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ポックンの「レトロ三面記事」
一匹の大きな洋犬が、「よー心臓、ぽっちゃりとして、味が良さそうだ。」と思ったかどうだか、可愛いとも憎らしいとも言わず、野暮に大きな口をあいて、わんと一声、向こう舟に食いついたから、「あれー誰か助けてー。」と言いつつ、そこへ倒れ伏す。
ひやかし連は、寄ってたかって飼育をするもあれば、犬を追うもあり、気の毒がある、面白がる。
狂犬と吉原の人々
そうこうするうち、狂犬は、一層狂いまわり、今度は浅草区浅草町24番地桶職、泉徳二郎雇い人、内山哲二郎十七というひやかしの向こう脛に食いつき、
さらに隅町七番地太田善二郎方同居人、磯木九二郎二十六の向こう脛をかじった騒ぎに、大勢の巡査が来たり殺そうとするうち、早くも向こう脛の食い逃げ。
おのれ食い逃げをしやがる、と付馬ならぬ野獣馬が後を追ってもとうとう及ばず、中には犬のお付き合い、どさくさ紛れ氷屋くらいは飲み逃げをした奴もあった。との事。
今月は先月に続いての明治時代で翌年の1890年、明治23年にタイムスリップしてみました。噛みついた犬を単純に狂犬と言っちゃうのはどうかと思いますが、ポックンの子供の頃は狂犬はともかく、野良犬がその辺を歩いているなんて普通のことでした。
必要以上に近寄らなければ悪さされることもありませんでした。でもそこはポックンくん、まだまだガキんちょだったので、こっちからちょっかいを出して追っかけられるなんてしょっちゅうでした。
なんてことを思い出しました。
それにしても明治の記事、読んでて楽しいです。
先月の粋なヒゲさんもそうでしたが、情景が目に浮かびます。
噛まれた女性に、周囲の人々は、寄ってたかってやってきたようで。今だったら寄ってたかってなんて書かないと思います。あまりいい響きには聞こえないですもんね。寄ってたかって、今だと。
でもこの言葉を使うことで、現場の様子をありありと感じることができます。
江戸っ子は、困っている人を見捨ててはおけない、おせっかいなところがあると聞いたことがありますが、そのおせっかい気質が、寄ってたかってに現れているように思いました。
この寄ってたかって、寄っては集まって、たかっては群れてという漢字が使われています。
この原稿を書くとき、集まってや群れてのどちらの言葉にも変換されませんでした。文字面だけでも雰囲気がよく伝わってきます。
寄ってたかってだけでなく、今回の記事は使われている言葉が面白いんです。
寄ってたかってきた人たちをひやかしと言ってますが、これは素人の素ですね。それに見るという漢字を使っています。
音読みでそけん、またはすけん。使ったことはないですが、ググるとちゃんと出てきました。
意味は、物を見るだけで買わないこと。記事の現場は吉原ですから、灯籠をしないのに遊女を見て回ること。またその人を意味します。
吉原に来たものの店には上がらず、暇だったのもあって寄ってたかってきた殿方もいたんでしょう。
暇つぶしのおせっかい。また、遊女を物色するときですが、あからさまに見るのでなく傘をかぶり、その奥からちらっと見るのが一種のマナーだったとのこと。
そして、そのための傘を売る店もちゃんと吉原にはあり、傘を使わない人は持っている扇子の骨の間からチラ見、それがマナーだったとのこと。
これ、今だったらどうでしょうか。想像すると、ちょっと気持ち悪くて面白い光景ですね。
付馬と明治の時代
そんな人たちが、狂犬という一大事というか、ひと騒動に首を突っ込んでくるわけです。
記事の最後には、付馬という言葉が出てきました。
これは、遊んではいいけれど支払いができなかった客を店の人間が馬に乗せ、自宅まで行き、遊んだ金を取り立てたことを言うようで、取り立てている間は馬をその辺につないでいたようです。
目立ってしようがないですね。
ここは女のスネを噛んで食い逃げした犬を追っかける野獣馬を語呂合わせしながら付馬に見立て、なおかつ、そうした騒動のどさくさに紛れて払いが終わっていない氷屋から、
おお、一大事、一大事、とか何とか言いながら飛び出して、これまたまんまと食い逃げしちゃう奴もいた、とオチをつけています。
なんだかふざけて記事書いてるんじゃないのかなと思うくらい、言葉遊びしてる記事だな、落語みたいだなと思いました。
そしたらあったんです。付馬という大の落語が。
面白かったですよ、付馬。
YouTubeで見れますので、興味を覚えた方はぜひご覧になってみてください。
付属品の付に馬で付馬です。
さてこの1890年、明治23年は記念すべきこともありました。
日本で初めての選挙、第1回目の衆議院選挙が行われた年でした。
満25歳以上の男性で直接国税を15円以上を納めている人だけが投票できる選挙です。
制限選挙ですね。
それから133年後の現在は、日本国民で満18歳以上の人となっています。
ある意味制限選挙であることには変わりませんが、133年後には吉原には野良犬なんていなくなって、
犬を追っかけていた冷やかしの人たちにも、笠越に冷やかされている優女さん自身にも選挙権が与えられることになるわけです。
これはまた随分様変わりしたものです。
今から133年後はどうなっているんでしょうか。
133年後のラジオをやっている人、どうなっているか、このラジオを聞いたら答えてくださいね。
はい、というわけで今回は1890年、明治23年の8月2日に戻ってみました。
次はいつかの9月6日にタイムスリップしてみたいと思います。
また一緒にスリップしましょう。
それでは来月まで、さようなら。