前回に引き続き、藁珈琲洞・生田茂之さん・つかささんご夫妻にお話を伺います。
今回は、お二人の「好きなこと」についてから伺っていきます。
藁珈琲洞instagram:https://www.instagram.com/wara.ikuta/
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https://stand.fm/channels/6513739a0bc9d6e1d690bae1
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サマリー
藁珈琲洞の生田茂之さんと塚田さんは、好きなことについて語り、特にクリエイティブな表現やそれに伴う喜びを強調しています。また、コーヒーのブレンドへのこだわりや、落語の一人芸としての魅力についても触れ、感覚を大切にした自己表現の重要性を説いています。生田さんと塚田さんは、感情の幅を感じ取りたいという思いを共有し、正直な自分を探求し続けています。その過程で多くの課題に向き合い、他者との対話や体験を通じて自らを再発見することの重要性について語っています。
00:04
ゆいなわさんの聞く人ラジオ
みなさんこんにちは、ゆいなわさんの聞く人ラジオのお時間です。
茂之さんの好きなこと
前回に引き続き、藁珈琲洞・生田茂之さん・つかささんご夫妻にお話を伺います。
今回は、お二人の好きなことについてから伺っていきます。
好きなことを、茂之さん何ですかって言ったら何でしょう?
僕はね、ちょっとね、あの、ちょっとなんか言葉にちょっと恥ずかしいんですけど、
僕は彼女がニコニコしてる姿を見てるのが大好きなんですよ。
それを言ったら、ゆいなわさんもそうですけど、
誰かが楽しそうにしてるっていう顔とか、そのとこに言わせたりとか、
しかも自分が笑わせたとかね、そういうシチュエーションにいることが大好物なんですよ。
なるほど、わかります。それわかります。
だから、そういうのが好きなことだし、あとでもやっぱり物を作るっていうことが大好きなんで、
それが、例えば映画を作るでもいいんですけど、
でもやっぱり一人で作られてないけれども、その結果こういう表現になりましたとか、
だからそういった物の鑑賞とかは大好きですね。
そういうことですね。
じゃあ今までもいろんな物を、形は違いでも作ってきて、
そう、クリエイティブ、自分もそうですけど、それを鑑賞するのも、味わうのも好きっていう。
もともとお芝居をやってたじゃないですか。お芝居はどこからやってたんですか?
僕は18歳の時にデビューしたんですよ。
そうなんですね。
後半、入学時に一応事務所に入って従業員ですけども、
でも一応キャリアとしては18から始まったんですね。
そこからお芝居の世界をやってきて、
あの世界もいろいろあるじゃないですか。
いろいろありますよね。
ありますよね。
そこでいろんな出られたりとか体験を経験をして、
あれも作るというか作ることですよね。
そこからまた次の世界。
でも基本は作るみたいなことが根本に流れてて、
あと人が喜んでくれるみたいな。
僕も結構そこの近しいところがあって、
作ることが好きですし、人が喜ぶことが好きなんですけど、
なんか疑問ですけど、なんでいいんでしょうね、それが。
でもなんかやっぱり、
そうやって認められる。
自分がここにいていいよっていう反抗を育てたりとか、
もっと言ったら、
僕なんで芝居をやったかというと、
両親に連れて行かれた映画館で見る映画が、
初めて見る映画が里見八犬伝だったんですよ。
柳島るひろこと、
さなだひろですよね。
あれ見たときにすごいもの見ちゃったと思って、
当時何回ずっといても良かったから、2回見たんですよ。
一番最初はリッドバンナーの席に行って、
あまりに感動したからもう1回見たいって言って、
最前列でこうやって。
すごいなと思って。
さなだひろ行きになろうと思ったんですよ。
なるほど。
さなだひろ行き俳優だとか知らなかったから、
さなだひろ行きになろうみたいな。
さなだひろ行きになりきって生きてたんですよ。
そういうことですね。
落語と仲間の存在
後にそれが俳優ってなっちゃうじゃないですか。
俳優と職員になれば良いんだと思ったっていうのが、
きっかけなんですけども、
さなだひろ行きの周りとかすると、
うちの母ちゃんがめっちゃ喜んでくれたんですよ。
そうなんだ。
すごい喜んでくれて。
親戚の人とかもすごい面白がってくれて、
これ良いなと思って。
それがちょっと味しめちゃったというか。
そういうことですね。
そこに自分の喜びを。
そこに行こうっていう感じ。
だからそこで認められちゃった感があったんで。
そっか。
でもそれをずっとやられてきて、
ちょっとチラッと聞いたのは、
落語やるんでしょ?
