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私の心の濁流も流れることで穏やかになって澄んだ
2026-07-02 12:46

私の心の濁流も流れることで穏やかになって澄んだ

写真は京都の鴨川です。ほんの3日ほど前にひどい大雨で溢れて濁流ですごいことになってました。しかし流れ続けることで、循環し、汚れは流れ、前よりも澄んだ水になってる✨と聞いて、めちゃくちゃ感動したんよ!
これは、私の心や!私も自然き委ねて循環したから今日の朝とても穏やか✨心地よい。また静かに穏やかな美しい流れになるの✨それはあの、嵐の日々があったから。濁って溢れていらないもの、古いもの、汚れたものは流れていった✨私も家族も✨内側めちゃ澄んでる✨


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サマリー

京都の鴨川が豪雨で濁流となった後、再び澄んだ水に戻った現象から、スピーカーは自身の心の変化と「循環」の重要性を深く悟ります。感情を抑え込まずに流すことで、内面が穏やかで澄んだ状態へと変化し、母親の回復もこの循環の恩恵であると語ります。嵐のような困難な日々を経験することこそが、より美しく穏やかな流れへと繋がるというメッセージをリスナーに伝えています。

内なる変化と自然との一体感
こんにちは。今日は、ちょっとこう、すごいことに気づいたんですよ。でも、すごい内側のことで地味なんですけど、私の内側では、こう静かに大きく、なんか変わっていってるなっていうのは、なかなかこう、うまく言葉にできなくて、あの、配信がね、何回も下書きに入れてるんですが、なかなかしてないんですよね。
今回は、すごい来たっていうのをちょっと配信したいと思います。あの、このスタンドFMを聴いてね、あの、何回か聴いて、あの、行ってみたいな、会ってみたいな、ということで来ていただける方がおられるので、やっぱり丁寧にね、このスタンドFMは、私の感じたことは、聞れたことを発信してきてよかったなって思う日々なんですよ。
それもね、なんかね、以前とはちょっと違って、なんていうのかな、もう言葉にできない、こう、静かな感動というか、あ、これがやりたかった。こんな私でいたかった。こんな世界を作りたかったみたいなことになってるんですね。
内側ですごくこう、整って変化して、循環してっていうのをやっているので、なんかもうね、あの、外側にあんまり証明しようとなくていいかなってなったんですよね。はい、そんな中でですよ、ちょっとうまいこと、このね、なんか自然と私の一体っていう、その話をしたい。
鴨川の濁流と過去の気づき
以前にしましたね、木舟行った時にね、あの、川の流れ見てる風が気持ちいいな、緑が綺麗やな、あれ、私たちもこの自然の流れと同じじゃないって、木と川と人間と一緒じゃないって、私、人間もこの自然の中の一部じゃないっていうことに気づいたっていう話でね、めっちゃそれに共鳴してくれた方がいたんですよ。
で、ちょっとこうセッションしたりしてるんですけど、あの、今回ね、鴨川。もう皆さんご存知の通り3日4日前の豪雨、京都の豪雨すごかったんですよ。もう雨、風、雷もすごくて、うちの犬も怖がって。
で、私の家のベランダね、マンションの桂川が見えるんですが、あの、ちょっと離れてるんですけど遠くに見えるんですが、ゴーって流れているのが見えて、まああの溢れてこっちに来ることはないけど、川すごかったんですよ。なんか氾濫しかけてというか。
で、いつも穏やかなね、鴨川さえも、ぐわー溢れて濁流で、じゃーってなっても、もうコーヒー牛乳みたいな川が流れて、あー、なんか穏やかな鴨川がどうなっちゃうやろーって、みんなね、カップルが川べりに座ってのんびり過ごすね、京都はんなり鴨川が、ぐわーってなんか怒り狂ったようにね、もう流れて荒れてたんですよ。
