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20代でぶっちぎれ!伝説の新人ポッドキャスト
伝説の新人ポッドキャストは、さまざまな業界で伝説的な活躍をしているゲストをお招きし、
20代の皆さんに向けて優秀な人材と言われるレベルではなく、
圧倒的に突き抜けた人材になるためのヒントをお伝えしていく番組です。
本期の20代に火をつける伝説の新人養成プロジェクトがお送りいたします。
みなさんこんにちは。20代でぶっちぎれ!伝説の新人ポッドキャストへようこそ。
ナビゲーターの戸谷香奈です。
伝説の新人プロジェクト小宮です。よろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。本日も前回に引き続き、梶原しげるさんをゲストとしてお迎えしているんですけども、
前回はかなりアナウンサーらしいというか、ラジオのアナウンサーらしいエピソードを聞けて、
とても面白かったんですけども、今回は当事者意識が違うというお話で、
どんなお話が聞けるのか楽しみですね。
むちゃくちゃいっぱい持っていると思いますよ。
これまでお話されている中で、当事者意識の高い方だなと。
やっぱり仕事力というか、仕事をきちんとできる方というのは、当事者意識がないとできないので、
当たり前のようにやられていることの中に、死ぬほどエピソードが持っている人がいる気がしますね。
今日はどんなエピソードが聞けるのでしょうか。
はい、楽しみですね。
よろしくお願いします。
それでは梶原さん、本日もどうぞよろしくお願いします。
本日2回目になりますね。
前回はチャンスの引き寄せ方ということで、かなり面白いお話をしていただいて、本当に楽しんで聞いていたんですけども、
できれば消してほしいと今思っているんですが、反省しきりです。
本日もとても楽しみにしていますので、よろしくお願いします。
本日は当事者意識が違うというお話をしていただこうと思うんですけども、
新人時代って当事者意識ってお持ちでしたか、梶原さん。
そんな立派な意識はなかったようには思うんですが、
自分がスポーツアナウンサーで入社して、ちっとも上手いことがなかったものですから、
先週ちょっとお話したように、ほんのわずかな隙間で喋りたいとか、
それから一つだけ、これは文化放送には一切流れないんですが、
全国の3地域でだけ流れる放送を、アナウンサーが一人で作る。
それも新人が。
それが代々引き継がれているものがあったんですね。
ヤングタウンかな、何とかって名前の深夜放送なんだけども、録音なんですよ。
それを泊まりの時に私は撮ってたんですね。
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その時間、どの時間でもいいです。空いた時間で撮れてるんです。
僕の場合はスポーツやってたもんですからね、空いた時間ってないんですよ、通常ね。
休みの日もないですしね。
唯一、泊まりはもう義務で必ず泊まらなきゃいけない。
泊まりとか明けとか、そういう時間のスタジオが空いてる時を見て喋ってたんですが、
ある時にですね、僕は新井由美さん、今は松戸由美さんとおっしゃいますね。
由美です。
由美も発見したんです。
発見したっていうのは、飛行機雲っていうアルバムを整理してたんですね。
この社内のいろいろアルバム室、レコード室ってのを見てて、
新井由美って名前を見たんですよ。
新井由美って名前は知ってたんです。
僕バンド時代に長谷川清さんっていうね、素晴らしい日本のフェリシアーノといって
盲目のギター弾きながらこの歌を歌う素晴らしいシンガーがいて、
ご一緒してた時期があるんですよ、全国のコンサートをね。
もちろん僕ら大前座ですよ。
前座でワーワーワーワーしてるのを沈めて、
メインで長谷川さんたちがご登場になる。
そういうことで長谷川清さんの音楽を本当にありがたいことにね、
間近で何度も聴く機会があった。
すっごく憧れて素晴らしい。
長谷川清さんの作品の中でほとんどみんな知ってる曲だったんだけど、
結局あんまり知らない曲があったんですよ。
とっても良い曲なの。
これは長谷川清さんがほとんど作ってる曲だと思って、
長谷川さんがお作りになった曲なんですね、ですかねって伺ったら、
いやこれはね、新井由美さんっていう高校生が作ってくれた曲なんだよ。
へー、どんだけすごい高校生なんだろうなーなんていうのがね、
どっかの片隅にあったんですよ。
それをぱーっと旅行でしてみたんですよ。
ちょっとした時に長谷川さんがおっしゃってた新井由美っていう人かなーと思ったら、
ちゃんと立派な飛行機雲ってアルバムを出して、
それが多分デビューアルバムですね。
