コーチングにおける心の構造:思考、信念、認識のループ
おはようございます、Kenです。 今日はですね、心のモデル、心の構造について少しお話ししていきたいと思います。
今までの復習ですが、人間のマインド、脳と心の働きを考える上で、コーチングではまず思考が信念を作る、信念が重要なものを作る。
重要なものしか人は認識しないので、それがまた認識を作り出す。
その認識したものをまたインプットして、インプットして思考をしていく。 その思考がまた信念を作っていく、みたいなぐるぐるのループがあるわけです。
または、思考が信念を作る、信念が基準を作る。 その基準に基づいて人は行動し、行動が結果を生み出す。
その結果をまた人は認識して思考をして、思考が信念を作り出す、というループが考えられます。
これをぐるぐる回していく、というふうに人は回っていると考えられます。
マインドの構造がこうなっていると。
仏教における「有意識」と心の構造
私は仏教にそんなに詳しくないんですけれども、仏教にも同じ考えがあるんですね。
同じというか似たような考えがある。 それが有意識という考えですね。
トモベチ博士も、「世界は心でできている。心も心でできている。」というふうに以前動画で
村上隆さんでしたっけ? アーティストの方と対談で言ってたんですけど、それもこの話と近いんですけど、
これは有意識の、全ては心、世界は心でできているというのは有意識という考えだと思うんですけど、
私ちょっと仏教詳しくないので、分かる範囲で説明すると、仏教の中でも大乗仏教というのがインドであって、
その中に中学的な理論みたいな考えが2つあって、中元派ともう一つは有意識。
優雅、ちょっと名前忘れちゃったんですけど、
陽雅、
あ、ダメだ。ちょっと正確な言葉を忘れちゃったんですけど、魅力が、魅力菩薩とかある。魅力ってあるじゃないですか。
あれが、あの方が階層の優雅派、優雅、
ごめんなさい、ちょっと名称を調べていただきたいんですけど、それが有意識ですね。全部心が生み出しているっていう。
ちなみにその優雅、優雅行派、優雅行派ですね、確か。
この優雅が陽雅、つまり今知られている陽雅なんですけど、
「修辞」と「現行」:心の種子と行動の現れ
ちょっと話戻すと、それで面白いというか、その考えとして修辞と言行、
ちょっとイントネーションの変かもしれないですけど、っていうのがあるんですね。修辞っていうのは種、種子って書いて修辞って読むと思うんですけど、
心の中に含まれている可能性みたいなものだと思ってください。
実際の種のように、まだあらゆるものを発芽するようなものだと思ってください。その発芽したものを現行っていうわけですよね。
実際の行動とか現象のこと、表面化したものが現行ですね。
心の中の種が実際の行動とか言葉とかに発芽していく、花開く、それがまた種子となって心の中に入っていくっていうような考え方が有意識にあるんですけど、
コーチングではそれをさっきのモデルで説明しているということですね。
現状維持のループと過去ベースのリアリティ
考えてみたら当たり前で、仏教もやっぱり人間のこと、マインドのこと、人間というのはマインドのことなので、そう考えると共通な考えがあっても不思議ではないですけど、
それがもう千年、二千年っていう、かなり昔っていう単位から存在しているのもすごいなと思うんですけど、
宗教性がないところがコーチングの、それを宗教的なイメージとはまた別として考えているのがコーチングの取り入れやすいところかなと思うんですけど、
一方でそういう仏教的な考え方も学んでみると面白いんじゃないかなと思うんですけど、
コーチングはコーチングで仏教とか他の宗教とか考えた別に、それはそれのゲスタルトなので学んでいくといいかなと思うんですけど、そういう考えがありますと。
このループがありますよね。コーチングで言うと思考が信念、信念が基準、基準が行動を生み出してそれがまた思考になっていく。
このループのことを現状というわけですね。
マインドの構造と言ってもいいと思うんですけど、このループを維持しようとするわけなんですね。
そうなるとどうなるかというと、多くのことが過去をベースにしたリアリティになってしまう。
過去をベースにしたリアリティになってしまう。つまりその信念というのは過去の思考の積み重ね、
あるいは過去を経験した情動記憶、強い感情を伴った記憶が信念になるという側面もあるので、いずれにせよ過去だったり、
あとは人から言われて自分が受け入れたことがセルフトークになっていくので、過去だったり他者からインプットした種ですよね。
それが発芽していくというモデルになっているわけなんですよ。
望ましいリアリティの選択と新しい「種子」の必要性
なのでそうじゃなくて、過去とか他人、自分以外の、自分に自由意志というか自分で選んでないものでリアリティが構成されている場合、
まずそこから抜け出して自分が望ましいリアリティを選択していくとよりハッピーなので、
そういった点からは新しい趣旨、種子という、いわゆる種ですよね。
新しい種を心の中に入れていかなきゃいけないわけじゃないですか。
だからこそ、このループの外側に何か目的地を設定しないとする必要があるわけですよね。
予測と学習:認知科学から見た心の働き
なぜかというと目的地があって認識が後から生まれていくので、このループの中で住むんだったら何も変えなくていいわけですよね、はっきり言って。
このぐるぐるぐるぐるしたものを維持して、それを最小の労力で、コストを維持してやっていくのでいいのであればそれでいいわけです。
認知科学的に言うと、要は人って予測しているわけですよね、何でも。
