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では、始めます。今日は、そうげん堂 サタデーナイトレクチャー with and,Amuritaっていうシリーズで。
シリーズなんですね。シリーズだったんですね。
テーマが、ほうねんさんが生きた時代と、その時代の美術の話ということで、トークをしたいと思います。
今日は、来ていただいているのが、and,Amuritaをされてて、きのかわ市の観路寺っていうお寺の僧侶の山下智さんが来ていただいています。
観路寺は浄土宗で、ほうねんさん、タイトルにもあるほうねんさんが開いた寺のお寺の僧侶さんに来ていただいて、話を一緒にしてもらいます。
緊張してるわ。緊張オーラが来ますよ。
なぜ、草原堂サタデーナイトレクチャーに対して、こういう美術のお話をしようかって。
なぜ、ほうねんさんが生きた時代っていうのを、タイトルのテーマとして持ってきたかっていうのが、
美術とかアートって呼ばれるもので、見たものを綺麗や美しいっていう見方もあるんですけど、
やっぱり人が生きた時代、その生きた時代が形として残ってる。
その歴史だと思ってる、僕思うんですよ、美術っていうのは。
どういう時代だったかっていうのを、その美術品を見て感じ取っていくっていうのが、やっぱりアートの面白さの一つでもあるし、
その芸術の見方っていうのをするには、時代背景であったり、他の周りのものもしっかり知っていくことで、
よりそのもの自体に面白さが出てくるっていうのがあるんで、
そういうことをご紹介して、アートってこういうふうに面白いよねっていうのを、僕なりの見方ですけど、
お話できたらなと思って、今回をやりたいなっていうのをずっと思ってて、今回やらせていただけることになったんで。
っていうのがこのトークのきっかけですね。
で、ほうねんさんが生きた時代とその時代の美術のお話、なぜこの時代なのかっていうのが、やっぱり千歳さんとも話し合ってたんですけど、
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今の時代にすごく似てるところがあるなっていうのがあって、平安末期から鎌倉にかけて、今タイガードラマでやってますけど、
ランセに入っていくっていうか、時代が乱れていく。もちろんその平安時代っていうのも記録として残っているものはすごい、
なんて言ったらいいんですかね、国風文化が栄えて平仮名ができたりとか、安定してるよね。
裏側では一般の人たちはすごい苦しかった時代かもわかんないですけど、その平安時代から鎌倉時代に移る時っていうのは、その権力自体も緩いでいって、
鎌倉時代になったら武家政権っていうものが発足されて、それから武家社会っていうのが江戸が終わるまでずっと続いていくわけじゃないですか。
その時代の考え方というか思想自体もゴロッと変わる時代だし、ちょうど古代って言われるものから中世に移るって言われる時代でもある。
何が起こるかわからないっていう時代。
1年先10年先に何がどういう世界になっているのかわからないっていう時代は似てますよね。
それでちょうど美術的にもあまりフューチャーされづらい時代。
もちろん専門的な人とかはもちろん通ってると思いますけど、やっぱり日本美術ってなったら室町であったり江戸時代であったり、
平安時代の平原真倉創始であったりっていうのがフューチャーされますけど、ここの時代ってすごく重要な、時代が動いてるとともに美術自体もすごく動き出す時代っていうので今回このお話をテーマを選びました。
平安時代末期から今日は話するんですけど、平安時代末期から鎌倉時代の美術の特徴を先にお話しすると、まず一つ目ね、悪徳と腐敗が支配層にはびこって、その支配層が美っていうものを作るっていう。
だからもうなんかむちゃくちゃな権力を持った人がもう自分らのためにものを作らせるっていうか美しいものはこうだよとか。
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人のためにとかいい世界のためにとかじゃなくて、
自分が、
自己欲期を満たすために。
とか、記者さんのその仏門、極楽浄土行くために作らせて。
自分が徳を積むためにね。
徳かどうかは。今ね、見てみるとそれ徳ですかっていうような感じですけど、そういう、何て言うんですかね。
権力を持った人が自分たちのために美っていうものを、美っていうかいろんなものを作った時代。
で、その一方で、
その人たちが住んでいない世界、一般の人たちが暮らしている世界っていうものの、
世界も見えてくる世界、表現に持ち込まれるような感じがします。
それまでの平安時代の美術っていうのはやっぱりもう、貴族社会の出来事でしかものっていうのは残ってないような感じですけど、
その鎌倉、平安末期鎌倉荒れてる時に荒れてる世間っていうんですかね。
世間の大変さもすごく表現として生まれてきてる感じがすごいする時代ですね。
で、さっきも言いましたけど、美術が、美術が、美術って言った表現もしかしたらおかしいかもわかんないですけど、
表現の流れがガラッとこう、ガラッと変わっていくきっかけになる時代なんですよ。
それが平安時代、八百白紙に戻そう検討誌でしたっけ。
中国との交易を途絶わせて、中国で内乱があって、それで中国と取引するのはやめましょうって鎖国するんですけど平安時代。
それが解かれるっていうか、そういう時代がずっと続いて国風文化っていう文化、
例えば漢字から漢文からひらがなが生まれたり、文学でも女性が文字を書いてっていう日本独自の文化になっていくのが平安時代なんですけど、
それは鎖国することで生まれた文化で、その鎖国が解けたわけじゃないです、解いたって言うわけじゃないですけど、
その平安末期ぐらいに、いや中国とももう一回交易しようよみたいな、
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中国って大陸国なんで、すごい技術的にもすごい進んでた国なんですよ。
そこの最先端の技術であったり物を入れていきたいっていうのとかもあったと思いますし、
それで日相貿易が平安中期ぐらいから交流が始まるんですけど、
それで今度また外国のものが鎖国してた日本に入ってくることでまた文化が動き出すっていうのがこの時代の特徴。
結構時代の切り口いろいろありますね。権力者の権力層が変わっていくっていうのが一つ。
今お話しいただいた世界との、特に中国との視点を鎖国から改めて入れ戻しで持つっていう視点が一つ。
いろいろと激動の時代ですね。
そうですね。僕が思う大きく時代が動いていく要素というのはその2つだと思っています。
実際この最初の1個目の支配層の人たちの悪徳と腐敗にまみれたっていうものをどういうものかというのをスライドを交えて
こういうものがあるよっていうのでこういう流れになっていくよっていうのをこれから話していきます。
これがね、見えますかね?
