1. こじらせシアター
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2025-12-11 35:35

#63「内面の一番外側にあるもの」ドラマにおける台詞を考える②(ジェシカ)編

材料を背負って海に潜る。

サマリー

このエピソードでは、台詞作りの難しさと重要性が掘り下げられています。特に、役者が演じやすい台詞をどのように創り出すかという過程や、劇作家としての視点が共有されています。また、俳句のように少ない言葉で豊かな表現を目指すことについても語られています。 さらに、このエピソードでは、台詞作りにおけるキャラクターの内面の探求やその表現方法が議論されています。ジェシカの創作プロセスや、自身の体験を基にした視点の違いが、台詞に深みをもたらしていることに触れています。 さらに、ジェシカが台詞についての独自の視点を提供し、演技に必要な感覚や言語化の難しさについて話し合っています。特に、台詞を作る難しさや役者とのやり取りの重要性が強調され、演技者に対するリスペクトが感じられています。

台詞作りの挑戦
③バートの片隅で、こじらせシアター
③バートの片隅で、こじらせシアター
めっちゃ面白そうって思ったんですけど、考えだしたらめちゃくちゃ難しくて。
まあ、そうっすよね。わりとぼやんとしてるね、あれですから。
ドラマにおける台詞について考える。
コマツさん、前回ね、カセと親切心っていう、まとまってすごいお伝えしていただいたんですけれど、
全然まとまらなくて、まあでも、台詞は、人が持ってる一番外側に出てきた内面を、
いかに見せるかって、いかに、なんだろうな、きれいにとか、かっこよくとか、
見せられるかの磨く道、という認識ですね、私はずっと。
最終手段、コミュニケーションの最終手段とは俺も思ってて、
そういった意味では、ジェシカさんとかの本とか、この間見させてもらって、
そういうのを感じると、なんかそういう部分もあったのかなと、今思いますね。
やっぱり劇作における台詞って、基本的に余計なものが必要ないわけじゃないですか。
そうですね。
なんかどうでもいい会話ってね、書かれていないはずなので、
絶対そうですよね。
そう考えると、やっぱり全てにきちんと意味があるっていうのが、すごく特徴だよなと思ってるんですよ。
本当に一つの言葉でたくさん情報を伝えるっていう、コスパの予算みたいなところも考えますし、
それでいっていかに、その人から直接出た言葉ではないというか、説明的にならないように。
まあでも、いろんな意味を含む言葉にしていくと、結構説明から遠ざかっていくと思うんですけれど、
そこのセンスをずっと磨いているという。
どんな言葉をチョイスするのかっていうところが、やっぱり作家性が一番。
いや、そうですよね。作家さんは絶対そこが、わりとジレンマとしてずっとあるのかなって感じはありますよね。
うちらはその用意された、言ってしまえば他人が書いてくださったものを、自分のものにしてセリフとして吐き出すだけなんですけど、
それを生み出すのはめちゃくちゃ難しいだろうなと思うし。
なんか、少し前、朝ドラとかを書かれてる劇作家さんと話したんですけれど、
その方がおっしゃっていた、ドラマの脚本とか舞台の脚本、その方は劇作しかやらないんですけど、演出とかされないんですけれど、
それで苦労したことは、演出家さんからの要望で、何だろうな、役者さんが言いやすいセリフにしてくれっていうオーダーが来て、
稽古場に行って、役者さんが何と言いたいのかなっていうのを想像しながら書かないといけなくなった局面があって、
それは結局無理だったってことなんですよ。
役者もやらないし、演出もしないので。
けれど、そういう無茶なオーダーとかが来たとき、すごく苦しかったっていうことをおっしゃっていたんですが、
その方は苦悩としてお話しされていたんですけれど、少なからずやっぱり、舞台は役者さんのものだという気持ちはあるので、
役者さんが何だろうな、無理なく貸せられる。もっと言ったら、本当にこのセリフがあって助かったと思えるようなセリフを書きたいとは思ってはいるんですよ。
これを表現したいって役者さんの生理を助けるように、やっぱ挨拶一つも、ここに一個あるだけですごく次のセリフの言い出しがいいなとか、