落語も好きなんですよ。
お芝居やってる時ってやっぱりアンサンブルじゃないですか。
自分一人で見ないじゃないですか。
で、僕どっちかというと現場行くと、
舞台を作る大時さんとか小時さんとか石尾さんとか、
そっちばっか見てるように気づいちゃったんですよ。
なんかすごい面白そうみたいな。
お芝居はもちろん楽しいし、大好きだけども、
なんかこれを作って、
その世界観を作ってくれる人ってすごいかっこいいなと思って。
もしかしたらそっちなのかな?みたいなのもあったし。
でもなんか、
友達にミュージシャンがいて、
ミュージシャンがいいところは、
バンドとかもやってるけど、
セッションとかでいきなりセリフまでできちゃったりとか、
お芝居ってなかなかないじゃないですか。
だからそこがなんかいいなと思ったんですよ。
なんかこう、軽さがないなみたいな。
伝統的にわかんないですよ。
たった10年しかいかないからそんなに語れないけど、
お芝居の軽さみたいなのってないもんかと思った時に、
落語をこうやって一人でやるじゃないですか。
何これって。
いいなと思っちゃったんですよ。
オーディション行ってやると、
審査員の人が結構な確率で売れない落語家さんみたいだね、
みたいなこと言われるんですよ。
その時、僕落語を見たことがあるから、
寄せを見に行くんですよ。
めっちゃ落語家みたいな。
でも俺は売れないって言ってたけど、
こういうことかみたいな。
でも同じお話を違う落語家さんがやってて、
語も違うんですよ。
面白いなって。
これって一人芸でしょ。
でも一人芝居なんじゃないですか。
一人芝居は別に興味なかったんですよね。
でも落語っていいなって思った時に、
センスと音をダブルトーンで一人でできて、
面白い。
やろうとは思わなかったけども、
好きずっと聴いてて。
でも娘が産まれて、
5歳の時に、
ちょっとそれを披露するシチュエーションがあったんですよ。
自分で作ったんですけどね。
7,5,3って言うじゃないですか。
3歳、5歳、7歳。
この節目の節目には、
スペシャルな誕生日会をしようっていうのを2人で決めてたんですよ。
3歳の時はパーティーやってた。
5歳の時に、
何か工場をして、
5年分の歴史を語って、
娘が好きなケーキを彼女が作ってくれて、
それをケーキに入刀しようって。
その毎工場を落語にしてみようと思って。
それを披露した時に、
マフィアわらわらって名前つけて。
友達に立派な書道家がいるから作ってもらって。
後で見せますけど。
作ってくれたんですよ。
それでやって、味しめちゃって。
面白くなっちゃって。
みんなも面白いと言ってくれたから。
それからずっとコツコツやってるっていうのが今現在です。
ってことは演目を覚えていきながら。
それプラス、新作なんですけどね。
自分で作るようになって。
それとも5本くらいしかできるものがないんですよ。
でもやれるというか、
座ってパッて始められる状態ではある。
すごいな、それ。
落語っていくつかあるじゃないですか。
あれってお話があって、昔からながらのものがあって。
あれを体に入れていくわけじゃないですか。
もちろん覚えて、自分で練習して。
いろいろふし回しなり、オリジナルにしていって。
やってる時って何考えてるんですか?