これネハンズ、仏ネハンズって言ってお釈迦様が入滅されたって言うんですね。
そうですね。いわゆるお亡くなりになられたことを入滅っていうふうに言いますね。
そのネハンズなんですけども、ちょうど平安中期に書かれてその時代っていうのが末法っていうのが始まった。
末法思想っていうものが広まっていく時なんですけども、その末法っていうのが専門の
はい、じゃあ私がここですかさず入れるっていう感じですね。
末法思想って一応仏教の思想のうちの1つなんです。仏様が説かれたことの1つの思想なんですけれども、
仏様は自分が死ぬ時に自分の仏の教えっていうのは将来なくなるからっていうことを予言してたんです。
で、それがいつなくなるかどういうふうになくなるかっていうことを示したのが末法思想っていうふうに言われています。
お釈迦様がお亡くなりになられて入滅されてから1500年から2000年ぐらいは仏様の教えは残ってるけれども、
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それを実践して悟りに至る人はいないっていうのが、仏様が亡くなられてから1500年から2000年ぐらい続くよって予想してたんです。
だけれどもその後の末法っていう時代に入るともう人もダメ。教えもダメ。
とりあえず仏っていう存在しか残らない時代。
だから末法っていうことは仏様の教えである方がもう終わりを告げた。
それの教えを体現する人もいない。
つまり仏っていう存在そのものしか残らないって言われたのが末法時代。
それが1052年っていうふうに日本では言われています。
で、それは末法が1万年ぐらいこの後続くよっていうことを。
今も末法ですね。
今も末法です。
だから仏っていう存在はあるけど、教えも人もいない。
じゃあ私は一体誰なんでしょうかっていうことになるんですけれども。
そういう時代になるよっていうのが末法思想ですね。
その仏の力っていうのが弱まってきて、じゃあ何を信じればいいのっていうか。
今まではたぶん守られてたっていうのからどうにかして乱世を生き抜いていく。
助けてもらいたいっていう考え方になるでしょうね。
仏の教えはあったけど、その正しい教えがなくなるから仏っていう存在しかなくなったんですよね。
だからたぶんこういうふうに仏様の絵ばっかりたぶんいっぱい出てくると思うんですよね。
原点回帰っていう形だと思います。
この絵っていうのがネハンズっていって亡くなられた絵を描いてるんですけど、
その先の末法思想が広まって、お釈迦様に対する信じる心みたいな。
もう一回お釈迦様を信じ直そうみたいな流れになって。
こういうネハン絵っていって、お釈迦様が亡くなった日に会を開いて仏。
仏を忍ぶ。
自分たちもちゃんと王女できますようにそういうことはしましょうよっていうことがずっとされてくるんですけど、
そのネハンズっていう。
結構この絵はこれ以降、これ一番日本で最古のネハンズって言われてるんですけど、
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これ以降もずっと描かれてきて、
これ以降になってくると周りに動物が描かれてたりとかもする絵があったり。
これはちなみに小屋さんにあります。
こういう感じでどんどん進めていきます。
みんなほーみたいな。
レクチャーですからね。
そうですね。
僕がこう。
これが不幻菩薩像っていう絵なんですけど、
これが12世紀平安時代、鎌倉時代かな。
どっちかはちょっとわかんないんですけども、
描かれたやつなんですけど、
これね、仏画の中でもめちゃくちゃ綺麗な仏画って言われてるんですよ。
日本で一番綺麗な仏画って言われてて。
この仏画が不幻菩薩さんが描かれてるんですけど、
不幻菩薩っていうのが天台宗っていう、
西朝さんの持ち込んだ宗派の中の法華経っていうお経がある。
法華経って教えなんですか?
お経ですね。
お経。
それを一番、
大丈夫ですか?
体現している?
そうですね。
体現している。
その法華経っていうのが、女性の方も助けますっていうことを説かれてるんですね。
お経で。
そのお経の守護物っていうのが不幻菩薩なんですよ。
平安時代っていうのが女性も活躍された時代ですから、
その中で女性も自分も傍聴したいっていうことで、
誰かに描かせて、結構権力者の性質とかだと思うんですけど、
自念仏って言って、この時代の仏の絵を描かせて、
それを自分に拝む毎年仏画みたいなのを持ってたんですよ。
それを描かせたやつなんですけどね。
さっきのは原点回帰っていう形で、仏そのものを描くっていう形なんですけれども、
これはもうそれとは別に自分が信じる菩薩様であったり、
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いろんなタイプの仏を毎仏画として権力層の人が描かせて、
信仰心をもとに拝んでいたっていうパターンということですね。
もうだから個人が助かるっていう感じのやつですね。
そういうのも仏画の一つとしてパターン2としてあったっていうことですね。
結構この平和町の仏画に多い。
個人所有みたいな形だったんですね。
すごい、僕本物見たことないんですけど、めちゃくちゃ綺麗な仏画らしいです。
すごい女性的な。
これが装飾経って言われるものなんですけど、
これは平家農協っていう、平家って厳平合戦の平家ですね。
平の清盛が一族にも描かせて、お経を描いてそれを奉納したんですけど、
いつくしま神社、広島県になぜかお経を神社に奉納してって、
僕ちょっと飲んでやろうってそんなことはないんですけど。
ちょっと神仏集合的な考え方があったのかもしれませんし。
あの辺に清盛ってが建てたんでしたっけ、いつくしま神社ね。
それで自分たちがお経を書いたものを奉納したのかもわからないですけど、
これすごい金箔、銀箔とか写真でわかるかもしれないですけど、キラキラなんですよ。
お経って極楽にするために使う道具になるんですかね。
仏様の教えを逐一書き留めたものっていうことですね。
なので直接的にお経を書くことが極楽に行くとか何かを得られるっていうことではないんですけれども、
お経を唱えたりお経を書いて納めすることで自分の徳を積む、そういうものにつながるものですね。
その徳を権力を持った平の清盛がどんだけでも金を突っ込んだらいい、みたいなことをしてできているのがこの英家のお経っていう。
本来お経っていうのはインドで発祥した仏様の教えを書き留めたものなんですけど、
なのでお経の本質からはすごくずれるんですよね。
広く一般的にみんなが唱えられる優しい言葉でないといけないはずなのに、
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これ現仏一点みたいな感じですよね。
それ平家のために書かれた現仏一点。
一族というか清盛を中心に息子と兄弟だけが書いたみたいな。
たとえば納経の時って願文って言って一番最初に何のために書かれたお経かっていうことが来ることが多いんですけど、
願文なんかさっき言ってましたよね。
そうです。これ清盛が願文を書いてるんですけど、
善を尽くし、美を尽くしって書いてあるんですよ。
この自分がもう何かこんだけやってますぜみたいなことを書いて収めることで、
いや僕らこれこんだけやってるからいけるっしょみたいな。
っていうむちゃくちゃな納経っていう。
それこそさっきの最初の話ですけど、
権力を持った人間がやりたい放題自分のために何でもやってたっていうのが現れてるものだなって。
この経文っていうお経の線まで切り金っていう技法で金箔で細く切った金箔でその線も作らせてるっていう。
普通は隅でシュッて書くんですけど、それまで金でピューって作らせてるっていうぐらいの装飾経。
これ結構日本であれらしいですよ。
いろんな平安時代に書かれてるけど、今まで残ってるんですけど何回も修復されて。
有名な田原屋総達とかもこの修善やってる。
田原屋総達話がちょっと逸れてしまうんで。
次に行きます。
さっきの不言菩薩の次に雷豪図っていう図がよく書かれるようになるんですけど、
雷豪図っていうのが人を迎えに来てくれるというか。
仏様が。
そういう絵がよく描かれるようになります。
ただこれもさっきも家納居と一緒で、貴族の人たちとか権力持ってる人たちが自分たちが迎えに来てもらえるようにっていう。
こういう絵の前で法会をしたり、雷豪図っていうの。
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これも小屋さんにある雷豪図で。
結構でかいらしいですよ。
2メーターかける4メーターぐらいでっかいやつやから、だいぶ権力を持ってた人が書かせたって言われてるんですけどね。
同じ雷豪図なんですけど、これ結構有名な雷豪図で。
ちさちゃんの宗派の浄土宗の総本座にあるんですか。
そうですね。千代院。
千代院っていう京都のお寺があるんですけど、そこにある雷豪図で。
正式名称はね、阿弥陀二十五菩薩雷豪図って言うんですけど、通称早雷豪図って言われてるんですよ。
さっきの雷豪図に比べて、さっきは正面からパッて見た仏さんを描いて、他の仏さんが迎えに来てくれてるっていう絵なんですけど。
これが鎌倉時代の鎌倉美術の特徴にもなるんですけど、早くシュッてきてるような表現になってくるっていうか。
写実的に仏画がなってきてるんですよ。
雲の表現とか見てもらったら、ほんまにシュッて流れてきてるような表現になったり。
佐藤。
少し仏教的な背景から見ると、なんで早雷豪図って早く仏様が駆けつけないといけないかって言った時なんですけど。
そもそも極楽王女っていう考え方。
死んだら人間界から、六道輪廻って呼ばれている色んなガキとか人間界とか、そういう世界から脱出して極楽に行こうよっていうのが極楽王女っていう考え方なんですね。
その極楽に王女をする時に来てくれるのが阿弥陀三尊って言われる、阿弥陀様、阿弥陀如来様っていう風に言われています。
なのでさっきの絵だと、ちょっと戻っていただくと、阿弥陀様とその方々が、とりあえず自分が臨終の時に来てくれるようなイメージを描いた、真正面から描いたイメージなんですけど、
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今さっきの次に進んでいただくと、これ本当に極楽した瞬間に行くで!みたいな感じでみんな駆けつけてくれるんですよね。
ちょっとそちらのところから見ぬくいと思うんですけど、極楽に王女をする時って実は結構方法があって、阿弥陀様がいます。
その横に蓮台を持った、蓮の台を持った仏様がいらっしゃるんですよ。見えますかね?
