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2026-01-07 30:53

#34.部屋が汚い人は犯罪者予備軍です。割れ窓理論で読み解くメンタル崩壊。

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「部屋を片付けたいけれど、どうしてもやる気が出ない」「すぐにリバウンドしてしまう」そんな悩みを抱えていませんか?今回は、元刑事であるMCかねりんが、精神論や家事テクニックとは一線を画す視点で「お部屋を綺麗に保つ方法」を語ります。

犯罪捜査の現場で数々の家宅捜索(ガサ)を行ってきた経験から導き出された、「ヤバい奴の家は汚い」という経験則。これを犯罪心理学の「割れ窓理論」と結びつけ、部屋の乱れがいかに自分自身のメンタルを蝕む「軽犯罪」であるかを解説します。また、最新の脳科学や行動経済学(ナッジ理論)の知見を用い、気合いや根性に頼らず、システムとして部屋を整えるための思考法「アーキテクト思考」を伝授。

さらに、2026年のトレンドキーワード「サイレントラグジュアリー」についても言及。情報過多な現代において、真の贅沢とは「余白」を持つこと。部屋の床面積を広げ、視覚的ノイズを減らすことが、いかにクリエイティブな発想や心の安定に繋がるかを説きます。明日からすぐに実践できる米海軍流のライフハックも紹介。単なる掃除の話にとどまらない、人生のオペレーティングシステムをデバッグする30分です。


【目次】

() オープニング:掃除は家事ではなく「人生のOSデバッグ」である() 元刑事が現場で見た真実「ヤバい奴の家は例外なく汚い」() ドーパミンによる「やった感」に騙されるな、仕組みを変えろ() 片付けられないのは性格ではない、システムのバグである() 割れ窓理論の応用:部屋の乱れは「自分自身への軽犯罪」() 散らかった部屋に住む女性はストレス値が下がらない科学的根拠() 不要な物に家賃を払うな:都心の坪単価と空間のコスト意識() 気合いで片付けるな!行動経済学「ナッジ理論」を用いた環境設計() 刑事の視点と多責思考:人を責めずに「仕組み」を疑え() 米海軍大将の教え「Make your bed」:朝一番の小さな勝利() 2026年のトレンド「サイレントラグジュアリー」と人生の「余白」


サマリー

このエピソードでは、部屋の片付けと人間のメンタルの関係について語られています。割れ窓理論の観点から、環境が心に与える影響が考察されており、自宅が散らかることが内面的な混乱を招くことや、掃除が生活空間を守るための治安維持活動であることが説明されています。また、環境設計とナッジ理論を通じて、行動の変化がどのように可能かを探ります。犯罪や人間関係における思考の仕組みについても考察され、問題解決には環境システムの改変が重要であると強調されます。さらに、部屋の整理整頓と心の余白の重要性についても触れられ、特に割れ窓理論を通じて心のメンタル崩壊と生活環境の関係が探求されています。

部屋を綺麗に保つ意義
かねりんでございます。 今日はお部屋を綺麗に保つ方法というテーマをいただいてますので、それに
なぞらえて話したいと思うんですが、皆さんなんかお掃除の話とか 家事の話とかに終始しがちなので、ちょっと僕は違う観点でお話をしていきたいなぁ
と思っております。
えーっと、まぁ色々とエビデンスベースのところプラス自分の実体験っていうところで話をしていきたいんですけども、
まっすぐに使えるような話多めで、いつも通りやっていきたいと思いますね。 で、家事の話、僕しません。
これ、このテーマで話すことって基本的に人間の人生のオペレーティングシステムのデバッグの話だと思っていて、
うーん、自己尊厳の治安維持みたいな、そういった要素もありますね。 ちょっと刑事要素入ってるんだけど。
僕もともとね、警察官で刑事とかやってたじゃないですか。 強行犯とかサイバー犯罪とか色々現場見てきましたけど、現場の爆発踏んでずっと色々感じていた法則っていうのもちょっとあってさ、
