声とカラダのチューニングルームへようこそ
声とカラダのチューニングルーム、魂とOSを整えるラジオへようこそ。
声にはあなたの存在そのものが現れる。あなたの感じ方、あなたの考え方、あなたの経験してきたその歴史から現れている反応や体の癖、そういったものすべて、あなたの内面の出力である声に現れています。
その声を整えるというのは、心も頭も体も一緒に整えていくことに繋がります。
どんな声を、どんなシチュエーションで、どんな風に届けていくか、それを能動的に決めてあなたの声を出していく、発していくということは、あなたが人生をどんな風に選び、どんな風にカジを取りドライブしていくか、ということにそのまま直結していきます。
そういった意味で声を整えるというのは、本当に人生そのものを変えることもできる。そして、自分もね、自分の声に元気をもらえたり、優しい気持ちになって癒されたり、できるようになるということが起きてくるんです。
あなたの内面も外側の現実も整っていくあなたの声というものについて、ちょっと向き合ってみませんか?
ということでですね、このチャンネルではそういうお話をさせていただいているんですけれども、今日のテーマは、言葉が自然と溢れてくるコミュニケーションという内容でお話ししてみたいと思います。
獣医師からボイストレーナーへの道
私が、そうですね、声というものにこんな風に取り組むことになったその理由というか、きっかけっていうところから話してみてもいいのかなと思うので、ちょっと手短にお伝えしてみようと思うんですけれども、
私は、もともと大学で獣医学を学んで、獣医師として社会に出たんですね。獣医師というと、大抵の方は動物病院で働く臨床獣医師を想像するんですけれども、私が一番最初に勤めたのは公務員、地方自治体でした。
地方自治体の獣医師というのは、厚生労働省の管轄の部署と農林水産省の管轄の部署があるんですけれども、私は厚生労働省管轄の部署、つまり人間の食品衛生や環境衛生を整えるという、そういったお仕事をしていたわけです。
その中でも、食肉衛生検査所というところに最初勤めたんですね。そこは皆様の口に入る、食卓に昇る食肉、つまりは牛さんや豚さんや鳥さんという生き物をお肉にするという工程で、
それがね、間違いなく健康な食肉なので人間の口に入らせていいですよという許可を与えるのが獣医師です。病気があればその病気の部分を切除してね、健康な清潔な部分だけを流通させる。
そして健康な食肉、健康な家畜であれば、そのすべてをね、人間の食べて良い部分、過食部と言いますけれども、その過食部が正常に流通するように合格ですというスタンプを押したり、BSE検査をしたりというのが獣医師の仕事だったわけです。
なので、動物病院の獣医さんもね、助けられなくて命を失う、助けられない命をね、あるいはね時々本当にもうターミナルでね、苦しませるくらいならということで安楽死を選ぶ場面もあると思いますけれども、
公務員の獣医師、公衆衛生のね、その獣医師っていうのは保健所だったりその食肉衛生検査所だったり、めっちゃくちゃ動物を摂取する部署なんです。
なので、毎日数千数百、この手に命をかけてきたみたいな、違うな、命をこの手にかけてきたみたいなところでね、割と感情を麻痺させるとか、平気平気って言って自分に暗示をかけていかないと、あんまり楽しくない、精神衛生上あんまり楽しくない職場なわけですよね。
ということで、徐々に徐々に自分に暗示をかけていくことで心が麻痺してきて、いつしかですね、すごーく感受性豊かで、感動したらもうめっちゃそれが長続きするというようなね、とっても省エネ体質の私だったんですけれど
ミュージカルを見に行けば、1ヶ月でも幸せが続いていたのに、ある日気づいたら劇場の中にいるときにしか感動してないということが起きていたんです。
自分のね、心の温度を取り戻したいと思って、何か心が動くことをしたいと思って歌い始めたんです。
歌っていうのは、音もあるし、自分の声をどういう風に響かせるかもあるし、そしてただ歌うだけじゃなくて、その歌の中にどんなメッセージを込めるか、どんな表現をしていくかっていうのを選択できる場所なんです。
歌にみる表現の自由とコミュニケーション
恋愛の歌だってね。
例えばお別れの歌だとしたら、もう二度と会えない、この世とあの世でね、別れてしまったという二人なのか、それとも別れてしまったけれども、まだね、この世でいつか会って、また巡り合う可能性がある二人なのか、
それとも、喧嘩しちゃったけど、まだすぐ間近にいる二人なのかとか、いろんなシチュエーションが一曲の中でも選べるんですよね。
