はい、それ哲ラジオ、今日も始めていきたいと思います。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、今回は空海の話をする前に、まずは仏教の流れを見ていこうか、みたいな話をしていたと思うんですけれども、そんな感じでしたっけか?
そうですね、はい。なので、さっきから密教はこうだぜって言ってましたけど、なかなか何がすごいの?とか何が違うの?みたいな、なかなかわかりにくいなと思っていて。
これまでもね、ゴザノシタルタとかリュウジュウとかユウシキとかやってきたんですけど、前回もお伝えした通り、やっぱり仏教の流れとしてはお話できなかったりとか、そもそも全部聞いて全部覚えてますっていう人はいないと思うので。
うん、確かに。
改めて仏教の復習としてでもあるし、やっぱりそもそも仏教で何?とか、そもそも密教ってなんだ?みたいな話って結構密接につながっているってことがわかったっていうか、僕も初めてそういうふうに思ったんですよね。
へー、そうなんだ。
だから、密教って本当に仏教なの?みたいな視点もあるみたいで、その辺りが空海の密教をそもそも知る上での結構重要な論点というか観点になるかなと思うので、
この1回分は空海の密教に至るまでの仏教の流れみたいな感じを改めてお伝えしたいなというふうに思っておるというような感じですね。
おー、なるほど。あー、面白そうだね。
思ったより仏教が複雑だなって思っちゃいました。今回の台本作ってて。
あー、そうなんだ。結構流行ってて仏教側の人間だと思ってるんだけど、西洋というよりは東洋寄りの人間だと思ってるんだけども。
そうだね。やっぱり、もともとは苦しみを取り除くとか楽に生きるつもりみたいな感じから入ってるから、どうしたら楽にならないのかみたいな観点でいろいろ見てたんですけどね、仏教っていうものを。
でも、改めて、じゃあ、小僧仏教と大僧仏教ってどうなんみたいな話とか、大僧仏教の中にもこんな色んな違いあるよねとか、
そういう風に発展してきたんだとか、そういう違いがあるのねみたいなのは、逆にあんまりこれまで意識してなかったんですよ。
あー、そうなんだ。結構大枠で捉えてた部分はあったみたいな感じなのか。
そうだね。大枠だったし、思想的にっていうよりは、やっぱりいかに自分が楽になるかみたいな、ある意味では正しい仏教との関わり方だと思うんだけど。
ある意味ではね。
なるほど。
改めて思想の流れ的に、思想史っていうとちょっと大げさだけど、そういう風に見た時に、なるほど、こういう風に繋がってたのねみたいな話が見えてきたっていう感じかな。
あー、なるほど、なるほど。本当にどっちかというと宗教としてどう苦しみか逃れるか的な観点の方が仏教との関わりが強くて、
哲学的な視点っていうのは、改めて今回見てみるとみたいな発見があったって話か。
そうです、そうです、そうです。
なるほど、なるほど。
なので、ちょっとそういったものを今回お話していきたいんですけれども、一番最初、仏教とはみたいな話でいくと、
普通に言ったらね、ボータマシタールタさん、いわゆる釈迦と呼んでいるお釈迦様だよねっていうインドの王族の人が始めたものですよっていう風に言われてますと。
その基本的な考え方としては、やっぱり人生というのは苦しみだと。
まさに釈迦の会でもやったけど、諮問質疑みたいな感じで、なんか外に出たら病気な人がいてとか、歳とってる人がいて、なんじゃこりゃーってなったみたいな。
そういう話をしたのを覚えてますかね、お兄さん。
覚えてる覚えてる。あれが一番、それ哲学上で超人気劇だったからね。
そう、ギャグみたいなやつがあったと思うんだけど、そういう風に苦しみの原因に気づいて、それを無くしていく。
それによって、日本で言うと涅槃、ニルバーナに入って、リンネから離れてもう一回生まれてくるっていう、生まれることが苦しみだから、それを終わらせるんだと。
そういう風な考え方とか、あとは自分というのは実体がない。自我というのはないんだと。
そういう感じで、苦しみ者にもないんだよ、みたいなね。
そういうようなことを正しく知るのが大事だ、みたいなものが、すごく大元の仏教、仏陀が、釈迦が言った仏教だよ、みたいにされてます。
だから、僕は普段、仏教って言われると、生まれるお坊さんがいて、お葬式をやって、みたいな感じをイメージすると思うんですけど、
