敬和キャンパスからの出張
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
敬和キャンパスレポ、この番組は、新発田市富塚にある敬和学園大学の大学生が、大学に関わるイベントや人、新発田のことなどをテーマにお届けします。
敬和キャンパスレポは、実践するリベラルアーツ、敬和学園大学の提供でお送りします。
皆さん、こんばんは。この番組は、敬和学園大学から大学のことや新発田、新潟のことを伝える30分番組です。
宮路晴夏
今日の進行は、国際文化学科4年のチルネショーワ真梨弥と、国際文化学科4年の宮路晴夏です。どうぞよろしくお願いします。
今日は出張収録ということで、私たちは北海道に来ています。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
今、車の中ですね。
宮路晴夏
そうです。ドライブ収録です。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
そう。今、教授の一戸信哉先生に運転してもらっています。
宮路晴夏
一緒にいます。
一戸信哉
よろしくお願いします。
宮路晴夏
私たち二人で主に進行していて。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
回していこうと思いますけど。
今、どこにいますか?
一戸信哉
ここは、幌延町というところです。
宮路晴夏
幌延町。
一戸信哉
稚内から、何キロかなんかしている途中で、海岸線を走っています。
宮路晴夏
そうですね。
一戸信哉
左に今、風力発電、風車が。
宮路晴夏
でかい。
一戸信哉
でかい風車が、何機並んでいるんでしょうね。
かなりの数並んでいる。
宮路晴夏
でかすぎて、車から見えないですね。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
そう。見切れる。
新潟と全然違う大きさ。
一戸信哉
新潟にもこういう大きいのなかったっけ?
宮路晴夏
いや。
一戸信哉
かなり大型のものですよね。並んでいますね。
並んでいますね。
今日はちょっと天気があまり良くないので、右側の海の方にはあまり景色が見えないんですが。
宮路晴夏
見えないですね。
一戸信哉
実際には、天気が良ければ、利尻島の山が見えてくると思います。
あと、道路に矢印が出ています。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
そう。いっぱい矢印がある。
それ、雪のためですか?
一戸信哉
多分、吹雪になったら道が見えなくなっちゃう。
だから、その時にこの矢印が一応、ここで道が終わっているという、
見えるようになっているということだと思います。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
落ちないようにね。
一戸信哉
どこ行ってもありますよね。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
ありました。
一戸信哉
ずっとほとんど場所にありました。
宮路晴夏
これから何かしているんですけど、旭山動物園行くんですよね?
一戸信哉
分かりません。多分行けると思いますけど。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
何?分からない。
一戸信哉
行くつもりで移動していますけど。
宮路晴夏
真梨弥さん、これ楽しみにしてて。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
一番の目玉。
一戸信哉
旭山動物園。
なるほどね。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
それで行かないなんて
宮路晴夏
まだ分からない。
一戸信哉
行きますよ。
まず、安全に札幌まで移動することが優先。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
どんな動物がいるか調べたのに。
一戸信哉
第1順位は、安全にたどり着く。
第2順位は、旭山動物園。
第3順位が、旭山ラーメン。
旭山ラーメン。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
そうですね。余裕があれば。
宮路晴夏
今回訪問は主に真梨弥さんの卒業研究の主題ということで、
私は昨年に続いて北海道を2回目となり、さらに満喫しております。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
はい。
宮路晴夏
いやー、もうだいぶ慣れてきましたね。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
そうだね。
一戸信哉
やっぱり2回目だから、どこに何があるかだいぶ分かった。
宮路晴夏
そうそう。
樺太引揚げのテーマ
宮路晴夏
だいたいイメージできるし、鹿とかいてもビビらない。
誰かと違って。
一戸信哉
1回目の人はまだビビるんです。鹿が。
宮路晴夏
めちゃめちゃビビってる。
一戸信哉
はい。鹿はどんな様子でした?
鹿は、稚内市内。
宮路晴夏
稚内市内。
一戸信哉
どういうところにいますか?