だいたいすぐ右か左にいてるんですけど、何のために蓮を持ってるかっていうと、人が死んだら、そのちっちゃい蓮の台の上に死んだ人がちょこんって乗るんですって。
ちょっと笑わずにしゃべりますね。
その蓮が乗った瞬間に、亡くなっていた人が乗った瞬間に、その亡くなった人を取り囲むんですって。
その蓮に囲まれた状態で、ぷかぷかと極楽王女に行って、49日の後に王女をすると言われているのが極楽王女の世界なんですけど、
死ぬって言うと孤独な感じがするかもしれないんですけど、王女をするときに、実はこの周りに小敵隊、ピーシャラピーシャラ笛吹く小敵隊とか、横で踊ってるで、サンバ隊みたいな人とかいてるんですよ。
それぞれ役割があって。
早くにぎやかに極楽に連れて行ってあげますよっていうのが、このライゴーズなんですね。
カグヤ姫のジブリで高畑勲監督が書いた、カグヤ姫の物語がついてきたのか分からないですけど、の最後のシーンが多分このライゴーズをモデルにしていると思うんですよ。
あれもピーシャラピーシャラだったんで。
ピーシャラピーシャラ、そうですね。
終わっちゃうんですけど、そんなライゴーズっていうのがよく書かれたっていうのが。
今までのところを私見せてもらって思ったのが、一番最初はお釈迦様の絵で、それが単に崇拝する。
前仏みたいなのがあって、自分の崇拝したい仏様がいるっていう、あくまでも主人公は仏みたいな感じだったんですけど、
さっき一つ前のこのライゴーズあたりから、このライゴーしている仏様を拝んでいる私みたいな。
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人間が何か主人公になってきている。仏を、仏画を描いているんだけれども、人間が主人公になっているっていうのが少し分かる感じはしましたね。
この方が12世紀後半に描かれていて、次のこのライゴーズというのがそれよりも後の13世紀なんですけど、このライゴーズでいうと右下の方も大正というか、自分も描かれている。
死んだ人が描かれているんですよね。
多分ね、これ描かせた人が来れないような。
そうなんですね。
自分はもうこんだけ助けてもらえるっていう、こっち側の都合で描いているっていう。
なるほど、じゃあ仏様のところに自分も入れちゃったみたいな感じなんですね。
入っちゃったみたいな。
人間がもうそこまで来てるんだ。
ライゴーズ、さっきの陸道の話で、次のこういう絵も描かれだすんですよ。
これが、ライゴーズっていうのは希望である。
早く王女できる。
できるようにっていう、その王女するのに、さっきの話の陸道の中に地獄。
はい、陸道ちょっと解説しましょうか。
私もちょっとちゃんと間違えてはいけないので。
六つの道、六つの世界を人間はくるくる回りながら、死んだり生きたりを繰り返すっていう風に言われていて、
一つが天道、天界。
二つ目が人間道、今私たちのいる世界。
三つ目が修羅と呼ばれる、修羅とか呼ばれる修羅道。
この三つは三千道って言われてて、比較的今の、前の人生でいいことをした人は、この三つに生まれ変わるんですよ。
僕らいいことをした。
前世いいことをしたんですね。
ここから先が畜生道。
いわゆる牛とか馬とかっていうことですね。畜生道。
で、ガキ道。
セガキって聞いたことありますか?
いわゆるガキっていうのは、食べても食べても食べたものが灰になって、何にも栄養にならない。
お腹だけポッポリ出て、あと全部ガリガリっていう。そういうガキ道、ガキって言われるもの。
あともう一つ、一番最悪なのが地獄って言われる。地獄に生まれるっていう。
この三つが三悪道。悪いことをするとここに生まれるっていう。
この六つの世界をどんどん繰り返して生まれ変わっているっていうのが六道輪廻。
そこから脱出しようってするのが極楽王城っていう世界っていうふうに言われています。
そのさっきの雷合図は極楽城で行く絵であったら、今度その教えるのは地獄の方とかのことも見られた。見られるようになった時代っていうか。
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理想だけじゃなくてね。
これ描かせたのが五白川城口っていう。タイガードラマみんな見てます?