もっと純粋に、人生の苦しみを乗り越えるとか、そういうことをテーマにしたのが、当時、一番最初の頃の仏教だったんですよね。
なるほどね。はいはいはい。
ある意味、ハヤトが最初言ってた、どうしたらもっと人生楽になるのだろうかと、それに対するアプローチみたいなものが、本当は純粋な仏教のあり方、スタート地点だったみたいな感じなのか。
そうだね、そうそうそう。
やっぱり最初のうちって、仏教もそんなに信者が多いわけでもないし、お寺があちこちにあるっていうことでもないから、
当時で言うところは、信仰宗教みたいな、インドのバラモン教みたいなのがあった中に、釈迦っていう奴が仏教っていうのを作ったらしいぜ、みたいな。
仏教っていうのも後から言われた言葉だろうから、別に釈迦は、これが仏教だとは言ってなかったと思うけど。
あー、なるほど、そっかそっか。
釈迦の教えみたいなものがありましたと。
ただやっぱり、時間が経つほどいろんな考え方が出てくるものでして、お釈迦様はね、死後100年くらいからすると、
時代に合わせて仏教も変わるべきだ、みたいな確信派みたいな人たちと、いやいや、むしろ釈迦の教えに忠実であるべきだ、
昔に戻れみたいな保守派みたいなものが分かれてくるらしいんだよね。
うーん、なるほどね。仏教の中でも同じ人から学んでるのにね。
元々はね、そうなんです。
その中でも有力だったものが、以前もちょっと触れた、名前覚えてらっしゃる方いないですけど、
説一切産ぶっていう派閥があって、なんとなく名前覚えてるかな。
こっちがアビダルマなんとか的な。
アビダルマとか象徴的な方だね。
それは結局、世界の構成要素とかを精密に75個とかに分けて、
世界を分解したら75個になりました、みたいな。
そういうことを分析して、それを正しく知った上で修行してネハリに入るぜ、みたいな。
結構ガチガチの、なんだろうな。
よく言えば学問的なんだけど、悪く言うと一般人を遠ざけるというか。
そうなんだ。
出家した人だけのための仏教みたいな。
そうなんだ。一切産ぶだからある前提でみたいな話の方が、
仏教って何もないのだ、みたいな感じじゃん。
よりある方が理論派で納得できそうだけど、そういうわけでもないんだね、必ずしも。
当時の学問レベルを考えたときに、
そういうロジックとかを全部理解できる人ってどんだけいるんだ、みたいな話なわけなんだよね。
なるほど、最先端の宇宙の理論みたいなのをやってるみたいな話に近いのか、今で言うと。
全員別れみたいなね。
そうです。だから僕らが物理学を学ぶために理石ぐらいできるでしょ、みたいな感じで。
分析分、分かんないの?みたいな。
そんなんじゃ宇宙の真理は知れないよ、みたいな感じなんだよね。
なるほど、75分に至るまでにもいろいろと競うが必要みたいだね。
そうそうそうそう。
ごめん、それは無理だわ。
それよりは禅とかでさ、
全てはクールだし、別に教えとかもないから自分で悟れ、とか言われたほうが、まだ取っ付けやすいみたいな。
まあ確かに言われた通りね、残善苦悩系って言われたほうが楽ではあるから。
そうそうそうそう。
みたいな感じがあったようなんですよね。
で、逆にそこに対して批判したのが、いわゆる大乗仏教という形で、
さらに100年後くらい後の人なんですけど、
この人は般若教のクーっていう人を重視して、
それをある種体系化して、
ストーリーとかよりは論理立てていって、
中間派っていう派閥をまた作っておくわけなんだよね。
それが2世紀くらいですよと。
さらに次がね、優位式もやったじゃないですか。
そういう人結構やってるね。
いろいろやってるんだよ実は。
無邪気とセシンっていう兄弟がいて、
第八アレア式から第七回しからね、
って言ったと思うんですけど、
それが4から5世紀くらい。
さらにリュウジュから100年、200年後なんだけど、
これは般若教と華厳教両方の流れを組んで、
それをある種統合してるみたいなやつなんですよね。
へー、そうなんだ。はいはいはい。
なので、やっぱり王族教典はあれど、
それをどう対策するかとか、
どう論理立てるかとかっていうところで、
いろんな人たちが頑張っていって、
その中でも有力なものがどんどん幅座として広がっていくみたいな。
次のスタンドでやっていくみたいな。