それもここに関わってくるなっていうところもあるので、今日はね、最新の農科学とか行動経済学、僕の大好きな、その辺りの知見とかデータを使いながら、いわゆるエビデンスね。
これをこの辺を元にして言語化しながら皆さんにシェアしていきたいなと思いますね。 まあなんかお片付けの話とかもどうでもいいんで。
それもこないだ言ったようなドーパミン出るだけ出て、変わった気になって、実際何も変わってないっていうのはそれと一緒のことになるんで。
ドーパミン出てるなーみたいなそういう実感をした方がいいと思いますね。 今ドーパミン出てる、何に反応して自分は今ドーパミンが出て、何に反応して今気持ちよくなっちゃってんだろうっていうことをね、
認識するようにした方がいいよねって思っております。まあいいや、ちょっとあまりいらん話は今日すると長くなるんで。
で、結構部屋とかね、片付けられない人って多いと思ってるんですよ。でそれも自分ダメだってこう思ってる人多いと思うんだけど、
LHDの人とかもね多くてさ、そうじゃない人もあんまりね、整然と部屋片付けられる人っていうのは意外といないんじゃないかなと思ってるんだけど、
それってあなたがだらしないからですかっていうところは割とそれは俺は否だと思ってて、あんたがだらしないからとかそういうことじゃなくて、
まあ設計がバグってる、システムがバグっているだけだと考えていて、なんでそのバグってるところを特定して取り除いてチェンジしていけば、
まあ治るよっていう話です。なんで今日システムの話ですね、気合い根性論じゃないです。気合い根性論僕好きですけど、
それベースなんですよ。後でいいけど、気合い根性論は当たり前のベースで、それは踏ん張れるときにそれを使うのは当たり前であって、そうじゃない部分でやれることが死ぬほどあるのでそっちやらないとダメだよねって話なんですよ。
最近なんかそこの気合い根性論アンチみたいな勢力がバーって出てきて、最近ちょっと弱まってるじゃないですか。
結局気合と根性大事だよねみたいなとことか、人間結局気合い根性あるやつじゃないとお花畑野郎はダメだみたいなとことか、俺めちゃくちゃそれ賛同なんだけど、
でも気合い根性あるのは当たり前のベースなんですよ、さっきも言ったけど。それはもう論を待たない。
もうそこ否定しようがないし、そっちの気合い根性あるやつの方が強いのは当たり前。当然それは。
それプラスアルファーの話を常にしてるんで、それ二元論じゃないんでね。あちらが立てばこちら立たずじゃないんで。
プラスアルファー両方必要なんで、そこを先にはっきり言っておきたいなと思いましたね。
まずね、僕の刑事代の裸の話からちょっと入って聞こうかなと思うんだけど、いわゆるガサーですね。
あの被疑者の家に行ってガサー、要は家宅捜索ってやつですね。あれ報道用語なんで、家宅捜索なんていうのは報道用語なんで刑事用語じゃないんで家宅捜索なんで言わないです。
割れ窓理論の解説
捜索差し抑えですね。法律用語で言うところの、いわゆるガサー入れですね。
あれね、あれでいろんな被疑者の家に行くわけですよ。被疑者じゃないところの家にも行きますね。必ずしも被疑者の家じゃないです。証拠品がそこにあるっていう改善性がある場合にそこにガサーを打つんで、被害者の家だったりもするし、関係者の家だったりもする。いろんな家に行くんだけど、
ヤバいやつの家って例外なくド汚いんですよ。ド汚い。こんなとこに人住んどんの?っていうような家もあるや、汚えな、くせえな、これなんか痒くなるなみたいな家もある。ヤバい家結構多いっすね。
逆になんかヤバすぎてめちゃめちゃ何もないとか超綺麗とか超何もないとか逆にちょっと寒気がするようなそういうやつもいるけどそれは例外として基本的にヤバいやつの家は汚いっす。でまぁこれはね
自分の実体験レベルの統計データでも何でもないんだけどやっぱでもこの肌感を保管するようなデータってやっぱあって犯罪心理学に割れ窓理論っていうのがあるんですよ。これ有名な話なんだけど
