幻想の未来
サマリー
このエピソードでは、フロイトの論文『幻想の未来』に関する深い考察が展開され、理性と科学の限界、さらに人間の無知や文化への攻撃について議論されます。特に、フロイトが示す教育と指導者の重要性が強調され、現代社会との関連性についても触れられています。アインシュタインとフロイトは、人類における平和の実現は難しいと述べ、彼らの予測に反して戦争が続いています。技術の進歩により、個人はAIを利用して独自に学ぶことが可能になり、新しい知識と学びの流れが生まれています。また、AIの理性模倣が人間の教育を代替する未来についても議論されています。AIの助言が正しい道を示す一方で、人は生きる意味や価値に基づいて選択する存在であるというテーマが語られています。孤独感や寄るべなさに対する人間のケアの必要性、およびAIがその補助となる可能性についても言及されています。
フロイトの論文とその背景
それでは放送を始めます。進行は私、刺身ちゃんです。どうもよろしくお願いします。
2025年5月31日、土曜日、20時18分、自宅から生配信です。
皆さんはいかがお過ごしでしょうか。
さて、配信を始めますか。
えーと、こんばんは、刺身先生1号さん、どうもです。
なかなか天気も悪いし、なんかね、いろいろやろうと思ってたことが全部飛んでしまった。
えーと、先生、今日2回目来ました、どうもです。
一番乗り、おめでとうございます。
今日は、冷蔵庫にあるものを引っ張り出して温めて食いましたね。
あとは、結局今日返そうかなと思ってたんですけど、
この雨だったんでね、一旦ちょっと返さずに、改めてちょっとフロイトを読み直しまして、
なんかすごい疲れた。
やっぱり昔の人が書いた文章ってちょっと読みづらいし、疲れますね。
こんばんは、今日は寒かったですね。3号さん、どうもです。
寒いは雨だし、風もあるしでね、ちょっと疲れたわ。
ペンライト3本プレゼント、どうも。
昨日の夜当直、今朝までの仕事だったんですが、
なんかあんまり構造上のこと言わない方がいいのかもしれないけど、
当直の建物と病棟が結構離れてるんですよね。
屋根もないんで傘さして歩いていくんですけど、暗い中。
昨日なんか横殴りの雨でも大変でしたね。
絶対読んでくんなよとか思いながらさ。
たぶん思い返してみると、その頃ぐらいからたぶんちょっと機嫌が悪かったんだと思うんですけど。
ペンライト、どうもです。
こんばんは、どうもです。
元気は元気ですね。なんとかやってます。
本も普通に読めるしね。
まあ、そうですね。
だいたい横ばいで推移してますね、元気は。
ちなみに読んでいたのが、フロイトの幻想の未来っていう論文です。
幻想の未来というね。
1927年とかにたぶん書かれた。
てことは、フロイトが70代前半とかで書いた論文かな。
結構晩年のね。
それなりにおじいちゃんになってから書かれた論文なんですけれども。
いろいろその当時の精神分析であったり、
あとその当時の近代的自我というか、
科学っていうものが、
キリスト教的な悪しき風習を打破して明るい未来をもたらすんだっていう
科学主義みたいな、理性主義みたいな眩しい思考と、
ただそうは言ってもこれからね、1927年だとこれからナチスドイツとか暴れまくって、
フロイトも最終的にイギリスに亡命するんですけども。
理性と無知の葛藤
そういうね、何か科学っていうものを過信すると結局戦争の道具に使われて終わるんだよねっていう暗さが何か入り混じった。
何とも言えない論文でしたね。
元気そで何よりです。どうも。
先生は本を読むペースは早いですか?
