1. ケイシャのしゃべり場
  2. #174 【後篇】実験映像作家が..
2025-05-02 47:39

#174 【後篇】実験映像作家が生み出す“違和感”の正体に、映画監督と迫る!/D.江口カン&【社外ゲスト】伊藤高志さん

【内容】江口監督作「めんたいぴりり」で伊藤高志氏がドキドキするシーン/2人がドキッとした作品▶️松本俊夫監督作『薔薇の葬列』、劇作家・唐十郎氏の「屋台崩し」/夢と現実の境が見えない演出/シネセゾン時代/映画の予告編を作る中で得たもの/映像の制作費を聞いてみた!/映像を生み出し続ける、その原動力とは/作る過程での喜びのピークは?/METAFIVE「The Paramedics」『悪魔の回路図』、アウトラインの作り方が斬新だった👀/もし伊藤高志氏がジブリにいたら/スタンリー・キューブリック監督作「フルメタル・ジャケット」/“ステディカム“が生み出す違和感/代表作『遠い声』『甘い生活』、『12月のかくれんぼ』、『ZONE』『ビーナス』/京都造形芸術大学の教授時代/松本俊夫氏の「育てる力」が凄かった!/違和感の作り方/傘やバットを引きずる演出/ちょっとしたズレが気持ち悪さに/食べるシーンの思惑/人をハッピーにする映像⁉️/“オモシロイ“の定義/実験したくなる〜!/伊藤高志作品にどっぷり浸かれるイベント情報も🎥

【ゲスト】
伊藤高志さん/⁠⁠⁠⁠⁠⁠実験映像作家 (@19560208ti)
⁠⁠江口カン⁠⁠/映画監督・KOO-KI取締役会長

【出演】
泥谷清美/KOO-KI 広報
原山大輝/KOO-KI アシスタントディレクタ

【伊藤高志作品を浴びる!直近イベント情報】
🎥「像の旅 伊藤高志映像実験室」
@田川市美術館
▷⁠2025年4月12日 ~ 2025年5月18日

🎥企画上映 アーカイヴ・コレクション Part 19
七里圭「ピアニストを待ちながら」
伊藤高志「遠い声」 +収蔵作品集
@福岡市総合図書館 映像ホールシネラ
▷⁠2025年5月3日~5月11日、5月17日、5月24
★2025年5月3日(祝)〜はトークイベントもあり‼️

▼この番組は映像制作会社KOO-KIで働くクリエイター達が、ゆる〜く雑談していく番組です。感想・質問などお便りお待ちしてますので、お気軽にどうぞ!フォームは⁠⁠⁠こちら⁠⁠⁠

⁠⁠⁠番組の概要⁠⁠⁠

【BGM/Jingle】invisi ⁠https://invisi.jp/⁠
【Sound material provided by】OtoLogic ⁠⁠⁠⁠https://otologic.jp/⁠⁠

サマリー

このエピソードでは、伊藤高志さんと江口カンさんが実験映像の制作過程やその中での“違和感”について議論しています。映像作品や舞台芸術におけるフィクションと現実の境界を曖昧にする手法や経験が語られ、アナログ技術の創造性とその影響力についても考察されています。また、彼らはアニメーションと実写の混合、映像表現の進化、そして自己の内面に迫るテーマについても話し合っています。さらに、彼らは映像制作における「違和感」の創出について対談し、制作過程でのメンタルや教育の重要性、映像編集技術の特異性にも触れています。伊藤高志さんが映画監督と共に自作の作品について語り合い、映像における「違和感」の正体に迫る内容が展開されています。視聴者は映像制作の楽しさや新しい発見を得ることができるでしょう。

実験映像の探求
ケイシャのしゃべり場。
でもそれはやっぱり、伊藤高志で育ったから、実験しないわけにはいかない体質になっちゃってるんで、
少なくとも何かちょっと、1個でも何か新しい実験入れたろうかなっていうのは、いつでも思ってするやん。
メンタイピリリを見ていても思いましたよ。
お互いに実験集を鍵取る能力がすごいから。
助人だらさんが出てくるところとかね。
そういう幻想シーンで処理してるのはいいんだけど、時々楽屋落ちっていうか、
これメンタイの映画なんだけどって言って。
通り紋がいきなり出てきて。
あんなのね、見ててドキドキするわけですよ。
ドキドキする?
