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こんにちは、お酒をやめて人生変わった元ノンベライフコーチのキリンです。
このチャンネルでは、会社員で働きながらコーチとしての起業独立を目指している私の日々の取り組みや気づきなどを発信していきます。
今日は、苦手なこととの向き合い方について、最近気づいたことがあったので話してみたいと思います。
まず苦手という言葉ってどういう意味なんだろうと思って、改めて辞書というかググってみたんですけど、3つ意味が出てきまして、
1つは扱いにくく嫌な相手、なかなか勝てなくて嫌な相手、またそのような様。
2つ目、得意でないこと、またその様増えて。
3、不思議な力を持つ手、その手で抑えると腹の痛みは治まり、日々は動けなくなって捉えられるなどという。
ちょっと3番を初めて聞いたので、そういう意味もあるんだっていうふうにちょっとびっくりしたんですけど、
一般的には得意でないというふうに使われることが多いかなと思うんですけれども、
その相手、得意じゃない嫌な相手という人を指すことも、確かに相手も手がつくし苦手も手だから苦い相手というのがあるのかというのも思ったんですけれども、
ここでは一旦得意でないという意味についてのお話をしてみたいと思うんですけれども、
いくつか調べている中で、苦手はあることに熟達していないこと、自信がないこと、どこかひけ目を感じる様子などを意味しますというふうに書いてあって、
これって熟達していない、自信がない、だから今の状態を指しているのであって、そのものではないっていうか、まだできないとかまだできていないっていうことなのかなというふうに思っていて、
もちろん生まれ持った才能というか、その人の資質によって息を吸って吐くようにできる、いわゆるストレングスファインダーでいうと上位資質にあって無意識にできてしまうということもあれば、
逆に言うとストレングスでいう下位資質にあたるところ、ほぼ感覚的に理解できないとか、よほど意識しないとできない、イメージ的には聞き手じゃない方の手で箸を持つとか字を書くとか、そういうイメージで私はいるんですけれども、それを苦手というふうに指したときに、
ある程度元々得意な人と比べてしまうとどうしてもできない、その落差がギャップが大きすぎて、私は苦手なんだっていうふうに思ってしまいがちなんですけれども、苦手なことであってもある程度訓練というか経験を積めば人並みにできるとか、
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苦手というほどでは得意ではないけれども、できなくもないかなっていうぐらいの状態に持っていけることっていうのは結構あるのかなと思っていて、あとはそのやらざるを得ないみたいな状態、例えばさっきの聞き手じゃない方で箸を持つとか字を書くとかっていうのは普段やろうとしないし、やろうとしないからできるにもならないんですけど、
じゃあ聞き手をもう怪我してしまったとかっていうときにはもうやらざるを得なくなると思うので、そうすると人間いやでもできるようにならざるを得ないというか、例えば海外に行って言葉が通じないところに行ったらそこでいやでもしゃべれるようになるとかってよくあると思うんですけれども、なんかそういうものなのかなと思っていて、
だからその得意できるようにならざるを得ない環境になったことがないだけみたいなことも結構あるのかなというふうに思っています。なんか具体的に言うと私は結構話すことが苦手意識が昔からありましたし、今も決して得意ではないと思っているんですけれども、今こうやって発信話すっていうことも活動としてやっていますし、
コーチングのセッションだったりとか、あるいは会社でミーティングとかいうところでどうしても自分がこう走りテイトをしなきゃいけない場面っていうのが結構あるので、自分は話すの苦手だと思っているんですけど、周りからはそんなふうに全然見えなかったとか意外とかっていうふうに言われるので、結構自分の思っているイメージと相手が私に対して思う客観的な評価に結構ギャップを感じることが
あります。
自分はずっと昔からあまり得意じゃなくて苦手だと思っているけれども、ある程度経験だったりとかスキルを積むことで、実力はだんだんついてくるっていうので、自分の意識認識と実力のギャップがどこかで埋まってくるときに、実はもう苦手っていうレベルじゃないのかもしれないということに気づくみたいな。
結構そこはストリングスとかでも感じるんですけど、私は社交性も非常に下位の方にあるんですが、それも結構意外だっていうふうに言われまして、社交性高そうに見えたとか結構言われるんですけれども、それも私は決して高い方ではないと思って自覚はあるんですけれども、
それでも社交性が高い人の振る舞いを見たりだとか、その社会人とかいろんな経験をしていく中で、こういうふうに振る舞うとよいんであろうっていうような、嘘ではない演技ではないんですけれども、ある程度そのように振る舞うことは自分の役割だったりとか、この場ではこう振る舞うのがよいであろうというふうに思えば、
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社交的なスキルというのを行動というか振る舞いを行うことでできなくはないっていう、本当に心から好きで素でやってるかというとそうではないんですが、ある程度そのように振る舞うことができるので、結局それもスキルだなというふうに思うんですよね。
だからそこに対して自信がないと自分で思っていたり、ひけ目を感じていることが苦手意識なのであって、イコール苦手ではないっていうふうに最近思うようになりました。
どうしても自分のイメージって、例えば子供の頃に親から言われたことだったりとか失敗したこととか、その時のネガティブな経験というのが強くあって、自分はこれできないんだ、苦手なんだっていうふうに思い込んでいるところもあると思うんですけど、
それはある程度経験とかスキルを積むことによって解消できるところもたくさんあるし、もともと上手な人と比べるからできないんだっていうふうに思うのであって、自分の中で過去の自分よりもできるようになっていけば全然いいのかなというふうに思っています。
今話しながら思ったんですけど、苦手という意味の中に嫌な相手っていう意味もあるっていうところで、あの人苦手だなとかっていうふうに思った時も、たぶん本当に苦手な人もいるんですけど、あるとしたら相手のことをよく分かってない、どう扱えばいいか分からないから苦手とか、
そういう、過去苦手だった人に似ているとか、結構自分の意識が作り出しているところもあるのかなと思ったので、あの人苦手だなとか思ったりとか、私はこれをするのが苦手だなっていうふうに思った時に、その苦手意識ってどこから来てるのかなっていうふうに考えてみると、
ある程度、実は思い込みだったりとか、あんまり経験がない、やったことないから上手くないだけとか、誰かすごく上手い人と比べてるから苦手だと思ってるとか、そのあたりをちょっと客観的に分析してみると、苦手意識との向き合い方が変わるのかなというふうに思いました。
本日も聞きいただきましてありがとうございました。