#203_良い自責思考と悪い自責思考の違いとは
2026-06-11 27:31

#203_良い自責思考と悪い自責思考の違いとは

「自責思考」は、近年、優秀なビジネスパーソンのマインドとして取り上げられることが増えてきたように感じます。

確かに必要なマインドであると感じる一方で、悪い自責思考もあるのではないか感じているごじら。その違いが何なのか、マーケター2人で話していきます。

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サマリー

このエピソードでは、「良い自責思考」と「悪い自責思考」の違いについて、マーケターのきんちゃんとごじらが議論しています。自責思考は近年ビジネス界で推奨されるマインドセットですが、全てを自分事として捉えることには注意が必要だと指摘します。良い自責思考とは、問題発生時にまず自分でできる改善策を探し、原因分析を行う姿勢を指します。一方、悪い自責思考は、真の原因究明を怠り、盲目的に全てを自分の責任と捉えてしまうことです。また、「多責思考」という言葉の解釈についても掘り下げ、単に他人のせいにすることではなく、世の中の大きな流れやトレンドに乗るというポジティブな意味合いで捉えるべきではないかという意見も出ました。言葉の定義が曖昧であるため、解釈が分かれやすいことが浮き彫りになり、組織におけるトップの役割や、第三者の視点の重要性についても言及されました。最終的には、ステレオタイプな「全て自分」または「全て他人」という極端な考え方ではなく、原因分析を伴う自責思考こそが「良い自責思考」であるという結論に至りました。

自責思考の一般的な認識と問題提起
はい、始まりましたマーケターの仮説ラヂオです。 この番組は、マーケターのきんちゃんとごじらが、世の中で話題になっていることや、気になっているあれこれについて、なぜ、どうなるをテーマに仮説を立てていく番組です。
テーマを様々な切り口で捉えながら、自分たちが共感できる答えを探していく、言語化エンターテイメント。本日は、「良い自責思考と悪い自責思考の違い」というテーマで、私きんちゃんとごじらでやっていきたいと思います。
はい、ちょっとこちら私の方で出したんですけど、自責思考って、自分を責める考え方のことを指すんですけれど、割と世間一般的かどうかわかんないですが、少なくとも私の身の回りの界隈から言うと、
例えば仕事でのスタンスにおいて、自責思考であるべきだよねっていう考え方が割と普通かなという感じがしており、多分聞いてる方のコミュニティによってもちろん違うと思うんだけど、きんちゃんはどうですか?
周りは自責思考が多い印象がありますね。
あ、本当?やっぱそうだよね。
僕が自責思考です。
あ、そうなんだ。
はい、僕がスタンスを取ってます、明確に。
いいね、そこまで明確に言い切ってくれるとありがたいけど。
いろいろ言いたいことはあります。
あ、本当?
なんかさ、10年前か?なんか10年くらい前から自責思考が当然みたいな、なんか特にツイッタービジネス界隈みたいなところから、なんか言われてる気がしてて。
そうだね。
うん、まあ確かに、これってさ、自責思考のいい自責思考と悪い自責思考があると思ってて。
で、まあこれいろいろ話としては、まあふんわりするところもあると思うんだけど、個人的に思ってることとしては、全部を全部自責思考にしない方がいいと思ってる派なのよ。
わかるね。
良い自責思考と悪い自責思考の区別
なんでかっていうと、えっとね、これマインドの話と科学的な話みたいなところかなと思ってて。
なんか確かにマインドとしては、自己責任、あの自責思考だった方がいいかなと思ってるのよ。
例えばですけど、何かしら仕事してる中で問題が起きましたとか、改善箇所がたくさんありますみたいな時とかに、あ、じゃあ自分でここはこうしようですとか。
まあそんな形で、こう自分でこうスタンスを取っていくというか、改善していくみたいなやり方はいいかなと思ってるんだよね。
なんでかというと、変数が自分になるからみたいな。
これは確実に自分が悪くない時もあると思ってて、だからその真の原因を追求しなければいけない時に、そこを無視して、
いや全部自分が悪いんだって風に考えてしまうと、盲目的になっちゃうなっていうのが思ってて。
だからこのマインドの話と、その真の原因を追求するちょっと科学的な話というか、なんかこの2つを分けて考えないと良くないんじゃないかなと思ってて。
私が言いたいことはこれ。
「自責思考」の言葉の定義と解釈の多様性
なるほどね。
そう。
なんかこう前提として、たぶん自責100パーでも多責100パーでもダメや、もうこれ当たり前なことでお互い思ってるじゃないですか、おそらく。
まあそれはたぶん2人とも思ってる気がする。
グラデーションダイナーって話があった上で、今の話って結構こう原因特定しようよは、それもあんまり別に反対が割れない意見だと思ってるんですよ。
うんうんうんうん。
ああそうかな、どうだろう。
さすがに思ってる。
あんたは?
