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こんにちは、おあです。三次子育て中で、小学生の娘2人は、ホームエデュケーションを選択しています。
今の学校教育に疑問を持っている方や、今の学校には合わないけれど、代わりとなる教育がなくて困っている方と一緒に、これからの学びの在り方について考えるチャンネルです。
第79回目の今日は、【母との別れで考えたこと①死ぬってどういうこと?】というテーマでお話ししていきます。
今日の放送は、教育とか学びとか、ホームエデュケーションとは関係ないお話になります。
先月、私の実の母が亡くなりまして、そのことで本当にいろいろ考えたことがありまして、そのことをちょっといろいろお話ししてみようかなと思っているんですね。
以前ですね、第59回目の【底辺とはそのマインドのことである】という放送会で、ちょっとですね、ちらっと私の母のことに触れているんですけれども、その母がですね、76歳で亡くなりました。
2月の末ですね、私の父がですね、散歩から帰ってきたら、リビングで倒れていて、意識がなくなっていて、救急搬送されたんですね。
その救急車の中で一回目を覚ましたんだけれども、そのまま集中治療室に入りまして、MRIの検査をしたところ、蜘蛛膜化、出血ということで、一応どうしますかということで、助かる可能性というのはかなり厳しい状態ではあったんですけれども、かなり大きな大手術をしまして
手術としては成功したということだったんですが、結果そのまま意識は戻らず、3月の上旬に亡くなりました。
葬儀も終わってましてですね、今週末にもう49日がありまして、もうこれからですね、葬族ですとか遺品整理ということで、ちょっとバタバタしているかと思います。
私自身もう40代後半に差し掛かってまして、直接的な憎しんというんですか、本当に身近な人を亡くしたというのは今回が初めてなんですよね。
もちろんね、もうこの年ですので、もう私自分の祖父母、おじいちゃんおばあちゃんたちはもう全員亡くなって、それぞれ施設に入って長かったり、もう80歳とか90歳とかもうそれなりの年齢に入っていたりですとかね。
もう病気を抱えていたりということでもある程度わかっていたということと、やっぱり当事者として葬儀を出す側ではなかったわけなんですよ。
あくまでも孫という立場だったのでね、両親がいろいろやっているのに、その当日だけちょっと葬儀に参加するというような立場だったので、
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もう悲しいとかよりもむしろ久しぶりのいとこと会ったり、なんかあんな久しぶりみたいなちょっと懐かしい集まりみたいな場だったりもしたんですよね。
もう完全にお客様扱いっていう感じだったんですよね。もう年齢も年齢でしたのでね、もう大往生だったよねっていう感じだったんですよ。
ところが今回は急だったっていうこともありますし、そこまでね私と母もいい関係では最後までなかったですし、
何よりその死ぬ間際の姿、ICUで呼吸器につながれてもう本当に最後の命の灯し火という姿を目にしているんですね。
母が倒れて救急搬送されて実際に息を引き取るまで10日だったんですけど、10日間一応生死をさまよったわけなんですけれども、
その期間がやっぱりね一番私としてもいろいろなことを感じましたし、その10日間のあの体験がやっぱりすごく考えさせられましたね。
母がねその生死をさまよっていてもう死に直面している姿を見て、やっぱり私今でもちょっとわからないことはですね、
自分の命なんだから、自分の人生なんだから好きに生きていいって思うじゃないですか。
人の人生なんだから人がとやかく言うことではないと思うんですよね。
それはもう私ね本当に頭ではわかってるんですけど、やっぱり母のその本当にもうつながれてねもう本当に最後の灯し火っていう姿を見たときに、
私がなんで母と会うのが嫌だったか、イライラしてしまうのか、なんで母のことがもう嫌だったのかっていうのがやっとわかった気がしたんですよね。
まあ私の母っていうのは一言で言えばとても依存的で、すごく親友的な人だったんですね。
私から言わせてもらうと、まあちょっと世間知らずでですね、視野が狭くてもうわがままで自分勝手で、
うーんなんかねこんな幸せな国のこんな幸せな時代を生きて、事故に遭ったこともなければ病気にかかったこともない、
