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v193-2 株式会社LMC代表取締役・大木裕和さんに聞く「本質に救われる」
2026-03-26 45:19

v193-2 株式会社LMC代表取締役・大木裕和さんに聞く「本質に救われる」

前回に引き続き、株式会社LMC代表取締役・大木裕和さんにお話を伺います。
今回は大木さんの言葉の中心にある「本質」について、さらに深く伺っていきます。

株式会社LMC:https://www.lmc-thanks.com/
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サマリー

今回の「聞く人ラジオ」では、株式会社LMC代表取締役の大木裕和さんを再びお迎えし、彼の言葉の中心にある「本質」について深く掘り下げます。大木さんは、自身の離婚と再婚の間の期間を、人生における「本質」を理解し、自己の誤りを認め、必要なスキルを習得していく過程に例えます。母親の死をきっかけに、人生のステージが上がり、経済的な安定や精神的な揺るぎなさが得られたと語ります。また、会社経営においては、社員が自立して事業を運営できるようになることを目指し、過去の経験から得た教訓を活かして、より強固な組織作りを進めていく決意を語りました。 さらに、大木さんは「本質」を掴むことの重要性を繰り返し強調し、それは単に成功するためだけでなく、人生をより豊かに生きるための指針であると述べます。自身の経験や、他者の言動を観察することを通して、「本質」を見抜く力を養ってきたと語ります。特に、過去の自分自身や、周囲の人々が「本質」から逸れてしまう様子を見て、その重要性を再認識する機会が多いと言います。最終的に、大木さんは「本質」と向き合うことの楽さと、それが人生を前向きに進むための原動力となることを示唆し、リスナーに深い示唆を与えました。

人生の転機と「本質」の探求
ゆいなわさんの聞く人ラジオ。
みなさんこんにちは、ゆいなわさんの聞く人ラジオのお時間です。
前回に引き続き、株式会社LMC代表取締役・大木裕和さんにお話を伺います。
今回は、大木さんの言葉の中心にある本質について、さらに深く伺っていきます。
そうですね。僕は再婚、話は全然プライベートなんですけど。
離婚した時と再婚した間が、時間があったんですけど。
その期間にすごい似てるなって、振り返ってみると。
似てるっていうのは?
僕は、前の嫁さんと離婚をして、子供もいたんですけど。
その時は、僕は正しいと思ってたんですよ。
僕は完全に昭和の25歳で結婚をしまして、
仕事スキルをどんどん上げていかなきゃいけない状態で、
日曜日とかも自分で行って会社法を勉強したりとかやってましたので、
とにかく家にいたり寝てるだけみたいな。
お金渡してるんだから、家のことはやってねっていう状態でした。
それは僕は疑いもしてなかったです。正しいと。
実際に離婚して、その時、親が持ってた一軒家の上にいましたんで。
自分だけのフロアになって。
本当に、物の在りかがわからない。
どこに何があるのか。
洗濯の仕方もわからない。
米の炊き方もわからない状態だったので。
できるのは、風呂を沸かすだけみたいな。
なので、今まで自分にしてもらったことを弁当を作るとか。
1個ずつ自分で。
妹2人いるんですけど、一番下の妹に洗濯機どうやって回すのとか。
炊飯器どうやってやるのとか。
洗濯物でどうやって干すのとか。
そこから全部たどっていく作業。
自分が悪かったのか。
自分がしてもらったことってどういうことなのか。
全部たどっていって。
昼の弁当を自分で作ってみて。
こんな朝早く起きてこんな大変なのか。
全部1個1個確認していって。
それが終わった頃に出会いがあったというか。
それが終わるまでは何にもうまくいかない。
誰と出会っても迷惑ばっか。
こっちの感覚は狂ってるんじゃないかなと薄々分かっていても。
僕の中で自分を信じている。正しい。
それに合わせてくれる人って誰もいらっしゃらなくて。
それはこういうことなんじゃないか。
これはもしかしたらこれなんじゃないかという確認作業ですね。
それを全部やっていってもうこれじゃないだろうと思った時に
今の嫁さんと出会ったことがあったので。
それを法人設立して起業して。
今に至るまでも同じことをずっとやってきたなというのは振り返ってみると。
本質がどうだったのかというところに対して確認をして
穴埋めをしていかないと次に…
僕の人生としてはいけなかった。
母親の死と精神的な成長
今は本質を掴み出るって思いますか?
