2025-08-26 22:30

夏の日の夢(前半)

小泉八雲

サマリー

このエピソードでは、浦島太郎の物語について語られ、彼の冒険と美しい乙姫様との出会いが描かれています。物語の中で、彼がカメを助けることで運命が変わり、竜宮城での生活が始まります。浦島太郎が神奈川の海から持ち帰った玉手箱が、彼の運命を左右する重要な要素となります。彼は故郷に帰り、400年の間に変わり果てた村を目の当たりにし、約束を破って箱を開けたことで悲劇的な結末を迎えます。

旅館での安らぎ
小泉悪夢)、林田誠明)、その旅館は楽園のように思えたし、メイドたちも天女のようだった。
これは明け方、条約による誤解口のひとつ、長崎から逃げるように帰ってきたばかりだからである。
というのも、モダンな設備を完備したヨーロッパ式ホテルの方がよっぽど快適ではなかろうかと当初思い込んでいたからだ。
それだけに、ここでこうして浴衣を着てくつろぎ、ひんやりした座布団に座り、よろしく声の女中たちのもてなしを受けて、
美しい調度品に囲まれているのは、19世紀西洋のあらゆる不満俗さから解放される気分でほっと安堵した。
朝食には、タケノコとレンコンが出て、宿泊の記念にと内輪が配られた。
内輪には、海鳥が海岸に打ち寄せる大波と、青空の遥か彼方からいさんで獲物を狙い定めている様が描かれている。
これを眺めていると、旅の難儀さを忘れるようであった。
溢れんばかりの陽光と雷鳴のようにダイビングする一瞬の身構え、それに波を砕く海風の勝鬨のすべてが、この一枚の中にある。
最初これを見たとき、「あっ!」と叫びたいと思ったほどだ。
二階のバルコニーの杉の円柱の間からは、黄色い小舟が物うげに停泊している。
三住港が見え、その湾曲した海岸に沿って綺麗な灰色の街並みが望める。
港は釣り金を伏したような緑の大きな岩山と岩山の間に開港しており、
その向こうにある水平線にはキラキラした夏の輝きが見える。
その水平線のあたりには古い記憶のように山々の影がぼんやりと霞んでいる。
灰色の街と黄色い舟と緑の崖の他はみんな藍色で青色であった。
その時、風鈴の音を聞くような涼やかな声で、「ごめんくださいまし。」という丁寧な言葉が聞こえると、
私はうたた寝の白昼夢から覚めた。
それは旅館の女主人が茶台のお礼にやってきたもので、私も両手をついてお辞儀をした。
彼女はとても若くて、宇田川邦貞の古帳の美女や、清賀の娘図を思わせてうっとりする、とても愛想の良い人だった。
ふと何気なく私は死を思った。
というのは、昔から言うように美しさには時として不幸の予感がつきまとうことがあるからだ。
女主人は、「お出かけなさいますなら、車を呼びしましょうか。」と尋ねた。
私は次のように返事した。
「熊本へ帰りますです。この旅館の名は何と言いますか。きっと覚えておくです。
お部屋は大したものじゃございませんし、メイドたちも行き届きませんでだったでしょうが、浦島屋と申します。
それでは、お車を呼ばせましょう。」
彼女の音楽を奏でるような声は過ぎ去ったが、私には霊的な身でぞくぞくするような魔法がすっぽりとかけられた気がした。
浦島太郎の出発
旅館の名も、男に魔法をかけて魅惑するシーカの物語と同じ名前だった。
さて、この物語を一度聞けば、読者書士も忘れることはないだろう。
私も毎年夏には海辺に立つが、特にとても柔らかくて穏やかな日には、その物語はいつも私の脳裏から離れない。
この昔話には、芸術作品から刺激を受けた時のように作り変えたものが多くある。
けれど、非常に印象的で、最も古いものは万葉集にあるが、これは5世紀から9世紀の間のシーカを編纂したものである。
この古い版から、優れた学者のアストン氏は、これに手を加えて文章にしているし、またチェンバレン教授も詩と三文に翻訳している。
しかし、英語の読者にとって最も魅力あるのは、チェンバレン教授が子供たちのために書いた二本おとぎ話集であろう。
というのは、日本人の画家が書いた素晴らしい彩色の冊子絵があるからである。
手元にあるワトジの小さな冊子によりながら、私自身の言葉で昔話を再現してみたい。
昔々、416年ほど前、漁師のせがれの浦島太郎は、墨の江の浜から自分の船を漕ぎ出して、漁に出た。
夏の日は、当時も今日と同じように、全くもって物憂げに眠ったようである。
海は淡い青色をしていて、ただ少しばかり光があって鏡のようであり、その上には真っ白な雲が浮かんでいた。
