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それでは引き続き、Staple代表の岡さんにお話を伺っていきましょう。
改めてよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
ちょっと休憩している間に発覚しましたけど、タメで大学も同じだったっていう。
まさか。
まあすれ違ってますね。
僕が理工でちょっと離れだったんで、若干距離はあったのかもしれないですけど、同じ空気吸ってましたね。
聞いたことあるなと思って、だいたい大変でなんとかなるし、卒業はできるよねって感覚もいろいろ。
そうですね。
大学名出しちゃうとあれですけどね。
我々の大学特有のゆるさかもしれないですね。
身に覚えがあるし、めちゃくちゃラーメン食ったし、リーマンショックだったなって思い出がいろいろ思い浮かんできましたというところで。
じゃあちょっと話をさらに深掘っていきたいなと思うんですけど、
今日何話そうかなっていろいろ引き出しを思い浮かべてたんですけど、
ちょっと思い切ってワンキーワードでちょっとこのパートは行こうかなと思ってて、
地方創生という4文字ワードがありますし、
結構もうこれ言われ始めて多分10年以上はもう経ってるのかなっていう感覚なんですけど、
いろんなプレイヤーが増えてると思うし、
地方創生やってるんですよねとか、やってほしいんですよねみたいな話がそこかしこで、
意外と絶えないというか、言葉としては長持ちしてるなみたいな印象が僕はあるんですけど、
ぶっちゃけどうなんすかみたいな話をちょっと一回放り投げてみようかなというところで、
岡田さんは地方創生プレイヤーですか?
レーベリング的にそう言われることが多いんですけど、
自分たちとしてその意識は実は全くない。
ない。面白いな。
なんでですか。
地方創生って経済活性化とほぼ同じような言葉かなと思って、
地方創生やってますっていう人たち増えてきた気がするんですけど、
僕、経済活性化してますって言ってる人って官僚とかじゃないといない気がして。
確かに。
地方創生はだから多分2006年に安倍さんが最初に言い出したような話をどっかで読んだ気がするんですけど、
基本的には省庁であったり国側視点でやらねばっていうソーシャルテーマだとは認識してるし、
そこにその一端を担いたいなっていう気持ちもすごく深いんですけど、
自分が主体者となって、自分の欲求だったり自分の動機と地域の動機と国の動機が重なる、
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三方四肢的なところで重なると一番気持ちいい仕事ができるからこそ、
僕らがやってることが地方創生につながればいいなとは思うけど、
地方創生をやるってなった時に、じゃあ何やるのってなった時にあんまり具体のものってないような気がしていて、
なぜならそれは経済活性と一緒で、経済っていろんな人の生活と活動と事業によって、
その調和によって活性化が起きてるんで、
地方創生って一個のビジネスとか策でどうにかなるかっていうと、全然そんなことはなくて、
国を作るとか活性化するのと同じくらい複雑にあらゆるものが絡み合っているのだと思うので、
あくまで僕らはホテルと目に見えるところ20分圏内が住みよくなって、
半永久的に持続可能性の高い地域になっていくことで、もっともっといろんな人が町に関わってくる、
もっともっといろんな人と出会えて、僕らが関わったことでその町が元気になるし、
僕らが関わってなかったらその町が成長することのない未来を見ることができるかもしれないみたいな、
もう純粋に自分の旅人としての自分の軸足から見た視点でやりたいって思って仕事をしてるだけだったりするので。
なるほど。
当然活性化されないとホテルも盛り上がらないし、地域もだんだんエネルギーがなくなっていったら不幸。
だから創生したいし活性化したいみたいなことを持ってるって感じですかね。
ちゃんと言語化してくれてありがとうございます。
これはだいぶすっきりする人多いんじゃないかなと思ってて、
こういうこと言うと敵作っちゃうかなって思うんだけど、
やっぱり地方創生やってますの人がうさんくさい確率結構高いっていう感じがあるんですね。
それは実際その人がうさんくさいかどうかはわかんないんだけど、