そうですね。思います。
昨年うちの母親が亡くなったんですけど
それが一番そう思わせてもらえるような
親がいとかいろいろ言いますけども
僕も表現としてはそっちの表現が
自分の母親に対して正しいと思ってるんですけども
そこの逆をやれば
いろんな人に喜んでもらえるんだなっていうのが分かってましたので
常に対になってる人が一緒にいたんですよね。
そこがもうなんとかなくなって
実施だったんですけども
なくなってしまったってことは
僕のメッセージとしては
もうお前大丈夫だよって自分で
そこからぶれずにやっていけるっていう
一つの旅立ちのステージアップだったのかなっていうのを
去年思いましたので
今はそこに大きくぶれるっていう習慣がないなって
自分の中でも
一番資金的な部分でそれが出てるんじゃないかなと
資金的な部分で?
お金の部分ですね
今までは何だかんだ理由つけて
なくなったりとかしてましたけど
劇的にそこが変わったかなっていう
そういう兆候は自分の中にありましたけども
ここもちゃんともっと細かく見ていかなきゃいけないんだとか
そういうののだんだん積み上がって
これをやっていけばもう
次のステージに上がったときにやっぱ親がポンと
突然だったので
そういう
去年ちょうど今3月ですけど
2月の6日に親が亡くなったんですけど
その前の1年と
亡くなってからの1年というのが
そういう再確認
ここはいい ここはダメ
っていう認識と
あとここを細かにしてしまうと
ここで大切なものを失うなっていうのが
最後の教訓だったかなっていう
13年かかったっていうことですね
自分が過去やってきたことを
次のステージに行くまでに
こんなかかるんだ
自分がやってきたことは
自分に返ってくるっていうのは
こういうことなのかっていう体験がたくさん
この2年間で
最後一番大切だった親を通して
知ったっていうのがありますね
会社経営における自立と成長戦略
今の大木さんは本質そこは一応掴めてると感じていて
これからも一応自分としては
しっかりあるっていう感じが感覚としてあって
そうですね これからは
今までは自分が体験した自分ごとだったので
それを今度は
その確立したものを照らし合わせて
自分の社員であるっていうのを
仕上げていく番じゃないか
って思ってますけどね
なんかじゃあ大木さん自身と
あるいは会社として
これからこうしていくみたいなものっていうのは
そうですね
フィールドサポートっていって
お客様のところに預けて
お客様にも全部色材から
事務所からお借りしたところに
人だけはポンと
完全にその他力本願だったのを
今自立
自力でそれをやっていこうっていうのが
去年から
ちょうどその意識し始めて
来年には
各ポジションで自立して
今までは人預けてたけども
今度は自分たちでやろうって
そっかそっか
ベンダー側になるって
そこをちょうど
2年前から社員と話していて
社員もそれを希望してたので
じゃあ自分たちでどんどん
やるために何が必要か
お金はどれが必要か
みたいな計算をして
やっとそこに向けて
本質に向けて走り出せるような
体の向きになったっていうんですかね
体制が構えができるようになった
みたいな感じ
一般的にいろんな人が話すと
じゃあ親が邪魔だったんだって
感じる方もいるんですけど
それは率直にそういう部分もあったので
お金とかも援助をしなければいけないし
父親の方も施設に入ってますんで
とにかくお金がかかる部分っていう負担がなくなって
全部そっちに
もちろん家族は家族分としてありますけど
それ以外は全部事業に投資できる状態ができたのも
これも一つタイミングなのかなっていうところで
じゃあこの先しばらくは
事業をより底上げして
強くしていくっていう風に考えてらっしゃる
ただ大きくするっていうことではなくて
自力で運営できるように
大きくしていくっていう感じですね
やっとサラリーマンの時と
ちょっとこう
一つ違った形で
事業展開をしていく時期になったのかなっていう感じですね
過去の経験と「本質」からの学び
そっか
もうサラリーマンじゃ当然ないじゃないですか
当時からしたら
やっぱり出た直後くらいはどうしてもサラリーマン的なものが
残ってるというか
頼りにもするところもあるし
