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v204-1 経営コンサルタント・後藤正樹さんに聞く「教育への思い」
2026-06-15 41:30

v204-1 経営コンサルタント・後藤正樹さんに聞く「教育への思い」

今回は、経営コンサルタント・後藤正樹さんにお話を伺いました。
新卒から一貫してコンサルの道を歩み、二十八歳で独立をされた後藤さん。
まずはその歩みとお仕事についてから、伺いました。
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サマリー

今回の放送では、経営コンサルタントの後藤正樹さんが、自身のキャリアパス、独立の経緯、そして教育への深い思いについて語りました。新卒から一貫してコンサルティング業界を歩み、28歳で独立した後藤さんは、IT系コンサルから戦略系コンサルへと経験を積み、その後フリーランスとして多様な案件を手がけてきました。独立当初は様々な仕事を引き受けるスタイルでしたが、経験を積む中でチームでの価値提供の難しさや、自身の専門性の確立に課題を感じるようになります。40歳を過ぎてコンサルティングファームへの再就職という選択をしたのは、娘の誕生を機に、長期的なキャリアと家族の生活を考慮した結果でした。面接ではその選択理由を問われることも多かったそうですが、ファームに戻ることでより大きな価値を提供できると考えたと言います。 後藤さんのキャリアの根底には、常に「教育」への強い関心があります。大学では西洋史学を専攻し、教育の歴史を研究していましたが、現代にインパクトを与えたいという思いから、研究職ではなくビジネスの世界へ進むことを決意しました。その原体験は中学時代の家庭教師の経験にあり、教えることの楽しさや学びのポジティブなサイクルを実感したことが、教育への情熱の源泉となっています。自身の会社「ドリームリンク」も、夢や目標を繋ぐという意味を込めて名付けられました。現在は、社会人教育の場としてコワーキングスペース「未来研」を運営していますが、コロナ禍を経て、今後はコンサルタントとしてのキャリアをさらに深めつつ、将来的には教育機関の設立も視野に入れているとのことです。現代の教育システムにおける情報過多の問題や、本質的な学びの重要性についても持論を展開し、自身の経験と教育への情熱を軸に、今後の活動の方向性を模索していく姿勢を示しました。

後藤正樹さんのキャリアと独立
ゆいなわさんの聞く人ラジオ
皆さんこんにちは、ゆいなわさんの聞く人ラジオのお時間です。
今回は経営コンサルタント・後藤正樹さんにお話を伺いました。
新卒から一貫してコンサルの道を歩み、28歳で独立をされた後藤さん。
まずはその歩みとお仕事についてから伺いました。
じゃあまず、後藤さんにはお仕事は何ですか?と言ったら、何をされていますか?
仕事は、この間フェイスブックにも改めて書いたんですけど、
僕は新卒の時から基本はずっと経営コンサルの仕事をしていると思っています。
経営コンサルと言ってもすごく幅が広いと思いますし、
実際僕自身も、1社目はIT系のコンサル会社で、
システム導入とかのPMOみたいなのが、多分1社目は比重としては大きかった。
その中でも一応事業戦略とかをやる案件もその中ではやらせてもらったりとか、
その流れとかもありつつ、2社目は結構戦略寄りの会社にいて、
そこは、それこそMAのデューデリーみたいなのもやるし、
企業の10年後ビジョンみたいなのも立てたりするし、
新しい新規事業の評価をして、
じゃあどういう戦略をやっていきましょうかみたいなのもやるし、会社にいました。
そこからは本のところから独立をすることになって、
自分の法人の名前でやって、それが2012年からなんですけど、
2012年からもう14、15年は自分の法人の名前でずっとコンサルをやってきています。
コンサルをやりつつ、でもフリーで独立をしちゃったんで、
仕事を得り好みもせず、とりあえず来た仕事を受けるスタイルで、
業界も問わず、仕事の内容も問わずやっていると、
最初の方はPM的な仕事も多かったんですけど、
途中から30、半分ぐらいになってくると、
普通のコンサルファームさんからの下請けの仕事だと、
そのコンサルファームが自社で受けにくい、ちょっと下手者系みたいな案件が流れてきたり、
ちょっと難しいのが流れてきたりとか、
あとスポット的に呼ばれたりとかもあるし、
なおさら自分の専門ってあんまりない感じになって、
下手者処理班みたいな。
一番下手者だったのは、宗教法人っぽいところの、
持っている事業法人みたいなところの、
新規事業戦略を作りましょうみたいな。
これが下手者ですよね。
その30、半分ぐらいから、
ここの未来研を立ち上げたりとか、
ベンチャーの立ち上げに参画してくれたりとか。
直近2年間は渋谷のベンチャーの取締役、
もともと外部でコンサルタントに入ったんですけど、
取締役兼CFOみたいな人が、
ちょっといらないみたいな感じになって、
代替要員としてそのまま参画するっていうことをしてたりしてました。
今回改めて就職をするんですけど、
就職活動においても、基軸はコンサルタントですよねと。
ずっとコンサルをやってきていますっていう自己紹介をしているし、
その方が周りへの認知的にも分かりやすいんだろうなと思って、
最近はそういう話でまとめている気がします。
一番最近の話からお聞きしたいんですけど、
最近新しくお仕事を始めるっていうのは、
何かきっかけとか思いとかがあったんですか?
