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2024-04-19 16:33

♯7「日本リサーチ編 まちの保育園」

地域全体に開いた地域全体で子供を育てようという保育園の立ち上げを行う。大人が何か教えるのではなくて子ども達が自分で興味があることを自分で探求して自分がやりたいことが作られていき、必要であれば仲間を集めて実行できるような人間が育まれる場所を作ったという話。

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こんにちは、近藤ナオです。
近藤ナオという生き物、今日は第7回目をお話しさせてもらえたらなと思っています。
このポッドキャストがどんな話をしているかというのは、第1回から第4回で、ダイジェストで話しているので、
概要に興味がある方は、まずそこを聞いていただけたらと思うんですけど、
今日はリサーチ編の日本編というので、第5回、第6回で山梨の山奥でやったNPO法人の話だったりとか、
東京の渋谷の街中でやってきた渋谷大学でNPOの話をさせてもらっていて、
今日はまちの保育園というプロジェクトについて話をさせてもらえたらなと思うんですけど、
まちの保育園というのは保育園です、ただのじゃないですが、
めちゃくちゃ簡単に言えば、地域全体に開いた、地域みんなで子どもを育てようみたいな感覚の保育園って説明を、
本当に時間がないときはざっくりするんですけど、本当はなぜ地域に開くかというと、
子どもたちに100の言葉を教えるっていうことを大事にしていて、
もうちょっとだけ前提から言うと、まちの保育園のコンセプトは将来、
先生たちというのが運営に関わる人とか大人と言われるような人たちが何かを教えるのではなくて、
子どもたちが自分でやりたいことを自分で考えて探求して、
自分の興味があることをいろんな方法で探求して、そこをきっかけに自分のやりたいことみたいなことが作られていき、
それを必要なら仲間を集めて実行していくみたいな、
人間が育まれるような場所を作りたいなと思ってやってきています。
その上で地域全体の人たちに関わってもらいたいなと思って地域に開いたっていうような部分はあるんですけど、
それをやるためにまず100の言葉を子どもたちに教えたいなと思っていて、
100の言葉っていうのは例えなんで、100種類のいろんな表現みたいなことに出会う機会を作るっていうのを大事にしていて、
例えば普通に言葉をしゃべるとか、歌ってみるとか踊ってみるとか、
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そういうのもあるし、例えば粘土とかで何かを表現する、絵を描いてみる、料理っていうのかな、
料理をするっていう表現もあるし、盆栽みたいなことで、何でもいいんですけど、
自分が何かを表現したりとか探求する上で向いているものが何なのかっていうのを早いうちに知ると、
それを使って自分の興味あることに対して向き合っていけるんじゃないかっていうのが僕らの考え方で、
やっぱり保育士の人たちっていうのはそんな100種類の分野のスペシャリストでもないので、
いろんな分野のスペシャリストに関わってもらおうと思うと地域の人たちに声をかけまくって、
地域の人たちに保育園に来てもらったり、地域に出向かせてもらって、
その人たちがやっている表現手段みたいなのを見せてもらわないと、
子どもたちが100の言葉に出会う機会がないなと思って、
そんな形で地域に開いている保育園で、それを分かりそうだな。
ネーミングを考えるときもめちゃめちゃストレートに町の保育園という名前でもいいんじゃないかなと思って、
そんな形でスタートした新たな僕の中でのリサーチプロジェクトですね。
地域に開くのも面白かったけど、やっぱり0歳児から6歳児の子どもたち、
何百人の子たちと接するということ自体が、そこに伴う親御さんたちがまず関わってきて、
そういうのもめちゃめちゃ面白かったですね。
それを15年ぐらい前かな、2010年ぐらいなのかな、ちょっと細かくは忘れちゃったんですけど、
それを今、町の保育園というのは保育園の名前で、
それをやっているのは株式会社のナチュラルスマイルジャパンという会社で、
そこの代表の松本利月というのと僕が出会って、一緒に新しいコンセプトの保育園を作ろうみたいな。
でも1個だけ私立の保育園を作って、学費が高くしてもやっぱり一部の人しか来れないから、
認可保育園という形で、公正労働省の認可をもらった保育園で、
本当にお金のない人とか、母子家庭の人がお金ないという表現はあれですけど、
そういう方々だったりとか、一人親の家庭だったりとかお金のない方も来れるように、
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なんとかして認可を取っていくっていうのを、
当時30前半の人間が立ち上げた新しい株式会社が、
行政から許可をもらって認可保育園を始めるっていうのは、
なかなかハードルが高いことにチャレンジしたなという感じでしたね。
初めてすぐいろいろわかったのは、
補活っていう言葉を聞いたことあるかもしれないですけど、
保育園に入りたい人たちが保育園に入るための活動をするみたいなのを、
たぶん補活って言ったりするらしいんですけど、
ああいうのも、点数が高いと早く認可保育園に入れるんですよね。
一人親家庭だと何点とか、収入がいくら以下だと何点とか、
一人親じゃなければ夫婦共働きで収入もこれぐらいとなると何点みたいな、
点数が多い人たちから順番に席が回ってくるっていうか枠が回ってくるみたいなのが、
選択の方法なんですけど、
実際、保育園をやってもらう側の業者選びも点数制度なんだっていうのが、
いろいろ動いてみて意味が分かってきて、
東京だけじゃないですけど、福岡だったり大阪とか京都とかでも、
やっぱり都市部で最も点数が高いのは、
土地が確保できているかどうかっていう、
やっぱり保育園とかって別に収益性の高いビジネスモデルじゃないので、
