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v200-1 ものづくりをしていく人・金丸瑞貴さん「多分すごい変な頭の中に物質」
2026-05-18 36:15

v200-1 ものづくりをしていく人・金丸瑞貴さん「多分すごい変な頭の中に物質」

今回は、ものづくりをしていく人・金丸瑞貴さんにお話を伺いました。
ワタクシ、聞く人・結縄と小中学校の同級生であり、20代の頃一緒にシェアハウス生活を共にし、芝居も一緒に出演していた金丸さん。
そんな彼に、あまり聞いたことがなかったお仕事のことについてから、伺いました。
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ゆいなわさんの聞く人ラジオ
皆さんこんにちは、ゆいなわさんの聞く人ラジオのお時間です。
今回は、ものづくりをしていく人・金丸瑞貴さんにお話を伺いました。
私、聞く人・ゆいなわと小中学校の同級生であり、20代の頃、一緒にシェアハウス生活を共にし、芝居も一緒に出演していた金丸さん。
そんな金にあまり聞いたことがなかったお仕事のことについてから伺いました。
お仕事は何ですか?
仕事は何かと聞かれると、撮影のロケーションコーディネーター。
撮影のロケーションコーディネーター。
いわゆる、ロケ場所を探すという仕事になるのかな。
それって結構長い?
長い。
昔一緒に住んでいたわけですけど、シェアハウスしていたわけですけど、その頃からやってたんですか?
その途中ぐらい、目黒ぐらいからはもうそれにもずっと。
何年ぐらいになったんですか?
23、24年?
23年。
多分、大学出て浅ヶ谷に一緒に住みだしたじゃないですか。
その時はまだ特殊メイクのアシスタントをやっていて、
それでしばらくつく、半年ぐらいだったようになって、
その後、ちょこちょこ映像関係のADだったり、
ドラマの制作とか女監督みたいなのをちょこちょことやっていて、
あとテレビのADとかもちょこちょこやってて、
大学の知り合いがCMとかのロケーションのコーディネート会社で働き出したのを、
フリーランスでちょっと手伝い出したところぐらいから始まってるから、
多分それが20、卒業してるのが23でしょ?
25、6ぐらいからだと思う。
スタートしたのが。
その人から声がかかったことによってキャリアが始まっていくみたいな感じ?
03:00
今の仕事でいうと。
その声がかからなければ、ちょっとわからなかったとかやってないかもしれないし、
違う映像関係の仕事をしたかもしれないし、
全く違う別のことをやってたかもしれないけど、
別にそれを本気でやりたいとは思ってなかったけど、
ダラダラとやってたら今に至るみたいな。
それっていうのは、フリーランスってことは会社に登録、所属じゃなくて?
所属じゃないね。
時々オファーが来て。
最初の時は、1個の会社に半分所属してるみたいな感じでやってたから、
別に契約書も何もないけど、半契約者みたいな感じ。
仕事がある時はあるし、ない時はないみたいな感じ。
僕の当時、石原さんと一緒に住んでた時は、結構忙しく働いてるイメージがあった。
結構忙しくやってた。
忙しくはやってたから、逆に仕事がない時は休みたかったから、
社員になる意味がないなと思ってたし、
芝居もやってたから、そこで休まなきゃいけない時があるから、
社員になる気にもなれなかったみたいな。
ならないよみたいな話はあった?
あったよ、何回か。
あった?で、なろうと思えばなれたっていう感じ?
なろうと思えばなれたから。
なる意思は特になく?
そうそうそうそう。
そういう感じね。
結構長いこと、シェアハウスも一緒にしてたし、
例えば芝居も一緒にしてたんだけど、仕事の話をちゃんと聞いたことがない気がしてて、
そのロケーションコーディネーターは具体的にどういうことをするのか?