聴いてみたらこれがいいんですよー。
長い坂道を
どこまでも続いている
キラキラ輝く
空に憧れて
っていう歌なんですね。
このね、素敵な歌です。
素晴らしいの。
で、その曲は勝手に選曲できますからね、
地方向けの深夜放送。
別に深夜撮ったり昼撮ったりしてるわけですけど、
録音番組。
これで何度もかけた。
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で、長谷川さんってあんまり世間ってそんなに有名じゃなかったんですよ。
まだね。
電話したら来てくれるんじゃないかなって。
ゲストを別に呼ぶ番組じゃないんですけど、
ゲスト代もないし、
交通費も出ないしね。
でも呼びは来てくれるんじゃないかなっていう、
こういう何とも言えないインチキな私はですね、
電話をするわけですよ。
そっち手をたどってね、レコード会社の人に聞いたりなんかして、
いろいろ。当時アルファレコードってことはなんか忘れましたけど、
あれを呼び出したら来ることは可能かどうかって。
今大学生だったんだ。
大学生だったらアマチュアみたいなもんだから来てくれたら。
連絡したらね、来るって言うんですよ。
来てくださったの。
で、異常に死なんか見ると、
今飛行機雲だって死んだ人の歌でしょ。
絶対にこう、何とも言えない深い世界でね、
明るいとは決して言えない歌が多いんですよ。
だからどんなに話は盛り下がってね、
でもそれでもいいと思ったんですよ。
私とは全く相反する、
でも才気溢れる方に来てもらって、
一緒にアルバムを聴くっていうだけで12分だと思ってきたら、
この人が面白い人でね、
チャキチャキなんですよ。
話は面白いし、
曲はまたさらに面白いんですよ。
それに伺えばまた面白くなるしね。
あの頃原由美を勝手に
制作の相談もなく、
一新人アナウンサーが呼んで、
しかも本人が来ちゃって。
普通だったら、最悪お車代ですと言ってね、
いくつかばっかを渡してるギャラを
払いできないとしても、
原由美さんにお車代と言って金渡すってのはないかも分からないけど、
一銭も渡さない。
そこまで歩いて、
これはすごいことだなって後に思いましたね。
それはやっぱり私はあの人に会いたい。
強い思い。
あの人を出したい。
こんなにすごい人が世の中にいるということを伝えるのは、
私のミッションである。
わずか日本全国で3件でしか流れてない放送だけども、
これを聞いた人は後に、
自分がどんなにすごいものを聞いたかっていうことを
知ることになるはずだっていう。
そういう確信があったんですね。
で、終わってやっぱりそうだと思って。
原由美さんってやっぱり素晴らしいなと思って。
ありがとうございましたっていうことなんですよ。
で、私がその日にセイヤングって番組をやることになりました。
で、それが続いて、
最終回に原由美さんが
松戸屋正隆さんと来てくださったんですよ。
2人で。
終わりまで付き合ってくださって。
最後の番組でご一緒したんですよ。
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その時はもう、由美はすごいことになった。
だいぶスーパースターになっていって。
スーパースターですよ。
だって1枚目のアルバムがドッカンと売れて、
それでもスーパースターになって、2枚目、3枚目、
新井由美って名前ですけど、4枚目から松戸屋由美。
今や日本を代表する松戸屋由美さんですよね。
その由美の、
自分で自慢できることと言ったら、
それですよね。
それはもう、すごいって言ってた人は、
私のほかにも1万人くらいはいたと思うんですけども、
でも、その1万人の中に私も入ってるんだぞと。
今は何千万人がすごいって言ってますけど、
私は1万人の中に入ってるんだって。
そういう強い意志を持って
コンタクトを取ると、
意外と気持ちがいいんですよ。
そうなんですよね。
同じように新井由美さんがすごいと思って、
お会いしてみたいって思ってた人がいっぱいいると思うんですけど。
でもやっぱりコンタクトまでは取らなかったと思うんですよね。
どうせ予算ないしって、まず始まるでしょ。
ギャラ払えないしさとか、
彼女も大変だろうしとかね。
いろんな相手の大変な事情を
勝手にいろいろあげれば、キリがないですよね。
しかもこれ東京にも流れないし、
俺は新人だし、
向こうだって大変なだけだから出るわけないじゃん。
っていう理由はいくらでもあげられるんですよ。
そういうこと考えずに出てほしいんだもん。
ということで出てくれたんですよね。
それはやってみるもんだな、
言ってみるもんだなって思いましたね。
本当に皆さんも何かトライしてみたいと思ったことがあったら、