宮路晴夏
普通に、成功窓とか。
一戸信哉
成功窓。
成功窓。コンビニの前に。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
車が通っているところにもいるし、公園にもいるし、
あと、ノシャップ岬の方まで来てたりしてたし。
一戸信哉
自衛隊のところ。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
どこにもいっぱいいたりしてた。
一戸信哉
自衛隊の敷地の中に鹿いましたよ。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
いましたね。
草をずっと食べてます。
やっぱり親子の鹿が多かったから。
宮路晴夏
確かに。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
バンビがいっぱいいて。
一戸信哉
真梨弥さんは怖かった?
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
怖いから、目を合わせないようにしていました。
一戸信哉
目を合わせない。でも鹿は見てくるよね。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
かなり。
舐めてるのかな。
一戸信哉
舐めてるの?
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
人間を。
一戸信哉
あまりビビって逃げたりしない。
鹿の方はむしろ。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
全然。
何ですか?みたいな感じで、
こちらを見てくる。
宗谷岬も行ったんですよね。
1日目に。
天気も良くて、風もなくて。
宮路晴夏
涼しくてね。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
涼しくて、ちょっと寒いくらい。
もう天国かと思いました。
一戸信哉
今ね、今日は8月の何日ですか?
宮路晴夏
23日。
一戸信哉
23日ですか。
今週は30度超えです。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
そう。
一戸信哉
新潟も。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
熱中症警戒
アラート出てますよ。
一戸信哉
出てますね。
その点では、この辺は全くそんな感じですか?
全くないですね。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
エアコン一回もつけなかったですね。
一戸信哉
つけたよ。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
ホテルで。
先生つけたんですか?
一戸信哉
つけましたよ。私先に来たから。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
そうなんだ
うちらつけてないよね?
宮路晴夏
つけてない。扇風機だけ。
一戸信哉
今、車の天塩川ですね。
宮路晴夏
天塩川。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
大きいですね。
一戸信哉
東北における信濃川です。
通過しておきます。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
本当だ。天塩川って書いてある。
一戸信哉
天塩川、はい。
これから今ここで天塩町という町。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
この、絶対牛が書いてあるんですね。
一戸信哉
どこも酪農をやってるからね。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
看板に牛
一戸信哉
ここはしじみが有名な
この天塩のしじみってすごい大きいんですよ。
こういうちっちゃいしじみじゃなくて、
もう少し一回り大きい。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
アサリくらい?
一戸信哉
アサリ、そうかな。アサリくらいのしじみが。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
へー。
一戸信哉
のサーチですね。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
そうなんだ。
宮路晴夏
はい。ということで、
真梨弥さんは今回が初めてで、
しかも卒業制作という
プレッシャーのかかる出張取材ということでしたが、
テーマは樺太というなかなか重たい、
サハリンというなかなか重たいテーマかと思います。
どんなことを撮影したり調べてきましたか?
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
まず私のテーマは、
樺太から引き上げてきた人について調べて、
そこで生きてた人のことを知るみたいな。
宮路晴夏
樺太での生活とか。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
を知りたかったんですけど、
今回の取材でわかったのは、
すぐ引き上げてきた人と、
そこに残った人がいて、
それでやっぱり全然、
その人の樺太に対する思いも変わってくるところとか、
稚内で取材したのは濱谷さんっていう。
2日目にね。
今年85歳になるおばあちゃんにお話を聞きましたけど、
あんまりいい思い出はない感じだった。
一戸信哉
でも5歳だからあまり覚えてることはないんじゃない?
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
ないけど、でもすごい脳裏に焼き付いているみたいな感じ。
その時の記憶は。
一戸信哉
ちょっと引き戻すと、
引き上げてくるってどういうことなんですか?
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
引き上げてくるっていうのは、
もともと樺太に住んでた人たちが、
ソ連が進行してきて、
緊急でみんな避難みたいな感じですよね。
一戸信哉
だから8月15日の10日から15日のその辺ですよね。
その辺で樺太は危ないと。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
そう、終戦したのに、まだそこでは戦争が続いていたということですよね。
一戸信哉
だからそれで日本人は船に乗って逃げましょうということになった。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
逃げたんですね。
一戸信哉
その船に乗って逃げられた人もいるし、逃げられなかった人もいる。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
船が爆撃で沈んじゃったっていう人もいるし。
一戸信哉
疎開船が沈められてしまったっていう話もあって。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
豊原の駅も爆撃で、それで死んじゃった人もいるし。
一戸信哉
ああ、そっか。順番でいくとどうなるんですか。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
それは後なんですか?
