のほうがいいなー。
あー、たまにラーメン屋とか行くとトッピング別皿でっていう人おるけど、同じような気持ちなんやろうなたぶん。
うん、とかなんかあと飲み物で流し込むとか、例えば何か食べながらこの味を保ったままビールで流し込むとかがうまいみたいなこと言う人いるやんか。
ありますね。
もうそれもなんか俺の中ではめちゃめちゃ気持ち悪くて無理やねんな。
そうですよね。いやそういう人やっぱ僕の身の回りシャークさん以外にも結構聞くんですけど。
あ、ほんと。
でもなんかこの料理を作るときにこの情報量多くしてしまうみたいな、僕の中にある癖って。
いろいろたぶん理由があると思うんですけど、なんか一個はたぶんシンプルにいろいろ混ぜる行為がおもろいっていうのがあるんですよ。
これ混ぜたらどんな味するんやろみたいなワクワク感もあるねんけど、やっぱ僕の中でずっとこの情報量多くしてしまうっていうことによる失敗をね、結構これまでしてきてるから。
今回はちょっとこのあたりについて、なんでこういう悪癖が生まれてしまったのかっていうのを考えてみたいなっていう回でございます。
うんうん。
この番組心のすなじは様々な文化や日常の築きをヒントに考え続けることで、言葉の記憶装置を目指す教養バラエティ番組です。
私寺田です。
シャークンです。よろしくお願いします。
ということで本日も始まります。心のすなじ。
だからほんま見た瞬間俺ランディ・サブエイジみたいになってますね。
あんまおらんけどね。派手さの引き出しにランディ・サブエイジしてますね。
ランディ・サブエイジみたいな。
でやっぱ天竜とランディ・サブエイジの試合も見るよね。流れると。
心のすなじ。シャークン。
はい。ということでまあちょっとオープニングでは料理の話をしたんですけど、
同じくこの作るっていう行為で、僕が結構昔からやってることとして、曲を作るっていうのを僕中学生ぐらいからやっているんですけど、
中学の頃はバンドオープン出たんで、主にその中学生同士のこのバンドメンバーに書いてきた曲を聞かせるみたいな機会があって、
まずはこのギター1本と僕のボーカルで聴いてもらってどうみたいな瞬間があるんですけど、
なんかその時に結構覚えてるのが、一回このドラムをやってたね、友達と、
おこうね。
2人きりで、補足ありがとうございますと、まあおこうですよ。
おこうっていう友達とね、2人でいた時にその弾き語りで曲を聴かして、
それバンドでやろうよってなって、残りのメンバーが2,3人ほど来て、同じ曲を弾いたんですよ、弾き語りで。
そしたら、ちょっとイメージわかんなあみたいなことを言われて、
なんかどういう風に作ればいいかわからんなあっていうすごく微妙な反応をやったんですよ。
おこうがどうそれにドラムを叩いたらいいかわからへんっていうことやな?
多分、僕の頭の中では、ここにはこういうギターのリフが入ってるとか、ここでドラムのフィルインが入ってっていう音が僕の頭の中で保管されてるんですよ、弾き語りしながら。
やけど、それが当然他の人には聞こえてないから、ちょっとイメージわかんなあみたいななってて、
それに僕、気づいた瞬間があったんですよ。
あ、自分の作ってるものって想像以上に人に伝わらんのやな。
多分これ創作映画君にしろ、何かものを作ったことある経験の人だったら大成り章なりあると思うんですけど、
自分がこううまく作れたなっていう感覚のものとかが人にこう見てもらったりしたときに、
あ、うまいち伝わらんなっていうことがあって、
じゃあどうしようかなって思って、
あ、じゃあもう、例えばもう僕がギターとボーカルやってるやつに打ち込んで、
ドラムノートも入れちゃおう。
僕の頭の中に入ってるものを全部鳴らしちゃおうって思ったんですよ、そのときに。
なるほどね。
あともうここはドラムこうやってとか、ここはもうベースここはもうなしでとか、
全部指定したりとか、もう言葉を尽くしてじゃあもう説明しましょうっていう。
じゃあ、まずはこういう風にベース弾いてくれって言って、
もう作ったやつを弾いてもらうっていう。
みたいなね。
そうそう。
