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20代でぶっちぎれ!伝説の新人ポッドキャスト
伝説の新人ポッドキャストは、様々な業界で伝説的な活躍をしているゲストをお招きし、
20代の皆さんに向けて優秀な人材と言われるレベルではなく、
圧倒的に突き抜けた人材になるためのヒントをお伝えしていく番組です。
本期の20代に火をつける伝説の新人養成プロジェクトがお送りいたします。
皆さんこんにちは。20代でぶっちぎれ!伝説の新人ポッドキャストへようこそ。
ラビゲーターの戸谷香菜です。
伝説の新人プロジェクト、小宮です。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
今回も前回に引き続きまして、リコジャパンの清見さんにお話を伺っていきたいなと思うんですけども、
前回20代、前半のお話ですね、いろいろお話をしていただいて非常に興味深かったんですけども、
20代の最後のタイミングで掴んだチャンスについて、どうかお話したいなと思いますので、よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
その大型の案件というのはどういう?
2つ、ほぼ同じくしてあったんですけど、
1つは北海道の千歳空港のそばに大リゾート地をつくる。
そのサービス導線の設計とサービスの組み立て。
北海道というのはゴルフ場がメインなんですけど、リゾートだったんですけど、
北海道のゴルフ場って面白くて、毎年ゴルファーたちが投票するんです。
投票。
1つにはコースの投票。コースが良いか悪いかという投票。
それからクラブハウスを中心にしたサービス全体の投票。ご飯も含めてですね。
最後はキャリーさんの品質の投票。
この3つで投票して総合が決まる。
条例は決まってたんです。ある北広島って場所に、札幌からすぐそばの場所に。
そこにサービス部門で第二位にいきなりポンと出たんです。
へー、すごいですね。
それが本当に苦しい仕事だったんですけど。
苦しかったんですね。
サービス導線ということ自体が、例えばお客様が車で玄関に行きます。
そこからフロントに行きますよね。
そのフロントに行くまでにお客様は何をしたいのかな?
クラブワークを下ろして、これをどこに運んだらいいのか?
それからどこにどういう風に持っていって、どうやって一番の売りであるところを通らせていくか?
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そういうのを設計の人たちも考えるんですけど、
顧客視点に立って、全部設計して、絶対にアドバンテージを取る。
他にはないというものを取る。
そういうのを決まった時間の中で動かす。
どこに混んだ人を置いていったらいいのか?
どうやって人件費をアップさせないようにするのか?
そんなことをやったのが一つ目です。
東京からお客様を呼ばないと高いフィーが取れない。
どうやって千歳まで運んでくるかというようなサービス戦略だとか、
そのためにキャリーさんたちをどういう風なレベルの教育をするかというのをやって。
キャリーさんたちは相当恨まれていると思って、
最後打ち上げの時に12月に温泉に行くんですよね。
私は呼ばれて行ったんですけど、
宴会になった時に、気合で出てこいとか言われて、
酔っ払ったキャリーさんたちに、
私の担当していた営業マンが殺されたとかして、
びっくり、殴られるんじゃないかと思って、
部屋に戻った方がいいとか言ったんですけど、
そうじゃなくて、任意になってくれて、
特別ボーナスが出て、
それで憎たらしいキャリーにありがとうって言いたいんだよね。
それは嬉しいですね。
そんなのが一つ。
それが昭和62年から63年の仕事だったんです。
もう一つは、
水道橋にあります、どなたもご存知の日本初のドームですね。
あれはお手掛け?