見てない。
でも出てくる、ちょっとね平安末期にいる城口なんですけど、かなりのクセモノでキチガイな人が描かせたっていう。
その他の人とかは雷合図を描かせてるのに地獄道とか、あと他にもね描かれ、さっき説明にある崖道とか崖草子とかを描かせたりしてるんですよ。
それって、それまで仏、仏みたいになってたのから、他の人間の世界にも興味が行き出すっていうか。
っていうのが、これ多分地獄道で描いてますけど、実際の人々の生活ってめちゃくちゃ苦しかった時代なんちゃうかなって思って。
放浄機とかってちょうどこの時期に描かれるんですけど、放浄機やったらもうすごい天災が来て、死体が今日の街中にこうあるっていう時代やったんで。
そういう時代もあるからこういう地獄絵図も表現としてね、生まれたんちゃうかなと。
でも確かに変態ですよね。
今の話の流れでいくと、自分がああいう極楽の世界に生まれたいってなって、仏様であったりとか菩薩様であったりとか、自分が早往生できる様子とか描くのに、
こんな真逆の世界を自分がわざわざ描かせるっていうのはね。
結構エピソードとかご知らか方で、普通の貴族とか天皇さんっていうのは、だいたい皇居から出へん生活をずっとしたらしいんですけど、
それがね、自分が興味あったらそこへ出向いて出てったっていう変な人だったらしくて。
その人が描かせた地獄絵図だけじゃなくて、これ以降っていうかこの時代ぐらいにこういう地獄草紙、地獄の絵巻であったり、
ガキ草紙とか、あと病草紙っていって、病の症状を描いてるような絵とかもいっぱい描かれだすんですよ。
綺麗なライン構図とか仏の絵の対極にあるこういう人間のドロドロしたようなイメージっていうのも作られだす時代なんですね。
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これとかも、これはクソ押し絵巻っていって、人間が死んだ後にこういう感じで死体でこうなっていきますよっていう絵なんですけど、
これも陸道の中の一つとして描かれているものもあると。
これあれですよね、右上が一応死ぬ瞬間みたいな感じですよね。
たぶん生きてるっていう状態ですね。
生きてるっていう状態。
これ一つ左に行くと死んだ。死んだ直後。
ちょっと左に行くとちょっと時間経過しましたよ。
で、一個下がってっていう感じですかね。
また右に戻るのかな。
こう行って、こう行って。
右から左。
骨になる。
たぶんこういう絵が残ってるっていうのも、
ほんまに死っていうものがすごい近い時代だったんやろうなっていう。
それがあるから、こういう表現も残ってる絵が作られたっていうのがあるっていう。
これも結構鎌倉っていうか、この時代を象徴するような絵で、
もともとお坊さんが自分の肉体への執着を持たへんようにするための
修行の一環としてこういうことを見て、
どんなに言ったらいいんですかね。
執着から逃れるためにこういうものをちゃんと見てて。
そうですね。
こういう教え、自分が死んだらこういう風になるよっていうことを、
ある意味科学的に、時間の経過とともに客観的に伝えるっていうのは、
お経の中にも、それは本当にインドスリランカ、そのお経の中にも書かれていますね。
なので全ては、今ここに皮膚とか骨があるように見えるけれども、
それは自分がこれを皮膚とか骨って認識している、
一つの執着したものの見方。
実はそういうものも時間とともに亡くなって、
最後は風に吹かれて波も無になる。
だからそういうものを、執着っていうことを自分で認識する。
だから執着から逃れようってする。
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仏様の教えが絵になったものですね。
これ女性が描かれているのが本で、
大体その時代の僧の人って男性が多くて、
性的な執着も抑えるんじゃないかと。
女性の肉体への性的な執着も無くすためにも描かれた。
無くすためにも描かれたっていうのがよく言われている。
全然さっきの極楽王城のハスに包まれて行こうよみたいなのと全然違いますよね。
死んだらこうなりますみたいな。
やっぱりこんだけリアルに描かれているっていうのが、
この時代の特徴っていうのが、
次の写真でも分かるんですけど、
これ有名な東大寺の南大門にある、
今後力士像、美術の教科書でよく載っている、
鎌倉時代を代表する美術、仏像と言われている、
雲景、海景。
雲景、ほんまは雲景、海景が作ったわけじゃないですよ。
雲景っていう仏師がおって、
そのお父さんが靖景っていうお父さんがいるんですけど、
靖景の一門が作った仏像になっている。
ただ雲景っていうのが、その一門の中でも天才と呼ばれるぐらいの仏師やって、
仏像の表現がコロッと変わっちゃうんですけど、これを機に。
そういう仏像なんですけど、
それまで作られていた仏像と全く違う表現というか。
どういうふうに違うんですか?
仏像ってだいたい座って、
座ってというか動きが少ない。
こういう考え事をしてたりとか。
混合力士っていうのもいろんな動きがあると思うんですけど、
ここまで体の表現がバキバキにこんな筋肉割れてるっていうようなとか、
手がこんだけリアルに作られてるとかっていうのが、
これまでの仏師、仏像の表現にはなかった。
なるほど。
それもさっきの草図と一緒で、
人間への興味というか、人間をどんだけ表現するかみたいな感じに、
この時代ってなってきてるのがすごくわかる表現というか。
確かに、いわゆる頭の中の何か仏様、きれいな仏様ではなくて、
ちょっと人間に近づけたような。
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だいぶ身体に近い時代に移ってきてるというか、
これを作らせるとか作る人間の考え方が、
イメージを先行してたものから、
自分の実際の世界というものとすごくリンクしていく時代の表現だなと思います。
それが平安から鎌倉に移っていく時っていうことですね。
ちょうどその時ですね。
だから鎌倉の美術の特徴は結構写実的であるっていうのがよく言われるっていうのが、
この表現が一番わかりやすいっていう。
ちなみにこれが作られたのがね、平安、さっきの平の清盛のが、
なんと西伐って言うんですかね。
南の東大、今の東大とか薬師寺を言うこと聞かんから、
もう焼いてまえーって兵を出したんですよ。
それであの辺の奈良市の今のところの寺とかがボンボン燃やされて、
それを復興するために仏師たちが、
ちょうど鎌倉入ったぐらいだと思うんですけど、
一斉に復興作業をした時に作られた。
その復興を担った一門が雲景の家族だった。
その雲景の話なんですけど、
それまで仏師って京都と奈良といろんなところにおって、
いろいろな京都と奈良におったんですけど、
京都っていうのが結構その保守的な仏像を作る宗派っていうか一門があって、
なんと奈良の仏師たちって結構、
この仏像を見てもわかるんですけど、
新しい表現を取り入れるとか、
実験的なことをするっていう一門。
一門がこの復興事業に携わって、
そこからリアリスティックに仏像自体が変わっていくっていう。
前後にね、これ以外にもちろん雲景っていうのは、
すごい素晴らしい仏像とか、
仏じゃなくて人物像みたいなのがおってるんですけど、
それがすごいリアルな、かっこいいなみたいな。
トレンドになっていくんですね。
そうです。
これ以降も景派って呼ばれるんですけど、仏像の。
雲景とか何々景の。
景を取った派閥ができてきて、
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室町ぐらいになると今度は仏像っていうか、
思想自体がガラッと鎌倉から変わるんで。
今この時は浄土の教えから、
先、最初に話しちゃった、
中国から輸入されてくる思想が禅っていう、
禅宗、座禅とかっていうものが、
ちょうどその鎌倉時代ぐらいに入ってきて、
で、そっちかに仏教の、仏教の主流じゃないな。
貴族の人たちとか権力を持ってる人たちが、