スラム街とかでさ、日本だったらスラム街とかないけど建物の窓ガレスが割られてたりするんだけど割られたまま放置されてるとどんどんそこの治安が悪くなってスラム化するっていう話があって
ここは誰も管理してない無法地帯なんだっていうメッセージになっちゃうんだよね。だからどんどん他の窓も割られてったり落書きされまくったり荒廃していってその街全体の治安が悪くなってくってこれが割れ窓理論ってやつなんだよ。割れる窓の理論ね。
だから治安維持においてはこの割れ窓理論を前提にしてそういうちょっと小さなあれをさっさと修復していかないとどんどんそこの治安が悪くなっちゃうっていうそういう話があるんだけどさ
これまあ応用するとさ、街だけの話でもないよねって話で個人のメンタルでも全く同じことが起きてるんじゃないかっていう話ね。
僕の実体験レベルとそこがその今の話を結びつけるとそういうことが言えると思うんだよね。だからあなたの部屋とか生活のテリトリーが荒れてるとそれはあなたの心が荒れていくよって話なのよね。それはね。
なんか脱ぎ捨てた洗濯物とかなんかチラシとかさ、いろんな手紙、郵便物とかレシートとかさ、そういうもんが床に落ちてるとするじゃないですか。まあいいやって。でも洗濯物畳んでその辺にウェーってウェーってやっておけばいいやって。思うでしょ。
でもそうなるとその瞬間にあなたの脳みそ的にはさ、この部屋はゴミが落ちてても許される無法地帯だっていうふうに認識をしてしまうんだよね。これがうちなるアレマドってやつだよ。
どうなるかっていうと、レシートとか郵便物とか洗濯物とか散らかってていい、だったら、まああれもこれもいいやって。あれも散らかしていいや、これも散らかしていいやって。食べ終わった、食べてる途中のポテチの袋とか、あれもいいやってこれもいいやって。床にバンバン物を置き出して床の踏み場がなくなっていく。こうやってさ、規律崩壊のドミノがどんどん倒れていくって。
これを、僕はさ、自分自身に対する嫌犯罪って呼んでんだよね。
だから掃除とかせりせとんって汚れ落とす火事とかそういう話じゃなくてさ、俺の城で無法は許さないよっていう、自分のテリトリーに対する治安維持活動っていう立てつけで考えたほうがいいと思うんだよね。
で、さっきの我々リロンで、ニューヨークのさ、地下鉄が落書きを消しまくって治安を取り戻したというような話があるけど、それと一緒でさ、まずは自分とこの家の床、床の上に置いてあるもの、散らかっとるもの、洗濯物だったり、なんか袋だったりいろいろあると思うんだけど、まあこれを拾い上げて捨てりしましょうと。
そっからだよっていう話、結構重要なポイントだと僕は思ってます。
で、まあここまでの話は一応エビデンスベースのことも少し交えたけど先進路っぽく聞こえる部分もあると思うんだけど、ちょっとエビデンスの話をね、少し肉付けしていきたいなと思うんだけどさ、
散らかってる方が落ち着くとか、どこに何かあるか分かってるから別に大丈夫じゃんって、自分家だから自分が分かってればいいじゃんって誰か来るわけじゃないしって、いう感覚の人いると思うんだけど、それさ、科学的には完全にそれ寝言だってことがバレてるんですよ。
メンタルと環境の関連性
カリフォルニア大学だったかな、の研究チームが結構面白いデータ出してて、ものがさ、散らかった家に住んでる人。
この、この研究女性だったかな、女性に、女性はさ、夜になってもコルチゾールっていう要はストレスホルモンがあるんだけど、この値が下がらないんだよね。
綺麗な家に住んでる人は、夜になったらこのストレスホルモンの値が下がるんだけど、散らかった家に住んでる人は下がんねんだ。
だからずっと、戦闘モードのまま張り詰め続けるっていうことになっちゃうわけ。
このコルチゾールがずっと出てるってことはそういうこと。
だから要するにさ、そうやって言うは精神休まんないんで、部屋が汚いイコール、自宅でずっと毒ガス吸ってるみたいな感じになってるわけだよね。
相当、自分に負荷がかかってる、脳みそに負荷がかかってる。
で、常に脳みその中で、あれ片付けなきゃな、これ邪魔だなっていうノイズをずっと無限に無意識化で処理させ続けられてる。