そういうような運動がこの仏教の大乗仏教の中だけでもあるんですよね。
なるほどね。こうしてみるといわゆる統配合だよね。
分かれるだけじゃなくて、
さっきの般若教と華厳教の流れを組んでるみたいな、統合してるみたいなさ。
そこはぐじゃぐじゃーっと離れたりついたりみたいなことを繰り返しながら、
どんどん洗練されていくみたいな話だったな、仏教がね。
洗練されていくとか、時代に即していくみたいな感じもあるだろうね。
そういう風にどんどん新しい解釈とかも出てきながら、
発展していくっていう感じなんだけど、
この辺りの4、5世紀くらいの時に、
当時のリウジとかユイシキとかは全部インドの話だったんですけど、
そこからあるシルクロードとかなのかな、そういうのを通って、
中国にも教典とかが次々と入ってくるんですよね。
この時代なんだ。はいはいはい。
もともと仏教自体が中国に座ったっていうのは、
紀元1世紀なので西暦何十年みたいな頃だっていう風に言われてるんですけど、
やっぱりそこから中国独自の仏教が出てくるとか、
教典がいわゆる漢訳、中国語に訳されて、
中国人が独自の解釈をしていくみたいなのが、
4、5世紀くらいかららしいんですよ。
その辺りで、これも取り上げましたね。
禅宗、座禅の禅で。
当時ボダイダルマさんだと思うんですけど、
インドから来て壁にずっと向き合って座ってましたみたいな人。
なんで何しに来たの?みたいな人だったよね。
皇帝とかにもいろいろふっかけて怒られたりとか、
でもやっぱりあなたすごいですって言われたりした人みたいな感じでお伝えしたと思うんですけど、
その人が中国に来たのも大体このぐらいらしいんですよね。
紀元後5世紀くらい。
結構いろんな教典もあり、教えもありで、
禅宗とかいろんな仏教が豊かになってる中で、
中国でもそういったものがどんどん継承されていって、
さっき言ったナーガルジャーノの中間派もあれば、
優衣式もあれば、禅もあれば、浄土教もあれば。
ひとっくりに仏教みたいにいっても、
いろんな教えがいろんな人が説いてるみたいな。
そういう時代だったらしい。
それは許されてたんだね。勝手にいろんな派閥に分かれてたんだね。
そうね。
そういう意味では、もともとのお釈迦様の教えというよりは、
そこからいろんなものを解釈して、どんどん広がっていったっていうのもあるし、
中国で今5世紀くらいといったんですけど、
6世紀から、西暦538年が、
聖徳太子が日本に仏教されたと言われている、
仏教伝来と言われている年で、
そういうインドから中国、やっぱり日本というような大きな流れが、
西暦5、6世紀くらいの時にダイナミックに動いているっていう感じらしい。
なるほど。とはいえ、やっぱり日本だけで見ても、
だいぶやっぱり歴史は古いんだね。
そうだね、そうだね。今からもう1500年前とかだもんね、ほんとに。
ざっくり言えば、当然仏教自体は、
それこそチベットとかそういう方にも伝わっていくから、
別にインド、中国、日本という流れだけじゃもちろんないんだけれども、
そういうものがあった中で、今回というわけでですね、
密教というものがどんなふうに成立したかみたいな話なんですけれども、
まだ密教出てきてないもんね。
出てきてない、出てきてない。
まだ密教前、密教以前の話です。
実は密教自体もインドでやっぱり成立してて、
時代としてはどうやら6、7世紀くらいなので、
結構新しいみたいなんだよね。
それまでと比べるとね。
それまでと比べると。
お釈迦さんが亡くなってから1000年くらい経っているという時代なので、
仏教の中でもやっぱりだいぶ新しい方なのかななんて思ってます。
中国にされた人が名前が残ってて、
禅無為という漢字が難しくて、
一旦禅無為さんだというふうにおっしゃってるんですけど、
この人がインドの貴族出身の人らしくて、
インドで学んだ密教というのを中国に716年に届けてます。
この時に密教されただけじゃなくて、
大日経という経典、
これを中国語版を作って布教したらしいんだよね。
あと前回聞いていただいた方がピンと起きてるかもなんですけれども、
数回が日本で出会って、
剣道士になって密教を学びに行かなきゃっていう、
思ったきっかけになった経典がこの大日経なんだよね。
ああ、言ってたね。そういえばね。
そうだそうだ。
