にイベントで大体物販と呼ばれるもの、グッズとかを販売したり、音源を販売したりしてるので、それが売れた時のお金が自分に入ってくる。以上です。
え、そのライブの現地だけってこと?
そうです。
すげーな。
音楽業界のことはあんまりよくわかんないんですけど、CD出すとかそういうことじゃないんですよね、今って。
サブスクに登録するとか。
そうですね。そういうのがありますから、前より発信できるものが増えてるんですけど、自分があんまりそういうのが好きじゃないもんで。
それは別に全然いいことだと思う。
知ってもらいやすいし、何で火がつくかはわからないから、勧められたこともあります。
だけど、自分がかっこいいと思う人たちが、まずそれをやってない人が多いっていうのと、自分もそういうのが、ちょっと苦手意識があるのもあるし、音源にしても、やっぱり貸しカードを手に取って、
あの人の言葉はこうだったかって、目で追う時間とか、その添えてある写真を見ることとか、たまに本人が書いたメッセージっぽいのが入るコーナーがあったりとか、
全てをそのままの形で味わいたいから、私もそうしようと思って、今は、そうですね、音源も手売りと、物販も手売りと、弾き語りでやったものに返ってくるお金です。
すげーな。
もう本当に直接お届けするっていう。
はい、直接感じですね。
うちも宿泊券手売りにするって。
お願いします。
買ってください。どうぞ。
いや、もう来てるけど。うちの商売の場合はね。
でもね、今日着てるスウェットも、すごいかっこいいグッズですよね、それもね。
そうです。安全第一。ちょっと冬服がなくて、自分用にトレーナーを作ったんですけど。
めちゃくちゃいい、それ。
物販はTシャツの形で売っています。
あ、そうなんですね。柄は同じでってことね。
はい、柄一緒で黒字バージョンと白字バージョン。色が反転して。
ちょっとあの、ポッドキャストなんで簡単に説明すると、黒字に白で、後ろ月なのかな?月をバックに。
月、日の丸、どっちも意味を込めました。
白い丸をバックに、骸骨になったレオさんが、片手にヘルメットを持って、踊っている?
飛び出してる?
でも、どんな解釈もすごく嬉しくて、その自由さも好きで、作った時にちょうどメキシコに行く前だったのもあって、
飛び出していこうっていうのもあって、自分のその感覚をね、頼りに。
っていうので、このちょっと動きがあるポーズにしたかったんですよね。丸から飛び出していく。
飛び出してますね。
踊ってるにしても、決してマイナスな、ネガティブな絵には見えないと思うんですよね。
見えないですね。
ポーズに見えると思うので、これはもともと意図して、この姿勢を骸骨にとらせたところと、
なんか、そもそも骸骨っていうのが、死んでしまって骨になったら、みんな同じだっていうのを、夢の中で得た言葉なのか、何かの本で得た言葉なのかわからないんですけど、
あったんですね、ある日ね。
で、グッズを考えるときに、その当時ちょうどライブで、私今何見せられてんだろうっていうライブをよく見ることがあって、
で、自分のことを置いといてですけど、そのときにこの人は、私もそうだけど、肉とこのね、生まれ持ったものがあって、
ビジュアルがあって、で、中身を出してると。ライブで出してる。骨になったら一緒だけども、なんかこのオカッパマークが透けて見えるくらい、
なんか骨になって何にも削ぎ取ってなくなって、動いてたり何か話してるだけでも、小林玲音ってわかるくらい、私はやりたいんだって気持ちが当時あったんですよね。
ポイントは、骸骨なんだけど、髪型がオカッパなんですよね。
そうなんです。
あとね、全然骸骨だから、なんか怖い感じとかでは全くなくって、むしろなんかすごい骨だけなのに笑顔の感じで、動きもね、踊ってるみたいって私さっき言いましたけど。
嬉しいです。
楽しい感じで。
よかった。
すごい。こういったグッズがいろいろあるってことなんですね。
それを踏まえて、買うなり投げ銭するなりするっていうのが、小林さん的には良いってことですよね。
そうですね。やっぱりわかりやすさがすごく、自分の活動で人に伝えるときもわかりやすさは大切だし、
お客さんがどう思ったかっていうのが、投げ銭だとその人が直接、岩浅さんとか秋さんって、
私はあなたのここに心動いたって言って渡せるものなので、
たまに会場によっては、会場とチケット代の何パーセントずつかって、割るときもあるんですね。
でもそれが介入がなくできるところは、ダイレクトに。
お客さんも気持ちがいいだろうし、私も気分がやっぱりいいです。
バイトを辞めたからこそ、なるべく手売りもそうですけど、生でできる機会は大事にし続けたいですね。
ちなみにね、12月28日のキッチンでのライブも投げ銭制で。
はい、ありがとうございます。
投げ銭した分は各ミュージシャンにダイレクトにできますし、
うちはドリンクが出ると、うちの利益が出るよっていうやり方にしてますので、
投げ銭とドリンクはなるべく多めにお願いしますと。
はい、お願いします。
ワンドリンクと言わず。
ワンドリンクじゃ足りないんじゃないですか。
喉乾いちゃうと思いますよ。
そうなんですよ。
っていう話もあって。
でもそれでね、生きれるとか生きようとするのがすごいなと思ってて。
そこまで持っていけてるっていう事実もそうだし、
分かんないけどそれを選択するっていう。
リスクを追うっていう言い方が合ってるか分かんないけど、
ちょっと不安が大きくなりそうなやり方だとは思うので。
それができてること自体がすごいなと思いますし。
なんかこう、何だろうな、最後一個だけ聞いていいですか。
その行動が取れるとか、歌で伝えたいことの大元というか厳選っていうかって何なんですか?