で、どの世界観で自分が歌うかっていうのは選べるし、それを怒りで表すのか、悲しみで表すのか、嘆きで表すのか、あるいは嫉妬とか、寂しさ、恐怖、いろんな感情を選べるんですよね。
もしくは振り返りながらめちゃくちゃ幸せだった時のことを思い返しているような、追憶なのか、いろんなのを選べるんです。
能動的にね、自分でね、選択するんですよね。
歌の世界では、心は自由だし、現実とは全く違う世界を表現できるので、そして歌詞に込められた意味ってね、人によって全然受け取り方が違うんですよね。
全く同じ歌詞なのに、どういう風に受け取るかは本当に本人の自由なんです。
そういう意味でね、伝えたいことがある時、歌ってめちゃくちゃ自由なツールだなと思ったんですよね。
直接的な言葉にして人と会話をした時、それは伝わらないこともあるし、否定されることもあるし、拒絶されることもある。
だけれども、歌である限り、相手は自分に必要な形で自分に必要な部分だけを好きに受け取ってくれるんです。
自分も能動的に発することができるし、相手も能動的に自分の選択した部分を受け取ることができる。
すごく優しいツールだなぁと思ってるんですね。
で、ここにあるのって無言のコミュニケーションなんですよ。
相手の中から何かが湧き上がってくるコミュニケーション。
自分の中から湧き上がってきているものを声に乗せて世界に表現することで、相手の中からも何かが湧き上がってくる。
それができるのが歌の力だなぁってずっと思ってます。
言葉を引き出すコミュニケーション
そしてそれと似ているのが形状とかね、無言のコミュニケーションっていうのかな。
相手と言葉ではない、言葉にならない何かを含めた向き合い方をするコミュニケーション。
まさしくね、本当にそういうことを歌とかではなくね、会話の中でされている方に先日お会いして、
その人は本当にコーチ、コーチングにね、もうめちゃくちゃ本当に素晴らしい。
行跡も素晴らしいんだけれども、本当にありようが本当に素晴らしい方で、親族を尊敬してるんですけれど。
その方はね、人とコミュニケーションを取るときにね、相手の中から言葉が生まれてくる。
相手が自分の中に言葉を取りに行けるようにするっていうことを何よりも大事にされていて、
決してご自身の言葉を尽くさないんですよ。
本当に文字に書き起こしてみたら、本当に言葉数は少ないし、特別なこともあまりおっしゃってないのに、
相対している相手からは、めちゃくちゃ言葉が溢れてくるし、気づきも紐のようにね、
紐につながられたようにね、ずるずるずるずるっと連想ゲームのように、連想でもないんだけど、
溢れ出てくるし、それを言葉にしている人は、言葉にすることで自分でキャッチできるようになるんです。
それは、どんな言葉を出しても、この人はかぶせない、否定しない、説明しない、そのままにしてくれるっていう、
何でしょうね、無情の安心感とか、迎えに来てくれている、そう、そんな空気。
それをね、常に出してらっしゃるんです。
なので、今日のテーマね、自然と言葉が溢れてくるコミュニケーションっていうのは、何を用意するでもなく、
何て言おうかなとか、何て返事しようかな、この言葉をどんな風にまとめようかな、翻訳しようかな、
そんな風に思考に矢印向けるんじゃなく、自分の感情や自分の反応に矢印向けるんじゃなく、
相手の心のど真ん中にずっと矢印を向け続ける。
そこに何かが眠っているというのを信じて、ただ出ておいでって、そういう場を作り続けるというコミュニケーション。
これできる人、そんなに多くないと思うんだけれど、
本当にね、言葉に表すのが難しい。
だけれども、そのコミュニケーションを取れた時、相手からは本当にキラキラとした自らの言葉を自らでつかみ取ったんだっていう、
喜びのようなね、本当に明るいオーラが出てくるんです。
相手が自然と言葉をあふれさせるコミュニケーションは、言葉を尽くすのではなく、準備をするのではなく、
ただその瞬間、相手から何かが出てくることを100%全幅の信頼をもって信じ、ただ感じる、引き出そうというね、
引き出そうという能動的なエネルギーもないかもしれないな。
本当にただただそこに向き合う、真正面から向き合う、全ベクトルをそこに向けるということなのかもしれません。
うまく言葉になってないかもしれないんだけれど、伝わったらいいな。
まとめと次回予告
はい、ということで、今日のお話はこんなところでおしまいです。
また次回のアップデートでお会いしましょう。
それではまた。本室ボイストレーナーの上吉音でした。