だからそうしたら、まあいいやんっていう風に思ったんですけど、
なんかね、そういう風にしてると、前半にも言いましたけど、
その情報量が結局めっちゃ多くなって、ごちゃごちゃしちゃうんですよね。
うーん。
結局、曲のまとまりがなくなっちゃうというか。
うーん。
で、これ良くないことなんですけど、
音がいっぱい鳴ってると、個々の下手さってちょっとわかりにくくなるんですよね。
まあ音多いからね。
ガチャガチャしてるから、何やってるかわからんようには聞こえるよね。
何やってるかわからんようになるし、
でも中学校の頃ってそんなにちゃんと音楽を知らんから、
なんかなんとなくそれっぽくなってるように聞こえるっていうので、
どんどん音入れていこうみたいになっちゃうっていう経験があって、
結局なんかこの曲作るの難しいなーってなってた時があって。
なるほどなー。
情報量をいっぱい入れる方が華やかな感じがしてしまってて、
特に2000年代、かなりざっくりしたイメージになっちゃいますけど、
あんまりこのビートだけでシンプルでかっこいいみたいなものって、
今ほどはなかったなっていう印象なんですよ。
難しいな。2000年代ざっくりだとちょっと大まかすぎるかなと思うけど、
でもガレージロックリバイバル系はそういう、
いわゆるデジタルになっていく打ち込みの反対って感じ?
それこそストロークスファーストとかめちゃめちゃスカスカじゃない?
そうですね。
日本のロックバンド?
あー、わかるわかる。
で、ナンバーガール以降でまた変わっちゃうんだよな。
ロック的なもんだと。
ナンバーガールがやったことをより過剰にやっていこうみたいなのが、
2000年代後半に増えていくんだよね。
そうですね。
オープンコードで不協和音に近いのでジャキジャキ鳴らすとか、
そういうものだったりとか。
あと、僕が一番2000年代の映画だなって思うのが、
中村雄介の映画なんですよね。
これがこの情報量の多さ、書き込みの多さみたいなのが、
めちゃくちゃ2000年代に流行ったなっていう。
アジカンだよね。
そうね、アジカン。
あと四畳半の神話、四畳半神話体系の表紙とかも書いてますけど、
やっぱそのアジカンのジャケットの印象が一番強いかな。
ガチャガチャガチャっとしてるもんね。
そこに女の子がいるみたいな。
これはものすごく2000年代っぽいし、
ジャキジャキ鳴らすと僕ピクシーブでめちゃくちゃ見たし。
こういうのがかっこいいっていう印象が無意識のうちに僕の中でやっぱあったんですよね。
だから音がいっぱい鳴ってることも全然気にしてなくて、
むしろかっこいい、ごちゃついてるほうがぐらいの価値観になっちゃってたんですけど。
確かにアニメーションでもシャフトとかね。
ああ、そうやな。
あの感じだよね。
2000年代だから。
後半の話だよね。
2000年代後半の話だよね。
後半から10年代前半ぐらいテンポするものがめちゃくちゃ流行って。
もうちょっとブラックミュージックとかの要素が流行りだしてからは、
シンプルにビートがかっこいいみたいな。
シンプルになってきたかなって感覚はあるけど。
そうだね、2014ぐらいまでいくんちゃう?その感じは。
イエローのオブスキャライド、星野源のイエローダンサー。
ここでやっぱり時代変わったよね。J-POPでいうと。
ちょっとギリギリではあったけどな。
2010年代前半ぐらいまでいくか。
それこそ、ロックバンドだと凛としてしグレート級ミリパーラムヨラムバレットと。
残響系がガーッと出た時期ね。
そういうのばっかり世間に流行ってた時期だったんですけど、
ある時そのラジオからゾンビーズっていうバンドがいるんですけど、
60年代後半の。
このゾンビーズっていうバンドのタイム・オブ・ザ・シーズンっていう曲がラジオからたまたまかかって、
それ聴いた時にめちゃくちゃかっこいいなって。
CMかなんかで使われてたよな。
めちゃくちゃ有名な曲なんで、多分聴いたらこの曲かってなる人多いと思うんですけど。
これが前半のAメロとかドラムとベースとちょっとオルガンの音入ってるぐらいなんですけど、
