002 馬は思い通りにならない〜だからこそ育つ「感じ取る力」
2026-03-15 39:15

002 馬は思い通りにならない〜だからこそ育つ「感じ取る力」

「思い通りにならない」ことの中にこそ、大切な学びがあるのかもしれません。
今回のエピソードでは、馬と暮らす日常の中で見えてくる “感じ取る力” や “関係性のつくり方” について語り合います。

雨が降りそうな空気を感じること。
馬のわずかな変化に気づくこと。
そして、相手をコントロールするのではなく、歩調を合わせて 一緒に動く感覚。

馬は人の肩書きも年齢も関係なく、忖度なしで向き合ってきます。
だからこそ、自分のやり方や関わり方がそのまま関係性として返ってくる。
そこから見えてくるのは、子育てや教育、人とのコミュニケーションにも通じる大切なヒントです。

子どもが馬の変化を感じ取って「今日は乗らない」と判断したエピソードや、
馬と人が“ダンスのように”呼吸を合わせる瞬間の話も。

馬との関わりの中で育まれる感覚は、
きっと日常の人間関係や子育てにもつながっていくはずです。

森の風や牧場の空気を感じながら、
「自分と相手がどう関わるのか」を一緒に考える時間。

ぜひ最後までお聴きください。

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オープニング|馬と子どもから学ぶ生きる力
思い通りにならない馬と自然|暮らしと教育のヒント
馬と暮らすことで育つ観察力・感性・非認知能力
ポニークラブの実話|子どもが馬の変化を感じ取る瞬間
ホースセラピーと教育|馬を通して育つコミュニケーション力
コントロールではなく共鳴|馬と人の“フュージョン”という関係
収録の感想とお知らせ

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▼配信

毎月 第1・第3日曜 朝


▼パーソナリティ

大堀 貴士(認定NPO法人ハーモニィカレッジ)
https://www.harmony-college.or.jp/

黍原 豊(一般社団法人三陸駒舎)
https://kamakoma.org/


▼コメントや感想、質問はこちらから

https://forms.gle/DXXT9babMNjbaaZq5

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002 言葉のいらない対話

[Verse]
馬の目に映る 言葉より深いサイン
雨の匂いみたいに そっと届く気配
思い通りにならない その揺らぎの中で
ぼくらは少しずつ 本当を知っていく

[Verse]
強く引くほど 遠ざかる足音
力を抜いた瞬間 歩調が重なる
誰かを変えるより 自分が変わること
静かな気づきが 胸に灯る

[Chorus]
答えは馬が知っている
鏡のようなまなざしで
肩書きも言い訳も 風に溶けていく
ただ一緒に歩くだけで
世界は少し優しくなる
コントロールじゃなくて
心が重なるフュージョン

[Bridge]
言葉のない対話が
今日の自分を照らす
うまく乗れなくてもいい
感じたその瞬間が 本当の学び

[Outro]
草の匂い 子どもたちの声
風の中で続く物語
答えはきっとここにある
静かに息づく 馬とぼくらの間に

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#ハーモニィカレッジ #三陸駒舎 #ポッドキャスト #教育ポッドキャスト #子育て #子育てのヒント #非認知能力 #主体性を育てる #発達支援 #療育 #森のようちえん #野外教育 #自然体験 #体験教育 #動物介在教育 #ホースセラピー #馬と子ども #馬のいる暮らし #コミュニケーション #生きる力

