自己批判は、自分自身の行動や考えを厳しく評価し、否定的な感情を持つ心理的なプロセスです。このメカニズムは主に、過去の経験や社会的な期待から生まれる内部の声によって形成されます。つまり、自分が「もっと良くなければならない」という圧力を感じたり、完璧を求めたりすることが、自己批判の源となるのです。
- 社会的・文化的基準: 社会や文化が定める成功の基準や振る舞いに自分が合致していないと感じると、自己批判が生じます。
- 家庭や教育からの影響: 親や教師から厳しく評価された経験が自己評価の基準となり、自己批判へと繋がります。
- 個人的な価値観と目標: 自分自身で設定した高い目標に達しない時、失敗したと感じて自己批判を行います。
自己批判はストレスや不安、うつ病といった感情の問題を引き起こすことがあります。また、自信の喪失や進行中の活動への意欲の減退を招くこともあります。
- 自己同情: 自己同情を持つことで、自分の欠点や失敗を受け入れ、それに対して優しく接することができます。
- リアリスティックな目標設定: 達成可能な目標を設定し、その過程で自分を褒め称えることで、自己批判を緩和します。
- 認知の再構築: 自己批判的な考えが浮かんだ時、それが事実に基づいているかどうかを問い直し、よりバランスの取れた考え方を心がけることが助けになります。
自己批判を減らすことは、自己理解を深め、精神的な健康を向上させるための重要なステップです。
自己批判の主な原因自己批判の影響自己批判を減らす方法
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感想
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今日のテーマはですね、自己批判から抜け出すというテーマで お伝えしていきたいと思います。
自分のことを責めてしまう。 だからそういうモードに入っちゃう時って、誰しもがあるとは思うんですね。
もともとそれが性格なんだ、こういう性格なんだって思ってしまっている方もいるかもしれないし、
またこの時期がやってきたみたいに感じる方も いらっしゃるかもしれない。
その原因というのが、 もともと遺伝子的なものも
あるとは思う、確かに。 MBTIとか今流行ってますけど、
それぞれの遺伝子的な性格の特性っていうのももちろんあるんだけれども、それに加えて
育ってきた環境とか
どういう本とか映画とか漫画、人に触れてきたかというので、 結構自分の価値基準とか考え方みたいなのって変わってきます。
そういったものを一回ニュートラルに客観的に自分のことを見れるようにっていう材料に この動画が一つなればいいなと思っています。
では、今日のテーマとしては大きく分けて3つあります。
1つ目が自己批判のトリガーを特定しようということですね。 自分を責めちゃうなんてダメなんだろうって、もっとこういうふうにできたらいいのになっていう
自己批判に陥る時のトリガー、引き金、きっかけっていうのが
多くの方にあると思います。 最初に大事なのがこれをまず把握することですね。
自己批判がいつ、どんな状況で起こるのかっていうことです。 例えば特定のその仕事とか
ある人と話した時とか、家族のイベント、家庭のイベントでもこういうことがある時みたいな時ですね。
他人からフィードバックをもらった時とか、どんなシチュエーションがきっかけになっているのかっていうことがまず一つ。
意外と心理療法とかの中でも抜け落ちがちなのが体の感覚です。
ほぼほぼこの辺の割合結構大きいんじゃないかなって
ポジショントークになっちゃうかもしれないんですけど、 その時、自己批判に陥ってしまっている時、ものすごい肩が張ってたな、いつもよりも
しんどかったなとか、首残りがしんどくて頭痛が結構してたとか、
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月経の周期のタイミングで すごい調子が悪くてイライラしているタイミングがあったとか
やっぱそれなりにストレスかかるタスクが降ってきた時、なんかイベントがあった時に加えてそういう体の状態が悪かったりすると
調子がいい時だったらそれ乗り越えられてた、なんとも思わなかったことだけど、なんか急に自分を責めるモードになっちゃう時っていうのが
なんとなく想像つくと思うんですよね。 これが日常的に自分でもその懲りとか辛さっていうところが気づけない状態になって
いると
その自己批判というのが いつもその状態、ニュートラルな状態でそうですっていうふうに
それが自分の性格というふうに勘違いしてしまうこともあります。 普段からそういう状態だと