具体的に言うと、まずクライアントがいて、どっかのCMが作りたい会社があって、
例えば自動車メーカーであったり、化粧品の会社であったり、
我々がよくテレビで見るCMを売ってる会社があったとして、
そこが代理店に、箱報道だったり電通だったり、こういうCMを作りたいっていうのがあって、
代理店から今度はCMの製作会社にこういう企画をCMを作ってくれってなって、
その製作会社から監督、カメラマンとか各スタッフを発注する。
06:02
その中の一つでロケーションコーディネーターっていう職種があり、
それは製作会社からなのか監督が前に使った人でこの人使いたいっていう人とかで発注が来るみたいな。
そういう感じだね。
で発注来て、こういうシチュエーションで撮影をしたいんだっていうので、
例えば車だったら、こういう山道を走ってる絵を撮りたいとか、橋の上を走ってる絵を撮りたい、
街の中を走ってる絵を撮りたい。
で来た時にこっちでそこの撮影ができる、できるプラス絵になる場所を探して、そこの許可を取り。
そうか、それもやるんだね。許可撮りもやるんだね。
例えばここからここまで道路封鎖をしたいとかっていう時の許可を取って、
で許可を取ったいくつかを今度は監督に提案して、
でそれを実際に、その前には自分らでロケハンしに行って、
でその写真を見せて、でそれをその中でいくつかスタッフと一緒に現地を見に行き、
それはまあいわゆるロケハンって言われる行為をして、
で決まったところの撮影の許可を進めて、
で実際撮影日に立ち会って撮影まで終わらせるっていう仕事。
それが一連の流れ。
そっかそっか。
それやっぱりじゃあ、まあ当然クライアントの意向とかもあるから時間もちょっとかかりつつ、
まあいくつか複数候補を出して、で提案して、
でここはいいよみたいな感じになって、で一緒に行ってみたいな。
じゃあ結構一個の仕事って言ったらちょっと期間がかかる感じ?
うん、あの昔と今とはちょっと違うけど、
昔は結構時間かけて探してやってたけど、
今は予算も減ったし、もうちょっと期間はタイトになってるかもしれない。
そっか、前だったら例えば1月もかかんない?
まあ1月かかってたとしたら、今だったら2週間かかる。
まあそのあれによるけど。
そういうことね。
ちょっとキュッとなってるっていうのが時代の流れ。
ああそういう感じなのか。
まあ今でも大きい仕事だったら何ヶ月かかけてやってる時もある。
それは仕事によって?
仕事によって。
そっか、でそれをさあ結構長くやってるとさ、
自分の中に場所のストックができてきたりするもん。
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あるあるある。
そうだよね。
こういう感じだったら、あそこあるよな、あそこあるよなとかっていうのはもう、
ってことはいろんなところにも行ってるっていう感じ?
そうそうそうそう。
場所も知ってるというか。
知ってるところもあるし、
そのそういうシチュエーションはやったことないから、
いつから探さなきゃいけないなっていうのもあるし、
ただまあいい加減やったことない感じはあんまりないから、
なんとなくこういう感じで、
こういうとことことここで、
あとプラスこういうの探せばいけるかなとかっていう、
まあ三段は立ちやすくはなってきてるけど、
そうなんだ。最初の頃はちょっとわかんないじゃん。
ああ、何にもわかんないから、とにかくがむしゃらに探すしかない。
がむしゃらに探す。
でもさ、ゼロから、じゃあもうわかんないけど何かしらが来た時に、
どう探していくのかっていうのは?
昔と今とは全然やり方が違って、
最初始めた時はネットの情報もそんななかったから、
なくはなかったけど、
今みたいに何でも画像検索してとか、
Google Earthもないし、
だからもう電話帳とかで、
電話帳か。
そう。で、調べて、電話かけて、
それはもう見たこともないところだから、
で、アポ撮って、行ってみて、
全然違ったとか。
昔はそうか。
昔だとそれでデジカメもなかったから、
フィルムの写真を撮って、
そうなんだ。
で、それを現像して、
貼り付け紙に、
それを資料として見せるっていう。
そうなるとこの15年、20年くらいで、
結構劇的にその仕事って変わったんだ。
今はもうネットの情報がいくらでもあるから、
あとGoogle Earth、ストリートビューで、
ある程度もうわかるから、
それを見た上で、
そこの連絡もできるし、
っていうので全然変わった。
昔はメールもなかったから
全部ファックスで送ってたけど、
今はもう全部メールだし。
じゃあその仕事の変わり具合を
まさに体感してるという感じ。
でもその中で水木の中には
いっぱい場所のストックもあるし、
いろんな場所にも、
普段もプライベートな時も
なんとなく見たりするもん。
アンテナが立つっていう。
そうね。
だからここのカフェは何かで使えそうだなとか、
ここは車の走りで撮れそうだなとか、
12:01
っていうのは職業柄思ったりはするけど。
で、実際チームなりそういうところで使われて、
この場所はこれでちょうどいいとか、
そういうのはだんだん今の方が
フィットするようになったもん。
昔はやっぱりなかなか
見つけた、ベストは見つけたけど、
もっとあるかもみたいな感じとか。
そうだね、今…
それはあんま…
今でもやっぱりもっとあるだろうって感じなのか?