で、ちょっとその映像またね、ニュースとかで検索したら見れると思うんですけど、YouTubeでもありますし、ちょっとそれをね、興味ある方は見てみてください。びっくりなんでね。
鴨川の透明化と心の循環
でね、今日の朝ですよ、あの京都の東高で皆さんが、あの鴨川穏やかになったねって、静かになった、サラサラサラいつもの。そしたらですよ、水がめっちゃ綺麗になっててんて。
サラサラ、上高知みたいに綺麗になってるっていう人がいて、私上高知が好きでね、いつか行きたいんですけど、やっぱりこう水の透明度は、あの新州とかね、その辺のこう山合いの上の方の水って綺麗ですよね。
で、京都も木舟の水綺麗やなと思うけど、だんだん南に下がってくると、ちょっと桂川の南に淀川とかなりにつれて、汚れが増すというか、あの水の進み方が濁っていくみたいな。
これはやっぱり自然の、自然の中のもう自然な節理というか、私これね、なんか人間も一緒かなと思って。若い時、赤ちゃんの時は住んでいる。けれどもだんだんだんだん年を重ね、10歳、20歳、30歳、40歳、50歳になったらこうみんな誰でも自然に重いもので濁っていくんですよね。
私にももちろんあり、それをこう済むようにするにはね、アクセスバーズしたり瞑想したりが整えたらいいかなと思ったんですが、循環することやなって気づいたんですよ。進んでいくには。
自身の心の濁流と感情の解放
あの怒ってもいい、泣いてもいい、でもこう流れ続けようみたいな。循環し続けようって気づいてやってるんですね。で、その川の、鴨川のこう濁流の濁りと同じ、暴れてた川と同じように、実は私の内面も暴れてたんですよね。
本当にこの1週間2週間こう泣いたり怒ったり激しい、まあ母のこともありましたがそれ以外でもね、ちょっとわーもう地獄やだーってことが結構あったんですよ。私の心濁流やったんですね。
でも循環する、それをね、隠すとか逃げるとかじゃなくて、感じる流れてんやな、私怒ってんやな、私泣いてんやな、みたいな、感じて循環させて流すんですよ。
母の回復と循環の力
そしたらもうね、昨日か一昨日ぐらいにスーってなんか、スーって穏やかになって、美しい流れにこう穏やかなね、流れになって。で、昨日ね、あの母のところに行ってきて、2回目の病院で全く異常なしと、検査して、元気元気でもう歩いて、先生ともにこやかに話してありがとうございましたと。
で、私にもね、もうついてきてくれてありがとう、もう買い物もありがとうと。で、昨日ちょっと最後の買い物をしてあげて、食材のね、家族もういいわと。なんかこう大きなコロコロも借りてね、市から。で、私頑張って自分で買い物する。なんかこう支払いとかもいけるって言い出したんですよ。
もうあんたの世話にはならへんというか、本当にありがとうと言われて、自分でできるって言い出して、全部渡したんですよね。もう全部またこうお金の管理も自分でやって、買い物も行ってみたいな。で、こうボケてないし、頭もしっかりしてるし、体もしっかりしたんですよ。見事なこの回復で、あの母は循環の流れに乗ったんやなと思った。
こう痛い、もう手術、体をね、もう全部こう手術して、なんか作り直して、血を流し、もう痛い思いをしたけれども、専門もあって。でもなんかこの80歳にして生まれ変わったみたいなね。
鴨川と心の澄み切った状態
娘との新たな関係の構築、本音でガーってぶつかり合い、泣いて喧嘩しみたいな、ほんで穏やかな流れに戻った気がしてるんですよ。ほんで今日の朝、あのネットを見たら、鴨川の流れが上小路みたいにきれいって言われてて、すっごい透明で澄んでたんですよ。
さらさらさらって。これ、なんか私の心の中と同じと思って、なんかね、もう、あー、循環なんやなって思ったんですけど、ちょっとすごい感動じゃないですか、すっごい地味なんだけど、川の流れが穏やかに戻るってね、私の中では、そういうことかっていう。
