「ポッドキャスト研究室」コラボ【後編】
音声包装研究所とポッドキャスト研究室の研究員たちによる「ポッドキャスト研究会」をお届けします。
「音声のみののコミュニケーションが感情伝達精度を高める」は本当か/ガチ研究者の意見/恐怖と聴覚/ホモサピエンスの危険察知/音でやりとりする重要性/能動的に考える聴覚/音の暗闇/内声の研究が進んでいる/黙読中に内声が聞こえるか/他人の声を聞きながら自分で話してる感覚/編集中に内声が増強する感覚/脳内の声のモデル/初めて会った気がしない/視覚は偽っている/黙読は新しい/黙読はレベルが高い/音読は感情を養う/子供の頃に養う身体性/子供にはNBを見せよう/本物とのギャップ/ゼロ距離でぶち込まれる声の近さ/イヤホンとスピーカーの違い/景色に溶け込む他人の声/ポッドキャストで思い出す景色/「対面」よりもその人を感じる「ひとり語り」/論文にしたい
▼ 出演
Guest:
・レン (研究者)
from Podcast「 サイエントーク」
・ウシワカ (Podcaster)
from Podcast「工業高校農業部」
・okazaki (研究者:神経科学/音声と聴覚/コミュニケーション/心理学)
Host:
・tsukanoma
▼ 参考リンク
ポッドキャスト研究室 | サイエントーク | 科学系ポッドキャスト
Voice-Only Communication Enhances Empathic Accuracy
▼ お問い合わせ
メッセージやコラボ希望は お便りフォーム からお願いします。 #コエテイク でのXへの投稿をお待ちしています
※この配信の内容は個人的な見解です
感想
まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!
00:03
では、前回に引き続き、ポッドキャスト研究室のレン君とウシワカさんと、あと岡崎さんと、ポッドキャストの話をしていきたいと思います。
後編では、ポッドキャスト研究会ということで、ポッドキャストの良さ、そしてポッドキャストにまつわるサイエンスなどをちょっと話していきたいなと思ってますので、よろしくお願いします。
前編にもちょっと言ったんですけど、やっぱり音声だけの持っている力みたいなものが、やっぱりポッドキャストの良さだなと一つ思うんですよね。
もちろんビデオポッドキャストはビデオポッドキャストの良さがあったりとかはすると思うし、それを別に否定するわけじゃないんだけども、視覚がない、そして音声だけっていうところだからこそすごくいい。
昔はそんな体験あんまりなかったけど、ここ最近できるようになってきてるみたいな、それがすごく感じてる可能性なんですよね。
なので、最初のちょっと導入としてちょっと言うと、例えばよく引用される論文で、イエール大学のクラウス教授の論文がよく使われますよね。
会話している音声、映像、それを音声のみと、あと映像のみと、音声と映像両方あるというコンテンツを被験者に見せたときに、話している人たちがどういう感情だったかっていうのを当ててもらうと。
そのときに音声のみを聞いた人が一番感情を当てる精度が高かった。優位さを持って高かったというところから、声がやっぱり一番感情を伝える。
視覚があると少し視覚に騙されやすいとか、そういったことがあるんじゃないかみたいなことが示唆されていたりとかするんですよね。
っていうところがありますが、岡崎さん何か。
いや、なんか、僕も論文ちょっと調べてきたんですけど、結構今の研究の論調だと、結構文脈依存みたいなほうがちょっと強いかなって思ってて、つまりどういうことかっていうと、
例えば、表情とかで隠しても感情とかって音声のほうが隠しづらいみたいな研究とかはあるし、だけど一般的にメラビアンの法則みたいに言われてるやつとかだと、情報の伝達のときの感情とか態度って基本、視覚が55%で、聴感38%でみたいなやつもあるから。
ジェスチャーが何%みたいなやつ?