しますよ。フィクションとして見てるのに、恐ろしい楽屋落ちっていうかね。
部屋の裏が突然ぶち込まれてくるみたいな。
え、これいいのかな?みたいな感覚がドキドキさせるんですよ。
それをやり抜くっていうね、カンさんの実験精神はすごいと思いました。
確かに江口さん作品も井戸さん作品もそうですけど、ドキッとする瞬間多いですよね、結構。
なんかそのドキッとが、例えばホラー映画で突然そういうお化けが出るドキッともあるんだけど、
今自分はこの映画という作られたものを見てんだっていうことに対して客観的になるドキッともあるんですよね。
そうそう。
ちょっとメタというか、そこは。
それを入れながらも冷めさせないみたいなことが多いですね。
いやだからね、そうなんですよ。松本俊夫の劇映画のね、バラの草列っていうピーターの初出演作品も見たことあります。
あれなんかも、ピーターが主演なんですよね、池畑慎之助でしたっけ今はね。
彼が芸能役で出てるすごい映画があるんですけど、フィクションとしてやってるんだけど、いきなりインタビューが入るんですよ、ピーターに。
松本さん自身がインタビューし始めたりとかね。
やっぱり見てる方はずっとフィクション見てる感覚なのにね、いきなりそういうものが入ってくることで、え?とか思わないですよね。
そういうことをね、松本さんあたりはね、結構意識的にやってたことが、私たちに伝わってるんですよね。
あともうあれですよね、空十郎さんの舞台とかもそうですよね。
テントの中でやってるんだけど、最後大体必ずテントがバカッと開いて、周りの景色が見える。
今ここで見てたんだなっていう。
たくさんありましたね、そういうお芝居ね。
70年代とか、福岡でもずいぶん東京の劇団が来てね、テント芝居を。
最後の舞台崩しって言ってね、今おっしゃられたような。
完全だから裏側が見えちゃうってことですよね。
壊しちゃうんですよ、壁とか。
バーンと壊して、その場所が見えちゃう。
だから最後まで夢の世界に置いてくれないっていう感じかな。
有名なピヨネソっていう昔ね、長谷の海岸にスモベ屋があったんですよ。
そこを使って、その福岡の劇団がやった時に、最後の舞台崩しがあるんですよ。
壁がバーンと倒れると、長谷の海岸が奥に見えるっていう。
そっちに向かって、役者たちがずっと海に向かって。
素敵!
素敵それ。
そういうお芝居ですよ。いっぱいありましたね。
本当にそれもフィクションか現実かわかんないっていうところもありますよね。
そうなんですよ。現実と現実ではない世界を同価値にしちゃうっていうかね。
別のものではなくて、同じものにしちゃうみたいなことは、
そういう舞台でもあったし、僕もそういうことはものすごく考えて映画作ってるんですよね。
方法としてはね、例えば男は辛いよっていう映画でね、
一番最初に寅次郎が見る夢があるじゃないですか。
夢を見るんですよね。夢のシーンから始まったりする。
それで寅次郎が目をパッと覚めるっていう、
ハッと目を覚ますというワンカットがあって、現実に入っていくんですよね。
じゃあ、そのハッと目を覚ますっていうカットがなかったらどうかっていうね。
確かに全然違います。
そうそうね、どこまでが夢なのかわかんないみたいなことが起こり得ると。
それはだからそういう演出の方法ですよね。
そういうことをうまく使っていくと、境がこう見えなくなってくる不気味さがね、生まれるんですよね。
それはいろんな映画を見てて、そういうアイデアが出てくるんですよね。
男は辛いよ見て、思うんですよね。
たぶん私は絶対気づいてないですよね、そういうのにね。
たぶんそういう視点がないと気づけないですね。
ある意味ちょっと意地悪な見方というか。
意地悪なんですけど、でも探そうっていう気持ちを持ちながら見ると、やっぱりいろんな見え方がしてきますよね。新しいね。
ちなみに、つい格論の話ばっかり言っちゃうんで、もうちょっと俯瞰的な話で聞きたいのは、今まで何本くらい撮ってこられたんですか?作品として。
本数はどのくらいなんだろう?ちゃんと数えたことないんだけど、40本くらいかな?
40本くらい。
短編長編入れて。そんなのないかな?
年一くらいな感じですか?
いや、今はもう3年に1本くらいですね。
初期は1年に1本ずつ作ってて、だから大学卒業した後、東京でサラリーマンやってましたね。
西部百貨店に入って、西部が作った映画配給会社に10年間いたんですよ。シネセゾン。
はいはい、シネセゾン。一時期すごい良かったですよね。
ミニシアターの走りっていうか。そこで宣伝部に行ってね、予告編とか作ってたんですよ。
ちゃんと実験せずに作れてたんですか?
そこはね、そこはものすごく商業的な気持ちで、要するに観客が面白いと思えるような予告編をずっと作ってました。
それが評判良かったんです。シネセゾンの映画ってね、売りにくい映画が多くてね。
アフリカの映画とか東欧の映画とかね。宣伝しづらいんですよ。絵的にも静かなのが多くて。
それでいかに面白く見せるかっていうのは、どう見せないかっていう。どう見せないかをものすごく工夫しましたね。
それでね、映画を何回も見ることになるんですよ、予告編を作るときって。ものすごく勉強になったんですね。
カットのつなぎとかをね、本当に細かく見るんで。
このカットの次に、このカットがなんでこのカットなのかっていうことをすごく考えたりする時間があって。
これはね、自分の中ですごく勉強になりましたね。
その時期に毎年1本作ってたんですよ、16分以内。
イメージフォーラムフェスティバルっていう実験映像のフェスティバルが毎年開催されていて、それの招待作家だったんでね。
毎年出してましたね。大変でしたよね。
ちなみに、あんまりこういうこと誰も聞かないんじゃないかなと思って聞くんですけど、大体いくらぐらいかけてるんですか?