否定に開かれてないと思っていて、なんか自責志向だっていう人ってなんか特定のシチュエーションを浮かべている気がするんだよね、自分の中で。
ほうほうほうほう、例えばどんな時?
なんか、なんだろう、この話ってあれかな、なんかちょっと一旦自責志向、多責志向って話を、別の言葉で自分が思うもので言い換えてた方がいいなと思って、今すごいいろんな意味に使われちゃってるなと思ってて。
うんうんうん。
僕が思ってたさっきの自責志向って言ってる人たちは想像すると、何か壁にぶつかりましたって時に、
まずは自分でできることを全力で探してみるっていう意図で使ってると思う。
そうだね、そう思う。
で、その自分でできることを全力で探すの中に原因分析があるっていう解釈だと思う。
ああ、なるほどね。
うん。
はいはいはい。
ってなるとずれないよね、解釈は。
ああ、なるほど。それでさ、確かにそのスタンスとしては素晴らしいと思ってて、その原因分析した結果、あ、これって自分がどうしようも、自分ができることじゃないなって思うことってあると思ってて。
うんうんうん。
なんか微妙だなと思ってて。
その言った人が自責志向で、結果的に他に何かしら原因があるだったら、僕の中の自責志向が強い人たち、
うん。
そうそう、某R会社の人とかが周りにいっぱいいんだけど、そういう人。
はいはいはい。
そういう人たちは、それを何とかしてくださいって提案をしっかり叱るべき人にまでやるべきだよねって感じで動いてる。
ああ、なるほどね。
それを自責志向と呼んでる感じがする。
はいはいはい、なるほどね。
じゃあ、自責志向という言葉だけで捉えると、なんか全部を自分でみたいな風に捉えがちだけど、私はそう捉えてたけど、
実際はそこを踏まえて、他者を動かすところまで踏まえ、含めた自責志向ってことか。
そう、なんかめちゃくちゃ言葉の定義だけの違いな気がしてきてしまったな、今。
ああ、そうかも。これはそうかも。
展示会マーケティングにおける自責思考の誤用
これって重要じゃない?その言葉ってさ、結構解釈の仕方分かれると思ってて。
これ、俺がこの話をしたのが、仕事関係で思うことがあったんだけど、
うちがというよりかはね、これは他者さんの動きを見てて思ったことなんだけど、
最近よくある話として、これツイッターとかでもよく言われたりしてるんだけど、
BtoBの展示会、あんまり人が来なくなってしまっている。展示会してもリード獲得がしづらいとか、商談獲得ができないみたいな。
終わったみたいなね。
そうそうそう、声をね、ちらほら聞くんですよ。
うちの場合は割と展示会かなりいいから、そんなことないなと思ってる派なのね。
結局これはね、詳細のカテゴリーとか新規性とかにもやっぱりよるなと思ってて。
例えばだけど、サービスがもう昔からあって、サービスのカテゴリーがね、
例えばメール配信ツールみたいな。それは確かに、こんだけもう十何年やってる、二十何年やってて、展示会も多分相当数出てるはずだから、
それでリードが取れない、商談が取れないわ、しょうがないかなと思ってて。
これはもうね、営業の頑張りとかじゃないと思うんだよね。
もうそのサービス自体の問題なんだろう、大前提があると思ってて。
担当者の話とマネジメントレイヤーが言うあれで、ちょっとこれは違うなと思ってるんだけど、個人的には。
ちょっとあんまりうまく説明できてないんだけど。
なんかね、ちょっと展示会の話に絞って言うと、
だからその営業動向を頑張るよりも、その大前提となるような商材とか商品とか、そこの話をまず改善しする。
新しく作るですとか、じゃあ波に乗るように調整するみたいな、そういうところが必要なはずなのに、