なので、まさにこれの中国語版を作ったのはこの禅無為さんという人らしいです。
それが中国で育ったのが716年。
空海道が生まれたのは774年。
なので、大体60年ぐらいしか違わないんだよね。
へえ、じゃあその間に日本にも伝来してたってことなんだね。
漢訳されて、漢語でか知らないけど日本にも来てたんだね。
一部って感じかな。
日本では教えられる人はいなかったんだけども、
密教というのがあるぞぐらいのことが経典なんだろうね。
はいはいはい。
なので、やっぱり当時で言うと最先端の仏教、
中でも最先端である密教みたいな感じとか、
そういうものがやっぱり中国等に行けば学べるみたいな感じがあったみたいで、
実際、前回ちょっと最澄の話も少し触れたと思うんですけど、
実はこの禅無為の孫弟子さんから最澄も密教を学んでいたらしくて、
ああ、そうなんだ。
ひまご弟子の直系の弟子というか、
そういう教えを受けていたらしいんですよね、最澄さんも。
だから、やっぱりちゃんと当時中国に行ったら、
それを学ぶっていうのがある種のスタンダードというか、
それを吸収しておくってやっぱりすごく大事だったみたいだね。
なるほど。
日本にも戻ってきた後は、
最澄よりも空海の方がいっぱい学んでいたから教えてもらったけどみたいな話か、前回の話。
そうです、そういうことです。
最澄も基本は学んでいたみたいな話なのかな。
どうなんだろうね。
やっぱり最澄はもちろん密教だけじゃなかったから、
いろんなものを学ぶ中で、
総合的に仏教を学ぶ中で、密教もちゃんと教わっていたみたいな。
そんな感じだろうね。
空海はね、もうあの、
なんだろうな、潜りみたいな感じで、
検討士になって乗り込んでいったっぽかったけど、
空海については大仏教っていうものがあるんだっていうので、
密教を学ぶぞっていうつもりで行ってるんだ、空海は。
そうそうそう。密教を学ぶつもりで行ってるからね。
なるほど。ただ優秀すぎてあれか。
2、3ヶ月で学んじゃって、
あれだよね、知識とかいろいろ他のも学んできたけどね、みたいな感じか。
そうそうそうそう。
なるほど。そこで最澄と空海の学ぶスタンスというか、
何を学ぶかみたいな目線は既に違かったのか、その時。
そうだね。
そう、行く時からね、やっぱりこう、
まあ、期待も違っただろうし、
そういう感じになってます。
前回のウィトギンシュタインっぽいね。
だいぶ根本から崩してきたよね。
我々が使ってる言葉は世界と論議空間があったみたいな。
論議空間ね。
密教である。
皆さんは兼業でしょう、これまでやってたのは兼業でしょう、みたいな。
すごいね、だいぶ根本から覆してきたね。
考えた人すごすぎるんだよ、これ。
すごいよね。大乗小乗とか言ってるのは、
どっちも結局兼業でしょう、みたいな。
ところで自分たちは密教だから、
っていうふうに違うスタンスを取ってるわけなんだよね。
だからそういう意味では、やっぱり密教って、
お釈迦様が始めた仏教から何が立ってるかっていうと、
明確に違う。
お釈迦様を超えてるんだけど、
やっぱり有意識とか空とかね、
そういう思想をちゃんと受け継いでるんですよ。
やっぱり時代的に大乗仏教の教えとかに接続するってのは事実なんだけど、
あるいはその仏教そのものを、
それまでの仏教ってものを否定したり乗り越えようとしている。
そういう意味ではやっぱり仏教じゃないみたいな、
結構そういう相反する性質があるのが密教だ、
みたいな言われ方をしてるんですよね。
すごいね。そうすると密教って何であるんだ?
そうだよね。
苦しみから逃れるのが兼業だとして、
そこが一緒なのか違うなのかって、
今日教えてもらってないよね。
次回以降でちゃんと伝えていくんですけど、
なぜ密教があるのかとか、
すごい簡単に、特に空界の仏教というところだけでいくと、
一番は仏になるとか、
涅槃に入るための実効性みたいな話らしくて、
これちょっと次回もちゃんとお伝えするんですけど、
大乗仏教って仏になれるのよ、みんな頑張ったら。
仏になれるんだけどめっちゃ時間かかるんだよね。
どんぐらいかかるかっていうと、
聞いたことある方いるかもしれないんですけど、
去年に一回県から天女が降りてきて、
めっちゃでかい山を羽衣でシュッて擦るんだけど、
それでその山がなくなるぐらいの時間かかるって言われてるんだよね。
あー、そうなの?