よく聞かれますね。
16ミリなんでね、結構フィルム現像費ってかかるんですよ。
作品の時間が短いから、5分とか10分とかね。
それってだいたい50万円前後。毎回。
でも美術的なこととかも結構やってるじゃないですか。そういうのも全部含めてですか。
作品によって違いますけどね。でも100万超えることはなかったんですかね。
ビデオになってからはね、ほとんどメディアの経費っていうのはかからないので。
そうですよね。
出演者はボランティアっていう。
ご反対だけは出しますけどね。
出たいっていう人が多かったので。
そうなんですね。
そんなもんですよ、希望的には。
やっぱその学生時代の作品作りの延長な感じなんですかね。
そうなんですね。
だからね、学生時代に作ったっていう経験がものすごい良かったですね。
一人で作るっていう経験がね。
もうその、やっぱり辞めちゃう人もいるじゃないですか。
そうならなかったのは一体何だったんですか。
やっぱり、なんだろうな。
自分で、自分が何を作れるだろうかっていう。
映像制作の手法
自分に対する興味は昔からあったんですね。
だから、スペーシーボックスサンダーってこう作っていって、
作っていくうちに違うアイデアが出てくるんですよね。
それをじゃあ次やろうみたいな。
それの繰り返しですよね。
もっと自分に何かができるかもしれないっていう、
自分に対する可能性みたいなことは捨てずにね。
その気持ちは持ち続けていたからこそ続けてられるんだろうなと思いますけどね。
やっぱ出来上がった時はもう嬉しくてしょうがないわけですよね。
一番感情のピークはじゃあ編集終わりですか。
そうですね。編集の最中かな。
撮ってる時よりも。
撮ってる時よりも編集の時ですよね。
編集がやっぱり一番面白いですね。
撮影は誰かにやって欲しいって思うぐらい。
こんな風に撮ってって渡して撮ってきたものを
編集する時はものすごく嬉しいですね。
それでか、この間飲んでる時に
META5のね、META5ってバンドで高橋幸郎がやった
すごい豪華なメンバーのバンドのPVに
ミュージックビデオに高橋さんの作品が使われてるんだけど
ところがこれは素材提供だけで
今まで撮ったことがある、今まで撮った作品の素材ですよね。
編集をその多分ミュージックビデオの監督がやってるんだけど
かっこいいわけよ。
めちゃくちゃかっこいい。
そうか、高橋さんのあの映像がこういう音楽に乗ってカットアップされると
こうなるんだって、かっこいいっすねって言ったら
あれ、編集がダメだなって。
ダメだなと言ってない。
そこまで言ってないですけど、自分がやりたかったって言ってます。
自分がやりたかったですね。
それでも俺がやるって言ったらそれはそうなってたんじゃないですか。
なってたと思いますけどね。
そうなんですよ。言っとけばよかったなって今考えるとね。
ちょっと遠慮しちゃいましたね。
経営者のしゃべり場
個人的に好きな作品が悪魔の回路図が結構好きだったんですけど
ビルを東京のいろんな箇所でちょうどコンパスで円を引いて
地図で円を引いてその箇所から一周一定の距離で撮り続けて
それをコマ送りにしてるんで
一周ビルが回ってるように見えるっていう映像なんですけど
あれの仕組み自体もやっぱ面白いなと思いつつ
途中でそのフラッシュしかり
なんかアウトラインのパスしかりっていうのがいっぱい出てくるじゃないですか
あれがまた最高に面白いなと思ってて
あのアウトラインを引いてるのって
当時どうやってたんだろうってずっと気になってたんですけど
コピー機ですね。
コピー機?
コピー機でなんかそういう効果みたいなのあるんですよ
その境界だけ出す?
境界だけ出す
そうなんですね
人間の顔なんかをそのコピーにかけると線で描いた絵が出てくるっていう
なるほど
そういう効果を使って
コピー機だったんですね
画像処理っぽい感じを感じたのでどうやってんだろうって思ってたらコピー機だった
そうなんですよ
完璧にアナログ
コピーの効果っていうかね
ネガポジ反転のコピーもできたし
フレームラインだけを出すっていうのもできたし
4,5種類くらいできたんで
それを全部使って
なるほど。おもろいな
どっかのコピー機をずっと占領してひたすらたくさん出してた
そういうことですね
迷惑ですよね
そうですね
新しい視点の発見
友人のデザイン事務所にあったコピー機を使わせてもらったんですけど
ちょうど空気のテレビがあるところでこのDVDみんなで見てたときに
悪魔の返らずこれどうやってんだって話になって
コピー機だったんだ。おもしろいな
そういう手法を考え出すのもやっぱお好きなんですか?