実際には工業部と遊園地部と販売部があって、
販売部は中でビールやお弁当を売ったり、
そこで初めは、どうやってドームになるんだけど、
サービスも良くしますかっていうことの、
今の現状調査と問題点を上げてくださいっていうのは、
62年の夏に来たんですね。
それも誰もやる人がいなくて、
調査だからお前やっておけよぐらいの感じで来て、
調査の結果をこういう風にするべきだって書いたら、
たまたま気に入られてしまって、
その組み立て全部お願いしますって言われる。
一番最初にびっくりしたのは、
営業利益は22%支出です。
社員数は70人を50人にします。
店舗数は倍です。
これで組み立ててください。
へー。
非常に問題がいろいろあって、
組み合いが非常に当時の黒道路並みって言われてたんですけど、
強い会社で。
社員数を減らすって話も、
実は社員には何も知らされてなかった。
そんなことがいろいろあって、
もろもろ山のような大変なことがあってですね。
そうでしょうね。
でも結局それも最後まで一人でやりきって、
終わった時には意外と痛いなと思ってたら、
胃に穴が3つ開いてますよって言われたぐらい。
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でもその時に最後に、
こけろ落としで、
みんなが思惑通りに動いてくれて、
それから原価消却が1年早くやるぐらい。
工業っていうのはチケット代決まってますから、
売り上がるっていうのは販売しかないんですね。
飲食の。
29歳の時に一気に来たチャンスっていうのが苦しかったけど、
大変でしたけど、
自分の中の完全なターニングポイントになった仕事だったなと。
仕事に対するマインドだったりするのががらっと変わった。
変わりましたね。スタンスとか捉え方とか。
ハウツーを売ることではないんだっていうことを、
それは結果なんだっていうことがはっきり分かったっていう。
2つの大きな案件を手掛けて、
すごく大変だったっていうふうにさっきおっしゃってたんですけど、
それだけ大きなものって、
その分いろんな人を動かさないといけないと思うんですけど。
それが一番大変ですよね。
その目で心掛けていらっしゃったこととか。
はい。向こうとしてはね、
例えば東京ドームなんて上場している会社なわけですよ。
そこの販売部長なんていうのは当然50を過ぎている方ですし、
私まだ29とか30とか、
そういう時はまず少し落ち着いて見えるようにして、
見かけは。
向こうもはっきり聞かないんですけど、
30半ばぐらいなんじゃないとか、
そのぐらいにしていたというふうにしながら、
要するに安心感を持ってもらうことと、
それから検証できないわけです。
やったことないことをやろうとするわけですから。
そうなんですよね。
データも減ったくらいもないわけですよね。
ですからいかに、
頭の中でできた時のイメージ、
ゴールイメージって私言ってたんですけど、
ゴールイメージが湧きやすいような目標設定と、
具体的な展開方法をするかということ。
これは今にもつながっているんですけど。
そういうことを考えました。
それから、北海道の仕事は完全にオーナー会社。
本当にわがままだったと思います。
オーナーさんが。
オーナーさんが。
息子さんが2代目なんですけど、
その親子喧嘩を止めたこともあるぐらい、
やっぱり自分の思いみたいなのが激しい方で、
そういう方々に、
息子さんはどっちかというとデータ派で、
お父さんは思いが米型みたいなの、
ロマン型みたいなの。
その辺をどうやって、
私の機能としては、
アウトプットを出すだけじゃなくて、
この親子関係がいいように経営層として、
お客様にも、そして社員たちにも、
従業員たちも見えるかという、
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そういうお手伝いをするんだろうなというふうに。
常に求められているアウトプット以外のことも、
提供するということで、
若いけど役に立つじゃんというふうに、
思われることを、
心がけていたとは思います。
先ほど親子の浪人的な人と、
思いで突っ走る方というお話があったんですけど、
清美さんの中では、
そのアウトプットに関しては、
どういうバランスで取って仕事をしていくのが、
いいというふうに思われます。
ご経験の中で。
業種だと思うんですけど、
リゾートというのは、
基本的に定量データの世界を求めていないんですよ。
お客様は。
時間を忘れてくださいとか、
ゆったりしてください。
だから、思いが前面に見えなきゃいけない。
だけど、
いいサービスを提供するためには、
それをきっちりとデータ化して、
きちんとこういう時には、
ここに自然に何か湧き出てきた人が、
いつの間にか気を使ってくれている。
そういうのは、
裏は全部計算づくでやらなきゃいけない。
だと思うんです。
それと、
もう一つは、
計算づくというだけじゃなく、
現場の人たちに、
いかに権限を持たせるか、
サービス業というのは、
いかに現場に権限を持たせるか、
ということが、
実は大事なことで、
この場でお答えできませんと言うと、
イラつきますから、
その瞬間に、
夢の世界から、
ふっと現実になりますから、
いかに権限を持たせるか、
権限を持たせるために、
ロマンとデータというのを、
常にミックスさせる、
というような仕事だと思っています。
なるほど。
20代全体の総括みたいなイメージなんですけど、
その当時って、
とはいえ言っても女の人が、
働くには働きづらいというか、
今と比べたら、
もうちょっと働きづらかったかなと。
そうですね。
そんな中で、
コンサルトの会社を、
ややしつこいくらい入れてくれ、
と言い続けられたものとか、
とはいえエネルギーの根源があるような気がするんですね。
はい。
これはどんな理由で頑張れたと、
今振り返ってみると、
思われますか?