今はさすがにもうなくて
ないですね
前の会社はもう3年くらい前に
私が在籍してた会社も倒産してしまいましたし
そうなんですね
やっぱり最初の頃
元部下とか連絡来たりすると
ちょっとホッとするんですよね
携わり慣れてるところで話を聞けるので
それねみたいな
それはねこうやってやっていけた
そっちのアドバイスの方が
ずっとやってきたことがある
本質やっぱり
身を失うにはちょうどいい材料だったんですね
そこはなんか薄々感じながらも
でも困ってるかなっていうことを理由にして
一緒に話を聞いたり寄り添ったりしてました
そんなことやってるとやっぱし
戻ってこいって言われるんですよね
会長から電話かかってきて
でも自分の会社どうするんですか
そんなもの捨ててこいよって
捨てられないから戻れないわけなんですけど
これまずいなと
そっちの方で引き寄せられて
そういうことか
要所要所で
バカが旅をしていくみたいな
僕の中では
痛い目にあって
本質やっぱ本質
こっち進まないとねみたいな
そういう確認をしながら
でもちょっとへそもがってるんで
ちょっとずれてみようかなってずれてみると
やっぱこっちね
例外はないってことですねみたいな
そういう体験を一個ずつ
本氏に教わった通りというか
めんどくさいと思ったらとりあえず行けよ
めんどくさいと思ってやめるっていう選択肢が
成果が出ないんだったら
反対のめんどくさいならやります
そっちに行けと
それを教わった通りに
それが本質なんだなっていう
そこから逃げる
自分と戦っていくっていう
それがもっと早く知れたら
っていうのは間違いなくありますね
本当に愚直にやっていく人って
すごいなと思うんですよ
私の周りの友達とかも
起業してる人いますけど
本当にこう
それと中にも本質ってあるんですよね
そこをついていくので
それでも成功してるんです
本体もしっかりしてる
そういうのを見てるんで
ただずれるだけじゃダメで
その中の本質に突き進んでいって
ずれてるっていう
これすごいなと
今なりは同い年ですけど
勉強になったりするので
そういう話はどんどん聞いてるとか
聞いてて大木さん自身が
家族との関わりと経営者としての視点
自分の足で全部場所経験
というか様々な経験を経てるから
言葉の重みというか
すごく実感が伴っているというか
うわっつらとかでは当然ないっていうところを
ご自身の経験を通してお話いただいているので
それがすごく感じるなというところが
あるなという気がしますし
そうですね家族
そういう部分では僕は
今家にあるというか親がちゃとか
それは僕は逆に恵まれてるなってすごい
今もう
うちの母親は亡くなりましたけど
やっぱり癖のある大木家だったので
そうなんですね 癖のある
おばあちゃんとか
そういう
やっぱりうちの母親は自分が
名刺には課長だの部長だのって書いてある
名刺をうちの親が持ってましたので
名刺できたらくれと
持ってたので
なんていうんですかね
ここの役職ついてるんだから
この問題解決できるだろうみたいな
ポンと振ってきたり
裁判一歩手前のトラブルになって
ポンと振ってきたりとか
やっぱり自分も
そういうのは嫌いですけど
親には
心の中では世話になったっていうのはあるので
逃げるわけにいかないじゃないですか
そういうのと
ぶち当たっていった経験っていうのも
道を踏み外した時に
戻る一つの材料になるといいますか
あの時ああいうことやってたよなとか
あんなことあったな
それを
当時は
僕でも親だなと思いながらも
年々
違う問題にぶち当たった時に
振り返ってみると
やれなかったら俺やばかったかもとか
あんなことやってよく収めたよなとか
そういう経験を
与えてくれたっていう部分では
これがそうですね
僕の場合は経営者という立ち位置になったから
そう思えるかもしれないですけど
さらにマンという立ち位置で見てると
僕の場合はそうは見えなくて
よくでもない親だって
未だに言ってるかもしれないなっていうのは
僕の中では
もちろん他の方は分かんないですけど
そう思いましたね
そういう
本質に対してぶち当たって
いい結果あるとか
いい解決の仕方をしてきたっていう
ここはもう
ぶらせられない世界というか
そういうものを
