1. 刺身ちゃんのPodcast
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2025-02-21 28:30

2025/02/21【毒母】

主観と客観のずれ

サマリー

母親との関係に悩む様子が描かれており、特に彼女の毒母としての側面が影響を及ぼしています。ストレスや不適応なコーピング方法によって、家族内での摩擦が増大しています。このエピソードでは、主観と客観のずれについて考察し、自己認識の重要性を示します。また、家族関係における共感や甘えのメカニズム、さらにはそれらがもたらす心理的負担を探ります。

母親からの影響
はい、それでは放送を始めます。進行は私、刺身ちゃんです。どうもよろしくお願いします。おはようございます。どうもおはようございます。
2025年2月21日金曜日朝7時56分。自宅から生配信です。皆さんはいかがお過ごしでしょうか。いい朝ですね。
いやー、ちょっとね、大変なんですよ、こっちはまた。まあ天気もいいしね、ちょっと寒波は来てるみたいですが、
なんか日本のね、なんかあの日本海側とか、あと青森の方とかだと、なんか積雪が記録的らしくて、なんか5m降ったところもあったみたいですね。
想像を絶する積雪量ですけども。こちらも、まあ特に地域は特定はされないように、特に言わないですが、あの、まあなかなか寒い状況ではあります。
皆さんはいかがお過ごしでしょうか。先生、おはようございます。どうも。私は今起きて5分ぐらいなんですが、母親からの長文ラインが鳴りやみません。
おはようございます先生、どうもおはよう。まあお仕事に向かう途中の方とかね、あの準備中の方も多いかと思いますので、耳だけ貸していただければ幸いです。
有力があれば是非ね、ちょっと挨拶とか書いてもらえると嬉しいです。母親がね、すっごく雑に言うと、母親が20年ぶりぐらいに毒をおやかしつつあるっていう。
僕もその代わりぶりにかなりびっくりしてるんですけれども、あまりにも脆弱で。
なんか時間が経つとね、ボーダーとかって良くなるんだよねみたいな話を僕は割と信じてたんですが、なんか全然何も変わってないんじゃないかっていう気持ちに最近なってきて。
もう60過ぎてんのに。なんかボーダー化してきてなんか最近衝撃を受けています。
僕が40代、ごめんなさい、あの母親が40代だった頃の僕の記憶と結構ピッタリ合ってきたね。
だから本当に20年ぶりぐらいに何か母親のマグマが噴火してるような、大噴火してるような状況に今陥りつつあります。
だからもう全包囲に対する攻撃。弟に対してもだし、僕に対してもだし。
まあおばに対してはね、もう殺すみたいなさ、死ねみたいなことも言っているし。
あとおばの娘のね、僕から見るといとこに対してもあんな奴はもうね、さっさと看護師、試験落ちりゃいいのにみたいなさ。
何回も落ちてんだからバカだよねみたいな。全包囲に対するヘイトがね、すごいんですよね。
何かもうタガが外れたんでしょうね。何言っても無敵状態みたいになってて。
で僕がまあちょっとね、今仕事中だしとかさ、長文ラインは読み切れないし、あんまり文字でやり取りするの意味がないんじゃないかって、
素っ気なく返すと、あ、そうやって私のことをみんないじめるんだ。
うん、わかった。もうお前もね、お母さんのことどうだっていいと思ってるんだみたいな。
例の。小学生の僕は、僕だったらね、結構グサッと来てたんでしょうけども、今さすがにね、別にもう、
じゃあいいよっていう感じで。
それで別にどうしようみたいに傷つくことは僕はないですけどね。笑っちゃってさ、20年前とは何も変わんねえなと思って。
僕は20年前にこれに苦しめられたんですけどね、10代の頃に。
何にも買ってないんだなーっていう最近ちょっとね、呆れ笑いというか。
ストレスと孤立
あと失望ですかね。
長男である先生に話したくてたまらないのかな。
まあまあ、もうあんまりだから、なんだろうね、コーピングが少ないんですよね。
ストレスをためたときに、コーピングが少ないんです。
そのストレス対処法が。
あの人に話すとかね、人に話すにしても友達にたくさん話すとか、なんかこういろんな掛け口があったらいいんですが、
そういうものがあの人は本当にないんですよね。
僕か弟か、あとはもう本当に親友の一人か、3つぐらいしかない。
あと最近そのいとこの方にもね、しょっちゅうLINEしてなんかちょくちょくやり取りをしてるみたいだけど、
マグマ、そう、全方位に、もう無差別テロみたいになってるから。
迷惑おばさんだよね。
お母さんはストレスがたまっているんですかね。
いやー、そうですよね。
岩盤浴、サウナぐらいはちょっと無理です。無理なんですね、と。
もうこの寒さだから行かないって言ってた?