そうそう、ジェスチャーが何%とかの。
よくビジネス本とかに出てくるやつだ。
そうそう、出てくるやつ出てくる。
で、だいたいその辺から研究をたどってて、2023年とか4年とか5年とか見ると、結構その文脈依存だよねって、基本的にコミュニケーションって、視覚が使えなかったら聴覚に頼るし、聴覚に使えなかったら視覚に頼るし、色の両方が使えなかったら手振り、手振りに頼るよねって話だから、
03:05
さっきの話で言うと、視覚が使えなかったら聴覚に頼らざるを得ないってところはあるけど、聴覚の方がその絶対伝わりやすいかっていうのは、ちょっとそのシチュエーションとかね、実験条件とかちょっと見てみないと、分かんないよねって。
そうそう。
なるほどね。
めちゃくちゃガチ研究者の意見ですね。
そうですね。
冷静な。
研究会だ。
研究会だ。
これ、なんか結構シンプルになってますよね、この結論って。
うんうん。
僕も言うんすけど、音声のメリットの一つとしては言うんすけど、いやそのコンテンツの内容にもよるよなとか。
うんうんうん。
だって多分映像付きで、なんだろう、この場合だと多分普通に座って喋ってる人とかそういう感じだと思うんすけど、じゃあもっと動きある映像とかだったらそっちの方が伝わるんじゃないとかもあるし。
うん。
あとはその内容も、喋ってる内容も、音声の方が伝わりやすい内容とかもあるじゃないですか。
うんうん。
そうそうそう。
いろんなファクターあるよなと思うんすけど。
いや全くそれだと思ってて、一応だからさっき言ったみたいに手堅そうなのは、あの音声の方が隠蔽しづらいかな。
うん。
確か。
うん。
それもでもすごく大事なことじゃないですか、ポッドキャストって多分。
なんか表情だったらカッコつけたりできるけど、音声とかだとそういうのが難しいっていう。
まあこれちょっとスペキュレーション入るけどね。
そうそうそうそう。声もでも変えようと思えば変えられるけど、その中の変えられないなんか部分があるみたいな話もどっかで見たことはあるけど。
ね、そうですよね。
あとなんかジェネラルに言うと、恐怖とかの感情は結構あの聴覚の情報の方が情報量多いって論文で出た。
本当ですか。
他の感情はやっぱりちょっと視覚優位な知見の方が多いけど。
なんかホモサピエンス的にやっぱり聴覚が危険察知する上で大事だっただろうなと思うんですよね。
うんうんうん。
確かに確かに。
やっぱり視覚、暗闇で敵か味方かわからない。声を聞けば人間かどうかわかるというかっていうところで。
例えば棒でツンツンされてもそれが人間かどうかわからないじゃないですかとか。
でも声だったらわかるし方向性もあまり関係なく全方位的に感知できるから、やっぱり聴覚が危険察知だったり同じ敵か味方かみたいな感覚はすごく感度が高いんじゃないかなっていう。
だからそのポッドキャストとか音声のみの身体に与える影響みたいなのがなんかあるんじゃないかなと思って論文をちょっといろいろ調べてはいたんですけど。
僕の力じゃちょっとあまり良い論文は見当たってなかったんですけど。
いやでも面白いですね。
06:00
あと言語的なところもやっぱそうかなと思ってて。
言語って結局文字を持っている言語はすごい少数でほとんど喋ってるのが基本喋る言語の方が圧倒的に多いみたいな話はあると思うんですけど。
そういうのも結局音でやり取りしてるから人間としては重要性高いのかなみたいな。
あーなるほどね。
結果としてですけどね。
基本視覚バーサス聴覚って場合って表情バーサス音声になるけど音声も文字のこうやってみんなに見せながらやる種族とか異性人とかいたらもっとさらに視覚のコントリビューション高くなるかもしれないもんね。
と思いますけどね。そういうSFあるだろうな。
ありそう。
ありそう。読みたい。
ポッドキャストやる前の話なんですけど、当時付き合ってた妻と付き合ってた彼女、現妻なんですが、ビデオ通話をよくしてたんですよ。
ビデオ通話。
ビデオ通話をしていて、いろいろ忙しかったりしてコンディションいい悪いがあったりするじゃないですか。
だけどそのビデオ通話の中で一瞬無言があったりというか間が空いてしまうときとかがあってもほぼ何も思わないのに、
ビデオ通話じゃなくて普通の電話通話だけの時に同じぐらいの間が空くともう永遠なんじゃないかってぐらいの怖い間に聞こえるというか。
なんかその感情が伝わってきているかどうかちょっとわからないんですけど、音声だからこそいろいろ感じてしまうというかみたいなのもあって、
なんか見た目のそれがあるなしで随分と同じ間でも受ける印象が違うから、
音声だけがもたらす力というか影響というかというのは少なからずあるんだろうなっていうのは感じてますね。
これ声が繋がらなくなるっていうのは割と不安感高いですかね。
なんか怒ってんのかなとか、機嫌悪いのかなとか、悪いこと言っちゃったかなとか、
実際はそうじゃなかったとしても同じ間が空くだけでビデオ通話より数倍怖いっていう。
確かに。
いやでもさ、逆に言えばビデオ通話だと実はなんか無言なんだけど、ビデオの画面を介して何かしらやりとりしてるってことだよねきっとね。
何かしらやりとりしてるか。
コミュニケーションしてないし音声も発してないけど、何かこうやりとりしてるのかなっていう。
なんかその脳内にビデオの映像が映ってたらその映像が頭にインプットされるじゃないですか。
止まってたとしても何かしらビジョンは頭の中にあるけど。
浮かべられる。
音声だけだと話しながら頭の中で何かいろいろ作ってるわけですよね多分。
09:00
そうだろうね、見えてないから。
それが消えた途端に。
怖いってなる。
何も作れなくなって。
確かに確かに。
急に停止して怖くなるっていう。
何かそれで言うと僕が最近結構いろんなとこで言ってるのは何か直角の方がそのエンゲージメント高いよねみたいなそういう話あるじゃないですか。
で、それって結局能動的に考えてるっていうことだと思ってて。