もともと独立したのが28位の時とかで、
28位の時からほぼフリーランスみたいな形でやってました。
でも最初の方は結構どっぷり、
アクセンチャーさんからの下請けとか、デロイドさんからの下請けとか、
そういった形でどっぷり仕事をもらっていたので、
外でフリーなんですけど、
コンサルファームの仕事がっつりみたいな感じでした。
でもコンサルファームにいるメンバーよりは若くして、
責任あるというか、
僕の下に部下もつけてもらったりとかしたりしながらやってたので、
すごい良い経験をしたなと思って。
僕自身も20代後半から30前半くらいまでは、
自分でもできないことが多いし、
コンサル担当としても幅がすごく広がった時期だったなと思ってるんですけど、
30、それこそ半ばくらいになると、
コンサルで回ってくる案件が、
そこからの学びみたいなのが減ったなと思ってて、
それこそ経験したことあるような仕事とか、
自分の中にあるものをとりあえず出していけばなんとかなっていく仕事が多いなと思っていて、
なおかつ一人でやっていると、
一人でできることはできますけど、
チーム組成とか、継続的に一つのお客さんとか、
そういった価値提供ができないので、
それはもどかしいなと思ってました。
30の半ばくらいからは、
未来系をやったりとか、取締役に入ったりとかしつつも、
選択肢の一つとしては、
コンサル担当をやるんだったらファームに戻りたいなと思っていました。
いきなり今回就職しますという選択肢を取ったわけではなくて、
考えていた道に戻ると。
娘も1年半前に生まれて、
今後の自分のキャリアとか家族の生活とかを考えたときに、
コンサルファームで働いてキャリアを改めて積み重ねていく方が、
総合的には良い判断かなと思って選んだという感じですね。
選んだのはすっとここだみたいな感じののもあったんですか?
声がかかっていたとか、いろいろご縁だとか。
そんなことはなく、普通に就職活動をして、
自分でアプライをして受けに行って、落ちたとこもあるし。
その中で決まった声があって。
昔のアクセンチャーのメンバーからもリファラルをもらって、
それで受けに行って、アクセンチャーさんも内定いただいてましたし、
僕はEYに行く選択を取るんですけど、
中高の大先輩がEYのいいポジションにいらっしゃって、
その方からリファラルをもらって、
その引きもあって内定いただけたというところもあって。
最終的にリファラルをもらっていたアクセンチャーとEYのどっちかで考えて、
EYの方が自分の中で選択肢が広がりそうだというのがあったのでそっちに決めた。
そういうことですね。
結構ですね、40歳を過ぎて、
しかも独立をしていて、コンサルファームの社員に戻るので、
みんな面接でも、「なんでそんな選択肢をするんですか?」って結構言われます。
わかんないですけど、多分扱いにくそうですよね。
一回独立して、フリーでやってて、自由気ままにやってたんでしょう感もあるでしょうし。
あなたはファームに戻って、制約とかその中でやっていけるんですか?と。
しかも40歳を過ぎて、ポジションもどこから始めるのか?