じゃあ営業のところ頑張らなきゃいけないねみたいな、お前らの気合が足りないんだみたいな。
なんかそういうコミュニケーションになっちゃってると、
なんかこれって真の原因を追求できてないし、なんかみんなが疲弊するなと思ってて。
うん、わかるよ。
この感覚俺にあるのよ。
それはすごいそうだし、あるあるだなと思うけど、
結局組織で考えた時にそれって多分裁量分配の話であって、
そうそうそうそう。
だから要は課長と部長とかの違いにも近いと思うんだけど、結局けど課長とかは現場を頑張るしかないわけですよ。
そうなんだよね。
それはもう仕事だから、それはもう根性論で頑張る以外なくなっちゃうんだよね。
そうだね。
それは部長が頑張るんだよね、上の戦略のところ。
うん、そうそうそう。
それって、もうなんか課長として、もしくは現場メンバーとして分配されたい以上、組織論的に言ってしまうと冷たい言い方だけど、もう気合で頑張るだと、もはや。
まあそうだね。
組織に従えだと。
だから本当にその、じゃあ部長が100人のメンバーを抱えているとしたら、その部長の責任だいぶでかいよね。
その人の判断次第で、その100人がすごく効率の、効率いいというか、うまくいくか、もしくはただ無駄に頑張ってしまうかみたいな、どっちもあるなと思ってて。
まあめちゃくちゃそうだんだけど、結局それを、じゃあ担当の人が、私の方が部長より戦略かけますみたいな、違う話とか行動し始めると組織が崩壊しちゃうから。
そりゃそう思う。
黙ってやれだと、もはやそれは。
そうだね。
担当者レイヤーとしては、黙って頑張るしかないんだよね。
自分、自己責任。
自責志向で、自分が改善できるところを、もうたくさん改善するしかないかなと思ってて。
そこにイロンガンだったら、もう上に上がるか出るかしかないと。
そうだね、そうそうそうそう、そうなんだよ。
「多責思考」の再定義と「巨人の肩に乗る」思想
そう、だからね、まあこの話何だった話なんだけど、なんかその、何なんだろうな。
まあけど、しょうがないよね。なんか、それはそうだなと思ってるのと、ちょっと話を戻すんだけど、さっき言ってた自責志向の、自分の責任がどこまで広げるかとかの視点がやっぱり、人によって違い相談したじゃないですか。
うんうんうんうんうん。
で、逆に僕、多責志向だって話したじゃないですか。
ああ、してたね。
多責側の主張もあって。
うんうんうんうん。
これ、僕は、世の中と世界とか社会のダイナミックな動きに対して、自分ができる影響を与えることってデカくない、そんなない、大してない、ほぼないと思ってるんですよ、スタンスって。
はいはいはいはい。
過ぎるから、そんな。
うんうん。そうね、個人としてね。
そうそうそうそうそうそう。だから、なんかこれ結構、広告代理店とかPR会社的な思想な気が今話してて、考えてて思ったんだけど、
うんうんうん。
あそこの代理店、プロモーションとかのよくある思想ってすごく、あれなんですよね、充実的というか。
ああ、なるほどね。
ゼロから多分流行りを作るってもう無理だから、今の中特に。
柔らかい術だよな。
そうそうそう、今の流行りに乗っかるかどうかってところがやっぱすごい大事なんですよね。
ああ、そりゃすごく。
超流とか。
うん、めっちゃわかる。
ちょうど、今やややが来始めたから、ウェットスルーとか。
うんうんうん。
っていうのが、僕の捉え方では多色思考なんですよ。
なるほどね。
そう、結局自分一人で変えるなんて無理だから、こんな世の中を。
うん。
この世の中の一番良いという流れを自分で見極めて波乗りしていくっていうのが良いと思うから、私は多色思考だと思ってる。
それってさ、でも一般的に言う多色思考とはなんか違くない?
