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Project Design Room
東京のこのよく書き立てられるの、八千の方がいいなっていう自分もいて、
僕らが大事にしたいなと思っているのは、本当01の話で、もう開墾の方。
今ってリジェネラティック、再生せざるを得ない、荒れた土地を回復させていかないと農業もできないし、
土地を良くするところを今もまだやっているし。
プロジェクトデザインルームへようこそ。
この番組では、企業家や科学者、クリエイター、さまざまな分野のプロフェッショナルの原動力に迫り、
プロジェクトを成功に導く秘訣を探っていきます。
ナビゲーターは、Konel.知財図鑑代表の出村光世です。
本日、1月の最終日近いですけれども、下北沢の砂箱で収録をしております。
実は昨年、この番組にとってすごく嬉しいことがあって、
あるリスナーの方から、このプロジェクトの秘訣を聞くのはすごくためになるんだけど、
聞くだけじゃなくて、そのプロジェクトの現場に足を運んで、
一時情報として体感したいんだよね、という声を複数もらったんですよね。
それ聞いて、めっちゃわかるって、僕も毎回ゲストの方の話を聞いて興奮してるんですけども、
やっぱり行きたいよなと思って共感をしまして、
まず、実験的に少人数で、この番組で取り上げられたような現場に合宿しに行けないかなっていうのを
企画をしてみたんですよね。
その名もプロジェクトデザインキャンプということで、
1泊2日の学びの旅というのを企画してました。
どこ行こうかなといろいろ考えてたんですけれども、
第18回のゲストで来てくれたのが、建築家の藤原鉄平さんなんですけども、
その回ですごく話題になった、クルクフィールズという場所が東京からもわりと近くにあるので、
すごいぴったりだなと思って、実はそこで実行しました。
これが農業とこの職、そしてアートを軸にした農場ということで、
すごく広大な敷地の中で様々な循環が繰り広げられている、そんな現場なんですけれども、
実験には勝たない最高の現場だったなと思ってます。
そこで本当にいろんな一時情報があって、素晴らしい学びがたくさんあったので、
今日はゲストとしてクルクフィールズの主要メンバーの方をお呼びして、
改めてこのプロジェクトの秘訣ということを振り返っていきたいなというふうに思います。
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それではお呼びいたします、クルクフィールズの佐藤豪さんです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
佐藤さん、お久しぶりです。
お久しぶりです。
お久しぶりですと言いつつ、僕らは軽々2時間ぐらいお茶を吸ってきたという。
お茶を飲んだんじゃなくて吸ってきたっていう。
お茶を吸うという体験をですね、代々木公園付近で、なんか金曜の昼間から。
そうですね。
なんかよくわかんない感じになりましたね。
覚醒してるのか。
覚醒してるのか、緩んでるのか。
なんかすごく面白い、ふわふわした感じで収録をしていくんですけれども。
でも珍しくというか初めて東京でお会いしましたよね。
そうですね。
普段千葉で何度かお会いしてますけれども。
実は今日東京に来てるのもわけあって、このプロジェクトデザインキャンプ開催後初めてのメンバーで再会しましょうっていう。
会ですね。
新年会的な。なんか面白いですよね。まだみんな1回しか会ったことないけど、結構仲良くて。
なんか同窓会っぽい感じが。
なりますよね。それもぜひ聞いてる方もチェックしていただきたいんですけど、表参道にあるコッコクルクですね。
これがキサラ図で撮れた食材だったりも楽しめるよということで。
そうですね。
青山の一頭地ですけど、すごくこの後楽しみにしてるので、ちょっとお腹が空くようにいっぱいおしゃべりしたいなと思ってますということで。
じゃあちょっと改めてクルクフィールズについてっていうお話と、
ゴーさんについての自己紹介もしてもらおうかなと思ってるんですけれども、
ざっくりご紹介したところによると農業と食とアートみたいな、そんなキーワードありますけど、
改めてちょっと初めての方もいらっしゃると思うので、クルクとはみたいなところからお願いしていいですか。
一番困る質問でよく答えるんですけど、
たぶん出村さんも来てもらって、一言で言うならって言い尽くしにくい、何とも言えないミックス具合みたいなのがあるんですけど、
