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2026-02-08 40:25

最近気になったこと〜奈良裕之さんに触れて〜

最近気になったことを自由に話してます。

サマリー

今回のエピソードでは、奈良裕之さんの生き方や体験を通じて、他者とのつながりや自然との調和を感じる重要性が語られています。資本主義社会における生き方に疑問を投げかけ、自分自身の声を聞くことの大切さが強調されています。最近のエピソードでは、瞑想や静けさの重要性について触れられ、自分自身の本当の声に気づくことが強調されています。また、奈良裕之さんの生き方を通じて、達成よりも満足感を得ることの重要性が示されています。さらに、彼の考え方や生活スタイルを探求し、本当の自分に戻りたいという気持ちが語られています。忙しそうに見える彼の生活は、実は豊かな時間の使い方をしていることが紹介されています。

奈良裕之さんとの出会い
はい、レコーディングしました。
じゃあ、えっと、今日は、
ちょっと僕が、今Hotのトピックというか、話したいことがあるんで、
ちょっと聞いてもらいたいなっていうのがありますので、ちょっと話してみるね。
はい、えっと、
この間、奈良さん? 奈良裕之さん? 裕之さんだったと思うんだけど、
パートナーの牧さんという方の集まりに参加して、
結構それが自分にとって、行く前からすごい大事そうだなって、自分にとって意味はよく、なぜ大事なのかよくわからないけど、
自分がしたい体験ができそうっていうので、行ったんだよね。
で、何してる人かっていうと、今70前半の方かな?
なんか見た目はすごい、仙人みたいな感じの人なんだけど、
もともとは音楽家で、商業的に音楽をやってらっしゃった方で、
でも今は神事っていうの、お寺とか神社とか、
神聖な場での踊りだったり、演奏だったりをしている方っていう、なんかそういう方なんだよね。
最初2時間くらいの映画を見て、その後、瞑想、
その後質問か。
ゆさみ加子さん、みーちゃんとの対談があって、その後質問、Q&Aみたいな時間があって、
最後お祈り、瞑想プラスお祈りの時間みたいなのがあって、終わりっていう感じだったんだけど、
ドキュメンタリー映画を最初に見たんだけど、
なんかね、ちょうど時系列で、毎日じゃないんだけど、そのポイントポイントを収録してあって、
なんとなく1年どういうことをされているのかっていうのが、
どこで何をされているのかっていうのを追いかけてくれているような映画だったから、
すごい生活が見れてすごい良かったんだけど、
一言で言うと、自分と全然違う基準で生きている人だなっていうのが、
一発でわかったっていう感じで、
なんていうのかな、すごいシンプルなんだよね。
何してるって、たぶん自分のルーツをたどっているとはおっしゃるんだけど、
確かに、瞑想して自分が気になるところに行くと面白いことが起こるみたいなことを楽しんでいる人っていう感じで、
いろんな場所に行って、すごい時間かけて行って、
そこで贅沢にゆったりと時間を使いながら、
そこでお祈りされて、そこで出会う人と話しして、楽しく語られて、
また次の場所に動くみたいな、そういうことをされている人っていう感じなんだけど、
それ以外はあんましてない人っていう感じなんだなっていう感じがして、
僕なんかは結構、これこれをするために〇〇しなきゃみたいな、
そのためにはこれをやらないとみたいな、そういう生き方をしているなと思ってて、
そういう生き方をしているとちょっと忙しすぎて、ちゃんと自分の声を聞くことができない。
結果的にすごく自分にとって大事なことをやれないみたいなことが起こるのかもなって思ったし、
逆にそれだけやってたら結構充実しているのかなっていう感じというか、
なんかそれでかなり幸せそうだし、十分満たされているみたいなところを見ると、
あれっていう感じになって、これだけでもしかしていいの?みたいな、
むしろこれだけにすることが結構こう、周りに振り回されずに、
本当幸せを感じられるっていう感じになれるのかなみたいな、そんなことをちょっと感じたなっていう。
僕は結構、今のこの資本主義の世の中みたいな、どっぷり使ってきたけど、
なんかちょっとこう、不思議な生き方している人とかは結構気になるんだよね、前から。
すごくこの、奈良さんはそのうちのお一人っていう感じだし、結構エッジ立ってるなって思ったんだけど、
すごく、まあ一旦そんな感じかな。聞いてみてどうですか?
生活の充実と自然の調和
うん、そうね。
ペトさんは奈良さんのその生き方、生き方に憧れがあるってこと?
