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こんにちは、人生加速コーチのなおこです。このチャンネルでは、私が会社員を辞めて、ライフコーチとして企業独立してきた過程や、これから企業復業を目指している方の背中を押せるような情報、考え方、マインドなどを発信していきます。
まず、冒頭に恒例の企画のお知らせです。現在、スタンドFM限定で通話企画というものを開催しております。
私がスタンドFMを始めて1年4ヶ月目になりまして、放送が200件以上、いいねが1000件突破で始めたのですが、今1300件以上となっております。
本当に皆様、いつも聞いていただいて、いいねまで押していただいている方、本当にありがとうございます。
その感謝の気持ちを込めましてというところと、私も元リスナーの皆様と一歩を通行ではなく、直接お話ししてみたい、双方向で関わってみたいというところがありまして、お話をする企画ということで通話企画としております。
参加方法としては、公式LINEとかスタンドFMのレターとか、その他私に連絡手段がある方は何でも結構なんですが、スタッフの通話企画を見ましたという感じでメッセージを送っていただけましたら、
個別にアポを取りまして、15分から30分程度のミニセッションを無料で提供させていただきたいと思います。
もし距離的に会えるという方であれば、対面も含めて調整したいと思っています。
限定3名様で残り2枠となっておりますので、お早めにちょっとでも気になる方がいれば、お早めに手を挙げていただければ大変嬉しいです。
話すテーマは特にあってもなくても結構ですし、話してみたい、話す練習がしたいとか、私に何か伝えたいことがあるとか聞きたいことがあるとか、何でも結構ですのでお待ちしております。
昨日ですね、これ全然雑談なんですけど、会社の方のお仕事で東銀座の取引先の方に用事がありまして銀座に行ってたんですけど、
昨日天気がすごい良くて、暑くもなく寒くもなく、大体外国人観光客は半袖Tシャツで歩いてるみたいなですね、本当に良い陽気の中ですね。
ちょっとイベントごとだったんで大量の荷物を抱えてですね、銀座の街を歩くというですね、そういう感じだったんですけど、
でも良い気候でしたね。銀座も久しくなかなかフラッと行く感じではなくなってしまったんですけど、前からそんなフラッと行く場所もなかったんだけど、
働いていたことがあったのでね、割とその頃は身近な街だったんですが、最近はちょっと足がとどいてたんですけど、やっぱり久しぶりに行くとやっぱり銀座いいですね。
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なんていうのかな、やっぱり綺麗ですよね。歩いてて気分がいいなっていうところと、新宿とか渋谷とか池袋とかみたいな、ああいうゴミゴミ感ではないっていうのかな。
すれ違う人もなんとなく品が良い人が多いので、歩いてて気持ちがいいなっていう感じですよね。もちろんお店とかも綺麗なところが多いんだけど、でもちょっと一本入ると、え、こんなところあんの?みたいな、なんとか工事みたいな、昭和の時代からそのまんまみたいな飲み屋街みたいなところとかがあったりとか、
古いものと新しいものがうまく融合している、独自の進化を遂げている街だなという感じがしますね。たまにはああいうところを歩くのもいいですよね。
あれかもしれないな。お金持っている人が多い街だからかもしれない。基本、お金持ちが来る街だから、流れている気というか、オーラがいいのかもしれない。お店もそうだし、歩いている人も。
街を構成する一つの要素なわけじゃないですか。汚い格好をしている人があまりいないというか、そういうものが街の文化というか空気を作って、それが良い文化を作るみたいな感じですかね。
私もチェーン店で働いていた時に、銀座の店舗で働いていたことがあるんですけど、チェーン店なんだけど、店舗、立地によって全然客層というものが違うわけですよね。
それで、いくつか経験はしましたけど、銀座の店舗の客層って別格で品がいいんですよ。もちろん観光地でもあるので、いろんな人が来るんですけど、常連さんってだいたい近所で働いている方だったりするので、そういう人たちの品の良さというのは他の店舗ではなかなか味わえないというか、
やっぱり違うなというふうに思いまして、その話を父親にしたんですよ。銀座の客層は全然違うみたいな話をしたら、それはそうだよみたいな。商売っていうのはね、金持ちを相手にしなきゃいけないんだよ、お金がない人を相手にしちゃいけないんだよ、みたいなことを言われまして、