経済活性やってますとかって言われると、でかいっすねみたいな、本当っすかみたいな。
定義的には何を見てなるじゃないですか。
そう、だから地方創生のためにこれこれをやってる人ですって言われたら、
それはなるほどそういう活動なんですねってなるけど、
地方創生をやってるっていうのはそれだいぶ上滑りしてるからちょっとうさんくさ化が滲んじゃうんだなみたいな感じは、
これやってる人気をつけた方がいいんじゃないかなって思うんですけど。
ウェブ、自分たちのウェブとかでも使ってないですね。
やむなくまちづくりって言葉を使わざるを得ないケースは多いですけど、
極力地方創生のまちづくりって言葉を使わないようにしてます。
まちづくりも避けてるのはそれは何か同じ理由ですか、どんな感じですか。
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そうですね、作るものじゃなくてなっていくものみたいな、
自己認識してるからだと思っていて、
自分の人生のテーマも会社のテーマというか、
会社の姿勢も蛇行と付き合うみたいな、蛇行をめでるみたいなことがうねうねいく。
もともとやりたかったのは、地域に愛されて地域の人たちが働いてて、
そのホテルがあることで世界からこんな美しい場所があったのかって思われて、
地元の人たちもそれで自信がついて、
エネルギーにあふれているホテルを中心とした地域っていうふうに思って、
どっちかというとホテルって最初に思ってて。
ホテルだけ作っても地域の人たちは泊まりに来るわけじゃないし、
愛されるわけでもないってことに気づいたら地域のことをやらなきゃっていうふうになっていって、
ホテルだけでは地域との対話が十分にできないってなったから、
銭湯とかサウナを作ろうとか、
農家さんたちと付き合えるようにオーガニックジューススタンドをやってみようってなったりとか、
それってクエストなんですよね。旅だしクエストだし。
あることをやって、やるためにやる方向に進んでいたら、
こういう人と出会って少し自分の考えが変わって、
左行こうと思ってたけど右に行ってみることにしたっていうような活動を続けてきているのがうちだったりするので。
そうですね。あれ、もともとの質問なんですけど。
そう、だからあれですよね。町って作るものっていうより生きていくものだからってことですね。
そうですね。そういう姿勢でいると、
自ずと根底の自分の思想が毎回変わってたら、
断続的で非連続的な町の歴史になって、それは良くないと思うんだけど、
自分自身が常に主体者だから、そこで連続性は担保できて、
でも右に左に行くことで、同じ連続的な町という空間の中に
非連続的な価値がボコボコ生まれていくと多様な町になって、
作ってるっていうよりかは、クエストでいろんな人に会いながらやってみた結果になって、
実っていってるみたいな感じがあるから、
作ってるっていうと結構支配者っぽいというか、トップダウン的な思想っぽくて、
あくまでボトムアップだろうな、この領域ってっていうのが常に思ってますね。
だとしたときに、地方創生を言わず、町づくりって言葉も出さないときに、
なんて説明してるんですかね。
欲しい。
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欲しいやつだった。
俺らも欲しい言葉、それ。
瞬間で伝わる部分がまだ掘り切れてないというか、
受け側にその準備がない部分もあるんだろうなっていうのもあるので、
ちょっとそこは掘っていきたいなと思うんですけど、
でも今ちょっと逃したくない話題として、
ワードチョイスめっちゃ大事だと思ってて、
それは別に地方とかの話だけじゃなくて、
特にマーケティング界隈にいる人とかの言葉遣い、
結構自分も昔そこにいたんで、気になるというか嫌なワードが多くて、
マーケティング自体がやっぱりすごく兵法とか戦略とか、
戦争に関わるようなことの出自だったりもすると思うんで、
特にだと思うんですけど、
ターゲティングとかもうちょっとだいぶきっついなみたいな、
あれってもともと要は銃から弾が出て当たりやすいように、
しっかり跡を絞るみたいな意味だったりですよ。
もう殺しの話だしとか、
顧客の囲い込みとか、
なんかもうファックみたいな、
なんかもうそんな言い方してると、
それが別に一般用語じゃないですか。
本を開けばそんなこと書いてるし、
