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今回は、いつもと趣向を変えて「自分語り」をさせていただきます。
テーマは「変化する考え方」。
実はお寺生まれの私、昔はお寺のことが嫌いでした😅
そんな私がなぜ修行の道へ進み、どのように仏教と向き合うようになったのか。
整備士を目指した高校時代から、永平寺東京別院での修行、そして師匠である祖父との別れまで、赤裸々に語ります。
明日へ続く「前半戦」です。
共感してくださる方がいたら嬉しいです🙏
感想やレターもお待ちしています!
#仏教 #お寺 #僧侶 #副住職 #自分語り #修行 #永平寺 #人生 #生き方 #キャリア #整備士 #変化 #standfm
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https://stand.fm/channels/5f5a393ff04555115dcb4f8e
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サマリー
コウブンさんは栃木県の連常院で副住職を務める話し手です。彼は、どのようにして仏教に目覚め、僧侶となるまでの道のりを話します。特に、幼少期にお寺への嫌悪感を抱いていたことから、特度式の経験、修行を始めるまでの心の変化が描かれています。このエピソードでは、少年が僧侶になるための修行とその心の変化について語ります。最初はお寺が嫌いだった少年が、修行を通じて仏教への理解を深めていく様子が描かれています。
幼少期の寺への嫌悪
どうも、コウブンです。栃木県の固い中にある連常院というお寺で、副住職をしております。
今日はですね、自分語りをしようかなというふうに思っております。
というのは、私、今までの放送はね、仏教のこと、お悩み相談、そういったことをね、中心にお話をしてきたんですが、
私自身のことを語るというのがね、あまりなかったかなということで、私という人間、コウブンという人間をね、
もうちょっと皆さんに知ってもらいたいなというところです。
まあ、要はね、そのバックグラウンドをね、知ってもらいたいなと思ったんですよ。
なんかやっぱり人って、その人がどういう考えを持ってるのかって、知ることによって親しみが湧くことってありませんか。
ありますよね。ああ、そういう考えを持ってたんだ、あの人は。
その考えは私と似てるなとか、その考え方好きだなとか、そういったところで親しみって湧きますよね。
なので、親しみどころか逆に嫌われてしまうかもしれませんが、
自分を語ってみようと思います。自分を語ってみて、もしかしたらこれを聞いている皆さん、誰かね、
自分と同じような考えを持っているなって感じてくれた方がいれば嬉しいなということで、語っていきたいと思います。
で、テーマをね、1本ないとやっぱり良くないかなと思ったので、
変化する考え方というテーマでいきたいと思います。
誰もがね、やっぱり経験するべきしますよね。考え方が変わってきたなって、若い頃に比べて今は違うなって。
まさにね、私もそれがあったんですよ。それは私にとっては仏教ですね。
どういうことかと言いますと、私ね、家がお寺なわけですよ。生まれがね、お寺。
小さい頃は、小学生の頃はね、なんか嫌いでした。お寺のこと。
なぜかというと、なんかね、古臭い。よくわからない。難しい。
そんな風に思ってたんですね。得体の知れないみたいな。怖いとかね。そんな風に思ってたんです。
さらに言うと、同級生ですね。同級生にね、馬鹿にされるわけですよ。
馬鹿にされるというか、言いやすいんですよね。
わかりやすいカテゴリーとしては、お寺って坊主とか言いやすいんですよ。きっと。
私のキャラかもしれませんが。ともかくね、いじられたんです。家がお寺だと。
線香臭いとか、そんなね、よくわからないこと言われましたね。臭いわけないんですよ。だって線香なんて触ってないんですから。
まあともかくね、そういったことで、お寺というのは好きじゃなかったんです。仏教がね。よく知らなかったし。
特度式の経験
でですよ。10歳の頃になりまして、とある出来事があったんです。
それはね、私の兄、お兄ちゃんがいるんですけど、兄と一緒に頭を丸めて写真を撮るという、そういう儀式があったんですね。
お坊さんとしての第一歩、特度式というのをやったんですよ。
当時はね、よくわかりませんでした。なんか多分ね、多分ですよ。
その時、住職はおじいちゃんだったんですけど、おじいちゃんが、
孫たちを少しでもね、仏教というものを目を向けてほしいというのと、
同時に、今後のね、私のお寺、蓮女院のことを考えたら、このタイミングで、
お坊さんとしての一歩を踏み出せた方がいいだろうというような判断だったんでしょうね。今思えば。
よくわかってませんでしたが、私は。
でも、いつの間にかそういったお坊さんとしての第一歩を上げまされたということでございます。
