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episode.77 珈琲もくれん 2/3
2026-01-21 1:44:23

episode.77 珈琲もくれん 2/3

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episode.77 珈琲もくれん 2/3


今回のゲストは珈琲もくれんの村上洋一さんです。


中編となる今回は村上さんのルーツのお話を聴かせてもらいました。


どうぞお聴きください💁‍♂️


talk topics


順番は大事/出家いいかも/京都行きたくて就職/喫茶店の留守番/珈琲美美との出会い/尺八とビラ配り/cafe sweets/公共の場所


番組のオープニングとエンディングの楽曲はお寿司のともみさん @osushinotomomi のアワーヤングです。


楽曲が気になった方はお寿司のともみさんの通販サイト、Spotifyをチェックしてみてください。

本町文化堂ではお寿司のともみさんのCDも購入できます。


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感想

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00:19
まずはルーツ的な部分から教えていただきたいんですけども、生まれは先ほど大分っていうことなんですけども、大分のどの辺のエリアですか?
大分の、えーとですね、西大分というところなんですけど、大分市の中心部よりは、ベップ温泉、大分県有名なんですけど、
ベップ温泉側の大分市、なんて大分市のはずれなんですけど、どっちかというと、よく言えば丘の上、違う言い方したら崖の上なんですけど、家が。
下は港なんですよ。関西基線とかベップ港から出てるんですけど、大分港側からも船が出てて、その港の近くなんですよ。でも山側です。
で、最近は目の前に温泉ができたりとか、文城住宅とかなんとなく開けてきてたりとか、あと近くにある神社が今改修工事をやってて、その改修工事が終わったらすごくいいみたいな。
で、それに合わせて大分県と大分市も投資して開発しようみたいな感じの地区に住んでいます。
なんか面白いのは、小さい時ってあまり気にしてなかったんですけど、西大分港も西大分駅っていう駅も小さいんですよ。駅も、建物も小さいんですけど敷地広いんですよ。
なんで敷地広いのかなと思って、確かコンテナをいっぱい置いてて、最近こっちのお客さんに聞いてたら、西大分駅ってむちゃむちゃ貨物の駅やろって言われて、確かにあそこ港からすぐ貨物行き来しやすいから港に直結してるにゃーんって言われて、あ、そうなんやなと思って。
そういうのがなんとなく最近面白かったなと。
街の規模感的にはどれくらいの感じなんですか?人口とか。
人口ですか?え、人口知らないですね。
03:01
結構街な感じですか?
結構街な感じかも。ちょっと前まで覚えてたんですけど、人口がだんだん減少してるんで、それから覚えなくなりました。
そんな街で生まれ育って、家族構成とか村上さんどんな感じだったんですか?
生まれたときは祖父と祖母と父と母がいて、それから僕が生まれて妹が2人生まれました。
3兄弟。お父さんお母さんとかどんなお仕事とかされてたんですか?
父親は設計士です。
え、住宅とかの?
住宅とかの。母親は元々銀行務めです。
結構お堅い家庭というかしっかり家庭な。
そうですね。子供のときはそう思ってたんですけど、大人になってからはそうじゃなかったかもっていう。
どういうことですか?
子供のときはきっちりしてるかなって思ってたんですけど、きっちりしてるんですけど、きっちり…
家ってそうかもしれないですけど、独自のやっぱり自分のところのルールってみんな持ってるからそれできっちりしてたけど、
僕18で高校卒業して京都に出てきたんですよ、就職で。
で、外に出たらそんなにきっちり…親はちゃんとしてるんですけど、ちゃんとしてるけど適度に緩かったなっていうふうなのは思ったりとか、
あと18で京都に出てきて30ぐらいになったときはなんか良かったなって思いました。
どういう点ですか?
その適度な緩さが良かった。
適度な緩さ。え、例えば?
いや、でも例えばってないんですけど、なんか分かんない。それも急に思って、30ぐらいのとき、
そのときなんか赤山で、FM赤山とか立ち上がってたぐらいで、パーソナリティをちょっとやってたんですよ。
えー。
やってたんですよ。
で、そのときになんかこう、その中でいろいろ喋ってて、
喋ってる中で、あ、なんかだからこういうことできてんのかなって、
だからってね、そのあれですよね、なんかの親御さんの、親御さんって自分の親ですけど、
なんかそういうのがあったんで、今の自分ってこうイケてるところってあるな、
06:01
イケてるっていうのは、生かしてもらってるところがあるなっていうふうなことは、
なんか多いなって思ったんですよ、本当にちょっと。不意に。
で、なんで、その出ましてちょっと上に、なんかあの、唐突なのにけど、
これまでありがとうございましたって、これからもよろしくお願いしますって話をして、
どうしたのどうしたのみたいな、
いや、なんかやっぱり今あるのってやっぱり親のおかげやなって思ってっていう話をして、
そしたら、そのときの親の言葉も面白かったんですけど、
親のおかげやなって思って、ちょっとお礼言っとこうと思ってって言ったら、
親も親で、そうやろって言うんですよね。
そういうところも良かったなって思って。
はいはい。
でもそういうところかなって。
なんていうんですか、フランクな感じというか。
フランクですね。なんかでもそういうところ良かったなって思って。
もしかしたら親はそういうふうなつもりじゃなかったと思うんですけど、
こっちの受け取り方もあるし、
なんか相手が思っていることを、こっちがそのまま受け取らないといけないかって、
そんなこともないし、
親は親で個人で思ったことがあって、それで伝達してくれるけど、
それは親の人生も、親というかね、
時代的な生き方もあるし、時代背景もあるし、
その中で自分のライフハックとか、良かったこととか、
これは必要だなっていうことを言ってくれるけど、
言われたほうが、それは本当に、
言われたら必要だなって思うけど、
なんか受け取り方って、そのまま受け取れないところもあるし、
どういうことかなみたいなのもあるけど、
それを聞いといたらいいなっていうことでも受け取るしとかっていう風なところもあったなっていう風に、
それも結構最近そんなの思って、
言われたことをやってたなって思ったんですけど、
言われたことをそのまま聞いてたわけじゃなかったかもっていう風に思い出して、
結構尊重してくれるような、
尊重してくれるような、
ちなみに幼少期の村上さんはどんな人物だったとか覚えてますかね?
最近どうなんですかね、新聞の広告の裏とかに、
広告の裏が空いてるんで、それに絵をよく描いてます。
結構それで過ごしてたかも。
何かあったら絵描いてる。
でも絵と字の区別はあんまりなく描いてたかも。
とりあえず描くのが好きみたいな。
小学校の道元の小学校を描いてたみたいな。
それぐらいの時ってどういうキャラクターやったとか?
09:06
暗かったと思います。
今も明るくはないと思うんですけど、
結構いじめられやすかったです。
でもいじめられやすかったってことは、
たぶん鼻に付くところもあったんだと思う。
いじめた人からは。
覚えてる話というと、
運動会の時って昔って参加賞ってもらってた。
今あるんですかね、参加賞って。
今ないかも。
昔参加賞ってあって、
ノートを置いてて、
それを順番に取っていくっていうのがあったんですよね。
並んで順番に取っていくんですけど、
ノートがあって、
ああいうのってお祝いごとだからのし紙巻いてるんですよ。
のし紙巻いてて、
1個だけ違うのし紙のノートがあったんですよ。
そっちの方がいいなと思ったから、
順番を外してそっちを取ったんですよ。
並んでたのは順番通りに取ったんですけど、
ノートも並んでる順番に取っていくっていう
頭がなくてこっちも。
取りたいの取ったらいいかなと。
取る順番を外したのが嫌だった人から
殴られたことがあるんですよ。
小学校1年生の時に。
少林寺拳法をやってる友達がいて、
その子に殴られたんですけど、
その時は順番は大事なんだなって思いました。
最初なんで殴られたのかなって思ったんですけど。
その方が手にするはずだったものを
裏上さんが奪ったってことですか?
そういうわけでもないんですよ。
その人は正義感が強いんですよ。
順番にっていう。
少林寺拳法もやってるし。
秩序とか礼節とか。
守ろうって。
そこに自由になる。
でもその話って今でも
結構思い出す話ってあるんですよ。
子供の時の話で。
でも子供の時のそういうのっていうのは
時折思い返した時に
自分の行動をちょっと気を付けておかないといけないなって
思う糧にはなってます。
でも気を付けておいてそれかっていう風に
思う部分もあります。
自分の中で。
っていうことはその幼少期と今とでは
村上さんってやっぱり
同じ部分がずっとあるって感じですかね。
変わらず。
12:00
あります。
ありますね。
他に覚えてるエピソードありますか。
覚えてるエピソードですか。
全然エピソードじゃないですけど
バスケットゴールの下で
はしゃいでてこけて
バスケットゴールって
表に置いてる車付けのやつって
鉄でできてるじゃないですか。
移動できる。
あそこの縦型に板が付いてるところに
足がザクって刺さって
その時すごく痛かった経験とか
しょうもないですけどね。
それはだいぶちょっと経ってからですけど
小学1年生の時って
もう一個自分の中で面白かったなっていうのが
車の上なんですよ。近く的に住んでるところが。
学校に行って
自分家までの近道が一番涼しくて
木陰もあるし
そこからバーって帰るっていうのが
最短距離で
安全に帰れるんですよ。自分としては。
違うルートの友達と
初めて帰った時に
どっちかというと土の道なんですよ。
その友達の道は石畳なんですよ。
石畳の道を一緒に帰ったんですけど
その友達は慣れてるから
パパパって行っちゃうんですけど
僕はそういう道慣れてなかったんで
石畳って熱いんですよ照り返しが。
登り切るくらいの前ぐらいで
気を失いそうになってたのも
小学校1年生の時の気を
いい思い出です。
なんであっちから帰ったのって言われたのは
ちょっと友達に誘われたから
あっちから帰るのは慣れてないから
やめといた方がいいと思うよみたいな。
でもそんな感じでした。
中学校とかも地元の?
