さまざまな肩書きの重要性
プロジェクト・デザイン・ルーム
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ハグが起きたんですよ。最高だった、あの瞬間。
僕に情熱はないです。売ってみるわーって言って、1000個くらい来ちゃったんですよ。
買って終わると、PMI本当に難しいから、カルチャーとカルチャーのぶつかり合いだから、決意が必要なんですよ。
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プロジェクト・デザイン・ルームへようこそ。この番組では、起業家や科学者、クリエイター、さまざまな分野のプロフェッショナルの原動力に迫り、プロジェクトを成功に導く秘訣を探っていきます。
ナビゲーターはコネル・知財図鑑代表の出村光雄です。
さて、前回第20回ということで、一つの節目でもあったんですけれども、山口周さんとの対話の中で一つトピックになったのが、肩書きっていうことなんですね。
世の中、いろんな肩書きがあるんですけど、最近は名刺に複数の肩書きをスラッシュで連ねていくっていう、通称スラッシャーなんて呼ばれたりすることもありますけども、すごく増えてきてるなと思います。
僕も例に漏れず、結構スラッシュが入っていて、クリエイティブディレクターとか、プロデューサーとか、知財ハンターとか、いろんな肩書きをつないでるんですけども、その時々に求められるスキルに合わせて、プロジェクトごとにいろんな顔で動き回ったりしています。
この肩書きっていう歴史を振り返ると、僕が発見できる中で一番スラッシュが多い人がレオナルド・ダ・ビンチだなというふうに思っていて、具体的には画家であり、匠とか技術者であり、軍事の技師みたいなことをやられてたことがあったりとか、建築家とか舞台技術者とか、
あと祝祭の演出家とか哲学者とか、すごくいろいろ、自分が名乗ってたかどうかはさておき、そういうふうなラベルがついてることが多いですと。
とにかく横断的であると。
しかも、後世の人が時間が経ってからラベリングし直したやつはもっと多くて、多分両手じゃ数え切れないぐらいになってるということですね。
僕、ダ・ビンチに思い寄せるときに、いつも尊敬とか憧れとかよりも単純に羨ましいなみたいな感じを抱くことがすごく多くてですね。
だってこんなに別の分野で活躍すると、絶対その道の一本の専門家よりも面白いアウトプットが出せるよなというふうに思ってるんで、この越境みたいなのが僕はすごく好きですね。
特にやっぱりサイエンス、アート、デザイン、ビジネスを横断すると一気にいろんなことが面白くなるっていうのはやっぱりこれまでの経験の中でもすごく強く思ってるので、
今日はそんな越境の大先輩にゲストとしてお越しいただいております。
それではお呼びいたしましょう。
はるいんさん、医師であり農学者であり、そしてハコスコ共同創業者であり、デジタルハリウッド大学学長補佐であり、そしてベルンテックコンソーシアムの代表理事でもあられます藤井直隆さん。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
前置きが長くなっちゃったところがあるんですけど、やっぱりたくさんいろんなことをやられてますね。
相変わらずということで。
ダ・ヴィンチの話から入られると、俺も帰りたくなっちゃうけど。
すいません。ちょっとなんか、すいません。お待たせしてる間、すごくその感情を受けてましたけれども。
いや、でも結構僕の中のリスペクトとしては、富士山すごくその同じカテゴリーの中に自分の中ではやっぱり入っていて、
特にやっぱりこのアート、ビジネス、サイエンス、テクノロジーと、いろんなところをやっぱり横断されまくってるというところもありますし、
何より、この番組冒頭で企業家、科学者、クリエイターなどの先駆者をお呼びするって言ってるんですけど、
今日はやっぱり全てに回答されてるなというところで、ありがとうございます。お越しいただいて。
藤井直敬の経歴
はい、楽しみにしてました。
こちらこそです。でも本当にお久しぶりというか、結構コロナ禍にすごくいろんな活動をご視聴させていただいてたなと。
そうですね。BWTCのあたりが最高ですかね。
そうですね。ブレインウェーブトレードセンター、ノウハウ買取センターをご視聴させていただいて、
当時僕が人のノウハウを買い取りたいっていうんで、そういう買い取りマシンをですね、
作った時に一番コアになるインターフェースで、ノウハウの計測器ですね。
そちらをですね、あれは何カームだっけ。
フォーカスカーム。
フォーカスカームだ、すいません。フォーカスカームを手に入れたいぞってなった時に、
川田ともさんからご紹介をいただいて、おつなぎいただいたというようなことだったり。
しかもノウハウもドネーションいただいて、それがNFTのアートになったりとか、いろいろこうやらせていただきましたね。
すごい楽しい時間でしたし。
ノウハウ計測こんなオシャレになっちゃうんだと思ってびっくりしました、僕。
結構人来ましたからね。
なかなか時代的には難しい。みんなが記録を見るとマスクをしていたような時代なんですけど、
10日間で1000人以上来場して、100円玉でお一人10枚、100秒間のノウハウを買い取らせていただいたんですけど、
ちょっと誤算でして、あんなに人来るって思ってなかったから、その100円玉どこで手に入れるんだろうっていうのが一番大変でした。
あれどうしてたの?
