1. プロジェクトの秘訣を探る Project Design Room
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2025-09-01 22:11

#23-1 ビジネスと発注の美学 | スマイルズ 遠山正道

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起業家、科学者、クリエイター、新時代を導くプロフェッショナルの原動力に迫るインタビューシリーズ。

第23回目のゲストは、スマイルズ代表取締役の遠山正道さんです。

番組では「プロジェクトデザイン」の視点から対話し、プロジェクト成功の秘訣を探ります。

今回は「発注美学」という観点でプロジェクトデザインのヒントに迫りました。詳しくはPart3に注目してください。

<ハイライト>

1:構想

・どこまで自分で企画してますか?

2:仲間あつめ

・初期の立ち上げメンバーをつのるために何を真ん中においてますか?

3:関係づくりと線引き

・仲間に依頼した後、どこまでを任せますか?

4:変更

・デザインしていたプロジェクトの流れを変えたい時どう舵を切り直しますか?


遠山正道

スマイルズ代表取締役

『Soup Stock Tokyo』や、新しいセレクトリサイクルショップ『PASS THE BATON』、ネクタイブランド『giraffe』、ファミリーレストラン『100本のスプーン』、コンテンポラリーフード&リカー『PAVILION』、海苔弁当専門店『刷毛じょうゆ 海苔弁山登り』、香川県豊島の体験型アート作品『檸檬ホテル』等の運営を行う。

著書に『成功することを決めた』(新潮社文庫)、『やりたいことをやるというビジネスモデル─PASS THE BATONの軌跡』(弘文堂)。


■スマイルズ

⁠⁠https://smiles.co.jp/⁠

■著書

⁠スープで、いきます 商社マンがSoup Stock Tokyoを作る⁠

サマリー

このエピソードでは、スマイルズのCEOである東山正道氏がビジネスの美学やプロジェクトデザインの重要性について話しています。彼のキャリアやアート、教育への関心、さらには新たなコミュニティ活動についても触れられています。東山氏は、スープストック東京を三菱商事の社内ベンチャーとして立ち上げ、その後MBOを経験しています。彼の独自の視点や人生の背景が、ビジネスにおける新たな挑戦のヒントとなっています。

