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感受性の高いやさしい人は〇〇で生きやすくなる|感情移入で疲れてしまう人の特徴と解決策
2025-09-30 24:08

感受性の高いやさしい人は〇〇で生きやすくなる|感情移入で疲れてしまう人の特徴と解決策

人の相談に乗った後、なぜか自分がドッと疲れてしまう…。ネガティブな話を聞いて、自分まで何日も落ち込んでしまう…。「心の境界線がうまく引けない」と感じて、「私が気にしすぎるからだ」「心が弱いからだ」と自分を責めていませんか?もし、その問題の根本原因が、あなたの「心」や「優しさ」ではなく、無意識の「身体の癖」にあるとしたら…どうでしょう?この動画では、「気にしないようにしよう」という不毛な精神論ではなく、誰にでも実践できる“身体的”アプローチで、ネガティブな影響から自分を守る方法を、大沼竜也の理論に基づいて解説します。【動画の要点】今回の話の核心は、身体が心に先立つ、という点にあります。●ステップ1:問題の本当のメカニズムを知る・私たちが最終的に感じる心理状態が「同一化」(相手の感情を取り込んでしまうこと)です。・しかし、その根本原因は、相手の身体の状態(呼吸の浅さ、筋肉の緊張など)を、自分の身体が無意識に模倣してしまう身体現象「融合」にあります。・つまり、「融合(身体の原因)→身体の変化→脳による解釈→同一化(心理の結果)」という、身体が先行するプロセスが起きています。●ステップ2:なぜ「融合」してしまうのかを知る・「融合」は元々、乳幼児が養育者と神経系を同期させ、安全を確保するための、生存に必須の「安全装置(共同調整)」でした。・しかし、成長と共に、自分で自分を安定させる「自己調整」へ移行する必要があります。・この移行がうまくいかない根本原因が、「内受容感覚」(身体の内部の状態を感じる能力)の欠如です。自分の内部状態が分からないため、原始的な安全装置である「融合」モードに頼り続けてしまうのです。●ステップ3:「体」で境界線を引く・真の解決策は、意志の力ではなく、「内受容感覚」を育て、いつでも「自分の身体」というホームに帰ってこられる能力を養うことです。【今日からできる3つの実践ワーク】1.アンカリング(今、ここに帰る練習)相手の話を聞きながら、意識の10%でいいので、自分の「足の裏が地面に触れている感覚」や「お尻が椅子に沈む重さ」など、物理的な接点に意識を向け続けます。2.身体の輪郭の確認(自分の領域を知る練習)一人の時間に、自分の手で腕や足をゆっくり、少し圧をかけてさすってみます。「私の身体は、ここからここまでだ」と、皮膚感覚を通して脳に物理的な境界線を教えます。3.微細な感覚のラベリング(融合の初期段階に気づく練習)「不安だ」という感情のラベルを貼る前に、「今、胸のあたりがザワザワするな」「喉の奥がキュッと締まるな」など、身体に現れる微細な感覚そのものに気づき、心の中で実況中継します。これは、他者を拒絶する冷たい壁を作ることではありません。自分が安定した大地に立つことで、初めて安心して相手を眺めることができる。自分も相手もすり減らさない、成熟した共感の形です。あなたの「感情をもらってしまう」体験談や、実践してみた感想も、ぜひコメントで教えてください。#心の境界線 #HSP #共感疲れ #エンパス #ソマティック #内受容感覚 #大沼竜也

感想

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視聴者の方の中でも、人の相談とかよく受けたりとか、辛いことを感じている人の側にいていろいろ支えになりたいと思うんだけど、なかなかそれができないんだとか、できなかった経験があるんだっていう方もいらっしゃると思うんですね。
まずね、それでうまくいかないとかできなかったっていうのは、あなた自身が悪いからとかじゃないんですよ、まずね。それだけはしっかりしていてほしいなと思います。
それ以前にまず、その人のことを思う気持ちがあったっていうことは事実なので、そんな優しいあなただっていうことだけは覚えていてほしいんですね。僕からちょっと伝えておきます、それは先にね。
でですね、そういう経験をしたことがある方たちは、自分の意思でここからは相手の問題だ。ここからは自分の問題だ。それで気にしないようにしようみたいなのって考えたことあるかなと思うんです。