憧れね、多分なんかこう、憧れは多分じゃないな、間違いなくあるんだと思うね。
おそらくその、憧れつつも、とはいえみたいなところがやっぱりあるなっていうのもあるし、
憧れたと同時になんか声も出てるっていう感じがあるかなっていう感じかな。
ペトさんは奈良さんは何をしてるって見えてるの?
人生を楽しんでる。
ほう。どんなふうに?どんなふうに?
あの、惑わされずにみたいな感じかな。
えー、惑わされずに楽しんでる。
うん。
ヒロさんのいう資本主義とか、こうでなければみたいなことに、惑わされずに。
そうそう、本当に。
あの、多分昔っていうかな、この100年200年の感じだと思うんだけど、
こんだけ忙しくなってきたのって、なんかその、それぞれの大陸の戦場日の話とか、
日本もこう、縄文時代まで戻らなくてもいいのかもしれないけれども、
比較的平和だったって言われてるような時代で、結構こういう、なんていうの、すごい、
奈良さんみたいな生き方がスタンダードだったのかもなっていうふうに思ったり、
あーそうだ、それでちょっと思い出したけど、
この間たまたまNHKスペシャルで、なんか広島だったかな、どっかのこう、なんか独立した集落みたいな、
もともとなんか兵家の落ち武者が、
あの、どの村だったっけ、そこで敗れた落ち武者が移り住んだみたいな、結構険しい山で、なかなかこう、
新場村じゃない?宮崎の。
あ、宮崎だ、そうだ、見た、のさり、のさり、そうそう、のさり、これものさりとか、見た?
見た。
あーそうそう、あれもうめっちゃ気になって、もうなんか、ちょっと見始めて、なんかね、
たまたま目に入って見始めちゃったら動けなくなって、ずっと立ったのは見たみたいな感じだったんだけど、
なんか、あれじゃん、見てくれてたからもう話早いけど、なんか人んちにさ、なんか普通にご飯食べに来たりさ、
家族じゃないんだけど、ご飯食べに来たり、なんかちょっとこう災害になりそうだったら、当たり前のように助け合ったり、
なんていうのかな、こう自然、蜂と会話するとか、なんかこう、自然の一致部分みたいな感じで結構溶け込んでやってるっていうのかな、
その植物連鎖みたいな様子とかもなんか見られて、なんか自分たちもその一部っていう認識がすごくあるなーとか、
うん、なんかそこにはやっぱりそののさりってよく、なんか僕結果的に最初見てないんだよね、
そこにあったのかもしれないけど、なんとなくこう雰囲気を捉えられるし、すごい気になる概念なんだけど、
なんとなくこう自然の一部として生きるみたいな、人間だけ独立しているっていう感じじゃないなんかの循環の中にいるみたいな、
そういう捉え方をしてて、なんか本来はやっぱこういうふうに生きる生き物なのかもなーっていう、
ちょっとなんか、ちょっとやりすぎちゃってる、なんかいろいろ、のが今の人間なんじゃないかなーみたいなことを感じたり、
なんかあの、ネズミ、1960年代のネズミのラットの研究があって、それも気になったなーと思い出したけど、繋がってたんだなと思ったから一応置いておくと、
なんか全部、すべてがなんか満たされた状態、いしょくじゅうっていうのかな、なんかこう外敵がいない状態で、
すごい安心な状態で、ネズミ育ててたら、なんかある一定レベルまでグーって一気に繁殖するっていう話なんだけど、
すごい繁殖すると、なんかこう、すごいあの、なんていうか権力闘争みたいなのが始まって、攻撃をし始めたり、なんか一人占めし始めたりみたいな、
そうするとなんかこう、社会、そことその、そのソサエティっていうかな、そこでできてるネズミのソサエティからなんか外れて生きる人が出てきたり、
もう何にも反応を示さないみたいな人たちが出てきたり、結局、なんていうのかな、みんなで満たされてたらよかったのに、
なんかいらんこといっぱいやって、結果的にそれ答え数がゼロになるまでずっと減っていくっていう、
なんかそんなんも見てると、なんか同じようなことやってるなーみたいなとか、うん、そんなことをちょっと感じたなっていう、
余計なことを手放す
いろいろつなげちゃったけど、一旦聞いてみてどう?