別に汚いワードだって思ってないけど、
新入社員の頃から囲い込みについてとか言ってると、
なんか頭の感覚がバグってくるというか、
なんか支配感が出るってさっきおっしゃってましたけど、
そういうのマジ重要だと思うんですよね。
だから言葉選びというか、
今もともと使ってた言葉が、
なんで気持ち悪いんだろうとか思う感覚も、
すげえみんなに持ってほしいなって思ってるんです。
やっぱり主体者であることを大事にするから、
今日してる話が全部そこから始まってるなと思います。
主体者だと人生なんで仲間とか友達とかいっぱい欲しいじゃないですか。
仲間とか友達欲しい時に囲い込みとか、
ターゲティングみたいな言葉って使わないし、
俺の作りたい世界に賛同しろっていう形での、
世界観の作り込みは多分やっちゃいけないししないと思うので、
仕事とか開発とか、
お金が動くとかっていうものになった途端、
だから友達作る時にその感覚で、
そういう言葉遣いで友達作ってく人っていないはず。
ほんとそう、それだな。
なぜかね、ビジネスになったとかお金を使うようになったとか、
なんかまさに戦争って言ってましたけど、
戦争っぽいとか取り合いとか囲い込みとかそういう概念が出てきて、
社会とか町とか地域とかコミュニティとかそういう話する時に、
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結局人同士の関係性の話なので、
そういう言葉遣いじゃない方が良くないとは常々思ってあることなんですね。
ちょっとここで最後話しておきたいのが、
多分町づくりとか地方創生でカバーしきれてない感覚、
なんでなんだろうなって僕なりに考察してたところで、
多分お母さんがやろうとしてることって、
地方だけが何とかなればいいって話じゃない気がするんですよね、きっと。
だから地方みたいな話でくくった瞬間に、
もう半分ぐらいがそこから削ぎ落とされているような感覚もする気がするし、
なんかやっぱり地方を何とかするぞって言って、
地方の中に入っていく人が増えるのはいいんだけど、
そこだけで何かをやろうとしすぎるがゆえに、
ちょっと取りこぼしてるチャンスとかすげえありそうだなって、
ちょっと漠然とした話ですけどあって、
やっぱ都市にも目を向けてますか?
目を向けてます。
こう、視点として持ちたいというか、
自分自身そういきたいし、こういう視点で生きれたら、
いろんな人も幸せなのかもって思うのが、
都心の魔力みたいなものから完全に離れてそれを断ち切ることって、
僕は少なくとも辛いんですよ、都市楽しいし、
こうやってすぐ10分で歩いてラジオ喋りに来れるし、
最高じゃないですか、そんな。
来る途中に行きつけのコーヒー屋でコーヒー買ってきたし。
なんかその魔力が引き続き強いとなると都市化も起きるし、
どんどん地方が元気なくなって、
畳まなきゃいけない都市も出てくる可能性があると、
畳むときってみんな一番強い都市に集まってくるんだと思うんですよね。
死にゆく星の、だんだん最後中心が強くなるみたいな感じで。
でもなんかそうなったときに、
てかそうなっていくんであれば、
機械と労働と人口が集約されきっている都市だけで生きてくと結構辛くないかなって、
なんか常に競争をしてないといけないし、
常に新しいものを追い求めて、
自分は少し違うっていう気持ちでいないといけないし。
なんかそう思うと、
自分だけ生きている自分の人生の、
A面が都市だとしたらB面がどこか瀬戸田みたいな街になって、
面のうち半分とか3分の1はそっちで。
都市にいるときの自分とはちょっと違う形で、
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自分の生き方だったりとか、
社会についてとか、
見つめ直すことができる機会があったりとか、
あとは自然ですよね。
僕らの親とかおじいちゃん世代と比べると、
僕は与保堂のシティボーイで、
失われているものが絶対たくさんある。
瀬戸田みたいな場所にいるとすぐ裏に海とか里山を背負ってるから、
自然の脅威も感じるし、自然の恵みも感じることができるんだけど、
年化すればするほど、
自然っていうものは知ってるけど、
体感知としては知らないみたいな人がすごく増えていて、
自然ってあれでしょ?死とかでしょ?みたいな感じじゃなくて、
自然ってもっと脅威に感じることで、
