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2026年6月15日放送  株式会社ロッコウアトム 代表取締役社長 田中晶也(たなか あきや)さん
2026-06-15 08:30

2026年6月15日放送 株式会社ロッコウアトム 代表取締役社長 田中晶也(たなか あきや)さん

株式会社ロッコウアトムは1987年(昭和62年)設立、福岡市博多区に本社をおいています。親会社である 株式会社カンサイ が「機器販売だけでなく工事も必要になる」と考え、工事専門会社として設立されました。社名は「鉄腕アトム」好きだった創業者が、「力強い会社にしたい」という思いから付けたと言われています。主な事業内容としては建設・設備分野、とくに「弱電設備」を中心に事業展開をしており、マンション、病院、工場、商業施設など幅広い建物に対応しています。

田中晶也さんは、子どもの頃に転勤が多く、7〜8回も転校を経験しました。

そのため「将来は地元・福岡で腰を据えて働きたい」という思いから福岡の企業を選択しました。当初は営業職として入社しましたが、その後、現場作業や図面作成など非常に忙しい日々をおくり、一時は退職も考えました。しかし上司との関係や仕事の達成感を通じて継続、現在は代表取締役社長を務めています。

会社の特徴・経営方針としては単なる工事会社ではなく、設計、提案、施工、アフターメンテナンスまで一貫対応し、10年後・20年後の更新まで見据えた関係づくりを重視しています。

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サマリー

株式会社ロッコウアトムの田中晶也社長は、幼少期の転校経験から地元福岡での就職を決意。入社当初は営業職から現場作業や図面作成へと多忙な日々を送るも、上司や仕事の達成感から継続し、現在は社長を務める。同社は設計から施工、アフターメンテナンスまで一貫対応し、長期的な関係構築を重視している。

