1. 小江戸バラトの日記 #労働力投入
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2025-04-28 09:23

KB#131 大川小学校の被災から学ぶこと


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おはようございます、小江戸バラトです。本日は4月28日、
月曜日、祝日ではなく平日、祝日と祝日の間みたいな、
飛び石の感じですけれども、いかがお過ごしでしょうか。
今日の小江戸は、天気は曇り、気温は多分15度ぐらいで、長袖でちょうどいい気候でございます。
はい、これで小江戸バラトの日記、第131回目の放送を始めます。
昨日は加藤先生のレイディオンに、久しぶりに登壇させていただきました。
大川小学校のお話で、大変心が複雑な状況になって、なかなかうまく話すことができなかったんですけれども、
あの教訓を生かして、自分たちは何をできるか、なぜあのようなことになってしまったのかと、
いろいろ議論をしたり考えを述べてもたらればといいですかね。
やはり今となってはもう結論に行き着くことも、原因を、嘘を言ったり、
本当の原因を探求することは、完全にはできなくなってしまったのが心苦しい限りでございまして、
レイディオが終わった後、自分は被災された方への追悼の意を込めて、いろんなことを思いました。
あんどの時、もしもという、やるせない気持ちが残された方、遺族の方には本当に、今も何と言ったらいいのか、すごく私は追悼の意を表しております。
そして、被災に遭われた方には本当に心から、お悔やみ申し上げたいというところを踏まえてですね、
あの時、なぜアダマ・ボヨヨンの校長の指示に従ったのかとか、推察はいろいろできるにしても、
縦割り社会の上下関係とか、様々なことがあってですね、あの時、残念ながら避難が行き届かなかったという結論なのでね、
そこは仕方ない、もう今から覆すことはできないことなので、これ以上どうこうしても変わらないじゃないかということも、ご意見もあると思うんですけども、
私はもう少し掘り下げて考えましたね、あのレディオの後。
私が思ったのは、レディオで言った通り、校長の指示に従わないと、後で教頭大使はその原因をですね、追求されたり、何か不遇なことが起きるから、
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上の指示に従うというのは、組織、特に軍隊とか大きな組織では当たり前ですし、その輪を乱すと、その後ですね、自分だけ礼遇されてしまうという恐れがあるので、
失うものがたくさんある人にとっては、すごく怖いことだというのは、私は分かっています。
ですので、それ相応の何かがないと反論するというのが難しいこともよく分かっているんですけれども、
じゃあ何があればよかったのかなと、レディオの後考えました。
結論は出ないにしても、私の考えはおそらく、クリティカルシンキングが足りていなかったんだというのが一つの行き着いたところです。
クリティカルシンキングというのは、日本語で言うと適切な役はないんですけれども、
批判的思考とか副眼的思考という、論理的にロジカルシンキングと一緒に出てくる考え方とか問題解決などの手法の一つと言いますか、結構ポピュラーなところなので、
それについて詳しく話すと多分10時間ぐらいかかってしまって、本も何冊も出ていないのでそちらに専門書を読んだ方がよろしいかと思うので、
解説はできかねれるので割愛させていただきますけれども、
もう少し深掘りをして目的は何なのか、それで本当にいいのかというのを考えて、
問題と言ってはいけないんですけど、目的を叶えるための手法はそれだけでいいのかというのを、
一方通行じゃなくて他からの要素も考えながら推し進めるという、一つの学問のようなものだと理解しております私は。
はい、それでですね、ちょっと横道に逸れてしまったので話を本題に戻しますと、
そのクリティカルシンキングがしっかりと根付いて、ノリ的にこのことを考えることが、
その場にいた小学生だけではなく、教員、教頭も含めてですね、できていたらもう少し結果が変わったのではないのかというのは容易に想像ができます。
なぜならば、おそらくあらかじめ設定されていた問題に対する答えというのは、災害が起きた時は校庭に逃げる、避難して終わりというのが定められた答えだったはずなんですね。
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ですのでその点に対しては、おそらくテストをすれば100点だったと思います。
ではその100点を取ったからそれで終わりなのかというところは、おそらくテストで点を取って合格して生活しているだけの人でしたら考えは及ばなかったと思うんですね。
何のために避難するのか、何のために校庭に行くのか、本当に校庭に避難すれば終わりなのか、
定められた答えに合致していればそれでそれ以上考えなくていいのかということを気づいたかどうかというのが私は大切なポイントだと思いましたので、
そういった点を日々の暮らしにも役立てて一つ一つ解決して、本当に与えられたゴールを達成しているのかどうかというのを自分なりに検証しながら生きていくのが、
この大川小学校の被災された方々への教訓といいますか、それを活かして今後の生活にもう二度と同じことを繰り返さないためにですね、一人一人がそのような思考を持って考えて生きていくことが大事だなと私は個人的に思いました。
仕事をしていてもですね、上司にこれやれって言われたから言われた通りやりましたとかですね、お客さんにこの質問をされたからこの答えを提供しましたっていうだけで終わりの人はそれはほぼ作業なんですよね。
本当にそのような例えば課題もしくは質問が出た場合、相手はどのような意図で何を目的として聞いてきたのかということを考えれば、おのずとどのような回答が適切なのか、どのような情報をお伝えするのがいいのかというのを考えて行動することができると思いますので、
ぜひいきなり全てを解決するというのはできないかもしれないですけれども、クリティカルシンキングを学び、ロジカルシンキング、ラテラルシンキングという体系的に学問をぜひ一つ一つ学んで日々の仕事や暮らしに役立てていければいいなと再認識しました。
話が長くなって恐れ入りますけれども、最後までお聞きいただけました方、本当にありがとうございます。
ぜひ大川小学校の教訓を生かして生きるには、私はクリティカルシンキングが大変有効だなと思いましたので、ぜひ興味のある方、同感される方、コメントなどいただけると大変私の励みになりますので、お待ちいたしております。
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あと、いいねのボタンを押していただけた方、本当にありがとうございます。励みになります。
最後までお聞きいただけましてありがとうございました。それではまた。
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