口に出して自分聞いてると、
やっぱりその世界観が見えてくるじゃないですか。
例えば、ハッサンさんとかクマさんとか。
クマさんを見ながら、
それを実況中継してるっていう状況ですよね。
だから、そのところに触れないけど、
やっぱり目の前に出てくるんですよね。
その人たちがいるっていう世界観に自分がいるっていう。
入ってる感じ。
その中で喋っていって、やってる感じ。
覚えてる。
もうだいぶそこまで来ると、
セリフとかも全部入ってるじゃないですか。
気づくと勝手に喋ってる状態が来ますよね。
その時にお客さんの状態を見て、
ちょっとウケてるなとかっていうのを判断しながら、
いくつかのメタ視点みたいなものをやりながらってなるんですよね。
あれ面白いですよね。
面白いですよね。
本当にライブだから、そこで笑ってないなとか、
面白いと笑ってるなとかが毎回違うし、
それによって自分がいろいろ左右されちゃうじゃないですか。
それがやっぱりライブっていうものづくりの中で、
ライブっていうのは俺好きなんだなと思って。
決まったものを綺麗に作るってことはできないんですよ。
でもそういうときに一回きりで、
後にも先にもないこの滝を作るっていう。
そういう感じでコーヒーも作ってて、
この日のためのこの日だけのブレンドつって、
今日の一番を出しましてブレンドを僕こだわってるんですよ。
今のコーヒーの主流ってシングルオリジンつって、
決まった農園から仕入れてきたのを、
この豆の個性をあいつって混ぜないで、
それをシングルで混ぜるっていうのが一応主流なんですよ。
でもそれじゃなくて僕は、
いろんな国のコーヒー豆を混ぜて、
1冊1額3人も4人もなるようなブレンドを作るっていうのを
テーマにしてるのはやっぱりライブなんですよ。
そういうことですね。
それは日によっても変わるし、
季節というか、出見とかいろいろ要素があって、
結構こっちから見つけてライブでやるってことですよね。
今日の1番っていうのを作ろうって言うと、
やっぱりもう永遠にできちゃう。
そういうことですね。
はー、それはCXさんがやられてること、
それ自体もやられてることと繋がってる感じですよね。
そうなんですよね。
やっぱりやってることあんま変わってなくて、
それがラピュタであるとかコーヒーであるとか、
結果は同じこと。
そうですよね。
それがライブを楽しんでるっていう。
っていうことですよね。
現れてくる表現が違うっていうだけですよね。
なるほどな、面白い。
そこが、何でしょうね、
例えばお店自体も現れというか、
目に見える形になるっていうことになって、
それもめっちゃ面白いですね。
何だろうそこを。
お話聞いてて柴田さんはもうそうだなって思います?
そうだなって思いますよ。
思います?
やっぱりそれを楽しんでくれる彼女がそばにいるじゃないですか。
ここが僕の1番の落とし所で、
僕は楽しいけど、
僕だけじゃなくて彼女も楽しんでないとちょっと嫌だなみたいな。
そこがちょっと間に溝があったら、
ちょっといけないじゃないですか、さらに。
そこを一緒に面白がれるみたいな感覚があるから、
よりそこは相乗効果でなんかなるみたいな。
そうだって欲しいなって思うし、
結局自己満足なことしかやってないんだけども、
たぶんアマゾンショックで自己満足なんだけども、
誰かを楽しんでもらいたいとかあって、
まずは彼女っていって、
彼女が喜んでくれるっていうこともスッと。
めっちゃいい、それ。素晴らしい。
そうなんですね。
それを見てて、好きなことやってるなっていう感じが面白いというか。
面白いし、あとお前もっとできるんだろっていうところはやっぱりちょっと言いますね。
お前もっとできるんだろって。
すごいダメだし、お前ら。
ダメだし。
本当に楽しんだったらもっと楽しめるはずだぞっていう。
そうか。
それ言われて、あってなったりするんですか?
なるほどねって思うし、でもやっぱり甘えてて、
面倒くさいんだよなっていうところが大事ですよ。
そっかそっかそっか。
つかささんの感覚
で、そこ痛いとこ疲れて。
だからそれやったら最初にもっとなるよねっていう。
でもそれはお互い様で。
そういうことですね。役回るってことね。
だからいい、そこの関係バランスが相性がいい。
奥様の司さんがニコニコしているのが好き、という主役さん。
誰かが楽しそうにしているのが大好物で、
お芝居や落語、そしてコーヒーも日々違うと感じられており、
それが今日の一番のコーヒーを作るという言葉に
集約されているように感じられました。
じゃあ司さんは好きなこと何ですかって言ったら何?