うん、ちなみにノサリは方言で、いいことも悪いことも神様からの授かりものみたいな、
はいはいはい、なるほどね。
聞いてみて、今その奈良さんとノサリとネズミは、ヒロさんは何を教育として受け取ってるのかなーって。
本当だね、なんか自分でもよくわかってるんだけど、なんか気になった3つがつながってる気はすごいするっていう感じ。
なんかでもあれかな、今の人間って生きすぎてるんじゃない?みたいな感じ?
そうそう、なんかそんな感じかもしれない。
余計なことしてんじゃない?とか。
そうそう、余計なことしている感じ。
戻ったらいいんじゃない?っていう。
うん、ほんとそんな感じ。余計なことで頭がいっぱいになっちゃって、本当に大事なことに使えるスペースがないみたいな感じだし、
もう持ってんのにそこに気づかずにないものを一生懸命探し続けるみたいな増殖をブワーッと行ってるっていうか、
外に対してグワーッと広げていってるような感じがするんだけど、それがもうなんか暴走みたいな感じに感じてるのかな。
静けさの重要性
でもなんか、その暴走さえやめて足さえ止めれば、あれ?って探してたものが一番近くにあったみたいな、ちょっと滑稽な感じに今なってんじゃないかなっていう。
なんかね、静かにしたらもうちょっと気づけるのかもって最近思ってて。
うん。
なんか瞑想とかって結局なんか静かにしてんじゃないかなっていう。
いろいろうるさいから気づけないから、静かにするっていう。
その社会とはちょっとだけ分断するというか自分を。
そして静かにしてるっていうことがなんか意味があるのかなっていう。
うん。
なんか言ったとおり話してみたけど、なんか繋がりがあったのかちょっとよくわからないけど、なんかそういうことを感じてるかな。
静かにすることで自分の本当の声みたいなの聞こえんじゃないっていうことなのかな。
そうそうそうそう。
本当の声が聞こえたらそんなに外にバーって広げなくても十分満たされて、本当に心から幸せを感じられていけられんじゃないかなっていう。
案外シンプルだし簡単なのかもよみたいな。
なんか外に対して暴走するオウムみたいな感じ。
ナウシカのオウムみたいな感じでバーって広がっていってるような感じで、ああいう目が赤くなって怒ってみたいな感じがするんだけど。
言った結果なんか何もなかったみたいな感じであれってなるみたいなのが、分かってるのにそっちに向かっていっちゃうみたいな不思議なことをやっている気がする感じかな。
それは自分のこと?
自分も含めて、今のこの社会に適応してやっている人たちみんなそうなんじゃないかなっていう感じかな。
真実を生きること
結局、コーチングとかキャリアカウンセリングとかで話聞いてると、なんかこれが正しいと思ってバーってやってきたけど、あれ?みたいになってる人がすごい多いし、シンプルに言うとそういう人たちの悩み、話を聞いているっていう感じだなと思ってて。
ちょっと思い出したっていうか、たまたま図書館にあった世界っていう雑誌が、確か世界ってタイトルだったんだけど、その中になんかすごい気になるタイトルの何ていうのかな、記事があってエッセイっていうのか、
人は真実を生きたがるものだみたいなのがあって、その記事の中に、
そう、なんか犯罪を犯して何年間、十何年とか逃げ続けた、自分名前とかあいつはあって、でもなんか、一緒に住んでいる恋人みたいな人もいたり、働いてたりもしてた人が、
逃亡犯なんだけど、偽って暮らしてた犯罪者がいて、その人がガンになって、すごいギリギリまで病院にはいかなかったんだけど、なんか倒れたかなんかで病院に運ばれて、
亡くなる前日か何かに、自分の本当の名前は誰々ですって、
確か多分犯罪を犯しましたって、その病院で告白をして、逮捕されたのかな、
でもすぐ亡くなったんだよね、本当にその翌日とか翌日ぐらいに亡くなった人がいてっていうことを、
その記事を書いてた人が書いていて、
なぜこの人は死ぬ間際にそれを話したのかって、
最後まで言わずにいることだってできたはずなのに、なんでなんだろうって、
なんかその話を内田鶴さんっていう、いろんな本を書いてる人がいるんだけどさ、
っていう人に対談の機会か何かに話してみた、
なぜ本当のことをこの人は言ったんだろうって、
内田さんは、その犯罪者である彼がインテリだからだ、みたいなことを答えていて、
そのインテリだからだの理由はちょっとあまり覚えてないんだけど、
なんかね、その記事を書いた人はその答えにあまりしっくりこなかったっていう風に言ってて、
もう一人、心理学者、
カウンセラーの、名前忘れちゃったな、