そういうことは考えながらやるので、勉強で役者もやるっていう感じですね。
なるほど、素敵。
このセリフに助けられるっていうのはね、なるほど、そうですね。
結構ありますよね、自分のセリフの番が来るじゃないですか、そのセリフを言うきっかけのセリフってあるわけじゃないですか、誰かが言ってるとか、誰かが行動してるっていうのがあって、
それがないってこれを言うって結構難しくて、それを書かれてない台本でたまにやっぱあるんですよ。
なんで俺はこの宇宙人的な発想でこれを言っちゃってんだろうみたいな。
役者とのコミュニケーション
それを表現してくれる役者さんが、セリフは用意されてないですけど、それをやってくれて、あ、じゃあそれを見て俺は感じようとかってなるから、
そのジェシカさんがこのセリフを言うためにこのセリフを考えるきっかけになるセリフを書かなきゃいけないっていうのはすごいありがたいですよね、こっちとしては。
役者としてはめちゃくちゃありがたいですよ。
書きすぎず、客さんからは自然に見えるように、けれど、一緒にやる役者さんとかにもよるんですけどね、っていう塩梅はいつも悩みながら、稽古場でも足したり引いたりしながらやってますね。
絶対そりゃあるよな。
基本、たぶん小松さんもそうですけど、うちらぐらいの年代になってくると、用意された台本をきちんとやりたがる。
手におはんも変えたくない。語尾も変えたくない。っていうのがやっぱ一番はありますよね。
そうね。やっぱり完成されたプロの仕事だから、そこにね、基本的には、僕らが、前回も言ったけど、僕らが何か言う権利がないって感じだからね。
舞台は役者さんのものっておっしゃってくれるのはありがたいですけど、うちらはどっちかっていうと、お客さんのものだったり、演出家のものではあるかなって感じはあるんで。
そうね。
そうなんですか。
役者はだって、アーティストじゃないんですよ。やっぱり。役者は本当もう、作業をする人っていうか、アーティスト感はそんなないんで。
俺は技術者なの。
技術者とかそうなんですよね。
だから、作家さんはアーティストじゃないですか。そこを邪魔するのはどうかなっていうのはあるんで。
なるほど。
そこは変えたくないですよね、なるべく。
この前も言ったけど、やっぱ俳優、僕のね、考えだけど、俳優だからといって、僕が表現したいものがあるわけじゃないんですよ。
うん。
僕らは物語を伝えるという作業に参加してるって感じ。
うーん。
それの枠組みとか、コシになっている言葉を、僕の都合で変えちゃいかんっていう感じですよね。
うーん。
そうですね。
だから、釘とかさ、建物を建てるときに、材料変えちゃいかんじゃんって。
そうですよね。
こっちのほうがいいんじゃない?つって。
釘でも何でも。
そうですよね。
与えられたもので、与えられた設計を作っていこうっていう感じ。
うーん、なるほど。
じゃないか。
当然、現場でいろいろ合わなかったっていうのがあるから、それは現場合わせでみたいなことは発生しますけれどもね。
うーん。
面白い。
そうですよね。だから、ちゃんとしたセリフを言って、たぶん、作員が一緒の方だったら、
そしたら、稽古を見てもらいながら、
そこの語尾、やっぱりこっちにしてもらっていいですか?っていうのは全然ありなんですよ。
自分で、そこを変えて稽古に挑むっていうのは、ちょっと失礼かなって思いますよね。
すごく失礼だと思う。
え?ってなっちゃいますからね。
誰に相談し合ってんの?
表現の本質
そうです。
間違っているときももちろんあります。
覚え間違っているとき。
それね。
そのときも、がっちり言ってもらって、
本当だと違った、みたいな感じもありますからね。
俺でも今もジェシカさんの話聞いて、
この言葉に俳優が助けられるっていう感覚が、
劇作家の方にもあるんだっていうのは、すごく発見ですね。
本当ですか。
その観点ないからね。
そうですね。
いや、そうですね。
いや、考えますよ。やっぱり役者さんに演じていただくと思うと。
どうかなとか。
結構、とがきもあるからね。
これはセリフから外れちゃうんだけど、
劇作家さんの書かれている言葉にとがきもあるから、
そのとがきで助けられるみたいなこともすごく感じる。
うん。とがきも考えますね。
ここでこう動いたら効くかなみたいな。
立ち尽くすって書いてあってさ。
立ち尽くすよね!