そうですよね。もちろんね
必ず何かしら新しい手法が入ってくるんじゃないですか
そうですね
だからCGで作品作らないんですかとか言われるんですよね
ものすごく現代的なメディア、最先端のメディアを使って
作品作らないんですかってよく言われます
使えたら使いますけど、使えないものは使えないんでね
でも何でもできちゃうCGとかっていう手法からは出てこないことですよね
そうなんです
僕も普段CGを触ってる人間なんですけど
これやっぱもう撮らないとできないなって感じはしますね
できないし、撮る撮らないとかもあるんだけど
なんていうのかな
さっきの切り返しのパターン、切り返しに関して
みんなが思ってる法則みたいなものを破ろうよって思うっていう発想が
CGで何かやろうよって発想と全く違う脳みその回路じゃないですか
そこがなーって思う
けど一方で僕ちょっと思うこともあって
仮にたかしさんがジブリにいたとしたら
これはこれでなんかめちゃくちゃなものができるんじゃないかな
ジブリですか
でも早尾さんも結構やっぱり自分の会社のスタッフたちを使って
結構めちゃくちゃなことをよくやってるじゃないですか
今までのアニメにないようなことを
個人映画のノリで
そうやってるんで
なんかそういう環境に身を置いたたかし作品っていうのを見てみたいなって
思う時があるんですよね
ちょっと生まれ変わったらね
人生前かもしれないですね
例えばステディカムカメラってあるじゃないですか
振動とか揺れを完全に吸収して
滑らかに移動できる
あれ出始めた頃ロッキーとかで最初使われて
すごく不思議な移動の運動だったんですよね
それでいろんな映画とかコマーシャルなんかでも使われ始めたんだけど
キューブリックフルメタルジャケットっていうベトナム戦争映画があって
あれではねステディカム使うんですけど
ステディカムにあえて振動が伝わるように
ガクガクガクっていう振動が伝わるように作ってるんですよ
それで移動撮影してるんですよ
だから見慣れた動きじゃないんですよ
でもハンディーでもないわけですね
そうハンディーでもない
滑らかなんだけどすごく振動してるっていうかね
そのすごい違和感なんですけど
その違和感が戦場の酷さとか怖さみたいなことをちゃんと描いてるっていう
だからキューブリックなんかは
そういう当たり前に使われて生まれる効果に対しての疑いみたいなことから
何か発想してるんだなと思ってね
確かでもステディカムってキューブリックのシャイニングで
シャイニングで頻繁に使ってますね
キューブリックが使ってキューブリックが壊したんでしょうねだからね
そうかフルメタルジャケットはずっと後ですからね
面白いですよね壊していくっていう
伊藤さん作品の中でも自分の手法を自分でちょっと壊す的な発想ってあったりします?
ないですね
ないですか
壊しまくってません
そういうのもちょっと感じたりしたんですか
制作手法の変化
壊さなきゃって思う前に飽きちゃうんですよね
もうこのし方はいいやみたいな感じで
ちょうど飽きちゃってその後ちょっと物語的なものに移行していくんですけどね
でも最近のやつでもやっぱりちょっとコマ撮り入れたり
ありますね
ちょっとバルブ入れたりあれはファンサービスなんですか
ファンサービス
ファンサービスというよりは
つまり実写的な視覚的な世界とコマ撮り的なものって違和感があるんだけど
違うものなんだけどそれをくっつけた時にどういう視覚的な世界になるかということには興味があるわけですよ
だからスペーシーから初期の頃ずっと作ってたようなトリッキーな方法を
実写の中に組み込んでいったらどんな新しいものができるだろうっていう考えはあります
遠い声なんかもそうなんですけど
ド頭にコマ撮りの映像から始まるんですけど
あれはそういう方法をぶち込みたいっていうところから始まった映画なんですよね
そこから発想したんですか
そっからですね
伊藤隆ファンからするとコマ撮りがそこに出てくると
起きたよと
やってくれるんだと思っちゃうわけですよ
それは次の作品でもそういうことはものすごくやりたいなと思ってて
なんかそうですねだから今隆さんが実写の中でっておっしゃってたけど
演劇的演出っていうか演劇的演出と実験映画的演出がどんどんどんどんミックスされていってる感がしますね
僕結構意外と驚きだったのがあんまり肉体を感じさせる作品が少ない中で
肉体表現する人が出てくるなんだっけな
甘い生活か
コンテンポラリーダンス
グニャグニャ動くんですか
ダンサーを使ったやつですね
あれは京都での一緒に大学でやられてた環境があったから
そうですね大きいですねそこはね
映像舞台芸術学科っていう学科が2000年に出来上がって
そこの映像の責任者だったんですね私がね
舞台の方は太田昭和さんという演出家で
それは合体した学科なんでね
学生は一応映像の方と舞台の方と受験をして入ってくるんだけど