その人も本とか書いている心理カウンセラーさんだったかな、
その人に聞いてみたら、
人は真実を生きたがるものだからですって答えたんだって、
人間はだんだんこう生きていく中で、
本当の自分じゃない、なんかいろんなね、それこそねばならないとかこうであるべき社会観とか、
そういうものを身につけてしまっていくけど、
確かね、カウンセリングとかそういうものをするのは結局、
本当にその人が真実の自分に戻っていくことを手伝っているって言ってて、
その記事を書いた人はそれがすごくそうだなって思った、
人間とはそういうものなんだって、真実を生きたがるものなんだっていうのが、
なんか私もそれはすごい、
コーチングも結局そういうことをしている、
コーチングっていうかなんかね、人と話すとか、
うん、セッションってみんなそうなんだろうなーって思ったのを思い出したっていうのと、
いろさんのオウムみたいに外側にガーッと向かっていくっていうのは、
やっぱりなんか外側に何かがあるって思っちゃうんだよね、人間ってって、
もちろん自分もそうなんだけど、
何かを得ようとするとか、どこかにたどり着こうとするとか、
本当に何者かになろうとするっていうの、
そっちに答えがあるって、
どうしてもそう見えちゃうしそう思っちゃうんだけど、
なんか実はそこには何の答えもなかったみたいな、
なんか静かになっていく、静かにすると、
静かにするっていうのは本当そういう借り立てる声とか、
自分の中のいろんな思考の声みたいなの、
静かになると、自分の本当の声とか、
本当の自分っていうのがだんだん見えてくるなーって、
コーチングとかやっててもそう思う、実感するっていうのと、
あとね、もう一個思ってたのは、
奈良さんの話で、
何もしていないっていうか、
奈良さんがね、何もしていないっていうか、
何ていうのかな、何かをね、それこそ達成するとか、
何かになる、何者かになるみたいなことは、
何もしていない中で満たされているって、
本当に人間はそれが可能なんだと思うんだけど、
何かにね、例えばこう、
野球選手になりたいって思うとするじゃない、
夢は野球選手ですみたいな、
でも本当は野球選手になるっていうことを望んでるわけじゃなくて、
野球選手というものになったときに、
例えばこう、どこかのスタジアムで歓声を浴びているとか、
活躍してみんながわーすごいってなっているっていうことを、
例えばそれがあったときの体の感覚、
それを体験したいっていうのが本当には願っていることなんだよね。
そのための手段として野球選手っていうのを置いてるだけで、
だから奈良さんがやってるのは本当にその、
それをやっているときの自分とか、
本当に自分が命として望んでいることをやっているっていうとだけ、
それをこう、自分に与えてるっていうか、
それをやってるんだろうなーって思って、
なんかどうしても自分も含めて、
それを得るためにはこうならなきゃ、それがないみたいになっちゃうけど、
なんかね、ウォッチングやっててもそうだけど、
それ今この瞬間になれるよって、
すごい不安だ不安だって言ってるときに、
じゃあ何があれば安心なの?って聞いてみて、
こうこうこうで、こういう状態にみんながなっていて、
私が受け入れられていて、みたいな。
それ想像してみてって、
どんな感じ?って言うと、すごいなんか体が緩みます。
それ自分で作ってるよね?みたいな。
世界は何も変わってないけど、今あなたがそれを想像することであなたはそうなれてるよね?って、
本当に自分でそれは、
生きたい世界って、
自分の中にあるし、自分で作れるんだなーっていうのはすごく思うけど、
難しさもあることも分かりながら、でも本質はそうなんだよなって、
思うなーって思いました。そんなことを思い出してました。
奈良裕之さんの思想
いいね。ありがとう。
なんか、聞いて思ったのは、
人ってこう、人間ってこう、分かりやすいものに騙されやすい特性がある。
うん。
なーって思ってて、なんかこう、
分かりやすく見えるとか、
シンプルに結びつけるっていうか、これってことはこういうことが得られるみたいな、
こうなればこういうことが得られるみたいな、そして目の前で見える、
みたいなものに、やっぱすごく惑わされやすいんだなーと思ってて、
確かに奈良さんを見てると、何かこう、何者かがよく分からないっていう、
っていう意味では、現代の目線で、現代スコープで言うと、
こう、クエスチョンな人なんだけど、
その人の、まあなんていうのかな、静かな目線で見ると、