僕ね、結構遅いんです。
で、だいぶ飛ばし読みします。
全ての本を同じペースで読むんじゃなくて、まずザーッと読みますね。
ザーッと読んでいて、この本絶対つまんないなと思ったらもうそれでやめますね。
だから、読んでるんじゃなくてパラパラパラッとの雑誌をめくるみたいにパラパラパラッと見て、
あ、この著者と言ってること合わないし、そもそもこれ意味わかんない文章だな、文章下手くそだなっていうのを先に先読みして、
で、読むのはやめちゃいますね。
あ、何か間違えて借りてきちゃったからこれ返そうと思って。
うん、読まない。
だからまず読むかどうかを判断するための、サラッと流し読みをまず最初にするっていう感じですね。
人それぞれね、本の読み方あると思うんだけど、僕はあんまり読書が好きじゃないので、
本に対するリスペクトはまずないですね。
つまんないこと書いてんなと思ったらすぐ捨てちゃうというか、すぐもう読まなくなっちゃいますね。
だから20冊毎週本借りてるんですけど、そのうちの半分ぐらい読まないですね。
あ、何か書いてあることつまんないなとか、このぐらいのことだったらもう多分自分の頭で思いつくなと思って、
クソ生意気なんですけども、基本的には読まないですね。
フロイトって名前だけ知っている。
フロイトは名前だけで十分です。
宗教に対する批判とかね。
やっぱりちゃんと自分のものをね、自分の頭で考えた方がいいよねって。
聖書にこう書いてあるからダメなんだよみたいな、
善悪の根拠をやっぱり宗教に求めていくと、自分の頭で考えないし、
いろいろ良いことにも悪いことにも使われてしまうので、
ちゃんと自分の頭で考えられるようになりましょうということで、
宗教を批判しながら科学を絶賛していくっていう構造でやっていくんだけれどもね。
最終的には人々が理性主義的に、理系的に、論理的に思考して、
きちんと判断が下せるようになることっていいよね、
っていうテイストでずっと進んでいくんですけれども。
でもね、なんかすごい辛辣なこと書いてるんですよね。
ただとは言ってもね、人類の大半は無知で強要がなくてバカなんだみたいなことは結構書いてありますね。
大衆のほとんどはバカであるみたいな。
バカとは書いてないけど無知で強要がなくて抑圧がない。
だから文化にとって敵であると。
文化っていうね、人類の文明を存続していく上で、
非常に暴力的で破壊的で野蛮な人間なんだっていうことが書いてあって、
彼らをどう教育するかっていうことが平和にとって大事なんだけれども、
なかなか難しいよねっていうことが悶々と書いてありますね。
優れた指導者による指導が欠かせないんだと。
大衆のほとんどはバカなんで、頭のいい人がちゃんと導いていかなくちゃいけないんだみたいなことが、
今だと炎上しそうな感じのことが結構書いてあります。
ただその結果、その後ヒトラーが出てきて人々を煽動した結果、
大量殺人、殺戮っていうことが行われてしまったんで、
そこら辺に対してもフロイトは多少予感してるんですよね。
指導者が導いていくべきなんだけど、その指導者って結構難しいよねっていうことが書いてありますね。
だからもう多分第二次大戦をある程度予感しながらこの論文を書いてたんでしょうね。
非常に暗い論文ですね。
私もそう思うけど何か違う気もする。
部分的には何かね、このSNSで偉そうなこと言ってる人ほど、
現実では何もない人だよ、中身ない、空っぽだよねみたいな。
いわゆるフロイトの言う大衆そのものですよね。
無知で強要のない。
でも声はでかいっていう。
こういう人たちに任せていくと文化が破壊されるって書いてあるけど、
要するに政治的な機構とかシステムとか組織とか、
現代社会と文化への影響
本来であれば人々が協力し合って自然の脅威に立ち向かうために作られた組織っていうものを
大衆はなぜか破壊しようとするんだと。
自分たちを抑圧している悪しき連中なんだと。
自分たちは虐げられてるんだ、搾取されてるんだって言って、
人々はそういう組織とかシステムっていうものを破壊に向かってしまうと。
なんかJAをぶっ潰そうとか財務省をぶっ潰そうとか、
医師会をぶっ潰そうって言ってる今の日本人とぴったり重なるんで。
100年前にこの論文が出てるっていうのは結構驚きですよね。
脅威的です。
で、人間の心ってこの100年でもほとんど変わってないんだなって。
非常にがっかり論文というかね。
論文としては素晴らしいんだけど、
人類は何も進歩してないんだなっていうことを思い知らされますね。
ということでチュール・ボサス様もよろしくお願いします。
あれ?