信仰する主流、信仰するっていうか、
よく使う、使うじゃないですね。
信仰する思想が禅になっていくんですよ。
武家政権になって、
鎌倉幕府っていうのが禅宗っていうものを取り入れて、
で、この室町になったら、
この室町幕府はもう禅宗を庇護して、
それが幕府の思想にしていくっていう形になっていくんで、
美術自体が変わるんですよね。
なるほど、あれですね。
ずっと鎌倉時代から来ていた仏教、
日本古来の仏教っていうものが平安貴族に庇護されていた。
で、それが貴族のための仏教だったっていうところから、
その主流の仏教とは別に、
鎌倉時代が入ると、
鎌倉時代に中国からの仏教が、
トレンドの仏教がやってくるんですね。
で、それまでの平安貴族たちが信仰していた仏教とは違う仏教であった。
それが禅と言われる仏教であった。
その新しい思想を取り入れたのが、
鎌倉の武家政権だったっていうことですね。
そうです。めっちゃわかりやすい。
その流れで仏像自体があまり作られなくなっています。
経波っていうのが、もちろん作られますよ。なくなるわけじゃないけど、
アートヒストリーから下火になっている。
確かに平安時代の仏教は、さっきのお釈迦様のものだったり、
仏像とか仏画をどんどん作って、信仰してっていうのが主流でしたよね。
でも今度の仏教はそもそもそうじゃない。
なぜかというと、禅宗っていうのは仏像を拝むっていうよりも、
座禅をしたり、自己との対話ですよね。
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対象っていうものが自分になってくる分、
仏みたいなもの、仏みたいなものってダメですね。
仏とかの表現が変わってくるんですよ。
その禅宗の表現として出てくるのが、
皆さんもよくご存知の水墨画であったり、
あと陳像っていうお坊さん、禅宗って仏画は描かないんですけども、
その禅の教えを説いてもらった階層の、
その宗派の階層の肖像であったり、
自分のお師匠、それを教えてもらったお師匠の肖像画っていうものを、
卒業証書みたいにもらうらしい。
お前オッケー!みたいな師匠に言われたら、
その先生の似顔絵描いたものを、
これでお前の免許を返りあげてもらえるっていうのが、
陳像らしいんですけど、
そういうものをもらうっていうのが、
禅宗の仏願とか仏像に変わるものなんですね。
仏様とか舞台的な菩薩様じゃないっていうことですよね。
圧倒的な力を持った。
それが今の日本美術の和物とか言われるものの原理になっていく。
いわゆる日本美術水墨画って言われるときの原点が。
原点が今その時に入ってきた水墨画が日本に着いて、
それが定着し出すのが入ってきたのがこの時代。
鎌倉新仏教って言って、鎌倉時代に浄土宗もそうですけど、浄土新宗とか、
日蓮宗であったり、
全宗ですね。
実宗、あと前宗系ですね。
浄土宗と林在宗。
その6、鎌倉新仏教が出てくるっていう時代なんですよね。
お茶もあれなんですよ。
英才さん、林在宗の英才さんが喫茶王女って言って、
ちょうど中国へ修行に行って帰ってくる時に、
お茶っていうものを禅の一つの修行の一環なんですかね。
薬で入ってきたのかな。
それで日本にお茶っていうもの、
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その前からお茶って入ってきてたらしいんですけど、
その英才さんが禅宗の中でお茶っていうのを根付かせて、
それがどんどん室町に入って、
お茶っていうものが陶茶っていう遊び、
菊茶みたいなやつの茶会みたいなんで遊ばれるようになって、
その流れが今度茶道になっていくっていう。
だからこの時に入ってくる宗教とともに入ってきたお茶自体が、
次の時代の日本の文化になっていくっていう時代なんですよね。
交差しまくってるっていうか、
時代ってそうですけど、
一つの要素だけで物事が出来上がってるんじゃなくて、
いろんな要素が絡み合って動いていってるんですけど、
この時は結構いろんなものが入ってきたとか、
知ってる時代ですね。
もう一個鎌倉時代といえばみたいな美術とか映画、
これ南さんも見たことあると思う。
これは知ってるみたいな。
源のよりとも像って言われてるんですけど、
これをさっきの話の沈蔵っていうものが入ってきて、
肖像画も描かれるようになったんですけど、
それまで平安時代とかっていうのは肖像画って残ってないんですよ、あんまり。
それがなぜかって言ったら、
特定の人を描いたものは呪詛の対象、呪われる対象になるから、
それまで肖像画って描かれるんかったんですよ。
あ、そうなんですね。
それが、たぶん平安時代ってあれですよね、
まじないじゃないですか。
まだ火事起動の時代ですよね。
そういうのがすごく考えの中に。
呪いでどうにかしようみたいなね。
してるみたいなことがあるじゃないですか。
それがあったので全然描かれなかったのが、
さっきも話した五白川城子、あの変わり者。
あの変わり者は自分をほっかかしてるとか、
あとこれ水本より武家、武士ですから、
呪詛なんか、パンキャッカイヤ!みたいな。
呪いでどうにかするとかそういうことではない?
力でどうにかする?
そうですね。
そういう本当に今までの考え自体が変わったから
生まれたみたいな感じになってきてるっていう。
じゃ、よりともがもし呪いでどうにかしようとしてたら、
この有名なやつは誕生しなかったかもしれないってことですね。
54:03
そうです。
呪いの力もたぶん信じてたかもわからないですけど、
それこそ書かれたものが中国でいっぱい書かれてて、
それが入ってきたっていう事実みたいなのが結構なんか。
呪いよりも事実が勝った。
こういう表現もあるから別に死なんじゃない?
みたいなこともあるんかなと。
でもなぜ書かれ出したかっていうのは、
本当にこれっていう要因がわからなくて、
そういう鎮蔵が入ってきたとか。
呪いじゃなくて。
でも大丈夫だったとか。
あと、さっきからずっとリアリズムっていうか、
本当に実際に目に見えるものを表現として
確立されたっていう時代になってきてるんですよ。
この次のやつとかもね。
これはもう明永松人っていう。
赤山のね。
そうです。
有田川町ですかね。
有田川町ですかね。
生まれは。
すごい有名な和尚さんで。
和尚さんでって。
和尚さんで知り合いかって。
知り合いじゃない。
この人ね。
これさっきもずっと説明あった鎮蔵みたいな形式なんですけど。
前宗も修行したらしいんですけど。
一応天台宗っていうさっきの。
平安の貴族仏教ですね。
の和尚さんって言われてる人なんですけど。
その人。
いろんなね。
多分その時代って天台宗であったり前宗であったり。
いろんな宗派を掛け持ちするっていうのは。
そうですね。
いろんな新しい教えとか新しい宗派みたいなのが出てきて。
ちょっとこの期間こっちへ行って。
ちょっとやっぱ自分合わんなと思ったら新しいものを立ち上げたりとか。
別のとこ行ったりとか。
すごいフレキシブルにね。
本年正人も浄土宗の前は天台宗やったんですよ。
そうですよね。
天台宗で修行してて。
ちょっと違うなと思って浄土宗を立ち上げた。
だから結構お坊さんがいろんな流派をフレキシブルに渡り歩いてた時代ですね。
そうですね。
それで明英正人が。
これ明英正人のお弟子さんの上人っていう弟子に書かせたって言われてるんですけど。
逆なんですけどね。
神像ってなんか和尚さんが多分。
そうですね。
自分のやつを書いて入って。
その辺が逆っていうかどっちが正しいとかもあんまちょっと分かんないんですけど。
こういう彫像がみなもとよりともとか明英正人とか彫像が書かれだしてっていう。
57:08
そうですね。
でさっきおっしゃられたちょっと水木系のね。
使ってたやつですかねこれ。
どうなんだろう。
ちょっと平安時代の書き方のタッチと全然違いますよね。
だいぶ壮とか空物って言われるんですけど。
空物っていうのが唐。
中国の唐。
唐っていう唐の時代のことをじゃなくて空物って。
