今回は、株式会社LMC代表取締役・大木裕和さんにお話を伺いました。
フィールドサポート、人材派遣の事業を手掛けている大木さん。まずはその事業内容についてから伺いました。
株式会社LMC:https://www.lmc-thanks.com/
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/6513739a0bc9d6e1d690bae1
フィールドサポート、人材派遣の事業を手掛けている大木さん。まずはその事業内容についてから伺いました。
株式会社LMC:https://www.lmc-thanks.com/
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/6513739a0bc9d6e1d690bae1
感想
まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!
00:03
ゆいなわさんの聞く人ラジオ、皆さんこんにちは。 ゆいなわさんの聞く人ラジオのお時間です。今回は株式会社LMC代表取締役 大木裕和さんにお話を伺いました。
フィールドサポート人材派遣の事業を手掛けている大木さん。 まずはその事業内容についてから伺いました。
大木さんはお仕事なんですか?って言ったら、何をされていますか?
フィールドサポートというのを…。 これも横文字で、非常に分かりづらいと思うんですけど。
端的に言いますと、人材派遣ですね。
フィールドサポート、自分たちがお客様の職場に出向かせていただいて、 そこで仕事をさせていただく。
なんでフィールドサポートって名前になっているんですか?
いや、かっこよかったですね。
これ、大木さんがつけられたんですか?
いや、違います。いろんな会社さんの、自分たちの活動と似ている会社さんの ホームページを見ていって、
どうしても僕はまとめる力がないので、もうパクらせていただこうということで見ていったら、
フィールドサポートというのを、こういう意味合いで使っている会社さんがいるんだってところで使わせていただきました。
お客様なんですけどね。
ああ、そうなんですね。
お客様のホームページを見てて、この言葉いいなって。
じゃあフィールドサポートというものも、事業内容としては?
5つの事業がありまして、そこに人を展開しているというのが、医療当直事務。
医療当直事務、はいはい。
うちは、皆さん会社紹介をしますと、よくそんな隙間隙間を集めて、1個の会社に来たりみたいなこと言われるんですけども。
医療当直事務というのがあんまり世に知られていないと思うんですけど、
病院の営業時間外を担当する事務員さんのことなんですけど。
基本的には病院の営業時間、クリニックさんというのを一時休休と呼んだりするんですけど、
時間から時間までの空いている病院さんをクリニックと言ったりするんですけども。
私どもは二次休休と言いまして、病院自体の営業時間は決まっているんですが、
24時間門出を開いていて、
休休で来た患者様に対して応急処置をするという、
手術とかそういうのはできないので、応急処置をして、
そのまま帰っていただくか、大学病院とか大きな病院におつなぎするかという。
その二次休休というところの事務当直を、
03:03
文字社で全部採用までして、教育文字社で。
派遣と言っても、ちょっと派遣会社さんとは別の役割を。
専門定期というか特化しているという感じですか?
そうですね。委託契約という形で全部こちらに一任していただいて。
通常ですと、お客様がこういう業務だよって教えていただくんですけど、
うちは全部、自社の仕事ではないんですけども、自社で全部。
やってしまう、やれる状態になっている。
お客様が負担になるような部分を全部取り払いたいなというところで。
それが一つの事業。あと4つあるってことですね。
あとはこういうパソコンとか。
パソコンって購入するとすぐ使える状態になっていると思うんですけども、
そこに至るまでの設定をする。キッティングという仕事ですね。
そちらもやらせていただいていますし。
あとは捜査案内係と言いまして、新築マンション。
マンションを住まわれている方、わかりやすく言うと駐輪場とか、
ゴミ置き場とか、宅配ボックスとか。
そういうものって共有部。みなさんで使われる共有部ですね。
そこの一つに機械式駐車場というのがありまして、
そこの説明、デモンストレーションしながら、実際動かしながら、
こういうふうに使っていただきますよという説明を派遣しています。
へー、専門デッキですね。
メーカーさんからお仕事をいただきまして、
もちろんメーカーさんから、
本当にこいつら大丈夫なのか検査をしていただいて、
ある一定の権限をいただいて、こちらで指導教育をされています。
あとは時間貸し駐車場によく緊急連絡先って書いてあると思うんですけど、
そちらに連絡していただくと、
大体高確率で私どものスタッフが電話を受けて。