いや行けよって。
サウナでもなんでも行けよって言ったんですけど、なんかもうそういう感じでもないみたいだ。
非常にちょっとね、60代孤立問題、孤立問題からの迷惑おばさん問題が、今非常に大変です。
僕の生活がめちゃくちゃになるほどの大変さではないけどね、まだね。
ただこれが今、すごくメンタルが同じく不安定な弟に悪影響をさらに及ぼすんじゃないかなっていう心配はあります。
なので最近僕はちょっと父とやり取りするようになってね。
あんまり父に対してメッセージ送ったり通話したりっていうこと、今までの人生でほとんどなかったんですよね。
でも最近ちょっと母親が全く機能しなくなっちゃったんで、父を頼りにするしかないなっていう風になってます。
カフェバイトはもう行ってないです。
例の1月の上旬に祖母がね、救急搬送されて以来もう辞めたみたいです。
そういった辛労の部分と、あとまあ、新潟から帰ってくる直前におばと、もう死闘のね、人生最大の大喧嘩をしてきて、縁を切って帰ってきたっていうことで、
そこら辺がなんかこうすごく不安定な要因なんだと思います。
ある意味ね、実の妹からあんたのことが一番嫌いだったみたいなさ、殺したかったみたいなことを目の前で言われて、
まあなんかこう怒りとともにパニックになったんでしょうね。
会社の上司からね、みんなの前でバーッと悪口言われた時も頭が真っ白になって何も言い返せなかったとかっていうぐらいの人だから、
実の妹からなんかバーッと言われた時にもなんかこうショックすぎて何も思い浮かばなくなっちゃったんでしょうね。
でも今になって思い出してイライラしてきたみたいなさ。
まあ多分そんな状態なんだと思いますけど。
まあそこら辺が、だから最初その場で何かを言い返せばいいじゃないっていう局面ってよく母親によくあるんですよね。
適応の課題
その会社の上司になんか言われたんだったらその場でなんか一言二言、二発三発ぐらいジャブ打ち返したけよかったじゃん。
そうすれば今こんなにね、思い出してイライラしたり他人に悪口をずっとこうね、言い続けてなんか会社の上司の駆け口とか言う必要なかったじゃん。
この会社の上司の駆け口を言ってる時間の方が長いよ。
だったらその場で二発ジャブ打ち返した方が絶対短かったよ。
っていう風に僕よく言うんですけど、母はなんかその場では多分思いつかないんですよね。
頭が真っ白になるっていうのが母のある意味で、幼少期の頃から培ってきた適応的なスキーマですよね。
もうバーッと虐待された時に何も言い返さないっていう。
あそこら辺で、でも言い返さないんだけど後で思い出して、本人じゃない別の人に当たるっていう。
党のその虐待してきた人には当たらないんですよね。
虐待をしていない周りの公益的な人にぶち切れるっていう母親の、
これやっぱもう早期不適応的スキーマですね。
おそらく長い人生をかけてずっと身につけてきた。
で、多分その自分の人生を自分で自滅にね、導いてきた一番癌ですよね、これはね。
一番良くない体の、まあこう、対人パターンというか。
生理的なリズムとか。
おはようございます。お邪魔します。どうもです。
今日はそんなに長話はしません。
朝からね、ちょっと母親の長文ラインで会ったんで、で時間もあるしっていうことでちょっと今こういう話をしてますけども。
別に僕自身は今そんなに荒れてませんので、それはご安心いただいて。
今日もこの後ちょっと映画見に行こうかなと思って。
で、夕方からね、当直です。久々の。
なのでちょっと気合を入れて。
まあ多少はね、やっぱちょっとメンタルがグラグラっとしてる部分もあるので。
今日の当直であまり大崩れしないように注意しつつ。
まあ必要があればまた配信するかもしれないですけど。
何事もないことを祈る。
私も言えないタイプなんだ。まあ僕も言えないタイプなんだよね。