これ脳の炎症が起きてるって言ってもいいと思うんだけど、そんな状態でさ、
いい仕事とかさ、クリエイティブな発想とか、幸せな気持ちになったりとか、そんなことになるわけないじゃんっていう話なんですよ。
で、あともう一個の観点で言うと、いつか使うかもなって言って物が捨てられない人多いと思うんだけど、
いろいろね、本とかもそうかもしんないし、ダンボールとかもそうだし、いろいろと捨てられない置物みたいなやつもそうだけど、
それ結構、場所を占めますよね。
場所を占めるものに家賃払ってるっていう感覚ありますか?って話で、
特に都内とかのエリアだったら、家賃ってさ、めちゃめちゃ高いわけだよね、壺単価でね。
だからいらない物とか全然使ってない物を処分するだけで、荷物減るんで、
もっと狭い部屋でも全然オッケーってなるんで、
これダイレクトにさ、家賃分、節約できるのは毎月何万円とか、
2万ぐらい減るんじゃないの?いらん物捨てまくったら。
で、そう言うと僕も若干耳痛くて、僕の場合本が多すぎて、何千冊ってあるから、
本棚とか本の書像でさ、めちゃめちゃ床面積取ってて、
床面積取らないように俺もう壁面、もう天井まで本棚にしてさ、
床から天井まで本積み上げてるんだけど、
それで多少マシになってるプラス、
防音壁代わりに使ってる、吸音壁代わりに使ってるから、
一応自分の中では、まあダメージ最小だなとは思ってるんだけど、
でもそういう風にでもしない限り、本とか好きな人とか、
本積み上がったりとか本棚を横に広げたりすると、
その分本のためにさ、家賃払ってたりするような物になってくるんで、
そこ気を付けなきゃいけないよねって、
いうこともね、思っておりますね。
そういうのが自立もなんだよね。
で、じゃあどうすればいいかっていう話でさ、
よし気合入れて片付けるぞっていう、まあそういう精神論的なワードが出てきたらマジで要注意で、
気合入れて片付けるぞとかって言ってるから、
もう相も変わらず一生失敗し続けるんだよねって話でさ。
さっき冒頭で言ったけど、気合とか根性ってデフォルトでベースであって、
踏ん張るときに使うものであって、
最後の取り出なんで、
その最後の取り出の手前になんで何もないのっていう話でさ、
いきなり向上戦始まるみたいなもんだよね。
キングダムとかね、中国の戦いイメージしてさ、
外で一切戦わずにいきなり城壁に突撃されてくるみたいな感じなんだよね。
もっとやることあるでしょって、やれることいっぱいあるでしょって話でさ。
で、ここで使うべきなのがさ、
ちょうどでも1年ぐらい前から俺は何回かこの話したんだけど、
ナッジ理論だよね。行動経済学の用語でさ、
ナッジ理論の考察
ナッジっつって、まあ肘でツッツくみたいな意味らしいんだけど、
要はさ、矯正するわけじゃないと。
案にそっちに行きたくなるような環境設計をするっていうのがこのナッジ理論のことなんだよね。
例えば、身近な例で言うと、
家に帰ってきてさ、まあ上着をさ、コートとかソファーに投げ捨てちゃうとするよね。
で、これを、ああ俺はなんてだらしないんだって攻めても意味ないんで、
そのコートをかける場所までの動線、まあUIだよね。
ここがクソなんだと、このせいだっていう風に考えるこの思考法が大事なんだよ。
つまり玄関からソファーまでの間にハンガーラックを置くとか、
そのコートかける場所を作ってしまえば、
そこにコートをかける、イコール、
ソファーにコートを投げ捨てることはなくなるよねっていう。
そういう風にさ、こう、なんだろうな、
こうしたいのにこれができねえなってこう思った時に、
自分の筆記を投げても全く意味ないんで、
ああこれはマジで仕組みがクソなんだ、どの部分がクソかなって、
どこを直したらこれ、このクソなやつ直って、
俺は何も考えなくてもこんな事態に陥れなくて済むようになるかな、
そういう思考法、すっげえ大事だと思ってて、
俺なんか基本的にそういう思考はデフォルトでできるから、
犯罪のメカニズムと社会の仕組み
あの、すげえ、ある意味多色思考みたいな感じ?