で、映像だと結構自動的なのかなっていうのが僕これはちょっとそういう研究があるかわかんないですけど、経験的に思ってて。
自分で動画とか見ててもなんかぼーっと見ちゃったりするじゃないですかその自動的な感じ。
分かるー。
だけどその視覚情報が取り払われると脳にちょっと余裕が生まれるからなのかその聴覚だけでいろんなことを想像するみたいな余裕ができる気がして、
それって能動的な思考になるんじゃないかなって感じるんですよね自分で。
だから無言の時間が辛いっていうのも能動的に何かを問いに行くんだけど何もないから不安になるみたいな。
あーそうかもしんない。だからあの時の俺は怖かったんだ。
確かに。
引っ掛けるとこがなくなったみたいな。
目がかりゼロみたいな怖さ。
そうそうそうそれは何もなかったら怖いよなみたいな。
暗闇と一緒なんじゃないですか。
あ、そうか。
あの空白は暗闇だったのか。
いや分かんないけど勝手に言ってるだけだけどこれ。
でも感覚的には分かりますよね。
ありますよね。
良かったです。僕だけじゃなかった。
いや不安ですよ。
これ聞いてる人もそう同じこと思ってるかな。あったらコメントで教えてください。
なんか割と最近内静の話が研究がちょっと進んでるっぽくて。
内静っていうのはその本とかを読んだり多分そのポッドキャスト聞いてる時もそうだと思うんだけど、
頭の中で鳴らしてる声のこと内静っていう内側の声。
内なる声。
内なる声の話。
基本的になんか研究って誰かを説得しなくちゃいけないから、
実際にそれって嘘じゃねって誰かから指摘されるようなことって基本的にやれないんですよねあんまり。
だから内静ってすごい研究が難しくてあんまり進んでなかったんだけど、
割と最近になって音説レベルってなんか例えばバとかガとかタとか、
そのぐらいのレベルで音声を聞きながら自分でバって言ってくださいっていう実験をすると、
実際に本当に頭の中で言ったかどうかは確証取れないんだけど、
言う条件と言わない条件を作ると脳の反応が違うっていう研究が出てきて、
でなんか最近それの研究で脳の活動とか違うってわかってるからだと思うんだけど、
結構なんか目読中とかに自分の音声が聞こえる人が大体80%ぐらいいて、
12:01
でも聞こえない人もいるんだ。
喋らない人。読むときに喋らない人。
さあこの4人は何?
喋る人。
面白い。
本を読むときに。
僕喋る人ですね。
俺めっちゃ。
頭の中で。
そう頭の中で自分の声なのか人の声の場合もあるのかもしれないけど、
声を鳴らしながら読む人が多いですよ。
読めない基本的に。
なんか本のジャンルによるなあ。
ああそうなんだそれもおもろくない?
漫画とか読んでたら、アニメ見てたらアニメの声で再生されません?
ああありますよね。
それはなんか違いそうな気するぞ。もうすぐ声が当たってるやつ。
それと一緒で小説とか読むと勝手になんか違う声で再生されてるような気はして。
そうだね。
自分が喋ってたら内省じゃないな。なんだろう。
いやでもだからそれって多分よく言う漫画を原作漫画で読む人が、
あのアニメに行ったときになんか声が違うってなるって話ってよく聞くじゃないですか。
ありますね。
あれって漫画読みながら自分で声当ててるからですよね。
自分の出してる、頭の中で鳴ってる声と声優さんの声が違うから。
そうそうそうそう。だからもうその時点できっと内省があるのは間違いなくて。
そこは多分疑うし。
めちゃくちゃあるわ。
めっちゃあるなあ。
めちゃくちゃあります。
でも20%ぐらいはなんか鳴らない人がいるっていうね。
でも自分の声では聞こえてこないなあ。
なんかストーリーない本だったらあんまり喋ってないかも。
なんかビジネス書的なやつだったらどうですか?
ビジネス書読んでないなあ。
なんか目で追ってるだけだな。
インストールしてるみたいな。
なんかこの後はスペキュレーションになっちゃうんだけど、
結局その内省ってその本を結局読んでるんだけど、
自分で話してるっていう状態になってるっていうことじゃないかって。
つまり、例えば今ビジネス書の例がすごい良いと思うんだけど、
多分自分が普段話したりしないようなワードが異常に並んでるやつとかに音声当てるのって結構難しいんだと思うんですよね。
難しいですね。
きっとそう、僕もちゃんとやったことないけどそうじゃないですか。
ビジネス書僕は音鳴ってない派です。
鳴ってない、ああそう、だからそれはあるのかもしれないけど、
でもなんかそうするともしかしたら読みにくいのかもしれないし、
内容が入るのに時間がかかるかもしれないじゃないですか。
確かに進みはめっちゃ遅い。
そう。
恥ずかしいくらい遅い。
で、だから思ったのは結局ポッドキャストっていうのは、
聞きながらその人が次何話すかを予測しながら自分で喋ってると。
そう。
そうすると、なんかその他人の音声を聞きながら自分で話してるつもりになってんじゃないかなっていう。
面白い。
確かに。
それがなんかその、さっき言ってたその下手たりがないことの原因の一つかなみたいな話はちょっと思ってて。
15:06
わかんないかな。
確かにな、でも考えたことなかったな。
なんかわかる気がしますね、それ。
なんかそのポッドキャストを聞いていて、
その、例えばいろんな普段こういうことに対してこう思ってるんだっておっしゃられてるポッドキャスターさんの話とかを聞いてると、
なんか自分ではあんまピンときてなかったものもだんだんそうなのかもなって思ってくるぐらい、
こう考え方みたいなものが、まあよく言えば柔軟にですけど、こう動いたりとかすることもあって。
ある意味巻き込まれてるのかもしれないしね。
で、やっぱりその他人の声が自分の声で頭の中で再生されているみたいな、
なんかそういうことに引っ張られているのかなとか、
は、なんかなんとなく体験としては思いますね。
面白いな。