理由をつけずにバンと。
実は小宮さんからね、
伝説の新人ではとんでもない人に
会って話を聞いてこいっていうことを
課題として、
課してらっしゃるとおっしゃった時に
僕思い出したんですよ。
意外とね、
僕で言えばあらゆる意味じゃん。
会ってくれるかもしれないですよ。
メリットないんです、向こうには。
何のメリットもなかったと思います。
あるとも言えるじゃないですか。
本当にもうすでにある程度社会に出た優秀な
それぞれ一流企業で
頑張って、もうちょっと経つと
本当に幹部になるかも分からない連中に
マーケティングを含めて
話聞いておきたいという偉い人は
僕いっぱいいると思いますよ、結構。
私の場合は何でもないんだ。
あるメリット、有名、ゼロ。
だからそれでも会ってくれるということは
ひょっとしたら、あなただったら十分に会ってもらえそう
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というふうに思いますね。
ぜひ皆さん、会いたい人がいたら
飛び込んでてもらいたいです。
とんでもない人にね、声をお掛けになってみてはいかがでしょうか。
ということで今回は、当事者意識が違うというテーマで
お話ししていただいたんですけども
本当に
マツトウヤユミというと
私の世代ではないんですけども
私も24なので
母親がすごい好きで
よく知ってるんですが
多分お母様はね、ヤマテのドルフィンに
いらしたかもしれませんね。
ヤマテのドルフィンは
静かなレストラン
荒れた午後には
貨物線が見える
貨物線が見える
ああ当然
まあそういう歌があるんですけどね。
多分それでみんなね、ヤマテのドルフィンという喫茶店に
押し掛けた時代があったんですよ。
喫茶店はびっくりしたそうです。
なんだよ来ちゃうんだよ人が。
そらユミの歌でね、一度そこに座って
ソーダ水を頼みたいと思うじゃないですか。
どうも
レストラン?もっと高いもの頼むぞ。
ステーキ頼むよって話になるけど
ソーダ水で帰っちゃうらしいんだよね。
それやっぱりちゃんと皆さんね、心得るべきですね。
当時それだけの影響力を持ってた人に
お会いできたということで。
今は僕は日本一だと思いますよ。
ということで今回もどうもありがとうございました。
今回も非常に面白いお話が聞けたな
と思うんですけども。
梶原さんが当時新人時代に
全国の中でたった3箇所でしか放送されない
番組を担当したっておっしゃってたんですけども
そういう前回の30秒しかスペースがない
っていうのにつながるお話かなと思うんですけど
本当に番組そのものをいいものにしたいな
っていう思いがあったからできたのかな
って思うんですけど。
そうすると間違えちゃいそうだよね。
すごい番組って言ったらご迷惑ありますけど
すごい番組で最高のものを呼ぶと思ったら
郵便が一番いいと思って呼ぶっていうのは
できそうじゃないですか。
なんとなく梶原さんもおっしゃってた
そんなにエリアが限られてるみたいなね
条件がつくとちょっとすごい人呼びづらいな
みたいな。
微妙なところで番組の良さを追求しなきゃいけないのに
変な手加減が入っちゃうっていうか
そこのご責任感というか
やっぱり自分の番組ってことに対する意識
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そうでしょうね。
まさに当時した意識ですね。
すごい強かったんだろうなと思うんですけども
梶原さんもおっしゃってましたけど
本当に会いたい人がいたら
まずは突っ込んでみるっていうのも大事なことかな
逆にそういう状況なのに
一緒に来てくれる意味もすごいと思うしね
だから偉い人って
そうやって一生懸命頼んでみると
割といい人多いから
そんなにやばってないんだよね
だから勇気を持って20代の特権としてね
もしかするとバカなのに
その参加者のやつに行くかって言われるかもしれないけど
殺されるわけじゃないんだって
行かないよりは行った方がいい
ということで、皆さんも会いたい人がいたら
ぜひ会いに行ってみてください
きっといいお話が聞けると思うので
ありがとうございました
本日のトークはいかがでしたでしょうか
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また、就営者より出版されている
伝説の新人20代でチャンスをつかみ
突き抜ける人の10の違いでは
20代のうちから身につけておくべき習慣について
わかりやすく解説しています
ぜひ皆さんも突き抜けるための思考や構造習慣を
新人時代の今にこそ自分のものにしていってください
この番組は伝説の新人養成プロジェクトの提供でお送りしました