ざっくり言うと農場ですとは言えるんですけど、
じゃあ何々牧場とか何々農場みたいなものと同じように捉えると全然違うので、
僕らも説明困る感じがいつもあるんですが、
場所はキサラ寿司、
赤原に渡ってから15分ぐらい行ったところの里山の中にある、
行くと突然ポツンと出てくるような農場なんですけど、
15年ぐらい前から有機農業を始めて、クルクフィルズとして皆さんが来れるようになったのは6年前。
今はそこに農業をベースにしながら、
楽の養育やりながらレストランがあって宿泊施設もあり、パン屋さんもあってケーキ屋さんもあってっていう、
食を中心とした循環型の施設っていうような感じにはなるんですけど、
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今ので言えたのかというと、
そこにはアートもあったりとか、音楽ライブもやることもありますし、
様々なものが集まってくるような場所にはなってますね。
この質問困るやつだったんですね。
でも絶対聞かれるので答えなきゃいけない質問なんですけど、
万人に一言では説明しづらいなと。
興味持ってきていただいた方に対してその切り口で伝えることはしやすいんですけど。
確かに。
今いろんな要素が出てきましたけど、
言い当ててると思います。さすがって僕らそうだと思うんですけど。
確かに、
ぶちゃくちゃなんだろう、
僕が好きなところ、すごい稚拙な表現ですけど、
めちゃくちゃセンスがいいと思うんですよ、全体的に。
肩の力も抜けてるんだけど、
とてもデザインにちゃんと機微があるし、
でも人工的ではないし、
いるとすごい気分がいいんですよね、
水牛がいたりとか、
水牛から取れるチーズが食べられるようなところもなかなかなかったりとか。
そうですね、今日本で水牛のチーズ食べれるのうちぐらい。
そうですよね、その場でものすごく小さい輪の中で循環が起きてるみたいなことも、
僕は言って面白かったなというところですので、
ぜひ第18回の藤原てっぺさんの回もまた皆さん聞いていただきたいんですけれども、
農業の現場でもあり、宿泊もできたり、
いろんな活動もできるような場所に行かせていただいたんですけども、
郷さんと会うのは3回目、4回目ぐらいとかですかね、
なんとなく。
その中でも毎回違う話が聞いて僕は楽しみにしてるんですけど、
ちょっと郷さん自体の自己紹介、これまでのキャリアだったりとかその辺も含めて、
少しいいですかご紹介いただいても。
そうですね、どこから話すのがいいのかな。
でもどうも僕の見た目とかやってることからすると、
都会じゃないようなところに育ったんかなって思われがちなんですけど、
さっきも渋谷方面一緒に行ってましたけど、
初代、あの辺りが幼少期過ごしてた場所で、
そんなところで育ちつつも親が結構自然のこととか好きだったので、
子供の頃から80年代とかからオーガニックの野菜とかそういうものを選ぶような親の元で育ったので、
子供の頃から好きなこと大事なことあんま変わってないなと。
で、中学、高校、大学とスポーツずっとやってて。
何やってたんですか。
僕はバスケットボールを。
同じだ。ポジションはどこだったんですか。
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僕はシューティングガード、ポイントガードあたり来たり来たりしてましたね。
忙しく戻らなきゃいけないし。
そうでしたか、バスケだ。
割と強い学校でしたがね、県でいつも決勝に行くような感じで、
関東大会準優勝みたいなとこまでは結果が出ましたけど、
部活ばっかやってた、子供時代から。
でも自然も大好きでキャンプ行ったりとかするような生活してて、
そこから高校も大学もアウトドアスポーツ専攻して、
なので高校は週10時間体育の授業があるっていう。変わったから。
今日は2時間カヌーだよ、今日は2時間釣りだよみたいな。
アウトドアっていう括りがまずあるんですね。
ありましたね。
高校の時点の専攻ですよね。
そうですね。
すげえな。
そんなところ行ってて、大学も日本体育大学っていうとこ行ったんですけど、
そこでも野外教育、アウトドアスポーツ専攻っていうので、
そういうスポーツだけの自然よりみたいな方で過ごしてきました。
アウトドアスポーツ専攻めっちゃ気になるんですけど、
普通なんか例えば柔道だけやってますとかじゃないですか。
いろいろなんですか?