でもこれちょっと違うかもしれないですけど、その自分の声を編集しているときにも結構思いますね。
なんかこう、自分の声を聞いて編集しているときに自分の内省が増強されているような感じはなんとなくして。
すごい軽。
それ一番面白い話だわ、きっと。
ありますよね。
あるある。
だからこそ何回も喋ってるみたいな感じになって覚えてるとか、自分が喋ったことをもっと。
なんかあの、ちょっと文脈違うんだけど、たぶん関係ある話は、なんかあの、
ダンスを見たときに、その人のダンスがまるでこう自分で踊っているような感じに感じられるかどうかっていう系の研究とかがあって。
はいはいはいはい。
そのときに相手と同じような、相手の動きを見てても自分の脳の運動しているところに関係するエリアが、脳が活動するんですけど。
バレーダンサーとカポエラダンサーの研究、超有名な研究があって、
バレーダンサーとカポエラダンサーが、カポエラダンスとバレーダンスを見ながら脳の活動を測ると、確実にあの、バレーダンサーはバレーダンスに反応するけどカポエラに反応しなくて、カポエラダンサーはカポエラのダンスに反応するんですよ。
面白い。
つまり見ながら踊れてるっていう、自分は踊ってるっていう。
はいはいはい。
だから、その話の延長線上に、一番その見た時に、一番そのシミュレーションっていうか、自分の脳が同じようにそれを一緒にやってくれる対象って、実は自分なんだって話は確かあって。
だから、つまり何が、何でここにその話したかっていうと、戻ってくると、結局音声を聞きながら自分でも話してるっていうプロセスが内省なんだとすると、
他人だから簡単に予測もできないし、完全に自分が話してるわけじゃなくて、ちゃんと他人が話してるとして聞こえてるんだけど、
18:00
自分が話してるのを録音して聞くと、もうタイミングも話す内容も、一回なんなら記憶に入ってるからバッチリシミュレーションできるじゃないですか。
だから多分内省が一番大きいかもしれないなって。
やっぱそうか。
増強されてる感じってそれじゃないかなって。
だから脳の中にモデルがあるかが結構大事なんですよね。
はいはいはい。編集しながらこいついいこと言うなーって自分に思いますもんね。
ポジティブ。
そういうことですよね。
そうそうそう。
増強されて。
自己肯定感。
いいこと言うなー、しかもいいタイミングで。
その逆もあるから。
さすがってここで突っ込んでないんだみたいな。
あーあるんだ。
あれポジティブすぎたすき。
内省ばっかりですけどね。
ちょっと待って、不利になってきた。
でも内省というか、自分の声もそうだけど、他の人のポッドキャストの声を聞いていて何回もずっと聞いてると、その人の声が自分の中にライブラリーとしてどんどん蓄えられていって、すぐフィットしやすくなってるのがあるかもしれないですよね。
それで言うと、そのポッドキャストだけ聞いてくれてる人がイベントとかに来てくれたときに初めて会った感じしないみたいな言うのもちょっと関係ありそうだなって気がして。
モデルができてるってことか。
そうそう多分モデルができてて、でましてや僕は別に顔も出してないけど、勝手にそういうのが構築されてて、それが会ったときに一致するからめっちゃ親近感湧くとかありそうななってちょっと思いましたけどね。
いやなんか俺だからさっきの話に戻っちゃうんだけど、多分人間って結構もう社会的な動物じゃないですか。だから結構もう視覚はいつ割ってるんじゃないと思って。
つまりなんでこの話したかっていうとさっき恐怖の時に恐怖は大事だと。生き延びるたびに大事だから聴覚が発達したんだって言ってたけど、俺ちょっと違うと思ってて。
違うっていうかそれも絶対あると思うんだけど、恐怖って基本知らない人に見せていい表情じゃないじゃないですか。だから視覚で隠すのが大事なんだと思ってたの。
だからその聴覚の方で漏れてちゃうから聴覚の方でみんな聞き分けるようにしてるっていう。
だからなんかその今俺らが声の方が人だなって思うのは、視覚の方では情報が本当多すぎたり、なんならちょっと偽ってたりノイジーだったりするから聴覚に頼ってんじゃないっていう。
分かるなあ、めっちゃ分かるなあ。なんか可愛いは作れるってあるじゃないですか。見た目の可愛いは作れると思うんですけど、人格とかあと声の可愛いって作れねえよなって思うんですけど。
21:06
確かに。
つけちゃうというか。
そこの感じを作るのむずいよなあ。
ある種のなんかその声優さんブームみたいなのも近いかもしれないですもんね。なんか作れないから価値が上がってきてるみたいなとか。
はいはいはいはい。やろうとしてできないから。
面白いなあ。
でも内政って最近なんか出てきたものなんですかね。
これどっかでも話したんですけど、昔はみんな音読してたみたいな話。本とかを。
目読っていうのがあんまなくって、ちょっとこれ本当にないかわかんないですけど、みんな図書館でも音読してるから、なんかアレクサンドリア図書館昔めっちゃみんな音読してうるさいんじゃないみたいな。
そうなんだ。めっちゃ知らないその話。
サイエントックのすっごい昔に2、3年前に図書館の歴史みたいなやつやってたことがあって、その時に話したんですけど、だからその目読自体も比較的新しいのかな。
ホモサピエンスのあれでいうと結構最近できるようになったことなのかなみたいな。
確かに。
結構新しい振る舞いだと。
目読の方がなんかちょっと言葉が難しい。知的レベル的にはなんていうか高い能力を必要とする感じがしますよね。
それもまあわかんないけどね。
僕はちょっとそれが高くないので、ちゃんと声とかなんか出さないと入ってこないみたいなところがあったりするけど、だから文字だけ見てこう理解できるって相当。
熟練してるってこと。
処理能力高いなって思っちゃうんですよね。
そう言われてみたら俺英語の本読むとき声に出すわ。そういうのが理解できる。
そういう感覚ありますよね。
レンさんはもう英語バリバリ目読できる?