ビジネスの美学
プロジェクト・デザイン・ルーム
プロジェクト・デザイン・ルーム
会社とかブランド自身が作品だと思っている。
スーツとか言葉で生まれた共通の概念みたいなものを共感している。
ワークっていうよりも、仕事と言われているキャンバスみたいなもの。
動言とビジネスっていうのは同じような意味。
プロジェクト・デザイン・ルーム
プロジェクト・デザイン・ルームへようこそ。
この番組では、企業家や科学者、クリエイター、さまざまな分野のプロフェッショナルの原動力に迫って、
プロジェクトを成功に導く秘訣を探っていきます。
ナビゲーターは、Konel 知財図鑑代表の出村光世です。
今日はですね、非常に天気もいいんですけれども、大漢山のヒルサイドテラスで収録をしています。
最近、ふとした出会いから入らせてもらったコミュニティがありまして、
新種のイミグレーションズという変わった名前なんですけれども、
毎月、部費のような形で会費を払いつつ、
集まったお金でみんなで面白いことやっていこうよみたいな、探索するような集まりなんですけれども、
今日はそのスタジオのような、部室のような、多目的のようでもあり、無目的のようでもある、
なんともいい意味で中途半端だなと僕は思っているんですが、
素敵な空間で撮らせていただいています。
実は今日この後に、読書会的なものがあったりとか、非常に楽しい時間も予定されているので、
ぜひ気になった方はまた情報を見ていただけるといいかなというふうに思っております。
本日、今回コミュニティの補給人なのかな、でもある方がお話し相手として帰省くださっているので、
早速ご紹介させてください。
SupSoc東京でもよく知られている、スマイルズであったり、
キャリアの転機
そしてアートステッカーというアプリでも話題を呼んでいらっしゃる、
ザ・チェインミュージアムのCEOでいらっしゃいます、東山正道さんです。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
ありがとうございます。すごいお昼時からこんなワンワンでお話しできるの、めちゃくちゃ嬉しいです。
こちらこそ。
なんかここ数ヶ月ぐらいよくお会いさせていただいてるなというような感じで、
食事に行ったりなんだりということだったんですけど、
こうやって落ち着いて一対一で話すの嬉しいです。
こちらこそ。楽しみです。
何なら結構僕会社15年ぐらいやってるんですけど、ずっと憧れの一人が東山さんで、
今日はいろんなヒントもね、せっかくなんでインタビューしながらやっていきたいなと、
いただきたいなと思ってます。
でもなんか今の気になるな。何で憧れになるんだろうね。
どういうところがいいんだろうか。
これは1個次のパートでぜひ僕深掘りさせていただきたいんですけれども、
すごくキーになるので先にお話ししちゃうと、
スマイルズが結構自分の人生がステージが上がったタイミングとスマイルズができたタイミング結構似てて、
時期が。
状況してきたタイミングっていうのが、ずっと石川県で育ってきてたのが、
急に東京にやってきて、いろんなものが溢れて情報が溢れてって中で、
スープで1本でやってってる、街中にあるおしゃれなと。
まずそういう印象があったんですけど、
それがどういう人たちがやってるんだろうみたいなこととか、
その間にパスタバートンが出てきたりとかっていうことをやってるうちに、
スマイルズのビジョン的なものを描いてるような1枚の絵みたいなものを僕が拝見して、
それがスマイルズのある1日でしたかね。
あの映画もとにかく好きすぎて、
分かったようで全然分かってないような感じがしてるんですが、ずっと気になってるみたいな。
それで会社自体もすごくいろんなチャレンジを続けられてる状況って、
これ一体何なんだろうみたいなことが、ずっとふわふわ自分の中には気になってたっていう。
なんかそれが実態がやっぱり伴って、すごく僕もスマイルズのサービス好きなんで、
憧れに変わってた。そんな感じですかね。
ありがとうございます。
恥ずかしかったです、今の感じで。ありがとうございます。
じゃあちょっと、多分これ聞いてくださってる方は割とビジネスの人の方も多いので、
僕のこと知ってればきっと富山さんのこともご存知の方多いかなと思いつつなんですが、
簡単な自己紹介をまず挟んでいただいてもよろしいですか。
富山さんの自己紹介をします。
大学を出て三菱商事に入社してですね、
10年経った時にこのまま定年迎えたら自分は満足しないだろうなってことははっきりしたかなって思って、
何かしなきゃっていう思いがあって、何したらいいかなと思った時に、
学生時代にイラストとか描いてたので、絵の古典が一つの夢だったかなと思って、絵の古典をやったんですね。
そしたら、それがすごく私にとって大きな体験で、
そこからいろんなストーリーががらりと変わり、今日に至ってるっていう感じなんだけれども、
古典で得たことっていろいろあるんだけど、
簡単に言うと自分で発揮して、自分たちで手を動かして直接表現して、
直接評価を得るっていうことの醍醐味を知ってしまった。
絵の古典5回ぐらいやったんだけれども、そういえばこれは起業も一緒だなと思って、
起業したくなって、リテール、小売とか食とかね、