ですよね!
これ合ってるよね!みたいな感じが。
それはすごくある。
セリフじゃなくて、とがきに。
そうですね。
そこに自分の役の心の流れが間違っていないことを確認するってことはすごくあって。
やっぱそれがセリフにもちゃんとあるよなと。
っていうのが今の発見の感覚。
たしかにとがきはめちゃくちゃ助けられますね。
そうなんですか?
ちゃんと書いてあるものはやっぱり想像がしやすいから。
いただいた本をセリフを覚えするときとかも、その状況を覚えながら覚えられるんでめちゃくちゃ助かるんですよ。
ただ全く何もないときとかは、どういう状況なんだろうこれみたいな。
そういうのもやっぱあるし。
ああいうのも細かく書いていただいてるとめっちゃありがたいですよね。
例えばだけど、そのとがきに書かれてることをやったことによって、
これ前のセリフいらないじゃんみたいなことになったら、
僕らはすごく嬉しいんだけど、きちんと役を表現できたなって思うんですけど、
劇作家的にはどうですかね?
あ、とがきの行動でセリフが一個いらなくなるってことですね。
それは私も嬉しいですね。
セリフはやっぱない方がいいというか、
余計なセリフは絶対ない方がいいと思うので、
もう演出でカバーできたり、役者さんの体でカバーできるものはどんどん削った方が私はいいとは思いますね。
本当に聞かせたいセリフというか。
どうなんですか?伝わってればいらないですね、セリフ。
だから本当に一番最後に付け加える表現なので。
ああ、なるほどね。
いらないと思います。嬉しいです、それは。
そうですね。
多分それも強引なようだけど親切心な気がするんだよな。
それが一番気持ちよく召し上がっていただけたんじゃないですかみたいな。
余計な塩とか胡椒かけすんだみたいな感じにするんだよね。
確かに。素材のままだったら美味しいならね、そのまま。
それはね、一番いいですもんね。
わかってたら塩をかけるとかある演出として。
ライトをこうするとか、曲をかけるとかあると思うんだけど、
そういうことにも繋がりそうな気がしたなって俺も思ったんだよな。
うんうん、確かに。
そうですね。
いいセリフとかを考えると、俳句とかと似てるなって思うし、日本語っていいなって思うんですけど、
5・7・5だけで、そこに、俳句って結構描写が多いじゃないですか。
かきくえば、かねがなるなり、ほうりゅうじで。
ほうりゅうじで終わってるっていう、名詞で終わってるというか。
けれど、そこに登った情景であったり、その時に感じたものとか、
っていうのを、ほうりゅうじという何の感情も持たないものから、想像していただけるところ。
そういうところに妙というか、面白さがセリフはあるので、そういうのを目指してはいますね。
単体で書かれていた文字であれば何もわからないけれど、
これまでの文脈であったり、登場人物の説明というのがお客さんに伝わっているからこそ、
この名詞という何も感情を持たない言葉だけで、いろんなものが伝わるっていうところは目指してますね。
それをやられたときは、うまいなって思いますね。
なるほどね。
勉強になるな。
そうですね。うちらと観点がちょっと違いますよね。
なるほどね。
なるほどね。