結果的にアクセンチャーさんもEYさんもどっちもマネージャー職位からのスタートでオファーをもらったんですけど、
多分練習レンジ的にはシニアマネージャーでもいいんじゃないのか?とか。
でもシニアマネージャーにいきなりこいつを入れて、どうなんだ?みたいな。
社内でも調整が必要になってくるしっていうのを考えた時に、
多分難しい案件。
これがすごく実績があって、僕もコンサルファームの代表として、
もっと明確な実績をあげてれば、じゃあそれはヘッドハンティング的に、最初からディレクターで。
っていうのもあるんでしょうけど、
ただただフリーのコンサルタントで毛が生えたくらいの経験をしてきた人材だと、
きっと扱いにくいんだろうなと思います。
そこに対してはお話しできることはお話しして、
これからやっていく中で。
コンサルファームの方がバリュー出せると思うし、
そうやってチームを作っていったりとか、
特定の業界とかでやっていくっていうので、
改めて頑張りたいんです、みたいなところはそのままお話をして。
その選択っていうのは、例えばフリーになり始めた時っていうのは、
当然頭の中にはなかったというか。
別にそんなこともなくて、
フリーになりたくてなったわけでもないんですよ。
そこでなんでフリーになったんですか?
本当は転職する予定だったんです。
28歳の夏は転職する予定で、
一番最初の会社の上司が独立をしたので、
普通のコンサル会社に来てくれというか、
今日何かっていう話を。
彼らもメンバー探してたし、
一社目で彼の部下だったんで、
そこを入れやすい状態。
でも社員じゃなくて、
将来僕は教育関係のことをやりたいから、
いつかは自分の会社を作る予定ではいましたと。
でも、あっていう話を上司も知ってて、
いつかお前も自分の会社を作りたいんだったら、
先に法人を作って、社歴を積んどいた方がいいぞと。
そういう言葉ですね。
コンサルとしての業務委託の売り上げですけど、
売り上げを積み立てていっておくと、
後で自分のやりたいビジネスをやるときに、
お金も借りれるだろうし、いいんじゃないかと言われて。
でも僕は法人を作るお金も、当時別に貯金もなかったし、
あんまり今作るつもりないんですよねって言ったら、
じゃあ俺が最初の創業のやつのお金を貸してやる。
出してやるからじゃないですよ。
貸してやるから、やれと。
彼らとしては僕を業務委託で雇った方が、
社会保険料とか払わなくていいので。
そっかそっか、その辺のがあって。
あって、作れと言われて。
すごいジャイアンみたいな人だったんで、
逆らってもしょうがないなと思って、
じゃあ分かりました、作りますよって言ったんですけど、
入社の2週間くらい前に大喧嘩をして。
大喧嘩して、向こうからイチャモンをつけられて、
じゃあもういいですよ、働きませんって。
そしたら会社の箱だけあって、
お前の会社にも辞めますって言ってて。
30万か40万借りたんですけど、
借りたてか押し付けられたんですけど、
そこ返せみたいな。
いや使ったしないしみたいな。
っていうドタバタから始まって。
そうなったんですね。
当時はいきなり仕事もなくなったので、
でも前に勤めてた会社にも、
全部は話さなかったですけど、
事情も話して、案件も。
その時ちょうど継続で続いてたのもあったんで、
それはちょっと薄く入らせてもらったりとか、
入らせてもらったりしつつ、
あと家庭教師のバイト当時も、
登録サイトに登録して、
家庭教師の仕事をちょっとやり始めたりとか、
学生の時に働いたタリーズコーヒーっていうカフェで、
バイトを始めたりとか、
バイトに戻ったりとか、
同じ店舗で。
とかってするのがありましたね。
最初は結構予想しない感じでスタートして。
なんだこの人生はって。
そうですよね。
そこから徐々に。
いろんなご縁もあって、
コンサル何件もらい始めて、
そこでアクセンチャーさんのアンダーで入ったやつで、
結構うまくいったので、
それで結構信頼もできて、
実績もできて、
そこからはそんなに仕事には困ってない感じがします。
そういうことですね。
じゃあその中で、
今の決断っていうところに、
その流れに至ったっていう。
別にもともとコンサル担当として、
僕は別にコンサル会社を作りたい気持ちとか、
身心もないんですよ。
学校を作りたいっていう思いは結構強いんですけど、
コンサル会社を作りたい気持ちはもともとないんで。
そっかそっか。
たまたまそこが流れというかきっかけがあったってことで。
あって、
なんとなくそれに流されてっていうとあれですけど、
そこから教育関連というところで未来研もやってますけど、
それも自分の法人の名前でやってるし、
それはめんどくさいからとか、
自分の中の言い訳に、
いろいろいろんなことを言い訳にしつつ、
なんだかいろんなことに手を出し、
でもコンサルファームとしてこの会社を続け、
大きくするっていうことも別にせず、
なんとなく十何年やってると、
じゃあお前の会社は何なんだみたいなところに結局ぶち当たり、
何なんすかね?みたいな。
そうか。
現時点、何なんですかね?って答えになっちゃいますか?