いや僕も結構さっき日本語だとそんなビジネス書とか声出さないって言いましたけど頭の中でも。英語だと絶対頭の中で声出してる気がしますね。
あーそうなんですね。
それサポートしてんだねなんかね。
多分そうなんじゃないかなっていう気はしますね。
やっぱ母国語の方がその情報の変換が早いから、なんか人と話してて聞いてすぐレスポンスみたいなできるかもしれないけど、なんか英語だとなんか文章で出力されてる感じ。
リスニングした時に頭の中で文章をちょっと思い描いてるような感じはするんですよね。日本語より。
じゃあ両方か。
だから文字を思い浮かべて、なんか読むとかに近いのかなとか。それは面白いね。
生一の娘がいるんですけど、毎日宿題頑張ってるんですよね。国語の教科書ってまあ当たり前に本読みというか音読が今の時代もあるんですけど、
24:01
この間その担任の先生がおっしゃってたことを聞いたんですけど、やっぱり音読をすることにすごくやっぱり意味があるみたいで。
同じ狸の糸車を読むことに対しても、その声に出して読むから、その誰と誰がどういう関係になっていて、
誰がどういう気持ちになっていて、みたいなものがその子供の、まあ小学1年生も発達段階ですから、そこにこううまく入っていく。
目読一人で黙って読んでるよりはスッと入るよっていう。だからお父さんお母さんはしっかり聞いてあげてくださいね、的なことを言われたんですが、
もしかしたらそこにもやっぱり関係してくるのかなと思いましたね。
めっちゃおもろいな、それたぶんすごくおもしろくて。だから今までの話をちょっとだけさまりっていうかすると、結局その自分で何かを聞くときに、
自分で話しながら、頭の中で話しながら聞くんですよね、たぶん。それは聞く理解を助けてくれると、たぶん。
それは結局自分たちが人の声を聞くときに自分たちで話すっていう運動の部分を使いながら聞いてるからと。
で、その先に、たぶんこれ研究は絶対ないと思うんだけど、音読する経験のときに感情を込めて読むっていう訓練しておくと何がいいかっていうと、
なんか文章とかファンタジーとか何でもいいんだけど、なんか小説とか読んだときに、その内容を読むときに自分で話すように読むじゃないですか、としますよね。
そうすると、その自分が演じた声色とか雰囲気とか感情みたいなものごと読み取れるようになりますよね。
だってそういうふうに演じて話してたから。なんか小説とか読んでもなんかその時の臨場感とかが湧かない人といる気がして、湧く人と湧かない人と。
なんか意外とちっちゃい頃のその感情を込めて読んだかどうかとかが結構影響してんじゃない。
これ、こういうの言い出すとちょっと危ないけど。教育がどうとかみたいになっちゃうけど。
ありそうだな、でも。
でもなんかありそうだな。でもそこまではね、研究なさそうな気がする。あんまり聞いたことがない。
なんかあの、喋って、話して聞くっていうそのこと?じゃなくてあと文字で書いて読むってこと?
うん。
会った時に、たぶん話して聞くっていうのはその身体性を伴うコミュニケーションだと思うんですよね。
そうですね。
で、えっと、ルソーか。なんかルソーが言ってた、あの社会人になる前のなんだっけ。
知らない。
子供の頃は自然を、自然人だったから幸せだけど、あんまり言葉とか教えちゃダメだみたいな。
言葉に覚えちゃうとそれに当てはめちゃって、でもその身体性みたいなものが失われちゃうみたいなところがあるから。
だからそれを子供の頃から話して聞いてっていうところをちゃんとコミュニケーションとっておかないと文字とかそういう情報?