あのー、
私はすごい学生以来コンプレックスがあって、
と言いますのは、
アリーナはとても優秀な人間だったんですね。
はい。
私はあんまり取り柄がないなと、
今自分で思っていて、
なんか、だけど、
どんな時代でも、
これからは、分かんないんですよ。
分かんないんですけど、
誰も想像がつかないし、
何か困った時に、
自分の、
一人でも食べていける。
人に人生を預けるほど、
私は勇気がないと思ったんですね。
よくお嫁さんになりたいと思って、
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それほど勇気はないと。
自分の人生を預けるわけじゃないですか。
はい。
だから、一人でも、
仮に結果として二人でも、
自分の人生を自分で面倒を見ると、
言うためには、
何か自分の中で、
自信が持てるものがないとダメだと、
言うようなことのやり方では、
自分は大した能力はないから、
とことんまでやらなきゃダメだろうな、
というふうに思ったんです。
それが多分、一番の下地だと。
だから、コンプレックスだと思います。
自分にとっては。
なんか、今、コンプレックスがある子もいるじゃないですか。
はい。
だけど、そこまで頑張れない子が多いような気がするんですね。
なるほど。
その辺りで、どこが違うんですかね。
コンプレックスの向こうには、
本当に変わりたいと思っているか、
思っていないかだと思います。
そうすると、決めるかどうかだと思います。
うん。
ズバッとした覚悟みたいなものですね。
そうですね。
だから、もう覚悟というのは、
私も大好きな言葉で、
覚悟はあるか、ということですよね。
で、やっぱり20代のうちは、
やっぱりいろんな人と学んで、
鼻を開かせるために、
苦しんで苦しんで、もがいてもがいて、
という時代だと思うので、
まだ体力もいっぱいありますし、
情報もいくらでも処理できるだけの、
頭の、
インプットする力はある、
というふうに思うので、
20代はそういうところに、
力を注ぐということが、
やっぱり大事なんじゃないかな、
と思います。
なるほど。
結構さらっとお話しされていましたけど、
すごいこと、
すごい大変だったんだろうな、
というのは感じたんですが、
それをきちんとやり遂げる姿勢だったりとか、
多くの人を巻き込んで、
ゴルフ場のお話ですかね、
最終的にはキャリーさんに、
どうなられるんじゃないかと思ったら、
ありがとうと言ってもらいたい、
というお話だったりとか、
本当に真剣にお仕事をされていたんだな、
ということが真摯に伝わってきて、
すごい刺激になりました。
なんだろうね、
このエネルギーの源ってことを、
どうしても聞きたくて、
キムさんにもお伺いしましたけど、
やり切った人というのは、
いやいや、覚悟してやっただけですよ、
と言われて、
とらっとくるじゃないか、
おっしゃる通りなんだと思うんですけど、
やっぱり物事の捉え方みたいなところもあって、
今勝負時だと思うところに対する覚悟の仕方とか、
やり切るという、
これも覚悟なのかな、
思いがあるかないか、
20代の人はこれを聞いていて、
そういう勝負があったら、
まずやってみっていうのだけは、
ぜひお伝えしたいなと、
ぜひこのチャレンジするということを、
皆さんやってほしいなというふうに思いますけどね、
はい、私もいろいろチャレンジしていきたいなと思います。
ありがとうございました。
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ぜひ皆さんも突き抜けるための思考や行動習慣を
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