あの、わかんない、これ解釈によるんだろうなと思うんだけど。
うん。
なんか、キンちゃんの言う話はすごく私も同意見なのよ。
で、その話ってあんまり多色思考って言わないかなと思ってて、
あくまで個人的な多色思考のニュアンスで言うと、あの人は何かが起きた時に自分のせいじゃなくて周りのせいばっかりにするみたいなことを多色思考と呼ぶかなと思ってて、
キンちゃんの今の話は他の言葉で言うと巨人の肩に乗るとかさ、
うん。
そういう言葉の方が伝えたいニュアンスとしては近しいのかなって思った。
なんかさ、この議論をする時に良い色色思考、悪い色色思考とか多色思考ってあるけど、
言葉の難しさと「置かれた場所で咲きなさい」の逆説
うん。
なんか、多色思考が人のせいにするだと圧倒的に悪であって、別にそれを肯定する考え方って一つもないわけじゃないですか。
そうだね。
そう。だからあんまり議論にならないかなと思ってて、
なるほどね。
どっちかというと変数を自分で変えられると思うか、そうじゃないと思うかぐらいで問われてた。
あー、なるほどね。うわー、これはマジで人によって解釈分かれるなって今思ったわ。
あの、ごめん、それはね、否定したいわけじゃなくて、言葉の難しさを今感じたんだよな。
言葉だなーってすごい今回の会話、話してて思う。
うん。
これさー、だからそのー、チームでさー、マネジメントする上でもさー、
うん。
なんかちょっとそのー、部下の方とかにさー、
いや、もっと自分、あのー、自責思考で考えてとか言ってもさー、絶対言葉の解釈分かれるだろうしさー、
分かれるねー。
あー。
これは難しいわ。
よくない言葉だな。
うん。
自己責任っていう言葉とかもなんか近しいものであるかもだけど。
そうだね、なんか言い換えたいね。
なんか自責思考の今使われ方が、
うん。
自分の責任とか、自分の裁量内で解決するとか、
そうだね。
もしくはなんだ、その、自分で、そうだね、まあなんかそういった言葉がなんか、
うん。
いやー、そしたら近しい。
諦めないとかわかんないけど、
そうだね、諦めない。
何語までやるみたいな。
あー、あのー、根性、根性みたいな。
うん。
根性とか、なんかいろんなものが、全然趣旨が違うのが入り込んじゃってて、
そうだね。
なんか、うん、カオスな言葉になっちゃってるな。
まあ割とスポコンな考え方だよな。
まあ、なんか一般的イメージはそうだよね。
うん。
そうだね。
だから多責思考は、その、自公、あのー、ん?
自責思考が割とその、祭り早立てられてるというか、あの、わーわーされてて、
多責思考はなんか、虐げられてる感覚があるんだよな、言葉的に。
あるよね。
うーん。
あれ、私結構こう、不服なんだよな。
うーん、そうっすねー。
いや、なんかさ、私転職成功してる人間なんすよ、辞任。
はいはいはい。
そう、えっと、キーエンスいた時に、
うん。
一番最初1年半で辞めちゃってんだけど、
うん。
まあなんか、なんだろうな、
別になんか、すごい辛くてめっちゃ辞めたかったとかっていう話ではなくて、
うん。
あのー、まあこう、プランナーとかクリエイティブ化したくて抜けたんですよね、究極的に。
はいはい。
本本的にね。
うん。
それを、一生、いや、今いる場所で、自分自責思考でやり続けたら、
営業職から企画職とか、まあ一応反則とかあるわけですよ、キーエンスも。
あるね。
いけるぜ、みたいな。
うん。
自責思考だったら、たぶん今はもう人生後悔してると思ってて。
ああ、なるほどね。
いや、このキーエンスという組織じゃ絶対ダメだわって、他責に明らかになったのよ、あの時。
なるほどな。
この組織は絶対無理だって、10年もかかるし。
会わないし。
そう。
自分がやりたいことはできないだろうと。
で、周りからめっちゃやるわけ、キーエンスみたいな人たちだから、
いやいや、そこは自分努力しないと、もうなんかここで辞めるぐらいだったら、
お前はどこ行っても成功しないぞってめっちゃ言われるわけ。
ああ、いう人いるよな。
めっちゃ自責だね。
あるけど、1年半で辞めてめちゃくちゃプランナーとして成功してるから、
自責でよかったって成功体験がある。
確かに。
自責思考の限界と組織トップの視点
なんかあれだよね、なんだっけ、あの有名な言葉でさ、
なんか置かれた場所で咲きなさいみたいなさ、なんだっけ、なんか似たような言葉あるじゃん。
あれのさ、反対になるような言葉がさ、前なんかネットで見たわ。
ああ、気になる。