そういうことかって、ちょっと言語化させてほしいんだけど、人の心も川の流れと同じなんじゃないかなって。激しい雨が降ったらガー濁るし、ゴミも出るし、その普段ね、静かにしていたゴミとか泥が舞い上がるやん。それと同じことが私にも起きたのよ。
普段も閉じ込めていた、いっか昔のことはとか、グーって、それが舞い上がって濁流になって流されたみたいな。これマジですっきりしたからね。私、怒ったんやな、泣いたんやな、叫んだんやな、みたいなね、ちょっとことがあって。母もそれがあったからね。家族全体がそれがあったんですよ。
で、外から透明な水持ってきてもらうとかね、誰かが魔法をかけて透明にしてもらうとかじゃないのよ。だからほんまにそれはね、外側に頼らないでほしいっていうか、それをしなかったからね。
自分が内側が流れ続けることで、濁りが流され、透明に戻っていくの。前よりも美しい川に戻るのよ。私それやもん、今。
心地よさを育む人生と小さな喜び
だから何かを追いかける人生から、心地よさを育てる人生みたいなね。今それになってて、日々の。
なんか、コーヒーって美味しいんやなって、昨日久しぶりに母とコーヒーをドリップして立てて、今までちょっとバタバタしてたからね、ペットボトルアイスコーヒー飲んでバーってしてたけど、久しぶりにコーヒー立てようかって母が言ってくれて。
それもできるようになったのよ。美味しいコーヒーを入れて、何か家族に美味しい方のコーヒーあげるって言われて。
だからそれを飲んだ時に、この時間待ってたと思って。母が笑顔で美味しいなって言った時に、もうここに全部あるっていうか、豊かさも欲しかったものも全部ここにあるって感じたんですよね。
戻ってきたなって。さらに前よりも健康になって、心も体も済んでるって感じがして。渡るの済みね。
なんか感無量みたいな。なったよ。なったの。
心の濁りを受け入れ、流れを止めない
心が濁ってもいいのよ。濁流になる時があってもいい。だって嵐は来るじゃない。自然の流れで嵐とか大雨は来るじゃない。
そんな時は流れに任せる。委ねるをしたらいいんやなって。大切なのはその流れを止めないことっていうね。
濁るしやかしダム作ろうとかね。この川やめとこうとか、逃げたり目を背けたらあかんってことで、やっぱりこの嵐来たんやな、大雨来たんやな。
じゃあその濁ってるけど流していこう。いつかこの嵐終わるやん。終わったもん、私も。
嵐の後の澄んだ心と穏やかな計画
嵐疲れたけど、またこう澄んだ綺麗なサラサラって鴨川の流れと同じように、私の心も今ね、今日の朝、
私の仲のいい方が、かずこさん喫茶麦行ってきたよって写真をくださって。
あの良さわかってくれんの、静かで穏やかな手作りの喫茶麦ね。
かずこさんちょっとここ行ってきたのっていうね、私が行きたかった写真を送ってくださって、私も今日か明日かそこに行こうと思ってて。
こうやって穏やかにね、静かな場所でカフェで読書をする。
前よりもこう澄んだ心で、落ち着いた心で、全部感じきって澄みきった心で。
リスナーへのメッセージ:循環の重要性
これよこれ、これねちょっと聞いてくださってる方へっていうメッセージなんだけど、
ちょっと今セッションしてる方も、循環をね、今あったじゃない、いろいろ。
あなたもね、いろいろ濁ったり辛かったりがね、そういう流れてる最中なんで、さらに身を任せて流れていくと、
どんどんどんどん進んでいくので、そのまま進んでくださいってことがちょっとお伝えしたいっていうことです。
私もね、同時に流れてるので、循環してこのまま行きましょう。
また嵐が来るかもしれないけど、いいんよ。
怒っても泣いてもつらがってもいいし、やっぱり自然の一部として循環するっていうことがわかったら、もうそれでいいよね。
言語ができた。これを発信します。
ということで、川の流れのように循環していくっていう、同じね、そういう配信でした。
12:46

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