27:06
あとスマホもそうかもしれないですけど、そういったものに触れてるとなんか失われちゃうよなっていう感覚がありながら、うちの子供はすっごいスマホ見てますけど。
男の家もそうか。
面白いな。なんかすごい思うのは、そういう子供の時に言語と本当のリアルにあるものを結びつけるのが大事っていう話じゃないですか。
炎っていう炎を見て熱いって思うのと、炎っていう文字を見て熱いって思うのがリンクしてるかみたいな。
そういう話なのかなっていう気はして、アナログなものをデジタルにする的な感じなのかなっていう、肩にはめって理解するみたいな。
っていうのに喋るのがめっちゃいいのかなとか思ったし。
なんか言語の起源とかいろんな説ありますけど、やっぱその区別することが言語のシステムの始まりだっていう説とか聞いたことあって、
石いっぱい集めて丸い石と四角い石があって、それを区別するから丸いとか四角いという言葉が生まれるんであって。
なるほどね。
だけど別にそれ人間勝手に決めたルールじゃないですか。
だけどそのルールを理解した方が自分の思考とかもよりリアルになるし、解像度を上げられますよねみたいなワースがあるかなと思って。
音読するのってそういうのに良さそうだなって今聞いてて思いましたけど。
いや、だからさ、昔の人はきっといちいち物理世界とアクションしながら言葉を使い分けてたかもしれないわけじゃないですか。
さっき塚沼さんが言ってたみたいに、なんかもう言語の価値ってある意味いちいち物理世界とアクションしたりインタラクションしなくても、
なんか紙に書いた文字さえ覚えれば使えるけど、そうすると本当にその文字情報だけを取り込むようになっちゃうよねっていう話だと思ってて。
結局それが言語の文字のすごい良いところでもあるけど、なんか読んだりその実際のものに触れたりしながらその連携取っていくっていうか、
アソシエーションしていくみたいなのが今でも大事なのかもね。
子育てとかで大事そう、そういう体験されて、これが芋虫だよみたいな感じの、そういうの大事そうですよね。
大事だよな。
NB見せてあげるの大事だなって思いますね。
その炎の厚さというか、生きてる芋虫というか。
なんかお話で読んだだけじゃなくて、その自分の中にある要素と本当に生きてる、本当に燃えてるそれを肌で感じるのがリンクすると、もっと良いことありそうだなって思ったりはしますね。
30:05
すげえ哲学みたいになってきたななんか。
そうですね。
ポッドキャストもだから声で聞くだけで結構身体性を感じるっていうか、ポッドキャストって言語のコミュニケーションと思われがちだけども、でも非言語的なところがすごく強くて、その身体的なコミュニケーションっていうところがいいなと思うけど、でもやっぱりリアルで会うとまた違うじゃないですかみたいな。
ポッドキャストで視覚に騙されないじゃないけど、その人のすごい人間のところを知った上で実際のリアルの人に会う、これが本物かみたいなその感動はなんかすごい、実際そういう体験ポッドキャストウィーケンドーとか行くとすごく感じるし。
確かにね。
その順番結構いいなと思うんですよね。なんか最初に会っちゃうとその感動が得られない感じ。
なんかこんなこと言うと怒られるかもしれないけど、牛若さんとか結構あれじゃない?話と見た目にギャップあるって言われるタイプじゃない?
え?
それはそうかも。
いや分かんないけど。
あんまり今日みたいな話はしないんですけど。
僕めっちゃそうでしたよ。
確かに。
え?
そう。
たぶん初めて会ったのってウィークエンドの時でしたっけ?23年のウィーケンドーとかですね。
そうっすよね。で、声は聞いたことあったから。で、その時ってたぶんそんな顔も出してなかった気するんですけど。
あんまり出してないですね。アイコンにもしてなかったし、イベントで顔面出してなかったんで。てかそもそもイベント行ってなかったし。
そう。そのサイエントークのブース来た時にめっちゃイカついじゃんみたいな。思った記憶ある。
はい。オールバックで髪結んでサングラスかけてますからね。
そうそうそうそう。
今回見た時になんかヤバいいじめられるって思ったもんね。
なんでだよ。なんでだよ。声が見えないですよ。
いや、だけどなんか話し口調がさ、すごく穏やかで。
そうそう。すごく優しいし、話しやすいし。
いや、びっくりするのがその気遣いよね。分かる?話をした後の反応とか合いの手の気遣いが半端じゃなくて。
それはね、常々思ってます。
恥ずかしい。褒められている。恥ずかしい。
すごい威力があるじゃないですか。音声の配信というか、音自体が。
ポッドキャストの配信って、それを普段聞く場合はイヤホンなりヘッドホンなり何かしらのスピーカーなりから、
ほぼいわゆるゼロ距離とかで自分の脳にぶち込まれる感じ。
余計と何か、ただYouTubeで見ている、誰かが喋っているやつを聞いているだけじゃなくて、
もっと自分の考えとか思考とか、何なら生活リズムとか、そういうものに作用する力があるなっていうのは。
33:05
めっちゃありますよね。
あります?やっぱり。
やっぱりそのゼロ距離でぶち込まれつつ、さっきレン君が言ってたことにもちょっと近いんですけど、
ポッドキャストは能動的って言ってたじゃないですか。
YouTubeとか動画のメディアを見ている時って、映像の中に集中しないといけないから、
自分はそこに止まらないといけないじゃないですか。
自分の体が車だとしたらパーキングに入れないといけないなと思ってて。
でもポッドキャストはずっと自分のギアをドライブに入れっぱなしで、ダイレクトに脳にがっつり入ってくるわけですよね。
なんか一個だけ聞いていい?素人的な質問なんだけど、
ポッドキャストってみんなスピーカーでは聞かない?
聞いてる人もいるでしょうけど、
やっぱりヘッドホンがいい?