大乗仏教はみんなが悟れますって言ってるんだけど、
パッケージの一番右下にすごい小さいフォントで、
ただし天女が百年一度を生んで、小さく書いてて、
それほとんどの人は見えないよみたいな、
そういうただし書きがあるのか。
別にそれを聞かせてるわけじゃないし、
そういうことも普通に言ってはいるんだけど。
大乗仏教側だからそう言うんでしょ。
ここに小さい人が書いてるでしょって、
普通の人はそれ気づかないからさ。
まあね、確かに契約する時にね。
だからこの人生でやっぱりなれるとは想定を思えない。
普通は無理なんだね。
お釈迦様ですら何回も人生を繰り返して、
やっと結成したのがお釈迦様としての人生だみたいな話だから、
僕らボンプみたいな人間はそれは無理なわけではないね。
その間に輪廻転生を繰り返しながら、
虫になったりとか犬になったりとか繰り返しながら、
いつかはできるっていうことを信じて輪廻していくしかない。
守るしかない。
なるほどね。
実はなれる。
でも象徴仏教はなれない。
民衆とか出家者にとってはなれないって言われたから、
それよりはマシなんだけど、
逆に希望を持った方がきついみたいな話もあるよね。
いやー、むずいね。
それ言われちゃう。
その正しがきを言われちゃうとさ、
じゃあ自分は浄座部、荒かんでいいやと思う人もいるね。
まあね、出家できたらね。
みたいな話があったんですけど、
輪廻はあなたがなれるみたいな話なんだよね。
またちょっとずれてるなね。
あなたがなれる、なれる、悟る。
ただあなたが何かとか、
促進成仏って言葉があるっていうのを前回ちょっと言ったと思うんですけど、
これもやっぱり漢字だから、
読み方がいろいろあるよねみたいな話があって、
3パターンぐらいで読み取れるから、
どれが本当の意味かわからんみたいな話もあるんだよね。
これちょっと次回ちゃんと言うんですけど、
ただ、そういうふうに超よくわかんない時間をかけて仏になるんじゃなくて、
この身このまま、自分の、
いろんな解釈があるからひょっとしては、
この身このまま、これも体のままで仏になるみたいな、
そういうような世界観っていうのもあるんだぜっていうのが密教なんだよね。
なるほどね。そっかそっか。
今の大乗仏教の話について聞くと、それはそうだっていうのは思うね。
だって今のこの世で、
今の人生のことを何て言うの?
今生かな、今生。
今生で達成したいよね。
そうそう。
そんな終わってらんないもん。
やっぱり来世とかでね、やっぱりこう、
期待を寄せるんじゃなくて、この世で何とかやりたいと。
そういう切実なニーズはありのだし、
それができるって本気で多分思って作ったのが密教なんだ。
そうだね。
そこについては納得というか、
そうなんです。
それはそうだと思うよ。
必要って思うし。
当然その仏教の中での手もあるし、
さっき67世紀のインドで生まれたって話もしましたけれども、
当時のインドって逆に昔、
仏教ある種、上を行っていたバラモン教とかヒンドゥー教みたいなものがすごく盛り上がってきてて、
逆に仏教ちょっとイケてないよねみたいな時代だったらしいんだよね。
やっぱりヒンドゥー教とかそういう別の宗教に対してもやっぱり仏教いいよとか、
ちゃんとしてるんだよっていうのをある種言わなきゃいけないみたいなところもあって、
新しい仏教ってのが求められてた。
なるほど。
確かにな、そこが仏教同士でもそういうね、
いつ悟れんのみたいな戦いがあったとして、
他の宗教と確かに戦いなった時に弱い気がするもんな、
さっきの何億年後だよみたいなね。
そうそうそうそう。
だからもう一個大事なのは促進調査と厳税利益みたいな、
今ってさもう普通にあるじゃん、
神頼みしていいことあるとか、仏様を、
昔は政治と宗教が一緒だったから、
仏様にお祈りして国の育成を良くするみたいな話っていうのは当たり前にあったんだけど、
それも結構やっぱりこの、それこそ空海だったり、
まあ衝突会社もあったかもしれないけれども、
仏教だけで考え方が出てるものらしいんだよね。
あーそうなの。
ちょっとその辺は、
何だっていうのはまた次回ちゃんと伝えていこうかなと思います。
これまでの話だけだったらさ、だってみんな涅槃に行きたいだけだから、
別にこの世とかどうでもよくはないけれども、
別に国の政治がどうなのかそんなに関係ないと思わない?
これまでの仏教の話だけで言ったら。
本当に思ったしさ、この前真理の歴史やった時も話したじゃん、
キリスト教と仏教で比較した時に、
仏教の方がそういう政治的なさ、
一つのベクトルに人民を統率してさ、
すごい個人的な営みが気がするよね。
そうね。
まさにそれかな。
そうそうそう。
やっぱりそういうところでも仏教の弱さっていうのがあったので、
それとある種乗り越えてうまく日本に持ってきたのが空海。
えー意外だな。
そこに対する回答が密教ってのも全然イメージがなさすぎてわからないけどね。
そうです。