自分ってこうなんだよな、ネガティブなんだよなっていうふうに 自分の中でもレッドロー貼ってしまって、それが強化されていってしまうと
ネガティブに考えるっていうのも 例えば脳の中であれば
そのネガティブな思考をする時の場所っていうのがあるので そのメカニズムをいっぱい使うことによってその
経路というのが強化されてしまう 増強されてしまうということもあり得ます
じゃあそういう時にどうすればいいのか そういう時にリフレーミングっていう技法と
もう一つは認知的柔軟性というのがキーポイントになってくるかなと思います まず自分を批判してしまうみたいなのって
悪いことではないんですよ、その程度によってはね やっぱり自分ってこうだったな、もうちょっとこうしよう
批判をすることで その先の成長とか
っていうのにつながってくるのは間違いないと思います ただそれの比率がね
批判 批判 批判 ずっと続いてしまうと
やっぱり立ち直れなくなってしまう よく
リフレーミングっていう言葉が出てきた時に ポジティブな言い換えをしてみようっていう風になってます
ごめんなさい まずリフレーミングっていうのは言い換えのことです
例えば
なんかすごいしんどい仕事があった時に この仕事苦手なんだよな
すごい嫌な気持ちにもなるし体力的にもしんどいし やりたくないなっていう捉え方が一つあるとします
これは全然悪くないんですよ だってそう思ってるんだから事実でしかない
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じゃあこれをちょっと違う言い方 捉え方してみようと思うと
この仕事はしんどい体力的にも精神的にもしんどいけど 相手も喜んでくれたり
自分の中の成長のきっかけに間違いなくなるなっていう見方も捉え方もできます
従来のリフレーミングって
多分ネットとかで調べてくるとポジティブな方だけを見るようにしようっていうような 言い回しになっているものが意外と多いんじゃないかなっていう気がして
いいんですよ自己批判もやっぱ重要なこと ネガティブな気持ちっていうのも当たり前にあることなのでそれを否定する必要はなくて
ポジティブな見方 ネガティブな見方 この二個対立で見るっていうよりはいろんな可能性を把握することっていうのが
自分の 精神的な余裕を作るっていうことにつながるのかなと思います
その可能性を見つけるために 例えばですよ
自分の好きな人とかはまず思い浮かべる 尊敬している人とか
その尊敬している人だったら今自分と同じ立場にその人が立ったとしたらどういうふうに考えるかなっていうふうに
想像してみるんです この人だったらこういうふうに考えるだろうな
一人だけじゃなくて じゃああの人だったらどう考えるだろう
あの人だったら
これがいい人だけ 尊敬する人だけじゃなくて 苦手な人でもいいと思います 苦手な人も含めてあげる
あの人だったらこういうふうに捉えるんだろうな 考えるんだろうな いろんな可能性が
見えてきますよね その出来事 同じ出来事なんだけど受け取る人によって
おそらく捉え方っていっぱい変わってきたり 似通っててもアクションはこういうふうにするだろうなとか
いろんな人の考え方とか捉え方っていうのを自分の中で想像することによって 自分がパッと最初に捉えた思い方
捉え方っていうのが もっと多面的に受け取れるようになれると思うんです
これは結構重要で
こういう同じ物事が起きた時 同じことが降り注いでも いろんな多面的なネガティブポジティブ関係なく
もっと広い枠でそのことを捉えられるようになるっていうのが これを認知的柔軟性っていうふうに言ったりします
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ある出来事があったとして それに対してどういう立場を取るのか どういう捉え方をするのかっていうのが
その時の自分に合わせて柔軟に設定できる
こう難しくいろいろ考えなくてもいいんですよ ただうまく適応できる
硬いものと硬いものがぶつかったら割れちゃうよね だから柔らかくあった方がいいよねみたいな教えが
言葉があったりしますけど まさにそれで
心理的にも柔らかくいれるような心構え これを認知的柔軟性っていうふうに言ったりします
でもね その時の状態によって
僕の立場から言うと体の状態によって やっぱり
すごい疲れ溜まっている時とか ストレスでバキバキに体になっている時とかっていうのは その柔軟性っていうのもやっぱり低下するものだと思います
先にもお伝えしたそのトリガーの一つとして 自分の体の状態っていうのが