ガチャによって見てきたなっていう
とんでもないことするなお前みたいなこと
僕もずっと言ってたので
最後までうちの
僕にとってはですね
本人はそういう意味でやってないと思いますけど
救急車も何回乗ったかなって
そうなんですね
知らない世界を
見てきたというか
衰えていく人の本質を見させてもらいましたし
これを背負って
次のステージに僕としては行きますし
もしその近くにいるんであれば
また知らなかった景色を
自分と一緒にいることで見れるよ
みたいな声かけをして僕は最後お別れをしたので
対話はできなくなっちゃいますけど
変化と新たなステージへの移行
つまんないなと思ったら
こっちにそばにいて
いれば見たことない景色が見れるぞって
そういうきっかけを
修行の最後だったんじゃないかなっていう
そこから
会社方より自分が変わっていった
社員の対する見方とかも
変わっていったなってのはありますし
そういうものを常に身近で
年賞100億とか
相手の社長さんともっともっと
近い位置で見れるきっかけを
作ってるんだろうなっていうのはすごく感じました
僕だけがすごく遠くて
遠いからこういう成績で
もっともっと身近に感じられれば
そういう達成してきた仲間たちが
近くにいっぱいいらっしゃって
っていうのがあるんじゃないかなっていう
そういうふうにしていろいろ持っていく中で
いろんな人に会うとか
僕もちょっと2週間前にYouTubeとか
経営者さんのやつ出させていただいて
聴く人のラジオもそうですし
そういう話が増えてきてるんで
お会いする方もそうですし
自分が一回そういうのやめた
僕も音声配信とかもともとはやってましたので
そういうのを一回全部やめて
また今こう
縁があるということは
新しく変わって
伝えできるステージになったのかなっていうのは
そうですね
巡りとしてはステージに入ってきたみたいな
そうですよね
そこを
そんなことないよとか目を背けずに
感じたものは素直に感じ入れて
っていうところをまた試されて
次のステージで試されてみたいな
そういうことか
そこを楽しんでるというところがあります
それが好きなことに入る
そっか
以前に比べ今は本質をつかめているとおっしゃる大木さん
お母様が亡くなられた前後で
自分がやってきたことの次のステージに至る感覚があるんだそう
次のステージを試されそして楽しんでいる
それが好きなことに入るかもとおっしゃいます
僕も本質の問題があって
その人がどう対応するかっていうのも
見るのもすごい好きで
そこが
そうですね
よく趣味とか野球とか映画鑑賞とか
そうやって答えればいいのに
人の所作を見るのが好きっていうのは
変わってますねって言われるんですけど
ここ2年ぐらいですかね
見て本質どこなんだろうとか
自分が通ってきた道っていうのも
同じ道だったりもするので
そこで本質はどう
今逸れてる道っていうのを
案内人じゃないですけどね
そんな場面に出くわすことが
そっちじゃないんじゃないのみたいな
場面に出くわすことがすごく多いですね
それでもそのまま行っちゃう人もいますし
戻ったり行ったり離れたりっていう繰り返しの人もいますし
本質の部分に突き抜けて進んでいく人もいますし
そういうものを見ながら
自分はどうなんだとか
今締めですね
っていう機会にもなってるんで
循環的にはいい循環をするので
そういうものを見るっていうのが
好きなことにつながっていく
一応聞く人では
お仕事と好きなことを聞くっていうところではあるんですけど
今のお話が好きなことというところではある
今その方の進み具合というか
進捗状況を見ながら
本質はどこで
今どっちに向かってるのか
っていうのを自分の中で
ヒアリングしながら
測っていったりとか
そういう機会が好きっていうのがあります
それは一緒に働いている
従業員さんもしっかりだし
他の刑事者さんとか
いろいろ外で会う方もそうだし
そうですね
第3者に対しては
そんなこと自分から
やったりはしないですけど
そういうタイミングで見えたりするので
そういう時は話はしたりしますけど
今こっちなんじゃないのとか
そっちはないでしょ
自分もそうだったなとか
そういう話はしますけど
それって前から好きでした?