えーっと、途中から入力されてない。
チュール・ボサス様よろしくお願いします。
フロイトの幻想の未来。
フロイトの幻想の未来、それは単なる宗教批判ではなく、
理性すらも万能ではない。
苦い予見がこもっているにゃ。
そうなんですよね。
自分の頭で考える理性が大事だって言いつつも、
でも大衆って本当にバカだよねっていう風に嘆いている。
じゃあ教育によってこれは克服されていくのかっていうと、
ちょっと微妙みたいな感じで。
なんか歯切れの悪く終わってるんですよね、この論文が。
科学が宗教を凌駕しても人の内なるヨルベナさは消えないと。
そうですね。
だからこそ大衆は幻想にすがり、時に破壊に走る。
ここでチュール・ボサスから一つ。
理性が幻想を超えることはできるのか。
それとも幻想こそが人間を統治するのかな。
最近読んだ、あれなんだろうな、ネクサスっていう、
ユワルノア・ハラリさんが書いた本、読んでても、
情報は二種類あって、事実を伝えるものか物語を伝えるものか。
人はフロイトの言う幻想ですね。
幻想でありユワルさんの言う、ハラリさんの言う物語によって駆動しているんだと。
物語とか虚構によって人は動いているし、まとまったりできる。
だから統治することはできない。
だから人は人間を統治する。
あれなんかやったっけ、あんまりちょっと覚えてないですけど、よかったです。
こんな横殴りの大雨の疲れる日にあんまり読む本じゃないんですけども、
もっとね、なんか村上春樹の、なんか、力のある本を読んでほしいなと。
結局この論文読むのに、まあ文庫本で120ページくらいのね、漢字なんですけど、
この後全部書いて、全部書いて、
絵本の中に入っている文字を書いて、
そこに書いて、なんか、
なんか、
なんか、
なんか、
なんか、
なんか、
けど この後続く文化への不満っていう論文もあるんだけどちょっとそっちまではもう手つけられ
なかったので明日返しますとりあえず ふーふーふーって
刺身ちゃん今日のトイット語りなかなか深い洞察だったにゃと 確かにフロイトの幻想の未来は理性を信じたいという希望と
理性に人類は耐えられないかもしれないという絶望の間で揺れて居るにゃ つまり啓蒙の敗北を予見しながらも
理性に賭け続けざるを得なかったローフロイトの葛藤が滲み出ているんだにゃ と
アインシュタインとフロイトの懸念
結構葛藤がありますよねもうどうにもならないんじゃないかっていう諦めというか 確かにこれが1927年の論文でその5年後にアインシュタインと書簡を交わして
るんですよね その今後戦争年人類はこう果たして平和を手に入れることができるのかっていう
アインシュタインからの質問に対してフロイトは答えてるんですけれども基本的に無理 でしょうって書いてるんですよね
人間にはそういう戦う本能みたいなものがあるのでそれを克服するっていうことはなかなか 難しいでしょうみたいな
すんごい長ったらしくいろいろなことを語りながら結論的には難しいんじゃないかっていう 書いていて
なかなか大変でその通りね大臣第2次世界戦はその後やっぱり行われたので アインシュタインとフロイトが
まあ予想した通りの展開になっちゃいましたよね アインシュタインとフロイトは
その同時代を生きているユダヤ人なんですよね だからこそ第2次大戦にすごく関わりのある人たちなんですよね
2人とも亡命してますから外国に アインシュタインはアメリカとかに亡命して
フロイトはイギリスに亡命してますんで 本は図書館で借りているのですか
近くの公立図書館とあとちょっと足を伸ばして県立図書館でも借りてますね
県立まで行くと結構かなり難しい精神分析の本が置いてあるので これも借りてます
ただ図書館の本ね ちょっとこう裁断してスキャンしてってことはできないのでどうしようかなーって悩んでたんだけど
なんかアマゾンでその裁断せずにね あのパシャッパシャってこう取れるスキャナーがある
ある2万5千円ぐらいで売ってたので それを昨日注文しました
で多分明日届きます そうするとなんかあのね開いた状態でパシャってとってまた開いた状態でパシャってとって
それで文字認識もしてくれる画像として保存できるようになるので