健康そのものでですね、お金に不自由することなんて全くなかった方なんですよ。
自分の思う通りの家もですね、2、3軒建ててですね、子供たちもね、私も兄がいるんですけど、
2人とも今立派にね、一応育って、かわいい孫もいてですね、自分の好きな趣味を思う存分やらせてもらってですね、
もうこれをね幸せと言わずに何というのかというような人生なわけですよ。
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これで幸せって思えないなんてもうバチが当たるんでしょっていうような風に私からも見えるわけなんですよ。
なのに今ちょっと文句が多かったりですね批判ばっかりだったりですね、
要は自分の価値観みたいなのを一方的に周りに押し付けてですね、みんなに気むたがられていたわけなんですね。
死んだ母のことなんでね、あんまり悪く言うのもどうかなとは思うんですけど、
私はね、なんかもう理由はあった、こういうことが嫌とかって思ってたんですけど、
その母が本当にもう手術を終えてでももう意識が戻らない、横たわっている姿を見た時に、
自分がですね、母の何が嫌だったのかっていうのがもうやっとわかったんですけど、
それはですね、まあ言葉にすれば母が自分の人生を精一杯生きているように見えないということが嫌だったんですね私。
母がせっかくの命をですね、無駄遣いにしているように私には見えていたんですよ。
それが嫌だったし、許せなかったんだなって。
裏返せばですね、私は母に精一杯、もっとちゃんと幸せに人生を満喫してほしかったんですよね。
一言で言えば、もったいないってことだったんですよ、私から見るとね。
もっと楽しめるし、母さんね、こんな恵まれた人生ないよって。
これを幸せを受け取れないで、感謝を感じられないで、何のために生きているのって。
そういう命を無駄にしているような、人生を無駄にしているような母が私は嫌だったし、恥ずかしかったし、
もうこういうふうな人にだけはなりたくないと。
だから私やっぱりね、ありのままでいいとかね、そのままでいいとかってやっぱね、思えないんですよね。
学ばないとこうなると、人は平らだから、弱い人間だから、簡単に流れてしまうものだから、
成長しようとしないと、こういうどんどん人っていうのは落ちぶれていってしまうっていうような恐怖を母を見ていて、私は知っているんですよね。
安心で便利で快適な生活?何不自由ない生活?幸せで満ち足りた生活?
でもそれが当たり前になっていると、人は母のようになってしまうんだと。何の感謝もなくなってしまうんだと。
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幸せなのが当たり前で、もうちょっとしたことで今度は不平不満をたれるようになるんだと。
ちょっとした欠点とか満たされないことばかりに目が行くようになるんだと。
それがね、人間の差がっていうんですか。
弱さ、小ささ、悲しさ。
母は反面教師なんですよね、私にとって。
でもそんな母が実際目の前で亡くなっていって、私ね、人がどう生きようと関係ないんかなっていう気もしたんですね。
私から見ると母は命を粗末にしているように見えるわけですけど、
でもその人の人生はその人のものだけなんだとしたら、はっきり言って関係ないんじゃないかなって。
その人がどう生きようと、どう適当に無駄にしてようと関係ないんかなって。
究極言えばもう好きに生きたらいいんかなって。
家族だから、母だからこうしてほしいとか、幸せに生きてほしいとか思っちゃっているだけで、
それも私の勝手だったのかなってね。
だってね、死に方だけ見たら実はね、理想的だったんですよ。
私ね、やっぱね、母がこうやってあっという間にいってしまったのを見て、
やっぱ長生きしなくて私いいって本当に思いましたね。
私も76くらいでこうやってある日突然倒れて死にたいなって。
それが一番こうピンピンコロリっていうか、理想的な死に方だなって思ったんですよね。
だってね、死ぬ時にですよ、結局誰にも迷惑をかけなかったんですね。
お墓もね、一人でこだわってね、やったら高いのね。
自分で勝手に買ってきてですね。
まあでもね、それも一応自分が納得するっていう自分のお金ですからね。
好きに使えばいいと思うんですけど、自分で死ぬ前にもちゃんと作ってありましたし。