はいはいはい。で、何かあるよって時に行くっていうことですね。
そうですね。実際行くというよりは、
現地に行く方を手配させていただいて。
あー、そちらの後ろ側というかバックの方をやってる。
バックオフィスの方を。
へー。
そのコールセンターに人をまたさせていただいてますし、
あとはこれからも自社の方でもどんどん、
今僕はちょうどあっちの机で設定してるんですけど、
自社でもどんどん受けて。
どうしてもコールセンターっていうのは、
パーツパーツで分かれてしまうんですよ。
電話を受ける人、向かう人。
あー、そっかそっか。
あと工事する人とかで分かれてしまうんですけど、
それをうちは一括で今できるので、
こう一個でまとめちゃって、
お客さんに夢を放つような行為かもしれませんが、
こんなの3つバラバラバラバラやって、
困ってる人がいるんだろうな、
一個にまとめられる。
06:01
全部の分野っていうのは1つの分野だけなんですけど、
まとめられるのはまとめて、
パックとして提供できた方がいいんじゃないかなと。
そっか。
それらの事業っていうのは結構いろんな形、
ちょっと違うものじゃないですか。
それ最初から全部いきなりやったわけじゃないじゃないですか。
あー、そうですね。
一つずつなのか、増やしていって。
本当に一個一個ですね。
私、株式会社LMCという会社なんですけど、
いろんなことやって14年も続いてってよく言われるんですけど、
本当は一個に時間をかけて、
長く生きるために一つに時間をかけて、
一個ができたら次、次、次って移動していったので。
あー、そういうことか。
売上も14年経ってるから爆発的に伸びてるわけでもないし、
もう一個しっかり手固めして、
次、固めてっていうのをどんどんやっていったという。
じゃあその結果、今、5つの事業になっているっていう形ですね。
それを、そもそも大木さんは、
こういう風にしようって思ったわけじゃなくて、
なんかそうなっていったみたいな感じ?
そうです。そうなっていったものもあります。
僕が代表なので、もちろん僕がルールだったりするんですけども、
それをいい意味で新しく入ってくる、
基本的には中途採用ですけども、
中途採用で入ってくるスタッフがもともと持ってたスキルっていうのがありまして、
やっぱり僕はどうしても自分のルールに染めたいんですよね。
そこのルールにどうしても染まりきらないから、
こっちの色をちょっと出させてほしいっていうのを、
僕はなかなか最初認めなかったんですよ。
それじゃあ僕の会社じゃなくなっちゃった。
でもそれをあまりにも言うから、
ちょっと逆を言ってやってみようかなと思ったら、
それが一個成功したりとかして、
事業になっていったっていうのがありましたので。
自分の思想とスタッフがもともと持ってたスキルっていうものを
合わせ持って5つになったっていう感じですね。
今はじゃあ結構たくさんの方がお仕事されている感じ?
たくさんって言っても総勢で53名あります。
社員は6名ですね。
大木さんはよく出張というか投稿に行かれることもあるってことは、
全国的に展開されている?
総産内係員っていうのが主に新築マンションの仕事をさせていただくんですけど、
その仕事におきましては全国展開というか、
メーカーさんの方が全国にありますね。
そのために現地に行くっていう形ですね。
最初は1都3県だったんですけど、
僕たちの会社よりも何十倍何百倍で済まないぐらい大きな会社さんたちから
お仕事をいただいてますので、お給料もそんなにいただいてるわけです。
09:01
そうすると依頼した方がお金的にも費用対効果の部分でも得だということで、
1都3県で活用したのがどんどん、
静岡、名古屋、大阪、北海道、沖縄、熊本、羽田とか、
宇都宮、茨城、新潟とかもどんどん広がっていってしまって、
あとはそこに携わっているスタッフの人たちは、
僕はあまり遠いところに行くのって、僕自身が奥だったので、
周りの人たちも好きじゃないだろうみたいな決め方をしてたんですけど、
実際聞いてみたら、行きたい行きたいって。
ちょっとあっち行きたい、あっち行きたい。
こういうところの人たちだったら呼んでほしいって。
どんどんどんどん受け入れたら、
社長やりすぎだよということで、すいませんって感じで僕が行ってるって。
広げた手前、責任もあるんで、僕も行きますよって。
社長と一緒だったら行きますとか、そういう人もいるんで。
じゃあ一緒に行こうかみたいな。
そういうのを値段に仕事を取ったりとか。
5つの事業をやられている中で、いろんなクライアントさんなり全国のお客さんに会っていて、
でもお仕事は事業1つじゃないから、時に1つの仕事で生きながら別の仕事もあるんですね。
私はスーツ着て行く時もありますし、
作業着て作業員として駐車場の施工メンテナンスなんかもやってますので、
穴掘ったり、電気工事したりっていうのをやってますね。
もともとこの会社を起こす時に、そういう素養というかそういうのがあったってことですか?