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00:00
答えは馬が知っている 〜馬という鏡が見つめる、本当の自分〜 この番組はハーモニーカレッジの大堀と
三陸駒舎の黍原が鳥取と岩手の牧場で馬と子供たちに向き合いながら、現場での出来事やこれからの生きる力について語り合う対話番組です。
ということで、第2回目なんですけども。 第1回目でだいぶいろいろ話が広がっていて、
ここちょっともうちょっと深掘りたいなあっていうとこがあったので、そこ中心にちょっと話していきたいんですけども。
僕2つあって、1つは、自己紹介終わったときに色々話していく中で、馬がいるとその馬の存在がフラットに
させてくれるなあみたいな話があったのと、もう1個は、さっき洗濯の話がしてましたけど、雨降りそうなっていう、
そういうのを感じながら生活、生活の中でそういうのが生まれてて、完全に自由じゃないけども、なんかいいよねみたいなのがあったので、
その2つについてちょっと深掘っていきたいなというふうに思うんですけど、どっちから行きますか?2つ目?
さっき繋がりで行くと2つ目から行くといいですかね?話してたので、さっきまで。
分かりました。あの、そういうね、なんかこう共通、さっきの雨のお話と馬の共通点って思い通りにいかないところなのかなって思うんやけど、
はいはいはいはい。
なんて言う、例えば天候も思い通りにいかないこともあるし、馬は本当にやるとね、思い通りに動いてほしいのに動いてくれないとか、
あと、これだけやってんのにどうして体調悪くなっちゃうのとか、なんかこう本当に予期せぬことが起きてくるから、
それこそが何か自然なような気もして、生活とか暮らしってその自然の中で、なんていうかね、営まれることやから、
雨が降った日のものを干すとかもそれに合わせるしかないし、
馬もね、足が痛そうやのに乗るとかなんかしないやんか、
だからなんか本当に思いもしないことが当たり前に起きる。
で、そこは、そこはコントロールできないけど、自分がやることは変えれるっていうところが、
なんか結構共通してるなって思うんで、
そんな意味で、僕は、ちょっと生活の話のところで、ちょっと馬から脱線したんですけど、
03:08
僕はなんかそんな風に思い通りにならないっていうところが、ある種、馬の魅力の一つかなって思ったりしてます。
その話に入る前に、なんかこう馬のちょっと変化とか、ちょっと晴れてるのに気づくとかって話があったんですけど、
そこそこにも繋がってるなっていうふうに思って、もちろんコントロールっていう部分もあるけども、なんか馬と暮らしてると、
いろんなものを感じ取る力っていうか、周りの環境の変化とか、
いろんなものを察知しながら、その中でこう自分がどうそこにいるかっていうか、大事になってきて、
そう、そこだなっていうか、なんていうか、その雨が降りそうだって、そもそもなんかそういうの、なんか気にしてなかったら全然わかんないじゃないですか。
そうね。
たぶんその、なんか一個手前にその変化に気づくとか、なんか予兆を感じるとか、
なんか今日はちょっと馬ヤバそうとか、なんかあるじゃない、そういうちょっと今日ちょっと近づき方気をつけないとヤバいかもみたいな、
なんか言葉になる前になんかもう体が察知してて、それに合わせて、その後行動していくっていうか、そのアクションしていくっていうのがあって、
そういうところになんかこう変化していくっていうか、それってなんか、そう、もちろん自然の場もそうだけど、
たぶん社会に出て、こう対人関係とか人のね、こう、今日なんか大森さんちょっとなんか調子悪そうだぞとかなんかわかんないけど、
人と会った時もそういうふうに相手に合わせて、じゃあ自分がどうしたらいいかっていうのも決まってくるというか。
そうだね。
なんかそういうこう、なんていうのかな、そこの場で、まさにたぶんね、その団体の名前についてハーモニーじゃないけども、
その、ちゃんとこう共鳴してるっていうか、調和が取れてるような状態を作るっていうのは、なんかそういう、なんかまず受け取るっていうか、感じ取るというか、
知らないまに気づいてるというか、そういうところから始まるようなっていうのがあって、
それはなんか日々、そう、その馬をこう、まあ乗るだけじゃなくて、お世話も含めて一緒に生きていると、
まあ馬の変化もあるし、そこに気づいて何かしなくちゃいけないっていうか、まあコントロールできないからこっちが、で、それに合わせてどうその日何するかみたいなのが変わってくるっていうか、