毎朝UFJ銀行に行ってスーツケースで運んでたっていう、それが一番重労働でしたね。
これをまた海外でやりたいとかってなったときに、海外でコインをそんな大量に手に入れられないとか、いろんなそういう問題にぶち当たったりとかですね、
経験が非常に溜まったというようなところで、本当にその説はお世話になりました。
どうぞ。ありがとうございます。あれはまた引き続けていくので、面白くしていければと思います。
本当にいろんなことをやられている藤井さんですというような、ざっくり言うとそういうことになっちゃうんですけど、
簡単にまず自己紹介を、ベーシックなものでいいのでお願いいたします。
僕はキャリアーさんのものは、まずECとして働き始めました。
で、眼科医として働いてたんですけれども、その後に初期研修が終わったところで大学院に入らないかって教授に言われて、
大学院に入ったんですけど、特に研究がしたくて入ったわけじゃないので、言われたから入ったレベルなんで。
で、じゃあ何をやるのか、研究するのかって言われて、とりあえず眼科のなんかつまんない実験させられて、
でも3ヶ月したらすごいつまんなくて、もうやだって言って、教授に言いに行ったら、じゃあお前は何がやりたいんだって言われて、何がやりたいがないんですよね。
苦し紛れに脳のことがやりたいって言ったら、そうかって言って、紹介された研究室がすごいあってて楽しかったんですよ。
猿を使った脳活動計測をする。
で、それで博士をとって、研究自体それたまたまなんですけど、すごい面白いのに当たったんで、もうちょっとやりたいなと思って、
博士をとった後ぐらいしかもう留学の機会、人生ないだろうと思ってたから、どっか留学先ないですかって聞いたらあるよって言われて、紹介されたのがMITで。
で、アメリカに行く前はもう日本に帰ってくるつもりなかったんで、その頃は本当に今考えると頭おかしいんですけど、
ノーベル賞取るぐらいの気持ちで周りにも言ってて、いや俺はノーベル賞取るぜとか言ってMITに行ったんだけど、結局取ってないですけど。
で、それで6年半いて日本に帰ってきて理科学研究所っていうところに入れていただいて、ちょっとしてから自分の研究チームを持ったんです。
ハコスコの始まり
そこでは社会性の研究っていうのをやっていて、その中でたまたま僕らはSRっていう技術を読んでたんですけど、今のバーチャルリアリティですね。
で、それを使うと目の前にいる人とか物とかが本当にあるのかないのかの区別がつかないっていう技術で、すごい面白いからみんなが体験に来てたんですね。
本当に1年間で下手したら500から1000ぐらい来てたかもしれないですね。
で、みんながこれ面白いからビジネスやればいいよって言うんだけど、誰一人やってくれないんですよ。
大体現実っていうのを突き詰めてた時ですね。
このまんまだと掘ってたら世の中から埋もれちゃうなと思って、じゃあ自分でやるかって思っちゃって。
で、始めたのがハコスコって会社。
そうですね。当時理研の中でも、理研ってすごく研究環境としては素晴らしいなと思うんですけど、いわゆる今のVRゴーグルみたいなものが何年ぐらいですかね。かなり早かった印象ですよね。
そうですね。2010年ぐらいだから。
もう15年とか前ですよね。
そうですね。
なんていうんですか、ガジェットというか目にはめるヘッドマウントディスプレイ自体が結構高かったんですね。1台1000万とかいっちゃうみたいな。
これはね、中身はソニーのヘッドマウントディスプレイなんですけど、側を山中俊司さんっていうインダストリアルデザイナーにお願いしたんで、2個作って2000万ぐらいしました。
でもそこをこだわってるの素晴らしいですね。
無駄に、だから予算があったんだね、理研にいたからね。
素晴らしい環境ですね。でもそれをビジネスにしていくのってある意味だと難しいというか、その1個1000万のソニーを誰が使うかって話ですもんね。
誰も買わないですからね。
ってなった時にハコスコが生まれたんですね。