その人の目線で見ると、ただただ、
やりたいことがやれて、体験できて、
うん。
なんかね、あの、もう生まれ変わることないんじゃないかなーって言ってて、
なんか一通りもうやりたいことやった気がするから、みたいなことを、
おっしゃってて、
なんかその、清々しさというか、
奈良裕之さんの考え
いやー、それはちょっとまだ言えないですねっていう感じの気持ちに僕はなったし、
もうね、その体験を自分にさせてあげてるし、
まあ惑わされてないんだ、人なんだなーって、
だから気になってるのかっていうのはすごく感じて、
セネカだったかな、なんか、
あの、人生はその、どういう言葉だったか忘れたけど、
なんか惑わされてきたら時間足りないけど、
大切なとこに留まれば十分に長いっていう話をしてたけど、
なんとなく捉えきれない感じで、ずっと置いてあった言葉なんだけど、
ちょっと身近に、確かに、
あの、あんま忙しくなさそうなんだよね、
えっとね、動き回ってるから、そういう意味では忙しそうに見えるんだけど、
なんか、その場所その場所に、なんか一つの場所に行くのに何日間かかけていったり、
その場所になんか一日中こうじっとしていたりみたいな、
あの、人とゆっくり話したり、なんか時間とか気にせず話したりみたいな、
ちなみに携帯持ってないらしいんだけど、
なんかそういうせせこましさが全くないんだよね、
だから豊かにその場の時間を使っているっていう意味で言うと、
実は忙しそうに見えて全然忙しくない人なんじゃないかなと思ってて、
なんかそういう言い方をすれば十分に時間は長いっていう、一生は長い、
やりたい体験をまっすぐやっていけば、
一通り体験できたなっていう満足感に満ちられるんじゃないかなっていう気がしてるし、
自分たちが目指してるのってやっぱそこなんじゃないかなっていう、
改めてちょっと感じましたっていう感じかな。
本当の自分を探求する
自分たちっていうのは?
僕もそうだけど、人がみんな目指してるのってやっぱその真実に戻りたいって、
さっきの話はすごい極端な事例だけど、
それでも最後にそれやるんだみたいな、
その人は多分もう病気でもしんどかっただろうし、
でもやっぱり自分の気持ちの矢印があるとすれば、
本当の自分っていうところに戻りたいっていうのがずっと積もり積もってたんじゃないかなと思ってて、
死ぬ前のしんどい状態でも痛いとかしんどいとか状態だったとしても、
それは忘れられなかったんだろうし、
もうどうでもいいやみたいにならなかったんだろうし、
それを死ぬ前にやってから死にたかったっていう。
自分じゃない自分として死ぬって想像してみても、
それはなんかすごく嫌だな。
嫌だね。それは嫌だね。すごい分かりやすいね、そう言われると。
不思議だよね。
自分として死にたいっていうのは、
不思議だね。
本当に漠然と思うね。
ね。それだけは嫌だなってすごい思った今。
だから本当の自分って誰なのっていうのは、
本当あの悟りの問いですけど、
だから本当にそれは自分が一人一人の命が突き詰めていくべきものだろうね。
私は誰なのかって。
うん、本当だよね。
それができたら結構、それをやるためにいるみたいな感じかもしれない。
うん、そうなんだと思う。
合わせてる場合じゃないよね、周りにね。
私、何かいつ死ぬか分からないにも関わらず、
今のえ?って、それは嫌だなっていう感じと隣り合わせなのに、
そこは何かすごい楽観的だなっていうのは感じたから。
本当の私は誰なのかが分からないまま突っ走ってたら、
無駄な時間になっちゃうね。
分かりきらないとは思うんだけどさ、自分は誰なのかなんて。
でもそれを深めることはめちゃめちゃ大事だよね。
なんか根源的にもってやっぱり生まれてるものっていうか、
なんかプログラムされてるというか、
みんな共通してそこは人間は持ってそうだよね。
そういうご支援をしてるのかってちょっと、なるほどなっていう。
自分自身もそうだけど、何者かを見つける。
ご支援をしてんだなっていうのは。
そうかね。そんな感じなんだと思う。
何を喋ってても、本当のあなたの命の形って何なんだろうねって。
終わんないね。
そろそろ終わらせないといけないね。
そうだね、これ。
でも、ちょっとキリがないから、でもすごい思ったより、
なんか深い部分になんかあるなと思ってたけど、
深い話になってきたけど、この辺で一旦終わりますか。
聞いてくれてありがとう。
ありがとうございます。
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