入ってきた学生に対しては同じことをやらせるんですよ
演劇をやろうとしている子にもビデオカメラを持たせて
自分で撮影して編集してみたいなことをやらせるんです
映像をやりたいという子も日部やらせたりしてたんですよ
ダンスとか日部とか
そうやって一緒くたにしちゃって
面白い学科だったんですよ
甘い生活に出てくれてた寺田美沙子さんっていうのは
映像と舞台の方のコンテンポラリーダンスの先生でね
先生だったんですね
動きが普通じゃないもんね
指先まで足先まで
あれは編集でちょっといじくってます
ちょっと人間じゃできない動きですね
すごい不気味だったっすね
映像と舞台が合体した学科だったから
そういう交流が激しくありましたね
映像と舞台をミックスした講演を
何か考えましょうよとかいうね
非常にクリエイティブな現場でしたね
面白かったですね
その舞台に映像を投影するみたいなこともされてましたよね
あれも面白かったなと思って
映像はあくまでも曲を出して
そこに肉体を持った人が絡んでくることによって
そこがないまぜになった空間が生まれるじゃないですか
それで何か新しい表現ができないかみたいなことをね
模索してましたね
お互いに先生同士でね
何かそういうだから何て言うかな
作風がめちゃくちゃ終わりだけれども
何とかそういう割と来るもの拒まず的な
そういうものをどんどん取り込みながら
やられてるなって思いますけど
そうですねよく考えるとね
割とうまくやってるんですね
そうそう
鈍欲 秋っぽいっておっしゃってたけど
秋っぽさも鈍欲さの一つのかもしれないですけどね
そうかもね
そうですね
よくうちの会社にもフィルムで撮ってみたいんですよ
みたいなことを言うやつがいますけど
あっさりもう辞めたわけでしょ
もういいやと思って
そうですね
こだわりはもうなかったですね
そうですよね
いまだにこだわってるそういう映像作家っていっぱいいるんですけど
私は全然こだわりなかったですね
むしろデジタルでの可能性みたいなことを追求したいなみたいな
そういう欲望のほうが強いですよね
だからすごくそういう意味では本当にどんどんどんどんね
取り入れてるんですね
変化してる
そうですねそこはあんまり頑固じゃなかったですね
伊藤さんのDVDを頭からずっと見ていったんですけど
年代順になってるじゃないですか
その変化をすごい感じて
ここでこういうの取り入れたから
次の作品にもそういうのが出てきてるみたいな
すごい面白かったなって思ったなと
なんかそのこのDVDディスク1とディスク2があるんですけど
ディスク2からお子さんが出てきたりされてますよね
それもまたうまく自分の人生を取り入れてるというか
実のお子さん
実の子供がね
割とそうですね
子供ができた頃っていうのはそうですね
なんか子供ができることによって
私自身のことを考え始めたっていうかね
親っていうのは何だろうとか
子供と親の関係とか
なんかそういう自分って何だろうみたいなことを
考えた時期が結構あって
だからビデオで子供を撮った前後の作品って
割とそういうテーマっていうかな
ゾーンなんかもそうですね
割と自分って何みたいな
いやそれはね
子供を撮った12月のかくれんぼっていう映画なんですけど
これね東京での仕事を辞めてね
京都で大学の先生になって
一番最初に作った作品なんですよ
それでその当時の学生たちがね
その当時の映像の先生たちにね
自己探求と残酷性
先生たちが全然映像作ってないと
いい教育者がなんか知らないから
自分の作品全然作ってないじゃないですかって
言ってきたわけ
その時伊藤さんは作って
作ってなかったんですよ
もう3年くらい作ってない
それで下国城上映会やりますと
下国城上映会
先生たち作ってくださいって
僕たちも作りますとか言って
一緒に上映会やりましょうって
下国城上映会っていうのをやった時に
作ったのがこの
12月のかくれんぼっていう
ビデオ作品なんですよ
で下国城上映会やって
帰り討ちに
してやったんです
してやったんですけど
この作品がものすごくきっかけになって
ビデオで作るってことも初めて
そこからビデオでしたね
それもよかったんですけど
これをね
イメージフォーラムで見せた時にね
外国のお客さんかな
が子供をね
要するに危ないところに置いたりしてる
木の上とか
石垣の上とかね
一人で遊んでるみたいなのを
撮ってるシーンを見て
残酷だって言われて
親として
ひどいことやってる人がいて
その時に
ハッとするわけですよね
そうだ
自分は子供を
被写体としか考えてない
作家の
一つの要素としてしか
子供を考えてない
っていう風に
自分が考えたんですよね
そういう
自分のねじ曲がった
精神性というか
ある意味残酷なものが
潜んでるのかもしれない
映像のためだったら
そう
やっちゃえみたいなところですよね
人が死んでも構わないみたいな
なんかそういう恐ろしいものをね
自分の奥底にあるんじゃないか