自分も本当に僭越だから、本を人生で3本ぐらい書きたいんですよ。
で、今書いてるんですけど、全然できないんですよね。
今4本ぐらいまでできてるんですけど。
まあ、ひどいですよ。言葉選びが。
俺も劇団に行ったときに、練習でみんなで書いてみようみたいなことがあって、
書くんだけど、やっぱどっかから持ってきた言葉を継ぎはぎしてるだけ。
キャラクターの内面と表現
カッコつけてるみたいな。
で、テーマは決まってるんだよ。家族物で宝くじが当たってわちゃわちゃするみたいな感じの話っていうのはあって、みんな書いてくるんだけど、
うまい人はそういう収算・選択とかできてるし、一貫してるし、きちんと自分の世界があるみたいな感じがするんだよね。
自分がどうしてもどっかで聞いてきたような、書いてきた言葉の繋ぎ合わせで、
これじゃ面白くねえなと思って、これをちゃんと勉強したらまた10年かかるなと思って。
すごいですよね。
遠いなと思って、俺の能力からそこがきちんとできるようになるような感覚はあって。
そうなんですかね。
難しい、ほんと。
なんか登場人物がいて、そいつに説明台詞を任せるとしても、そいつは絶対説明しないだろうなみたいな感じになってきて。
なるほど。
だとしたらこいつに言わせる。いや、それもちょっと違うしなみたいな。
そういうのも難しいし、こいつは絶対こういう喋り方じゃないだろうなとか、そういうのがもう考えてると、え?みたいな。
どうやってみんな書いてるんだろうみたいな。
確かに。それはほんとにそうで、難しいなって思ってたんですけど、
私はもうある程度キャラクターを決めるんですよ、背景を決めて、設定も決める、この街はこういうことで。
っていうところから大前提を頭に入れた中で、ゼロの気持ちでその人物を下ろすって気持ちなんですよ。
降臨するんだ。
その人物が喋ったってことを書いていくみたいな感じ。
Aがこう喋る、Bがこう喋る、Aがこう喋る、Bがこう喋る。
ってなって、それを読んで、これじゃ伝わらないなっていうところをまたフォローしていくみたいな感じであるんですけど、
結構前提をしっかり作ってから、まっさらな気持ちで書き出すというか、書き出したからもう会話を始める。
ちゃんと作るとなったらプロットとか、下準備みたいなのがすごく必要だろうから、その辺が大変だなと思ってたんだけど。
ですね、まずは俺も第一項を全部書き上げなきゃなって思うんですよ。
そういうよね。
そっからだよなって。そっからいろいろ継ぎはぎとか足したり消したりしてやっていかなきゃなって。
文章書くのは嫌いじゃないけど、劇作はちょっと違うなと思ってた。
確かに、文章ではないですね、劇作。
そう、そうだよね。
文章ではない。
これだったらエッセイとかそっちのほうがそれっぽくいけそうだみたいな感覚はあって、劇作は遠いと思った。自分の中に感覚がない。
創作過程の自由と苦労
確かに、全然違いますね。当日パンフレットの文章を考えてる気持ちと、
やっぱね。
何文字って思っても全然違うというか、自分の思いを書いてるわけじゃなくて、難しい。
セリフに戻ると、ジェシカさんが劇作をしてるときに、セリフっていうのはキャラクターが自然に喋ってる状態で頭の中に浮かんでくるもの?