そういうのがあるなあっていうふうにちょっと思ったりもしました。
近くにいると、本当に感性とか感覚とか、感情っていうのがすごくこう、なんていうかな、
鋭くなるというか、なんか、うん、研ぎ澄まされるみたいな感じはあるから、
06:03
だからこそ気づけたりとか、するんかな。で、本当にさっき木原くんが言ってたみたいに、
それが日常生活とか対人関係でも活かされていくから、うん、だからあの、
本当にそこは馬のおかげやなって思う部分が多いかな。なんかあの、ちょっと一個お話、エピソード話させてもらってもいい?
もちろん。今ちょうどこの、僕がこの話してるちょうど牧場で同時、今横で外では子供たちの声がすごい聞こえてるんやけど、
あのポニークラブっていうのをやってて、そのポニークラブの中でも本当に馬のことが大好きですごい上手に乗れる、
結構みんなの憧れのお姉さんがいて、中学生の子やったんやけど、
すごい上手に乗るんやけど、その子が今日はちょっと馬に乗るのやめとくって言った日があって、すごい楽しみに、1週間ポニークラブを楽しみにしてた子が、
今日は乗らないっていうことを言った時に、ちょっとびっくりした時があって、 え?って思ってどうしたん?って言ったら、いやちょっと今日はなんか
怖いかもしれんとかって言って、 で、あの僕がそっかわかったって言いながら、その子が乗ろうと、乗るであろう馬、
勇気って言うんやけど、勇気を出して、子供たちが乗る前に自分が少し乗って、その日のコンディションを見ようかなって思った時に、
すごい、その日はストレスが溜まってたというか、運動不足ではなかったと思うんやけど、
ちょっと、僕らの牧場ではこう、そういうストレスが溜まって馬がバーンって爆発するような状況で張ってるって言ってるんやけど、その張った状態?
うん、言うよね。 言いますね。
そう、その張った状態、やったよね。で、僕も見てはいるけど、その
ね、 その子は自分は今日は勇気に乗ってこんなことをしたいなっていうのがあるから、より勇気の様子を見てたんやと思う。
で、その勇気の張った状態が自分の力量を超えてそうな多分、
あの感覚っていうか、あったんかなと思って。で、僕が乗った時も結構パンチ力あるなと思って、
ハードやなと思って、ある程度乗るとだんだんとその張りが取れてきて、で、馬もコミュニケーションを取ってくるモードに変わってきた時に、
09:01
その子が、やっぱり乗るって言ったよね。
その瞬間が、うわ、すごいと思って。だからその、僕も乗ってるから、あ、今やっとこう張りが取れてきたなっていう感覚があるんやけど、その感覚を感じた瞬間にその子が、やっぱり乗るって言ったんよね。
これって別に俺が何も言ってないし、でもその子がじーっと見てて、やっぱり乗るって言ったタイミングが、
なんか、あの、張りが取れたなって思った瞬間やったから、
すごい感覚とか感性が研ぎ澄まされてるなっていうのを、あの、ちょっと感じた。そんなエピソードはすごいたくさんあって、それをちょっとお話したいなと思って話させてもらいました。
いや、だからなんか、僕たちは、なんだ、あの、この現場で、サニーコマーシャでは、そう、馬が先生だよっていうふうに、よく説明してるんだけど、
その時になんかこう、子供たちの先生でもあるし、いや、僕たちスタッフとか大人の先生でもあるっていうふうにいつも言うんですよ。
っていうのはなんか、今言ったような、その、馬が馬の状態を感じ取るとか、そういったこう、感性みたいなものを、僕たちスタッフにも大人に対しても気づかせてくれて、
それはね、すごく大きい、大きいなっていうふうに思うんですよ。もちろん馬が子供たちの関わりの中でいろいろしてくれるので、それがこう、
なんていうかな、僕たちスタッフとかね、大人に対してこういろんなものを伝えてくれて、それがまた、その子供たちとの関わりとか、その人間関係にもすごく生きてくるというか、なんていうのかな、そのいわゆる、その、
言葉とか、こういう、今説明的に何か伝えるとかあるじゃないですか、なんか子供たちになるときも、とか、あと子供たちの状態を受け取るときも、
なんか、どんな行動をしてるかとか、その子のその日の様子とか、そういったものをなんかこう、受け取る、観察するというか、気づく、なんか感性というか、感覚みたいなものを、
上手から学んで、で、それをこう、普段の子供たちの関わりにも生かすことができてるなあというふうに思ってて、それと別になんか普段、上手いって一緒に子供たちの現場やってますけど、なんかね、こう、子育ての場面だったりとか、