あるいはこう言いますみたいなのって。
僕がやりたいことをやる受け皿としての会社なんだなっていう結論なんですけど、
それこそ就職活動としてはすごく思ったんですけど、
真にないなっていうのは、
説明する時に真を説明するのが難しいなっていうのはすごく思いますね。
何かしらこれですっていうのがあればそれはそれで言えるところを、
ちょっとモヤっとしてるというか。
株式会社ドリームリンクって何なんですかって言われた時に。
こうですっていうのがあんまり。
もちろん僕の思いとかはいっぱいあって、
大概的に説明力のある、
通った真が作りきれてない。
後藤くんはなんか面白そうだけどねみたいな。
独立されたのは元上司との大喧嘩がきっかけ。
入社2週間前に破断になり、
法人の箱だけが手元に残るというドタバタからだったということさ。
教育への思いと「未来研」の設立
さらにお話を伺っていきます。
今聞きたいことが2つパッと浮かんでるんですけど、
まずこの未来券、ここでお話聞いてるんですけど、
これを作ったっていうのは、
作りたくて作ったと思うんですけど、
そこの思いというか、いつでしたっけ?
2016年で。
神保町のビルの中にある、3階にある。
コワーキングスペース、イベントスペースみたいなところですけど、
元々は教育に関してはやりたいと。
それで会社も作ってるし。
なんで株式会社ドリームリンクとしては、
教育に関する事業をやりたいというのは元々思っています。
後藤個人としても、
自分が思う教育の場が作りたいというのをずっと思っているし、
それは今も思っていますし、
じゃあ何をやろうかなというのをずっと、
それこそ会社作ってから、作る前後から考えていて、
社会人教育の場を作りたいというふうに思っていて、
ちょっとこの録音の前にちゃんと話しましたけど、
夢・野望を語る動画みたいなのも、
当時ちょっとやっていて、
コンサルやっていても、
サラリーマンの人たちって目標とか夢とかないし、
でも代わりに、
Kコンサルではやっていると、
企業ビジョンとか立てるじゃないですか。
企業ビジョンとそこで働いている個人のビジョンみたいなのが、
結局個人のビジョンがないのに、
企業ビジョンとか立てたところで、
それって押し付けになっちゃう気もするし、
ビジョンビジョンってむちゃくちゃ叫ばれ、
流行りしたりみたいに、
最近はパーパスとか出てきてるし、
叫ばれたりはするんですけど、
じゃあもうちょっと個人レベルで、
君たちはやりたいことはあるんですかって問いに対して、
多分多くの社会人は持っていないと思っている。
うちに秘めたりはしてるのかもしれないですけど、
ちゃんと言語化したりとか、
持ってる人はまだまだ少ないと思いますし。
なので、もうちょっと個人が夢とか目標を持って、
やっていけるような社会に何かできることはないかなと思って、
なので僕の会社の名前もドリームリンクなのは、
夢とか目標みたいなのをつなげていきたいっていうところから
会社名をつけているんですけど、
そういうものを何となく無双していて、
未来研も自分の未来、将来を自分なりに研究をするっていう意味で、
未来研究所っていう名前をつけていますと。
っていう思いでこの場所を作って、
それこそ社会人向けにいろんな教育系のイベント、
学びのイベントとか、
それはちょっと面白いものとかも含めて、
学びの機会を提供しようと思って、
未来研を作ったっていうのがきっかけですかね。
そういうことですね。
実際これ始められてみて、
その思いっていうのはちゃんと続いて、
いろんな方がいらっしゃいながら。
そうだと思ってます。
そこはある程度、その思いは大事にしていますし、
そういうもの、誰かの学びになることだったら、
うちは何でもやりますって言っているので、
そこはブレてはいないかなと思います。
今実際この場所っていうのは、
後藤さんだけがスタッフというか、
そういう方は後藤さんだけ?