あると思うよ、結局。
その期間の中で見つけられる中での…
そっか、期間が決まってるから。
1週間とか2週間なりで
探した中での1番を出すだけで、
それがもし1年かけてたら
すごいいい場所は絶対出てくるから。
なるほどね。
時にやっていく中で、
今回いい、いいわっていうとこもあれば、
時にもっとあるかも、
でもこれは仕方ないみたいなのもあるって感じ?
そうね、それはあるかも。
そういうとこが場所が良ければ、
あとはでも取るのはお任せというか、
渡しちゃうわけでしょ?
あとはもうその人たちの仕事みたいな感じ?
それもそうだけど、
ただそこの場所に対しての
やっていいことと悪いことの許可があるから、
そこはこっちが…
ある程度までは?
そうそう、こういうのはやっちゃダメだよっていうのを
スタッフに言って、
そこはその中でやらせないといけない。
そうか。
例えばこれはダメって何か?
例えば道で撮影をしたいと思った時に、
道にレールを敷きたいとか、
クレーンを使いたいとか、
そういう許可って基本的には道路上では下りないから、
だからそれをどうしても下ろしたいんだったら、
そこの道路を封鎖する手続きを取るとか、
それは本当に大変な作業だから、
そんなすぐできるわけじゃないから。
封鎖っていうのは警察関係のこと?
そうそう、警察の道路使用許可を、
普通に撮影するときは道路使用許可を取るんだけど、
それの封鎖をしてもいいかっていう許可を取るのに、
そこの自治会の承諾を取ったり、
そこに住んでる人たちの承諾を全部取ったり、
で、迂回路を見つけて、
15:01
そこを迂回できる状況の場所じゃないと、
それは許可が下りないから、
とかそういうことをするとしたら、
だいぶ時間がかかるから、
そういうのがここはできます、できません。
そういうのも含めての許可を取る。
それってやっぱ封鎖したいって人もいる?
いるね。
あと、最近ちょっと海外作品の映画とかドラマの
そういうロケーションを担当したりすると、
そこは準備期間が半年ぐらいとかあるんで、
で、封鎖しないとできないような撮影の場合は、
封鎖をする許可は取ったりするけど、
1週間、2週間とかの撮影まで、
それぐらいとか3週間ぐらいまでしかないような作品は
ちょっと無理だから。
そういうことね。
使用許可ぐらいまではいけるけど。
撮影するだけの許可はもちろん取れるんだけど、
そこで封鎖して何かアクションしたいとか、
何かしたいとか、カースタントしないといけないとか、
そういう話になってくると、
かなり時間かけて許可を取られる。
ロケーションコーディネーターのお仕事の
具体的な内容について、電話帳を引いて
フィルム写真を現像し、資料として提出していた時代から
仕事のやり方の劇的な変化を体感してきた金丸さん。
道路封鎖の許可取得など、
ロケーションコーディネートの舞台裏について
さらに伺っていきます。
それは使用許可にしても封鎖にしても
警察が管轄な感じで、降りるは降りる。
ちゃんと手続き踏めば。
それは警察だけじゃなくて、
自治会とか。
その周りの住んでる人と、
あとそこの自治体の、
要はフィルムコミッションみたいなのが、
例えば、県とか市の役所の自治体の中に
撮影の協力する窓口があって、
フィルムコミッションの窓口があって、
そこの人たちの協力も必要なときもある。
そっかそっか。
そこで要は、
そこの何々市が協力してる作品だから、
そこの何々市の警察も協力しますよとか。
そっかそっか。
そういうのね。
フィルムコミッション料みたいなこと、
18:00
料金がかかったりとかそういう。
基本的に自治体がやってるのにはかからない。
それはもう役所の方針でやってるものなんで、
要は観光課とか商工観光課とか、
そういうところがやってるから、
それはもう市のアピールになるための協力しますみたいな。
そういうことか。
そしたら例えば映画とか作品だったら
そこに名前が出てきたりとか、
そういうことになるわけね。
じゃあ結構その辺のってことで、
そのロケーションを探すって言っても
一筋縄にはいかないというか、
じゃあやりましょうってなってから調べていって、
場所によっては段階へての手続きを踏んでいって、
初めてそれで撮影に至るみたいな。
でもそういう、例えば、
すごい協力的なフィルムコミッションとかも
だいたいわかってるから、
じゃああそこに聞こうとか、
そういう感じになってくけど、
道筋がある程度わかる。
ないというか、そういうとこもあるんですね。
まだやったことないみたいな。
ときはもう一から、ちゃんと交渉するとか。
やっぱりそれでダメってこともあるじゃん。
あるあるある。
例えば監督があそこいいんだけど、
でもダメです、みたいなことは、
そしたら使えないわけでしょ。
だからそれに近しいところを探す。
へー。
そういうことね。
どうにか、お尻が決まってるとかだから、
それまでにはどうにかしなきゃいけないみたいな感じ。
仕事もきっと普通の時間帯じゃないわけじゃん。
9時、9時、5時とかそういう感じじゃないでしょ。
それは関係ないよね。
ここは出来さえすればよいのかな。
それは自分の中で作りながら。
っていうのをずっとやっている感じ。
大変だったことはありますか?