別になんかこう、上手いやってない人たちにとっても、そういう感覚ってすごく大事なものではないかなというふうに思ったりしてます。
そうね。なんか今お話し聞きながら、ちょっと思ったのは、なんか、こうやって木日原君とこう話して、そうそうって思い合えるのって、
12:00
なんていうかな、上手に乗れるようになってほしいっていうことではないっていうか、
なんか、なんかそこが、なんか目的っていうか、こう、
馬乗りになってほしいとか、すごいこう、プロライダーみたいになってほしいとかっていうためにやってるわけじゃないっていうのが、
多分一貫してあるんやと思うよね。で、やっぱり馬を通して、
馬から、例えばその生きる力とか、
今で言ったらこう、あれ何?ノンバーバルなコミュニケーションとか、
認知能力とか、そんなところを、こう、
獲得するというか育むために馬の力を借りてるっていう、
多分そこの大前提がぶれてないから、
あの、なんていうかな、そういう共感し合えたりする部分があるんかなっていうのは思って、
馬だけやってたらいいっていう、なんていう、馬やってる人全員がそういう感性、感覚になるかって言ったら、
そうじゃないなって、ちょっと話聞きながら、確かにそれは学校の勉強でも、
例えば算数とか理科を通して、その子の例えば論理的思考力を伸ばしてあげたいなとか、
なんか算数の点数を良くするためにとかじゃなく、
それを一つのこう手段にして、なんかその子たちの育ちを応援してるっていうところが目的でぶれなかったら、
結果よりもプロセスの方にすごいこう、価値が生まれてきて、
上達しなかったとしても、馬と向き合ったこととか、自分の内省をした姿とかにすごいこう、
なんていうかな、素敵やなって思ったり価値を感じたりするやん、なんか、うん、
なんか馬の魅力を語りつつ、でも馬だけやってたらそうなるんかって言ったら、そうでもないなって思ったんで、
それは学校の勉強でも音楽でもスポーツでも、
強くなるために、上手になるためにだけじゃなくて、それを通して、こう人との関係性づくりとか、
そういう非認知能力を伸ばすことを意識できていると、それこそ発する言葉が変わってきたりするなっていうのは、ちょっとさっきお話し聞きながら思いました。
いや、そうですよ。なんかね、もちろんなんかね、こう、
常話重ねていって、その技術が向上していくってこともあるんだけども、そこだけ、
15:05
そこだけを見てるわけではないっていうか、それ以外のところの方をなんか重視して、
多分注目してるっていうか、うん、もちろんその、ね、常話が上手くなっていくっていう過程を通して、うん、
なんだけども、でもそのなんか重ねて、馬との関わりを重ねていく中で、
なんかもっといろんなものがね、子どもたちの中で育ってるぞとか、僕たちもいろんなものを受け取ってるぞっていうところがあって、
うん、そこをなんか、そう、なんかこのね、1回目にこのポッドキャストを通してどうしたいかって話だったんですけど、その、
そうさっきも、だからそのね、こういろいろ気づくとか、こう察するとかっていうそういう慣性っていうのは、別に馬の上馬を上手くなるためとかじゃなくて、
そこからやっぱりこう、人間関係だったりとか子育てだったりとか、
ね、うちもだからたまにその、なんですね、こう子どもに関わる仕事されてる方が来て、
別に普段馬やってるわけじゃなくて、でもそれでこう馬のそういうコミュニケーションのいろいろこう、
セッションというか、やると、やっぱコミュニケーションの癖というか、
ね、こうその人のが結構見えてくるというか、いわゆる言葉は使わないけども、
その、さっきあったようになんだ、あのコントロールする力がなんかすしてしまう思わず、
なんか馬はどこに行く、自分が変わるんじゃなくて、そう、自分が変われば、こうその他者との、まあまあ馬だと馬との関係が変わるよねっていうのを、
結構そのパッとこう馬は変わってくれるので、
そんなくなしにしかも、すごくそういう部分では、
いい先生になってくれるなあっていうとこは、
ありますなんかね。
そうなんよ、その忖度なしにっていうとこがいいね、やっぱり、なんていうの、
肩書きとかさ、
なんていうかな、大人になったら特にさ、
肩書きとか、そこ年齢とか、
によって、なんかちょっとこう、
ちょっとマインドセットが変わったりとか、
あの、すると思うけど、
馬は全く忖度しないもんね、肩書きとか、年収とか、そんな大人やから子供やからって一切関係ないから、
正直をね、ストレートに。
聞いてて思ったらそう、だから損なくないって自分で言いながらそう、
その、いわゆるね、例えば子供が頑張ってると、