ある程度少し新編整理みたいなのを、それなりに彼女なりに頑張って進めてたっぽいんですよね。
まあそれでもものすごい物は残ってますけど、でもなんか努力して整理した形跡があるんですよね。
あと何よりやっぱり介護を必要としなかったっていうことを、私たちはありがたかったと思ってるんですよ。
本当ね、今回やっぱもう死ぬってどういうことなのかねって子どもたちともいろいろ話したりしたんですけど。
私はね、死ぬってことが別に怖いわけではないんじゃないかなと思ってるんです、自分で。
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何が嫌かって、痛いのとか苦しいのが嫌なだけで、別に痛くも苦しくもない死であれば別にいいし。
あともう一つはそのコントロールできないっていうことがやっぱり不安。
いつ自分が死ぬのかっていうことが自分には全くコントロール不可能っていうことが怖いんであって。
例えば何月何日の何曜日の何時に死ぬっていうのが自分で選べたらですね、そこまで私はもしかすると恐怖を感じないんじゃないかと思ってるんですね。
自分がこの世からいなくなるっていうことに関して、そこまで私は別に何とも思わない。
死ぬのが何で怖いかというと、怖いの中身はそのコントロールがいつ突然別れになるのかっていうことがわからないっていうことと、
痛みや苦しみ、辛い、その肉体的なものの恐怖っていう、その2つなんじゃないかと自分では今思ってるんです。
なんでね、今の段階では私はわからないですけどね、その場になったらまた変わるのかもしれないですけど、
今の段階ではもう75くらいで日にちも決まっていて、自分でこの日に亡くなるっていうことを決めて、それまでは元気に過ごして、
介護も必要なく、安楽死みたいなのが私にとっては理想なんじゃないかと今は思ってるんですね。
逆にね、長生きしたいって、うちの義理の両親はものすごい長生きしようとしてるんですよ。
私の母がこんな早く亡くなったもんで、すごい怯えちゃってて、いつも以上に病院とか行きまくってるっぽいんですけど、
なんでそこまで長生きしたいのか逆によくわからないんですよね。
っていうことを夫に言ったら、夫はもう逆だったんです。
もう自分は寝がわくば不老不死がいいって言うんです。
えーって、もう私ありえないと思って、不老不死なんて地獄だよと思ってるんでね。
なんでって言ったら、要はこの宇宙、地球からすべての宇宙から何もかも自分の目で見尽くしてからじゃないと、
満足しないと死にたくないと。
すべてを知り尽くして、見て、自分の目で、すべてを見て、この世界の隅々、宇宙の果てを見られるもんなら見たいから、見るためには全然時間が足りないって言うんですよね。
もう私は結構びっくりしてですね。
えっってことは自分の目が見えなくなって、耳が聞こえなくなったら、もう死んでるのと同じで、もう死にたいわけって聞いたら、
あ、そうかもみたいなこと言うんですよ。
いやー、ちょっともうびっくりしましたけど。
うーん、そこまでこの世界の隅々を、すべてを見尽くしたいみたいな欲望、私はない。
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いや、見られるもんならそれは見たいですけどもね。
あ、そこまでしてって、やっぱ私は思っちゃうので。
子供たちにどう?って聞くと、子供たちはもうやっぱりまだシンプルなので、ママやパパに会えなくなるのが嫌だから死にたくないと。
死ぬのが怖いのは、ママやパパに会えなくなることって言うんですよね。
ちょっと長くなってきました。
続きは次回にさせていただきたいんですけど、もう一つ私がやっぱり今回思ったのは、
葬式の意味みたいな、宗教みたいなことをすごく考えさせられたんですよ。
私はもう全然、葬式を自分が死んだところでやってもらう意味とか全く感じてませんし、
むしろやんないでほしい、いらないと思ってますし、お墓なんて持ってのほかと思っていたんですけど、
実際に自分が当事者として葬儀を行って、お墓っていうところまでしたことで、
ちょっとまたいろいろ考えさせられたので、この続きをまたどこかでお話ししてみたいと思います。
お聞きくださりありがとうございました。また次回お会いしましょう。
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