書いて初めて出てきたみたいな感じ。読んでびっくりみたいな。
ほんと降臨みたいな感じですね、その役が。
つぶやきながら書くときもあるし、今言った言葉を書くみたいな。
証拠とか、いろんな材料だけ持って海に潜る気持ちなんですよ。
潜った先で出会ったもの。材料集めとか、下準備は一生懸命して、その作業はちょっと苦しかったりするんですけど、
海に潜るときは結構自由に、ザバンって感じで行って、体力は使うんですけどね、海潜ってるんで。
村上はるきさんはよく井戸の底に降りていくっていうんだよね。自分がものを書いてるときには。
教編をね、書いてるときにはどんどんいつもそこに、わかりやすく言うと神相神秘的なとこにどんどん降りていくっていう、ヘイトヘイトになるまでそこにいて、
どんどん出てくる物語を自分を通して形にしていくみたいなことをおっしゃってるんだけど。
ジェシカさんが海の底に潜るって言ってて、そこじゃないか、海に潜るって言ってて。
そっちに近い感覚なんだな。
私はやっぱ山に登るより海に潜る方がしっかり気がして。
登ってる感覚じゃない、なんか潜ってる。
潜ってる感覚なんだね。
潜ってますね、ずっと。下に下に泳いでいって。
綺麗な物を見つけて、良かったって思って。見つけられるまで帰れませんって感じで。
どうせ見つかんないって思いながらずっと潜ってて。
そっか。
そりゃ苦しいわ。
そうですよ。
そうですね。
でも、芸術性とか作家性ってそこなんだろうな。
そうだと思います。
そうでしょうね。
何をね、海に潜って何を見つけてくるか。
浅瀬で引き返したな、この話はって思っちゃう時もあるし。
ああ、そう。
もっと深いとこまで行こうよ。
あとは、わあ、良いの見たなっていう時はやっぱり、
寝切られたくなりますね、作家が。
頑張ったよね。
よく探してきたね、これみたいな。
そうそう、よく探してきたね。
本当にそうだと思います。
いや、俺まだ全然浅瀬っすね。
いやいや、でも。
膝ぐらいです、多分。
いやいや、そんなことないですよ。
この辺で生子触ってるぐらいの。
材料集めからだよね。
そうですね、まずは。
でも、最初はもう自分が生きてきたところが材料だと思うので、
そのまま持って進んでいきたい。
いや、視点が違うんじゃない。
そうなんですよね。
劇作家の視点と、僕らもう40代だから、
そこで培ってきた視点と、やっぱり劇作家の視点って違うんで、
いきなり培ってきた視点と違うものをパッと切り替えるっていうのは結構難しいなと思って。
そうですね。
見てるところが、見てる世界が違うと思う。
野間さんとかね、全部できちゃう人とかいるけれど、
それはやっぱり数少ない人たちの努力の結晶であって。
いや、この劇作家。
なんかさ、ジェシカさんが他のポッドキャスト番組で、
自販機の話をしてたじゃん。
自販機で高校生が話してる男の子だっけ?
終電で、面白いセリフを考えるみたいなところで、
私は日常生活で面白いセリフあったら全部メモしてるみたいな。
で、最近あった面白いセリフは?っていうので、
後ろから出てきた終電の男の子が、2人組が、
このままで大丈夫かなって思うんだよね、最近。
あっちの自販機の方が上手いよって言ってて。
めくるめくる。
ちょっとね、良くない?その人生って思ったらすごい。
いや、そうよね。
あっちの自販機の方が上手いってさ、
そんな小さなところにもこだわり持って、
幸せ見つけるの上手だと思うし、彼。
そうね。
でもそれね、すごく深い言葉を多分言ったんだろうなって思っちゃったし。
え?そうなんですか?
意味はないんだよ。その言葉には意味ないんだけど、
関係性とかが含まれてるなと俺は感じたし、
そこの言葉を聞き逃さないっていうのは結構捉え方がすごいなと思った。
すごいですよね。
うちら多分何言ってんだこいつって終わっちゃうし、
何言ってんだもん気づかないかもな。
ああ、なるほど。面白いかなってスッとフックが弱くて過ぎ去っちゃう。
そうですね。
書き留めたりはしないし。
面白いことがいいなって思う感覚はあるにせよ、
それを書き留めて覚えたりとかはしないから。
そうですよね。
業務上必要ないから。
まあ、そうかもですね。
でも多分半分趣味ぐらいの。
たぶん好きな演じょうがあって、会話が好きっていうのがあって、
全然苦でもなくやってるんですけど、それはね、面白かったですね。