なかなか土地の確保が難しいし、
東京とかだとマンションの中の椅子を保育園にしたような、
いつ外で遊ぶの?みたいな。
すぐ近くに公園があったとしても、公園に行って30分1時間遊んで、
そこで活動は30分1時間で外で活動して、
例えばすごい大きな山を作りたいとかなったときに、
1日1時間で公園、外の公園で作ったら、
それをゼロに戻してまた帰ってこなきゃいけないというか。
なので、外での遊びっていうのはほとんど長期的にはできないみたいな状況で、
東京で園邸が持てるレベルの土地を確保して保育園をやれるっていうのは、
めちゃめちゃ加点が高かったんですよね。
なので、そういう地主を探すっていうのが、
僕らがスタートした着目点だったという感じですね。
その中で偶然一番最初、東京の練馬区の小竹向原っていうエリアに、
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300坪ぐらいだったかな、ちょうどサラチの土地を持っている方がいて、
その人と出会って、その人が偶然おじいちゃんからその土地を引き継いだっていう形で、
そのおじいちゃんが300坪以外のエリア一帯っていうか、
道と道と道の間の土地、何千坪ぐらいの土地を持っていて、
そこにそれを全部相続したのかな、親族たちなのか、
ちょっとごめん、細かく忘れちゃったんだけど。
マンションとかもちろん建っていて、その敷地の中には。
その300坪の空き地にもマンションを建てるのが一番収益差が高いんだけど、
おじいちゃんが死ぬときに、地域のためになるようなことのために、
いろいろ土地を使っていきなさいみたいな、ざっくり言うと、
言われたっていう遺言みたいなものがあって、
そのおかげで、引き継いだ事務士の方は、
そこに保育園を作るっていうのは、地域にとってすごいいいことなんじゃないかっていうのを共感してくれて、
東京23区の中に、まさかの300坪で延定付きの保育園を作る機会をいただいて、
それで練馬区に話しに行ったら、この時代にそんな保育園作れるっていうのはとてもすごいことだから、
ぜひやってくださいみたいな感じで、僕らに、
細かく言うと、認可を下したっていうか、東京都23区は、
東京都認証保育園っていう、東京都が認証するっていうスタイルがあって、
東京都の方から補助金を出しながらやっていくスタイルがあって、
まずはその認証保育園っていうので許可をもらって、補助金をもらったので、
お金の稼ぐのが苦手な方とかでも来やすい保育園がスタートできました。
そこから順番にその保育園も、なかなかまた業界では注目されて、
その後、森ビルさんっていう不動産デベロッパーが六本木1丁目に建てた、
虎ノ門ヒルズだっけな、っていうでかい建物の中にマンションというかいっぱい人も住むし、
1階に認可保育園を入れたいっていうのを港区と話をつけてくれてて、
港区からはじゃあどうぞみたいな。
事業者はぜひ町の保育園を入れたいみたいなことを言ってくれちゃって、
まさかの2軒目に向こうから認可保育園がやってきたみたいな形で、
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2軒目を港区に開いて、その後、吉祥寺っていうところとか、
原宿にある代々木公園の中に渋谷区が認可保育園を作ったんですけど、
それも事業者として採択されて、直営が5軒か6軒ぐらいですかね。
プラス、日本中で同じようなモデルをやりたいっていうところもまた声がかかったので、
そういうところに対して立ち上げのサポートをするみたいなことが。
町の保育園のプロジェクトも立ち上げの2年、3年間ぐらい関わって、
流れに乗ってきたので、僕自身は離れちゃったので、
今はどうなってるかっていうのは分からないんですけど、
最初の1年とか2年っていうのは、子どもたちに何か教えるではなくて、
子どもたちが興味を持ったことに対して、その興味を探求できるようにサポートするっていうのが、
その頃までの既存の保育士だったり、小学生、中学生、高校とか見てても、
日本で教員免許を取った先生たちっていうのはなかなか難しくてできない人が多いなって中で、
なんとか日本中とか海外からも、僕も知り合いのツテを使って、
そういう保育ができる人を呼び寄せたりもしたんですけど、
最初のうちは人数も足りなかったというか、僕はイメージできてたので、
僕自身も週に1回ぐらいは保育に入ったりとかしながら、
そういう体制をやっぱり口だけで言っても分かんないことが多いので、
でも何人かで振る舞い方とかを見てると、
そういう感じでいいんだねって言って、イメージできて、
真似できる保育士さんとかも出てきたりもするので、
そういう形で僕自身も保育に入ったりとかしてやってました。
その時に、さっきの0歳から6歳の子どもたち、
何百人ぐらいだろう、いろんな人と接してて、
世に魔の2歳っていう言葉があるんですけど、
1歳から2歳ぐらいになってくると、自我が芽生えてくるんだけど、
力の加減が分かんないっていうか、
思いっきり手を振りまくったり、物を投げたりとかして、
加減が分からないので、それで相手を怪我させちゃったりとか、
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傷つけちゃったりすることがあるから、
全部異年齢保育で0歳から6歳が一緒に暮らしたらいいのになと思ってたけど、
2歳だけは聞き放しとかないと、
あ、めちゃくちゃ危害を加えるんだみたいなことを、
大量の子どもたちを見ることで、本当なんだなっていうのが分かったり、
その魔の2歳を超えてくると、3歳、4歳、5歳、6歳とかは、
同じ教室の中で活動してても、趣味思考で繋がり合ったりとかしていくし、
そのタイミングで、
幼児教育だったり、小学生、中学生の教育にすごい興味が出て、
めっちゃ色々勉強したりしたなと思うんですけど、
その先の話はまた次回話そうかなと思います。
ありがとうございます。
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