シンプルです。嬉しいっていう気持ちです。
どういう時の?
自転車に乗らなくて、乗らなくできた自分、嬉しい。
で、乗らない分自転車で走った時、今までより気持ちよく感じるかもしれない。
それも嬉しい。
全部歌が届いて、弾き語りが届いて嬉しい。
嬉しいなんです、全部。
嬉しい。嬉しいがあって、
嬉しいを歌でも伝えたいということ?
嬉しいを伝えたいわけではないです。
でも自分が今弾き語りを選んでいるのは、絵を描いたり文を書くことよりも、この手段がいい。
自分に合うと思ってやりたくてやっていること。
で、弾き語りで伝えるのは全て嬉しいの感情だけではない。
生きているといろんな感情になりますからね。
でも全ての原動力になるのは嬉しいなんです。
嬉しい分何かの出来事で悔しいも出てきます。
でも悔しいから始まることより、嬉しいがあったからこそいろんな感情になれるんです。
これが楽しいじゃダメなんです。
深いな。
私は弾き語りをやってて、楽しいって思ったことが一回もないです。
嬉しいしかない。嬉しいとか別の感情しかないです。
楽しいは余韻がすぐ終わっちゃうんです。
あっても2,3日とか、長い人だと1週間、1ヶ月間も。
でも嬉しいはもう無限なんです。
嬉しいってすごく残ってるんです。
自分の中に土が重なっていくみたいに積み重なってて、知らない間に。
それでその嬉しいが、気づかぬうちに原動力になってる。
それはでも弾き語りをやって、わりと初めの頃には嬉しいからできてるんだと思いました。
今も変わらないです。
嬉しい。それだけ。
嬉しいという、嬉しいが生まれる、積み重なるっていうことが、
そうなりやすいのが、例えば弾き語りっていうやり方であったり、
今はそうですね。
今はね。それに全ての時間を使おうという意味で、アルバイト辞めて、それで得た収入で生きるっていうことが、
その嬉しいに繋がりやすいということですかね。そういう理解で合ってます?
そうですね。結果嬉しいが回っているんですね。
回っている。
やっぱり、よく弾き語りの活動とか、何かその自分の活動を広めるために、人と出会わなきゃと思って、
ちょっとふるい立たせて、例えば飲み会に参加するとか、ありますよね。
交流は大事だし、僕というのはすごくいいことだけれども、
その時に飲んだ一杯よりも、弾き語りの投げ線で炭ジュースを一本初めて買えた時、すごく嬉しいんですね。
それは考え深いな、確かに。
そう思うようなことがいろんなところであって、目覚まし時計を自分の設定した時間で、
そもそも目覚ましをかけなくていい日があるとか、そういうことも生活のほんと細々したところで嬉しいがいっぱいあって、
それを日々、バカみたいに感じてるんですね。
なんか、これこれとか思いながら、時に自分のこれからを急に考えてしまう夜とかは、私ももちろんあったり、
これでいいのかなーって立ち止まる、立ち止まることも人よりすごい多いと思ってるんです。
でも、止まっても、もう一回、もう一回っていう回数も多分多いと思ってて、
でも、なんか、それで結果嬉しいが回って、今日まで来れてる実感があるから、それが何より信じられるものになる気がしてて、
だから絶景のコンセプトもそうだけども、自分のエネルギーとか生き方に触れてくれた人が言葉で説明しなくても、
あ、ほんとだ嬉しいってこうなんだって思ったり、あ、じゃあまたなんかヒントになるかなって言って、
時間が空いてもいいのでライブ見に来てくれたら嬉しいし、
こういうふうに、日々日々、自分を保つためにも何回も思い返してます。
こういうメディアの機会は、それを再確認させてくれるいい機会とも思ってます。
でも、こういうチャンスがない日々も常に思ってる。じゃないと結構取り乱すほうなんで、慌てちゃったり。
そう、どう終わりたいかというのがなんとなくわかってきましたね。
いや、あれだわ、お決まりのセリフかもしれませんけど、ここから先はライブでっていう感じですね。
なんかね、お話聞いてると嬉しい気持ちになりますよね。
本当ですか?
りょうさんの話とか、一つ一つの言葉だったりとか、身振り手振りとか、話してるときの表情とか、
なんかそういうのが、私たちが持ってる嬉しいのポイントをちょっとくすぐるというか、
なんかそういう感じがあって、すごいあったかい気持ちに、こうやって話してるだけですけど、
今日はね、ギターとかもなくって感じですけど、なんかそれでもやっぱそういうのを感じるので、
ライブはもうより一層だろうなと思って。
すごい楽しみですね。
結構喧嘩っぱやいとこもあるんで、人を真逆の気持ちにさせることもあるんですが、
でも、それでキレる人はもうしょうがない。
そこからより深まることもあるので、なるべくある意味ステージとステージじゃないところが、