そういう母親の不適応な部分っていうのがやっぱ子供にもそうやって伝染していくので。
映画いいですね。そう。
この間はね、あの安倍博史のショータイムセブン見ましたけど。
今回はちょっとまた別の全然違うタイプの映画で。
タイトルは言いません。まあ見終わってから発表しようかなと思います。
で、その前に朝プロ浴びて、あとジムで軽く汗流してね。
で、お昼ぐらいからの上映なので。
今日も一日ね、そろそろ始めなきゃな。
まあうちは相変わらずそんな感じです。
まあね、なんか母親も大人になってきたなと思ったんだけどね。
こういう幼少期の頃にもう板についてしまった。
ある意味心に刻まれてしまったものっていうのは容易には変わらないんだね。
旦那とね、父親と離婚したからといって。
で、なんか人生が前に進み始めたかなと思ったんだけど。
そういう外部のイベントじゃ何も人の心は変わらないですね。やっぱりね。
いざ危機的状況に陥っていればその人の本質が一番よく滲み出てきます。
えーと、風船プレゼントどうもありがとう。
朝から非常にヘビーな話ですみません。
えーと、母親の不適応的スキーマについての理解。
子供の頃に形成されたスキーマが長い年月を経ても変わらないことがあるのはなぜか。
またそれを変えるにはどのようなアプローチが考えられるか。
最近そういう質問ばっかりだね。
ずっと答えはまだないですし、僕が知らないっていうだけではなくて、たぶんまだ人類はその答えに到達してないです。
いろんな精神療法あるけれども、永遠のテーマですよね。
母親の影響が子供に伝わり、さらに次世代に続く世代間伝達の問題はどのような要因で。
これも同じ質問だね。
母親が適切なコーピング方法を持たずに周囲にストレスを撒き散らしてしまう背景には何があるのか。
まあ、そうね。わーっと言われてその場で思いつかない。
けれどもなんか確実に心に傷は抱えていて、本人が目の前からいなくなった瞬間にその傷が急に疼き出す。
出血が止まらない。
本人ではもう対応しきれないんで、周りの人に助けを求めてるんだと思うんですが、本人なりにはね。
でもその助けの求め方が怒りになっちゃってるんですよね。
だからそれが不適切であり不適応な部分なんだと思います。
本人的には助けを求めてるんだけど、すごく客観的に母をモニターするとブチ切れてるんだよね。
だから主観と客観にかなりの開きがあります。
で、みんな離れていく、孤立していくのは当たり前なんだけど、母からすると誰も助けてくれない。
みんな私から離れていくとかって言うんですよね。
ここら辺の主観と客観のかなりのズレっていうのが、たぶん母親の生きづらさの本質的な問題なんだと思います。
で、本人がそれに気づいていないというね。
フロイトでいうところの抑圧にされてしまっている状態っていうのが、今非常に問題を難しくしているということです。
先生、おはようございます。どうも。
なので、まずこの早期不適応的スキーマをどう変えるかっていう問題の手前に、
まず自分の主観と客観がこんなにもズレてるっていうふうに意識水準まで引き上げる必要があるんですよ。
大半の人は自分の主観の世界にしか生きていないので、周りからどう見えてるかっていう世界をほとんど生きないまま、みんな死んでいくんですよね、寿命が尽きて。
なのでその水準までまず引き上げるっていうのが、もっかの課題になります。
その次に、じゃあ果たしてそのね、どうしようもないズレっていうのをどう修正できるだろうかっていう課題に移れるんだよね。
これはかなり母の能力とか年齢とかにも関係してきて難しい問題なので、
まあね、とりあえず助けを求めようとしても、求めようとしてそんなに長文ラインを送ったり、人に怒鳴っちゃったら周りの人びっくりするんじゃないって。