基本はそうですね。
コロナの前までは、
結構ちゃんとイベントをいっぱい企画して、
ギリギリちょっと黒字になってきたみたいな、
タイミングもあったんですけど、
コロナがあってリアルイベントみたいなのができなくなったので、
そこでちょっとカジを切り直したというか、
コロナ以降は結構僕自身もコンサルの仕事をメインにしていたので、
一旦ここですごく売り上げを上げていこうみたいなのが、
今はないので。
そっかそっか。
今はとりあえず、
いらっしゃるときといらっしゃらないときは、
後藤さんがあると思うので、
開いてたり開いてなかったり。
あとは思いに共感してくれる人たちを中心に、
会員制みたいな形で扱ってもらったりしています。
そっか。
その方たちがいらっしゃって、
何かしらやったりとかそういう感じの。
もう一個聞きたくなって思ったのは、
教育への関心の原点と現代教育への提言
卒業、学生さんを卒業して経営コンサルになるっていうのも、
これはもうなろうって、
なりたいって言ってなったのか。
なりたいと思ってなりました。
もともとは大学で研究職に就こうと思って、
大学には入ったんですね。
何の研究をしてたんですか?
僕は歴史学科だったので、
ヨーロッパの西洋史学の研究室にいたんですけど、
でもそれも教育の歴史をやってたんですね。
もともと教育っていうのは僕の中では一つテーマで、
ちっちゃい頃から親の影響も受けつつ、
大学の先生っていうのは良い職業なんじゃないかと思って、
生きてきてましたと。
実際その歴史の研究室に入って、
教授とかと話してると、
これは一生の仕事にするのは僕は向いてないなと思うタイミングが、
大学3年生くらいの時にあって。
なぜかっていうと、
歴史の先生、歴史を研究者っていうのは、
僕の随身の先生の捉え方としては、
過去の歴史の事実、
それこそこういう文献が見つかったとか、
こういった社会情勢だったとか、
その出てきた事実を、
昔のことなので点と点ですと。
点と点の間を紡ぐ物語を作っていくのが仕事なんだ、
という表現をされていて。
それは確かにすごくその通りだなと思うし、
それこそキングダムみたいな漫画とかあるじゃないですか。
でもああいうのも本当、
四季にこういう一文があったっていう、
この一文と、次のページに書かれているこの一文で、
この点と点を繋ぐストーリーを、
あの漫画家さんは多分描かれている。
それを絵とストーリーに起こして、
あんだけ面白いものを作っている。
あれは歴史家の仕事だろうなっていうふうに僕は思うんですね。
でも僕は、なぜ歴史を学ぶのかっていうと、
今の現代にインパクトを出したいから、
歴史を勉強したり研究していくものだと思っていて、
同じことは繰り返さないとか、
過去の失敗とか成功をもとに、
今どうするかっていう、
今の教育を変えていったりだとか、
より良いものにしていくことをやりたいから、
これは僕は歴史家がやりたいことではないんだな、
というふうに当初思ったんですよ。
そっかそっか。
過去の点をつなぐのも楽しいんですけど、
趣味でいいよねって当時思って、
就職活動を始める時に、
いずれ自分で教育機関を作るために、
何が必要かなと思って、
すごく優秀な人たちと仕事をして、
自分の中で会社の経営とか、
ビジネスをすることのノウハウを
つかめなきゃいけないなと思って。
当時流行ったのが、
投資銀行系とコンサルタントだったっていうのもあって、
そこに優秀そうな人は集まる傾向になりましたし、
その後独立を考えたり、
人たちがそこに結構いたので、
この業界を思ったのが昔の話ですね。
そういうきっかけだったんですね。
金融機関に投資銀行系の人だと、
お金を稼ぐニュアンスがすごく強い人が多くて、
そっちはちょっと僕は合わないなと思ったので、
コンサルの方を志向した。
大学で学びの中でそういうことがなければ、
大学の先生になっていたかもしれないけれども、
歴史に対しての捉え方というので、
お父さん自身の思いとということですよね。
今話を聞いている中で、
教育という言葉がお父さんの中で非常に大きなものを
締めている感じがするんですけど、
それはどういうきっかけとか思いとか、
なぜかというのは?