一戸信哉
8月17、18とかって言ってなかった?
宮路晴夏
15じゃない?
一戸信哉
疎開船が出た後かな?
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
あ、そうだね。直後って言ってませんでした?
一戸信哉
疎開船に乗れなかった人たちが、後から豊原にたどり着いて、
豊原というのは今でユジノサハリンスクですが、
そこまで戻ってきて、北の方からも人が来ていますからね。
たどり着いて、そこからまたさらに南へ行って、
何とか帰ろうとして待っているところに、
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
そうですね。
宮路晴夏
22日に爆撃。
一戸信哉
じゃあ船は?
船は18とか。
そういうわけで、いろんな形で亡くなった人はいる?
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
いるけど、今回取材した濱谷さんは、
その中でも運が良かったって自分で言ってましたね。
一戸信哉
引き上げることができた人。
取材の経験と人々の思い
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
そう、できた。
一戸信哉
逆に引き上げられなかった人の中でも、
生き残って、ソ連時代、
ソ連が入ってきてから一緒に暮らしていたっていうか、
そのまま暮らしていた人もいるし、
濱谷さんのお父さんも多分そうだろうってことです。
多分そうだけど、どういう風にしていたのかはちょっと分からないけどね。
詳しいことは分かるでしょ?
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
お父さんは語りたがらなかった。
一戸信哉
語りたがらなかった。
浴流された。
まあ、いろんな形で、
2年くらいいた人たちは結構いると。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
いると。
一戸信哉
男性だけじゃないってことね。
お父さんは留め置かれたわけだけど、
そうじゃなくて、
逃げることができなくて、
そのまま残ることになった人は結構いる。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
家族とか?
家族連れ?
宮路晴夏
取材の時は、
育英館大学の学生も手伝ってくれて。
一戸信哉
今回、育英館大学、私は授業をやってたんで、
私が授業をやってる裏で、
お二人は取材に行ってた。
濱谷さんの取材の時間帯は合流して、
育英館の学生たちも一緒に話を聞いてくれました。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
メモも取ってくれて。
メモも取ってくれて。
でも、あんまり仲良くはなれなかった。
一戸信哉
でも、初めましてであんなもんじゃない。
宮路晴夏
あと、その取材の時は記者の人。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
そうそうそう。
北海道新聞と、
宮路晴夏
宗谷。
一戸信哉
宗谷、輪っかないプレス。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
輪っかないプレス。
一戸信哉
3社も受けました。
宮路晴夏
3社、その取材は真梨弥さんも受けて。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
いやー、もう緊張しましたよ。
宮路晴夏
最初めっちゃ緊張してたね。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
いや、マジで緊張してた。
聞かないでって思って。
宮路晴夏
濱谷さんも緊張してる、緊張してるって。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
そう、ずっと言ってて。
一旦、じゃあ世間話しますか?とか言って。
してみたけど、
別に緊張はほぐれなかった。
一戸信哉
ああ、そうか。
宮路晴夏
けど、いろいろ話してくれましたね。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
話してくれましたね。
どんどん聞いてほしいっていう風に。
一戸信哉
だから、やっぱり自分からはしゃべりにくいっていう。
しゃべりにくいっていう。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
そうそう。
一戸信哉
樺太から引き上げる話は
そもそも語りたがらない人が多いけど、
私はしゃべることを決意したが、
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
そう。
一戸信哉
決意したけども、自分では語りにくい。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
うん。
宮路晴夏
さて、ここで1曲お届けします。
今日の曲はこちら。
ダカーポ・宗谷岬。
一戸信哉
全然話題に出てないですけど。
宮路晴夏
1973年にデビューしたフォークグループが
稚内にある宗谷岬を歌い、
NHKのみんなの歌でも流れていた曲です。
現在も宗谷岬に歌の日が経っています。
ボタンを押すと曲が流れるようになっていて、
押してましたよね、誰か。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
私が。
押しました。
宮路晴夏
それでは聞いてみましょう。
ダカーポ・宗谷岬。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
敬和キャンパスレポ。
取材と濱谷さんとの交流
宮路晴夏
その後、真梨弥そのまま濱谷さん家に行ったんだよね。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
そう。
インタビューが終わって、
先生と濱谷さんをお家に送りに行ったら、
コーヒーでもどう?って言ってくれて、
でも先生は授業があったので、
私だけ置き去りにして。
一戸信哉
置き去りにしていきましたか。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
そうです。
濱谷さんがコーヒーを入れてくれて、
一戸信哉
めっちゃ盛り上がった。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
2人でずっと話してて、
仲良くなれました。
宮路晴夏
めっちゃ仲良くなった。
一戸信哉
何喋った?