そっか、まあ面白いよな。
世界の捉え方が違うってことがすごい大事なんだろうなと思って。
そうですね。
そのドラマを作るときにいろんな世界の捉え方の人がいるから、
総合的にお客さんに、多くのお客様を共感してもらえる作品だと思ってるんですよ。
はいはいはい。
全部脚本家とか演出家の視点だけで作られた作品は、
そんなにお客様の心を捉えないと思うんだよね。
そうですね。
多くの人が関わって、いろんな切り口がある中でやるから、
現代性があったり、多様性がある作品になるんじゃないかなと思って。
そうですね。
見てて演出家の顔しか浮かばないとかだと。
そうそうそうそう。
そうすると、それはその人の主張しかなくて、ちょっとお腹いっぱいになるかなって。
そうですよね。
それをいろんな人がいろんな観点で、ちょっとずつ複合的にやることによって、
ああ、なるほどな、みたいな感覚になるんじゃないかなと思うし、
それはだから、シェイクスピアを今やっても、
現代の人がやるから当然そういう現代性が含んでるよねっていうことになると思うんだよね。
脚本が昔のものでも、今の人がやることによって、
現代性が含まれてるみたいな。
現代の視点が含まれてるみたいなことになるから、
現代の人にも受け入れられるっていうことになるんじゃないかなと。
ああ、そうでしょうね。
そういう視点がいっぱいあることが大事なんだなと思って。
それを言うと、ジェシカさんのその視点が、
ああ、そういうふうに世の中を捉えてるんだっていうのが面白かった。
そうですね。
すごいよな。
うちらとは本当に観点が違いますよね。
観て非なるものですよね。
僕はやっぱり表現するのが直接的だから、
緊張すると人って瞬き増えるんだとかさ、
そういうところで見てるから。
そうですね。
ちょっとだけ話ずれるんだけど、
その世界の捉え方でさ、
違うなっていう話なんだけど、
僕キックボクシングのジムに行ってて、
そこに当時まだ出てなかったんだけど、
翔二さんっていう、のぼる侍って書いて翔二さん。
大臣で朝倉海さんと戦った人なんだけど、
この人まだこの店の代表でいらっしゃって、
結構そのクラスを受けてたんで、
お話もさせていただいたんだけど、
僕が空いてる時間で縄跳び飛んでたの。
よく飛んでるフォームアップするんだけど、
試合を1週間ぐらいに控えてた翔二さんが来て、
おはようございますって来て、
僕がその縄跳び飛んでるのを見て、
コウさん右の腰悪いっすか?って聞いて。
俺確かに高校の時の柔道部で痛めてたのよ。
え、なんでわかるんですか?
試合前で体重制限とかしてると、
神経がAVになってわかってくるんですよ。
え?
え?ってなって。
すげえな。
そういうところを見てるんだと思って。
っていう話を、
友達の独立してるんだけど、
生体師の人に話したんだよ。
こんなことがあったんですよ。
やっぱりプロのファイターってすごいですね。
僕もわかりますよ、だいたい。
歩いてるだけでどこ悪いなとか、
どこ凝ってるなとか、だいたいわかります。
そうなんだ。
世の中の見え方ってこんな違うんだって思って。
それはそうですね。
肩や人を倒す、肩や人を治す人なんだけど、
人を見てるときそんなところまで見えてるんだって思って。
すっげえな、人間の感覚って。
視点の違いと共感
すごいですね。
面白い。
私も看護師やってたんで、
母も看護師であるんですよ。
看護師さん同士だと、
亡くなる方とかはちょっとわかりますね。
近いなとか。
あと普通に歩いてて、
あの人ちょっと病気の匂いするなとか、
何にも検査してない状態でも歴の長い看護師さんだと、
ちょっと肝臓かなとか、
言ったりします。
諸説ありですけれど。
なんかね、ふわーっと。
でも確かに年数重ねていくと、
なんかわかる。
でも多分それって、
いろんな人のデータを見た中の、
収穫が勘として出てきてるので、
多分絶対あるんですけど、
言葉にあんまりできなくて、
あると思う。
そうだと思う。
なんかのバランスがおかしかったり、
いびつだったりするのを、
言語化しないでいるけど、
でもセンサーとしては感じ取ってる。
そのセンサー研ぎ澄ましたり、
いっぱい見てきた人にとっては、
そういうことなんだと思うんで。
昼帰って僕らお芝居、
演技をする人間としては、
じゃあその格闘家の時には、