基本的にはやっぱりヘッドホンで聞いた方が近くに感じるんじゃないかなっていうふうには思っていますが、
確かにそれは統計取ってみてもいいかもしれないけど、
ポッドキャストに沼ってる人はきっとイヤホンで聞いてるんじゃないかなって気がしますけど。
なんかさっきのパーキングの話が本当なら、音源定位っていうのはさ、
結局音がどこから鳴ってるかっていうのを人間の脳みそがどう処理してるかって話だけど、
ヘッドホンの場合って左耳と右耳から同じ音量で直接入ってると、
音の大きさの差もないし、音のスピードのズレもないから、
頭の中に音源定位するわけよね。
YouTubeも画面に音が定位してるだろうし、
注意もそっち向いてるだろうし、スピーカーも外じゃん。
だからなんかスピーカーって下がっちゃうのかね。
スピーカーだともうここから音出てるってなるけど、
イヤホンしてるともう家どころか散歩しながらその人と一緒に行ってるじゃないですか。
しかも頭が被ってるからね、そうするとね。
だからもう頭の中にずっとダイレクトに定位はね。
定位してるんじゃないの。
あるっていう状態で、その人の声が入ってくると、
ずっとその人の声が散歩してるときに聞いてたレン君の声が、
ここの散歩コース歩いてるとレン君の声が蘇ったりとか。
あーわかるそれ。
そんなことあるなーそれ。
ありますよ。
あとね、牛若さんの声はね、僕マインクラフトを家で一人でずっとやってたときに、
なんでながらなんだよそっちは。
お祭りすんだったかなんかそれ聞いたときに牛若さんの話ずっと聞いてたから、
ここでこの石を切削すると、このときは牛若さんの話してたなーみたいな。
関係ねー。
声がね。
謎のものと紐付けられて。
いやでもあるなーこれあるんすよ。
僕も同じことあって。
一昨年かな、人生で初めてフルマラソンに挑戦したんですけど、
その練習をするのにあまり走り慣れてなかったので、
夜中にポッドキャストを聞きながら3,4時間走るみたいな練習を最後してたんですね。
めちゃくちゃ長いし辛いんですけど、
そのポッドキャストを聞きながらだったらギリ耐えれるみたいな感じだったんですけど、
36:02
そのとき聞いてたサイエントークなんですよ。
だからサイエントークを聞いていると、これ逆なんですけど、
走ってる思い出がちょっと蘇ってきて、辛くなる。
ちょっと息苦しくなる。
辛いですね。
辛いってことは。
逆に走ってるとサイエントークを聞きたくなるんですけど、
両方あります。
確かに両方ある。
僕の中で。
これ聞いてたときあそこある人だなーって景色が浮かんだりするときありますね。
あそこででかめのヘビに遭遇したなーとかあるんですよ思い出が。
濃度を走ってたんでめちゃくちゃ普通にヘビいて怖いっていう。
思い出すまではそんなないかもしれないですけど、
番組によって聞く場所を決めてるかもっていうのは思いますね。
落ち着いてる番組は普通に家で聞きたいとかそういうのが結構あるかもしれない。
逆にそういうのないんだっていうのはちょっとびっくりなんですけど。
あんまり考えたことがない。
思い出すみたいな。
これ聞いたときにこれ聞くとあそこの景色を思い出すとか。
音楽だったらめっちゃあるなー。
まあそれもあるけどね。
なぜかそのサイエントークをみんな走ったり歩いたりしながら聞いてるというのがすげえ面白いなと思って。
なんでなんで。
実はなんか理解が難しいから一生懸命体を動かしながら聞いてんじゃねみたいな。
あるかもしれないし。
じっとしてるとなんか意味わかんなくなっちゃうみたいな。
難しくて。
あと散歩すると他のことできないから。
学習系はやっぱ散歩しながら聞きたいって思うかもしれないですね。
長いからかな普通に。
それはでもシンプルにありますよね。
1エピソードあたりの長さが。
長い方がこういうとき聞きたいとかはやっぱあるし。
なんか散歩でもランニングでもその飽きたとしても逃げ出せない状況じゃないですか。
とか言ったらすぐさまにはやめられないというか。
どの道帰らなきゃいけないとか走らなきゃいけないとか。
だからこそその聞き続ける動機もあって聞き進めるんじゃないですかね。
聞くのやめると帰るの辛くなるもんね。
そうなんですよ。
確かに。
別にシャーナシサイエントック聞いてるわけじゃないんですよ。
そういう流れになっちゃう。
そういうわけじゃないんですよ。
言っておきますけど。
みんなコントロールされてる感じするな。
そうですね。
確かに。
だからちょっと危険性を感じるときもありますよね。
アディクティブっていうかね。
沼だなやっぱり。
いやなんか音声広告でめっちゃ買っちゃうみたいななんかそういうデータとかも確かあって。
あ、あるんだ。
アメリカかどっかの普通の動画で広告するのと。
同じ広告かちょっと分かんないですけど。
でも音声広告ってすごいクリック率いいよねみたいなやつは結構いろんなところで言われてて。
それ関係ありそうだなと思いましたね。
ちょっと最後に僕こう思ってるんですけど皆さんどう思いますかって聞きたいんですけど。
39:04
実際にリアルでその対面で会って話したときにその人のことが分かるじゃないですか。
分かるというかそこに存在するじゃないですか。
だけどそれよりもポッドキャストでその話している人の声を特に一人語りかな。
を聞いてた方がその人のことを本当のその人のことを分かるなっていう感覚があるんですけど。
要は誰かと話しているときとか誰かと一緒にいるときってやっぱり人間ってやっぱり関係性じゃないですか。