うまくいかないでしょ、あれ。自分の意思の力でコントロールするっていうのは、ある種根性論みたいなものだとも思うんですよ。いわゆる青春論みたいなものね。
捉え方としてそういう、なんだろう、考え方もできるなっていうのは一つあるんだけど、とっさにその場になるとうまくいかないのがやっぱり人間の面白いところなんですよね。
気にしないようにしようって、いわゆる線を引こうとするわけです。これは相手の問題だ、壁と言ってもいいかもしれないね。
でもずっとそれを意識していなきゃいけないし、もうそれを意識し始めた時点、意識しだした時点でもう相手の感情に飲み込まれてしまってるっていうこともあると思うんです。
これではさ、ずっとなんか線を、線はここだって思いながら相手とコミュニケーション取るのも、なんかバカみたいじゃないですか、そんなことしてても。
なんで俺こいつの話聞いてたんだっけってなるじゃないですか。僕自身もありますけど、やっぱね、大好きな友人がそういう風に悩んでるみたいな時に、いや、こっから先は立ち入れない。
こっから行ったら自分がダメになっちゃうみたいな、そんなダサんでコミュニケーション取らないですよね、皆さんも。
だからこそ悩むんだと思うんですけど、じゃあなんでこうやって自分の心で意志を持って線引きをしようと思って、飲まれないように、そのネガティブに自分も一緒に落っこちないようにって頑張ったとしてもなんで失敗に終わってしまうのか。
これが実は本来僕らが意識すべきだったのが、捉え所として持っておくのが、その心の精神の問題じゃなくて、もっと原始的なその精神が立ち上がってくる基盤としてのその体のところだったんだよっていうことなんです。
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え、体ってどういうことなの?という方にちょっとさらに詳しくお話をしていきましょう。
一つ心理学の言葉で同一化っていうのがあります。
人の感情とか思考っていうものをあたかも自分のものであるかのように、これは無意識に取り込んでしまうっていうような心の癖が誰しもがあるっていうことは言われています、心理学の中で。
これは有名なフロイトっていう人が提唱したものなんですけど、ネガティブな話を聞いて、ああそうかそういうことがあったんだって自分も落ち込んじゃうってこれを同一化っていうふうに言います。
相手もこういうふうに落ち込んでいる。自分もそれと同じように落ち込んでしまっている。
現象学的心理学とかソマティックスの中ではこれがあくまで一つの結果に過ぎないと考えるんですよ。
つまり同一化してしまう。それ以前に実は目の前の人の体の状態、例えば呼吸が浅くなっていてハカハカしているとか、筋肉が力んで緊張して息苦しそうにしているっていうものを無意識に感じ取って、
これを模倣しちゃう、同期してしまう働きのことをこれを融合というふうに言ったりもします。
身体反応、同期、身体同期ですね。これが落ち込む直接的な原因なんですよ。
僕らの神経系っていうのは意識がこの人は不安そうだな、悲しそうだなっていうふうに判断するよりも、それ前に相手の非言語的なそのサインというものを読み取って、
それに影響されちゃう。悪いことじゃないんですよ。影響を受けて同じようにそれに合わせてしまうということがあるんです。
つまり言い換えれば、目の前の人がもし例えば苦しくて泣きじゃくりながらその話をしているという時には、頭で理解する以前に身体反応がこちらにも出ています。
同じように胸が苦しくなったりとか、もちろん同じ体験ではないんですよ。悲しそうだなっていうのを無意識に感じて、
こちらも悲しい身体反応が誘発されるんですよね。浅い呼吸とか怖がった肩みたいなものが無意識的に僕らにもこのミラーリングと言ったりもしますけど、
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僕らも息が苦しくなって肩に力が入る。こういう身体的な動機っていうものが起きた時に、僕らの脳が初めてそれを察知して、
泣いているから悲しいんだ、落ち込んでいるんだというふうに解釈するわけです。
ここで初めて心理的な同一化が完了することになります。
つまり言い換えれば、身体的な非言語的な動機というものが始まってしまっているので、後から心の方でこれは相手の感情だから、これは自分の感情だからというふうに切り分けようとしてもうまくいかないんですよ。