なるほどというふうに、当時の20代の私は思ったんですけど、本当にそうだなと思っていて、お金がない人に頑張って売ろうとしても、単価も上がらないし、結局トラブルになったりとかするんですけど、お金がある人に高い単価のものを気持ちよく買っていただくと、金持ち喧嘩せずという言葉がありますけれども、
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その方がトラブルも少なく、お客さんの質も良く、こちらもたくさん受け取れて、どちらも気持ちが良いみたいな良いお取引ができるんですよね。
チェーン店だったので、他の店舗と銀座価格みたいなものは別にないんですけど、でもちゃんと気持ちよくお支払いしてくれるというか、やっぱり違いましたよね。
お客様から教わることも多かったなぁというか、言っていただく一言でいろいろハッとさせられたなぁみたいなことも多くて、今パッと思い出したのが、レジでお会計をするときに、
お客さんが5000円札を出したんですよね。5000円札を出して、ちょっと大きいのしかなくてごめんねというふうにお客様が言って、
5000円札あると貴重なんで助かるんですよねみたいなことを言ったら、そういう一言が言えるってすごい大事なんだよねみたいなことを言ってくださって、
そうなんだみたいな感じで思ったんですけど、そういうフィードバックをくれるっていうんですかね。
ちょっとした会話のやりとりなんだけど、そこに品格を感じるっていうか、知性を感じるっていうか、そういう会話のやりとりができるのもやっぱり銀座のお客さんだったなっていう気がしますね。
というわけで、誰を相手に商売をするかは大事というところをお話ししたわけなんですが、今日はこれが本題ではなくて、
今日は足利本願という言葉の意味についてお話をしたいと思います。
全然これ人の受け売りなんですけど、最近そうなんだって知ったことがあったので、これは知っておきたいな、おくといいなって思ったのでシェアしたいなというふうに思うんですけど、
足利本願っていう言葉って、結構ネガティブな意味で使われる気がするんですよ。
人を批判するときに、あいつ足利本願だよなみたいな感じで、要は自分は努力はせずに人の力を利用するというか、人任せみたいな感じですかね。
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っていう意味で使われているのかもしれないなと思うんですけど、私もそういう意味で使ってきたんですけど、本当そういう意味じゃないらしくて、
本来仏教用語らしいんですが、本来の意味だと仏様ですね、阿弥陀如来様に対して信仰ですね、信じて全てをお任せして救いを得るみたいな、信仰としての意味らしいんですね。
そこに対して、別に自分が努力しないわけではなくて、どちらかというと自分も努力するという前提で、でも自分の努力だけではどうにもならないことに対して、信仰として救いを求めるみたいな、救いを得るというか、そういう意味合いらしいんですよね。
全然悪い意味じゃないらしいんですね。
どちらかというと、むしろ良い意味で謙虚になって、自分の限界というものを認めた上で、どうにか自分よりも高い次元の人に引き上げてもらうみたいな、自分の力だけではどうにもならないことに対して他人の力を借りて引き上げてもらうということを、
たれき本願というらしいんですよ。
なんでこの話をしているかというと、これはまさにコーチとかメンターをつけるというのが本当にそのことなんですよね。
昨日もある方とSNSの中でコメントのやり取りをしているときに、私がコーチがいるという話の流れの中で、コーチなのにコーチがいるんですねっていうふうにちょっと驚かれたようなコメントをされたんですけど、
でもこれでコーチングをやっている人からすると当たり前のことじゃないですか。コーチがコーチをつけるのは当たり前のことなんだけど、コーチをやっていない人からすると、コーチというのはコーチがいらないものだと思っている人が結構いるみたいなんですよね。
コーチがコーチをつけるんですね、みたいな。結構驚かれることが多いんですよ。
コーチやメンターをつけるっていうのがまさしくこのたり基本案だと思っていて、もちろん自分自身で努力をします。
自分でできることを自分でやるという前提のもとに、ただ自分の力ではどうにもならないこと、限界を感じること、自分だけでは自分一人では突破できないところに対して、
自分よりも上の人というか先を行っている人というか、自分にはないものを持っている。才能だったり経験だったりですね。
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ものを持っている人に関わってもらって引き上げてもらうっていうことがコーチとかメンターをつけるっていうことだと思うので、