僕が行ってたとこはいろいろでした。
いろいろなんだ。
アウトドアスポーツっていうよりは、学校のカテゴリーみたいなことで言うと、
ヨカを楽しむとか、そういうスポーツでもいろいろ、障害スポーツみたいな、
非障害の障害スポーツっていうような方向性の中で、
野外スポーツっていうアウトドアスポーツっていうのを選んでたっていう。
面白い。そんなのがあるの初めて知りました。
そんなのがありましたね。なのであんまり勉強はしてなかったです。
そんなことやって、大学もそういう専攻をして、
最初のキャリアというか、仕事何やってたのって言うと、
奄美大島でガイドをやってたっていうのが最初でした。
そうなんですね。
別に奄美にそれまでめちゃくちゃ行ってたとかでもなく。
なく、ただ大学4年生の時にご縁があって、
大学の教授が向こうと繋がりがあって、子供たちのキャンプみたいなのをやろう、
みたいなことで行ったのがきっかけで、そこからもう
ここに引っ越して仕事をしていこう、みたいな感じで。
いいですね。
移住して、地区120年くらいのお化け屋敷と言われてた小民家を自分で
よなよな改装して暮らしてたっていうのが社会人1年目っていう。
そうなんですね。
23歳ですごい珍しい暮らしを。
ワイルドですね。
最近だったらあるかなと思うんですけど、20年以上前だったので、珍しいかもしれない。
そこからスタートしたんですね。
そこからスタートですね。
ガイド。
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ガイド、だからもうほんと自然の中に入っていって。
そうですね、なんか皆さん旅行とか行くと、空港に着いたらホテルの人がこう
看板持って、何々様みたいなのをやって、
車に一緒に乗ってチェックインして、
今日どこで遊びますか、何のツアー参加しますか、みたいなことで一緒に島を巡るっていう。
カヌーやったりトレッキングやったり、双眼鏡持ってどこどこ行ったり。
そんなことやってました。
そこからどういうふうに発展していくんですか。
そこから、そもそも子供の頃から環境問題とかそういうのが興味があったんで、
そういう選択をして、なるべく僕どっちかっていうと若い頃はDJやったりとか、
そういう夜遊ぶみたいなこともしてたので、そんな自分もいるけど、
東京のこの欲をかきたてられるの嫌だな、自然の方がいいなっていう自分もいて、
その中でもう東京にいると煽られちゃうので、もう越地に行こうみたいなことで向こうに選択していって、
でもこの隠居生活してても、人に影響与えられるのも毎日一組二組みたいなことが限界あるので、
そこからちょっと違う形でもうちょっとエネルギーを使っていきたいなっていうところから、
想像できたのがパタゴニアっていう会社が僕の中ではパッと浮かんで、
パタゴニアで働くから辞めますって言って、当時向こうを引き払って出てきて、
戻ってきて東京神奈川の方のエリアでパタゴニアに就職を返ってきて、
2週間後には入社できてましたね。
なんかすごいスピード感ですね。
そうですね。
パタゴニアってそういう巡り合わせで色々面白いんですよね。
パタゴニアで10年くらい働いてました。
僕もよく店舗に行ったりとか物を買ったりとか食べ物を買ったりとかしますけど、
パタゴニアで働くってやっぱり一般的な人からしてみると、
この店頭に立っている方のイメージが強いと思うんですけど、
どんな仕事があるんですか?パタゴニアの中で。
僕はお店にいたので、基本はお店に行って出会うスタッフの人と同じことをやってたのはやってたんですよ。
接客をするということはやってたので、商品を勉強し、
その良さとか使い方を一緒に考えるような定員をしながら、
担当はビジュアルマーチャンダイザーっていってディスプレイを作る。
今月はこういうのがプッシュだよみたいなのが会社としては出てくるので、
それをマーチャンダイジングする担当の人が、数字を見ながらこうだこうだやりながら、
でもそれを売り場でどうやって表現するの?ということを表現する側が僕の担当でして。
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そこでしたか。なるほど。そこで過ごされた後、クルクに。