外国中国のものをだいたいみんな唐。
どの時代も空物空物って言ってたんですよ。
で空物の表現が入ってきたやつの日本でもこういうものが書かれだした感じですね。
でこれが。
ちょっとまたねタッチが違いますよね。
さっきの空物とね。
これほんで大和絵って言ってそれまで書かれた絵巻物と同じ感じなんですけど。
絵巻物もよく書かれて。
今日全然説明はしてないんですけど。
絵巻物ももちろん書かれてた時代で。
これはね高僧エデンっていうシリーズというか。
いろんなそのさっきも話した鎌倉新仏教であるとか。
その時代に活躍して活躍って言ったらいいんですかね。
活躍されたお坊さんとか。
偉人とかのエピソードを絵巻物にしてるっていうものがよく書かれてて。
でそのこれは法年さんね。
そうですね左にいらっしゃって教えをたぶん説かれているのが法年聖人ですね。
そうですね。
こういうものも書かれている。
一つ特徴としてはお坊さん。
黒い衣同じ色の衣をつけているのがお坊さんなんですけど。
その周り見ると貴族っぽい人もいてるし。
民衆一般庶民みたいな人もいてるし。
だからこの頃から貴族だけの仏教ではなくて一般庶民に向けた仏教に展開を法年聖人がしていった。
それが後の世の中でさっきのリアリズムにいったりとか。
ある宗派はリアリズムにいった書き方をしたりとか。
何かこう仏教がまた。
そうですね。
別れてたっていう時代ですね。
時代の起点となるそういう感じのところなのかなっていう風に見てますね。
宗教自体が枝分かりいろいろして。
多分はちょっとダメですね。
1:00:04
さっき話し合った禅宗の文化が日本文化として根付いていく一方で。
表現をしない階層の人たち。
表現をする階層の人たちっていうのはこのヒエラルキーのトップ中のトップぐらいしか表現では残せんかった。
色字とかね。
要は文字を習ってるところっていうことですよね。
それのトップの人たちが今見てきた雷合図であったり地獄絵図であったりっていうものを作らせたり書いたりしてた。
で、それ以降の日本美術もそのトップの人たちが残しているっていう歴史なんですよ。
だから次の室町以降になってきたら禅宗の文化が表現され、表現とか反映っていうか影響された美術に変わっていくっていうのは
この上層階級の人たちが支持してたのが多分禅宗。
で、下のこの層の人たちは多分表現っていう考えじゃなくて
もうどうやって生きていくかっていう風になってると思う。
どの時代もそうでしょ。
その人たちに受け入れられたっていうのが
小さちゃんの宗派である本音さんの浄土宗であったり
念仏を唱えるだけで極楽に生けむらすっていう考え方がバーって広まったっていうのが
そういうところに大多数の人は表現しようと思ってできひんし
念仏っていうか生きていくだけで精一杯の人がどうにかして極楽に生きたいっていう人たちが
もう念仏唱えときゃええよっていう
じゃあ念仏唱えましょう。一生懸命。っていう感じだと思います。
だから浄土宗、浄土神宗のね
いわゆる浄土系って呼ぶね
浄土系の仏画っていうものが多分この時代からあんまり書かれへんようになるんじゃないかな
そうですね。法年商人自身も実はあんまり自分のものを絵にしたり文字にしたりしたのがすごく少なかった人っていう風に言われてて
それよりも形に残すよりも念仏するみたいな
そういう風な表現でもって仏教を捉えるっていう宗派ですね
その本で
なんて言ったらいいんですかね
1:03:00
形に残さへんっていうか
形に残そうと思っても残せなかったっていうのが結構この時代の
この時代っていうか
多分この浄土、形に残ってるものも
それまでの浄土系のものから変わっていったっていうのが
禅宗の文化とかに変わっていったっていうのが
ものとして拝む対象じゃなくて精神的なものに価値観が移行してるというか
なような
それはちょっと今と似てるかもしれないですね
どう思いますか
結構それはどうなるかちょっと今後はわかんないですけど
すごく時代的に色々変わってきてるっていう感じは
どう変わってきてるのやったら
時代の流れとして
俺たちはこういうものを持ってるぜとか
所有してることに対しての
すごいものをこんだけ所有してるっていう価値観から
どうやって生きていくかっていう
地球温暖化とかって言われるんだとそうやと思うんですけど
地球って誰のものでもないけど
そういうものを考えなあかん時代になってきてるとか
なんかそういう
僕40年ぐらいしか生きてないですけど
20年前、30年前の考え方とまたちょっと変わってきてるっていうのがあるなあ
それがものよりも精神的なもの
精神成功の方が比重が高くなっているような
っていうのはすごくこの時代とよく似てるなっていうのは思います
今でちょうど実は1時間ぐらい
ここまで1時間でいければいいよねって言っていたんですけど
まさかの見事な郷平さんの
いやいやいや、全然もう
この他にもこれだけじゃないんですよ
表現というかこの時代に残っている表現とか技術って
他にも絵巻物もさっき言ったみたいにもちろん描かれてるし
例えば
シンギさん演技絵巻とか
そんなマニアックなことあれかみたいな感じになる人はあんまりいないと思いますけど
平安時代の四大巻物って言われる一つで
もう一つが皆さん多分見たことあるかもわからない
超重人物ギガ
うさぎちゃんとかね
1:06:02
人間ぽい感じで跳ねてる
あと源氏物語巻と
もう一個覚えてない
四大絵巻
その絵巻って結構面白く描かれてたり
さっき最初に言ったシンギさん演技絵巻
とかは表現がすごい
ピューってさっきのハヤライゴーズみたいに動きがある絵巻
それがアニメーションの元になったって言われてるような表現があったりとか
平安時代ってするんです
あとさっきの仏画の話してて
本地衰弱説って言って
神様と仏像
神様は仏像
仏様の
格好を
してるんですよっていう考え方
この時代ね仏様がいっぱいになってきたから
神様どこ行ってみたいな話になって
本地衰弱説の人が考えた説が
あの仏様は実は神様なんですよ
一旦仏様の格好をしてるだけなんですよ
っていう説ですか
そうですね
どっちやったっけ神様
どうしようこれラジオで撮られてますよ
本地衰弱図っていうのは
例えば那智の滝あれ神様というか
日本のね熊野三段の神様を祀ってる
祀ってるところですよねその滝を
仏画として描き直された那智滝図とか
有名なのが
有名なのがね
カスガミカスガシカマンダラとか
シカを描いてその上に仏像が
マンダラの仏さんが来てるとか
っていう絵が描かれたりとか
なんせ神社と仏画を
融合させるっていうような表現
親別集合ですね
先ほどの本地衰弱説逆ですね
逆でした
仏や菩薩が首相を救うために
神という仮の姿でいる
神様今それまでは神社がずっと
ね昔からあるもんですけど
それは本当は仏さんでしたよ
だからあんたらもう神様信じる人も
仏さん信じや
感じのことがされてたりとか
1:09:00
されてたりとか
そういう表現も生まれてる時代ですけど
こんな絵のりながら来ましたけど
なかなか
すごく時系列になっているようで
全然時系列になっていないっていう
なんかことが
すごく私は聞いてて思いました今日は
なんかね
Aっていう神聖が現れたら
なんかA'になって
A''になって
で次Bが来たら
Bに置き換わるみたいなストーリーじゃないんですね
じゃないんですよ
もうなんか全部が同時に
いろいろなところが動いて
こことこことがこうなったからこうなって
っていうのがやっぱこう
複雑に絡み合ってるっていうのが
全部の時代多分そうだとは思うんですけど
結構絡み合ってるっていうのが
やっぱこう時代がすごくこう
バンと変わったっていうのが
いろんな要因を起こしてるんやなと思います
どうですかこの辺りで質疑応答できますか?
そうですねちょっとなんかあの
オッケー
温かくなってきたし
皆さんの顔を見てるとこう
ああそうかみたいな感じになると思いますけど
もしくは感想とかね
そうですねなんかこの
あの
どういうことですか?みたいなのがあったらないですか?