そういう手触り感のあることがいいなと思って、
でも勝者っていうのはご存じのように一時産業っていうかね、川上のこのものしかないんだけども、
日本ケンタッキーフライドチキンさんが関連会社、うちが大株主だったので、
そこがいいなと思って、私は当時情報産業のメンバーだったんだけど、
ケンタッキーフライドチキンの先店舗に情報を配信するとか、
適当な、適当っていうか何がしかのアイデアを持って、
突進していって、で、何とか出向させてもらって、
でもそんなことをするつもりは1ミリもないので、
で、新規事業みたいなところに片足突っ込みながら、
で、あるときスープのことを寄贈、提案して、
で、プレゼンして1号店ができたと。
それが1999年なんだけれども、
で、そこからはいろいろ新しいブランドをいくつかやったりとか、
で、そうこうしてスープが今年で25年目なんだけれども、
5年ぐらい、6年前かな、
もともとアートがきっかけで始めたので、
もう1回アートに戻りたいなという気持ちになって、
で、ザ・チェーン・ミュージアムなる、
現代アートのプラットフォーム事業みたいなものを、
6年前にアートを込めたという感じと、
平行して先ほどご案内いただいたコミュニティをやってみたりとか、
そこから発生した新種のイミグレーションズBというバンド活動をやっていて、
つい3日ぐらい前フェスに出たりとか。
ちょっと売れてますよね。売れ始めてる感じが。
ちょっと押し売り感、押し売りしてみるといいねって言って、
教育とコミュニティ活動
意外に受け入れてくれるっていう。
ですよね、もともとロッキンだった北地中のラッキーフェス。
ラッキーフェス出てるアーティストさんですもんねって言うとちょっと面白いですね。
ロックですね。
そんなところです。
あと今は大学でも少し時間が空かれたりとか。
女子Bの教授っていうのをやっていて、
新しい競争デザイン学科っていうできたばかりの学科、今3年目。
私も女子Bくんになって3年目で。
大学って夏休みがドーンとあったりするんだけども、
今年は忙しい期間は2ヶ月くらい毎日のように行ったりして。
2時間90分が2コマを週4コマ。
めちゃめちゃコミットしてますね。
それが2ヶ月。前期2ヶ月後期2ヶ月とか。結構なボリュームだよね。
沼さんのクラスは1年通したテーマとか軸みたいなのがあるんですか?
まあそうだね。
1年通した、着想するところ?
その課題解決っていうよりも、自分に何が興味あるのかっていうことに興味を持とう的な感じ。
それ欲しいです、今の自分にも。
前期はすごい大変だから、スマイルズの若手を使って。
スマイルズって新入社員に対して社員が1時間1コマを持って研修をするの。
20人社員がいたら20コマの社内研修制度があって、それが面白いんで、それ外にも売ってるのね。
うちの新入社員と同時に他の会社の人もそれ聞いてるっていう。
それがすごく評判も良いので、それをそのまま持ってきちゃって。
教授も聞きたいスマイルズの授業みたいな感じで、毎回うちの若者が1コマずつ持って、
俺は学生と一緒に聞いてるみたいな感じ。
20個の目線が入ると相当クロスしますね。
一応一つのプロジェクトっていう軸は置きつつ、その中でプロマネーがいたり広報がいたり、
デザイナーがいたりみたいな、それぞれの立場でそれを語るっていう。
なるほどです。ありがとうございます。
なんかすごい今、何回かご質問を分けて反省にキャッチアップさせていただこうかなと思ってたんですけど、
かなり詳細にお話いただけて、よく分かったんですけど、
逆にちょっと語られてなかった分で言うと、少年時代を思い返すとどんな方だったんですか?後山さんは。
どんな遊びしてたとか。
私はね、かなり特殊なんですね。
青山で生まれて、簡単にはずっと遊んでた。付属、小学校からずっと付属できたので、受験勉強とかしたことないし、
高校時代から洋服とかも好きだったけれども、
例えば中学入ってすぐの小学校の同窓会に、
ダンガリーシャツに赤いバンダの首に巻いて同窓会行ったりとか、
かなり目立ってますね。
なんというか、おしゃれなが好きで、そんな人だったかな。
割と今の富山さんを知っていると逆に意外じゃないというか、昔から育ったんですね。
そんな感じですね。
スープストック東京の起源
私はね、そういう意味で言うと、何が特徴かっていうと、あまりないんですよ。何かができるとかね。
港区にずっといて、今渋谷区、この辺りにずっといて、
でもそれって、わざわざ自分で言うのも何なんだが、それは一つの特徴でもあるなと思って、
フープストック東京っていうのはついてるでしょ。
それは割とそんな思いなんですよね。
東京の純粋バイオの価値観みたいなところから出てる感じも。
時代もよかった。私62年生まれなので、ミッドセンチュリーそのもので、
例えば今ここにセブンチェアー座ってるけど、私生まれた家からずっとセブンチェアーだったのね。
で、サーリネンの椅子とか、そういうのがもともとあったのよ。
それは開口的なことじゃなくて、当時60年代だから、その時の新品として普通に家が使っていたものなんですよね。
だから、ミッドセンチュリー的なる60年代のデザインとか、世の中がめちゃめちゃキラキラしていた、
そういうクリエイティブ、今で言うとクリエイティブみたいなものが中心にありながら、