意外とその先もまだまだあって、長いなみたいになっちゃうんですけど、
その後はこのままでいいのかなっていうのも10年ぐらいって思ってたので、
ちょうどその時にいろいろテレビだったり本だったりで、
職の方に関心を持って見てたら、福島屋っていうオーガニックとかに強い都内にあるスーパーがあって、
そこの会長さんがいろいろメディアに出てて、この人面白い人だな、会いに行こうと思って、
もう自販パンで会いに行って、そこで一緒に働いてみようって。
1年ぐらい働いてましたね。
飛び入りますね。
飛び入りますね。
でもなんか僕の中では割と普通にそういうことをしていて、
今までもあんまり利益書とかちゃんと出したことなくない?みたいなのはあるので。
確かにコウさんね、これ音声なんで見た目が伝わりにくいですけれども、
コウさんが急に来たら、ちょっと一緒に働きたくなる気持ちは分かります。
本当ですか。
そうなので、そんなのでスーパーにいたこともありますね。
その後、ちょっと子供が生まれたタイミングとかもあって、もう会社辞めますと。
会社勤めだと子供と時間作れないから、独立しようみたいな。
でも別になんか独立するあてもすごいあったわけじゃなくて、
自分で趣味でやってた革大工、レザークラフトのブランド立ち上げて、
それで食っていこうみたいな。
それ5年ぐらいやってましたね。
続くんだ、それもすごい。
5年ぐらいやって、ちょっと違うプロジェクトとかも仲間とやったりとかしながら、
5年あってクルクフィルズにそこで出会って感じでしたね。
あまり計画性が感じられないぐらい人生の楽しさとして感じるのがいいなと。
そうですね。ただ何か振り返ってよく思うのは、何かこう波が来たぞみたいな感覚はあって、
このままここにいたらまずいかもとか、この人と一緒に働きたいなとか、
AかBかこっちかもみたいな感覚が何となく自分の中ではいつもあるって感じですね。
嗅覚みたいな。
嗅覚みたいな。合ってるかどうかわかんないですけど、僕の中では今これで良かったと思ってます。
いいですね。
うちにも結構いろんな特殊なというか、面白いバックグラウンドを持っている人いるんですけど、
すごく思い出されるような人もいて、ほんと急に来るんですよ。
今のところ辞めようと思ってるんだけどって。どうしたんですか、すごい嬉しいですけどどうしたんですかっていうと、
あんまり具体的なことが出てこずに、何か呼ばれてる気がしてるみたいな。
虫の知らせがみたいな。
例えば僕のブログを読んでくれて、何かそれだと思っちゃったんだよねみたいな。
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あんまりその先を考えないような出会いとか再会とかそういうのっていいことが多いですね、やはり。
なので、結構就職活動をしてる人の悩み相談とかもよく受けるんですけど、ちょっとこれ聞いてほしいです。
ちょっと教科書には載ってなさそうな感じですかね。
だし、なんとかなるみたいな楽観もすごく人生には重要な気がしていて。
なかなか日本で死なないですよね、とかも。
めったにね、ちょっといろいろ心配なニュースありますけど、でも世界中見回したら明らかに。
そんなこともあり、クルクにたどり着いたわけですけど、今はクルクの中ではどんな役割でとか、どんな一日過ごしてるんですか。
絶賛今は仕組みを作ったりとかいう側が多くなってるので、パソコンに向き合う時間も多いんですけど、それで何やってんのっていうと、
文化情勢とかカルチャーを根付かせていこうっていうところを担わせてもらってるっていう感じですね。
あとはなんか僕らも大事にみんなしているのは、現場を持っているっていうことを大事にしていて、
うち代表が音楽プロデューサーの小林たけしって知ってる人もいるかもしれないですけど、
小林が言うのはやっぱり音楽家としていつも音楽をしている。プロデューサーだから音楽知れませんみたいなことでは全くないですし、
やっぱりいろんなことをやることで生まれるものはあるんだから兼ねるべきだみたいな話をよくするんです。
なのでやっぱり僕も何か一つっていうよりは、自分の得意なこといくつかやったり関心があることをちょっとやってみるみたいなことが自分も成長するし、