だから誰かに合わせたその人になってるし。
だから自分はここで今こう話してる中で変なことは言わないようにしようとかいろいろこう制限が入ったりとかしてるけど。
一人語りでこう話してる人の方がなんかこう本当のその人なんだなって感じがしたりとかする。
実際に会って話すよりもみたいな。
そういう力があるんじゃないかな。
だから一人語りポッドキャストもっとみんなやったほうがいいんじゃないかなと思ったりしてるんですけど。
でもなんかそれこそさっきの内省に近いんじゃないですか。
一人語りの方が。
その人自身が一人でいるときに喋ってる内省って多分すごいコアな人間の核みたいなとこに近いような感じだから。
それを他の人が覗き見れるからみたいなそういう感じなんですかね。
すごい分かりますね。
そうですね。
感覚としては。
あくまでなんか対面してその仮にAさんとしたら、
Aさんと僕が話しているみたいなのって、
そのAさんが喋ってる内容ってその目の前にいるそのAさんの身体デバイスみたいなものから鳴ってるような気がするんですよね。
側があって。
でもAさんが一人語りしているポッドキャストって、
それこそイヤホンで聞いてるからっていうことも込みで、
自分の内から聞こえるぐらいのその側を抜いた何かみたいなところから聞こえる。
なるほど。
なんなら自分の中から聞こえるまであるんですけど、
だからこそみたいなものはちょっと感じますね。
確かに。
それはさらにそのより近く感じますよね。
って気はします。
で多分一人語りで話す内容が、
その何かこう役に立つような情報とかを話すんじゃなくて、
その自分の本当の内製ですよね。
まあ内なる声じゃなくて自分の口を見るみたいな。
内製とかだとよりその人のリアルが伝わるなって感じがあるなと思って。
そういうのが増えたらいいんじゃないかなと思ったり。
研究してほしいですね。
これもう論文にしません?
そう。
誰か。
いやいや、実験して論文書けると思うな。
42:00
岡崎さん論文にしません?これ。
何か論文になりそうじゃないですか。
そうなの。
レンさん強調で論文にして、
すごい場面に立ち会ってしまったかもしれない。
世界を揺るがす論文が今ここで生まれてしまうかもしれない。
本当に研究会みたいになってるもん。
これを聞いた人が論文書くかもしれない。
これを聞いた誰かが実験してもいい。
全然いい。
そう、そういう繋がりがいいなとは僕は思っていらっしゃってますが。
今日はちょっといろいろ長く話して、まだ話し足りないところもありますけど。
そうですね。
でも全然ありがとうございます。
この辺りでって感じにしましょうか。
楽しかった。ありがとうございます。
本当にありがとうございました。
というわけでここまで聞いていただいて本当にありがとうございます。
感想コメント、SNSでの投稿をお待ちしております。
ハッシュタグ超えていくをつけて感想シェアをお願いします。
スポーツファイアップルポッドキャストでお聞きの方は番組のフォローと番組の評価もお願いします。
ということで、今日最後に皆さんちょっと感想をいただきましょうかね。
じゃあ岡崎さんからいいですか。
僕ポッドキャストをやってないから、全然ちょっと話として難しいかなと思ったんですけど。
本当にもちろん研究みたいな難しい話も全然ありだし、本当に雑談みたいなのも全然ありだなって思わせる。
やっぱポッドキャスト懐が深いんですよねっていう。
で、れんさんも牛若さんもなんかやっぱ人柄が滲み出てて、マジ話しやすかったです。
ありがとうございます。
牛若さんありがとうございます。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
じゃあ次牛若さんいきましょうか。お願いします。
ずいぶんと見た目とのギャップのある話をしてしまいましたけども。
なんかうっすらポッドキャスト研究室をこうね始めてから、
なんかポッドキャストってこういうとこあるよなっていう、
その自分の中でのあるあるみたいなものをここでやっぱそれってあるよねだったりとか、
これってこうなんじゃないみたいな仮説だったりとか、
そういったものがすごくなんか面白く出てきて、
すごい実りのあるというか、すごい楽しい時間でした。ありがとうございました。
ありがとうございました。
じゃあれんさんお願いします。
いやーなんかすごい楽しくて、
なんていうかポッドキャスト研究するみたいなワードも勝手に言ってたんですけど、
こうやって話すとみんな同じようなこと考えたりするし、
なんかこういい共同研究みたいな感じになりましたよね今日。
だからなんかすごいいろいろ思ってもなかった話も聞けたんで、
また沈んでいきそうです。
これ以上?
いやーだからすごい面白かったですね。
なんか改めてちょっと自分でいろいろ良さみたいなやつも気づけたなという気がしました今日。
45:02
ありがとうございました。
ありがとうございました。
ポッドキャストはいくら沈んでもいいですからね。
そこなし。
もう息ができません。
じゃあ今日はこのあたりということで、
今日はありがとうございました。
ありがとうございました。
いやーやるかなポッドキャスト。
まあ同格?
ポッドキャストはあんまり打たないって言われた。
誰から見かけて話したいタイプ。
でもさっきポッドキャストさんのおもろい技術、
今日喋ってて思いましたもん。
そうですね。
ありがとうございました。
45:50
スクロール