分かっていると 頭痛とかあったし 首肩こりバキバキだし疲れ溜まっているし
そうネガティブになっちゃうのもしょうがないよなっていうふうに 自分の中で落とし所 着地点が見つかる
そうすると見えているので自分が客観的に 捉えられている
ある意味自分の手の内に自分の心っていうのがあるので 大きく動揺することがなくなりますよね
これを習慣化するために 記憶をしたり記録をするっていうのが大事になってきます
僕はあんまり日記とか書いたり ジャーナリング こういうことがあったみたいに書くのは続かないから あんまりやらないんですけど
もしそういうのが嫌いじゃないよ それ自体がストレスにならないっていうのであれば
例えば毎日書いている日記の中に 自分の体の状態 今どういうふうに感じているかっていうのを書いてあげるとか
こういうことがあって こういう気持ちだった
でもこの人だったらこういうふうに考えるだろうなとか こういうふうに考えることもできるのかもなっていうのを書き留めておくと
これまでの思考のロジック 考える 反省する時のロジックっていうのが 他方面に広がりを持たせられるので
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より習慣化しやすくなるのかなと思います 考えるだけでもいいと思うんです
僕は書くっていうよりかは何か出来事があって パッて自分がそういうふうに捉えたと思ったら
でもこういうふうに捉えることもできるかも こういうふうに捉えることもできるかもっていろいろ思って
その時その時で内省を記憶をするようなイメージです
覚えなくても潜在的にその思考を回した時に 使われる脳の回路っていうのがあるので
自然とそれができるようになってくるんですよ
もちろんそれを書いた方が正確性は上がると思うんだけれども それ自体がストレスになるくらいだったら
考えるだけでもいいと思います 十分効果は 結果はあれあると思いますね
僕が発信する内容全てにおいて共通するんですけど
無理してこうしなきゃ ポジティブに考えなきゃとか
ジャーナリング書いたりとかしなきゃとか
なんとかしなくちゃみたいな思い込みこそが 割と多くの現行である可能性があると思うので
できる範囲でいいんですよ だんだんと広がってくるからね
そういった思い出して 内省反省したり
こうだったなって振り返って考えること
その中でジャッジをしないようにした方がいいかもしれないですね
これっていいことだ これって悪いことだ
いいことだ 悪いことだっていうふうにジャッジメント 判定をすることって
一つの立場を取らないとジャッジってできないんですよ
この立場から見た 例えば法であれば 法の立場から見たジャッジですよね
例えば 法律っていうのは多くの大衆 国民にとっての利益っていうのを最優先する立場を取るので
例えば万引きをした 盗みを働いたってなったら
それは実際にお金を払った人からしたら 自分は払ってるのになんでってなるし
盗まれた人からしたら 一生懸命仕入れたり作ったりとかして
それを署で持ってかれちゃう 黙って持ってかれちゃうって悲しいってなるから
違法っていうことになるんだけど
その当事者からしたらもしかしたら
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例えば家族がバラバラになっちゃって
自分が食べるものない中学生とかだとするじゃないですか
何も食べるものなくて
どうしようもなくて お腹が空いてパンを万引きしちゃった
そうなった時に これって責められることなのかっていったら
その人の状況 その人の立場から見たり 法律から見たりって
いろんな立場を考えることができると思うんですよ
だからジャッジメントは 自分の内政の中ではしない
とにかくいろんな立場から いろんな捉え方をするっていう
その考え方の奥行き 幅っていうのを持たせるように
イメージしてあげるのが いいのかなと思います
ということで 自己批判っていう
自分を責めるっていうワードから いろいろ広がりましたけど
今お伝えしたようなことを なんとなく
頭の片隅に入れておくと いいのかなと思います
ということで このチャンネルでは
身体心理学をもとにして 神給師として日々活動している大沼達也が
日々クライアントさんと接していて
これシェアしたいなって思うようなことを つらつら上げていく予定でおります
もしいいな面白いなと思っていただけたら
ぜひチャンネル登録 いいねのこと よろしくお願いします
じゃあ今日は以上になります バイバイ
16:45
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