最近になって好きだっていうようになって
話を聞くのは
好きっていうのはありますけど
どっちかというと喋ってる方が
多かったなっていうのはありますね
以前は?
見るっていうよりも
バーッと伝えていっちゃう
今もそういう節はありますけど
その中の変化として
もう一歩深くというか
判断できるようになったなとか
把握できるようになったなっていうのはありますね
そっか
それは経験値が積み重なってきたからこそ
できるようなことですかね
人生経験とか
いろんな事例というか
いろんな方のいろんな出来事物語を
共有することによって
視点が増えるというか
そうですね
例えば自分が
ダメだなと思ってる人がいて
他者の所作から「本質」を見抜く
その方は
だいたい僕の思い込みの可能性もあるわけですよ
その人が作ったものとか
システムっていうのを自分でやってみると
なんていうんですかね
奇跡が辿れたりするんですよ
こういう意図で
これ作ったのか
これ作ったのって
この本に書いてあるのはそこをやってるだけなのか
いろんな良くも悪くも
辿っていけるんですけど
そこを辿った上で
今本当はこっちに行かなきゃいけないのに
これをやって
この思いは正しいけど
こっちは違うなとか
そういうのを自分で
本当に空いた2時間とかに
ちゃかちゃかっと
この人なんでこんなこと作ってるの
やってみたりとか
そういうのはやってますね
それを感じたことを
伝えますか
伝える場合もありますし
今回の場合は伝えてない
こうした方がいいのになって思ってはいながらも
伝えてはおらず
そのままな状態
今までだったらそれを強引に
伝えてたと思います
相手の時間を
奪ってでも
自分がしたいからってやつなんですけど
そこがちょっと変わってきたかもしれないですね
そっかもうその方は
その方だから
そこのデータとしては
持ってる
そうですね
なんて言ったらいいんだろう
すごいこう
ダメな例えをしますと
えーと
これは延長しようかな
野球の
えーと
日本のプロ野球のコーチと
メジャーリーグの
コーチってのは全然違うらしいんですよ
全部じゃないんですけど
なんでもかんでも寄り添って
手取り足取りやる
のが日本
アメリカの方は
聞かれるまで待ってる
ただ聞かれたら
とてつもない量の
データを持ってると
なるほど
絶対に自分からは
押し付けはしないと
今までは
日本の
コーチのやり方だったけども
メジャーリーグの方も
ちょっと経験値的に取り入れられたかな
そういうことですね
ちょっとバランス取れてきたかもっていうのが
今だったりするので
そこを
自分でも
試しながらというか
失敗して迷惑かけちゃうこともありますけど
試しながらまた
より確実な方向に
ステップアップしていくみたいな
たくさんの方をマネジメントというか
そういうこともしてると
いろんな方法をやりながらで
寄り添い型もあるだろうし
ちょっと突き放し型もあるでしょうけど
人それぞれ
合う合わないもあるでしょうし
その辺はやっぱり
大木さん自身で考えながら
感じながら
感じながらですよね
今までは結構言ってたかもしれないけど
今まではいっぺんと
いっぺんとぐらい言ってた感じですね
僕はこういうスタイルだから
みたいな感じ
だったんですけど
そこもちょっと
それを
出ちゃう
出しながらも
俯瞰してちょっと
これ以上は
11から5でやるとか
切り替える時間を
自分で逆に作ったりとか
一回ちょっと会話を切ってもらって
ちょっと離れて
前に戻っちゃう
そこの
溜めというか
そういうのをやってるんですかね
そこはちょっと変わった
自分の中で変化が出てきた
なんでそれできるようになってきてるんでしょうね
そっかそっかそれが一つ
そうですね
出来事ですかね
「本質」を伝えることと自己意識
本質本質って
自分が伝えてると
自分もより意識していくので
昨日Xとか見てても
そういうこと言われてる方いましたけど
あなたの本質は
たくさん投稿上げることですか
集客することが
本質として
そのために今
こういうことを
いろんな社にやってたのに
いつの間にか
目標とか目的が
手段っていうんですか
今日こんなたくさんの人に
リプしたからいいや
とか