自分の体で泣くが起きているから、自分の体で泣いている反応が起きているから頭悲しくなっちゃうわけです。
じゃあなんでそもそもこの融合、身体的な動機って起きちゃうの?ということですよね。
そんなしなくてもいいじゃないかって思う方もいると思います。
ところがこれが僕らが生まれ育ってくる過程ではとても重要な一つの機能だった、本能だったわけです。
例えばね、赤ちゃん。皆さん身の回りに赤ちゃんいますかね。赤ちゃんをちょっと思い出してみてください。
赤ちゃんは保護者、自分を育ててくれる対象というのは必ず必要です。人間では特に。
ここで共同調整というものが基本的に生存維持、赤ちゃんが自分の命を守るために必要な機能として育っているんですよ。
例えば自分がお腹が空いたとなったら本能的に不快と感じます。
そのためにミルクが欲しいとかおむつが欲しい、赤ちゃんはわかってないけどね。
とにかく不快であってのを表現したりとか、身体的にバーってやったりしますよね。
たまにはそれがバグとしてお腹もいっぱいだったりとか、体の状態整っているんだけどもう泣いてゾーンに入っちゃって、壺に入っちゃったからずっと泣くみたいなのもあったりするんですよね。
そんな時も、例えばうちのお袋とか抱っこ上手なんて、ひいばあちゃんとか特にそうですね。
抱っこしてもらうと、まあ抱っこが上手で柔らかい、腰だのは肩だのは痛いって言っているうちのばあちゃん、ひいばあちゃんですけど、
子供をひとたび抱かせれば体の力がフッと抜けて腕がフワーっと赤ちゃんを抱くようにして優しく優しく揺するわけです。
ポンポンポンポンっていう手の叩き方もさ、独特じゃないですか赤ちゃんタッチする時って。
なんか最初僕も壊れちゃいそうと思ってペナペナペナペナってやってたんですけど、そうじゃないんだって言ってボスボスボスボスみたいなね。
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独特の叩き方っていうのをしたりするわけです。
こうした、これって赤ちゃんに今ミルクも飲んだしおむつも買えたから気温も大丈夫体温も大丈夫だからあなたは大丈夫だよって言葉で説明しているわけじゃないんですよね。
いわば非言語的なその身体コミュニケーションで赤ちゃんに安心を伝えているわけです。
こうすると赤ちゃんはばあちゃんに非ばあちゃんに融合して身体的な動機をして自分の落ち着いた状態っていうのを思い出して保つわけです。
他にもあの、なんだっけ、軽症って言ったりもしますね。
赤ちゃんがあたかも笑ったような反応をするとかっていうのももしかしたらその一つかもしれません。
もしくはもう少し大きくなってきた時も大人の真似をしたりとか友達の真似をするっていうところからそこをきっかけにして自分の経験値を増やしていくっていうのがあったりしますよね。
こういったものを共同調整っていう風に言って僕らの最も原始的な生存位置安全確保のメカニズムなんです。
これが大人になるにつれて成長するとともにこうした他者から得られる共同調整っていうものから自分で自分自身をそれをきっかけに安定させていく自己調整へと移行する必要があるんですよね。
というのは相手の反応で相手に大丈夫だよっていう風に伝えてもらわなくたって自分でこれは大丈夫だなっていう風に感じることです。
感じることができれば今の状態こうだからじゃあこっちに振ってみようかなとかこっちに振ってみようかなって初めて調整ができるんですよね。
自己調整するにはまず自分を感じなければいけない今自分がどこにあるかっていうのを知らなきゃいけないということになります。
じゃあ今自分がどこにあるのかっていうのを身体レベルで見てみるとこれは内受容感覚っていう風に言います。
つまり自分を感じる能力ですね。
例えば自分の心臓ドックンドックン1分間にどのくらい拍動どのくらいのリズムでしてるだろうか。
呼吸はどのくらいのリズムでどのくらいの深さで吐いたり吸ったりしてるのか。
自分の中の酸素濃度は二酸化炭素濃度はとか胃の中にどのくらい食べ物入ってるか。
血糖値の高さはどのくらいだろう。血管どこが開いててどこが収縮してるだろう。
手が暖かい足が冷たい首が張ってるとか。
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もしくは僕の右肩がここにあって左手はここにあるから目の前のコップを取るときはこういう風に取ろうみたいに
ちょっといっぱい話しすぎちゃいましたけど。