一番安いフォームは何だろうって考えた時に、たまたまその頃スマートフォンにセンサーが入ったんですよね、三軸のセンサーが入って。
これでできるわと思って。
じゃあダンボールで箱作ればいいじゃんって言ってやってみたらうまくいったんで、じゃあこれやろうと思って。
そうですね、ハコスコご存じない方のために言うと本当に四角いんですよね。
確かにこういう箱の中にスリットというか溝みたいなものがあって、ちょうどよくスマホが入って、そこにいい感じの目のとこにレンズが簡易的についてて、VRゴーグルになるっていう例のやつで。
いやもう一番距離遠いところ行きましたもんね、ダンボールって。
2000万から現価200円みたいなもんだから。
教育への移行
面白いですね。そういった形で起業されたというようなところですよね。その後も結構いろいろ役割が増えていくみたいなことはやっぱり定常的に。
そうですね、今思うと理科学研究所辞めなきゃよかったなと思うんだけど、18年に閉じちゃったんでね、ビジネスがその時面白かったから。
ちょうど理研を辞めた年にデジタルハリウッド大学の杉山学長が、おじいさんデジハリで教えてくれないかって言われて、
あ、そんなこともあるんだ、自分が教育者になるなんて全く考えたことなかったから、何を教えればいいんだと思って、すごい困ったんですけど。
だから僕がやってた神経科学をデジハリの学生に教えたって彼ら興味あるわけないんで。
まあ、距離ありますよね。
相当ね。ダメだなと思って。そこで、この後自分が一生かけてもあんまり後悔しないことないかなと思ったのが、現実科学っていうテーマで、
SRってね、だいたい現実が操作してるのって目の前の現実なんですよね。
それを操作された時の驚きとかね、そういうのを教える、考えるっていうことをやろうと思って、教育者にもなったって感じ。
なるほど。いやー、最高ですね。
僕、今目の前に本があるんですけど、この現実とはっていう、これはいろんな方とたぶん、現実って何でしょうみたいなことをいろんな専門家の方にレクチャーいただいたり、
対話されてる本が出てるんで、ぜひ気になる方ね、見ていただきたいんですけど、これやっぱ大好きで。
ありがとうございます。
結局、自分の中だと読んだことでより分かんなくなったりもするし、でもそういうものの捉え方もあるんだなみたいなことで非常に面白いので、
これはパート2のほうで、現実科学についてはお話伺っていこうかなと思ってます。
今、すごくダイジェストで早送りで伺ってきたんですけど、とにかく広がってるんだなってことはたぶん伝わってきてると思うので、
一つシンプルな問いで聞いてみたくて、人生のビジョンみたいなものがあって広がってきてるのか、
逆にあんまりないから広がってるのかみたいな感覚とかってありますか?
基本的に僕はその時面白いなって思うものをやってるんですよね。
だから長期の目的とか目標とかない人なんですよ。
たまたまその現実科学っていうのは自分が言い始めたから、それをちょっと突き詰めてみたいっていうのはあるんだけど、それ以外は本当に目の前のこと。
なるほど。ここ何回かお出迎えしてるゲストの方、結構そこは口を揃えておっしゃるなというか、
集中的に掘る時間が凝縮されればされるほどどんどん面白くなっていくんだなみたいなことはすごく思ってますね。
面白いですね。今は現実科学をやりながらですけど、ウェイトとしてはどういうような時間の過ごし方されてますか?
そうですね。ハコスコはほぼ2年前にエグジットしたんで、そちらはDNPという親会社と一緒に今も働いてますけれども、
それが半分ぐらいと、あとはデジハリの教育ですね。そちらで半分って感じです。
まだ行ったことないですけど、カフェもやられてますもんね。
カフェは作ったけど営業はしてないですね。
してないんですか。あれ行くと開けていただけるんですか?
もちろん僕がいればね。
それはぜひぜひ。すごく綺麗な丘の上に海が。
見晴らしはすごいんですよ。
ぜひぜひ伺えればと思います。
ということで、本日は藤井さんいろんな側面からお話を伺っていければと思いますので、また次のパートもよろしくお願いします。