なので僕なんかも他のスタッフもそうですけど、現場を持ちながら全体の話を仕事をするみたいなこともあるんで。
僕自身は来ていただいたときにも出村さんに宿泊のほうの担当もしてましたけど、
めちゃめちゃしていただきました。
泊まった方に場内を案内して一緒にお野菜とってみたいなことは大体いつもちょうどこのぐらいの時間。
3時から夕方ぐらいまでそんな過ごし方をしてて。
それ以外はいろいろスタッフとの人のことですね。
人のことをいろいろ考えたりお話したりとかっていうことが今は多いですね。
それはすごく今ちょうど自分の会社の組織構造みたいなことを考える時間が多いんですけど、
ともするとじゃあ誰々はマネージャーだから、マネージメントに全力を尽くしてもらうべきなのかみたいな、
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教科書的にはそういうことが書かれてるようなことも多いんですけど、
全然一個である必要がないなみたいなのは今みたいなお話からもやっぱりあるし、
特に何か物を作っていたりとかする人からしてみたら、やっぱり現場感覚がないと嫌ですよね。
それが好きで来たはずなのにみたいなのもあるから。
なんだろう、郷さんが教えていただいた中で言うと、
クルクってまず想像していただきたいんですけど皆さんに。
すげえ広いんですよ。僕行って広ってなったんですよ。東京ドーム何個入るんだみたいな感じになっていて、
の割に何か働いてる人の数が少ないとか人口密度が低い感じがするんですよ。面積に対してですよ。
何でだろうって言った時に確か何か一人何役もされてるみたいなお話が確かあった気がして、
ちょっと通ずるところありますか?
そうですね、全員が複数やってるわけじゃないですけど、もしかしたらビジネス的な目線でも全部担当つけてって言ったらこんなに人必要ってこともありますけど、
そういう目線でそうしてるわけではなくて、やっぱりいくつかやる。
こっちを見てるからこっちがよくわかるみたいなことが起きるので、特に自然相手だったりすると。
なので割と川上から川下まで別じゃなくて、一人の人が管理するというよりはちゃんと見えるところにいる。見に行くこともできる。
で、見に行っても誰かが怒るわけでもない。
だから牛の糞の処理をする人もいれば、でもその同じ人がもしかしたら店頭で物を売ることも、最終消費者と顔を合わせることもあるかもしれないしっていう、
そのバランスはすごくあっきもこなそうだし、最初お金払ってくれてる人がこういうこと言ってるからここめっちゃやっててよかったなとか色々気づきありそうですよね。
そうですね。農業がベースにあるので百姓みたいな言葉があるじゃないですか。そういう感覚に近いのかなとかっていうのはあります。
百姓だ。百姓って100個ぐらいやることあるということですよね。
そうですね。
日本語すごいな。
昔の百姓の百とは到底一緒ではないなと思いますけど、一緒な部分もありながら僕らなりの何通りみたいなことがそこにはあるんだろうなっていうのはありますね。
確かに結構その、いろんなスキルを兼ね備えた人がいるよみたいなことを、実際そうなんで特徴として伝えるんですけど、百姓はもともと最強かもしれないですね。
そうですね。やんなきゃならないみたいなところもあると思うんですよ。誰かに頼めるわけじゃないし、そういうの自分の家のことは自分でやりますって言ったら、
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主婦の方もそうですけど、家にいたら一個じゃなくてやっぱ掃除もしてなきゃとかご飯も作んなきゃみたいなことで言うと、農家さんも色々自分でやんなきゃっていうことはもともとあったんでしょうから、
それを僕らなりに一個じゃなくて複数やることが、場合によっては働く側も豊かさにつながるかもねっていうのはもともと思い描いているものではあるかもですね。
面白い。百姓の方に色々やっぱり学ばなきゃなって思うこともたくさんありますが、クルクのことについてもう少し体系立てて聞く時間にしようかなと思っているんですけど、