地元の小学校です。
キャラクターとかも特に変わらず?
でもその頃くらいから
その頃はまだそうでもないですね。
その頃は剣道部に入ったんですよ。
中学になって。
で剣道をやってて
それなんか面白かったですね。
中3くらいからなんとなく
なんか出家したいな
みたいな感じになって
出家したいのとか
15:02
世界中を旅して
暮らせないものか
っていう風に考えだして
絵とか
わーって描いてたんで
絵を描くのと
旅をするのと
出家っていうのを合わせたら
それで生きていけないかな
っていう風なことを考えてたんですよ。
その辺に何か影響を受けて?
漫画ですね。
あん当時って
宗教的な漫画って結構多かったので
出家いいかもとか
ブッダとかですか?
そんなもんだったかも。
それで
勉強しだすんですよね。
仏教の方も借りてきて
見るの。
うーんって思って
あ、でも
祖母は結構
商売人だったんですよ。
花屋やってて。
月に一回
お寺みたいなところに
お参り行ってて
それはたまについて行ってたんですよ。
でもそこは別に
お参りとかいうよりも
その後に出てくる
カレーの煮付けが美味しかったっていう
自分の中で印象なんですけど
そういうのも含めて
それから
ブッダとかも影響大きかったかもしれないです。
母親がブッダの漫画読んでて
それも読んで
人とは
みたいなこと考えだして
あれ多分思春期なんだと思うんですけど
人とは何かなみたいな
出家かな
短絡
短絡ですよね。
ピュアです。
単純なんですよ多分。
出家はせずに高校進学?
高校進学して
その時に
中学の時からやってる剣道
高校の時に
剣道部に入ったんですよ。
剣道部に入ったら
そこの剣道部が結構
名前が売れてる剣道部だったんで
周りの中学校からも
剣道部の有名な人が入ってきてたんですよ。
僕は中学校で始めた
ペイペイなんで
周りはめっちゃ強いんですよ。
周りはめっちゃ強いから
先輩とかのしごきも
周りは結構きつかったんですよ。
同じ練習やってたけど
こういうもんだなって思いながら
でも紛れてるから
それでできてたんですけど
多分中学校から始めた
中学校で強かった人って
小さい時はやってるんですよ。
でも今更こんなことしたくない
みたいな感じで
一人一人辞めちゃったんですよ。
厳しかったんですよ。
辞めちゃって
練習に耐えられてただけで
残ってたんですよ。
次キャプテンねって言われて
それは嫌ですって言うんだ。
18:02
嫌だし
名前が通ってる
剣道部だったんで
同じ年代の人がいたら
強いけど
僕は強くないし
下から入ってくる人が
絶対強いと思って
絶対嫌ですって思って
その頃から余計に
逃避だと思うんですけど
出刑志望が強くなって
こういう仲は無理だなと思って
その頃に一回投稿カフェをして
高校で
お寺に行ったんですよ。
すみません出家したいんですけど
どうしたらいいですかって
出家したいの?みたいな感じ
そこのお寺の住職もそんな感じ
出家したいの?
ちょっと居ときなさいよみたいな感じで
学校で休んで
サボってるんですよね。
サボってお寺に被ってたんですよ。
被ってて
でも母親が
高校とか行っといた方がいいと思うよ
みたいな感じになって
その時に
住職から
高校に行かないんだったら
ここにも来てはいけません
って言われたんですよ。
で、行きます高校って言って
朝に服役したんですけど
その頃
高校に行きながら
そのお寺にも通ってて
高校卒業したら
高屋さんに入る予定だった
信号所の寺だったから
信号所の寺に行って
高校卒業したら
紹介書書いてあげるね
って書いてあったんですよ
卒業間際ぐらいに
住職そろそろ
卒業なんですけど
紹介書とか書いてもらえるんですか?
みたいな感じで
話したら
待ちなさい待ちなさい
出家しても誰もそんな僧侶のことは
聞かないから
一回しゃばみときなさいって言われて
それから集計しても全然遅くないから
って言って
そこのお寺もそんな感じで
勉強とか修行してる人が多かったんですよ
3人
多くない?3人
3人いて普通にお仕事してて
お寺に通って僧侶の勉強して
今1人の人は
そこのお寺を続いてるんですけど
そんな感じだったんで
しゃばみときなさい
って言われて
それ見てきてまた
自分でもういいなって思ったぐらいに
また紹介書書いてあげるから
って言われたんですよ
なんでお寺に
集計したいの?って言われた時に
なんかその時に
なんか修行がしたいんです
とかって言ったんですよね
修行がしたいんですっていう話をして
そうなんだねとかって
受け入れてくれてて
そんな経緯になったんですけど
それからしゃばみときなさいって言われて
就職して
それから今に至って
最近40歳過ぎたぐらいの時に
なんか
21:00
なんか就職は
やっぱり修行したい
っていうのを
やらせてくれてたのかもなって
ふと思って
その時に言われたのが
出家したくて
する出家は
就職したくてする就職と
何にも変わらないよって言われたんですよ
そこの就職って
なんか理由があって
出家したらしいんですよ
お弟子さんから
それはあんまり
でも聞かないと
言ってあげてみたいに言われてて
そうなんですねみたいな
そういうのが出家なんだなみたいな
ブッダとかでもそうですけど
別に出家しようと思って
出家したくて出家っていうよりは
それしかないなみたいな感じ
とかいうのがあったのかな
とかいうのを思って
40歳過ぎたぐらいの時には
さっきの成行きとかもあるんですけど
こうしようと思って
こうする
例えばなんか
苦しいことしようと思って苦しいことする
っていうのは自分がしようと思ってやってるから
別になんかこう
対応力とかもなんにもないんですよね
でもなんかわけの分かんないとこに
ポッて放り出されたときに
自分がどんなことできるのかなとか
どんなスケールがそれで身につくのかな
っていうのが修行なんかもなって
ふと思ったんですよ
確かに
用意されてるものに飛び込んでいくっていうよりも
ねえ
野放しにされる
そうそうそうそう
イメージが確かに修行っていう
イメージが湧くかもしれないですね
それも
ふって思ったんですけど
ふって思う前に
なんかあのお坊さんのお客さん
っていうのが何人かいて
その中の一人の人が
あーなんか
そんな感じ
コーヒー屋までやってて
その人も
コーヒー好きで来ててから
あーなんかそんな感じやから
巡植も
なんか僧侶ってよりは
あーそっちの方がいいと思ったから
そっちに当たんちゃうって言ってくれたんですけど
うん
それってじゃあ僕の願望は叶ってないのかな
って思って
で思ったんですけど
それが多分40前ぐらいなんですけど
40超えたぐらいの時に
なんかでも巡植ってやっぱり
思った方に送ってくれたんだなっていう
ふって思って
あれ多分言われた
こっちが望んでる方向にやってくれたら
ほんとに就職して
なんか仕事してるのと
変わんないかもなって思った
それって
えーなんて言うんですかね
うーん
それだけっていうか
でも
それってなんか
木林の仕事で
工場さんの新人組と仕事させてもらってる時とかに
24:03
向こうのなんかお坊さんとか
とお話ししてる時にも
ちょっと思ったんですけど
寺を継がないといけないから
親から言われて
なんかこう
修行に来てるみたいな感じの人も結構いるよ
みたいに教えてもらったんですよ
でその時に
それって
修行なんやなってちょっと思ったんですよ
多分本人が
別に寺
なんで寺継がなあかんのか
寺継がなあかんのかなって思ってるかもしんないけど
なんかそういう
その頃の家に生まれたから
修行して来いって言われたから
言ってる人も多分いるのかなあ
って思って
でもそれってむちゃむちゃ修行だなって思ったんですよ
うーん
でもあれは自分から進んで
やっぱもう家業を継ぐために寺
行こうみたいな
修行しようみたいな感じ
とまた違うところの
自分の中の
圧力とか
なんですかね
反目する感じ
なんかこう
そういうのの
自分自身に対しての矛盾とか
わざかまりとかっていうのを
どういう風に解消していくのかっていうのは
あの
修行だけど
多分全然違う観点ですけど
それってむちゃむちゃ面白いだろうなって思うんですよ
それを解消していくのって
なんか普通に考えたら
なんかやる気があって
修行に行くみたいな方が
いいような気もするんですけど
それはまた違うって感じですかね
今日の
修行的には
いろんな考え方あるから
複雑に言うのも難しいんですけど
個人的にはそこも
なんかこう
やばいみたいなことがあったら
悟りみたいな話の時に
悟りの
ブッダの話なんですけど
サンスクリット語で
気づきとかそんな意味らしいんですけど
分かったみたいな
そんな感覚のことらしいんですよね
たまたまお客さんから
さっき質問何でも
話とか色々答えてくれますよね
みたいな質問があったんですけど
あの中で
仏教の話の時に
悟りについての話があって
お客さんとの話になって
調べてみたんですよ自分で
面白いこと書いてて
一番初めに
誰でも悟れますって書いてあるんですよ
でも誰でも悟れますって書いてるけど
二番目に
でもそのためには
迷いますって書いてあるんですよ
どこから悟るのかと思って
気づくのって
自分の中の矛盾とか
疑問点がないと
分かったみたいな
何ですかね
思い出せない
アーティストの名前とかを思い出せる時って
めっちゃ気持ちいいじゃないですか
27:01
ああいう体験って
悟りとかのこと言ってる人には
めっちゃ面白い話かもしれないですけど
ああいうのって軽い悟りだと思うんですよ
あ、それみたいな
あの体験って
どの時代でもできるのかなと思って
でも
それって用意されてるのを
やっちゃうと
でも用意されたもの