無意識の中で僕らは自分の内受容感覚っていう絶え間なく自分の体から受け取ってる情報っていうのが脳に伝わって
それを基盤にしてじゃあこうしようっていう風に次の意思決定につながっていくんですよね。
つまりちょっと長くなったけど自分の体の内部情報、内部状態っていうのが分かんないと
自分が今安全なのか危険なのか安定してるのか興奮してるのかっていうのが判断できないんです。
判断できないって今の状態が分からないってすごく不安じゃないですか。
急に真っ暗な状態で荒野にほっぽり出されるような状態では右足出していいのかも分かんないし
どっちの方向にどのくらいのスピードで歩っていけばいいのか
その先にどんな危険なものがあるかないのかも分かんない。
見えてればねまだだから大丈夫なんですよ。
目の前に火災とか恐ろしいものがあったとしても見えていることによってじゃあこういう風に対処しようとか
腹をくくるみたいなことも一応できるわけです。
ところがそれが見えないっていうのが
この自分の現在地が分からないっていうところがこの自己調整を難しくする
なおかつ自分の精神状態っていうのを不安定にさせる一番の怖いところなんですよね。
そうした結果自分を調整することができるかどうか分からない。
今自分の状態が分からないっていうところでどこを頼りにしていいか分からないわけです。
じゃあどこを頼るかっていうと
そうなんです子供と同じで他者同期なんですよね。
つまり他者の身体的な融合っていうような
一番最初子供が持ってた初期設定のところに頼り続けてしまうということなんです。
なのでいわゆる感受性が高いとか
影響を受けやすいみたいなものもすごく素敵なことだと思うんですよ。
僕自身もやっぱりそういう方と仲良くなることが多いし
そういう方の話聞いてるとすごい楽しいしね。
なんですけどそれが原因で精神的に不安定になりやすいみたいな人もいるんです。
これが実は
感受性が実は高いっていう言い方ではなくて
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自分がどこにあるか分かんないからこそ
相手からの情報に頼らざるを得ないっていう状況が
もしかしたら含まれてるんじゃないかっていうことなんですよね。
つまりこれ言葉に言い換えると
自分の時空がちょっと分からなくなってしまってるような状態。
これ自分の時空がないからダメだとか言ってるわけじゃないんですよ。
ただその自分の体の内側の情報っていうのを引き上げてくるような
その部位がうまく機能していない?
もしくは機能しないような
機能しないようにこれまでのトラウマ的な経験がさせてるのかもしれないし
こういったものがあるがゆえに人からの影響を受けやすい
いわゆる共感疲労とか
ネガティブな話聞いた時に自分も落ち込んでしまうっていうことに
繋がっているんじゃないかなっていう風にも考えられるわけです。
もう一度まとめてみますよ。
ここでの人の話を聞いたりとかネガティブな話聞いた時に
自分も一緒に落ち込んじゃうんだ
これの原因っていうのが
境界線の引き方とかではなくて
自分自身の身体感覚へ
自分の実感を持っている感覚のところへ持ってくる能力
つまり内需要感覚
これに基づいた自己調整機能というものが
何らかの原因で十分に機能していないことにあるんじゃないかということになります。
じゃあどうすればいいのと
また改めて伝えますけど
こうやって人のためにやりたいとか
人の話を聞きたいみたいなのは間違いなく素敵なことだと思います。
本当に優しいし
そういう温かさを僕も持ちたいと思う。
だからこそ
そんな優しい素養を持った人たちに
境界線バチッと壁を作らなきゃいけないんだという風に
人との関わりを立たないでほしいんですよね。
大切なのは壁を作ったりとか線引きをすることじゃなくて
自分自身のない需要感覚
自分の体を感じるっていう
その力を育てていくこと
自分の意思でコントロールするんじゃなくて
自分を感じられていつでも自分の実感に返ってこれる
その能力を養うことなんだっていうのを強くお伝えしたいんです。
こうすればさ
たとえどんなに大切な人がどんなにしんどい思いをしたとしても
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自分自身のその返ってくるところがあれば
どっしりとした態度で
その方に十分心置きなく寄り添えると思いませんか?