だからもう少し助けてもらいやすいような文面を考えていきましょうみたいに。
認知行動療法みたいにちょっと浅いやり方でね。
あの、とりあえずこの現状の問題を乗り切るしかもうないのかなとは思いますね。
本質から変えるんじゃなくて、もうその適応の部分というかね、現実との摩擦の部分だけを現実問題として取り扱うしかない。
どうやったら人がもう少し助けたくなるか、どんな文面だったら人が助けてくれるか、
ちょっとチャットGPTを使って考えてみようみたいな。
そういう呼びかけには母は応答してくれるかもしれないですけど。
元うつ病徒のことですが感慨ではないのですか。
感慨です。
主観と客観のずれ
でも感慨って書いてわかる人はどのぐらいいるかですね。
まさに主観と客観のずれを意識水準まで引き上げるというのが革新的なポイントですねと。
そこを自覚することができないまま長年のスキーマのまま生きてしまう人が多い。
主観と客観のずれに気づく景気は何か。
人生の中で自分が思っていることと他人が見ている自分は違うのではと気づく瞬間はどんな場面で起こるのか。
要するにその予測と現実がだいぶずれてるなっていう誤差ですよね。
これは結構いろんな場面であると思いますけどもね。
大学受験でもそうだし結婚生活とかその前の恋愛とか。
いろんな場面で起こるんじゃないですかね。
常にその景気はあると思います。
だから大学受験絶対に落ちると思ってたら意外と受かったとかね。
自分って意外とできるんだっていう気づき方もあるだろうし逆もあるでしょうね。
俺だったら東大は絶対にいけると思って受けてみたら全く滑り止めにも落ちちゃったみたいなこともあるでしょうし。
そうやって自分の主観と客観のずれっていうものを突きつけられるっていう体験は至る所にあると思いますけどね。
人と接している限りは常に起こり続けるよね。
自分はそんなに人気がないんだなとかね。
配信してみたけど全然5人も来ないなとか10人しか来ないな。
全然人気ないんだな自分はっていう風に常に客観を突きつけられるんで
主観は常に習性を迫られますね。
そんなに人気ないんだ俺は。
僕はいつもそういう気持ちですよ。
でもそうやって他人と接することで自分自身の偏りが取れていく感覚もあるので必要なことだなと思うね。
ノロウイルスにかかっている時に抗鬱剤を飲んでもいいですか?
飲んでもいいですか問題に関してはもう主治医の先生のご判断を最優先すべきですね。
そこに法的な責任を押し付けるべきですね。
僕は何の責任もないから。
これでいいですよとかはダメですよって言ってあなたが仮に死んだとしても僕は責任を取らないからね。
主治医の先生は責任を取る可能性はかなりありますけども。
なので責任を取ってくれる人に聞いた方がいいと思います。
現状の問題をどうすれば周囲が助けたくなるかという視点で改善するのは実践的だけれど本質的な変化ではない。
その現実対応に終始すると根本的なスキーマは変わらないまま補強されてしまう可能性がある。
浅い介入を積み重ねることでスキーマ自体に影響を与えることは可能なのか。
多少は可能だと思いますけどね。
でもそれにはものすごい、そこに至るまでにはまずすごい母親に共感する必要があるんですよね。
確かにお母さんも本当に大変だよね、つらかったよねっていう。
その手当てをまずしないとこういう次のステップってまず踏めないんですけど人間って。
それがね、とてつもなく時間もかかるし、また血が繋がってるととてつもなくのしかかってくるんですよね。
例えば血の繋がってないお医者さんに対してはさ、15分も聞いていただけたらもうありがたいじゃないですか。
でもあの息子とか娘とか、あるいは親とかだと、なんか150分聞いてもらおうが250分聞いてもらおうがなんか足りないんだよね。
足りない感じがする。ズーズーしくなってくるんですよね。