世の中を牽引していったであろうその時代を、もちろん生まれた子供だからね。
その時に直接じゃないんだけれども、でも10代の時にはファッションだ、なんだ、そういうのが好きだったし、
そういう時代もすごくいいタイミングだったんだと思うんですよね。
例えば私が小学校の時に乗ってた、イージーライダーっていう自転車があるんだけど、
後で思うと映画のイージーライダー、ピーター・コンダロー、
それの3年後ぐらいに出た自転車で、こういうチョッパー型の自転車を乗ってたりとか、
もうそういう、あと私が中学に入って、中1の時にポパイの総冠号を買ったんだけど、
そんなのも西海岸的な雰囲気とか、中学生から浴びているっていう。
なるほど。
だからタイミングがすごくよかった。
いや面白いです。ありがとうございます。
そうですね、少年時代から先ほどの三菱商事に入ってのお話も今キャッチアップ。
あとついでに言うと、私父親が小学校の時に亡くなっちゃってるんで、
プレッシャーが何もないっていうか、あと次男。
だからもう超のんびり、ほのぼの一家っていうか、
なんか家族で喧嘩した記憶がないみたいな、
それ何も求められないっていうか、
何でもいいっていう感じだったから、
本当に気楽に過ごせてきたっていう感じですね。
なんか僕も今収録してる史上、一番ゆっくりした時間が流れてて、
心地いいなっていうのが、今日はゆっくりお話ししたいなと思ってます。
ちょっとこのパートで最後、
1個だけ聞くならこれかなって思ってたことが、
スープソックが生まれてから、
スピンアウトをしていくというような流れがあったかと思うんですけれども、
結構それって簡単な決断ではなかったんじゃないかなというか、
割と難しいことされてるようなイメージもあって、
こんなことできるんだって、昔やっぱり学生心ながらというか、
分かって心ながら思ってたところがあって、
新しく始めるんじゃなくて、やっぱりそれを続けていこうというようなところに、
どんなエピソードとかドラマがあったのかなみたいなのは、
少し伺ってみたいです。
MBOの決断
ということで、スープストックを三菱商事の社内ベンチャーで始めたんですね。
それをある段階でMBOをしたっていうことがあって、
それはどうしてかっていうと、あんまりうまくいかなかったからなんですね。
すごく順調だったら三菱商事もそのまま手放さないと思うし、
始めてずっとご評価とか売り上げはこうやって出していけば伸びるんだけど、
利益は出たり沈んだりなんかそんな感じだったんですよ。
親会社の三菱商事からすると、当たり前なんだけど、
親の目線でいうと、もうちょっとこうした方がいいんじゃないとか、
ここは気をつけた方がいいよねみたいなことが、
結構いろいろ監査役が2人3人いたりみたいな感じの、
それであるときちょっと窮屈になって、
じゃあもうMBOしちゃおうかなって。
でもいつも三菱商事の人とパート、
というか自分も三菱商事の人だったから、
でも三菱商事の人に相談できないのかって思ってきたりするわけだから、
誰に相談するんだっけなみたいな。
で、私もともと50点で打ち止めなんて企画誌にも書いていて、
拡大することを主眼に置いてなかったのね。
だから公開するとかそういうことは全然考えていなかったので、
VCさんにもちょっと違うなと思ったので、
どうしたらいいんだろうって。
だからその辺とか、
だから私なりに一応悩みとかそういう苦労とかもあるはずなんだけど、
それでその時とある藤野秀人っていう、
銀友のやり手に朝ごはんちょっと付き合ってもらって相談したら、
そういう時は親戚からお金借りるんですよって言われて、
マジかって思って、
それまでやっぱり企業人だから何とかビジネス的なね、
何かいろんな仕組みみたいなことを導入なんか考えてたんだけど、
あ、そうか、独立するってことはもう個人になるってことだから、
親戚から借金してみたいな、その手があったかみたいな感じでMBOができたんですね。
すげえ。
それでできるのもすごいなとも、もちろん思うんですけど、
確かに、いわゆる本読んでてそこに至りにくい感じというか、
そこがポロッと出てきたのも。
あと、それで三菱小寺の人にもう意を消してそれを打ち明けたら、
あ、東山くんそれが一番いいよって言って。
へえ。
もう毎年三菱小寺でもスマイルズをどう扱うかっていうのが、
毎年みんな担当部局がもうたらえ回しみたいな感じで、
もうどういうところに属していいんだかよくわかんないみたいな会社だったんで、
まあ個人商店みたいな会社だったからね。
それぐらい独自性が高いとか、市場の中にいるだけで相当ユニークだと思うんで、
そうだったんですね。そんなドラマがあったということで、
非常にもっともっとお話を伺いたいなとは思うんですけども、
たぶん人生にキャッチアップしていこうとすると、
それぐらいで映画の尺ぐらいになっちゃいそうな気がするんで、
イントロとしてはこの辺にさせていただいて、
次のパートからいくつかちょっと太いテーマでお話を伺っていきます。
ということでパート1ありがとうございました。
22:11

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