なんかさ、多色思考って悪い文脈で語られること多いから、
なんか全部自分のせいだ自分のせいだってみんな考えがちだけど、
俺なんて全部誰かのせいだと思ってるからね。
誰かのせいっていうか、何か他のせいだって思ってて、
自分がこれできないのは自分のせいじゃなくて、
仕組みが悪いっていうそういう思考めちゃめちゃ強くて、
だから俺は刑事やった時もさ、犯罪者が犯罪を犯しますよね、
それですら、犯罪者は悪いかもしれんけどそんなのは当たり前として、
でもこの人が悪い悪いって責めてたって何も意味ねえなと思って、
なんでこんなことになってしまったんだって、
この社会の仕組みのシステムおかしいよな、
そこに歪みがあるからこの人は泥棒しちゃったんだろうし、
飯が食えなくて無線飲食しちゃったんだろうし、
人をぶん殴ったりしちゃったんだろうし、
なんなら人をぶっ殺しありしちゃったんだろうなっていう、
そういう考え方をしていたので、
その考え方が刑事として、正義の執行者として正しいかどうか俺は知らんが、
でも俺は刑事のじいちゃんの代から、
盗人にも3分の断りだっていう風に要を教えられてきとったもんで、
そういう考え方はベースにあるんだよね。
だからその人を責めてもさ、しょうがないわけだよ。
その、何をするためにこのじゃあ俺たちはこの法律を適用してこの人を捕まえてるんですかねっていう話をしたときに、
脳死すればさ、こいつは悪いことしました、はい、じゃあ法律通り執行して逮捕です、
はい、そのまま裁判に行ってください、さようならっていう、
そこに何にも意味ないじゃん。
何のためにやってんのっていう話でさ、
だからそこに意味を見出そうとしたときに、
そもそも俺たちの仕事って何って考えたときに、
悲しむ人を減らしたい、犯罪する人を減らしたいっていう部分はあるんじゃないのって、
そこを見出さないと、ほんとただの歯車で、
うーん、駒だよね、ただの。
環境システムの改善
って思ったんで、そういう風に考えるとさ、
こいつらもこいつらで色々あるんだろうなっていう、人間だしなって、
何か一歩間違えたら自分もそっち側だったよなってさ、
そういう危機意識俺ずっとあってさ、
そういう危機意識がありすぎて俺は殺やめちゃったんだけど、
うーん、だから結構この正義に守られているのよ、公務員とか刑事って、
かなり強い立場だから、
民間っていうか外の世界で何が起きてるか関係ねえんだよ、ぶっちゃけ。
超強いからもう立場、別に何も変なことやらかさなかったら別にクビになんねえし、
仕事やってもやらんでもクビになんねえから、超立場強いよね。
そういう何か正義に守られたところでさ、高見の見物よ、言ってみりゃ。
そんな状態でさ、本当に人間の痛みがわかんのかって、
本当にこの目の前の被疑者と相対してさ、
はい、お前は犯罪犯したから悪いやつだって、もうそのラベル、ヤブリング。
何だそれって、ずっと思ってて、被害者にしてもそうだよ。
被害者がかわいそう、いい人、加害者が悪い人、
このラベリングおかしいんだよね。
案外もう、被疑者みたいな被害者いっぱいいたからね、どっちが悪いんだよって。
法律の悪用だろうみたいなやついっぱいいたから、
まあだからそうやって二言論でさ、正義か悪かみたいなふうに分けらんねえし、
悪っていうふうに分けた人にしてもさ、
悪かもしれんけど、で?っていう考えは常にあってさ、
今なんでこの話になってきたんだっけ、刑事の話だと迷宮に入ってくる。
まあ今ちょっと話を戻すけど、
だからその仕組みでカバーしていくっていうのはすごい大事。
だから自分のせいだって責めても意味ないし、あいつのせいだって責めても意味がない。
それが起きてしまった仕組み、どこがバグがあったかな、ここを直せばいいじゃんって、
そういうことを考えていくわけだよね。
人間関係もそうだよね。
人間関係の間でも、なんかここはうまくいかないねってなったときに、
そうかじゃあ俺たちの最適解を考えようっていうふうに考えて、
じゃあここの部分は一般的にはこういうやり方だけど、
これは俺たちの場合はこうじゃなくて真逆のこのやり方のほうがハマるよねって、
ハマるくねって、じゃあこっちでやろうぜって、
そういうふうに最適解を見つけていく作業だよね。
そしてそれは時とともに変わるので、
1年前はこうだったじゃん、こういったじゃんなんてよく俺も言われてうぜえんだけど、
知らねえよそんなの。
1年前はそれが最適解だって、
そのときの自分とか自分たちが判断したからそれでよかったけど、
もう1年経ってんだから別人だし時間軸違えんだよバカって。