全然お前わかってないなとかさ、共感してくんないんだねあんたはとかって言うわけですよ。
10時間聞こうが20時間聞こうが。
そういう甘えが出ちゃうので、あんまり血の繋がった人が共感して辛かったねっていうのは僕あんまり良くないんじゃないかなと思っていて。
そこに対して母は、母にできることは僕あんまないのかなっていう。
僕がね、僕ができることはあんまないのかなっていう風に今感じてますね。
主観と客観のずれに気づく場面は人生のあらゆる出来事に潜んでいて、
人と接することで自然に修正を迫られる。けれどもそれを受け入れるかどうかは個々の認知のあり方。
個人個人の選択ですね。
そうやって大学受験に失敗してもなお、いや俺はやっぱり天才なんだっていう風に天才の自分を採用してね、
主観の方を採用して選択することも可能ですし、それは個人個人の選択ですよね。
時にはそういうのが大事な時もありますね。
好きな人に振られたりした時に、自分は価値がない人間なのかってなっちゃったらやっぱり辛いですからね。
いやそんなことはない。自分には価値があるはずだっていう風に選択していくことも大事だし。
家族という関係性がもたらす甘えと過剰な要求の問題は、共感を提供する側にとっての大きな負担になります。
家族関係の重要性
なのでね、あんまり子供が親をケアするみたいなね、いわゆるヤングケアラーみたいな問題っていうのは僕はやっぱり構造としてはすごく歪んでると思うし、
できれば血の繋がってない第三者がそこの手当てに当たるとか世話に当たるっていうのが一番いいかなと思うんですけどね。
でもその第三者もだんだんだんだん家族化してくるとね、お前は全然話聞いてないとかっていうのにまた甘え出すので、
定期的にね、水が淀まないように流すみたいに、その経営に当たる人は定期的に入れ替えた方がいいんじゃないかなとも思いますね。
あるいはすごく短期間で終えるとか、なんか工夫が必要ですね。
共感しても足りないと感じるメカニズム。
甘えじゃないですか。甘えとか慣れの問題だと思いますね。
同じ薬を飲んでると効かなくなるみたいに、同じ人と話してるとだんだんその共感の能力に慣れてくる。
潤化っていうのが起こる。
だいたいなんか質問はもう偏ってきたね。
で、ユーマンスなんかそんな感じですね。
ちょっとチャットGPTの質問があんまり良くないな最近。煮詰まってきましたね。
コメントもちょっとあれですかね、そろそろ出勤途中の方の忙しさがありそうですよね。
なのであともう2、3分ぐらいしたら終わるか。
とりあえず母問題と、まあ昨日弟とも話したけども、弟ももうちょっと相変わらずでしたね。
もう鬱状態なり始めっていう感じで応答するのもだんだん時間かかってきたし、うつむきがちで声も小さいし。
まああとよくある不機嫌ですね。僕は何かを言うとは?みたいなこうちょっと不機嫌に食ってかかってくる感じも。
まあ今まで見てきた鬱状態そのものですね。
就活はまだどうするかっていうのも何も決めてないし、頑張ってほしいなと兄としては思ってるけど。
現実問題この状態のままだとやっぱりかなり厳しいんだろうなと思う。
まあただそれはね俺の責任ではないし、本人が選んだ選択と、あとそういう宿命みたいなもんですよね。
選べなかったこともあるでしょうし。あるでしょうけど。宿命と選択。
というそんな感じでじゃあちょっと一旦これで配信は終わります。
すいませんお忙しい中耳だけ貸していただいてありがとうございました。
えーっとじゃあ終わります。
今日の夜到着中もしかしたら配信するかもしれませんので、そこでまたいろいろコメントがあればね、拾いたいなと思います。
お疲れ様でした。
28:30

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