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
濱谷さんがどんどんどんどん自分の話をしてくれるから、
自分がした怪我とか病気とか、
あと友達がたくさんいるとか、
あと飼ってた犬の話とか、
あと趣味の話とか、
趣味が手編みで、
濱谷さんが編んだベストみたいなのをくれました。
一戸信哉
濱谷さんが引き上げてきた話って、
どうでした?
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
とにかく戦争はダメだとか、
平和が一番みたいな、
そういうのを言ってましたよ。
一戸信哉
樺太に行った時は、
いい生活っていうか、
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
豊かって言ってましたね。
一戸信哉
お父さんを置いて、
家族だけで引き上げてきてからは、
それとは反対に生活は大変だった。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
大変。
大人数で暮らしてて、
稚内では。
一戸信哉
親戚の家にリゾールをするみたいな感じで。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
野菜を自給自足で作って、
男性が米を食べて、
女性がジャガイモを食べるみたいな。
そういうのも言ってましたよ。
米がない。
一戸信哉
そうやってみんなで食いつないでいた。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
そう、なんでも食べたって言ってましたよ。
一戸信哉
なんでもって。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
言ってたのは板鳥。
一戸信哉
なんですか、板鳥。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
そういう植物みたいなのがあって、
それを乾燥させるのかわからないけど、
とにかくいろいろ調理方法があって、
おひたしにしたりして、
食べてたみたいな。
道端に生えてる雑草みたいな、
食べれるものは全部食べてた。
とにかくいろいろ。
2時間くらいいたんじゃないですか、
濱谷さん家に。
宮路晴夏
取材も2時間くらい。
一戸信哉
4時間くらいずっと喋ってた。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
ずっと濱谷さんと一緒にいました。
一戸信哉
でも、
輪っかないの中での日常というのも、
いわば平和みたいな。
いろいろ、帰ってきてからも、
引き上げてきてからも、
いろいろ苦労したけど、
今はこんなに幸せにやってるということを
言いたいと思います。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
すごい楽しそうでしたね、毎日が。
引揚げ後の生活
一戸信哉
お母さんが長生きしててね。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
108歳まで生きて。
お、牛いる。
一戸信哉
どこ?
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
酪農の牛。
宮路晴夏
どこどこ?
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
通り過ぎた。
牛舎にいましたから。
一戸信哉
このあたりは牧草地帯なので、
牧草ロールって言うんですけど、
牧草をぐるぐるぐるって丸めたものが、
牧草地に置かれていて、
袋がかかっているやつもある。
観光地と風景
宮路晴夏
白い袋。
一戸信哉
こっち黒い袋ですね。
白い袋と黒い袋、
二重に入っているのが、
てんてんと置かれているということですね。
羊に見えるんですよね。
宮路晴夏
飛行機の上からは。
一戸信哉
飛行機の上からは羊に見える。
今、車はですね、遠別町。
宮路晴夏
遠別町。
一戸信哉
遠く別れることがあって、
遠別町に今入りました。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
撮影したものとかね。
宮路と稚内をぐるぐる回って、
宮路晴夏
三日目?四日目?