できるけど
でもそうやって用意してくれる
人がいるから
でも自分でそういうのができたら
どこでもそういう体験できるから
割と気持ちいいなっていう
そういうのかな
あらかじめ決まった答えを
求めに行くっていうのはちょっと
修行とは違うかもしれないですね
そうですね
なんでその修行の話が
40日過ぎぐらいに出てきたかというと
さっきのビミーのマスターと
話してた時に
4回目ぐらいに行った時に
4回目ですね
店内に誰もいない時があって
お店のスタッフの方と
妻と
僕と他のお客さんいなかったんですよ
いつも来てるから
いつも行ったら
九州に帰った時に
福岡の
スクールコーンについて
先にビミー行って
3杯飲むんですよねコーヒーを
それで一回
吐けてお店から
ご飯食べて
もう一回行って3杯飲んで
また一回
吐けて
また別のカフェとか回って
福岡から出る前に
もう一回3杯飲むんですよ
それを何回かずっとやってて
それを
福岡に着いてから
9杯と
福岡から関空に戻る前の
休暇やってたんです
最初は
マスターの方はあんまり覚えてなかったんですけど
覚えてくれだしたのかな
みたいな時に
聞きたいこととか
あんまり喋れなかったんですよ
店内に誰もいなかったから
みんな目配せするんです
その時に
今だったら誰もいないから
話できるよ
スタッフの人も
目配せで今今
どっちかというと
Viviのマスターも今なら聞ける
みたいなモードになってる
みたいな感じで
その時に
一番気になっていること
普段何考えてるんですか
って聞いたんですよ
普段何考えてるの
コーヒーのこと聞かれるかなって思ってた
コーヒーのことじゃないの
コーヒーのこともですけど
普段どういうこと考えて
コーヒーのことやってるのかな
そっちの方が気になって
あーみたいな感じで
いろいろ話してくれたんですけど
その中で
いろいろ考えることとかあるけど
あれもViviのマスターの
言葉選びなのかもしれないけど
何やってもお釈迦さんの
30:02
手のひらの中っていうか
そんな感じなんじゃないかなって思うよ
みたいな話してて
それもそうかみたいな
こともあったりとかして
それってちょっと仏教観なのかな
でも言葉選びだけだから
思想的なところってのは
わかんないですけど
そういうのもいいかなみたいな
のがあったりとか
でもその時に話したこと
っていうのはやっぱ良かったですね
困った時ってどうするんですかとか
困った時は
多分何かと何かで困ってるから
両方やるとか
両方やって
ちょっとでも良い方を採用する
採用したら
ちょっとでも良い方を採用してるんだから
ちょっとでも良くなってるから
格段に良くならなくても
ちょっとでも良くなるのをずっとやっていったら
良くなるでしょうみたいな
言ってもらったのとかもすごい良かったですね
そういうの?
そういうのって
むちゃむちゃ面白かったんですよね
何ですかね
コーヒー飲むっていうよりは
コーヒーも当然なんですけど
ビミニ行くっていうのが
自分の中ですごい面白くて
だから
こっちにいる時にお客さんが
九州に行くとかになったら
じゃあ福岡にコーヒービミニって店があるんで
今でも言うんですけど
前は
福岡に行くっていう人がいたら
コーヒービミニがあるんで良かったら行ってみてください
美味しいんでとか言ったんですけど
九州に行く人がいたら
九州に行くんだったら
福岡行く
もし行かれるんだったらコーヒービミニって店があって
ファンだから進めるのもあるんですけど
飲んできてもらって
自分のところのコーヒー飲んだら
このお客さんはどう思うかなっていうのがちょっと興味あったんですよ
やっぱり美味しかったっていうお客さんもいたら
こっちの方が美味しいよっていう人もいたら
色々なんですよ
そういうのもあって
味の感じ方って色々なんだなって思ったりとか
そういうのもすごく勉強になってたんですよね
自分の定点観測もあるけど
定点観測先に
色んな方々に協力していただいて
行ってもらって
その人が体験したことをまたこっちに
第三者のみたいな
色々な
意味を成してるというか
たらしてくれるお店みたいな
多分美味がなかったら
ほくれんはないです
仮にあっても
33:00
どうだったかわからないですね
今と違う形に
またあそこで
なんか気になる感じ
なんでそもそも美味に行ったかっていうのがあって
後半の話なんですかね
そうですね
一旦18歳にまた戻りますか
そうですね
修行は
18歳の時に
高校卒業して
京都の木工の会社に就職したんですよ
それはなんでまた
僕は高校が
工業高校の産業デザイン科になったんですよ
デザインの勉強してたんですけど
来てた求人で
京都で
そこの木工の会社があって
京都行きたかったんですよ
だからそこに就職したっていうのもあるんですけど
そういう意味では仕事先って
めちゃめちゃアイに選んだかも
京都行きたかった
場所で選んだ
そこではどんな仕事をしたんですか
そこは木工の工場で
家具部っていう部署があって
家具を作る部署の中の調装っていう部門があるんですけど
椅子のクッションを塗ったりする部門があって
ちょうどそこの親方が
昔の会社って会社の中に別会社が入っている
そういうケースがあって
そこの親方のところにも別会社なんですよね
就職した会社から出向でそこの会社に行って
技術学んでみたいな感じで
行ったんですよ
そこでやってたんですけど
親方が抜けたら
いろいろあるんですけど
親方が抜けたのとそこの会社自体が
自社物価とか
そういうのの修復とか
そういうのの講師とかを受け取っている木工の工場だったんですよ
工期が長いんですよ
15年やってたとか
10年とか20年とか
就職したぐらいが
ちょうど14年目とか
19年目とかで終わりかけなんですよね
そこの工事が終わったら
仕事がなくて
えー
仕事ないなと思って
親方も後継ぎできたから
もう引退するみたいな
引退して
引退するんだなと思って
どうしようかなと思って
就職してどれくらいで
引退したんですか?
4年目で
京都駅の議員室の椅子とか
有馬温泉の宴会場の
材質とか
クッションとか
36:00
仕事の仕方とかも
昔の仕事の仕方だから
そういうのが面白かったですね
それで
4年勤めてて
仕事もなくなったしやめようかな
みたいな感じのこととか
あと
体育館をやってて
とある教室で
教えてたんですよ
教える側
それも
さっきのお寺通りしてる時に
体育館やってみるって言われて
高1のところから
体育館ずっとやってたんですよ
京都に就職する時も
お寺の人が
向こうに行ったら
こじんまりしたところじゃなくて
せっかく町に出るから
大きい教室に行こうがいいよ
って言われて
いくつかピックアップしてくれたんですよ
ピックアップしてくれた中で
自分が思ってるのと違うなって思って
見学に行ったところに
その話をしたら
それだったらあそこの教室に行くといいよ
って教えてくれたんですよ
そこの教室に行って
そこの教室で結構狭いになったんですよ
狭いになったんですけど
教えてくれた人が
田舎に帰らないといけなくなったんで
あとやってって言われて
それはちょっと難しいんじゃないかな
って思うんですよね
っていう風なのとかもあって
さっきの話で言うと
会社の仕事が
切れたっていうことよりも
そこで仕事辞めてるんですけど
京都離れるんですけど
京都離れた理由は
憲法の
教えてるの方が
自分の中ですごく
重くて
そこの会長さんに
引きこもってたんですよ
そん時も引きこもったんだ
行きたくないと思って
思ってたら
そこの会長の息子さんが同い年なんですよ
同い年
見に来てくれて
何してんのって
教えるとか
高1からやってるけど
なんとなくやってて
でも
そこの教室では
すごくお世話になって
中国とかも行かせてくれて
憲法だから宗家とかあるんですよ
向こうの伝承してる人
そこの王子とか
でも練習に
行かせてもらったりしてたんですよ
そこの会がしっかりしてるから
そういうのも全然身につかなくて
自分なりに
行けるんじゃないんだ
って言われたけど
全然
無理かもみたいな
39:01
息子さんが声かけてくれて
でも会長さんね
親父とかそういうのって結構
分かると思うよとか
会いに行こうよって
言ってくれて会長さんに
そこで
いろいろ難しいかなと思って
そういうの分からんでもないし
そうやねみたいな
ホイホイって言ってくれたんで
九州帰るんだったら
そっちで教室でやったらって言われて
それは無理だなって思いながら
ありがとうございますとか言って
それで
消えたんですよ
本当悪かったなって思うんですけど
そこもいろいろご実感があるんですけど
それから岐阜に行って
岐阜の山奥で
古いのを買い取って
別荘みたいにしてる建築士の人がいて
木工やってたから
そこにちょっと
働いてる時から
遊びに行ってたんですよ
古い農家の回収とか
やりながら住んでていいよって
言ってくれたんで
そこに住んでたんですよ
住んでて
建築士さんの友達が
愛知県にいるんですけど
造園屋さんやってるんですよ
その人が来て
遊び半分で回収やってたんですよね
愛知県の造園屋さんが来て
回収工事やっちゃったんですよ
やっちゃったんですけど
そこの造園屋さんが
吹き抜けとか好きで
岐阜の山奥で
吹き抜けとかって
自殺行為で
寒いんですよね
その人も寒くて行ってらんないね
みたいな感じになって
愛知県に戻ろうかと思うんだけど
一緒に来るって言ってくれたんで
一緒に着いて行って
愛知県に
愛知県の造園屋さんで
手伝いとかやってて
今度また
奈良の彦間で
建物を作る工事があって
基礎工事を石組みで
するってのがあったんですよ
造園屋さんに依頼があって
奈良行くけど来る?