全然その人任せとかそういうことではないんですよね。
ですし、その方にもお伝えしたんですけど、逆にコーチをつけてないコーチがいるとしたら、そっちの方があまり信用できないですよっていう話をしたんですよ。
なんでかっていうと、コーチをつけてないってことは、そのコーチングを受けるということ自体に価値を感じていないっていうことになるので、
価値を感じて、自分が買う価値を感じていないサービスを売ろうとしている人になっちゃうので、そっちの方が信用できないなっていうふうに思うのと、
かつ、自分にコーチが必要ないというふうに思っているんだとしたら、自分一人で何でもできる、自分一人で成長できるって思っている。
ちょっと傲慢みたいな、謙虚さがない感じがしますよね。
もし、コーチングを自分はやってるんだけど、自分はコーチをつけてない、コーチが必要ないっていうふうに思っている方が万が一いるとしたら、
それは多分まだコーチングの価値を本当に自分自身が理解できてないんじゃないだろうかっていう気がしますよね。
例えば食べ物で例えるとして、これ美味しいよ、私は食べたことないけどねっていうのは全然信じられないじゃないですか。
本当に美味しいと思ってる?本当に美味しいの?みたいな。
それ自分で確認した?みたいな。
っていうことになると思うので、自分が食べてて美味しいと思ったから、それを人に勧めるっていう方が信頼できますよね。
たりき本願の話に戻りますけど、これって信仰ですね。信じるということなんですが、
信じるって結構勇気がいることだと思っていて、
誰かを信じる、信頼して任せるということは、
その人のことを信じて大丈夫だというふうに判断した、
自分の判断を信じられないと他人のことは信じられないわけですよ。
自分のことを信じられない人というのは、自分というものが一番人ってこうだよねっていう基準値になるわけなので、
自分は信じられない人間であるということは、人のことも信じられない。
自分は信じられないけど、人のことは信じられるっていう状態っていうのはあるとは思うんですけど、
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それが過度な信仰にはまっちゃう人っていうんですかね。
そういう危険性を払うのかなと。まさにさっきのたりき本願でいうと、
本当にその悪い方の意味、自分がなくて他人に全任せしているという状態の信仰があまり良くない状態だと思うんですけど、
自分自身を信頼している上で、その自分が選んだ誰かに引き上げてもらうということを信じられるという状態が健全なのかなと。
そういう自分であるためにも、自分自身に対して嘘をつかないとか、
自分を必要以上に否定しないとか、自分との約束を守るとか。
日頃の振る舞いもそうですよね。
誰かが見てるからとかじゃなくて、むしろ誰かが見てないところであっても自分のことは見てるので、
誰も見てないところで悪いことをする自分というのは、一番自分が信じられなくなる温床になっていくので、
いつ何時でも自分自身に対して誠実でいられるかというところが、結局自分のセルフイメージというものをポジティブに形成していくので、
そういう自分が選んだ人に対して信頼ができるわけだし、
逆にその状態ができていないと変な人につけ込まれたりだとか、
自分を信じられないから自分に対して否定的になってしまって、そこに現れた人に対して過度な期待とか、
過度な信頼を寄せすぎてしまって丸投げをしてしまう。自分の人生を丸投げしてしまうみたいなことが起きるから、
その相手がだいたいそういう時、そういう状態で現れる人というのはあんまり良くない人だったりするんですけど、
その人にいろいろ持っていかれちゃったりするっていうことなんですよね。
全部自分が作り出した、生み出した現実なんだよなっていうところを行くとみる。
だから自分のところに現れてくる人というのが、自分の日々の行動、振る舞いが引き寄せているっていうことなんだよなと。
自分に現れる人というのは、自分の日頃の行動、振る舞いの結果なんだなというふうに思うというところですかね。
ちょっと話は逸れてしまいましたけれども、良い足利本願ですね。
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良い方が現れるような自分でありたいなというふうに私もいつも思っています。
クライアントさんとかも結局自分の現れというか、今の自分の状態が引き寄せた方だと思うんですよね。
コーチにしてもクライアントさんにしてもですね。
自分が全部現実を作っているんだというふうに考えると、また世の中の見え方も変わってくるのかなというふうに思います。
本日もお聞きいただきましてありがとうございました。