しょうがないからちょっと付き合ってやってあげるかみたいな感じ、どうしてもなっちゃう、人間、人間だから、人間だものって感じですけど、
でも馬はそれないから、逆に本当にできたときに本物だから、
その喜びが、喜びっていうかなんていうか、
18:00
できたって、そういう本当にこう、そういう感覚が訪れるよねっていう。
ある意味さ、めっちゃ厳しいなって思うときはね。
確かにそうそう、現実を突きつけられる。
もうそこさ、これだけやってるから頼むから言ってあげてよって願うけど、
ダメなものはダメみたいに、馬って結構厳しい一面もいっぱいあるやんか。
あるあるある。
だからもうそこで涙流したりとか、もう嫌やーってなる子たちもね、たくさん見てきてるから、
頼むから馬動いてあげてとかすごい願うけど、全く思い通りにならへんもんね。
そうそう、ちゃんとね、コミュニケーションっていうか、まあね、乗るときはそういうね、乗り方とか技術も含めてね、
ちゃんとできてれば馬やるし、うまくやっぱりできてないとやってくれないっていう、本当にありますよね。
まあでもそこが見抜くよね。
いや、そう、それにいたし、あとこう、さっき言った肩書きとかね、この人だからやるとかいうよりも、
本当にそのね、ちゃんとその人間じゃなくて、その人そのものを否定してるわけじゃなくて、
その人のやり方みたいなとこだけを捉えてくれるから、
そのやり方が変われば、さっき言ったようにこう、なんていうの、こっちは変わればっていうか、
がらっと変わる瞬間がパッと訪れるっていうのはね、本当分かりやすい。
分かりやすいよね、本当にそこは正直やから、ある種厳しいなって思うとこと、だからいいなって思うときと、あるよね。
だからさっきのあの、こうコントロールするしないみたいな話があったんですけど、
結局なんか相手が人間だと言えば、なんか相手変わる、同じ人間だから、
さしてやってくれるんじゃないか、みたいな勘違いっていうか、やってくれる場合もあるんだけど、
それよりもやっぱり自分のやり方とか、自分がこう変化することで、
その関係性が変わったりとかするっていうのを、まさに実体験として、馬がいると教えてくれるなーっていうのはあります。
人やとさ、こういうふうに言ったのにとか、なんて言うかな、
例えば、こうしといてって言ったのにっていうそののにの後には、どうして言ったのにやってないの?みたいに、相手に問題があるみたいに。
親子関係でも多分あるやろうし、先生生徒でもあると思うし、同じ働く職場の仲間同士でもあると思うけど、
でもこれって馬に置き換えるとめっちゃくちゃわかりやすいなって思うんやけど、
自分もだから、その度に何回も反省するっていうか、内省して、そうやった、そうやったって気づくんやけど、
21:11
例えば馬が動かないとか、って言ったら馬のせいにしたくなるんやけど、でも人が変わったらスッてうまいこと言ったりするやんか。
じゃあ馬が悪かったんじゃないんや。自分のやり方とかアプローチが悪かったってすごいわかるよね。
だから馬のせいにしないというか、できないっていうか、それがリアルにあるんやけど、
これ対人になると、言ったのにとかってなって、馬やってる時に伝わったことが全てとかって言うんやけど、僕らはよく言うんやけど、
ってことは馬が動いてくれなかったら、そういうふうに伝わったから、
伝わったことが全てなんで、悪いのは変わるべきは自分だよねっていうふうにフィードバックされるっていうか、
でもこれ人の場合、伝えたのにどうしてできてないのって相手のせいになるっていう。
そこを馬から何回も学ばしてもらってるから、
分かっちゃいるけど、何回もそんなことあるけどね。
でも馬から本当に学ばしてもらってるなっていう、そこは自分ごとに何かさせてくれるよね。
ですよね。だからそのコントロールじゃなくて、最近フュージョンっていうふうによく言うんですけど、
いわゆるドラゴンボールのフュージョンって2人が一緒になるみたいなありましたけど、
だからその相手と自分を融合させるっていう。相手を変えるんじゃなくて、
コントロールで何か言ってコントロールさせるんじゃなくて、一緒になって何かするっていう。
そう自分も変わらなくちゃいけないし、一緒になると共にダンスのように、
即興ダンスみたいに一緒に何かできるんじゃない、できるよねっていう感覚があって、
例えば何か言ったのにじゃなくて、相手に伝わるような言い方とかやり方とかに変えながらも、
こちら伝えたいことを相手と一緒にやるっていうことができるんじゃないかなっていうふうに思ってて。