今は今で最適解考えて、やってこうぜそれしかねえだろって、
昔こういったじゃんってそんな現地の取り、
鬼の首取ったみたいなの現地取って意味ねえよそんなこと。
だから何って話で。
だからさ、ほんとなんかその時々その時々で最適化していく。
常にそのときフレッシュな気持ちで、
どれが一番いいかなって考えるって俺はめちゃくちゃ好きなんだよね。
そういう思考はベースで走ってるから、
すぐに仕組み、
その人がどうこうっていうかこの仕組みがおかしいじゃんねってこう思うんだよな。
こんなに思いがあるのに気持ちがあるのに、
これが噛み合わない、
これはでもなんか仕組みがおかしい、
考え方がここがおかしい、ここがバグってる、
ここをこう直して回路をこっち右じゃなくて左に通せば、
うまくいくじゃんね、じゃあこれでいいよって。
そういう感じかな。
だから自分の中でどうしたいかが一番重要でさ、
自分の中でこれがやりたい、こうしたいっていうのがあるから、
だからそこに後付けでさ、理論とかシステムとか環境を構築していくっていう、
そういう逆説的な理論なんですよね、僕はね、常に。
だから環境を変える、環境を構築していくってことをアーキテクトだよね。
アーキテクトなんですよ、僕は。
思考のベースがアーキテクトなんで、そういう感じですね。
ナッジ理論とかもそういうことです。
これは知識として持っておかなければアーキテクトとしては失格ですよね。
いろいろな行動経済学とか心理学とか脳科学とかっていうことを理解しておかないと、
人間社会において設計者になることはできない。
だからそれはつまり、
なんかここで嫌なことがありましたってなった時に、
その解決方法がわからないっていうことを意味するんだよね。
相手に対してヘイトぶつけても意味ないから、
いやそれが起こらないようにしたかった、したい。
であれば、どこをどういじればいいんだろう。
それがわからなくなってしまうので、
それをわかるための知識として、今言ったような科学的な知識っていうのはめちゃくちゃ大事なんですよね。
はい。
えーっと、今はなんだっけ、コートかけるラックの話をしましたけど、
まあそういった思考で考えると、
ありとあらゆるいろんなところ、ここをこう直したらいいじゃんっていうのが見えてくるので、
皆さんもぜひ、日々のさ、いろんな負の感情、
負の感情が起きたってことは、それすなわちチャンスなんで、
あそこに何かが眠ってるんですよ。
何か自分の中で気づいて、仕組みをちょっと考え方とか回路の通し方を変えれば、
変えるだけで、あそこは良くなる可能性があるということなんで、
そこにまず気づくかどうか。
そして気づいたところで、それの解決法が自分は思いつくかどうか。
っていうところではね、その二つのハードルがありますね。
なんで、自分を変えようとしないでください、意味ないんで。
自分も変えれないです。
そして人を変えるなんてはもっと無理です。
そこに何かエネルギーを使うのはマジで無理だし意味ないんで、
ほんとに時間の無駄なんで、
不動のものとして受け入れて、自分と相手は。
大体悩みの9割以上は人間関係なんで。
自分と相手、それは不動のものです。
であれば環境システムを変えるしかない。
この発想を持てば、
じゃあどこを変えようかっていう発想になるんで、
いろんなものが解決していくと思いますね。
参考になりましたかね。
やってる人はやってるか。
最後にね、明日からというか今日から、
できる具体的なアクションとちょっと未来の話をして終わりにしようかな。
また長くなっちゃったね。
じゃあ、まあ、なんだろう、片付けようかということで、
ね、いきなり部屋全部ひっくり返す人いるけど、
まあそれはやめた方がいいんですよ。
途中で疲れて絶対余計に散らかって終わるのがオチなんでね。
みんなそんな暇ないでしょっていうところで、
で、じゃあどうしたらいいのかっていうので、
僕の大好きな言葉で、
全突破、一点突破っていうのがあるのよ。
一箇所だけ死ぬ気で超絶ピカピカにする。
これね、結構おすすめで、
例えばお風呂場とか洗面台の鏡だけとか、
ここはもう指紋一つ残しませんとかね、
玄関の叩きのところだけとか、
何か一個だけっていう、まあそういう風に決めてさ、
やるって、まあこれおすすめなんだよね。
まあこれ俺が言ってるだけじゃなくて、
確かアメリカの海軍の特殊部隊の司令官だったかなが言ってた有名なスピーチがあって、
えーとね、ちょっと意訳というか意味なんだけど、英語で何て言ってるかは、
英語何て言ったかな?