行きます行きますって一緒に行って
そこで石組みの仕事とかをして
それから
建物の工事もする?
とか聞かれたんですけど
建物の工事は木工なんで
それもやったことがあるんでいいです
とかって言って
じゃあどうするの?
って聞いてもらったから
北海道に牧場のバイトに行くか
九州に帰ろうかなと思います
とかって話をして
それなら和歌山で横丁腰やってる人がいるから
そこ行ってきたらいいよ
って言って
行ってきたらいいよって
言ってくれた人が建築士さんなんですけど
42:02
その人がさっきの
岐阜の農家の持ち主でもあるんですよ
その人に
仕事を勤めてる時から
ずっと勤めてるの?
って聞かれた時に
そうですね普通にずっと勤めてると思います
その後どうするの?
って
定年退職みたいなことが
あったから
定年退職したら
喫茶店でもしようかなと考えてますけど
でも出家とかも考えてて
そうないや
ぐらいなことを
ほんとに短時間
2,3分くらいまで話したんです
それをその人が覚えてて
喫茶店したいとかって言ってたやろ
和歌山の人その人
喫茶店の留守番探してるから行ってきたらって言われて
踏んできたみたいな
おお
そういう意味では
全部そんな感じで
動いてるんですよ
形成してるもんでは
そんな感じ
明確に何がやりたいとか
っていうのがなくて
その時の出会いとかで
流れていって
そうですね
よく言えば旅をしながら生きてるみたいな
そういう意味ではすごく自分の中では
黙ってて
いいなみたいな
思ったんですよ
そういう意味では木連も
4ヶ月くらいで辞めるだろうなってずっと思ってたんですよ
そんな
店って言っても
長くて4ヶ月だろうなって
思ったんですよ
店場っていうことよりも
場所を4ヶ月ぐらいしか
いれないだろうなって
飽きるかなって思ったんですけど
飽きなかったんですよね
飽きなかったのと
さっきのVimyに行く
経緯になった
きっかけかな
きっかけになった人がいて
奈良の生駒の
陶芸家の人なんですけど
その人がお客さんで来てくれたときに
コーヒー飲んで
ここのコーヒー屋さんが福岡にあるね
みたいなこと言ってて
そうなんですかみたいな
その時って初めて2ヶ月か3ヶ月くらい
飲んでた
そうなんですねって言って
それで
Vimyとか
そんな名前飲みてないけど
っていう風なのを言って
それを覚えてたんです
じゃんじゃん横丁で
福岡に研修に行こうと
飲み食いツアーに行こうという話になったときに
Vimyを入れてもらって
行ってからがVimyとの
ファーストインプレッション
なんですよ
横丁おこしってのは
どういうことだったんですか
そもそもここが
じゃんじゃん横丁が
今の大屋さんのお父さんが
作った建物で
全体を
こんな風な場所を作りたいなって言って
作ったんですよ
それが1955年
45:01
昭和30年なんですけど
その時に
こういう風なところを作りたいなって言って
1階が店舗で2階が住居の
こういう長屋形式の
4棟の建物を作ったんですよ
それから
昭和30年から
高度成長期とか
いろいろ経って
バブルみたいな時期もあって
バブルが終わったぐらいのときに
なんとなくこの辺も下火だったらしいんですよ
田中さんがちょっと抜けた時期みたいで
昔からの入っているお店とかも
あったんですけど
今の作った人の息子さんが
大屋さんなんですけど
どうしたもんかなって
言ったみたいで
いろんな建築士さんとか
相談できる人に相談してたみたいなんですよ
どうしたらいいかなみたいな
新しくした方がいいのかな
みたいなことを相談してたけど
圧倒的に多かったのが
バブルって終わってたんですけど
終わってたのって
完全に終わり切ってしまわないと
あそこでバブル終わったよねってわからないんですよね
なんとなく世間的に
感覚ってバブルな感覚だったんで
もう建て替えて
新しくした方がいいんじゃないですかっていう人が
確かに
106、107人に相談して
多分105、106人ぐらい
はそんな感じだったらしいんです
はい
その人が
その人
一人の人が
見に行くわって来てくれて
ここ面白いやん
こんなとこ他にないから
これちゃんと手直ししたらいいやん
っていう風に言ってくれて
その時に大谷さんも
資金とかもないし
その建築士さんが
手あるやん自分
手あるんやったら
ペンキ塗って
自分で友達でDIYでやってたらいいやん
って言って
あそうかって大谷さん思ったみたいで
それで親戚のおじさんと一緒に
この辺の
壁塗り直したりとか
補修とかした
し始めたんですよね
それがいわゆる横綱おこし
その時に
肩書入りになってるので
ジャンジャン横丁
企画行動人っていう
名刺を
作ってました
それでやってる
でその
面白いやんって言ってくれた建築士さんが
さっきの岐阜の
農家を持ってる人
そこが共通人物なんですよ
共通してる
だから
ジャンジャン横丁のことも知ってるし
こっちのことも知ってるし
でジャンジャン横丁
当時まで
リノベーションって言葉がなかったんですけど
リノベーションって言葉が
出てきだしたぐらいで
全国でも事例が少なかったんですよ
48:00
で和歌山の建築
の人から
ここの大谷さんが
事例がないから
リノベーションの事例だから
お話会とかに来てほしいって言われて
でもお店は
お店もその人がやってたんですよ
やってて
やってて
でもそれは棚子の
受け入れとか受付みたいな感じでやってたんですよ
だから
お店開けるのが
フリーにしておくのは
ちょっと嫌だなって思って
留守番いないかなって
さっきの建築士さんに相談してて
いるいるみたいな
なるほど
それで来たのは何歳の時ですか?
23歳なんですよ
その後
23歳っていうのは
去年明確になったんですけど
ずっと21歳って言ってたんですけど
自分の中で
数字勘違いしてて
数えたら23歳でした
それまで
飲食とか未経験な
わけじゃないですか?
高校の時に朝霧のベップ温泉の
ホテルのレストランでバイトしてた
それぐらいで
いきなり
自分で任されてみたいな
でも
そこは任されてというよりは
どっちかというと
大谷さんの方が経験者だから
一緒にいろいろアドバイスとか
くれながらやってきた感じです
なるほど
最初は大谷さんと
2人でやってたみたいな
今の妻と
やってた
どっちかというと
お店する時も
横丁腰やってる人がいて
喫茶店のレストラン探してる人がいるよって言われた時に
正直
お店は面白そうだけど
まだ難しいんちゃうかなと思ってたけど
妻の方が当時は彼女ですけど
面白いからしようよみたいな
あの一言も
なかったらなかったです
ここは
木蓮がスタートしていく
最初から名前も木蓮やったんですか?
