神戸金史 のCatch Up
2023-09-26 10:25

神戸金史 のCatch Up

RKB解説委員 神戸金史
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イリカミネ イリカミネ 抱きしめて いつだって 切られて 切られて イリカミネ
三菱電機
さて、ここからは、毎週火曜日、 神戸金文のCatch Upです。
新聞や放送の私たちのような記者が、 自分の家族や自分自身を取材の対象とする、
いわゆる一人称報道というのがあります。
私が障害を持つ長男を取材した番組なども、 そういうものになるんですけど、
先週、こうした一人称の報道をしてきた 3人が集まって、それぞれどんなことを考えてきたかというのを報告する、
勉強会が宮崎市で開かれました。
マスコミ倫理懇談会、全国大会の文化会だったんですけど、
私も発表したんですが、その中で他のお二人について ご紹介したいと思います。
西日本新聞社社会部の西田雅也記者。
テーマは、「私は部落から逃げてきた」という連載です。
いわゆる差別部落に生まれて、なるべくそのことを考えないようにして生きてきた西田記者が、
去年の4月に、記者28歳。
私は部落から逃げてきたという連載を始めて、 大きな反響を集めたんですね。
その中では、小学生の時に友達のおばあさんから、
部落の子なのに賢いねと言われて、大きなショックを受けたこと。
それから、自分の執事から逃げることばかりを考えていた青春時代のこと。
社内研修では、部落って知ってるかと上司から問われて、
とっさに、「単に地区って意味じゃないんですね。」ととぼけたこと。
などが関原に書かれていました。
西日本新聞は、人権について非常に取り組みが深い会社ですけども、
全国水平社の設立から100年に当たる、2022年が100年に当たったんですけど、
その4年前に、もうすでに社内で準備が始まっていたそうです。
その時に、4年後何かやったらどうかという話の中で、
実はやりたいです。部落の出身なのでというふうに言ったんだそうです。
ぼろっと。
で、じゃあ自分の話でやってみたらどうかと言われて、
それから4年間をかけて考えてきたというふうにおっしゃっています。
そこで、長崎での勤務などで被爆者が自分の被爆体験を語っている時に、
部落出身の自分は部落のことを語っていないのではないかということも考えるようになっています。
それを西田さんは、安全地帯というような表現をしています。
安全地帯にいることにすごく後ろめかさを感じていて、
4年間は何かで、安全地帯から出て記事を書いてみたいと。
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被爆者と同じ目線で名前を出して記事を書きたいという思いが強かったんです。
4年間の間があったから、そういう思いじゃないかと。
一定の時間をかけて考えていくことで、どうしたらいいか、
じっくり考える時間が持てたということなんだろうなというふうに報告を聞いて考えていました。
その後、記者29歳俗、私は部落から逃げてきたという連載も西田さんは今年書いています。
もう一人の方は、朝日新聞東京本社の文化部、平岡春人さんという記者で、体験を記事にすることというテーマで話しました。
実は平岡さん、ワンピースを着て会場に来ていたんですね。
ワンピースを着て街に出たという連載記事を書いた方です。
自分の性の問題についてずっと悩んでいたというふうに語っています。
声がわりや体の成長は、思春期の私には受け入れがたい現実であった。
声がわりに気づいた夜、自分の部屋で泣いた。
私は何なのだろう。だが、私は自分を女性だと信じられなかった。
小学生の初恋の相手は女の子だった。
周りの女の子が身につけていたピンク色のものに興味はなかった。
私は何なのだろうか。
連載の中でこんなふうに書いていて、
性の問題というのは男と女の単純な2つではなくて、
もっとグラデーションに富んだものではないかという話を
このコーナーでもしたことがあるんですけど、
実際にワンピースを着て会場に来た平岡さんの話を聞いていると
改めてそういうふうに思いましたね。
少しお声、長いですけど聞いてみてください。
縁もゆかりもない札幌で、たまたまで会った友達に人生初のカミングアウトします。
その人とワンピースを買いに行き、家の中で来て鏡を見て
どうしてこんな簡単なことに25年もかかったのだろうということを思いました。
戻れないなと思いました。
その日インスタに自分のワンピース姿の写真をあげて
友達全員が死ぬということになります。
どこかにずっと記者の目があります。
どういう記事がいい記事なんだろうとか、
こういう記事はどうだろうとか考えている自分が街を歩いているときに
ふと自分に向いてしまいました。
その時に、あ、伝わるなとなんとなく思いました。
上司というのは直々のリスクです。
仲が良くてですね、よく飲んで音楽とか本の話をしたりする中で
人権についていろいろと聞かされて
いわば私の人権家族を育ててくださった方でもある
その方に初めてワンピースが来てから3日ぐらいだったときに
その日の夜に実はっていう話をしたら
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すんなりと相当頭の中で葛藤はあったでしょうけど
丁寧な言葉を選んでくださってですね
社内の中にセーフティースペースができたということが極めて大きかったです。
しかもそれが直続の上司という状態でした。
西田さんがさっきお話の中で直前まで
ずっと一部の人にしかお伝えできなかったとおっしゃってましたけど
私も11月に初めて企画書を出すんですけど
掲載が7月で3月まで私と上司以外
この記事のことも私のことも知っている人は社内にいませんでした。
それは私がいつでも取り下げられるという配慮のことです。
なかなかね、すごい話だなと思いますね。
西日本新聞でも朝日新聞でも
記者の極めてプライベートな話を連載するということは
直前まで関係者以外には知らされていなかった。
それは西日本新聞ではですね
例えば悩んでやっぱりやめると
西田記者が言ってきた時にすぐ対応できるようにと
連載の途中であっても中断する覚悟はあったとおっしゃってましたね。
プライベートで非常にセンシティブな話なので
それをどう取り上げるかということについて
周囲が上司や同僚が極めて慎重な配慮をしているというのは特徴だったです。
平岡さんはですね、今文化部で放送を担当しているそうなんですね。
ジャニーズ問題の取材に
ワンピース姿で行っている。
テレビ局の社長などのインタビューなど行きますけど
特になぜその格好をしているのと聞かれたことはないと。
恵まれた環境でもあるなとも思いました。
一つの意見があれば双方の意見を聞いて客観的に報道するというのが
ジャーナリズムの原則なんですけど
こういった一人称、主観報道ですね。
自分でなければ報道できないということがあるときには許されるのかなと。
私が山井理恵事件の被害者に
私の長男が傷害がありますけど
私の長男も殺すのですかという質問をしたこと。
これは私にしかできないことだろうと思ったので
踏み切ってみたわけです。
多分それを可能にするのは
例に挙がったように
信頼できる上司や同僚の存在と
あと時間。
やれと言われてやるのじゃない。
自分の中でやらなければいけないと本当に思えるような
覚悟を決める時間が必要なのかなと
いうことを今回お話を聞きながら思いました。
これが先週宮崎市で開かれたマスコミ倫理懇談会の文化会の様子です。
全国から200人以上がリアルで参加して
オンラインも入れると300人の人たちが勉強しましたけど
一つの文化会はこうやって一人称報道について説明をするという文化会になりました。
そうやって場を持って
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いろんな人に耳を傾けてもらうことも大事な場で
共有するというのもですね。
特殊な人が特殊な場面だけでできる報道と考えないでくださいと私は言ったんですけど
例えばそこに自分の会社でこういうことをやりたいというのが出てきたときに
動揺せずにしっかりと受け止める立場になっていただけたらという話を私はしています。
寛明寛文のキャッチアップでした。
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