Make your bedだったかな。
つまりなんか文脈的に、世界を変えたいか思えた人。
世界を変えたければ、まずてめえのベッドメイキングから始めやがれボケ!っていう激励。
外の世界がどれだけカオスで、
どれだけ仕事で失敗してボロボロになっても、
家に帰ってきたら完璧に整ったベッドがある。
心の余白と整理整頓
その小さな勝利が、自尊心を支えてくれるんだぜって、まあそういう教えだという風に俺は理解してるんだけど。
だから、この考え方を俺は一個応用していて、
自分が起きた時に、必ずベッドメイキング、
メイキングってほどのメイキングじゃねえけど、
綺麗にすんのよ、布団、ぱぱっと。
それで、一日の最初に、
最初の小さなタスクが完了すんの。
これ結構、ちりつも的に大きくて、
小さなタスクを一個一個完了させていくっていうのは、
すごくメンタルに響くんだよね。
で、一番最初に何ができるかって言ったら、その起きた布団を畳むこと、綺麗に整えること。
ここからだよね。さっき言った、そのメイクヨベッドの話で言えば、
一石二鳥でしょ。
だから、明日からすぐできることで言えば、
朝起きてすぐにちゃんと布団を綺麗にしましょうと。
ベッドでも布団でも一緒よ。綺麗にしましょう。
そこからいろんなことが始まります。
っていうことが一個言えるかな。
これからの時代さ、2026年のトレンドを見るとさ、
サイレントラグジュアリーっていうのがキーワードになってくるんだよ。
要は、物を見せびらかすんじゃなくて、ノイズがない静寂な空間、
それこそが一番の贅沢っていうものになってきやせんかという話よ。
要はもう、スマホとかもデジタルデトックスとかも流行ってるけど、
情報がもう多すぎるでしょ、世界ね。
スマホを見たら無限にノイズが入ってくるしさ、
もうノイズまみれで頭痛いよね。
だからこそ、
自分の城、
テリトリーだけは、
余白を作ろうぜって話をマジで俺は提案したい。
余白の重要性
何もない空間、
綺麗に整理整頓された余計なものが置いてない床、
余白が大事なのよね。
あなたたちの床、余白あります?余白。
何でも余白が大事よ。心の余白もそうだし、物理的な余白もマジで大事。
パンパンに詰めないってことね。
そういう余白からしかさ、
新しいアイディアとか絶対生まれねえから、
次の時代を作る哲学も生まれてこないんで、
それはさ、俺のやってるポッドキャストでもそういうこと言えてさ、
要はさ、雑談だよね。
この落ち着きAIっていう番組やってるけど、
あれが本当に、
生き承認みたいになってるわ。
ガチガチに台本作り込まれた回と、
台本に余白が多い回、
それはいわゆる深掘り回と速報回っていう2つのパートで、
こう、配信、火曜日配信と金曜日配信で分けてんだけど、
どっちのほうが面白いか、
やってるほうも面白いし、聞いてるほうも面白いかっていう、
ことで言うと、圧倒的に台本に余白があるほうが面白いのよ。
余白のないものっていうのは、もう機械に処理させときゃいいっていう話になってくると思ってて、
まあ生成AIとかね。
余白を埋めて、余白でクリエイティブなことができるのは人間だけなんで、
余白をいかに作るかっていうこと、あらゆる意味においてそうですよ。
今の部屋の流れってこともそうだし、心の余白もそうだし、
スケジュールの余白もそうだしさ、
何か予定を入れるときに時間きちぎちにしないとかっていうこともそうだし、
何をおいてもとにかく余白を確保していくってことが、超大事。
それができないと、ただの歯車になるでね。
誰に何を支配されてあなた人生生きてるんですかって話になってくるんで、
余白めっちゃ大事ね。
あの空白じゃないでね。
空白ってマジで何もないことだから。
余白って、
何かメインコンテンツがあるから余白なのであって、
何もありませんは余白じゃねえから、それ。
何もないだけだからね。
余白が、余りの白と書いて余白と言います。
余った白を余りを
増やすってことか。
増やすってことが大事であって。
まずそこに何もない人は何かを置くことから始めてください。
真っさらなのはそれ余白じゃないんで、
何もないって言いますそれは。
それダメです。
ということで、
いろいろと喋ってきましたが、
僕的な考え方とか、
ビデンスベースの話とかいろいろしてきました。
どうでしたかね。
何か一つでも参考になって、
あなたの人生、
ちょっとでも、
幸せな方向に傾く何かがあればなと、
願っております。
それではまた次回お会いしましょう。
バイバイ。
30:53

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