たぶん原点は、中学1年生の時に、
隣の家の1個下の男の子の受験勉強を手伝うというか、
家庭教師の真似事を当時やって始めていて、
合格もしたんですけど、
僕が中2の時に彼は中1で、
受験勉強と入学後の秋ぐらいから、
家庭教師業をずっとやらせてもらっていたんです。
実際お金も当時の中学生とかだと、
毎週日曜日の午前中とかにその家に行って、
2時間ぐらい勉強を一緒にするという。
当時でも時給1500円とかもらっていたので、
お小遣いにその時ぐらいから困ったことがない。
うちはすごく新学校だったので、ものすごい進度が早くて、
中2の夏ぐらいまででほぼ中学校の勉強を終わらせていたので、
中2の秋ぐらいから中1の数学を見るって、
すごく簡単なんですよ。
簡単だけど自分の復習にもなっていくし、
勉強の良いサイクルみたいなのが僕の中であって、
教える楽しさとかもそこで知ったし、
学んでいくことみたいなのが僕の中ですごくポジティブに、
そこで形成されているんだなと思います。
自分の中で自ら学ぶのとそうだし、
教えることによる学びみたいなものも。
結構早い。人生の中では早い段階で。
早いと思います。それに気づくっていうのは。
経験させてもらったのは結構大きいなと思います。
そこで教育への思いというのが早い段階から形成されて、
それが自分の中でこれから生きていく上で、
何か軸みたいなところに置くというか。
自分の中で知的好奇心みたいなのはずっと持っている方だと思うので、
そういうのも掛け算的にあってという感じですかね。
そうなるとこれから先っていうのは、
もちろん一貫して教育みたいなことが軸に据えながら、
これから就職していくという時も、やっぱりそれはちゃんと思いを持ちながら。
そうですね。それは多分失うことはないですし。
ここの未来圏自体は、これから就職する会社は副業が一応禁止されているので、
ここの運営の、僕の法人の名義自体は妻に変えようと思ってるんですけど、
別にここの場所で何かをやること。
僕はオーナーではもちろんなくなるんですけど、
別にここの場所を使って何か働きかけをしていくこと自体を止めるつもりはないですし。
そういうことですね。
教育機関みたいなお話もされてましたけど、
先ではそういうのを作っていくみたいなことを。
はいつかやれたらいいなとはずっと思ってます。
そういうことですね。
何かどんなイメージとかってあるんですか。
まだ今のところイメージはなくて、
コロナの時にそれこそ、
インターネットで完結する学校みたいなのって作れないかなと思って、
1年ぐらいトライしたんですよ。
すごく難しくて。
そこまでに培ったいろんな仲間たちにも声をかけて、
すごい頑張ったんですけど、なかなか厳しくて。
そうですね。
教育っていう中で何か新しい教育機関みたいなのを作るって、
すごく大変だなと。
その場の思いつきと勢いで何かできるものじゃないなって、
あの時に思ったし。
やっぱりみんなの中で、
学校っていうもののイメージもすごく、
2層決めあるなと思って、
学校ってちゃんと、
物理的でいいか物理的でないにしろ机を並べて、
その中でそこと先生みたいなのがいて、
向き合う中で何か学んでいくみたいな、
そういうイメージをみんな持っているっていう側面と、
学びっていうものって、
それぞれの捉え方が違うので、
形式的には学校の先生と生徒みたいな、
こういう形式みたいなところに捉われている人の多さと、
でもその中でも、学びってこうだよねっていう、
すごく広い感覚。
これを形式と学びっていう捉え方の広さっていうのを、
どういうふうに集約して、
教育サービスみたいな形で世の中に発信していくのか、
みたいなところの、
練度がすごく試されるなと思って。
練度が試される、そうかそうか。
という気がしていて、
当時はそこを練り切れなかったので、
途中で空中分解気味になってしまったなと思う。
そういったものを、
しかも時代の変化によってもすごく変わっていくのがあるので、
それを、
僕の中ではずっとその思いはこれから持ち続けていくので、
それをどのタイミングで、
これはいけそうかもって思うタイミングを、
今後の人生の中では模索していくんだと思います。
ターゲットがどことかというのはまだそんなに、
例えば中学生とか高校生とか社会人とかでは?
