奏でる細胞。奏でる細胞は、サイエンスと音楽を愛する2人が、アメリカ、インディアナから楽しく奏でるようにおしゃべりする番組です。
こんにちは、ゆりかです。
こんにちは、達です。今回はですね、ゆりかさん、本当に素晴らしいゲストに来ていただきました。
小児界、新生児界、そしてですね、一般社団法人チャイルドリテラシー協会代表理事。
これまでですね、国内複数のNICUで新生児医療に従事するとともに、母親を対象とした疫学研究に取り組んでおられます。
さらに、SNSを通じて子どもの医療や社会問題に関する情報発信、啓発活動を展開されている今西洋介さんに来ていただきました。
ようこそいらっしゃいました。お時間ないところ、本当にありがとうございます。
今西です。よろしくお願いします。
そして何と言っても聞いている方に一番お、と思うのが、何と言っても漫画、ドラマ、コウノドリの取材協力をなさったお医者さんであるんです。
コウノドリの話、僕もこの間登壇したときに一緒に聞かせていただいて、先月?今月?
先月。
今月だね。今月LAでUJの大会がありまして、そこで同じセッションが一緒になった。
そうなんです。びっくりしました。立津さんの名前と今西さんの名前があったときには、立津さんやりおったなと。
これ運命ですよね。運命。
LAに行ってお二人が話した内容についてお聞きしたいんですけど、私聞いてたんですけども、皆さんに紹介してくださいますか?
今回のセッションで、僕UJの活動をしている中でBurnoutっていうものを僕らの活動の中で取り上げていきたいなと思ってたんですよ。
そもそも研究者を応援するっていう活動として、光の当たるところ、すごい活躍している研究者とかノーベル賞とかそういうのに関わったイベントっていうのはこれまでやってこれたんですが、
Burnoutっていうのも最近話題になることが多くなってきて、僕もそれを学んだときにこれはちょっと多くの人に知ってほしいなと思ってそのセッションをさせていただいたときに、
今西さんがBurnoutに関する活動もされているというか関わりがあるということで、一緒に登壇していただけることになって今回の縁があったという感じなんですけど。
まさに光の鳥の中の監修した部分がこのBurnoutにより近い部分だったってことだったんですね。
そうですね、光の鳥の7巻が僕が監修というか取材協力でそこから携わったんですけど、登壇したときにもお話したんですが、
新生児医療というのは世界中で一番赤ちゃんが死なないという、新生児死亡率で我々指標を出すんですけど、それが一番低いということで、
世界から結構素晴らしいと言われている新生児医療、周産期医療でもそうなんですけど、と言われてるんですけど、
その影にはやっぱりその周産期医療者あるいは新生児医療者のBurnoutという背景があって、
それを作者の方が周産期医療のリアルを描きたいという漫画の意向方針になったので、そこを最初に描いてもらったという形になりました。
そしてLAの時にはそのお話があったり、あとは達さんの方も自分の経験を踏まえたBurnoutについて研究者の前でお話しするという機会を得たんですよね。
そうなんですよ。僕ね、研究者になって気がついたんですよ。そうなろうと思ったわけじゃないんですけど、
研究者になって博士をとって次の道を考えた時に結構狭きもんだってことにある時気づいて、そうすると研究者の中でもトップにならなきゃいけない。
少なくとも自分の周りの人たちの中で1位になっていかないと生き残るのが大変だっていう風に思うと、
自分を削って削っていろんなものを犠牲にして、それでもギリギリ勝てるか勝てないかみたいな戦いに感じちゃって追い込んでた時がありまして、
それがやっぱ苦しいなと思ってて。
あとからBurnoutの勉強をしたら、この情報を見ると、別に研究者だけじゃなくてビジネスの面であったり、
例えばお母さんであってもその役割っていう中で押し込められた時に同じような思いをしている人たちが多いっていうのを知って、
これはちょっとみんなで話し合う機会を持った方がいいなっていう風に考えたんですよ。
UJの中ではBurnoutっていう言葉が出てきたのは結構最近のことだったのかしら?
去年のシンシナティ大会でも同じようなセッションをさせてもらいました。
でも多分コロナになってからですよね。僕もお話しさせていただいたんですけど、
コロナ明けの結構大きな病院のカンファレンスの中で、メインセッションのところで病院長がですね、
自分のBurnoutを語って、自分がいかに大変だったっていうことを話すとともに、
どうやって防ぐか。周りの人たちに一人もそういう同じ思いをする人たちがいないようにしたい。
対応をうまくして、真面目である人とか仕事が好きな人ほどかかりやすいっていうところなので、
そういった情報をうまく開示してシェアしてくれたんですよ。
そこも小児科のお医者さんの中での多数の研究の一部は小児科。
僕も小児科なんですよ。
に関わっているので。
そうですよね。そうすると、そこの小児科っていうところとか、病院の中では働く人たち、
今ちょっとお母さんの話とか出てきたから少し話が広がってしまったけれども、
例えば医療従事者だとか研究者の中でBurnoutって言葉が出てきたのは、コロナ以降っていうふうに思っていいんですか?