5つのうちの3つは、もともとサラリーマン時代にやらさせていただいた。
そうなんですね。
独立した時も、もともといた会社さんの仕事とはバッティングしないという、
たぶん皆さんそういう約束されると思うんですけど、そういう約束の下で独立しましたので。
最初は何からスタートしたんですか?
最初はマンションの商産が。
表現が正しいかどうか分からないですけど、そこしか選べなかったっていうのが正しいですから。
僕はメインはずっとコールセンターを。
長く自分も勤めてましたし、お客さん担当させていただいてましたので。
本当はコールセンターをやりたかったんですけども、
第一志望コールセンターがダメになって、
そういう施工とかメンテナンス系もダメで、
一番OKしていただいて、そのタイミングでニーズがあった。
資金的にも入り込みやすかったというのが、
ザ・ソーサーナイカカリンギオムという新築マンションのお仕事でした。
12:00
それからスタートして、徐々に徐々に増やしていくというか、そういう形で。
自分が一番やりたかったものは、創業してから9年後に初めて携わらせていただいて、
今に至っているということですね。
現在は5つの事業を展開されている大木さん。
それらの事業を一つずつ作り上げていき、
今に至るプロセスについてさらに伺っていきます。
やっていく中では順調にいったわけじゃないじゃないですか。
いやいや、全然順調じゃないですね。
結構やっぱり苦労というか、あった感じなんですかね。
スタートがまず、私自身の目論みが甘かったところがありまして、
夢や希望だけで飛び出したような形で。
会社を止めて、飛び出して。
飛び出すような形でしたので、自己資金も150万円ぐらいしか。
蓋を開けてみたらそれぐらいしかなかった。
ただ時期的に決めていたので。
会社にも1年半ぐらい、自分の立場の仕事を2人に引き継ぎを1年半かけてしてたっていう。
その2人が出来上がってきていたので、これ以上横にいると邪魔になってしまうんですね。
僕もそこに居座ろうと思えば、口出しして行けば進まれるんで。
そこらへんの瀬戸際に来てしまって。
それがちょうどタイムが29だったんですよ。
自分の恩師にあたる方が30歳で独立しているので、タイミング的にも抜けるし。
29歳で1年早くやったというのを言えますし、
部下2人もちょうど照らししないで、自由に泳ぎ始めてた時期だったので。
ちょうど29歳で独立したタイミングの時に手元の資金がそれしかなかったので。
でも夢や希望があったんで、バーンと出てやってみたんですけども。
実際こういう事務所も最初は、今でこそ小さく始めるとかいうのがありますけども。
その時はそういう概念も無かったので。
事務所いきなり借りて、80万円くらい一気に無くなってしまって。
売り上げもゼロ。お客様もいらっしゃらない。
従業員が1名だけ辞めてついてきてくれたんですね。
僕としてはちょっと予想外だったんですけど。
その人たちも抱えながらいかなければいけないので。
そうですね。たぶん1ヶ月、初月で。
こういうコピー機とかも、大きいコピー機も。
自分のサラリーマン時代の認識としてはそういうものがあるということで。
15:02
全部ゼロからですね。
借りちゃったら一気にお金無くなってしまって。
なので私のお金は、よく駅の近くにあるACビルの4階から始めての○○ってところに自分の給料を借りて、当時家に納めてました。
じゃあそんな感じでスタートしていって。
もちろんその新経験は電話しても無理だなって分かってるんで。
すべて飛び込みでしていって。
あとお客様からの返事を待ってる間はバイトを前の会社にお願いして。
そうなんですね。
自分が管轄してた部下とお客様なので。
どこで穴が開くとかあれって分かってるんで。
そっかそっか。
そこを実際ここをポスト払えてるでしょって話していただいて。
資金が一ヶ月待つ資金が無いので、
社長さんにお願いして、自分の直属の上司だった方に毎金でお願いしますと。
そしたらいいよって言ってくれたんで。
毎金で先にお金頂いて、しっかりシフトこなして。
あとは警備のバイトとか。
チラシ配りですね当時は。ポスティングですか?