色も買ってきたやつが嫌で、これは嫌やって言ったりみたいなのすごいあったな、小学生の時とか。
やっぱごちゃ過ぎたものがめちゃくちゃ苦手意識があったから、上はもうほんまに色んな白の服があった。
それってやっぱりこの柄本とかがすごく嫌やったんですよね。
シンプルがいいっていう。
あと僕が結構苦手意識があったのが、日本の漫画読まなかったんですよ、その頃。
これはまあ母親から制限されてたっていうのは当然あるんですけど、
日本の漫画ってごちゃごちゃしてるなって思ってた時期があった。
日本の漫画の週刊誌の表紙のごちゃごちゃ感というか、コロコロコミックとかもそうやけど、
ああいうものがちょっと嫌やなって思っちゃってた節があって、今は全然そんなことないんですけど、
当時やっぱこのスムーピーとかムーミンとか、そういうシンプルな線で書かれた海外のコミックばっかり読んでて、
だからそういうものばっかり読んでたから、中学校の頃とかにはまったのがオノナツメだったんですよ、日本の漫画。
ああ、そうなの?なんか一期コミックスを買ってたんやもんな、お兄ちゃんかデラダか。
もうなかなかよな。
え、それってさ、ジャンプとかそういうものを母に制限されてたみたいな感じなの?
いや、これはね、かなり特殊な思想だと思うんですけど、
母親がむちゃくちゃ漫画が好きで、漫画コーナーになる目指してたぐらい好きだったんですけど、
その漫画が好きすぎるっていうのは、たぶん息子にも遺伝してるやろうなと思ったから、漫画にハマりすぎて人生を踏み外さないように制限してたらしい。
おー、なるほどね。カゴの中の乙女みたいな家族で育ってるから。
いや、そうですね。
だから、少年漫画の中に出てくる思想とか暴力性みたいなのを嫌ってたわけでは一切なかった。
なんだろう、僕の母親はハガレンとかめちゃめちゃ好きでしたからね。
ハガレンは少女漫画ですからね。
そういった感じではなかったけど、偶然にもそういうシンプルな線の海外の漫画ばっかり読んだりしてて、
だから昔はシンプルなものが好きなはずだったのに、
バンドで曲聴かせた時とかにもあった感覚なんですけど、
自分の作ったものとか考え方が伝わらなかったり誤解されたりすることとか、
そういったことが僕めちゃくちゃストレスなんやなっていうことを考えてて気づいたんですよね。
伝わらなかったらどうしようっていうのは実際不安でもあるし、
会社で働いてたりしても、例えばお客さんに説明しに行く時とかに、
めっちゃ資料とかいっぱい持って行っちゃうんですよね、僕は。
こんなことまで聞かれへんやろみたいなこととかも調べて、めっちゃ準備して行くんですよ。
それはお客さんから聞かれたりした時とか、自分が説明したことが伝わらなかった時の空気が僕めちゃくちゃ苦手で、
例えば質問されて、あ、それ調べてなかったってなった時の、
すいません、帰って回答しますね、みたいなことを言えば別に全く問題はないんだけど、
その一瞬の気まずさみたいなのがものすごく怖いんですよね。
それの怖さを味わうぐらいやったら、全然結果として使わなかった資料とか持って荷物が重くなるストレスの方がマシなんですよ、僕の中で。
なるほどな。
だから結局、基本ないよりは絶対ある方がいいし、やらんよりはやる方がいいって思い込んでる節がある。
やらないって後悔するよりは、やる方が絶対にいいし、むしろやって後悔することってある?って思ってもらうような。
確かにないからね。やった方が絶対いいよね。
あらゆることって備えることに越したことはないというか。
この備えって言い方すると確かにそうなんですけど、ただこれが言葉とか情報になった時に、
例えばメールに書く文章とかになった時に、情報量が多いと何が言いたいかわからないんですよね。
わかるわかる。
さっき言ったバンドの話もそうやけど、音数多すぎたら何が主題なんか全然わからん。ぼやけるのも一緒で。
結局それってマイナスな方向に働いちゃってるんですよね。
っていうのもわかってるんですけど、やっちゃうっていうのがあって。
あとこれは働き始めてから特に痛感したとこなんですけど、