そういう目線が必要なのかみたいな。
生体師さんにはそういう感覚で生きてるんだとか、
いうことに僕らはつながってくるけど、
そういう世界の捉え方は人それぞれ、
いろいろ違って、
ジェシカさんが言うように、
お医者さんもやっぱりそういう目線で、
きっと見てるんだよね。
そうですね。
循環器のドクターは、
クダで見てる。
欠陥で見てるって言って、
人のことを言ってましたね、
友達の。
クダで見てるんだ。
何か違うんだろうっていうのは、
何か分かっちゃうんだろうね。
でしょうね。
格闘家が相手の痛めてるところを見抜くように。
見抜くとか。
だから本人はそれを、
望んでるかどうか分かんないけど、
分かっちゃう。見抜いちゃう。
そういう世界の捉え方をしてるんだと思う。
そうでしょうね。
ちょっとセリフから離れちゃったけど。
離れちゃったけど、
でもそんな観点で、
ジェシカさんはね、
世界を捉えて、
言葉を捉えてると思うと。
そういうことですよね。
それは一朝一夕には、
確かにできんわと思って。
できない。
本当に。
とは思った。
おこがましい。
俺が書くなんて。
人生3本ぐらいでいい。
本当に。一生懸命書いて。
俺は諦めた。早々に。
演技者のリスペクト
なんか単価とかは全然、
戦竜とかあるのはすごく面白いなと思うんだけど、
そうですね。
劇作は遠いよ。
まじで難しい。
やっぱり材料がない。
世界の捉え方が違うから。
そうですね。
改めてそれは痛感したな、今。
いやいやいや。
痛感した。
すごいですね。
そういうのが集積だと思うとね、やっぱり、
きちんとリスペクトを持って、
台本に接するって当たり前なんだけど、
僕ら現場に行くと、
劇作家さんと直接お会いする機会がないことも多い。
そうですね。
台本、脚本家、舞台でも、
ドラマでも、あんまり多くないんで。
そうですね。
いらっしゃることもあるし、
ご挨拶ができるタイミングもなかったりするんで。
お顔をネットで知るぐらいしかできなかったりするんだけど、
そうだよね、やっぱり、
大変な作業の上に作られてるよねっていうのは。
そうですよね。
でも、役者さんが言って初めてセリフだなと本当に思います。
うわー、そんな言い方してくれるんだって。
本当に楽しくて、毎回。
このセリフの可能性、私が狭めてたかもみたいな。
役者さんが言ってくださることで。
すごいなーと思って。
それはそれでめちゃめちゃいいし。
だから本当にありがとうって思います、読んでくれるの。
そうか。
なるほどね。
本当にいつも思います。
うわー、覚えてくれてありがとうっていつも思います。
覚えてくれてなの?
難しかったの。
結構覚え早い方でも多いです。
もう覚えてくれたんだーって書いちゃう。
あれか、シェイクスペアとか思ってんのかな?
思ってんすかね。
いやー、長いセリフ覚えてくれてやるじゃんみたいな。
やるじゃん、ありがとうねみたいな。
そうそう、ごめんねみたいなセリフ書いちゃってごめんね。
ごめんねみたいな。
なんか抽象的なセリフ長くて悪いねみたいな。
ギャラ安いのにごめんねみたいな。
日本語にしづらいよねみたいな。
思ってんのかな?どうなんだろうな。
思ってんすかね。
思ってんと思うけどなー。
書くこと言えないですから、シェイクスペアも上手にセリフ言えないと思います。
あいつ結構気にしないで書いてそうな気がする。
いや、そうっすね。
あいつとか。
自分の頭なんかブーって書いてそう。
あいつ、あいつってほんと怒られる。
怒られる。
怒られる。
シェイクスペア教会みたいな。
教会。
怒られちゃう。
いや、もうリスペクトしてますよ。
なるほど、こんな感じですかね。
もうそんな時間ですかね。
ありがとうございます。
面白かったね。
そうですね、全然違う、なんか観点がやっぱ違うんだなー。
いや、ほんと勉強になりました。
勉強になりましたね。
ありがとうございます。
ありがとうございました。
じゃあ、来週はふなちゃんのお話を聞きたいと思いますね。
はい。
では、今回はこんなところでありがとうございましたー。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
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