自分で3つの仕事を探して見つけて、防護してそれでやってみたいな。
3つやってましたね。
自分の仕事に加えてやって、それでお金をちゃんと。
全部投資してるような状態です。
借金ばっかがどんどんキャッシングで借り入れしてるので。
会社をまた同じ会社から借りてってやってるので。
それがしばらくじゃ続くって感じなんですか?
そうですね。半年は続きました。
3ヶ月くらいで資金ショートを完全にしてしまって。
お客様もお仕事頂いて、どんどんバイトから自分の会社の仕事に出るようになったんですけども。
黒字倒産みたいな状況になってしまいまして。
入ってくるのを待たずして出て行ってしまうので。
そこまで10日くらいタイムラグがあって。
もうこれは2週間で60万70万くらいもらわないといけなかったので。
これはもうダメだなということで。
私より先に独立した上司のところに全部お客さん引き継ぎをお願いして引き継ぎをしに行きます。
自分の心の中では会社を閉める。
引き継ぎをしに行ったんですけども。
そんな話を聞いて頂いて。
最後に資金あったら続けてるのかって聞かれまして。
それはもちろんです。資金あったら続けてます。
でも現実的にはないのでよろしくお願いします。
18:04
うちのスタッフもその当時3人いましたのでそれも全部引き継ぎをさせて頂いて。
自分はもう閉める準備をしてたんですけど。
1週間後に呼ばれました。秋葉原の喫茶店に来いと。
もう一回確認するけど。
お金があったらやる。投資はまだ残ってるから。
もちろん残ってますけど引き継ぎもしたし。
お客さんまで連絡する。承諾を得るだけでしたので。
最後にお客さんに連絡して終わりにします。
ポンと封筒から。
ここにお金入ってるからもうちょっとやってみろよ。
それがなかったらもう潰れてると思います。
それは大木さんとしては先輩というかお世話になった方?
僕の本当の経営と言いますか。
今に至るまでの教訓というかそういうものをくれた。
その方がそうやってお金を出してくれた時のその時ってどう感じました?
思いもよらぬチャンスだったので。
本当にその当時の状況で種まくだけまいて。
待つ。ペンディングの状態だった。
もちろん不安はあったんですけど。
これは自分に風が向いてきたなみたいな。
そういうのは感じた。
本当にそのお金をいただいて支払いを終わらせたあたりからドカドカ。
種まいてたのがもうちょっと生えてきて。
それの後ですね。
ただそこも日当みたいな仕事ばっかり営業してたので。
基盤を築く次のステップも築かなければいけないというタイミングでもあったんですけど。
それがもし来ても息切れしてなくなってしまったらまたゼロになってしまう。
次の方にもちょっと当たり始めてた時だったんですけど。
それでちょっと僕は満足してしまいまして。
いっぱい来たので日当の商売を来てこなしてゼロになってしまいました。
俺はやったんだと満足してしまいまして。
その時に疑似株主総会を開かないかと。
普通僕らから提案するんですけど。株主僕しかいないので。
何だ疑似株主総会はと。
その恩師から提案がありまして。
3社の社長さん。僕の知らない方も含めて。
社長さんに来ていただきまして。
僕が株主に対して今現状の会社はどうなっているのかというのをプレゼンしてほしいと。
疑似株主総会をやろうって言われて。
プレゼンしたらめちゃくちゃこう。
21:02
何だその経営方針はとか。
何考えてんの。なんでそこにもっと強くアプローチかけないのか。
めちゃくちゃに言われました。
だから僕がそれでも火がついて。
バカにしてんのかもじゃないですけど。
多分それが戦略だったんでしょう。
こいつ安心してるから。
いやみったらしいこと言って火つけて。
それであんな状態で僕は火がついて。
1週間後にまた来るから。
今日言われたことがどこまで進捗としてついてるか。
報告してください。こちら株主なんで。
1週間かけてお客さんに会いに行ったりとかして。
そこで進捗報告していったら。
それはまた1週間、また1週間ってどんどん。
わざわざ来ていただいて。
やっていったらだんだん基盤ができてきて。
そこの基盤が一回できるとそれをまた見てる方。
ホームページだけは幸い創業と立ち上げてたんで。
ホームページをまた見てきてくれる方とか。
この仕事やってるんだったらうちの仕事もできるんじゃないか。