このメールとかで情報を入れることって、すごくビジネスにおいて予防性になるんですよね。
うーん、そうだねー。
この時に私言ってますよねって後から言えるんです。
これ聞いてないんですけどとか、後からそこがあった時に、
いや私この日にこれ言ってますよねっていうよくない責任逃れができてしまうから、
だから後から何か言われるくらいだったら全部情報を入れとけってなるっていう。
ちゃんと伝えておくっていうのは大事だからね。
回答記録を残してるよっていうのを伝えるのはすごい大事なんだけど、
確かにパッといろいろ争点とか回答があると見にくいし、どうだったかしらって抜けやすくはなるよね。
情報量が多いとね。
そうそうそう。
これ多分僕らも過去言ってることですけど、やっぱりこれはこれみたいなさ、
シンプルな論の方がわかりやすいし伸びやすい。
うーん、そうだねー。
本当はこういろんな補足とかがあって説明すべきことなんやけど、
これはこれって言い切っちゃった方がわかりやすいしスマートに見えるから、
うーん。
まあなんかそっちの方がいいような気もするけど、でもなんかそれは不誠実な気もするっていう。
うーん。
なんかその葛藤の結果、「あーもうじゃあ全部乗っけちゃえ!」みたいなさ、
うーん。
考え方になっちゃってるなっていうことに気づいたんですよ。
あー、でもそれはやっぱなんか人を捉えるとか、まあそれこそビジネスのところだとあるよなー。
僕そうか、前そういう食品メーカーで働いてたんやけど、
うん。
あんまりその大手のメーカーじゃなかったから、そこに比べたらプレゼンの時間が極端に短いんだよね。
大きいところだと1時間とか30分あるところが、僕がいたメーカーでは15分とか下手しい10分とかしかないみたいな。
あー。
でも例えばそういう新商品だとか、その時に伝えたいことは同じぐらいあるんやんか。
うん、そうね。
でもやっぱ大手のやり方してたらもう無理やから、全部言われへんし。
だからなんか絞らなあかんみたいなのがずっとあって。
うん。
でも最後の方はやっぱ僕ほんま1個しか言わへんかったし、そっちの方がやっぱ成果として出てたんよなー。
あー。1個しか言わんかったら、その1個さえ覚えてくれてたらやっぱ印象に残るしね。
やったらオッケーみたいな。
そう。
うん。
で、なんかでもそれも虚しいところもあったな。そういう誠実に全部伝えてるけど上手くいかんっていう人を見てた、見てて、
いいこと言ってるし俺より上手いこと言ってるのに出へんのになーみたいな。
俺とかはまあ最終的にこうサンプルみたいな並べて、よろしくお願いしますとか言って帰ったりとかしてて。
あー。
それしか言わんかったやつみたいな。
あーはいはいはい。
そうそう。それでなんやなんやってなったら、
印象に残るしね。
あいつおもろいなみたいな感じで終わって、で逆にそれでほんとに数字出したりとかしてたから。
いやーでもなんかそういうことって確かにビジネスでこう勝ちに進むルートではあると思うんだけど、それをやり続けるとやっぱりどうしても本当に言葉を尽くさないといけない時に出なくなっちゃいそうで怖いっていう。
あーなるほどねー。なんだろうなー。
なんか多分僕の中ではそっちの恐怖感が強いからもう逆に振り切れてて、なんか全部言おうとしてんねんけど。
でもなんかその全部言う、全部やっちゃうっていうスタンスって、本当にどれが必要でどれは不必要で切っていいんかっていうことを判断するエネルギーを多分節約してるんですよね。
サボってるんですよこれって考えることを。
ベタノリ全部しちゃうってことやもんな。
そうそうそう。だから本当はこの限られた中でこれとこれは伝えないといけないとか、そういうことを考えて優先順位をつけていかないといけないけど、もう怖いからもう全部言っちゃいますっていう。
それは思考放棄ですよねある種の。
なるほどなー、わかるなー。
僕も心の砂地で2年ぐらい少女漫画を定期的に評論してたんだけど、途中ぐらいからやっぱこう調べる量も多いし、自分も読み方がわかるようになってるから伝えたいことがめっちゃ多くなってんな。