変わってませんかみたいな
そういう問いかけしてる人いましたけど
まだまだ
その感覚を掴んだばっかなんです
新しい方を確立していくために
試しながら
失敗するの
ぶつけられながら
みたいな感じで
そうですね
心境が変わったのはやっぱ
もう話せないですからね
前までは
まだまだそれても
チャンスがあったんですけど
チャンスがなくなってしまって
ぶつっと切れてしまって
逆にある意味僕が一方的
なんですよね
生きてるのは僕で
なんで
そういう変化
っていうのも大きかったかもしれない
両通だったのは片方になって
今までは
言い訳も言い合いもできましたけど
もう正解を
自分で作っていくしかない
そうですよね
その時にやっぱり作っていく上で
大事になるのは今までどうだったか
とか本質の部分になってくるので
そこを踏まえた上で
塗り替えていくのか守っていくのか
そこの心境の変化
そこに変わっていかなきゃいけないな
から急に
バシッと変わったっていうのは
大きいかもしれないですね
何か時に
本質を自分ではちゃんと捉えて
やれてるなって思っていながらも
もしかしたらずれてるっていうことも
あるじゃないですか
心境の変化と「本質」への向き合い方
それってどうしたら
分かるというか
捉えられるか
確認ですかね
大木さんはどうしてるかなと思って
僕は寝る前に
今どっちに住んでるっていう
自分のことなんで自分で分かるじゃないですか
それの辿る作業
大本って
なんでこっちに行ってるの
大本って何だったっけ
なんで俺ドラゴンクエスト3やってんだっけ
あそうだ1,2出るから
3が実は最初の
1,2の
きっかけの話なんだ
これやんないと
1,2できないよな
じゃあもう一回
どうしても私の顔とあっちの顔でやりたくなっちゃってる
そうそう
そんなことやってると
フェイスブックみたいにすると
3終わってないから1,2できませんって
言ってる人がいたりする
これはもうエンだな
3やろみたいな
そんな考え方で
なんで俺こっちに住んでんだっけ
っていうのを
分かんなかったら分かるまで掘り下げていく
っていうのをやります
そもそもに立ち返るみたいな
そういうこと
確認ですね
なんで俺こんなことやったんだ
なんでこんなことやったんだ
だからそれが
忙しい
何個もできることがあったりする
2時とか
3時とか
だから
順調に言ってるときは
おはようポストも
朝6時とかできるんですけど
順調に言ってなかったり
考え事いろいろと振り返ったりとか
時間多いときは
8時とか9時に
起きるの遅くなっちゃって
そういうので
自分で無理をせずに
変化をつけて
考えるネタを持って
あの時って何してたっけな
でスケジュール見て
俺こういうことやってたわ
そういうのを
残しながら
足跡を残しながら
分かりやすい変化をつけながら
振り返る材料にしてたりします
うーん
やっぱり今日
聞いてて大木さんは本質っていう言葉が
すごくたくさんおっしゃられる
そこがすごく大事なキーポイントにあって
「本質」と逃避の歴史
本質ですね
それは若い頃というか
昔はそこにはあんまり行ってないというか
逃げてましたね
今は自覚的にそれが分かっているし
それを経験積んでいく中で
今本質だみたいなところに
いて
好きなことについても
他の方の実際本質的なところはどこなんだろう
みたいなところを見るみたいな
というところがあって
本質っていうのは一つすごく
大木さんの中に軸というか
キーになることになるんですかね
一生
本質の
一生が今の
設立した株式会社LMCで
サッカー
野球
バスケ色んなことやってきましたけど
仕事も
あんまり長続きしなかったり
その給配が
本質とは
かけ離れた方向に進もうとした
という結果が
それなのかなという
ユニクロの矢内さんの
言葉とかに
いらっしゃる
俺もあんなに大好きだった
サッカーも
自分でも振り返ってみると分かるんですよね
ここ逃げたなとか
選択を
正しい選択で行った人は
その当時
自分が思ってたこういう未来
こういうサッカー部が
ある企業で働きたいとか
そういうものを
実現してますけど
そこから逃げて
3年経って気づいて追っかけても
もうその時には
やっぱり
3年間逃げた