まさにちょっと後編でキャンプの話はしていくんですが、1泊2日の中で1日目結構学びの時間も取りたいなと思って、僕がクルクさんにお願いしたのが、いわゆる01という、
どう立ち上がったんだっていう話と、一銃っていうのは割と軌道に乗るまでのストーリーというか、あとは未来の銃から無限大というか、これからどういうビジョンなんでしたっけっていう話を来てくださった方々と一緒に学んでいったっていう感じだったんですが、
その辺り少し振り返りながらやっていけたらいいなと思っていて、改めて小林さんのお名前も出たりはしたんですけれども、始まったのが先ほどおっしゃってた10年以上前ですよね。
その時の出来事ってどんな感じのハイライトなんですかね。
僕らがいつもそのヒストリーを話す時にトピックに挙げるのは、僕はその瞬間一緒にいなかったんで分かんない部分はあるんですけど、小林が911を間近に感じて、そこがきっかけでいろいろ考え始めたっていうのが一番スタートに。
もともとその前からあったのかもですけど、それが大きな出来事だったっていうふうには言ってますね。
確かにショッキングですし、僕はまだ地元にいたんで、たぶん高校生の頃とかだと思います、自分が。
それでもめちゃくちゃ覚えてますね。
あそこまで遡るんですね。
で、なんかこう、このまま行くとやばいぞっていう直感みたいなものから、資本主義ってこのまま行くとどうなんだろうっていうのが元にあって、
そこから音楽でAPバンクフェスみたいなことをやって、アクションはいくつか他にもあったんですけど、クルクフィルズとしてはその延長上にあって、
やっぱそこを中心としたこれからのあり方をあの場に作っていこうよ。
東京っていう資本主義を表すようなこの世界中で見てもでかい街の近くでそういうことを体現していくっていうのがあの場所に必要じゃないかっていう。
なるほど。で、場所がキサラズだったんですね、そこに。
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そう、なのであのキサラズ一択だったわけじゃなくて、いくつか東京から近いところを見に行ったっていうふうには聞いてます。
ただご縁あってキサラズになったよと。
すごい、なんか確かにアクアライン降りて15分ってめちゃくちゃアクセスいいんですけど、
ほぼクルクの領地に入ると他に何も目に入ってこないような感じになるから、すごい場所ですよね。
なんか偶然、それも偶然なんですけど、だからここにしようみたいなことはなかったようですが、
窪地になってるので外の世界があんまり見えず、唯一見えるのは東京の夜景みたいな。
はいはいはい。
あの止まったところから見えたと思うんですけど。
夜、焚き火してたらスカイツリーと東京タワー両方見えましたもんね。
見える、そうですね。
なんであれだけポコンと見えるのか、うちの代表とも話すのは、
それを予定してたわけじゃないけど、こういうコンセプトで僕らが動き始めて、
で、止まってあの景色が見えるっていうのは、皮肉っぽくもあるけど良かったよね。
まあ確かにあそこから来たんだなっていうのが分かるし、
あそこにもちろん戻ることにもなるから、なんかこう単純な逃避とはまた違う。
そうですね。
エスケープ感だけじゃない感じはありますね。
そうですね。
いや面白いな、なんかそうやって始まって、しばらく皆さん、
要はその一般開放されるまでの時間っていうのは、結構ガチ農業。
ガチ農業ですね。10年近く農業をやって。
いやすごいですね。別に農業のプロの人が始めたわけじゃないですもんね。
最初は地元の農家さんにも協力いただいて立ち上げましたけど、
最初のメンバーは、それこそ東京で前身の会社がカフェとかレストランやってたところのサービスやってたスタッフが、
今の農場長だったりとかするので、本当に教えてもらいながら。
場所としても事業としてもゼロイチだけど、その中に働いてる人もゼロから。
そうですね。ゼロからっていう人が多いです。
すごい。
今でこそサステナブルって当時からオープンしたときは言ってましたけど、
今ってリジェネラティブっていう言い方もみんなが聞くようになってきて、
僕らは当時から再生せざるを得ない、荒れた土地を回復させていかないと農業もできないし、