その方が線を引いたり壁を作ったりっていうようなコミュニケーションよりも
よっぽど温かいコミュニケーションというか繋がりが
あると思ったんですね。
じゃあ具体的に何をしていけばいいの?ってなると思います。
これが僕らが普段お話ししている
その身体性を高めるための実際のワークだったりとか
っていうものになります。
興味がある方はぜひオンラインサロンの方もチェックしていただけたら嬉しいんですけど
せっかくなのでここまで見てくださった方には
会話をしながらその自分の身体感覚のところに戻ってくるための
ひとつコツをお伝えしたいと思います。
もうほんと一瞬でできます。
これがね、人との会話している時って
人の会話に集中するでしょ?
なおさら優しい方って人の話をしっかり聞いてくれるんですよね。
なのでどんどん自分の感覚っていう実感しているものが
分かんなくなってきちゃうっていうのがあるんです。
意識がそっちに行くから。
なのでその話を聞かないでって言ってるわけじゃないです。
聞きながらも自分、例えばこうジェスチャーだったりとか
その時の呼吸だったりとかっていうのは
自分の体の状態っていうのを把握する術はいくらでもあるんです。
実は無意識にも皆さんやってるんですよね。
これを違和感なく無意識的にもするために
一つ合図地を使ってみてほしいんです。
人の話をこう聞いてる時
合図地打ちますよね。
この時に合図地を
ってやってる時のこの喉の慣れ
喉が鳴っている感覚っていうのを感じてみてほしいんです。
うんうん、みなさんもやってみてくださいね。
こうすると喉のところが響いてる感じ、わかりますかね。
自分なりにすっきりうまくうんうんってできるような
鳴らし方ってあると思うんです。
ちょっと上手ってうんうんじゃないでしょ。
うんうん、もう変だし。
自分の中で一番リラックスしたような
あと気持ちよくうんうんって喉が鳴るような
合図地の打ち方ってそれぞれあるはずなんですね。
その力が抜けて楽に合図地を打てるような状態を
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人と話してる時もぜひちょっと意識しながらやってみてほしいんです。
日常的にやってると当たり前にそれが
会話の時もできるようになってきます。
これ一つからだったらできそうですよね。
ちょっとこの動画を見ながらもぜひやってみるといいかもしれない。
練習としてね。
こうすることで人の話を聞いてる時も
こんな風に話は聞いてるんだけど
自分の体の実感っていうのを認識の下で拾い上げることができる。
これが例えばなければ合図地も打てない
自分の姿勢がどうなっているかもわからない
息もどんな感じになっているかわからないという状況になると
どんどん自分の体が窮屈になってきます。
窮屈になればなるほど
ない需要感覚から得られる情報が減っていって
頼りにできる自分の感覚がなくなっていっちゃうんですね。
それが結果的に他者との融合、同一化の方につながっていってしまって
自分もドスーンと落ち込んでいってしまうということになったりします。
話を聞き終わった後、ドッと疲れたみたいな時っていうのは
自分の体の状態を把握できないくらい
相手の話に集中しているということなんですよね。
なのでこんなちょっとの一つのコツのところから
コミュニケーションを取りながらも
いつでも自分の軸を、芯を保ちながら
相手とコミュニケーションを取れる。
そうすると思う存分その方に寄り添うということができるようになってくるわけです。
ということで今日は境界線とかバウンダリーの話をしました。
こうやってね、何度も繰り返しになりますけど
誰かとコミュニケーションを取る時に
ここまでだっていう風に意識で線引いたりするのって
そんな寂しいことは考えないでほしいんですよ。
思う存分その人とコミュニケーションを取ってほしいし
そこから生まれるものっていうのがやっぱ
僕ら人間にとっての最大の楽しいことだったりとか
生きる一つの意味だったりとかもするのかなと思うので
そのためには自分のその身体勢を高めていくということができれば
できるので。そうすることで
心置きなく大切な人とたくさん関わって
よりその人が大切な存在になっていく
そういう繋がりを生んでくれるのかなと思って
こういった話を今日させていただきました。
皆さんもぜひうんうんって合図打ちを今日からやってみてください。
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ということで大沼達也でした。
今日聞いていただきありがとうございました。またお会いしましょう。
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