癖がついてるんで
結局
同じフィールドに
立とうとしても
またそこから枝分かれして逃げていくんで
そういうのを
一回やられて繰り返して戻すのに
すごい時間かかるなっていう
ものの中で
捉えしながら
先に進めたのが
事業だった
会社だったというところですかね
そこのフィルターを通して
伝えていければ
売れないのかな
これを
26年間やったらサッカーで語ってください
と言うと
本質が逃げまくってたから
逃げのアドバイスになっちゃったりするんですよね
それができないな
とか
なのでサッカーのコツとかも
やらないようにはしてるんですけど
声かかってたのも全部
当時はお断りして
かかったタイミングで
いやーこれ逃げる
逃げる戦法
逃げる当たり方
になっちゃうな
その子が伸びない
その時は通業しても
その先伸びないな
そういうのも
一回だけそれをやっちゃったこともあった
間違った方向に
子供が思えてしまって
たすら
公式戦でファールとられちゃうみたいな
それを自分が
見て
間違った方向性で
進み切って
エンドを切ったものっていうのは
自然と出ちゃう
継承させちゃいけないな
そういうのもサッカーを
やめたきっかけでもあったんですけど
そうですね
今野球をやらさせてもらってますけど
チームでも上手い人とかいて
そっちは本質なんですよね
語ってるの
それを
本質じゃない側で
過ごしてきた人間なので
そんなことやってもね
って思ってるんですけど
やってみると
落とさなくなったりとか
明らかな
上達が見える
そういう成功体験を
どんどん積み重ねては
いってますけど
なんですかね
あの時の自分
14年もかかんなかったよ
とか
26年サッカーやってなくても
18の時で終わってて
良かったじゃん
そしたらもっと違う
もっとこう
その
勝率を上げる
かもしれないねっていうのは
喋りたいなとは
思いますけどね
たまにふと思いますけど
あの時の自分
あーそうですか
CMでやってたじゃん
エレベーター乗ってって
お偉いさんに会うみたいな
そうですね
20代の自分に
言えるとしたらそういうところですか
なんかそういう
「追う者」の強さと楽観
僕もそのXで発信してる
ポストの
ピルソナは23歳の時の自分なので
あ、そうなんですね
そこに向けて
社員とか
なんかそういう
その他大勢の人に向けて言ってるわけじゃなくて
過去の自分に
こういうことやっとかねえと
そっかそっか
こういう目に遭うとか
そういうので
ずっとポストしてるっていうのは
ありますね
それはすごくいいお話というか
面白いですね
僕よくその
古畑仁三郎を見てたので
僕も大好きなんですけど
そういう今その
古畑仁三郎の
言葉みたいなのに
変換してもらって
ちょっぴり変換してもらって
それをこう
我々もその自分
過去の自分に向けた
この好きな
ドラマの主人公に
なぞられた言葉だったら
聞き入れられるかなとか
そんなことを試しながら
面白い
そうなんですね
周りの人からしてみたら
なんだこいつと思うかもしれないですけど
僕からしてみたら
いろんな試行錯誤をして
過去の23歳の時の自分に
投げかけてる
そっか
一番
そうですね
曲がりに曲がってた時の原点が
23の時だったなと思いますので
その自分に向けて
そうですね
夢に逃げてましたしね
サッカー続けたい
でも実力はやっぱ
実力というか
自分のサッカー選手としての本質は
通用しないというのは
分かっていながら
ちょっとお金貯めちゃい静岡行って
セレクション受けたりとか
またテスト制で拾ってくれたりするんですよ
そうするとまた
言い訳できる機会が
伸びるじゃないですか
そうですね
それを分かっていながらも
頑張って走ってる自分
というのが良かったりしたので
それがもう本当に
うちの母親にも
あんたもいい加減仕事しなさいと
って言われて不手札れてたら
2年目が23歳くらいだったので
ふざけんなよこんな仕事
つまんねーよみたいな
そこで結局は
恩師と出会って
本質に救われる
逆らえながらも
本質に拾われていった
20代だったな
というのがありますので
結局今もそれを追っかけて
たりつたりするんです
本質とか真実
現実とか
そこはもう