ライゴーズですか?出ますかね
日本のやつが
この状態から呼び込めないんですけど
例えば一番下におるやつは
どういう役目持ってるとかあるんですか?
ありますね大体持ってるものとかで分かるんですよね
一番下
一番下ちょっと私この
この撮ってきた画像自体ちょっとね
荒くて
多分実物その
とにかくハスを持ってるやつがですね
ハスに閉じ込める役ですね
ちょっと
左上
左上はちょっとなんか太鼓みたいなの見えませんかね
これ太鼓
太鼓とはいいですね
ちょっとこれ応援部隊ですね
音楽鳴らしますみたいな
多分これ今ねもしかしたらこのライゴーズ
この死んだお亡くなりになった方の
1:12:01
ちょっとすぐ左横に
なんか差し出そうとしてるやついませんかね
一番下
一番下これ
これがなんか今ハスを差し出そうとしてるやつなのかなって
ちょっと私は見てるんですけど
ちょっと画像がこっちも荒くて
はい
あとは本当に音楽鳴らすやつ
太鼓鳴らすやつ
なんかあとなんかちょっと
なんて言うんですかね
私も何をしてるかよくわからないやつもいてるんですけど
とりあえず役割分担がある
ということで
ちょっと
これ時々国立博物館とか
あと方年さん関係の
国宝系の展覧会の時に
放出されますので
ぜひちょっと実物で見ていただければと思います
なかなかね
今日はスライドで流したやつが
大体が国宝級で
なかなかね
見ようと思っても見れないものが多いんですけど
国宝の
言ったら解説ツアーみたいな感じですかね
今日は
国宝って
時代時代の資料として
重要やから国の宝になっていくっていう
美しいだけとかじゃなくて
やっぱりこう
ものとして残していかなあかんという価値が
いろんな面であるから
多分国宝になっていく
あとレプリカとかは
多分どこかにあると思います
勝手なこと言ってるけど
これは千代印という
浄土宗の双本山
所有なんです
あります
千代印のホームページ
みたいな宝物とかのところに
この写真が出てます
多分もうちょっと詳しく見てるので
ぜひ
何持ってるんかなこの人って
見てもらえればと思います
これねあれなんですよ
箸ですね
箸
極楽の箸やと思います
極楽界っていう感じをちょっとイメージさせる
いわゆる右下が
現在のお亡くなりになってる現世の世界
一番右上がおそらく
極楽の山津の川を渡る箸みたいな
そういうイメージ
向こうの箸
行くと
そうですね
この木とかも意味があるんですか?
木じゃないですか?
木ですね
多分この
なんて言うんですかね
人間とかじゃないものが
1:15:01
山を下ってやってきて
ひゅわってやってきてる様子を
私は描いてるのかなっていう風に
理解しています
花が咲いてるとかも
白いやつが
そうそうそう
仏さんが来てくれたときに花が咲いてる
海じゃない
海じゃない
海じゃなんでないんですかね
結構雷合図って
他にもいろいろ描かれてるって言ったんですけど
山を越えてる仏さん
これが別に山がこうあってね
そこからにょきって出てる雷合図とかもあったり
こういうのとかね
山の上からね
雷合図
山みたいな
雷合図ってだいたい浄土信仰と
一緒くたにして描かれるんですけど
浄土教は中国で発生しているので
確かにそういった意味では
海よりも山なのかもしれないですね
多分仏が
こういうものを描かせれるっていうのが
それこそすごい偉い人しか
こういうことできんかったし
そういう人らが描かせたっていうもんやから
それもずっと大事なもんやみたいな
今はこういう絵が描かれてるのか
雷合図
今は
その浄土宗の教えの文脈の中で
誰かが何かを描かせるということは
あるかもしれないんですけれども
人が何か仏画師の方が
自発的に雷合図を描きたいと思う世の中かどうか
っていうことですね
要はこれってすごく人間の死生館との関わりが
死んだらその後どうなるかっていうところの宗教感だったり
死生館が出ているものなので
じゃあ今この霊話の世の中で
死んだら極楽にこういう形で
お迎えが来ていくっていうことを
公平さんが想像してアーティストとして描くかっていうことですよね
それ描く僕もその世界を信じ切ってるかどうかみたいな
なんかやっぱその
これだけではないですけど
やっぱ時代時代で生まれている背景には
それが信じられてるっていう前提があって生まれるっていうか表現が
それが残されていくっていう
1:18:02
それがないと多分表現的には生まれへんし
今は多分こういう雷合図っていうのは
こういうものがあったから描くっていう人はおるかもしれんけど
実際にこういうものが出てくるっていう時代じゃないかなと思いますね
今主流になっている絵っていうか絵
そうですねそれなんか絶対聞いてみたいですね
今主流になっているいわゆる臨終の際とか
死を取り扱ったテーマの絵って
どういうものが現代アートは主流なんですか
現代アートの主流っていうか
もうかれこれ
僕らが生まれる前からずっと前からそうなんですけど
やっぱこう作品っていうか
ものとして価値交換されるっていうのが前提にあって
例えばお金として
お金って言うか商品として
作られているっていうのが今の結構主流
アートの主流
だから絵描いてそれを売って
成形立ててる人はアーティストって呼ばれる
なるほど
やっぱそれがやっぱ全部の社会の中でもそういうものが
主流というかほとんどそういう世界なんちゃうかなって
確かにこれ雷合図描いて売ろうと思ってないですよね多分ね
だからそういう意味では
人が共感性を持つ
死っていうものだったり臨終っていうものを
資本主義経済の中で描ききれる人の作品が
アーティストとして扱われていくっていうことですよね
でもそれすら商品として扱われるっていうか
なんかそう信じてその本人が描いてたとしても
それ自体もマーケットに乗って売買されることで作品になってるみたいな
多分この人らって多分この絵が描かれた頃って
みんなが見るっていうのが前提にあったものでもないし
それが共有されるされんでも良かった
でも今は作品としてアートとかっていうの成立するためには
誰かに共有されん限りはアートとして
作品にならへんっていうものがなってますから
実際色々なアートとか
1:21:01
こういう美術の歴史とか見ていくと
そういうものじゃなくても
アートって呼ばれるものがあってもいいと思うんですけど
例えばね自分が生きていくために
自分のイライラをなくすために日々描き続けてるものも
もしかしたらその人のため
それだけにあった行為がアートって呼ばれてもいいと思うんですけど
ただ世間的にアートっていうものは
人に見せて人と共有できるものっていうものが前提になっているシステムなんで
そこに乗っからん限りはその行為自体がアートって呼ばれん
と思いますね
例えばね自分のためにやってたっていうものが
その人がなくなるとするじゃないですか
それが市場に入った
市場っていうかマーケットとか社会に出ていくと
それが作品がアートって呼ばれることはあるんですよ
その辺どういうふうに定義付けするかっていうのは結構
難しいとこですね
ちょっと質問を変えてみると
コウヘイさんだったら臨終とか死って
今この瞬間だったらどういうふうに描きます
皆さんが知りたいなあ
そういうところかなって思ったんですよね
臨終とか死っていうもの
私は宗教者なので
特に浄土教の宗教者なので
いわゆるこれをすごくイメージをものすごく
あの経典でもすり込ませられるんですよ
死んだら蓮の花が置かれてみたいな
とても綺麗な極楽浄土で
蓮の花がいっぱいカラフルに咲いている
黄金がいっぱいある建物のところで