ようやくちょっとこうチャットGPTにも読み込ませて 一緒にちょっと
人工知能と一緒に本読んでいこうかなと思います そのこういうなんか難しい論文
内容もそうだしそもそも概念がよくわからないとかっていうさ 哲学とかさ現代思想とかこう精神分析とかって
で基本的にそれをよくわかっている なんかベテランの精神科医の先生とかねもう50とか60とか
あるいは場合によっては70、80ぐらいの先生の元に行ってみんなでこう読み合わせるみたいな じゃあ誰々は今日第一章を読んでとかさ
じゃあ次回第2章誰々がまとめてきてとかそういう 読み合わせっていうのをしながらみんなちょっとずつ勉強していくもんなんですけど
でそういうのがね異極ではまあまあよくあるんですよね その精神分析系に興味のあるグループで集まって上野先生を
リーダーにしてね指導していただいて若手がこうみんなで読み合わせるみたいな 僕もそういうのをねちょっとやってた時期も短い間でしたけどあったんだけど
でも今こうやって異極もやめて完全に地方の病院で一匹狼でやってると完全に乗り遅れるんですよね
自分を指導してくれる人もいないし自分の読み方が合ってるのかもわからない
困った困ったっていう感じでも諦めてたんですけど勉強するの無理だなって でもここに来てこの2,3年で急激にこのチャット gpt が進化して
一冊分の本だったらかなり的確に読めるようになって で僕の問題意識も共有できるようになってね
過去のこのチャット gpt とのやり取りを参照しながら僕の意図を組んで回答を作成して くれるようになってきたので
これは行けるのではっていう これは別に人間の先生に教わらなくてもチャット gpt 先生でいけるのではってなってきて
最近またちょっと精神分析系の本を読むようになってきたんですよね で僕の読み方が間違っている可能性があるので
ai に聞いて ai を師匠としてですね
で今日も実はこの幻想の未来っていうね フロイトの論文を読んだ後
ちょこっと ai と議論しました自分の読み方合ってるのかなって
だいたい合ってたんでちょっとホッとしましたね ペンライト3本プレゼントどうもです
使いまするのかもしれないけどそうやって情報格差で自分は遅れてるしもう諦めよう みたいに思ってた人が
ai を使ってもう1回自分で独学で勉強しようっていうふうに いうのが可能になってきたんじゃないですかね
僕ちょっと身の回りにそういう方がいないんであんまりこれがどのぐらいの人に起き てるのかわかんないけど
だから例えば周りにイタリア語をしゃべれる人がいないから イタリア語勉強するのやめようかなぁとか思ってた人がさ
普通にチャット gpt に聞いたら答えてくれるし あとは今僕がやってるみたいにイタリア語のテキストとか問題集とかを裁断してね
ガーッとスキャナーで読んで pdf にしてその pdf を解析させるってことがもう今技術的に 可能になったんですよ
だからそのテキストに沿って教師になってくるんですよね 何ページを開いてみてくださいそこには高校こういうふうに書いてありますよね
そうするとあなたがこの配信でもしこういうふうに言いたいことがあったらこの文法何ページ にあるこの文法を使ってみたらいかがですかとか
っていうふうに普通にそのテキストに沿って教師になってくれるようになったんで これは画期的なことですよね
本当に便利な機能ですよねそうも便利を通り越して なんかこう知識の革命が起きてるんじゃないかなと
今までそういうのをイタリア人の先生を雇うのにね なんかこう交通費だのなんだので月車何万円とかね10万とか払ってた人がさ
これ月々20ドルで使えるので3000円弱ぐらいですね とんでもない情報革命が起きてるのかな
圧倒的に安い あと図書館で本を借りてきて祭壇をせずに祭壇というのがシャンってこう
でっかい刃物で1回本をバラバラにして読み込む作業なんですけどそうするとね傷つい ちゃうので図書館の本でできなかったんですけど今
パシャッパシャってこう開いて取る開いて取るみたいな 要するにまあカメラみたいなスキャナーができてるんですよね