っていうのでどんどん繋がっていって生き延びていくんですけど。
次の資金がどんどん絶えなくなっていくのを
その恩師の方の個人の保険の枠を。
もちろん毎月返すんですけど。
最初はお借りして。
だんだん実績がついてきたら自分の力で銀行さんから借りなさいと。
融資も創業支援制度とか使っても
僕は1円もおりなかったので。
自力のお金でやるしかない状態だったんです。
本当に1年目が736万円の売上しか上げられませんでしたので
サラリーマン時代の年収の方が全然僕は良かったなと。
マイナス楽味が430万ぐらいですかね。
次の次年度が2500万までバーンと上がったので
資金がつかなくなったりとか。
そういうふうにしたんですけど。
どんどん引っ張られていくような感覚でやってましたね。
そういうような疑似があってこそ
そうですよね。
先輩のおかげで。
僕も前職のサラリーマン時代では
部長職というのを26でいただいて
そういう自負もあったので
そういうものが全く通用しないんですよね。
24:00
周りがこいつがこういう役職の人間かと合わせてやってくれると
僕自身は自信を持ってやらなければいけないところもあったので
いつしか自分の実力だと自分の看板だと
勘違いしているのを完全に天狗の状態で
独立した時もその気持ち引きついていたので
粉々に折っていただいて
これが現実なんだと。
やっと目が覚めたと。
そういう感覚があった感じなんですね。
その時ちょうど僕は再婚して別の家庭なんですけど
その当時の家庭は完全に壊れちゃってましたので
バイトを3つもやったので
自分の事務所に出社するのって9時とか10時なんですよ。
それがバイトが3つあって1個だけでも
習慣が根付いてしまっているので眠くなっちゃって
起きたらやばい9時だ、会社行かなきゃ
行ってもやることないんですけど
毎日頭落ち着けて泣いているくらいですね。
泣いたりもしないんですけど
こんなはずじゃなかったっていう。
ずっとガンガンやって
なんですかね、それはすごい覚えてます。
そういう気持ちの状態だったっていうことですね。
前の地位が捨てられないというか
そういうのもありましたので
全部身ぐるみ剥がされたというか
全て捨ててゼロにならないと
いけないんだなという
そこの作業からやっていただいたというか
そこから見たら今はずっと授業されてきて
だいぶいろんな事業をやってきて
現状からしたら当時の自分というの
何か言いたいことあります?
当時の自分は
そうですね、これは今自分の社員とも
常に僕がブロッカーみたいになってたらがってますけど
やっぱ本質ですよね
本質を見れるか見れないかってところですね
経営者ってお金がないって言ったら
お金がないことに対して対策を取らなければいけないんですけど
その当時の自分ってそこから
そこはとりあえずは置いといてみたいな
こっちやりたいからこっちやるとか
あっちやるからあっちやるとか
本質を見てないというか見てない
お金がないから調達しなければいけないというじゃなくて
こっちのバイトやってるから大丈夫
あっちも俺3つもやってるんだよみたいな
忙しいんだよ
本質からずれたところで
27:02
満足しがちな部分
そこの本質をもうちょっと早く見れてれば
そこの壁なんですよね全部
サラリーマン時代僕が
社長とか
ナンバー2なんで直続の上司は社長
その上は会長株主がいたんですけど
やっぱり売り上げの都合のいい筋しか僕は見せてもらってなかったんですよ
荒割り純利なところまで行こうとすると
僕はそこでテンションをもう売り上げが上がった
テンションを上げていくしかない
社長はかたや
やっぱ浮かない顔をされてるんですよ
一気に400万500万とかって売り上げ上がったりすると
その大変さを僕は知らないので
社長は素直に喜んではくれないんですよね
おめでとうとは言ってくれない
っていう感じ
そういう意味その本質を自分がなってから知っていった
そこは今の立場ならないと見えなかったところではある
全く見えなかったです
プライドとかそういうものが邪魔して
俺はこれだけやってきたんだ売り上げてきたんだとか
だからそれができるはずっていう
ただ現実はやっぱ違うところに
資金不足とか資金調達しなきゃいけない
それは自分にとってはやったこともない
言いづらいですよね
ちょっと無くなっちゃいますけど
母親が少しお金貸してくれました