なんだっけ、ちょっと待ってね。
逆。
ちょっと待って、今あれですけど。
ああ、なるほど。
ごめんなさい、これジェミニによる概要なんで本当かどうかわからないですけども、
渡辺一子様かな、読み方あれですが、のベストセラーの置かれた場所で咲きなさいが、
渡辺一子さんの本らしいですが、
それの逆の思想は、咲けない環境なら咲かせる環境を変えなさいという考え方です。
これは誰が言ってるのかわかんないけど、まあそういう言葉もあるよねという。
ああ、なるほど。これもジェミニ曰くだからわかんないけど、
オランダの思想家、作家のアレクサンダー・デン・ヘイジャーさんによると、
花が咲かないなら咲かせる環境を変えなさいという名言がこの概念を端的に表している。
咲かせる環境を変えなさい。
まあ、だから俺やキンちゃんが咲きなさいでしょ。
別の環境に行きなさいってことかな。
ああ、そういうことそういうこと。
だからその、置かれた場所で咲きなさいは、
自責というか、全部を自分の努力でどうにかせいって話だと思うんだけど、
さすがにそれだと厳しいよねっていうところもあるよね。
そう、いやなんかさ、結構この言葉の思いとしてはさ、
たせきがあまりにも知りたげないというか、ちょっと肩を持ちたいという気持ちと、
作家人生経過もあるし、
あとなんか、なんだろうな、
自責志向の人が本当に自分で全部を変えてきたと思ってるのが、
本当かってずっと思ってる。
傲慢じゃないっていうね。
むずくない?世の中変えるのって思ってる私は。
ああ、そうだね。世の中は変えることはできないよね。
だからやっぱりそのスタンスの話とさ、事実の話がやっぱり違う気がするんだよな。
事実としては変えられてないけど、スタンスとか、
マインドとしては自責志向でいいよねって話かなと思ってて。
例えばだけど、仕事しててうまくいかないときに、
いや、周りが悪いんだみたいに考えてるとうまくいかないから、
だったら自分で信頼獲得できるようにいっぱい努力して、
マネージャー層にしっかり評価してもらえるようにいろんなことして、
例えばリーダーになったりとか、チームリーダーになって、
次に次長になって課長になってとか、
そういうふうに段を積み上げていこうみたいな、
そういう感じなのかなと思ってた。
当初はそうだったのかもね。
それは何の異論もないんですよ。
そうですね。
それが行き過ぎると、
転職なんて一生しないでここで頑張れよとかなるわけじゃないですか。
そうだね。
その場所で先切れ!みたいな。
それを言う人も、生存者バイアスか、
もしくは自分で自分自身を納得させるみたいな話もありそうじゃない?
ありそうだね。
自己正当化の話として。
そうね。
いる人たちだもんね、事実として。
そうだね。
禁煙室に何十年もいた先輩が言う、
それは自分を正当化するために言うような。
それで言うと、
ある意味外に出て禁煙室辞めた時に、
辞めた禁煙室の人も結構会ったんだけど、会ってきてるんだけど。
辞めた禁煙室の人はみんな辞めてなかったって言ってるから、
どっちを選んだかっていう話だったろうなっていう。
そうですね。
自分の選択をやってよかったなって思えることは素晴らしいことやね。
そうだね。
僕もこの辺の議論で言うといつも思うのは、
結局その時の選択を正解にしなさいって思考が一番しっくりくるんだよな。
これもあるし、
自責かもな。
自責かもな。
じゃない?
自分が選んだ選択肢を正解にしなさいは自責っぽい。
確かに。
なんかむずいな、自責として。
自責はあんまり明確に分類できないんだろうな。
この話はね、たぶんね、編結してない気がする。
平行線のまんまというか。
なんか、言葉の定義をすることだけにもうなんか時間が無限に費やされて終わりそう。
そうだね。
それこそ、古代哲学者とかがこういう話をしてるんだろうな。
自責?不責?みたいな。
そうそう、我々が単純に知らないだけで。
で、言葉の定義ちゃんとしましょうなんて絶対先人が言ってるしさ。
まあね、確かにそうかもしれないな。
自分視点か世界視点かみたいな対立軸がありそう。
まあまあまあ、いろいろあんだろうね、二項対立として。
まああの、でもキンちゃんがさっき言ってた、なんだろうな、
この回で言えることとしてはその充実的な考え方?
それは仕事だけじゃなくて、いろんなことにも言えると思ってるから。
私、武道が好きだからさ。
豪太、忘れちゃったな、高校生の時だから。
豪術と重術ってのがあるんだけどね。
あれ、豪術だっけ?