例えば馬と一緒に歩いてる時も、無理矢理歩かせるんじゃなくて、一緒に歩くっていう感じじゃないですか、馬と歩くって。
だんだん歩いてると補聴があってきて、リズムもあってくるっていうか、
24:03
本当に融合、一緒になるみたいな感覚が僕はあるんですけども、
子どもたちに見てても、力も抜けて、本当にリラックスして一緒に歩いてる感じが、
本当に上手な子は馬を何とかさせてやろうとかってあんまなくって、
行くよーみたいな感じで、スーッと一緒に歩けてたりとかしてて、
こうしなくちゃいけないとか、こうすねばならないみたいな、
捕らわれてるとうまくいかなくって、力みが抜けてるっていうか、
そうすると相手と合わせることができるんじゃないかなっていうふうに思います。
馬もある種、人とのコミュニケーションを取りに来てるタイミングもあるやんか、
人もそうやし、そういうふうになった時には歩調も合うし、
馬の方から合わせてくれることもあるから、
これは自分の牧場で、特に子どもたちにはちょっと難しかったりするから、
大人の人に話したりする時に、
馬とコミュニケーションを取る時って、
例えば放牧してる馬は自由に草をはんだりとか、
本当にコミュニケーションを取るっていうよりは、
自分が解放されてるっていう感じの自由なんやけど、
どちらかというとフリーダムみたいなイメージで、
人と関わって、例えば散歩行くだけでもいいし、
馬乗る時でも、その時は馬が草を食べるとかじゃなくて、
今は歩くっていうことを一緒にしたいんやっていう時に、
目的を馬と共通にして、
それに対してやるかやらないかは自由みたいな。
それをリバティっていうふうに言ってるんやけど、
両方とも自由っていう意味なんやけど、
フリーダムの時と常馬の時って、
馬も強制してるわけじゃないし、
でも目的に向かって、例えば走るとか、
乗らなくても横について歩くとかっていう時は、
双方に相手を感じる、
そういう、なんて言ったらいいんかな、
さっきの車高ダンスやったっけ、
27:01
そういう一緒に共演してるような、
でもそれを無理やりさせてるわけじゃないっていう、
目的に向かってお互いが、
頭を使って相手と調和してるみたいな、
そういう、ここもまた感覚なんかもしれへんけど、
それができてる時ってすごい楽しいよね。
乗ってる時も、つながったなっていう、
パズナからとか、座ってるシートから来るあの感じが、
自分も楽しいし、
たぶん子どもたちもその領域に行くと、
ハマっていくんやろうな、だからハマっていくんやろうなって思うね。
だから自分じゃないもの、人もだし、動物もだし、
とつながって一緒に何かやってるって感覚って、
すごく心地よかったりとかするし、
なんていうんだろうな、
さっき言った目的を共通に持ってとかって思ったけど、
例えば遊びの中だと、子どもたち同士の遊びだと分かりやすくて、
誰か楽しそうにしてたら引き込まれて、
そこに入って遊び始めたりとかするじゃないですか。
例えばうちだとトランポリン横がでっかいになるんですけど、
誰か楽しそうに飛んでたらやるとかって、
自然と体が動いてやり始めてて、
一緒に飛んでるみたいな、
そういうことってあって、
さっきの一緒に歩くって時のリバティって、
そういうこれやってみようよって持ちかけて、
じゃあやってみるかみたいな感じで、
相手の気持ちと自分の気持ちが重なっていくというか、
そういういわゆるさせるとかっていうコントロールのコミュニケーションじゃなくて、
引き込んで一緒にやるみたいなコミュニケーションみたいなのが取れるようになると、
お互い気持ちよく一緒にやれるよなっていう風に。
そういう感覚の中で馬の体験でパッと訪れて、
結構頭に親子、普段子供たちだけですけど、
親子のプログラムをやるときに、
そういう一緒に馬と歩くときのことをやってもらって、
乗馬なかなか乗る技術がいるからだけど、
その時にそういう話をしながら、
普段子供に何かさせるとかって、
勉強しなさい、宿題しなさいとかって、なかなかしないとかって。
横で一緒に何かこうやってみようかって感じになると、
全然また変わりますよねって話をしたりね。
そうだね。
30:03
させようとしたら、
させられることが嫌やったっていう経験誰しもあると思う。
あと、やらなければならないからやるとかって、
あんまり前向きになりにくいっていうか、
もちろんやらなければならないことに向き合ってる、
短期的に集中力を発揮するっていうことはあるんやけど、
自分から進んでやっていきたいっていう時のエネルギーの方が、
なんか心地がいいというか、
これは人同士もやし、人と馬もやと思うから、