みたいなことを
そういうことをテーマにしたら
どんな映画ができるんだろう
ゾーンっていうのはまさにそういう
そういう作品なんですよね
ちょうど高橋美術館で
ゾーンやってまして
見たんですけど
伊藤さん自身を
自分の内側をえぐるみたいな
そんな感じの内容に
見えて
しかもまたすごい
視覚効果だらけで
すごいなこれって思ったんですよね
だからもちろん
自分の残酷性みたいなこと
深刻には考えないわけですよ
もちろんね
映画としてね
そういうことをテーマにしたら
どんなイメージが生まれるんだろう
みたいなことで
映像制作の楽しさとスランプ
テクニックをいろいろ使って
面白い映像ができないかとかね
作ってる時は結構楽しくない
ほがらかに作ってる
テーマはすごく深刻だけど
映画って全部そうですね
自分の作品はね
割と深刻な死とかを
テーマにしてますけど
作ってる時はもう
キャッキャ言いながら
撮影の技法思いついたら
やったーとか
そんな気分で作ってますからね
そしたらそんなに
スランプみたいになることって
ないんですか
スランプになったのはね
東京でお仕事をしてる時に
毎年作ってたのが
作れなくなった時ですね
作れなくってのは
自分のメンタル的に
物理的にというより
メンタル的なものでしょうね
要するに作りたいものが
なくなっちゃった
それまでやってきたことの延長としては
もう行き詰まったわけですよ
何も思いつかない
一番最後の作品が
ビーナスっていう作品なんですけど
その写真のコマ撮りなんですけど
自分の子供と
母親も出てくるような
顔が隠れてる
そうそう
あれでもうできない
とか思って
自分でも全然面白くないと
思ったんですよ
出来上がったものが
でも今見ると結構面白い
自分で思って
あれ結構いいじゃんこれ
長い年月の後でね
見るとね
スランプっていうと
その時ですね
作らなくてもいいじゃん
っていう気持ちになったし
その最後の2,3年はね
仕事も忙しかったですね
教育と学生への影響
映画の配給会社もね
中間管理職的な
役職になっちゃって
やっぱり京都に行って
ものすごく
学生から刺激を受けましたね
環境って大切ですね
大切ですね
ちょうどそれも
松本敏夫が
作った大学の
コースなんですよね
映像コース
そこに呼ばれたんですよ
松本敏夫さんが呼ばれたんです
それで教師を始めたんです
だから松本敏夫さんが
実験映画を
映像の教育の
骨にしてね
カリキュラムを作って
中に呼ばれていったんですよ
松本敏夫さんが
やっぱりね
松本敏夫を育てる力が
ありましたね
なんか
伊藤さんも参考にされてるんですか
先生としてやられてる時に
松本さんだったりとか
もちろんもちろん
参考にされながら
参考にしてますよ
京都に呼ばれた時は
まずはね
短期大学だから
たくさん作らされるわけですよ
私もゼミで担当したり
することになるんですけど
松本敏夫さんから
伊藤さんが学生を
絶対褒めろよって言いました
いいところを見つけてね
必ずその部分を
相手に伝えろと
褒めろと
厳しく言われたんです
それはものすごい厳しく言われた
でねやっぱり
その教えにのっとってですね
短期大学の
やっぱりなるべく褒めてね
自分たちで動き始めるんですよね
やっぱ嬉しいでしょうね
やっぱ嬉しくって
もっともっとやろうっていう
気持ちに
シンプルなことだけど
なるんですね
僕もこの前の飲み会で
僕もいっぱい褒められて嬉しかったもんね
そこだったんだ
でもねだんだんね
褒めすぎるとね
学生も気が付いてくる
これも手法だなと
伊藤隆の
載せられてるんだ
先生も褒めるのいいから
ちゃんと批評してくださいと
言われましたよ
でもそこで
本当の話ができていいですね
褒めてるときも本当の話してるんですよ
自分としては
ちゃんとね
指摘してあげてね
でもやっぱり
ちゃんと指摘してあげるとね
本当に喜びますね
単に褒めるだけじゃなくてね
確かに先生に
指摘も欲しいし褒められも欲しい
っていうのは学生の気持ちとして
あるだろうなってかなり思いましたね
違和感のある映像表現
ちょうどうちもね
新しい社員が入って
原山も
今まで一番下でね
雑用ばっかりさせられてたのが
やっと下が入ってきたもんね
そうですね
褒めないといけないですね
確かに言われればそこまで褒めてないかもしれない
まだ2週間しか経ってないですけど
まだ2週間か
ちょっと参考にさせてもらいます
絶対褒めたほうがいいですよ
自分の子供もそうですよね
そうですよね
しかってばっかりだ
しかってばっかり
しかっちゃうけどね
確かに編集の
違和感は本当にすごいな
って思って
そういう意味では
今回いくつか先に送っていただいたやつが
いましたけども
僕もまた
ちょっとパクりたいなって思いました
やっぱり
本当に
なるほどな
って思って
この違和感の作り方
不気味さの作り方って
本当すごいなって思って
どこですか?