基本的に全部めんどくさいから。
めんどくさいことしかやってないから。
別にやりたくてやってるわけじゃない。
やろうかって言って始めてからずっとやってるっていうか。
惰性でやってるだけだから。
一緒に芝居もやってたじゃないですか。
もう何年くらいなんですかね。
20年前とか?
目黒の時くらい?
20年前前後。
25年とかその辺りですよね。
多分20の終わりくらいですかね。
20代後半、30歳くらい。
30半ばくらい?
40くらい?
10数年前。
最後はいつだ?
21:01
コロナの前?
コロナの2年前くらい?
2018年とか?
19年?
19くらい。
2018年くらいまでとかやったら。
一緒にお芝居をしてる時期があって。
芝居になるとこっそり仕事はしない。
できないし。
もちろん被るときもあるだろうけど、
本番に近くなってきたらそこは仕事は入れずに。
最後の3週くらいはしなくしてなかったからできなかったよね。
昼稽古とか。
そこはそこでお芝居に入って。
社員だとそういうことはできないんだよね。
そうそうそう。
芝居を僕と水木は一時期一緒にやって、
僕は先にいなくなって、
リタイアしてその後もやってたわけですけど、
結構やってたじゃないですか。
言ったらストアハウスカンパニーだけに出てた。
他に出るみたいなのはなかった?
ないない。
別にそれは興味もない?
オファーがあったりとかはなかった?
なかったと思うよ。
あとセリフ芝居ができるとは思ってないから。
例えばセリフじゃない身体表現的な、ダンスでもないけど、
そういうのが来たらちょっと考えたかも?
そういうのがあったら考えたかもね。
もともとは僕が芝居をしていて、
それでワークショップに行かないって話をして、
一緒に行って、そこから入って出るって話があったでしょ。
それは出ていいかもな、みたいな感じだった。
最初はヒーが出たのを見に行ったじゃない?
それは見て、こういう世界があるんだなっていうので、
前も見てたじゃない?
セリフ芝居というか、ヒンドゥーとか。
そうそう、ヒンドゥーとかね。
見てて、それとはまた違うもんだったから、
なんか面白いなと思ったけど、
別に出るつもりもなく。
ワークショップに行って、
どんなことをしてるんだろうっていうのを見に行って、
したら出てみるか?みたいな話になり、
出てみるかは、
いいなと思った人には声をかけると思うんですけど、
出ると見るとは違うじゃないですか。
出ないっていう選択肢もあるわけじゃないですか。
そこ出るっていうのは何だったんでしょうね。
24:04
要は裏方の仕事しかしてないから。
ああ、そうか。今まで、
例えばテレビなりとか、
映像系の仕事はしつつ、
もしかしたら裏方の仕事というか、
それはしてきたんだよね。
だから、表に出るつもりもなかったし、
出れるとも思ってないし、
だけど、
出る方のやつも、
裏の人も、
そういうのも経験はしてもいいのかなとは一瞬思って、
で、どうせ一回だけだからと思って、
じゃあ一回やってみようかなと思って、
やったっていうのが一番最初。
それの作品なんでしたっけ?