それも今のところ決めてないですね。
誰かが学びにより深くやれていくような場というか、
そういうものを。
一番は、
一番の根幹は、
一応日本だったりとか、
日本に限定はしきらないんですけど、
社会のいろんな人たちが、
もうちょっと、
効率よくって言うとちょっと語弊があるんですけど、
学びって楽しいものだと僕は思うし、
人生を豊かにするために、
もっと必要なことって、
もっとちゃんと伝達されていく方が、
人類としていいと思っていて。
人類って言うと広すぎるんで、
一旦日本の中でそういったものが、
もうちょっとベースができてるといいよねとかって思いますし、
そういったところに対して、
どのタイミングが一番効果的なのかも含めてが、
多分出てくると思っていて。
なので、結論は出てないんで、
それをいろいろ模索しながら、
やっていきたいなと思っています。
ということはやっぱり後藤さんは、
教育についての例えば流れというか、
時流というかニュースとか、
そういうのは常に摂取しているような感じ。
摂取していっているつもりです。
そうするとやっぱり以前と、
例えば10年前、5年前、3年前と今とはやっぱり、
ちょっと違ってきているじゃないですか、流れというのは。
でもこの先、大学がなくなっていくみたいな話もあるじゃないですか。
たくさんあって、それに対しての子どもの数も減るしみたいな。
そうすると、数が大きければいいとか、
少なければいいとかよく分からないんですけど、
その辺に関しては何か思うことってあったりします。
今の点だけ言うと、
それは単純に需要と供給だけの話なので、
変わっていくというよりも、
供給方なので。
ああ、そうかそうか。
別にそれは変わるもんじゃない。
それはもう自然とそうなるみたいな。
っていう話だけだと思うんですよね。
今ってやっぱりネットみたいなものが非常にたくさんあるし、
それをもう外しては語れなくなってきていると思うし、
僕今、子どもは中学生なんですけど、
もう普通にみんなタブレットを持って、
授業中もそれでやるし、
そういうことなんだなとは思うんですけど、
やっぱりその辺もきっと掘っていくというか、
何かあるんだろうなという気も。
あるような気もしてますし、
いろいろ思う動画があるので、
どこから取りにするのかって思うと、
中学生とか中高生とか、
ティーネイジャーの間に、
何をどういう手段で学ぶのかっていうのは、
それは時代の中でいろいろ変わってくると思うんですけど、
昔は寺小屋でしたみたいなところから、
いろんな教育のノウハウとかも積めて、
いろいろ変わってくる中で、
じゃあこういうのを学んでいこうみたいな、
それこそ手段が変わってきているだけな気もする。
っていうのがまず一つと、
その時代時代で何を学ぶといいんだろうみたいなものも、
変わっていくじゃないですか。
それこそ戦後みたいなところは、
いかに詰め込み教育で、
いかに効率よく物事を処理できる人を増やして、
企業の中でサラリーマンを増やしてみたいな、
そっちに寄っていたのが、
ほぼ事実だと思うんですけど、
それが事実だとした時に、
そこからゆとりとかいろんなものが始まって、
うまくいってうまくいってないっていうのはまた別の議論だとしても、
そういうふうな時代のニーズに合わせて変わっていく。
今後は多分AIとかも入ってきて、
企業活動とか、
世界中で人類の活動において何が最適なんだろうみたいなものによって、
多分学ぶべきほどが変わっていくと思うんですよね。
それはそれだと思うんですけど、
別の観点として、
今、学校でタブレットを使ってますとか、
インターネットを使わなきゃねとかっていう時に、
僕は全然ファクトもなく、
僕の感じていることなんですけど、
学ぶことめっちゃ増えてるよねって思うんですよ。