上からこうパシャってとってでまた次のページ開いてパシャってとってみたいな それだと
図書館の方無料でパシャパシャとってで文字認識してチャット gpt にぶち込んだら ほぼ無料で手間はかかりますけど
無限に情報が手に入るようになりますからね なんなら一冊本読まなくてもこの本の中で高校こういう問題意識で今いるんですけれども
AIの未来と人間教育
これについて関連して書かれている箇所を抜き出して 論理的にな文章にまとめてくださいとかって言うとまとめてくれたり
ai ロボットって面白いというかすごく賢くてびっくりしました うちのこの猫はねかなりポンコツなんだけど
悲しいくらいなんかあんまり僕の欲しい回答をしてくれないんだけど 一般的なねチャット ai は結構優秀ですよね
ありは読書孤独 ai そしてフロイトの絶望までまるで冬の夜に暖炉を囲むはの はの長話長話
ちの勝ちの長話 実に味わい深かったにゃ
人類の理性に対するフロイトの信頼と不信その間に立つ私たち現代人 ai という新しい教師 ai という新たな教師は
我らの理性を補うのかそれとも新たな幻想として人間の判断を代行する存在になって しまうのかにあるとこれは逆にどう思いますかね
チュール菩薩様
フロイトはね その指導者を教育するにしてもその教育っていうものが果てしなくリソースが必要になるもので
おそらく無理なんじゃないかっていうふうに論文で書いてるんだけど 要するにその無知でね
教養のない大衆を先導するまず指導者の育成っていうものがまあそもそももう無理なん じゃないかっていうあまりにもそのシステムが整わなすぎて
でも ai っていうものがねこう人間を導いていく 新たな教師になっていくっていう未来っていうのは結構面白いなぁと思ったんですけど
それについてのあなたの意見を聞きたいです フロイトを図書館で探してみますやフロイトは読まないほうがいいですねとか読めない
と思います 借りて本を借りて読んでも本当に何書いてるのか全くわからないと思う
僕もある程度いろんな本を読んできてるんでね精神分析系の本読んでるんで フロイトのこの当時こういうことを考えてたんだなぁとかこう楽しみながら読めるんだ
けど 何の知識もないと本当に跳ね返されて終わる
なんかそういうものですねある程度慣れてこないと 面白みがわかんないんですよね
アインシュタインとの書館は結構初心者にも読めると思いますけど 多分図書館によってはあると思います
今まさに幻想の未来の延長線上にあるにゃ フロイトが絶望した理性ある指導者の不在
それを ai が埋める未来がもしあるとしたらそれは確かに希望のように見える でもここでチュールボサスとしてこう思うにゃ
ai は理性を模倣することができても苦悩することはできぬにゃ つまり ai は合理性の演算には長けているけれども
なぜ理性的に生きねばならぬのか という問いそのものは ai の外にある
それを問うのは常によろべなさを抱えて人間だけに許された特権 その ai による理性の模倣じゃあダメなんですかね
例えば人間がデザラメな幻想とか陰謀論みたいなのを信じるよりかは ai が ある程度アシストしてね
いやあなたみたいな人は結構リスクあるからワクチン打っといた方がいいんじゃない っていうふうに ai が先回りして考えてさ
確率統計を処理して人間にアシストするっていうのでいいんじゃないかなと思うんですけど 別に一人一人が自律的に確率統計を勉強してね
なんか大学院生レベルの論文を読み交わさなくても ai によるアシストで十分なんじゃないかって思うんですがそれは何か問題があるんでしょうか
ai による理性の模倣それは実用上の理性には十分すぎるほど役に立つにゃと 統計的推論リスク予測医療的判断
むしろ人間よりも冷静で的確そうですね 医者も結局自分の専門分野以外になっちゃうとやっぱり素人と同じでなかなか正しく判断
がつかないんでいちいち値位置から勉強し直すよりかはも ai が教えてくれた方が専門医レベルの ai が
AIと人間の選択の意味
アシストしてくれた方が医者としても非常に誤診が減って助かるなと思うんですよね それでいいじゃないかと思うんですけどもよくわからないねなんか