そうです木蓮でした
もともと木蓮って名前でやってて
なんで木蓮なんですかって聞いたら
大谷さんの母さんが
どっかでマグノリアっていう名前の
お店を見て
あの名前でやりたいって言ったけど
息子さん、大谷さんが
マグノリアって横文字つけたら
分かりにくいから
日本語の方が良くないって話
にしてマグノリアの和訳が
木蓮なんで木蓮になった
それで木蓮
自分たちがする時は
そのままでいいです
51:01
そこにそんなにこだわりがある
でもそこも
岐阜に山奥にいたんで
木蓮じゃないんですけど
山ってこぶしっていう
花があるんですけど
木蓮の小型版みたいな
お花なんですけど
妻はそれ好きだから
それもいいねみたいな
じゃあそれでいいみたいな
最初はどうでした木蓮は
いきなりお客さんとか来た感じなんですか
もともとやってたんで
そのお客さんがそのまま来て
そのままやってたみたいな
木蓮だけで生活とかも問題なく
やっていけてみたいな
いや問題ありました
問題あったんですけど
2階に住んでたとか
銭湯が用意してたんですけど
お店の2階に住んでるから
お店の家賃と同じで良かったりとか
留守番でいるから
お店の経営任されてるというよりは
半々みたいな感じ
全く全部自分でやってない
だから家賃とかもそんなに
まだ当時は
全然払えてなかったです
でもその辺も
売上の利益の半々みたいな
感じのやつでやってたんですけど
それでもむちゃむちゃ少なかったです
1日の最低金額が3000円くらいでした
もうちょっとでなかったんですけど
前のお客さんとかも来てくれてたんで
ゼロとかはなかったんですけど
3000何十円かでした
これまでの最低金額
そこからどうやって
やっていく感じなんですか?
ビラ配りとかしたりとか
ビラ配り多かったです
あと人目につくことしようと思って
その時尺八拭きながら
歩いたりしてました
宣伝になるような
宣伝になるようなと思って
なんかとりあえず
あの人なんかなって思ってもらったら
いいかなとか
興味を持って
ビラ配りに行く前に
その時お客さんから尺八もらって
ピーピーやったら音が鳴ったんですよね
音鳴るからあげるって言われて
あれで音鳴るからって吹きながら
今は鶴羽ドラッグの館店
当時オークワだったんですよ
オークワの前と
54:00
JRの和歌山駅の
中央改札のところと
今のソフトバンク
ジャンジャンの近くの
ソフトバンクの角のところの
三箇所は重点的にそこで
ビラ配りしてました
結構効果はあったものですか?
効果は
なんとなくありました
なんかブワってあるわけじゃないんですけど
なんかビラ配ってたよねみたいな
これビラ見たとか
でも当時
ビラの効果って
1000枚配って
1枚リターンっていうのが
セオリーだし
その割には効果あったなって思いました
やっぱり尺八置いてたから
村上さんに興味を持ったみたいな感じですか?
そういうのもいるなって
いう風なのもありました
どうせやるんだったら
みたいなところもちょっとあったし
あと
後日談では
お客さんで来てる人が
どうして来てくれたんですかと言ったら
尺八吹きながら歩いてる青年がいる
っていう風な
この辺に行って
この辺に来た
ジャンジャン横丁は
当時バーとかもあって
今もあるんですけど
キッチンバーとか
ヤムチャのお店とか
もともと
お店もあったんですよ
人が集まる場所では
なりつつあったっていう
あとゴマ油100%の
天ぷら屋さんとか
関東風の天ぷら屋さんとかも
ありました
スナックとかも
あったし
いろいろありましたよね
どこかで
じわじわお客さんも増えてきて
っていう感じで
お客さんも増えてきました
おかげさまで
最初の目連は
どんな感じの営業してたんですか
お店の出してるものとか
お店の出してるものは
普通にコーヒー、紅茶
ハーブティー好きだったんで
お茶とか
ハーブティーありました
カレー
で、冷凍麺の
パスタとか
あと
玄米定食とか
あと
途中でパンケーキやったり
とか
いわゆる喫茶店みたいな
感じでした
あと
モーニングもやってたし
あとなんか
詩の朗読会やったりとか
なんか
炭で書道の会やったり
とか
1階が店舗で
2階を店舗にしたときに
いろいろ2階でそういう
57:02
集まって
できること
そんなのやってました
朗読会とか
絵本とか
本を好きなフレーズを
読み合う会とか
そんなのやってました
喫茶店として
プラスアルファみたいな感じですね
そうそう、そんな感じです
どこから上手く行き出した
ターニングポイントとか
ターニングポイントは
劇的に
劇的じゃないかもしれないですけど
変わったなって思うのは
カフェスイーツっていう柴田書店の雑誌があるんですけど
それに乗ってからかもしれないです
えー
なんか
そのときに
和歌山で乗ってる店舗が
多分
君のそのドーシェルさん
先に乗ってたんですよ
乗ってて
それから
カフェ特集か
なんかの子のときに電話があって
カフェスイーツ
なんですけど
主催とかさせてもらっても
大丈夫ですかって言われて
そういうのって全く
あれが
知見がないから
いや
来たことないのに
取材とかって
良くないと思いますよとか言って
切りかけたんですよね
あ、いやいや行ったことあるんですって言われて
行ったことあるんですか
いつ来たんですかって言ったら
いや一回行かせてもらって
紹介があって
面白いからって言って
お客さんの
東京から
そのとき東京から来てるお客さんがいて
その人がここでこんな店あって面白かったよ
って言ってくれたんですよ
それで行ってみたら
確かに面白かったって言って
それがあったんで取材したい
っていうのだったんですけど
それに乗ってからかも
それいつぐらいの
2000
2003年
6年とか
3年6年だいぶ違いますね
違いますね
カフェスイーツって結構なんか
専門しよりな感じがするんですけど
だから乗ったからって言って
別に
雑誌みたいな感じで
見てるわけじゃなくって
乗ったけど
当時って
SNSもないから
乗ったのは長くらいだったんですよね
でもお店にやってる人が
カフェスイーツ買ってるから
それで来て
なんで来てくれたんですかと
カフェスイーツ乗ってましたよねって
乗ってました
あれどうやって乗ったんですかって
って言われて
それぐらいからかも
一目置かれるみたいな感じになったんですね
そうですね
個人店舗で乗ってんのって
1:00:00
個人店舗って本当に
小さい店舗に乗ってるのが
珍しい
ってなった
和歌山だと多分
ドーシェルフさんが乗って
2番目だった
それはあったかも
カフェスイーツ
でも
その当時って
乗ったからだからどうしようかな
とかいうのもあって
でも
うーん
でも
飲食の人とかも来てくれましたけど
うーん
特に手持ちの武器があるわけでもない
時間売船はやってたんですよね
当時
でもそれも
さっきの大谷さんが
売船はしてたんですよ
でもどちらかというと
妻が先にやってて
それ面白いやん
売船して
何やってんの
売船ってやって
コーヒーの売船してるって手編みでやってたんですよ
それ
お店に出したらいいやん
そうですかみたいな感じで
それだけ
だからスタートした時に
時間売船だけは始めからずっとやってたんですよ
手編みで
でも6年間ぐらい手編みでずっと営業してて
6年目ぐらいの時に
営業が終わって売船してたから
だいたい
いつの時も10時ぐらいまで
営業して
それから売船して
手でやるから
おかげに不帰りだから
一回長いんですよ
一回ごとの
朝5時ぐらいまでやってて
それでまた
お店やっててっていうのを
一時やってたんですよ
でその時に
親が見かねて
ちょっとあの
売船機を買ったらどうかっていう
売船機は買わないとかって話は
こっちもしてて
手編みの味も結構気に入ってたんですよ
でも買ったら
なんか違う方向性とかもあるんじゃないのみたいな
感じになって
じゃあ買ってみようかなって
買ってとかっていうのも
ちょっとターニングポイントだった
なるほど
その
カフェスイーツの人が
来るきっかけになった
面白いっていうのは
自家売船が面白いっていう感じ
でも
前後するんですけど
カフェスイーツの人が来てたときは
もう売船機で売船してましたね
売船してました
でもそういう意味では
カフェスイーツに乗ったのもターニングポイントだし
ハミングっていうコーヒー屋さん
禅祥寺ってお寺があって
ハミングっていうお店があるんですけど
昔は
ハミングバードコーヒーとか
雑貨カフェハミングバードってやってたんですよね
その人が
1:03:00
そこの人が
今もされてる?
今もしてるけど名前が変わっていってて
今は
コーヒーと茶屋のお店
ハミングって
なってて
そこの人が
豆を
作ってほしいって
来たんですよ
自分はコーヒー飲めないけど
分からないから
そういう人がでも飲めるようなコーヒーって
作ってもらえないですかねって
来てくれて
それで
作ったんですよ
作ったのもあるし
そのときたまたま
自分のブレンドとかを
作り替えやってるときに
すぐ送られさせた
ブレンドがあるんですよ
これどうですかねって
提案したら
これいいですよねって
使ってくれたのも
使ってくれて
そこのお店は
すごく
自分の中では
カフェストリートよりもそっちのほうが
ターニングポイントかも
カフェストリートは
カフェストリートは
ハミングさんで
コーヒーを使ってもらってた
今も使ってもらってますけど
使ってもらってるのが
ターニングポイントだったかも
どういうことですか
広がっていった
僕は完全に
レストランで始めてて
そんな感じでやってるから
県外から来てるし
別に知り合いとかも
多いわけでもないし
ハミングさんが使うと
地元の人だし
当時
雑貨とかは使ってたりして
カフェだけじゃなくて
カルチャーとか
クリエイティブ的な
感じのこととか
集まってたんですよね
いろいろ
裁縫とか
消しゴム箱とか
部会みたいなこともやってて
カルチャーの店みたいな
カルチャーの店って
軽いかもしれないですけど
文化的な店だなって
思ってたんですよね
そういうところが
集まってるところの中で
コーヒー使ってもらってるから
そういう方たちが飲んでくれてる
とかいうのも
よかったかな
いい感じに広がったっていうか
そうです
そこまで
大きかったなって思います
それが何年くらいの
出来事?