予測してずれたらあれって言ってちょっと学習して、予測であってたらその予測のまま新しいものを取り入れなくて済むわけですよね。
例えば英語学習の時に映画を見るとしますよね、日本語字幕があったら日本語の回路でいいわけですよね。
ぐるぐる回している日本語の処理するモードでいいわけなので、英語新しい情報だけですよね、英語って習得してなければ。
なのでそれを学ぶっていうのはコストがかかってしまうわけです。なので必要性がなければそれはもうインプットする必要性がないのでインプットされないんですね。
なので日本語字幕があれば英語は聞いてないんです。
聞いててもそことおまになったり、あるいは知っているものしか人は認識しないので新しい情報を取り入れる必要性がなくなってしまう。
ところが日本語字幕もなくて何にもない状態だとその英語を理解しない限り状況が理解できないっていう状況を作ってしまえばインプットせざるを得ないですよね。
そこで初めて英語モードを構築するという必要性が生まれて構築し始めるわけなんですよ。
もちろん理解可能なインプットじゃなきゃいけないのであまりにも難しすぎるとそもそもがそこの環境に適応することを諦めてしまうという問題もあるので一概には言えないんですけれども、
要は日本語で英語を学ぶ問題点としてはそこがあるわけなんですね。
ループからの脱却:ゴール設定の重要性
これは一例なんですけどとにかく人はこのループ、あらゆるものに対してグルグルグルグルそのループが発生していてそこから出ようとしないわけです。
出る必要性が生じないと出ない。逆に言うと必要性が生じた場合そのループの形が微妙に変わっていくわけですよね。
その必要性は何か生まれるかというと目的、ゴールが生み出すわけです。
なので英語も英語を学習しようというふうにゴール設定しないと基本的には学べないんですね。
私はもう自然とゴール設定しなくても英語を自然と身につけちゃいましたという方も無意識的にそっちに向かっていっていればそれはゴールがあったということになるんですよ。
つまりゴールっていうのは意識的に立てた目的の目標だけをゴールっていうんじゃなくて向かった先がゴールなんですね。
向かった先がゴール。ということは英語を海外に
例えばインターナショナルスクールとか行って自然に学んだので勉強してないんですよねっていう方も自然と身につけたんですよねっていう帰国史上の方も
今身についているのであればそれはそこに向かっていってたってことになるのでそれはゴールがあったってことなんですよ。
でもそれだって自分で意識的に設定してなかったんだったら環境の力で育ってるってことなので無意識的にそうなったってラッキーじゃラッキーな話なんですけど
コーチングだとラッキーを待つんじゃなくて自分で自由に向かう先を決めていくっていうところが
すごい良いところなんですよね。それは自分のゴールなので他人に言われるとか関係ないんですね。
ゴールを他人に話さないことと過去からの解放
人からどう言われようと関係ないのでだからこそ本質的には関係ないんですけどなんかテンション下がるじゃないですか無理だとか言われると
なのでゴールは人に言わないっていうことも重要ですしあとは過去は一切関係ないっていうふうにも
考えるわけです。過去が関係あるんだってループの外に出れないってことになってしまうのでこのループ自体がもう過去なんですね。
このループがもっと言うと心なわけですよね。
世界でもあるわけです。 世界は心でできている。
だからそういうことで心っていうのは触ったりできないです。物質ではないですよね。
なので絶対にこの形で固定だっていうものではないわけですよ。心は。
なのでどういう形にも変えられる。マインドの構造っていうのはどんな形にも変えられる。
っていうのが過去は関係ないっていうところですよね。
なので新しくゴールを設定する上で過去は関係ないっていうのは関係したらです。関係してるとしたらもうこのループが
簡単に言うと自由意志なんてなくて過去の延長線上でしか人は生きられないってことになってしまうわけなので
そうじゃないですよね。何歳からでも英語を習得している方だっていますし、新しいループをいくらでも作っている方がいらっしゃるので
変わらないことの方が世の中ないですよね。
心の構造の変化とホメオスタシス
ずっと同じに例えばビルが永遠に1万年後も同じ形で綺麗かというとそうじゃないわけで
変わらないものは何もないのでその心の構造だけがずっと変わらないって考える方がむしろ不自然で
それはまあ無理やりホメオスタシスの力で一定に保とうとしている想像的無意識っていう風にコーチングにありますけど
想像的無意識がそこを固めているあるいはコンフォートゾーンがそこをうまく固定化しているように見えるだけで
ゴールが変わればいくらでもこの構造っていうのは変わっていくっていうのがコーチングの考えであり
もっと言うと仏教でもそういう風に考えるのかもしれないんですけどそれがマインドの構造ということですね
気づきと瞑想:コーチングと瞑想の本質
ということで今日木曜日なので少し長めに話してみたんですけれども
これに気づくもうちょっと言うとこの気づきを得ることが瞑想なわけですよね
よく瞑想って無になることって言ったりっていう風に勘違いしてしまっている方いるんですけれども
実際はこの構造に気づくことも一つ瞑想の目的というか効果というかメリットでもありますし
このパターンですよねパターンに気づいていく
これが瞑想の本質の一つかなと思うんですけど
ってなるとコーチング自体も瞑想と言えますし
なのですごい考え続けること考えていくことが瞑想でもあるっていうお話でした
今日は長くなりましたが聞いてくださいありがとうございましたまた更新します