っていうことを土を良くするところを今もまだやっているし、
っていうところからのスタートです。
そっか、別にめちゃくちゃ今すぐ作物が採れる状況のスタートじゃなかったんですね。
なかったですね。
もともと牧場の跡地で、もう10年20年と放置されてた場所だから荒れ地になってて、
なんなら東京の開発の残土受け入れもした経歴もあって、
良い土じゃないので、土作りからっていうと、
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本当に今ようやくいろいろ揃ってきてはいますけど、最初は思うようにならなかったっていう。
すごいですね。
普段ビジネスの世界にいるとあらゆることが長くても1年っていう単位で決算が切られたり、
そこで納税したりとかしますけど、
自然の回復の速度って別にそれとマッチしてこないですもんね。
こないですね。
だからちょっと待たなきゃいけないみたいな。
でもいつ来るかも教えてももらえないっていう。
確かに。取れたところでそれが美味しいかどうかって。
分かんないですもんね。
それでガチ農業機関が結構。
結構あって、そもそも人が来てくれる場所っていう構想はあって、
なので10年近く農業やっていて、そこからオープンに向かっていったので、
今プルクフィルスはオープンして6年経ちますけど、農業は15年近く前ですよね。
でもなんかちょっとガイア的な意見ですけど、
よく我慢しましたよねというか、やっぱり人入れたくなっちゃいそうな気がするというか、
やっぱりそれだけ農業ですぐにビジネス的な成果が出せないってなると、
余計に頼りたくなるような気もしますけど、
そこがなんかちゃんと順序立てられてたっていうのは。
そうですね。ただ10年はやらないみたいなことじゃなかったようなので、
いろいろやっぱり周りの状況とか集まる仲間とかっていうのも、
自然に動いていく中で今だというようなことはあったようですね。
確かになんかさっきのゴーさんの食歴じゃないけど、
あんまりこう何年まで何をするみたいな、
それこそね、投資家がいてベンチャーキャピタリーがいてとかってなると、
約束もしないといけないけど、そうではない緩やかなというか、
なるほど、そういうことだったんですね。
でも6年っていうとめっちゃコロナですよね。
そうですね。なのでようやくこの1,2年でまともななんか、
まともとも言えない気はしますけど、
通常のシーズンを迎えているような、
僕らオープンした2019年かあの時は、
僕はまだその時いなかったですけど、
台風が来たりとか、いろいろそういうハプニングがありながらオープン迎えて、
でコロナになって、
ハプニング続きみたいなところが。
本当地球と付き合うってそういうことですよねみたいな。
そういうことなんで。
そんな中で、でも今ようやく日常を取り戻したというか、
いろんなことを実践してやってみようみたいなことはやってますけどね。
本当は僕は今回学びの場として場をお借りしたっていう側面もあるんですけど、
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いわゆる宿泊施設としても僕はすごくいろんな方にお勧めを実際していて、
ぶっちゃけその宿泊のキャパって何人しか結構少ないですよね。
2箇所ちょっとコンセプト違いで、
タイニーハウスというトレーラーハウスの方と、
コクンというビラの方で、
でもコクンの方が7部屋。
もう1個の方も6部屋で、
春に向けてちょっと部屋増やすので9部屋になりますけど、
でも言っても50人は全部では入れないので。
あの敷地に対しての人数比で言うと、
めちゃくちゃいい意味でリッチな体験ができるので、
僕はすごく好きなんですけど、
それもやっぱり複数の事業がコンポーネントになってるからできるんじゃないかなと思うところもあったりして、
宿泊でものすごく売らなきゃ売らなきゃってなってくとまた違う景色だったんだろうなって思っていて、
その辺はまさに藤原てっぺさんが出てくださった回の時とかもすごく教えてくださったので、
ぜひまた振り返って聞いていただきたいなと思うんですけど、
これからで言うとどうですか?