ちなみにですが、今はね、そういった特度式という式をやった書類をね、
宗務庁と言われる総統宗を管轄する組織があるんですが、そちらにね、書類を申請する。
そういったことの業務をやっております。
なので、そのシステムはよくわかっているんですけども、
総統宗の場合は、10歳になったら特度というものができるんですね。
男性でも女性でも可能です。
その特度の式を持って、お坊さんとしての第一歩、入門ですね、ができるんだということですね。
お寺に生まれたお子さんは、10歳になると特度式をやるというパターンが結構多いですね。
やっぱりね、大きくなってからだと難しいんだと思うんです。
やっぱり小さいうち、小学校、高学年ですけど、それくらいのうちにやってもらって。
で、第一歩。その後やるかどうかは別として、とにかく第一歩を歩ませるということで、私も10歳の時に特度しました。
その後、特にお寺の活動というのは、朝一緒におじいちゃんと住職とお経を読むというのはやってましたけど、それ以外は特にやってません。
修行生活の始まり
なので、お経がちょっと読める小学生。そんな感じでしたね。
その後、中学生、高校生は特に何もしませんでした。
その頃はおじいちゃんも体が弱ってきちゃって、一緒に朝のお経を読むこともなく、普通の中学生、高校生としての生活をしていたというわけです。
高校卒業する時に、今後の進路ということについて親と相談した時に、私は当時高校生の時にバイクと車が大好きだったので、
乗ってはいませんでしたけど、そういうのを雑誌で見るのが好きだったので、そういうのを勉強したいなと思っていたんです。
なので、そういう学校、北海道にある学校なんですけど、そちらに進学しようと思ったんです。
そこに行って、整備士の資格を取る、国家資格なんですけど、取ろうと思って行きたいと相談したんですよ、親に。
そしたら親は、なんとね、私にとって意外な言葉でした。
行ってもいいけど条件があると言われたんです。
え?って思って、何ですかって聞いたら、卒業したら修行に行ってこいと、お坊さんとしての修行に行ってこいと言ってたんですね。
え?と思いました。
当時の私にとってはね、行けるもんだと思ってたんですよね、出してくれるもんだと。
でもよくよく考えたら相当お金かかるわけですから、それなりにね、ちゃんとやることやっていかないと困るよという親のメッセージですよね、今思えば。
そんな甘いもんじゃないよと。
お前もお寺に貢献することを何かしろよということですよね、今が思うと。
当たり前っちゃ当たり前なんですけど、高校生の私にとっては衝撃的でした。
でもですよ、やっぱりね、車の勉強したかったんで、分かったと言って、それはやりますと条件を呑んでね、北海道に行ったわけですよ。
で、見事ね、ちゃんと国家資格は取ったんです。
で、その後、通常であれば就職はするんですけど、周りのみんなも、当時の友達もみんな就職しましたが、私は就職せず、お寺の修行に行きました。
約束通り。
でね、今思うとですよ。
当時、おじいちゃん、一緒に朝のお経を務めをしたおじいちゃん、体が相当弱ってたんです。
だから、私の父は、おじいちゃんに万が一のことがあるといけないということで、私にお坊さんとしての経験を積ませて、
でね、就職になっても大丈夫なように、いつでもそういったバックアップというと変ですけど、そういったできるようにということで、今思えばそういう理由でもあったのかなと思います。
そこは分かりませんが、ともかくおじいちゃん、体が相当弱っていたという状態でした。
で、それが終わって修行に行ったんです。
行った場所、東京にある、東京の港区にある大本山永平寺、東京別院張国寺という長い名前のお寺に行ってきました。
そこは、いわば福井県にある大本山永平寺の東京出張所みたいなところですね。出張所とちょっとニュアンスは違いますけども。
要は東京別院という形で、東京で不況活動、および、およびですよ、外貨獲得、外貨獲得というと変化。
大本山永平寺は非常に大きくて、そして古いお寺ですので、維持管理に大変お金がかかりますので、そういった面で収入を少しでもどこから得なくてはならないという事情があるようです、どうやら。
そのうちの一つとして東京別院というのがあったというわけですね。
こんな裏事情はさておき、ともかく私は東京別院というところに行って修行が始まったわけです。
まあね、それまでお経はちょっとは読めましたけど、全然仏教の勉強をしていませんでした。
知識ゼロの状態で行ったも同然です。
なので、まあ行われました。
とにかく何にも知らないから、着物の着方も知らない、お袈裟の着方もわからない、仏教の意味がわからない、用語も知らない、ともかく何もかも知らなかったから、とにかく行われましたね。
まあそういったことでね、たくさんたくさん思われながら修行生活が始まりました。
でもね、逃げ出そうとは思いませんでした。