私は自分の中から持っている感覚の新しい感覚を感じることが楽しいので、
例えばすごいわかりやすく言ったら、
すごい美味しいとか、
すごい初めての組み合わせ美味しいとか、
あとなんかこれすごい楽しいとか、
その感覚を持っている。
多分一人それぞれ、
嬉しいとか楽しいとか悲しいとか、
もっと細かくあるんですね、感覚。
それ全部感じたい。
全部感じたい。
感情の探求
多分ものすごい嬉しいな嬉しいな、
100個ぐらいあるでしょ。
また組み合わせがなんかあるから、
全然新しい。
それを感じられる瞬間に立ち会ったり、
体験をするということが喜びです。
今でもまだ体験しきれていない何かがいっぱいある。
全然めちゃくちゃあるから。
これとこれの間にもあるし、
その間にもあるし、
それが日々生きている中で時に顔を出すじゃないですか。
そうなんですよ。
それは何か全然わかんないし。
意図的にというか、やってもなかなかそこにはいけないし、
不意に訪れるんですか。
そうそう。
計画もできないし。
だけどただひたすら本当に自分の魂に正直に、
生きていない限りそれは絶対に出会えないから、
そこだけは忠実に、
それに出会いたいからやるっていう。
魂に忠実にみたいなことを心がけているというか、
なんか言ったらあんま変なこと考えないというか、
素直でいるみたいな。
とにかく素直にいるしかなくて、
だからこれがひとたび格好つけちゃったりしたら、
ぐちゃぐちゃになっちゃうし、
嘘ついちゃったり、やりたくないことをやったりしたら、
体にすぐそんな音が出ちゃうから、
体調が悪くなっちゃったりとか、
そういう魂形状記憶みたいなのが、
ものすごいので、
だからもう嘘つくなよっていうのを、
どっかから言われる感じというか。
でもそれもできちゃうんですよ。
嘘つけるんです。
嘘つけて。
それも自覚がある。
あるんですよ。
それで都会でひたすらやって、
嘘つきまくって生きて、
自分も完全に失って田舎に帰ってくるみたいなこともやったので、
そうなのでやっぱり嘘つけなくて、
いろんな世の中ではないところの、
自分が持っている声が聞こえてたはずなんだけど、
それ聞いてたら働けないし、
社会で生きてはいけないから聞かないふりしてたし、
聞こえないふりしてて、
体バラバラになっちゃったんだけど、
できないなと思って、
今はもうそこにとにかく正直に声が聞くということだけをやると、
やっぱり合ってるし面白いし、
どんどんどんどんこれまだ知らなかった、
これまだ知らなかったっていう感覚が。
そうですよね。
でもやっぱりそれは本当に正直にいなきゃいけないなっていう感じで、
そんな感じですね。
正直な自分と向き合う
そうか。
じゃあ都会にいられてて、
その時はどうもそうではなかったような感覚があって、
そうです。
こっちに戻ってこられて、
そこから自分と素直に向き合うというか、
そういうことをされていく中で、
今のお話みたいな感じを自分が獲得していくというか、
そうです。
それからは今はその形でやっていって。
そうです。
本当にそう。
本当に。
だからできない人はできないでいるんですよ。
社会不適合みたいな感じになっちゃって、
友達とかもいっぱいいますけど、
すごい才能あるのに社会に出ると本当に使えないやつみたいな感じになっちゃう人たちがいる中、
やっぱり私は社会に合わせようと思ったら何とかできるし、
親の言うこととかも聞けるしみたいな。
でもそれがやっぱり自分にすごくストレスだったんですよね。
でもそれをストレスって思った瞬間にやっていけなくなるという怖さで、
それを聞こえないふりしてたし、見ないふりしてたしという感じ。
でもやっぱりその行く果ては体を壊してしまい、
もう全然自分としても機能しないという感じになってという感じだから、
それがやればできちゃうので、それはやめたというかという感じですね。
今はすごくいい形を作れているというか。
それでもやっぱりこの年になるまでに積み重ねてきた嘘がいっぱいあるので、
自分の中にそれを今一個ずつ排除している作業なので、
まだ過程はあるから。
それはもう自覚と自分で分かるわけですよね。
分かりますね。
あって積み上がっているものが。
そう。だからそうすると一個プレを取ると、ここがまた出てきたみたいな感じで。
ああ、そうか。
だからそんな感じで、やっぱりいかに嘘を重ねてきた自分がいたかという感じがありますね。
他者との対話
それ結構向き合うのちょっとしんどいんですよね。
しんどいですよ。