今、宿泊とか食事とか農業の方も出してそういった体験学びみたいなのがあるんですけど、
どうなっていくんですか?これから。
そうですよね。
拡張していくんだろうなっていうのはあるんですけど、
とはいえあの土地で農業をやってるのがベースで、
その恵みを感じにいくっていう流れで考えると、
畑の面積と太陽の光の量とお水がとかっていうことを足していくと、
もう出てくる野菜の量とかって限界あるじゃないですか。
確かに。
それに合わせてやっぱりサービスをしていくので、
頭打ちというかそれ以上にするとやっぱり僕らのスタイルが崩れていくので、
大量にもっと人来ても食事足りない、もしくはどっかから仕入れなきゃみたいなことになるので、
そこの限界というか、やりたいことの限界みたいなことは起きると思うんですけど、
これからはやっぱりいろんな人来ていただいて、
来ていただくだけじゃなくて、僕らは今度どこかに、
今日見た東京に来るとかいう形で、
何か僕らが思っていることを伝えたりとか、
何かクルクフィールズっぽいことをやりたいんだよねっていう人と出会えれば、
その人のところに行って、一緒にそれを実現に向けてやらせてもらう。
あとは落ちるフェーズがそろそろ見え始めたみたいな感じはあります。
確かに。
いわゆる旧式の資本主義っぽい考え方で言えば、
それって強豪他者に当たりそうな人たちですけど、
そうやって独占していくっていうよりは、
みんなにノウハウをちゃんとシェアしていこうモードですもんね。
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そうですね。
未来を良くしたいねっていうところからスタートして、
資本主義このまま大丈夫かなっていうのもありながらなので、
良くするために強豪他者どうのって話じゃないじゃないですか。
切れ事だみたいな話あるかもですけど、
でも本当にそれやろうとしているので、
あんまりなんかライバルっていう感覚があまり起きないですね。
でもいいですね。
何かそういうふうに考えると、
じゃあクルクに相談していいってことですもんね。
言ってみたら。
そうですね。
できるできない置いといて、
まず何か可能性あるかもって思ったら、
トントンと叩きに来てくれれば。
ぜひまず泊まりに来てほしいですね。
まずは。
それだったら確かにいたな。
具体名はちょっとあれですけど、
ヤンプ来てくれた人の中に、
ここ5,6年ぐらい頭の中でずっと描いてたことが、
もうここにあってびっくりした。
それが、じゃあやめようじゃなくて、やっぱりやりたいって返ってったから。
嬉しいですね。
あの感じはやっぱりすごくいいなというか、
そんなことが起こっていくといいですね。
そうですね。
なのであのキャンプもいろんな人と僕らとしては、
出会えるかもしれないけど、
あの場でやっぱり出会えたのは大きかったなっていうのは。
よかったです。ありがとうございます。
じゃあそのたっぷりというにはまだまだ時間が足りませんけれども、
概ねどうやって始まってこれからどうしていきたいかみたいなところは、
今前半のほうでお話が聞けたので、
後半ではそのキャンプの振り返りをまた時間を取らせていただければと思います。
まずパート1はこちらで以上となります。
ありがとうございました。
ありがとうございます。