なぜなら、まあそうやって決めたのは自分だったからですね。
まあカッコつけてますけど、逃げる度胸がなかっただけなんですけどね。
まあとにかくその修行を続けて、1年くらいのその前に大きな出来事があったんですね。
修行中の悲しみ
それは私のおじいちゃん、師匠ですよ。師匠が亡くなったんですね、私の修行中に。
当時受付係、そのおじいちゃんが亡くなったのは11月なんですけど、修行が入ったのが4月ですから半年ほど経ってから受付係がやっていて、
そしてその知らせが来たんです。その電話、父からの電話でしたけど、私が受けて驚きのあまり声を失ってしまいました。
その後わけもわからず波が立てて、行っても立ってもいられずね、その受付の仕事を放棄して、
自室っていうか控室みたいのがあるんですね、その受付係の控室に戻って泣いてました。
なぜか涙がたくさん流れてきたのを覚えています。
というのはね、そのおじいちゃんのこと、修行中はね、すっかり忘れてたんです。
修行の方に集中していたから。
てかあまりにも怒られすぎて、そういうところじゃなかったんですけど。
そんな状態にもかかわらずおじいちゃんが亡くなったということを聞いた瞬間、
私の心のリミッターなのか分からないけど、余裕がなくなったのか一気に涙があふれて、
どうしたらいいのか分からずとりあえず泣いていました。
わけが分からない状態で、自分の寺に戻ってお葬式に出ることになったんですね。
戻った時におじいちゃん、ちょっとくりそうな顔をしていましたね。
なぜならちょっとやっぱり病気だったんです、最後。
ちょっと苦しかったんでしょう。
その苦しみから解放されたんだななんて、そんなことを思いながら見送りました。
そんなことがあって、また東京の修行道場に戻って修行を続けて、
大体また半年経って、修行入ってから約1年ですね。
修行を一区切りすることにしたんです。
というのは、1年経てばひとまず私の義務は果たしたというふうに私は思っていたんですね。
仏教の勉強をしようとか、真面目に修行をしようとか、そんなこと考えていません。
自分がやるべきことをやったんだから、自分のやりたいことをやるんだって、
ただそんなことを思っていたんですね。
若いから仕方ないですけど、自動車の勉強もしたことですし、
なんとか自分の道を歩んでみたかったということですよね。
そんなこんなで帰ってきて、そして就職したんです。
最初の就職したところというのは、町の小さな整備工場、
中古用自動車販売店のサービス部門ですね。
そこに就職しました。
就職して、国家資格は持っていましたけど、経験はゼロですから、
やっぱりそこでもいっぱい送られながら経験を積んで、2年くらいその仕事をやったのかな。
2年ほど仕事をやって、またその事情があって辞めたんですけども、
そのあたりは明日、後半に譲りたいと思います。
心の変化
今日は前半、1回目の修行の時に。
あ、閉まった。肝心なことを言うのを忘れていましたね。
私、最初、お寺のことが嫌いだって言ったじゃないですか。
実は修行に行ってからちょっと心の変化があったんです。仏教に対する変化。
座禅というものを覚えた生もあったと思うんですけども、
仏教のお寺に対する印象というのが良い方向になったんですね。
当時はまだ全然勉強が足りなくて、よく分かっていなかったんですけど、
何かとてつもなく歴史があって、偉大な教えがあって、
偉大な教えって言ったらいいのかな。
人生をかけて学ぶようなことなんだろうなというふうには思っていました。
つまり、まだその時は自分はこれを一生をお坊さんとしてやっていこうという覚悟が決まってはいなかったんですけども、
この仏教というものは一生をかけて自分が身につけていって、
そして最終的に自分の人生を変えていく、そういうものなんだなというふうに思ったんですね。
つまり印象が良くなったんです。そういう変化がありました。
世は何も知らなかったんですよね、私も。
何も知らなかったからちょっと知ったことで、少し安心したというのもあったんでしょう。
それで仏教に対しての信頼が少し上がったというような状態になりました。
そういうことってありませんか、これを聞いている皆さん。
やっぱり今まで知らなかったけど、知ってみたら結構良いこと言ってるな、結構楽しいこと言ってるな、
そういう経験ってありますよね。まさにそれが私の中で起こったというわけです。
その後、社会人の経験をする中で、いろんな経験をする中で、
仏教というものをもっと本気で学んでみようと思うことになったんですが、
それは明日、明日の放送に譲りたいと思います。
ということで今日はここで終わりたいと思います。
今日のようなお話をまた聞きたいという方は、どうぞリクエストよろしくお願いいたします。
では、蓮城院副住職の幸文でした。ではまたね。
18:08
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