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
いろいろ撮影しました。
行ったところは、
防波堤ドーム?
一戸信哉
防波堤ドーム。
防波堤ドームを説明できます。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
私も稚内に来て初めて知ったんですけど、
防波堤ドームは、
そこに鉄道があって、
海まで行く。
海まで行く?
一戸信哉
稚内駅の先に、
稚内桟橋駅。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
船の発着場?
一戸信哉
そうですね。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
のところまで行く鉄道が昔あって、
そこの駅のホームみたいな感じだったんですよね。
一戸信哉
そうですね。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
そこにたくさん人がいたと。
一戸信哉
はい。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
当時は。
今はもう普通に何もない。
人が歩けるようになってる。
一戸信哉
その船はどこに行くんですか?
樺太に行く船に乗り換える人が、
鉄道から降りてすぐに船に乗ると。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
はい。
一戸信哉
乗り換えができるようになっています。
新潟駅における在来線と新幹線の乗り換えみたいな。
ああいう状態ですよね。
パッと乗り換えられるように。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
そう。
すぐ海ですからね。
一戸信哉
はい。
防波堤ドームというのは、
なんていうの?
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
波を。
一戸信哉
え?
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
え?
波よけじゃないんですか?
一戸信哉
波よけです。
海に面したところに乗り換え口があるけど、
そこに高波が襲ってくると、
みんな波に飲まれてしまう。
そういう危険さらされないように作られたのが防波堤。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
防ぐ波。
防波堤。
一戸信哉
はい。
宮路晴夏
あとは、
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
樺太記念館。
百年記念塔。
宮路晴夏
いやー、風強かったよね。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
風強かった。飛ばされるかと思いましたね。
一戸信哉
あれ、そこに狐いました?
あの辺にもよく狐いるの?
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
いや、狐は見てなかった。
一戸信哉
狐はあったよね?どこか。
宮路晴夏
あの、白い道のところで。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
宗谷岬。
一戸信哉
白い。
茶色い狐でした。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
うん。
一戸信哉
黒い狐がいた?
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
黒い狐は街中に。
一戸信哉
街中にいたんですね。
結構狐いますよね。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
もう、車はよけないですからね。
一戸信哉
だと思いました。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
あと氷雪の門。
一戸信哉
氷雪の門は絶対に。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
氷雪の門は、
女性の像が立ってて、
樺太に対する悲しみ。
顔が空を見てて、
こっちからは表情が見えないんですけど、
なんかいろいろイメージさせる感じで
作っている。
一戸信哉
なるほど。
で、その塔の隙間から、
塔のところから、
樺太が見える。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
晴れてれば。
一戸信哉
見えました?
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
うっすら見えましたけど。
一戸信哉
うっすら見えました。
40キロですかね?
両岸の一番近いところで40キロ。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
新潟から佐渡までぐらい。
一戸信哉
佐渡ぐらいですか?
佐渡はもうちょっと大きく見えますけどね。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
確かに。
一戸信哉
こんなに大きくは見えないですね。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
横にでかいからじゃないですか。
一戸信哉
そうでしょうね。
今、車が通過したところに
日本最北の水田というのが書いてありました。
宮路晴夏
水田?田んぼ?
一戸信哉
水田はこの辺が限界なんですよ。
田んぼ?
田んぼ?
他の辺りは水田はないんですよ。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
見てないですね。
一戸信哉
ありません。
畑、濱谷さんは畑やってたじゃないですか。
ジャガイモを作ってたじゃないですか。
宮路晴夏
今日の敬和キャンパスレポは、
出張収録で北海道に来ている
チルネショーワ真梨弥と
宮路晴夏と
一戸信哉先生でお届けしました。
今日はここで時間切りです。
いっぱい話しましたね。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
止まらなかったですね。
宮路晴夏
何食べてるんですか?
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
せこまのおにぎりです。
宮路晴夏
何味ですか?
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
梅です。
宮路晴夏
今日の時間はここまでです。
後半もお楽しみに。
(齋藤)チルネショーワ真梨弥
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今日の敬和キャンパスレポ、終了の時間です。
みなさんおやすみなさい。
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