キラキラした世界に生まれ変わるっていう
姿勢感をすごく持っているんですよね
それを伝える役割が僧侶なのかな
っていうふうに思っています
そういうことでそれを伝えることで
何か死っていうものへの恐怖であったりとか
孤独さであったりとか
嫌な気持ち不安
そういうものが安らいでくれるっていうことの
一条になるのであれば
私が宗教者になってよかったなって思うんですね
そういう意味で言うと
死っていうものへ
私はこのイメージだけど
隣住とか死ってどういうふうに
1:24:00
神戸さんの中で捉えているのかっていうのは
とても気になりますね
パッと自分がそれがこういうものやって
自分のもので見つけられたら
多分それを表現すると思うんですけど
それ
他にね死っていう
例えば雷光図であったり
死星館とかっていうものが表現されている絵って
どの世界にも
どの時代にも表現されていることで
それの蓄積で出す答えでしか
今はできない
例えば西洋で言ったら
骸骨とか
ろうそくをモチーフにするということは
死を連想させるというか
死をテーマにした絵ですよっていうルールがあって
そういうものを組み合わせることで
私の死ってこうですよっていうことは
パッとできるかもわからないですけど
なんかねそれで答え出すっていうのは
まだちょっと違うっていうか
いろんなことが
そのためにアートっていうものを
いろいろ見て
こういう表現があるとか
こういう考え方でこうなったっていうものを
いろいろ勉強するんですけど
今
この今の時点で
そのことを言われたら
真っ暗みたいな
真っ暗の中から死星館っていうものが
もしかしたら
ぷっと光として出てきたら
多分形にはできるんでしょうけど
今真っ暗な状態です
それがもしかしたら死星館なのかもわからないですね
だからもうその時点で
終わり
でもわからないです
真っ暗ってことは
っていうわけじゃないですか
えっとね
その辺もねちょっといろいろ
考えるところがあって
無っていう
真っ暗で何もないっていうことを
無を考えること自体無じゃないと
無を考えている自分
自分という存在がいるから
っていうか無っていう存在をもう
作っちゃう時点で
無自体も存在になっちゃう
っていうのがね
無があるから
だからわからん状態でいいっていう
見えてないっていうか
無っていうものを考えた時点でも
無っていうものが見えてる状態やから
対象が
そうじゃなくて
向こうから何かやってくる
1:27:02
向こう側
向こう側があるっていうのを
考えた時点でももう
それも自体存在させてるからっていうのも
そうですね
いわゆる雷光図っていうのは
六道輪廻っていう世界観の中でしか考えられていなかった人たちに
それ以外のこういう極楽の世界もあるんだよっていうのを
ある種こうね
方向づけさせるための図ですよね
キリスト教とかのね
宗教画とかにもすごく
システム的には一緒やなと思いますよね
神様が降りてきて人を救うと
大体宗教ってそうですから
その宗教画の歴史から
さっき言った
リアリズムみたいな
とかに移ったりとか
でその後に今の
和を代表するような表現に移ってったり
とかしながら
アートっていうのは
現代に来てると
すごくもう
この昔の話っていうか
昔の考えで書かれた表現自体
今僕らが見てる
例えば
例えばっていうのはちょっと難しいな
今色んなところで見れる表現っていうのは
ずっとたどっていったら
絶対ここにある
ルーツは
遡っていける
いうのが
遡っていけるんですよ
でアートの面白さっていうのは
自分が今生きてるっていう表現
生きてるっていうか
生きてる時代の表現っていうものが
ずっと遡っていけるっていう
突然変異する場合もあるんですけど
でもやっぱこう
ずっと遺ってきてるっていうことは
遡っていけるっていう
たどれへんっていうか
たどれへん
消えちゃったものっていうのはたどれないですけど
そういういろんなものの流れ自体が
形となって生まれてるのが美術かな
それを見るとか
それを知ることっていうのが
美術の面白さ
物自体からきれいとかっていうのも
物を見る楽しさにもつながりますけど
それが
時代の
人が作ってきたものの
時代につながるっていう
シンクロするみたいな
感覚を持てるっていうのも
アートの面白さやなと僕は思っています
1:30:05
今日はとても
アートの新しい見方を
教えていただいたような気がします
私も今日実は
こういうことを紹介するからって
絵を事前に見せていただいたんですけど
統一性とか流れとかが全然わからなくて
でもそれって
コウヘイさんのプレゼンがめちゃくちゃとか
そういうことではないっていうことが
すごいわかったんです
今の世の中にも共通するのかもしれないんですけど
本当に多様なあり方とか
多様性があった時代
本当に
だからすごく
今の世の中と似てるんだろうなと
まずマッポっていうね
時代に入って
自分たちが信じていた
仏の法っていうものがなくなってしまって
寄るべがない時代っていうのは
今でいうと
資本主義社会であるとか
正義とかが
どういうものなのか
何かね
ここに向かっていけば
キラキラした未来が待っているとか
いいものが待っているっていうもの
そういう思考が
共通認識が崩壊してしまった
そうですね
多元化
多元化そうですね
いろんな要素でやっぱり
それとすごく私は似ているなっていう風に
まず時代認識を見ているんですね
そうですよね
鎌倉新仏教っていうね
その中で
多様な生き方であったりとか
多様なもの
価値観っていうのが尊重されて
アートとなって
アートというか絵画となったり
絵巻物となったりして
いろいろな形で現存しているっていう
この時代を見ることで
何か今の時代のヒントになればいいのかな
っていう風に
私今日思っていたんですね
結果わかったのは
とにかく多様だったっていうことは
それとあと
僕が思うことなんですけど
分からへんなっていうものが
分からへんままでしか生きられへんな
分からへんっていうものが
当たり前に
当たり前にあることやけど
何でも分かっちゃってるって思い込んでる
何でも分かるやろっていう世界やけど
もっと分からんものっていうものが
いっぱい出てくるし
そんなものばっかりになっていくんやろうな
っていうのが
1:33:01
僕のあんまり当たらへんけど直感かな
だからこの後室町とか江戸時代になると
統一されていくじゃないですか
いわゆる学府っていうものが教育になって
技能交渉っていう身分に分けられて
固定化させられて
で共通の価値観みたいなものも
なんとなく作られていく
強いものに巻かれていくっていう時代になっていく
その時代は江戸時代はすごく平和だった
みたいなことを言う人もいるけれども
本当に平和だったのかなっていうことは
私はこの鎌倉時代っていうのを見ながら
再考しないといけないのかなっていうのは
すごく思ったんですよね
なんかぐちゃぐちゃだけど
みんな経済的にはすごく
天災だったりとか戦争だったりで
すごく大変な時代だったけど
その中でもすごく希望を持ちながら
多様な価値観を重んじながら
なんか楽しそうに生きていた様子が
ちょっと今日は垣間見えた気がしました
だから本当に
自分の信じた道というか
自分の価値観を大事にすれば
すごく自分なりの楽しみを見つけられる
生き方として
今のこの世の中でも
得られるんじゃないのかなっていうのは
改めて美術を見て感じましたね
というまとめのような感じになってきましたけど
じゃあ今日は寒くて雨が降っている中
皆さんありがとうございました
終わりです
ありがとうございます