それがロシアだよ。
それがロシア?
ああ、そういうことですね。
テリトリー?
テリトリーかな。
セレモニーか。
それが最初。
じゃあロシアにも行くし、
そうそう。だから、
日本でやってロシアだっけ?
逆だった。
初舞台がロシアだった。
最初がロシアだったんだっけ?
そうそう。
俺の記憶だとそうなんだけど、違うかな。
ロシア行って日本公演だった気がするんだけど。
ああ、そうか。でもそうかもそうかも。
ってことは初舞台はロシアだった?
そうなるね。
当然稽古はガッツリするじゃない?
ワークショップ減って、
稽古が結構厳しいところだから、
しっかり稽古して、
でもやっぱりお客さんの前に出るっていうのは
ちょっと違うじゃないですか。
それ覚えてますか?
覚えてる覚えてる。
どうでした?初舞台。
最初何も分かってないからさ、
何にも緊張してなかったのに、
出た瞬間にめっちゃ緊張して、
もう頭真っ白になった。
これはヤバいと思って。
ああ、そうですか。
だけど、
あれセリフ芝居だったら
全部セリフ飛んでると思う。
まあ、そうね。身体表現だから。
やることは一応流れが。
だから体が多分覚えてるから、
なんとか形にはなってたと思うけど、
むちゃくちゃ真っ白になってたよ。
そうか。
で、その次から、
あれツアーだったじゃないですか。
そうだね。ステージも回ってね。
その次からは出る前に
もうめっちゃ緊張してた。
逆に?
逆に。
緊張した方がいいんだと思ってたから。
ああ、そっかそっかそっか。
緊張すると、
始まったらもう大丈夫になるから。
そうね、そうね。
始まる前までは緊張してる方が
多分いいんだっていうのに気が付いた。
ああ、そういうことね。
で、やっていけば楽しくもなってくるから
だんだんわかってくるし。
緊張しないで、
枕が上がってお客さんの前に立ったら
パニックになっちゃう。
そうね、おっしゃる通りです。
27:02
でもそれでお客さんの前に出て
芝居を重ねていって、
でもそれで一回で終わりって思ってたわけでしょ。
最初は。
ツアーだから長いからロシアで何個も公演をして
で、日本帰ってきて、
日本だったらもしかしたら知り合いとかも
見に来たりとか
ちょっとそういう感じで、
お、水木芝居やってんの?みたいな
そういう感じもあったりしながら
そこで本来の約束は終わりだったわけじゃないですか。
それをまた次も出るっていうのはどういう…
あの、だから客前に立つことが
気持ちよかったんだなって。
ああ、まあそうですよね。楽しいというか。
いや、そういう感覚になったことは一回もないかったから。
で、立つつもりもないし、
そんな自分が板の上に立つ立場になるってことはないし、
で、一回やってみればと思ってやってみたら
思ったよりも客からの反応が直に分かるし
そうですね。直接拍手ももらったりとか。
やってる間の高揚感とか興奮してる状態とか。
で、やった後のやり切った感じとか。
そういうので、
たぶん、すごい変な頭の中に物質が出たかも。
ああ、脳内麻薬的なものが出たんだと思う。
ああ、そういうことね。
それを知ってしまった。
そういうのがゆえに、次に、
ちょっとまた一回全部終わって、
しばらくして、次があるぞって話になった時に
きっと声はかかるわけですよね。
それが日本公演からだったらまた違ったのかもしれない。
あ、次も違ったんだっけ?
いや、だから順番が逆だったじゃん。
ああ、そういうことか。
ロシアの公演って全部満席だったじゃん。
そっかそっか、そうですね。
で、芝居ってそういうもんだと一瞬思っちゃったから。
そんなことはないです。
そんなことなかったから、結果ね。
後から分かるんだけど、
その時って、もう客が満席で、
終わったらもうスタンディングオペレーションで。
そうですね、ロシアのお客さんすごいよかったからね。
で、あんなオペラハウスみたいなところでやったし、
そこでちょっと、なんか勘違いをした。
恥じしみえちゃったみたいな感じで。
ああ、勘違いしちゃった。
そういうことですね。
それがもう本当に、
最初が小さい劇場で、
もう半分ぐらいしか入ってない状況で、
っていうのが最初だったら、
そこまでの高揚感とかはなかったかもしれない。
そっかそっか。
まあでも最初にそれ知ってしまったもんだから、
で、またやろうよ、どう?っていう声がかかって、
30:01
でもそれやらなくてもよかったわけでしょ?