馬をこうしなければならないっていうよりは、
馬とこういうふうになりたいとか、
っていうそっち側の気持ちが強くなった時に、
物事ってうまくいったり、
そういう両者が醸し出す空気は人をまた引きつけたりとか、
だからトランポリンも一緒にやってみようって、
なんかレッツゴーみたいな、一緒にやろうみたいな、
だからそこをさせるとかなると、
トランポリンもトランポリンしなさいとか、
やらなければならないから飛びなさいとかってやったら何も面白くないけど、
面白そうに飛んでたら一緒にやりたい、やってみようかみたいな、
そういうやりとり、関係性が人と馬の中にもあったり、
人と人の関係性の中にも、
そういう時間が多いと、
本当にいい関係性ができるよね。
そういった部分で馬は、
でかいじゃないですか、人間よりも力があって、
ちっちゃいポニーでも人間より全然体重あるし、
本気出せば絶対動かないし、
力で比べしてもできないっていう感じがあるから、
それでいて、いろいろ一緒に歩くとか、
一緒に作業っていうか、何か活動ができるっていうとこもあるので、
天気はなかなか一緒に何かするってできないけど、
もちろん雨降って、雨に生かした遊びとかできるかもしれないけど、
動物、馬ってそういう部分では、
その瞬間でいろんな変化も訪れて、
こっちは働き方が同じで、すぐリアクションが返ってくるってとこがあるので、
そういう感覚を味わったりとか、気づいたりとかする上では、
すごくいいやんっていうふうに今聞きながら思いました。
最初に今日2つって言ってた、もう1つって何だっけ?
33:02
もう1つは、馬がいるとその場がフラットな感じになるんじゃないかっていう話してたけど、
もうだいぶ長いので、
次回以降にしましょう。
もし聞いてくださってる皆さんも、
あの話結局回収できてないよとか、
そんなんがあったらまたコメント入れといてもらったら、
今ライブ間で話してるから話があっちこっち飛んだり、
全然馬と関係ないやみたいなこともいっぱい話しちゃうと思うんで、
またそんな立ち戻る必要があるときはまた教えてもらえたらと思うんで、
今日はちょっと脱線いっぱいしましたけどまた。
でもだいぶ僕は深まった感じはします。
本当に?よかった。
ありがとうございます。
でも最後締める前に、
それぞれ今日話してみての感想を言って終わりにしたいと思うんですけど、どうでしょうか。
今日第1回目と2回目の収録を連続でしましたけど。
僕は普段音声配信してなかったんで、
最初すごいぎこちないっていうか、
途中からごめんなさいね、
こういう配信してることを忘れてしまって、
普通に木村君といつも話してる感じになったっていう、
それができて楽しかったなって。
普通に楽しかったです。
それが素直な感想でございます。
ありがとうございます。
じゃあ僕も。
大森さんのいろいろ、
一応問いは最初設定してるもののいろいろ話が広がっていって、
そこが展開していく感じがやっぱり僕もすごい良くて。
別に予定してなかったけど、いろんな僕の中に気づきというか、
今日も話してる中で言葉になったものがたくさんあったなっていう感覚があるので、
このスタイルいいんじゃないかなって。
最初にテーマはあるけど、全然違うところに着手するっていう感じは、
悪くないなというふうに思っておりますので、
また3回目以降も楽しみにしております。
ありがとうございます。
ということで、お聞きいただきありがとうございました。
本番組は毎月第1・第3日曜日の朝7時に更新されます。
チャンネル登録や番組のフォローをお願いいたします。
あとお便りフォームが概要欄にありますので、
リンクやコメントや質問などもお寄せください。
36:02
お寄せいただいたところはまた話が展開していくと思います。
ぜひ聞き戻してください。
ということで、それでは良い1日をお過ごしください。
良い1日を。
本当を知っていく
強く引くほど遠ざかる足音
力を抜いた瞬間を情が重なる
誰かを変えるより自分が変わること
静かな気づきが胸に灯る
答えは馬が知っている
鏡のようななざしで
肩書きも言い訳も風に溶けてゆく
ただ一緒に歩くだけで
世界は少し優しくなる
コントロールじゃなくて
心が重なるフュージョン
言葉のない対話が
今日の自分を照らす
上手く乗れなくてもいい
感じたその瞬間が本当の学び
草の匂い子供たちの声
風の中で続く物語
答えはきっとここにある
静かに息づく馬と僕らの間に
39:15

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