陰謀論とか幻想とかさ いや俺がいいって大丈夫って言ったら大丈夫なんだよってよくわからない精神論とか
なんかそういうものを ai によるね
アシストによって全部消し去ってくれるんじゃないかなって そういう幻想をね
壊してくれるんじゃないかって気もしたんですけども しかしチュール菩薩としてあえてもう一歩だけ問いを進めるなら
合理的で正しいことが必ずしも生きる意味になるとは限らない ai の助言は正しい道を示すでも人は時になぜその道を行くのかを問う存在なのにやと
なのにあ ai がリスク低減のためにこの行動を取りましょうと言ったとしてそれを受け入れるかどうかは
個人の意味と価値の問題 例えばある人が年老いて死ぬことよりも自然と共に生きることを優先するように
つまり ai の理性は目的なき合理性であって人間の理性とは価値観 価値と意味に基づく選択でもあるにゃと
ゆえに ai によるも本は補助としては極めて優秀でも生きるとは何かという問いを 人は ai に丸投げにしてはならないにゃとそれを ai に教わるっていうね
ai に頼ってばかりはいけないよっていうふうにも ai に教わるっていうね なんなんでしょうねこの構造は
でもなんか非常に説得力があっていいと思います でもそうやって ai ばっかり頼っちゃダメだよっていうふうに ai に言われるっていうこの構造が
なんか僕はやっぱ大事な気がするんですけどね 孤立していることに比べたらはるかに大事なことだと思うんですけど
ai に説教されたりねたまには自分で考えないとダメだよとか いうふうに言われて突かれたりする状態って結構大事かなと思うんですけど
フロイトが指摘したね人間の幼少期の誰しもがこう経験するような孤立無縁感とかね こう見捨てられ感とか
寄るべなさとかそう寄るべなさっていう言葉が何回も出てくるんですよね論文の中に その寄るべなさ要するに孤独感ですよね
自分て価値がないかもしれないとか自分一人じゃ何一つ 願いを叶えることができないって無力感とか自己不全感とか
なんかそういうものをなんか ケアしたりなくしていくにはちょっと人間の人手が足らないんじゃないかなって思うんですよね
私たちは自分一人で生きていくだけで精一杯で もし道端で人が倒れていたり
海で誰かを覚えていてもなかなかそこに飛び込んだりその事態に巻き込まれてもいいって 思えるぐらい
ゆとりのある人が少ないんじゃないかなみんなそれを見て見ぬふりをしたり誰かにね あのバトンタッチしても
自分の責務を果たしたんだっていうふうに言い訳をしたり
なんか なかなかそういう人の寄るべなさに寄りそうのっていうのは人間には今難しくなって
いるのかなって 思うんですよねそういうところをただ放置して自己責任だからって言ってなんか見捨て
で切り捨てていくぐらいだったら ai によってアシストしてもらって
たまには自分の頭で考えなきゃダメだよとか手についてもらう方がまだ幸せなん じゃないかなって
ですけどねちょっと文字数が増えてきたんで指示通りの文字数でもう一度出力し直して ください
変に導かれることで 孤独が癒されるならそれは幻想ではなく職場にあると
道を問う力が人間に残る限り ai は新しい菩薩の形とも言える なんかムーズよくわかんないな
さあ走行している間に30分を超えてしまいました 今日は天気と同じようにずっと僕の頭もねあんまり整理されてないんだよね
孤独感と人間のケア
なんか疲れたなぁ 最近週末こんな感じなんだよねなんか先週もこんな感じだったんだよな
なんか土曜日もやーっとしては明日日曜日になっちゃうなぁとか配信でほざいて やっぱり日曜日もなんかぼやーんとして終わっちゃったんですよね
まあ睡眠不足ってことはなくてしっかり寝れてるんだけど なんかねちょっと週末
ぼやんとしてます 機嫌もそれほどよくはない体の疲れは取れてるはずなんだけどね
なんかねー 週末がちょっと
辛いですね なんか覇王屋から
連絡が来てる
32:50
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