ああ、豪術あってますわ。
空手とか、私は少林寺拳法なんだけど、
豪術ってのが突きとか蹴りとか、力強い打撃によるやつで、
重術がもっと関節技みたいな、そういう感じなんだけど、
合気道みたいなやつだよな。
ああいう、その二つの参考してるだけでも、
何かしらの事象が起きたことに対してどう振る舞うかの、
知っておくだけで、一つのコツになるというか。
そうだね。
うん、にはなるかなと思うわ。
なんかじゃあ、ちょっとこの話に問いを一回置き換えたほうがいいなと思ったから、
組織トップが自責思考から離れるべき時と第三者の役割
違う問いを投げかけるんだけど、
めっちゃ自責志向の人がいたとして、
その人が、こういう時は自責志向やめたほうがいいよとか、
ああ、なるほど。
そこは違うよっていう時があるのか、あるならどういう時なのかだと。
ああ、なるほどね。
私が思うのは、組織におけるトップの人は、
自責志向だけじゃないほうがいいかなと思ってて、
広く視点を持ったほうがいいなって思ってる。
なんでかというと、組織のトップが、
その、それ、配下の人たちの動きを全部決めるから、
例えば組織のトップの人が、自分の営業が悪いんだ、だけに視野が狭くなって、
えっと、そこで志向が止まってしまってる場合、
本来は見落としてしまってうまくいかない。
自分の視野だけに留まってしまうと、そこが怖いなと思ってて、
そもそもこれ、あれなんじゃないかとか、
時代の流れに合ってないんじゃないかみたいな。
それこそ、自分の5メートルの中で考えるんじゃなくて、
半径5メートルの中で考えるんじゃなくて、
ちょっと、例えばだけど、他人にアドバイスをもらって、
第三者の視点で意見をもらうことで、
あ、これって、こうじゃなくて、営業だけに頑張るんじゃなくて、
そもそも視乗が悪かったのか、みたいな。
これはもしかしたら、その当人にとっては、
自責志向からそれちゃうかもしれないんだけど、
なんかそういう、あれかなと思ってる。
なんかわかるなぁ。
なんかそれもめっちゃあるあるだよなぁ。
あるあるかなという。
だから、なんていうかその、組織のトップの人たちはさ、
信頼できる第三者が、
友達とかコーチとかさ、
そういう人がいることってすごく大事だなって思う。
そうだね。
だから。
経営者、スピリチュアルにはまりがちって聞くんだけど。
あ、同じこと思ってた。
あ、思った?
そうそうそうそう。
なんかそれもあるんじゃない?
友達だとちょっと、相談しづらいとか、
ちょっとプライドがあって、ちょっと相談しづらいみたいな。
第三者の占い師に相談して、
なんかふわっとしたことを言ってもらうみたいな。
まぁけどめっちゃわかるわ。
なんか、僕も当事者に相談しにくいタイプだからなんか、
全然バーとかで、
普通になんか、
第三者ね。
飲んでる第三者、というか当事者でない友達とかに相談する。
だからめっちゃわかる。
クオリティ全然関係ないみたいな。
そうね。
そうね、そう思いますよ。
まぁそれは、
自責志向という呪縛にかかってるとしたら、
解けるきっかけになるかもしれないってことだよね。
そうだね。
だからそうだね。
自責思考と多責思考の議論の結論と今後の展望
自責志向という言葉がやっぱ難しいわ。
範囲が人によってマジで違うからさ。
そうだね。
まぁそうだわ。
今話したこともね。
面倒なことに自責志向でも他責志向でも、
たぶん同じ現象を語れるんだよな、同じ言葉で。
あ、そう、そう思うわ。
それがめちゃくちゃ議論、
記者にしている。
そう思います。
まぁそうっすね。
なんで、
結論なんだろうな、これ。
まぁけど、
ゴジラ曰く、
私的には、
自分だけで客観視するのって無理だから、
隣とか関係のない人の第三者の力を借りようっていうのが、
自分の言いたいことかもな。
僕的には、
今日話してて明確に思ったのは、
なんか、
ステレオタイプ的な自責志向と他責志向のイメージがあるじゃないですか。
ありますね。
前提として。
うん。
全部自分、
全部他人のせいで。
それは自責志向をぜひ選んでください。
良い自責志向だと思います。
はいはいはい。
で、その先にある、
この、原因分析を、
しない自責志向は、悪い自責志向だと思います。
あーそうだね。
めっちゃ思います。
それはあの、マジで同意見。
そういうことな気がするな。
まぁそうっすね。
はい。
今日はそんな感じですかね。
今日も最後まで聞いていただいてありがとうございました。
ありがとうございました。
よければ、ハッシュタグ仮説ラジオをつけて、
簡素な投稿をいただけると嬉しいです。
はい、Apple PodcastやSpotifyで、
高評価いただけると助かります。
あと、一応お便りもお待ちしております。
ありがとうございました。
27:31

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