でもやりますってことに。
だからそこで、
なんか面白くなってきたみたいなね。
やっぱり実際に稽古をちゃんとやって、
本番に載せるとちょっと変わるじゃないですか。
稽古では分かんなかったことが板の上で本当に作品として、
そうするとしばらく時間が経つと、
その作品がまたよくなっていったりするじゃないですか。
そういう感覚って長くやると分かってくるから、
それもあるし、
例えばもう一回ぐらいやってもいいかな、
みたいな気持ちは当然なるし、
それでやってみたっていう感じもありながら、
その後作品作りにも関わるようになっていくじゃないですか。
だんだん。
既存の、もともとあった作品じゃなくて、
じゃああそこのカンパニーは作品作るところからやろうっていうのも、
水木は結構楽しんでやってるというか、
アイデアいろいろ出したりとか、
あの集団、団体に何かあったというか。
そうね。
そうだよね。
だからそのシーンを自分で作っていけるっていうか、
決まった本をの通りやるんじゃなくて、
演者が作っていける作品だったから、
それはすごい面白かった。
そうだよね。
だんだんやっていくと、
2回目、3回目って出てくると、
だんだん中心的になっていくわけでしょ。
メンバーの中で。
そのうち気づいたら、
僕がいなくなった後とかは、
ほぼあれ主役だな、水木みたいな感じになっていくわけじゃないですか。
水木はそんなつもりはないとしても、
舞台上で見ると、
だんだん自分もできるようになってきて、
教えるようになってくるでしょ。
教えるようになったらまた違うじゃん。
下の人が入ってきて、
教えることで自分もまたよりコミットしていくというか、
続けるみたいな感じではあったのかな。
そうだね。
だんだんやっていくうちに、
なんだろうな。
普段の生活とは、
完全に違う場所というか、
違う次元でいるわけじゃない?
その仕事してるのとか、生活してるのとは。
だからそっちで、
溜まっている、
鬱屈してる何か、
ストレスだったり、
33:01
芝居の方で、
別に吐き口というわけじゃないけど、
そこで自己表現をすることによって、
通常の仕事の自分を救済してるじゃないけど、
そういうニュアンスで。
そこでバランスが保っているみたいな感じに、
途中からなってた気がするけどね。
そうしたら途中、
作品が何年か、
年に2作品、3作品やっていくと、
間抜けるみたいなことあったの?
最後の方というか。
だから年で、
多分2本ぐらいやってたと思うけど、
多分俺年1ぐらいしか。
そっかそっか。
次は出ませんとか。
じゃないと生活できない感じだったから。
ガッツリ市場になっちゃうと、
出るときはちゃんと出るし、
ここは休みますみたいな感じになってった?
そうそう。
そういうことね。
しっかり指導する立場になると、
水木独特の指導の仕方というか、
だんだん自分のメソッドになっていくというか、
そういう風にやってたようには見えたし、
自分のものにして。
もともとは教えてもらってたものが自分のものになって、
自分の言葉で喋って教えるみたいな。
やっぱりそれはそういう感じもあったんだよね、きっと。
そうだよね。
最初は、
教えてもらってたのプラス、
自分の感覚でこうやった方が
わかりやすいんじゃないかなっていう風なことで、
新しく入ってきた子たちに
話をとか、テイクするときとか、
ワークショップするときに
言ってるようにはなってったかもしれないですね。
それでだんだん後輩というか下の子も
理解して伸びてきて、
だんだん面白くなってくるじゃん。
だんだんこいつのツッツキいいなって。
いろんな人たちと関わるようになっていくと、
やっぱりカンパニーの中心メンバーみたいな感じとして
やっていくようになっていってみたいな。
だったんだよね、最後というか。
作品も作るようになってて。
長く続けてきた身体表現の舞台活動。
映像の世界で裏方の仕事をしていながら
一度出演してみるのもいいのかなと思ったのが
出演のきっかけだったそう。
そしてやっていくうちに
芝居の世界が普段の生活と完全に違う場所。
普段の生活で鬱屈している何かを
自己表現することで救済している感じ
と思うようになったそうです。
36:02
そんな金丸さんのお話は次回に続きます。
36:15

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