向き合っていった方が楽だな
というのがありますよね
向き合っていった方が楽
向き合って
その意味ではそうじゃないですか
追われるじゃないですか
ルールに
犯罪とかすると
警察に追われる
追われるのって
不利だと思うんですよね
追う方って
捨て身で
追う方が
夢とか
情熱とか
そういうものを持って
追っかけるじゃないですか
過去の自分へのメッセージと成長
ファンとか
すごい暗い感情で追っかける人って
まあ少ないんですよね
でも追われて逃げる人って
そういう
前向きで逃げないですよね
後ろ向きで逃げてるのは
めちゃくちゃ前向きな人に追っかけられるわけですから
どっちが勝つだったら
追ってる方が勝つんじゃないかな
そういう
名言が
子供の時から
菅原文太さん
人気な人だから
セリフが
追われるものより追う方が強い
それを
ふと
自分の現実に照らし合って
サラリーマンの時それは
ふと思って
すごい
ずっとルールから
そう見たことをやって
何やってんだバカヤローって
怒られるわけじゃないですか
それに疲れてしまった
ずっと追っかけられるわけです
優秀な上司に追っかけられる
疲れたな
そろそろ反対の道
行きたいなって
新しいことを
要求されてる
上司が言ってる本質ですね
そこに沿ったことをやっていくと
褒められるわけじゃないですか
こんなに楽なんだ
追う方が楽だ
それで上司が
その上司の方が
やりたくないと思ったらやってみろ
というのが
実は本質だったりするから
そっちの方が楽だぞって
言われて
ふとこう
逃げなきゃ
何ですか
若い時ってやっぱあるんですよね
言われた通りのことを
やってるのは格好悪い
そこは素直になれないところ
みたいなのがありますね
それで疲弊してたな
その分岐点が
23の割ぐらい
だったんですかね
こんなに楽なんだ
言われたことをしっかりやって
しかも
なんでやってるのか
っていう意味まで
ちゃんと捉えられて
どんどんスキルアップしていく
そういう問題が
そうですね
そこに
そこに築く前の自分に
どんどん
言葉を当ててるんです
結構周り見ると
自分がそういう体験を
させてもらってたからなのか
そこで止まってる人たちと
出会う機会が
僕は多いんですよね
相手を下げてるところではなく
なんでそこ
真っ直ぐ行けばいいのに
右の扉が
入っちゃうみたいな
いうのはうちの社員の中でも
多いですし
それが自分がしてきたことが
伝える側になって
帰ってきてるのかなっていうのは
正直思う
機会がここ2年
見えてきたかなっていうところですね
やっぱりこの2年ぐらいの
あたりがやっぱり
1つのツアー
ターニングポイントなのか
大きなステージの変化のタイミングというか
今まさに次のステージに
入り始めていてみたいな
親が亡くなる前の1年
「本質」から逃げることの代償
亡くなってからの1年
そうですね
やっぱ
後悔しちゃいけないって言いますけど
後悔も
残りますしね
あの時こういう声掛けしてるんだとか
本当に電話で
僕ちょっと集中してたんですけど
電話でも
今までないぐらい
喧嘩して
それが最後だったんで
その後僕は帰る日
親に会いに行く時間前に
やってしまったんで
帰ってきたらそうですね
家が燃えた
後と言いますか
病院行ったらもう
意識もなかったんで
そこを
暗いというよりは
そこから避けて
避けちゃいけないというか
最後の授業
本室から逃げると
大事なものを失うぞっていう
最後のメッセージというか
そうですね失ってから気づく
前にやるチャンスがまだ
僕の周りにもあるんで
最後の授業だったんじゃないかな
人の所作に
その人の本室を見ると
語る大木さん
本室を伝えていると
自分もより意識するようになる
という言葉通り
今回のお話は大木さんご自身が
自らの本室と
深く向き合っておられるような
濃密な対話の時間でした
そして僕自身も
聞き手として相手の本室を
どう捉えるかを
深く考えさせられる
貴重な一時となりました
大木さんありがとうございました
それではまた次回
雄見直さんの
キクヒトラジオでお会いしましょう
45:19

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