難しいですね
何年くらいですかね
それは2009年くらいなのかも
もうちょっと前かも
それからちょっとして
ウェルマ川で写真撮ってた人が
和歌山に帰ってきて
1:06:00
和歌山の紹介したいということで
和歌山特集みたいなのを
企画で入れてくれて
その時に
うちは裏方なんですよ
ラブラックカフェってあるじゃないですか
ラブラックカフェと
ハミングさんが
バンバンって乗って
西本ビル
まだお店がまだ
今のギャラリーじゃなくて
飲食とかが入ってたんですよ
小野町デパートの時
その時に
そこの特集やって
うちも
ハミングさんの物を
予約させてもらってたから
それでちょっと乗せてくれて
そこの特集とかも
なんか
ちょっと良かったです
和歌山っていう形でピックアップしてくれた
なるほど
じゃあ僕に引き継いで
初期の地道な
尺八営業機があって
焙煎機導入して
カフェスイーツ乗って
ハミングさんでレールマガで
徐々に変革していって
今の時代だったら
結構
知名度の上げ方が
分かりやすいっていうか
SNSやってとか
ある程度ルートがあるような
気がするんですけど
当時って
もっと狭きもんっていうか
でもあれですよ
ジャンジャン横丁祭って
イベントやってたんですけど
マスコミとかにも
イベントの案内って
出すんですよ
そういうのもあるからその時に
うちが広報だったんで
カフェもくれんって名前
付けるから
あと
広報の人の受付とか
なって
情報伝達もあるんですけど
こういうことしますって
具体的にどういうことするんですかみたいな時に
向こうの人だったらしゃべるから
それで覚えてもらってたりしてたり
そういう時に顔出したり
とか
自分の中で
ハードルが下がってて
自分のところを紹介できるとか
自分のところっていうのもあるけど
そういうとこと繋がるのって
有効的なのかなと思って
県外のフリーペーパーを
取り寄せてみて
でも取り寄せる時に
取り寄せるのも目的
それが当然面白いからなんですけど
面白いから取り寄せるのも
目的だけど
そこの人と話すっていうのも
目的にしてて
どこに送ったらいいですか
和歌山の
ジャンジャン横丁っていうところで
コーヒー屋をしてるカフェもくれんなんですけど
って言ったら
和歌山のカフェもくれんなんですね
っていうので覚えてもらえるから
そういうのが大事かなとは思ってました
それは当時から大事だなと思ってました
県外行くたんびに
和歌山で
カフェやってます
1:09:01
っていうのは自分のほうから言ってました
偵察とかじゃなくて
オーダーして
ごめんなさいコーヒーください
和歌山でどこから来たんですか
和歌山でカフェやってます
時間配信してます
もくれています
自己紹介してました
どこに行ってもやってました
そういう活動で喫茶店は
いい感じになっていって
なんですけど
その間コーヒーに関しては
どんな感じで進化していっている
コーヒーに関しては
当時水洗い
生のワインを水洗いして
焙煎してたんですけど
途中でそれをやめるとか
味が極端に変わるんですけど
そんなことも
やってたりとか
深入りはずっと深入りのままで
やってたりとか
深入りしか焙煎してなかったんですけど
もう一個中入りぐらいの
量子さんから仕入れてたんです
でも
だんだんやっぱり
全部自家焙煎じゃないとなって
全部自家焙煎のほうがいいかな
とかいうのもあって
そういう風にしたいなというのもあって
中入りとかの豆も
自分で焙煎するように
変えました
そこは今でも
ブレンド内容ってあんまり変わってなくて
あんまり変わってなくて
アロマティックブレンドっていうのが
途中でできたんですけど
ちょっとすっきりめの軽いタイプのブレンドで
それは途中でできたんですけど
深入りしかしてなかったので
木蓮ブレンドは
途中ちょっと内容変更が
少しあるんですけど
それはずっとやってて
でも木蓮ブレンドは
最初に
名前つけてるから
ホットコーヒーちょうだいって言われたら
それ出してたんですよ
でも結構苦いめだったので
経営されてて
名前はでも
これは木蓮ブレンドだから
木蓮ブレンドで置いといて
マイルドブレンドで作って
マイルドブレンドをホットコーヒーにだけ出す
ホットちょうだいって言われたら
マイルドブレンドが出てくるんですけど
大半の人はそれが木蓮ブレンドって思ってた
意思はあります
あれ木蓮ブレンドやね
あれマイルドなんですよ
って話は承知してました
ホットって言われたら
そっち木蓮ブレンドにしたらいいんじゃない
あれは木蓮ブレンドじゃなくて
マイルドブレンドなんですよ
言葉の意味とかもあって
これは木蓮ブレンドじゃなくて
マイルドなんですみたいな
自分の中に
なんですかね
その辺ちょっと硬いかもしれないですけど
言葉
これはアロマティックブレンドだし
これはマイルドブレンドだし
これは木蓮ブレンドだし
これはエキストラブレンドだし
自分の中にあるんですよ
でも言葉の
1:12:01
フレーズとかの
手本とかは
さっきのVimyとか
Vimyとかも同じ名前のブレンドあるんですよね
Vimyとかも同じ名前のブレンドあるんですよね
アロマティックブレンドっていうフレーズいいなとか
アロマティックブレンドっていうフレーズいいなとか
メニューの中でも
メニューの中でも
そういうのいっぱいあるんですけど
あそこのフレーズいいなみたいな
そんなのつけてるのとか多くて
全然味の説明してないねみたいなことも
言われる時あるんですけど
苦いとか
酸味がとかっていう表現じゃなくて
柔らかい感じ
柔らかい感じとかみたいな
華やかなみたいな
全然味わかんないみたいな
全然味わかんないみたいな
でもそういう感じ
でもそういう感じ
ちょっとありました
苦いってその時に
読んでた本とかで
苦いのって苦い味があって
苦く感じるわけじゃなくて
その人の感じ方とかで
自分の舌のフォワレを
超えたのが苦味
みたいなこと書いてるのがあって
苦味ってそういうことなんかなみたいな
確かに
同じものを飲んでもらった時に
片方の人は酸っぱいって言ってるのに
片方の人はこれ苦いねって言ってて
どういうことかなみたいな
って結構あったんですよ
共通の味じゃないんだな
でも一個の味があって
感じ方の方があるなっていう
のも
それは結構当時から
ちょっと疑問に思ってて
そこは結構ずっと
でもずっとフォーカスしてて
そこも今の
考え方の基準には
なってるかもしれない
だからなんかこっちの人が
美味しいって言ってる奴は
こっちの人が美味しくない可能性って
結構あるし
でもそれは美味でも
お客さんに言ってもらった時に
あそこ美味しいのって言うってことは
この人は美味しくなかったんだなっていうのがあるけど
でもこの人が
うちのコーヒー美味しいってことは
美味のコーヒーとうちのコーヒーは全然違うってことになった
そんな考え方してました
なんか比較対象とかがないと
全然
比べるって
リアルタイムじゃないけど
比べる対象がないと比べられない
ですよね
そんなのありました
でも同じ人間が
同じコーヒーを飲んだ時に
朝は苦いけど
昼は苦くないみたいな
そもそも同じコーヒーだったのかどうか
わからないんですけど
例えば仮に
同じ日に焼いたコーヒーを
朝飲んで
苦かった
昼飲んで苦くなかった
じゃあそれはコーヒーの方が変化したのも
もしかしたらあるかもしれないけど
もしかしたら自分の方の感じ方も変わってるんじゃないかな
みたいな考え方もしてました
もしかしたらその間に
例えば途中でカレーとか食べたら
口の中に油分が
巻いてるから味も柔らぐし
とかそういうのとかも
あるかなと
生活習慣とか
その人のバックボーンとか
1:15:01
そういうのとかでも味って
結構変わるだろうな
だから
難しいなって思いました
考えると
確かにそうですよね
でも
良くないことかもしれないけど
ドツボにはまってましたそういうのに
考える方が面白いなみたいな
そういう意味では
やってることはあんまり変わってなくて
焙煎とかでも
深く焼くって
焼けるとこまで焼いて残ってる味を飲む
みたいな感じの
概念は一緒だけど
昔に比べると
焙煎は浅くなってます
やっぱりどうしても
でもそれも途中で焙煎機燃やしたりとか
そういうこともしてるし
どこまで焼けるかなとか実験してたら
燃えて
悪かったなとか
そういうことには十分気を付けてやらないといけない
とかっていう風なことも考えて
でもそれも自分の経験の中で
作ってきてる味だから
でもこういうことも
味作りには
関係してくるなとかいうのも
思いました
でもそれも自分の経験だから
なんで昔に比べたら焙煎が浅くなったのに
使ってくれるときに
途中で燃やしたからですって言えるなとか
村上さんのむっちゃ考える
性格というか
は昔からなんですかね
昔からと思います
だからあんまり考えない方がいい
っていう風に言われたりとかもするし
でも
考えるのって
なんかやっぱり
外向きじゃないなって思うんですよ
結構内向きだから
内向きってことは
考えまくるのって
自分の世界にこもってるみたいなもんだから
それはやめてって言われるときはありました
考えるというよりも
今までのお話
聞かせてもらったら
感じ
感じ
できたこと
感じたことからの