後任さんにはすごい感謝してますけど
かなりボコボコに
なんだこの事業計画は
誰が未来で1年後に数千万稼ぎます
今ゼロです
500万貸してくださいって誰が貸すんだよみたいな
本当に面と向かって
言われても目が覚めないくらいだった
いつか見てろよっていう
本質とは違うのになってしまうんですよね
全部ピンポイントでずれていってしまってて
回り回ってここを見なきゃいけなかったのか
そこに気づかせていただいたのが
先輩は恩師であったり
議事株主ストローカーに出ていただいた経営者の方だったり
僕も起業する前に
当時フェイスブックでアポイント取って
皆さんも本当に
家おいでみたいなどこどこホテル泊まってるとか
見ると行ってもいいですかみたいな
メッセージを入れたりすると
おいでみたいな簡単に言ってくれて
4名の社長さんをお会いしたんですけど
皆さん共通して素直と熱意
30:03
この2つあれば大丈夫だよ
同じこと言ってらっしゃるんです
一番に素直って
これか本質を見る素直な目
これなんだっていうのを起業して
散々赤字だ黒字だとか
倒産するとかやって
叩かれてこういうことなんだな
本質をちゃんと
理解する努力をしていれば
こんな14年もかからずに
早く言えたんじゃないのって
それを分かった上で
本質をちゃんと理解した上で
起業するっていう気持ちがあれば
同じサラリーマン時代の1年でも
過ごし方が違ったんじゃないかな
だいぶ遠回りして
自ら危険な思いを知るっていう
僕は決して
愚者は経験に学んで
賢者は知識に習うみたいなこともありますけど
全然僕は賢者になれないな
歴史に学んでないので
今ようやく経験をして
あの時あれだったなとか
本質を理解する
見るまでに時間がかかると
ずれる感覚のほうが長けてるので
ああそうなんですね
僕の習性的にずっとずらしてきた
ずらしてきて
当時がありましたので
やっと見れても新鮮なほうに目が行くっていうよりも
習性的に元に戻っていく
習性が働いて
初めて有志で
1千万というお金をお借りした時も
すぐ溶かしましたね
社員旅行行ったりとか
ああそういうお使いだと
本質よりも自分のしたいほうに行って
その一期
その当時5期目ぐらいだったんですよね
6期目入る時に土下座して
リサーチしてちゃんと内訳こういう風に使っちゃった
一応銀行さんもその枠を全部
僕に渡さずに
残ってたので
リトライするチャンスをもらえたんですけど
そっかそっかそっか
ほぼ
今までこそ仕事で札幌だとか
札幌何回行ったかなみたいな感じ
遊びに社員連れて
社員のほうからもういい加減
やめませんかとか
僕は分からなかったんですよ
そんな感じで車で行ったりとか
やったことのないことをやってみようと
33:02
本当は事業として使わなきゃいけない
お金なんですけども
使いにも慣れてないですしびっくりしちゃって
講座見てこんなにあるの
じゃあこれあれやってもいいんじゃないか
当時見てた車とかも
中古で100万円以内とかっていって
買った車だったんですけども
全部買い替えたりとかして
気がついたらなかった
あれみたいな
その時まだ簡易課税っていう
売上が5000万以下の成績比でしたので
そんな中でなくなってしまうというのが
異例なんですね今思うと
やっぱり
いち早く本質から
背けずに逃げずに
ぶち当たっていくという感覚を
養っている方たちのほうが
バーッと伸びていくというのは
そういうことなんじゃないかなという
僕はそこが遅かったので
マイナス何千万の状態から気づいて
やっとスタートしていくので
今14年に至るまで
まだまだ
なかなか血に足がつかない
やっと着いたと思ったらまた着き直してみたいな
そういうことを罰として繰り返してたんじゃないかな
そうか
もう次行こうかなと思ったら勝手にこけちゃった
原宿ああいうことやってたから
忘れるなよと
そうかそうか
という意味で今来てるんだなと
プラスに捉えて
それをちゃんと一個ずつ
当時の課題というのを
クリアしていって
新しいことが待っている
事業をスタートされた頃
様々な苦労をされたという沖さん
倒産状態で
事業を畳むことも考えている際に
元聴取の方から
お金の入った封筒を渡され
そこから風が吹いてきたということもあったそう
本質を見れるか見れないかと
語る沖さん
さらなる本質についてのお話を
次回さらに伺っていきます
35:39
コメント
スクロール