また、遠くの丘も同じようであった。
青空に溶け込むかのように淡く青い形をしていた。
それに、風もどこか眠たげである。
この少年もまた、眠くてうとうとして釣り糸渡れているものの、船は漂うままである。
この船は変わっていて、塗装も施されず、また舵もなく、おまけに西洋では見かけることのないような形をしている。
しかし、400年後の今日もなお、日本海の海岸の古い漁村には、このような船がまだ見受けられるのだ。
長いこと待って、やっと何かが釣り糸にかかった。
浦島が引き上げてみると、それは一匹のカメだった。
ところで、カメは海の竜人のお使いであり、その寿命は一千年とも、人によっては一万年とも言われている。
だから、そのカメを殺すことなんずは、とても悪いこととされている。
浦島は、釣り糸からこの動物を優しく放してやり、神に祈りを捧げた。
けれども、今度は何の獲物もかからなかった。
この日はとても暖かくて、海も大気もあらゆるものがあたり一面静寂に包まれていた。
太郎はとても眠くなり、浮かび漂う船の中で眠り込んでしまった。
竜宮城での幸せ
やがて、海の夢の中から美しい乙女が立ち現れた。
それは、先のチェンバレン教授の浦島の本にある冊絵で伺うことができる。
乙女は、真紅色と青色の服を着て、背中から足まで長く伸びた黒髪をしている。
これは、千四百年前の王女の生俗にちなんでいる。
この乙姫様は、水の上をすーっと滑るようにやってきた。
船の中で眠りこけている少年の枕元に立ち、軽く触れて起こすと言った。
驚かれなされるな。
父なる海の竜神が、私をそなたのもとへ差し向けたのです。
そなたが優しい心を持っていて、きょう亀を放してやったからです。
常夏の島にある父の宮殿へお連れいたしましょう。
お望みならば、私がそなたの花嫁になってもかまいません。
そこで、永久に幸せに暮らしましょう。
浦島は、乙姫様を見上げて不思議に思うばかりであった。
彼女は、今までに見たことがないほど美しかったので、恋したわずにはいられなかった。
それから、彼女は楼とると、彼もまたもう一つの楼をとった。
そして、一緒に漕ぎ出したのだ。
読者のみなさん方にとっては、それはちょうど西洋の海辺から遥か遠くの沖合を、
釣り舟が黄金色に染まって夕日の中を進んで行き、
夫婦が共に漕いでいるのを眺めるようなものだったろう。
二人は、優しくまた素早く、静かな青い海を南へ漕いで行った。
そして、夏が終わることのない島へと、またそこにあるという海の竜神の宮殿へと向かった。
ここで、小さな本のお話は突然に終わるのだが、
冊子絵では、さざ波の青いうねりがこのページいっぱいにあふれている。
これらの波の向こうの遥かな水平線に、
島の長くて柔らかそうな砂浜の海岸が描かれている。
上緑の葉の上にはそびえ立つ屋根が見える。
これは、海の竜神の宮殿である竜宮城である。
それは、ちょうど1416年前の雄略帝の宮殿のようである。
風変わりな従者たち、とは海の生き物たちである。
が、清掃して両目を迎えに出て、竜神の義理の息子となる浦島太郎に丁寧に挨拶した。
こうして、乙姫様は浦島の花嫁となった。
絢爛豪華な結婚式が盛大に営まれて、竜宮城は大いなる歓喜に包まれた。
浦島にとって、毎日は新鮮な驚きと新しい喜びの連続であった。
海神の召使いたちがもてなしするのもとても驚いたし、
また、常夏の組にで極楽のような艦隊も味わった。
あっという間に3年の年月が過ぎた。
けれども、この艦隊ともてなしにもかかわらず、
両氏の少年は、両親が自分の帰りを待っているのではないかと考えると、
心の中はいつも気がかりだった。
そして、ついに太郎は花嫁に、両親にほんの一言を言うわずかの間だけでいいから、
家に帰らせてもらえないか。
そうしたら、またすぐにあなたのもとに戻ってくるから、と頼んだ。
この言葉を聞いて、太郎はさめざめと泣いて悲しんだ。
長いこと一人で静かに泣いていたが、やがて夫に言った。
行きたいと思いなら、もちろん行かれません。
でも、あなたが行ってしまわれるのではないかと不安です。
再びお会いすることもできなくなるのではと恐れます。
でも、よろしい。
それでは、この小箱を差し上げますので、ぜひお持ち下され。
申し上げるとおりになさいますなら、
この小箱はあなたが私のもとへお帰りになるのをお助けするでしょう。
でも、決して開けてはなりません。
どんなことがあっても、開けたならば再び帰ってくることはできないのです。