事故の存在とか人間というものの弱さを知る対象であったりとか、
自然の循環を知っているからこそ、
その季節季節で何がおいしいとか、
どういうふうに世の中が回っているかとか、
自分の体の調子がどうかとかっていうのを感じることができたり、
人間がよく生きるためにすごく必要な、
自然との向き合うっていう行為がすごく必要な要素な気がしていて、
それら3つを、自然というものを体感して体感知を得るっていうことと、
都市では休まらない心みたいなものを、
自分の人生のB面みたいなものをある地域だったりローカルに見出すっていうことと、
都市で一生懸命、
いろんな人が集まってくるところで競争し合いながら、
適当な競争をして切磋琢磨して生きるみたいな、
その3つ全部持っていきたらスーパー幸せなことなのではと思っていて、
その比率は6、3、1みたいな人もいれば、
3、7みたいな人もいれば、
いろんな人がいてしかるべきだと思うんですけど、
時間の自由、場所の自由が増えていっているからこそ、
その3つがうまくバランスを、
自分なりのバランスを取れるようなライフスタイルみたいなものが、
近い将来待っているような気がしているので、
そういう意味ですごく都市を意識しているというか、
むしろ自分の場合は都市メインで生きていくと思うので、
こんなにいろんな地域で仕事をしていたとしても。
そういうことですね。
わかりました。
すごい続いちゃいそうなんですけど、もう1個だけ聞かせてください。
ちょっと地方の話、今すごい盛り上がっているんですけど、
さっきも聞いたように、結構なリスクを背負って、
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今130人というメンバーもいて、
全部やるから全部大変でというようなことを続けている中で、
規模を出すとか、それを200カ所、300カ所やるみたいなことが、
あんまりイメージ湧きにくいし、
多分そういうことがやりたいのでもないのかなと思ったときに、
規模みたいなこととかスケールみたいなことに対して、
今どう考えているのかなというのをちょっと聞いてみたいですね。
規模はおっしゃるように、100カ所、200カ所に行くイメージは全く湧かない。
10カ所、20カ所とかっていう数が適当だと思っていて、
ただ経済規模とかインパクトという側面で見ると、
その横の20と200を比べると確かに200の方が大きいし、
おそらく社会的インパクトも大きいんだけど、
深さとか高さどっちでもいいんですけど、
横に2Dに200カ所展開していくことと、
3Dに20カ所展開してものすごい深さを各地域で出すと、
結果体積的に同じみたいな。
結構頭の中図で想像することが多いんで、
自分の中では想像していて、うちの事業を。
その深さとはまさに事業の垂直統合の話で、
ただいろんな場所でいろんなものを運営してパンを売っていくっていうだけじゃなくて、
うちがある町で経済活動を続けてファンが増えて移住者が増えて、
経済が面白く多様になっていけばいくほど、
不動産価値として還元されたりするので、
そのためにうちは不動産を所有して開発をして、
それを価値化する日も来ると思っていたりするので、
おそらくお金を投資をする人とかお金を貸す人からすると、
不動産業だけに専念してくださいとか、
パンを売ることだけに専念してくださいっていう感じなんでしょうけど、
僕らの戦い方はおそらくいろんなリスクを背負っているように見えて、
自分が金融出身者っていうのもあって、
自分たちの事業をいつでも、
細かくそれぞれの事業が別々の価値を生み出していて、
価値化できるっていう事業構築の仕方をして、
それを信じているから、
あんまりリスクを取っている感覚ではなくて、
横じゃなくて深く経済規模を広げているっていうそういう感覚。
だから続けられるとか、
そういう時間軸の面も含めるともはや4Dになっていくみたいな、
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ありそうですけど、
でもすごいよくわかりました。
体積で物事やっぱり考えたり、
ビジネスを考えていくっていうのはすごく必要な観点だなという風に
学ばせてもらいました。
ありがとうございます。
じゃあパート3ここまでとさせていただきます。
ありがとうございました。
ありがとうございます。