人間のキャパシティを超えてるよねって、
ちょっと感じるんですよね。
そうかそうか。
そんな幅広くやらなくても、
もうちょっとコアなものってきっとあるはずだし、
コアなところが育ってないのに、
やたら手を広げすぎると、
多分できる人はそれを需要できるんですけど、
できない人ってインプットが苦手とか、
学びの特性的なものも含めて、
今その教え方では君には入らないよねっていうものも含めて、
需要しきれないほど、
それはなぜかというと、
世の中に情報が溢れすぎているから、
情報が多すぎて、
それを主者選択するのを学校ができてない気もするし、
それをとりあえず広めにいっていくと、
受け取る子供たち、大人も含めてかもしれないですけど、
受け止めきれってないと思うんですよね。
でもそういうのってすごくもったいないと思っていて、
もうちょっと生きていくのに必要なのって、
根本的に世の中というか、
人間ってこういう仕組みなのか、
その中で食べて働いて、
働いてっていうのも誰かのために貢献をして、
そこからその貢献の送り返し合いで社会が成り立っていて、
そのためには自分は何ができるのか、
基本的には相手の役に立つことを考えることとか、
そういったところの方がプリミティブに必要なんだとしたら、
それをもっと学んだ方がいいんじゃないのかという気もするし、
それは多分どんな世の中になっても変わらない気もするんですよね。
それでそれに必要なものが何だったのかっていうときに、
AIがあるとその答えを簡単に教えてくれたりするかもしれないですけど、
もっと根源的なところを注目したらいいんじゃないのっていう気持ちもちょっと僕にはあって。
そっか。そこが今まだ多いし、方法も多いし、
根源はあるんだけどそこに行けずにというか広がりすぎちゃってるし。
ような気はするし、根源みたいなところでどうやってそれを学ぶのか、
その根源って何なのかみたいなところも多分整理しきれてないなという気がするし。
今の話はすごく大事な話になる気がします。
根源みたいなところってそこをやっぱりある程度捉えられることができれば、
まずはそこをとか。
そうですね。それを例えばちゃんと言語化して、
僕が作りたい教育機関が言語化できていて、そこに賛同する人たちもたくさんいて、
それを体系だってちゃんと回していける仕組みができていて、
準備ができてきたら僕はこっちの手を出せるのかもしれない。
そうか。
じゃあこれからはそこへ対しての準備みたいなものも、
お仕事はもちろんしつつやっていくみたいなことを考えられる。
なんとなく。
そういうことですね。
きっと何十年もかけるわけにもありですから、ある程度。
でも10年ぐらいはとりあえずコンサルタントとして行けるとこまではまず行ってみたいと
そういうことですね。
一旦教育系の話よりはコンサルタントとしてちゃんと行けるとこまでやって。
そういうことですね。
そうなんで冒頭、肩書きみたいなのを聞かれているんですけど、
教育者、教育事業家みたいな肩書きも、
これまでは僕の中で思っているものがあったんですけど、
一旦その優先度は落としているから。
今これは語るべきじゃないなって思いがあるんだと思います。
そういうことですね。今は経営コンサルタントということで、
もう一回ちょっと突き詰めてみようかなと思っているタイミングです。
それはわかりました。
じゃあ何年か経ったら教育事業者みたいなことでやってるっていうことも。
あり得ると思います。
人望庁に開いたコワーキングスペース未来見について、
後藤さん自身の軸にある教育を志したきっかけ、
今の教育について思うことなど様々にお話を伺いました。
そんな後藤さんに次回は好きなことについて伺っていきます。
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