そうなれば、もう二度と私と会うこともかないません。
浦島太郎の帰郷
そして、乙姫様は絹の紐で結んである小さな漆の箱を浦島に手渡した。
この小箱は今日、神奈川の海のそばにある寺で見ることができる。
そして住職は浦島の釣り糸、また海神の国から持ち帰った不思議な宝物を保存している。
しかし浦島は花嫁を慰め、
どんなことがあっても誓って箱を開けないし、絹の紐を緩めるようなこともないと約束したのである。
そして、永遠に眠っているかのような海の上を照らす夏の光の中を通って去っていった。
常夏の島の影は浦島の後ろで夢のように霞んでいった。
彼の目の前には、北の水平線の白い輝きの中に影を見せている日本の青い山々が再び見えてきた。
ついに再び自分の生まれ故郷の入江にたどり着いたのだ。
そして自分のいた浜辺に降り立った。
辺りを見回しているうちに大きな戸惑いが湧いてきた。
どことなく違っているようだった。
というのは、この場所自体はかつてと同じようだったが、どこか元のようではない感じがする。
現に父の漁師小屋はもう見当たらなかった。
村はあるが、家々は見たこともないような形になっている。
木々も変わっていた。
野原も、それに村人の顔でさえそうだった。
覚えていた土地の様子はほとんどないのだ。
神社ですらも新しい場所に建て直されているようだったし、その森も消えてなくなっている。
村の中を流れている小川のせせらぎや、山々の形だけが昔と変わらなかった。
他のものはみんな馴染みがなく、新しいものばかりである。
両親の家を探そうとしたが見当たらなかった。
ここの漁師たちが不思議そうに浦島を眺めている。
俺らの人たちのどの顔も以前にあったことのない顔ばかりだった。
そこへ、古老が杖をついてやってきたので、浦島は自分の家への道を知らないかと尋ねた。
しかし、おじいさんはひどく驚いた様子だった。
口の中でもごもごと尋ねられた問いを繰り返していたが、大きな声で言った。
浦島太郎と言わしちゃったか。
お宮さんはどこから来なさったか知らんが、浦島の話を知りなさらんと見えるのを。
約束の破綻
浦島太郎とな。
溺れてからもうかれこれ四百年にもなろうかい。
とうに墓も建っとるだあな。
神霊園じゃもうみんな墓ん中だ。
今じゃその古い墓場さえ村じゃ使っちゃおらんあんばいさね。
浦島太郎とはな。
彼の家はどこかってか。
ははは、そんなことを聞く者はおらんの。
そして太郎は尋ねた者をバカバカしいとあざ笑って、
また杖をつき足を引きずりながら去っていった。
しかし浦島は村の墓場へ行ってみた。
今ではもう使われていないという墓場の方であったが、
なんとか自分の墓と両親や神類の者たち、
それに知り合いの者たちの墓も見つけた。
それらはかなり古いもので苔むしているため、
刻まれた名前を読むのさえ難しかったのだ。
それから浦島は自分が何か不思議な幻に包まれていることに気がついて、
また浜辺に戻った。
手には例の音姫様からの贈り物である玉手箱を携えている。
しかしこの幻とはどんなものだったろうか、
この箱の中には何が入っているのだろうか、
この小箱の中にあるものがこの幻の原因ではないのかと思った。
こうして疑念が信念に勝った。
太郎は向こう見ずにも音姫様との約束を破って、
絹の紐をほどいて玉手箱を開けた。
すると、にわかに箱の中から白く冷たい幽霊のようなもやが
音もなく夏雲のように立ち上り、どっと現れた。
そしてこの煙は静かな海の上をゆっくり南の方へ漂い始めた。
玉手箱には他には何も入っていなかったのである。
浦島は自分の幸せを壊したのだと気づかついた。
愛する妻のもとへはもう戻ることはできないのだと悟った。
そこで彼は絶望のあまり大声を上げて泣いた。
しかしそれもほんのわずかの間だった。
次の瞬間、太郎自身に変化が起こった。
氷のように冷たい一撃が体中の血の中を駆け巡った。
すると、たちまちに歯はこぼれ、顔にはシワが現れ、
髪は雪のように白くなり、そして手足は苗えた。
彼の僧剣さも衰弱して400年という歳月の重みによって
力なくヘナヘナと浜の砂の上に座り込んだのである。
ところで、天皇の公式の記録には次のように書かれている。
この後、31代にわたる天皇の御法の間には記事はない。
それは5世紀から9世紀の間である。
それからまた、この記録には、
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