リアクションみたいなイメージがありますね
考えすぎるんじゃなくて
そのときそのときの
思ったこととか
なりゆきとも
おっしゃられてましたけど
そこに任せるっていうのも
感じたことへの自然なリアクションというか
そこもねたぶんね
途中からなんですよ
なんか行動が
あると
考えてたんだなってなるけど
行動がなかったら
何を考えてて
何を思っているのか分かんない
表現とか大臣できてない
そうそう
そういうのかなって
でもそれもなんかのときに
こうやってお店の
オペレーションのときが
大きいんですけど
なんかあの
たまに体育館のときの
癖だと思うんですけど
物を取るときに
右手が動いて
右手で取るって考えるんですよね
1:18:01
どういうふうに体の中に
動きが
生まれてみたいな考える癖がついてて
でもなんかそれって
遅いんですよね
右手を動かそうと
思っているから右手が動いて
小泉工夫みたいなものですよね
右手を動かそうと思っているから
右手が動く
右手が動くから腕が上がって
その腕が物を掴もうと思っているから
ドリップボートを掴む
みたいなことを
思っていた時期があって
でもなんか無意識的に
そんなのやってるなって思ったんです
そうですね
あったんですけど
それを意図的にやめたんですよね
とっても早いよと思って
でもそれは
お店やってる途中で
喫茶店に勉強に
貸してもらったことがあるんですよ
別のカフェに
そこでパンパンパンって動くんですよ
その人が
それ見てて
動いたらいいだけやろって
そんな言い方じゃないんですけど
動いたら
こうなるやんって
言われた時に
確かにそうだなって思って
動いたらいいだけだなって
それは大きかったです
でもそれから
さっきの思ったことを
でも言わないように気を付けないことも
多いんですけど
そういうのとかはあります
やった方がいいなって
やった方がいいなって思ってる時もあるけど
やらない方がいいなって思ってる時もあるから
やらない方がいいなって思ってる時は
やっぱりやらない方がいいし
キャラクター設定とかってあるじゃないですか
どんな人なの?みたいな
僕は
こう思ったら
やってる方かなって思いますって言ったら
こう思ったらやってる方なんだ
じゃあやってるってことはそう思ってるってことだよね
って言われた時に
人から言われると
いや、そうじゃないこともあるかもみたいな
自分の中では
喋ってる時はそう思ったから
そう言ってるけど
でも
24時間
全般的に起きてるときそうかって言うと
そうじゃない時もあるしな
ゲームのキャラクターとかだと
キャラ設定って決まってるじゃないですか
漫画も比較的決まってるかもしれないですけど
でも漫画は
作者が言って
作者が連載で書いていくから
ちょっと変わったりするじゃないですか
ここでこんなことするんだみたいな
同じ主人公でも
ゲームってプログラミングだから
プログラムの通りに動くじゃないですか
でもそんな風に動かないなって
思うから
キャラ設定って難しいなっていう
その時に
いろいろありますよねっていう
1:21:01
口伏せなんですけど
いろいろありますよねって
よくいろいろありますよねって
すましてますよねって言われるんですけど
まあそうねみたいな
キャラ設定に関して言うと
村上さん個人は
どんどん自然になっていってみたいな
感じだと思うんですけど
木蓮はこういう
方向性ね
木蓮はね
なんか
木蓮に関しては
なるべく公共の場所でいたいな
っていう風に思ってて
なんか人がってよりは
なんか
いろんな人が来てくれる場所を
にしときたい
ところもあって
なんかこうさっきの
お店のキャラクター設定とか決まると
そこのお店に合う人
とかみたいなのがあるじゃないですか
そこのお店に合わない人ってだんだん
足が遠のくなる
でも
なんか
合わない人ってあるんですけど
うーん
合わない人が来ると
難しいんですけど
でも合わない人が
本当に合わないのかって分かんないじゃないですか
来たら
いや合わないと思ったけど合うんだなとか
いうのもあるし
うーん
公共の場所ってそうだなって思う
フィールドみたいな
なんかああいうところって
なんか全然関係ない人が
いっぱいこういて
なんか
街玉に行くと
いろんな人いるじゃないですか
あんな感じ
あまりじゃあ
狭くせずに
というか
みんなに開けた場所で
ありたいっていう感じですか
ある程度
それはいつ頃から
そんな感じの考えが
それは結構最初のほうからありました
ああそうなんですね
それは何でかというと
店にあるっていうよりは
ジャンジャー横丁の受付で
なるほど
どちらでも場所が利きなんですよね
だからなんかお店
をすごくよく
言っていただく
のは
場所のことも良いって言ってくれてるな
っていう風に受け取ってるのって無茶あって
なんか木連さんって
いい店ですよねって言われたら
木連があるのはジャンジャー横丁であるから
自分では
ジャンジャー横丁であるから
こういう風にできてますっていう風に思ってるんですよね
そういう風な感じ
なるほど
最初から村上さん個人と
この木連は
結構別のものとして
考えられてたみたいな
そうですです
でも
自分が
例えばなんか
さっきのキャラセッティーじゃないですけど
キャラセッティーした状態で
木連やってたら
キャラセッティーしてない時に
外で人に会った時に全然違いますねって
1:24:00
言われたら
それって嫌だなって思った
じゃあなるべく普通通りの方が
いいけど
でも普通通りやってたら
見せたいところと見せたくないところってあるから
なんか
そういう
あるのだなっていう
うん
でも
見せときたいなっていうよりは
ちょっと
なんか
気取ってやっときたい
っていうのを言い始めた
なんか
今はあんまり
ベスト着てないですけど
ベスト着てネクタイ締めてやってる時だったんですよ
でその時って
なんかオンオフみたいな
ネクタイ外したらオフで
ネクタイしてる時はオンみたいな
でベスト着ててみたいな感じだったんですけど
どうも違うなって思って
多分なんかすぐやめたんですよね
その違うなっていう
違和感っていうのは
なんかあれですか
演じてるみたいな違和感ですか
いやそれもありますけど
でもそういう格好も好きだったのもあるけど
なんかやっぱ
お客さん来た時に
その時ってまだカウンター7席ぐらいでやってたんですよ
それだけ
それと
2人掛けのテーブル1個ぐらいでやってたんですけど
なんか
うーん
でもそうだよね
演じてたっていうよりなんか
自分が居づらいなみたいな
居心地が悪い
居心地悪い
お客さんが居なかったら居心地いいんですけど
その時は
でも何のためにやってるか分からなくなるし
それはちょっと違うなって思って
やっぱりなんかちょっと
作ってるっていう感覚がある
そうかもしれないですね
その時に別のお店の人が
お店に入ってるのを見た時に
なんか
今あの
なんかの
ベスト
最近シャツばかりですけど
なんか冬場になったら
ベストを着るようにしたんですけど
ベスト
丸首のベストを着るようにしたんですよ
でノーネクタイで
やりだしたのは
別の飲食店の人が
そういう格好でやってて
あの格好いいなと思って
それ真似しました
でも真似多いんですよ
あれいいなと思ったら
真似しようみたいな
すぐ真似する
えー
ちょっと
お店の序盤の話も先
聞かせてもらってたんですけども
なんかもう完全にこっから
いい調子みたいなタイミングって
いい調子というか
なんていうんですかね
木練だけで全然問題なく生活
みたいなタイミングとかって
どれくらいからなんですか
どれくらいなんですかね
木練だけで
最初から木練だけなんですけど
1:27:00
そういう意味では
すごいですね
そのハミングさん
ぐらいからはもう
ずっといい感じというか
個人的にはいい感じ
なんですけど
家族どうか分かんないですもんね
確かに
いろんな出来事あって
ステップアップしながらも
ずっと右肩上がりでというか
上がってきていて
ずっと右肩上がりで
劇的じゃないですけど
よく見たら
右肩上がりやねみたいな
はい右肩上がりです
みたいな感じです
このちゃんちゃん横丁も
全体的にいい感じというか
今に至るまで
そう
どうなんでしょうね
なんか
お店が多かった時に
比べると
今少ない
そうなんですね
いつぐらいがお店の数的には
ピークな感じなんですか
多分15年ぐらい前とか
2010年あたり
回想したぐらいの時って
お店多かったかも
いろんなお店入ってて
でもそこから
独立したりとか
手狭になったりして
移動したりとか
そんなこともあるし
でもそういうのも
個人的にはそういうのも
街だなって
街って動くじゃないですか
そういうのは
いいのかな
今もちゃんちゃん横丁の受付みたいな
立ち位置になってるんですか
何かあったら監視聞いてます
聞いてますけど
でも新しい
お店の人とか
聞いてることも
今多いかも
張り紙とか
何かあったら木連まで
って書いてるんですけど
どうなんですかね
和歌山とか
駐車場いるとかあるじゃないですか
お店しようと思ったら
やっぱり会った方がいいとか
そういうのとかもあるのかな
なんかでも
地下駐車場とか
できたらいいなとか
そんなこともないと思うんですけど
横丁全体は