もう本当に20代の時からやり始めましたけど、
とにかくその時に人に言えない思いはノートに書くんですけど、
電子の音すぎて誰にも見せないのが真っ黒な自分の心の内を書いたから。
燃やしましたけどもそれは。
そんな感じで。
とにかくもう暗いし、
なんかもう本当にこいつなんで生きてるんだ。
ぐらいの感じの自分でやってるっていう感じなので。
そうか。
今はさっき料理のお話しされてましたけど、
逆に今度相手の方と向き合ってお話を聞いていったり、
料理も通してになると、
またそれはそれで違う感情っていうのが、
僕聞く人やってくと、
だんだん本当にいろんな方にやって、いろんな方のお話聞くので、
だんだん自分がなくなっていく感じがあるんですよ。
自分のこうだった、こうじゃなきゃいけないみたいな思いっていうのが、
大したことねえなみたいな思うというか、
やっぱり皆さんそれぞれの思いがあるし、
なんか正論というか正義があるし、
それは千差万別なんで、
なんかその数だけあるなっていう気がすると、
なんか自分の考えとかっていうのは、
いっかみたいな感覚を得るので、
なんかそういった、
僕もやっぱり昔悩んでるときとかがあって、
もう言ったらデスノートみたいなこともあったと思うんですけど、
やっぱりそういうものがもうだいぶなくなって、
いろんな方と対話することで、
それらが解消されて、解決されていく感じがあるので、
だから続けられるんですけど、
そういうのはあるのかもしれないですよね。
そうですね、本当にそうです。
だから、なんか例えばその人が何か悩みを持ってきたときに、
いや、なんかこの人しょうもない悩みを抱えてっていうよりも、
私の中にもあるからやっぱり何か引っかかったり、
この人がこの問題を今ここに持ってきてくれてるっていうので、
だからやっぱりこう一緒に見ていくっていうか、
こうした方がいいんだよっていうよりも、
やっぱり自分の中にそれあるから、
今こうしてこの人が持ってきてくれて、
そこでやっぱりそうだったな、
自分もそこにまだ向き合ってなかったなとか、
そういうのとかあるから、
だから本当に、
もうなんていうんだろう、
自分の中で直したいところは必ず目の前にあるから、
そこを見ていけば分かりやすいですよ。
そうか。
だからさっき感情の間と間が、
またそういうところにもあるっていうか、
そうなんですよ。
ご相手の方でやる中で。
そうなんですよ。
あー、なるほど。
だからなんか、
嬉しいとか悲しいとか楽しいって言葉にしちゃうとすごくシンプルなんですけど、
その中にもっとなんか、
嬉しいA'とかめちゃめちゃあるはずなのに、
そうですね。
なんかもうこの忙しい世の中、
そんなとこ見てたら、
そうですね。
その感情の機微に気づけないままに、
もう次の電車乗らなきゃって感じになっちゃうんですね。
そうなんですよ。
なるほど。
それを全部見たいんですよね。
そういうことですね。
そうそう。
あー、そうか。
なかなかその話は結構、
響く人にはめっちゃ響くかもしれないですね。
そうですよね。
やっぱり最近本当、
感情が動かないみたいな感じが。
私もそれも経験したんですよ。
だからやっぱり、
本当になんも思わない、
感情みたいな感じで。
そう、そういう感じって、
まずいと思ってる頭はあるんですけど、
感覚として何もできないみたいな状態にまで来ると、
ちょっとやばい。
そう。
やばいって思うけど、
それにも動けない状態まで行くと、
本当にまずいみたいな。
そうなんですよ、本当。
あー。
本当にそれで。
そこに、
そこはどうにか自分自身するというか、
人との対話でなんとかなるかもしれないけど、
確かにそこを自覚して、
どうにかしていかないといけないですね。
そうなんですよね。
あー、ちょっと思いかけてすごい話してる。
ははは。
しているなあ。
すごい。
嬉しいとか悲しいとか楽しいの間には、
もっといろんな感情があり、
その感情を全部見たいという塚田さん。
しげゆきさんとともに、
今ある課題に向き合い、
ともに面白がり、
その結果、
今のわらコーヒー堂がある。
そんな素敵な場所を営む
生田司さんに今回はお話を伺いました。
しげゆきさん、塚田さん、ありがとうございました。
皆さん、ぜひわらコーヒー堂に足を運んでみてくださいね。
それではまた次回、
有田さんのキクヒトラジオでお会いしましょう。
21:17
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