もう至る所にそれは感じるんですけれども
決して絵のルックが
不気味なわけでもなんでもないのに
あのなんか展開とか
編集で
それからもうちょっとだけあるんですけど
あれで不気味さを
作っていくってすごいな
そしてやっぱり
その根本にある
一個のセオリーはやっぱり
普通の編集はこうだよね
っていう前提で
やってるのが
すごいと思いました
割と省略の仕方って
意外と重要かな
って思いますね
シーンからシーン
映る時の間の
省略の仕方とか
私どっちかというと
クローズアップから入っていって
後でロングに行くみたいな
見せ方が多いんですよね
ロングがバーンとあって
そういう時もありますけど逆の
説明しない
アップがあった時に
その人物がどっかを見てる
そうすると目線の先を
観客が見たいじゃないですか
見たいんだけど
そうですよね
いやもう裏切り方
欲求不満をね
募りながらね
で後でバーンとその欲求を
解放してあげるみたいな
ロングショットをガーンと出すとか
それはでも
劇映画の手法でいっぱい
ありますからね
参考になるんですよ
優れた劇映画の
編集がね
そしてまたそれを
参考にさせてもらう
人もいるという
あとあれですね
同じように新しい登場人物の
投げ込み方がまた
なんかね
唐突感が
やっぱ気になるんですよね
あれって
この人誰みたいな
毎回俺も誰誰って言いながら見てました
それがやっぱり何をしてくるんだろう
っていうのを
気にさせ方がすごいですよね
問い声はね
いきなり出てきますもんね
えってやっぱり
思わせたいっていうかね
全部
計算の上なんだなだから
傘は引きずるとか
あれはどういう意味があるんですか
結構バッと
引きずったりとかね
いろんな作品で引きずるんですよ
それ一回
そういう質問を受けたこともあるんですけど
あのね
出てきてるその登場人物
引きずってる人達って
なんかね
制御不能なとこがあるわけですよね
自分の気持ちをね
自分の中でガンガン燃えていくものを
どっか放出しなきゃいけない
放出しないとバランスが取れない
みたいなことで
飛来心ですね
飛来心
逃がしてんすか
後付けですよね
そうなんですか
作ってる時はそんなこと何も考えてないんですけど
そういう質問があった時にね
とっさに
飛来心っていう感じ
でもそうかもしれないと思い始めて
自分でも
逆なのかもしれないわけですよ
地面からエネルギーを
もらってるみたいなね
どっちでもいいんですけど
まあまあ
でもあのいうアクションって
ちょっと怖いじゃないですか
可愛い女の子が
引きずってるっていうね
実際に見たら怖いですよ
日常で
怖いですよ
何してくるかわかんないですもんね
なんかねちょっと不気味な怖さっていうのはね
例えばですよ
日常生活の中でね
学校の中でね
先生が歩いてるとするじゃないですか
学生が来て
朝だとおはようございますって
お互いにおはようと言ってすれ違うじゃないですか
これはもう普通なんだけど
あの
向こうがねおはようございますって
通りすがりにおはようございますって
もう一回言うとするじゃないですか
あれ?2回も言ってみたいな
ちょっと不気味な
気持ちになるじゃないですか
じゃあね3回言ったらどうだ
おはようございます
もうねコメディーな
確かに
なんかちょっとしたきっかけで
ズレがねガーっと生まれてくるっていうね
面白いですね今の話
なんかね
それをどう演出するかなんですけどね
でもちょっとしたズレでね
なんか気持ち悪くなるんですよ
日常の生活の
その動き
人々の動きをちょっと崩したら
どうなるかみたいなことは
よく考えますね
もう一つ
食べてるシーン毎回あるじゃないですか
ありますね
あれも表情で食べてたりするんで
それも気になるんですけど
あれも毎回意図的に
入れてるって感じですよね
そうですねやっぱり
食べるっていうのは
その人が生きてる
っていう感覚が強く
出るなと思ってね
それで
食べる子を誰にするかっていうことと
その人は実際に生きてる
だけど他の人は
幽霊みたいな
そういう設定もあるわけですよね
誰もが食べてるってわけじゃなくて
特定の人物が食べてる
確かにそうですね
面白いな
変なことばっかり考えてるわけですよね
普段から
ズレ、ズラシっていうかね
ここ最近立て続けに
伊藤さんの作品をガーッと見たので
僕もその世界にだいぶどっぷり
ハマっちゃって
普通に朝出勤してくるだけで
信号の音とかだけに
気になっちゃったりしだすんですよ
そうなってましたね
すごい影響
ずっと見てました
そうやって生きてたら日々楽しく
生きれそうですね
いろんなところに視点が出てくるようになって