盛り上がって
ちょっとまた落ち着いてきての中で
木連の
集客とか
1:30:00
落ちずに人気が続いてる
っていうのは
すごいことだと思うんですけど
どうやって
それはやっぱり冒頭に話した
ニオくんの
自分がコーヒーのイベントをやってるのは
和歌山のコーヒーのため
って言ってるおかげかもしれないですよね
でもね
集客って
来てくれてるお客さんの協力
お客とか
スタッフのおかげとか
それに尽きるんじゃないかな
そこは本当に
なんていうんですかね
現場だから僕も
現場って現場でできること
それぞれするじゃないですか
だからみんなそれぞれ
そういうことやってるなっていう
なんか
あって
そういうのって
なんかしらみんな動いてる感じ
お客さんもそうだし
スタッフもそうだし
みんなでワーって動いてる
仕事とか
キッサーとかで
動きがあって
動きがあるところって
動くのかなって
そういうのって
確変じゃないですけど
確率変動って
なんか違和感とか
あんなのがないと
そういうの起きないのかな
何にもなくて
いつもこうだよね
っていう状態の時って
いやいつも同じ状態って
ないんじゃないっていう
でももしそうなったら
自分の方が同じふうにしか
見てないみたいな
それも受けおりなんですけど
聞いたことがあって
何にも変化がないのって
自分の見方に変化がないみたいな
話ってあるなって
でもそこで
変化探そうと思って
変化探さないと分かんないのって
もう感性落ちてるんだろうなって思うんですよ
自分は
でも感じないときは感じないから
感じないときってほんと
何にもないなみたいな感じになってるとき
あるんですけど
でもそういう状態でも
ほんと何にもないな
結構ほんと何にもないなみたいなことが
SNSで書いたりするときもあるんです
なんか全然ダメみたいな
そういうのも
さっきの中では
キャラクターじゃないですけど
1:33:03
多分そういうのって
うだうだ書いてるのとかって
見せないほうがいいときもあるけど
中でそういう人がいるっていうのは
人と言ってもらったほうが
安心感はあるなみたいな
知らないのに
知らないのっていうか
知らないできて
騙されたみたいな感じなので
なるのって嫌だし
そうやったらちょっと
こんなこと考えてる人が中にいる
っていうのを分かった上で
聞いてもらえるほうが
安心感あるから
っていう意味では
書いておきたいことって結構ある
でもそれも
最初ってあんまり書いてなかったんですよね
めっちゃ一文しか書いてなかった
一文と
今日は天気が良かった
本日の売選は
大鎌渡りとエチオピアと
ガテマラです
そんな感じしか書いてなかった
でもずっと
それで書いたら
お客さんに長い文章って書かないの?
って言われて
長い文章ですか?
書いたら
長い文章って思って
長い文章っていうか
今日は天気が良かったとか言うのも
いろいろあるんですけど
その中で
今日は天気が良かったし
それで良かったなみたいなことを
天気が良かったし良かったなっていうところの
まとめだけ書くみたいなのをすると
途中って難しい
今日は雨だったとか
今日はこういう日だったぐらい
にしかまとめられない
程よくまとめるのって
こっちのことをまとめたら
じゃあこっちのことは書きたくなかったのかな
って自分の中で思っちゃうと
こっちのことも書きたかったし
じゃあそれも書こうかな
思ってること全部書いた方がいいな
みたいな感じのこともあるし
半分羅列みたいになってること
あるんですけど
でも後から自分で思い直した時は
確かに羅列だしな
っていうこともあるし
リアルタイムで思ったことは思ったことで
その時のことだけど
後から思い直したことは
今日こんなことがあってこんなことがあって
こういうことがあってこういうことをしたな
それって単なる羅列だから
とかいうのはあるな
人となりというか
演じてるというよりも
正直にという感じに
変わっていったんですかね
そうですねそれはあります
変わっていって今の大さらけ出しスタイルというか
そうですね
でもあんまりまだ
まだやっぱり
その中でも
1:36:00
ずっと書いてたら
自分の中で書きたいこと
出したいこと
っていうところになってるなっていうのが
最近思いました
あー
前は
ゾーって書いてたけど
最近その中でも
これが書きたいこととかこれが言いたいこととか
なんか
本当にここ最近なんですけど
また
結構その
前もそうだったんですけど
中途半端に文章があるとかっていうのも
最近はまた増えてるなと
今日ここここで
ここここで
だからみたいな
っていうのは最近また出てきてるかな
っていうのはあるんですけど
そういうの方が
いいなっていう
なんか無理にそこから
文章それ書くために
書いてるのって
なんか変だな
変っていうか自分の中では
ちょっと違和感があるけど
でも違和感を感じることをやれてるのは
いいなっていう
うーん
書くことが目的じゃなくてみたいな感じですか
あーそうですそうです
その中にはやっぱり
北海峡橋のこともあるし
さっきのウーブンシティみたいなこともあるし
なんかあの
えーっと
大阪のIRに
なんかあれもなんか
日本の魅力体験館みたいなのが
入るっていうのがあったんで
なんかこう
さっきのネルドリップコーヒー
現代茶道の一環で
なんかその
IRの中に入れれないかなっていう
でも入れれないかなって思ってるだけで
なんか多分やる人って
入れれないかなって思ったら
実際にいろんな行動を
根回しとか
なんかどっかの組織とか機関とかにちゃんとこう
働きかけにいくと思うんですけど
なんか半分は
まあ実際入ったらいいなって思ってる
けど
うーん
それのために
なんかやってるかって言うと
別になんかそれのためになんかやってることもないなっていう
そうなったら面白いな
みたいな
なんかその辺って
ユーザーだなって
確かにそうですね
何か始める人とか
起こす人は動いてますもんね
動いてるそうそうそう
うーん
でも
和歌山のコーヒーシーンの
話とかも聞かせてもらいたいんですけど
その前にちょっと
トイレ行かせてもらっていいですか
嘘がないなっていう気がすごいします
だといいんですけどね
なんか
最近読んだ漫画で
全部嘘つく
っていう風に初めから決めたらどうするのかな
とかね
1:39:00
なんか
たまたま読んで
うーんなんか
そういうのあるよなって思って
シェラーの時って漫画があるんですけど
なんかあれで
うーん
自分が言うことは全部本当
っていうのがそもそも嘘
って
なんかちょっとあるかもって
いろんなこと
知れば知るほど
自分の知ってることって
本当に少しじゃないですか
その自分の少ししか
知らないことで
答えを決めちゃうのって
なんていうんですかね
思いやりというか
多分ずれちゃってますよね
自分の知らないことのほうが多いのに
知ってることに
しか答えがないはずないやん
っていうのがあって
なんかそれを
まさにそういうことかもしれないですね
自分が思う正解って
その中でこれが本当とか
これが正解っていう風に
さっきの
進めていけてる人って
やっぱ頭下がるんですよ
なんか
そういう状態とか
条件で動くことを選んでいってるから
無意識かもしれないですけど
それでやってるから
うーん
なんかでもコーヒーやってたりとか
するのって
そういうところのサポート
したいとかっていうのがちょっとあるかもしれないですね
なんかあの
コーヒー主役じゃないから
なんかやっぱり
なんか
喫茶店さっきの
コーヒー屋っていうかコーヒー喫茶
みたいな感じの意識って
喫茶店って
なんかコーヒー屋とカフェと
コーヒー屋とカフェというか
コーヒー屋と喫茶店が違うので
コーヒー屋ってコーヒー飲みに行くのが目的だけど
喫茶店って時間潰しだなって思うんですよ
空間利用とか
そっちのほうがしるかなって思ってて
そしたら
コーヒー別に飲みに来るために
来てくれなくてもいいけど
例えば自分が
気分転換したりとか
本読みたいとか
でもコーヒー飲みたいかもしれない
でもなんかを体の中に入れたりとか
喋りたいとか
それでパッてきた時に
なんかただで座るのもなんだし
コーヒーをオーダーしようで
コーヒーが出てきて
その時に出てきたコーヒーが
どうかっていうところで
作る側としては
その人にとって良かったらいいな
っていう風に思うとか
なんか飲んでから
なんか飲んでよかったなみたいな
風に思ってもらえるとやっぱりいいな
っていうのは
このコーヒー美味しいでしょ
っていうわけでもない
なんかどちらかというと
このコーヒー飲んだ時にどういう風に
思いましたかみたいな
コーヒーの方が大きいか
コーヒーがメインというよりも
喫茶店っていう総合的な
1:42:00
目的の中にコーヒーがある
っていう感じとは
近いかもしれないですね
すいません
休憩いただきました
27年間
モクレをやってきた村上さんから
見たこの和歌山のコーヒーシーンの
移り変わりみたいな話も
聞かせてもらいたいんですけども
やり始めた当初ってどんな感じ
だったんですか
やり始めた当初は
それはもうコーヒーに
01:44:23

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