株式会社ロッコウアトムの成り立ちと田中社長の入社の経緯
下田文代リーダーズストーリー
こんにちは、RKBアナウンサーの下田文代です。 この番組では、毎週お一人の福岡、そして日本の経済を支えるリーダーたちの
これまでの人生、そしてこれから開く未来のストーリーを語っていただきます。 今日のお客様です。先週に引き続き、福岡市博多区に本社を置く
株式会社ロッコウアトム代表取締役社長 田中晶也さんです。今週もよろしくお願い致します。よろしくお願いします。
先週も伺いましたが、ロッコウアトムさんの設立は1987年ですね。昭和62年ですね。成り立ちはどういう成り立ちの企業でしょうか。
親会社の株式会社関西っていう会社のグループ会社になるんですけど 関西が商品を売る会社で、その中で仙台が工事会社を作ろうということで設立したのが
弊社になります。どのような工事を行っていらっしゃるんですか。基本的には 弱電工事、空調、電気通信といった形で幅広く工事に関わる仕事は大体やらさ
していただいています。そうなんですね。 今は田中さんは社長を務めていらっしゃいますが、そもそもの入社というのはいつでらしたんでしょうか。
23歳くらいですかね。そのくらい入社しました。 なぜその入社の志を持たれたんでしょう。
自分は幼少の頃転勤が多くてですね、転勤するたびにちょっと寂しい思いというかしてたんで、働くなら地場の会社がいいなってことで福岡の会社を選んだのが
この会社のおかげです。そうですか。お小さい頃の転校ってどれくらいでした。
多分7回8回はしてると思うんですよ。 7回8回それは小学校から高校まで計7回8回してますね。
じゃあ2人に1回ぐらいですか。そうですね。だから一つの場所にあまり長く留まった記憶がないですよね。
そうですか。その時寂しかったですか。そうですね。親友というか友達ができたかなっていうぐらいですぐ転校とかいうのがあったんで、あまり仲の良い友達ができなかったような気がします。
そうですか。それってやはりお性格に影響したりとか、それともこの地でずっとこう仕事するぞという決意につながったということですかね。
そうですね。やっぱり自分は何とか転々としながらもやってたんですけど、自分の弟がやっぱり転校先であまり慣れずにとかあったんで、今後この子供とかが転校とか嫌な思いをさせたくないなっていうのがあったので、福岡の仕事をしてます。
そうですか。そして入社してどんな思いで若い時働いていらっしゃいましたか。
入社後の多忙な日々、仕事への向き合い方、そして継続の重要性
最初はですね営業で募集で行ったんで工事をするとは思ってなかったんですけど、当時の会社に入って毎日現場、朝から夕方まで現場で戻ってきて、夜遅くまで夜中まで図面作成とかした毎日で、これが社会人なのかなっていう、とんでもない会社に入ったなっていうのが最初の印象でしたね。
でももうとにかく集中して仕事をされたという。
そうですね。しました。
その設計を書かれたりとか、あと実際にその工事で施工されたりという、すんなり入っていけましたか。
大学の時に理系の大学、電気工学科だったんで、多少なり入りはあったんですけど、やっぱり上司とか先輩ですね、教えてもらいながらちょっとずつやりながら、なおかつ自分で国家資格等を取りながらやってきたかなって感じですね。
こんなに忙しいと思わなかったよっていう、そういうつまずきはなかったですか。
休みもないし、これをずっと続くのはまずいなと思って、最初は1年ぐらいでちょっときついかな、やめようかなって思ってたんですけど、当時の上司がですね、言い方がいたんで、仕事以外でもたまにスノボ行ったりとかですね、旅行行ったりとかしながらやったんで、この上司ともう少し一緒にやっていこうかなと思いながらやっていくうちに、仕事の楽しさというかね、
物をつけてとか、人に頼られたりとか、できた後の歓声の喜びとかをちょっとずつわかってきてね、頑張っていこうかなっていうのは変わってきましたね。
辛くても続けることって大切でしょうか。
そうですね、やっぱり継続は力なりじゃないですけど、ただやるだけじゃなくて、もっといいふうにやろう、どんなふうにすればいいものができるかなって考えながらやると、どんな仕事でも楽しみができるかなと思いました。
働き方改革と人材育成への思い
そうですね、今はもう働き方改革で、昭和平成の最初の頃のように無茶な働き方というのは減っていると思うんですけど、いかがですか。
そうですね、もう今は全然そういうのはないんですけど、平成19年ですかね、そのぐらいに、うちのロッコアトムのRA会という協力会を作ったんですよね。
そうすることによって、前は自分で工事して自分で書類作ってたのが、工事をするだけの専門の協力業者、下請けさんという会を作ったんで、その人たちに工事をしてもらって、うちはそれを管理するということで工事の区分を分けたんです。
そうすることによって、昼間はその管理をしっかりして、土日も出るときはあるんですけど、しっかり休みも取れるかなって流れになっています。
そうですか、これから一緒に働く若い人たち、仲間、どんな人材を求めていらっしゃいますか。
うちは建設業なんですけど、ただ技術だけじゃなくてですね、そこで人間性というか人間の育成もしっかりしながらですね、立派な大人というか社会人になってもらいたいなと。
また引退した時ですね、いい人生を過ごしたなと胸を張って言えるような人間になってほしいなと思っています。
田中社長の余暇の楽しみと今後の抱負
さて田中さん、毎日お忙しくお過ごしだと思いますけれども、余暇とか楽しみというのは何かお持ちですか。
お酒が好きなんですけど、基本お酒は飲んでるんですけど、コロナ禍でですね、ちょっと自粛した時から本格的に始めたゴルフが今は旬日ですね。
そうですか。
月に2,3回というか、会社のお客さんだったりとか、プライベートとかですね、いろんな方と今行っています。
会心のショットってどういうところが気持ちいいですか。
まあまあそれはもうまっすぐ飛べば一番いいんですけど、ほとんど飛ばないんですよね。
先週と今週のお客様は株式会社六甲アトム代表取締役社長田中昭さんでした。
どうぞナイスショットを求めてこれからも目指して頑張ってください。
ありがとうございます。よろしくお願いします。
お相手は下田文夫でした。
それではまた。
08:30

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