くるんだろうなって感じがしました
ぼーっと仕事のことばっかり考えて
歩いてたら何にもつまらないですね
ってことは
人をハッピーにする映像ですね
確かに
いろんな捉え方ができるようになりますね
僕は最後に聞いてみたいなと思ってた質問
うちの会社
シャゼットまでは
面白いものしか作りません
っていうことを宣言するんだって
あるときから決めて
映像制作の楽しさ
いろんなところに会社を説明するときには
出してるんですけど
たかしさんは
自分の作品は
面白い映画なのか
面白いんですか
自分が作ってて面白いんじゃなくて
面白いと思って作ってますよ
面白くしようと思って
もちろん自分が
面白いと思わないと
お客さんも面白いと思わない
っていうことで
作ってますね
自分で作った映画は
何回も見たくなるんですよ
最高じゃないですか
見てますよ
時々
見直したりして何回も見ます
ニヤニヤしちゃう
ニヤニヤ
最高ですね
そういう気持ちですね
それはハッピーですね
かなり
ちょっと頭が悪いって感じ
しないでもないけど
でも本当にそう思います
なんかひょっとしたら
世界で自分だけが面白い
自分しか面白いって思ってない
かもしれないけど
俺がこんなに面白いからいいや
っていうのは僕もあるんですよ
なんか
だって自分が一番面白いと思うものを
作りたいんですもんね
自分が面白いと思わないと
ダメでしょ
絶対そうですよね
でも世の中には
監督自身がうーんと思って
出来上がってしまうものって結構あるんじゃないですか
ありますよね
みんなそこは
悩んではいると思うんですけど
悩みどころでしょうね
無理矢理
うちの話にするとしたら
仕事をただの仕事にするか
どうかっていうところだよね
だからね
どんなものでもひょっとすると
いけるんちゃうんっていう気がするけどね
でもそのためにも
いろんな違うジャンルの作品を
見るみたいなことはね
しなきゃダメでしょうね
でも改めて映像を見て
いろいろ考えるの楽しいなってなりましたね
作っててやっぱハッピーなのが
一番いいようになって
僕も感じたんで
いつも仕事で映像を作ったりはしてますけど
そういう感覚になれないかな
っていう風にトライしてみるのは
全然やってみたいな
と思いましたね
それこそが実験かもしれない
そうですよね
実験したいなと思いましたね
美術館での特集上映
いろいろ見てて
僕もこういうのいいですね
役に立ちましたね
いろいろ見せてもらって
マジで良かったです
という感じでお時間も来てしまったので
今日は伊藤隆さんをお呼びして
実験映像
実験映画について
どっぷり語っていただきました
最後にひじやの感想は
私?
いや私正直
実は今回
リスナーの方が
見てない映像とかも
いっぱいお話してるんで
大丈夫かなって内心思ってたんですけど
すごく
面白いお話になったんじゃないかな
と思いました
聞いてて
めちゃめちゃ難しいことまでは
喋ってない気もするんで
聞きやすい内容だったんじゃないかなと思います
改めて
美術館の告知をしましょうか
実はね
田川市美術館だけじゃないですもんね
そうですね
田川市美術館は
5月18日まで
ともう一つ
5月3日から5月11日と
5月17日と5月24日に
福岡市総合図書館
映像ホールシネラ
こちらの方でも
伊藤隆と
七里慶監督の
特集上映がございますと
ちなみに5月3日
土曜祝日の14時からは
七里慶監督作品
ピアニストを待ちながら
上映後に
トークイベントがございまして
こちらに七里慶監督と
伊藤隆さんが出演されますと
はい
この回を聞いて多分伊藤隆さんの映像
気になってる人が多いと思うんで
そうですねまずは
田川市美術館に足を運んでもらったりとか
その福岡市総合図書館では
だからゴールデンウィークぐらいからですね
そうですねゴールデンウィークと
その5月の土曜日ですね
はいはいはい
足を運んでみて
伊藤隆ワールドを体感してみてはいかが
使っていただいてはいかがでしょうかと
はい
そのために大急ぎで
編集して
予定土地が
取って出しで
頑張りたいと思いますので
ぜひ皆さんも来てみては
ということで
今日はこの辺で終わりたいと思います
どうもありがとうございました
本日も
経営者のしゃべり場を聞いてくださって
ありがとうございます
経営者のしゃべり場では皆様からのご質問
ご感想を常に募集しています
映像制作会社の人に聞いてみたい
素朴な質問や制作裏話を知りたい
など何でもOKです
SNSでは
ハッシュタグ経営者のしゃべり場をつけての投稿や
DMも受け付けています
我々の励みにもなりますので
ぜひお気軽に
よろしくお願いします
47:39

コメント

スクロール