でもコロノドリのことを考えると、もっともっと前から言われていたことになりますよね。
そうですね。コロノドリが連載スタートしたのは2013年なので、7巻が出たのは2015年、16年だったと思いますので、コロナよりは前ですね。
コロナで確かに潜在化したとは思います。
申請事例はどっちかというと、コロナの影響というのは入院数がガクッと減ってしまったこともあって、コロナで産み控えをしてしまったので、
かなり出産数が減って逆に僕たちの仕事は減ったんですけど、コロナの出産とかそういった面ではやっぱり大変で、
やっぱり産改良とか、救急ですよね。救急の先生方がバーンとしてしまったというのは結構同僚でも見受けしましたね。
それは昨今始まったことではなくて、ずっとずっと前から。
そうですね。申請事例はずっとあったという形になりますね。
それを漫画で取り上げたりだとか、人が語り出すっていうのは、それはいつぐらいからだったんですかね。
今西さんの感覚で全然いいんですか。
僕が漫画で出してもらった時はかなり業界内の、これもユジエの回で言ったんですけど、業界内の重鎮からはすごい怒られたというエピソードもあって、
当時はやっぱりタブー視されてましたよね。そういうことを話すと若い人たちが入ってこなくなるからやめろっていう話があって。
だけど、だんだん若い先生方とか、あるいは申請事例でも、米国の研究をした後に申請事例に帰ってくる先生が、
例えばナショナルセンターのトップについたりとかですね、ちょっと流れが少しずつ変わってきて、やっぱり若手の働き方を守らないといけないよねっていう形になってきたのは2018年ぐらいからだったので。
学会が調査したのもそれぐらいなんですよね。
そうすると、ずっとそういう減少、病、なんて言うんでしょう、こういう状態、どういうふうに表現するんでしょうか。
病気症候群のような、非常に負担がかかっている人たちがいる状況っていうのは前からあって、そう考えるとこの通りでこれだけ取り上げたというか、その言葉をはっきり言ったっていうのは大きかったんじゃないですか。
そうですね。これが一般の人にまず伝えたのが業界としては衝撃で、こういうのがあるっていうのを、業界内ではうすうすみんな感じてたけど、
新生児医療を辞めた人って絶対帰ってこないんですよね。それは若い、我々の、僕の同僚とかもみんな辞めてたんですけど、辞めてた人は絶対帰ってこなくて、別の業種になってしまうことが多々あったんですけど、やっぱりそれを広報士的に見るとバーンアウトだったんだなっていうふうなことを、一般の認知から上がってきたという感じですかね。
じゃあましてや医学部の学生だったときに、そういうバーンアウトっていう言葉や対策っていうものは受けてたこととかはあるんですか。
いや、なかったですね、僕の時は。バーンアウトっていう言葉自体も学生では習わなかったですね。
そうか、そうすると今回の学会、例えばUJAっていうのは、いろいろな科学、自然科学、医学、物理学、地学、あとはケミストリア、いろいろとその自然科学の学者が集まる会ですよね。
その会でバーンアウトについてみんなで考えてみようよっていう、心理学学会とかではないわけですよね、私たちが集まっているのは。
いろいろ勉強してきた学問が違う体系を持っている人たちが集まってきて、ちょっとライフについて語ってみようよっていうのは、なかなか面白い取り組みだったし、
その時に実際、例えばバーンアウトっていう言葉を研究者や当事者が認識する、または次の世代が認識する、またはそれを一般の方っていうのは業界じゃない人たちが認識するっていう、いろいろな境があると思うんですけども、
一気にそれを取り払って語り合うっていうのは、とても面白い試みだったなと思っています。
それは、今は小児科の中ではよく話されていることなんですか?
たった今は、例えば学生の教育とかで、こういうことってよくあることなんだよとか、こういう時に気をつけていこうねとかいうのは、そういう感じの取り組みっていうのは現在はあるんでしょうか?
僕が20年前に、18年前ですけど、新生児科医になった時に比べると、もうかなり現場に対するケアっていうのは増えていると思います。
後輩たちがバーンアウトしないような認識の取り方っていうのはやっぱり全然違うと思ってまして、
昔僕なんて最初、新生児科医1年目は、もう1000グラム以下のちっちゃい赤ちゃんが生まれると、もう72時間泊まって、それこそクベ吸って、保育機の横に椅子を置いてずっとバイタルを見とけっていう教育だったんですよね。
72時間家帰るなとか、そういうことを普通に言われてたんですけど、今はもう働き方改革の影響もあって、少しずつ主人性だったのがシフト性になってきたりとか、
そういったシステムの工夫もやっぱり多くなってきてると思います。
それは先ほどもおっしゃってたけども、アメリカから帰ってきた人たちが新しい仕組みを広げたりだとか、そういうことも一部はあるっていうふうに思ってて。
そうですね。僕なんかは40代で留学し始めたので遅い方なんですけど、僕が最初に後輩たちに言うのは、やっぱり若いうちに海外の現場を留学をしろっていうふうに、若いうちに留学した方がいいよっていうふうには結構言ってて。
価値観がやっぱりずっと日本の申請需要だけにハマってると、それが普通の価値観だと思ってしまうので、いろんな世界を見れるのって若いうちの特権ですから、留学っていうのは非常にいい選択肢だなっていうふうには今は言ってますね。
僕は全然それができてなかったんですけど、それがいい機会になってるかなと思います。
あとからずっと日本にずっといてね。日本のそれが当たり前になってからアメリカに来て、こんなのがあるのかって気づいたからこそ若い人たちに行ってほしいっていうことですよね。
そういうことですね。
これはすごい似てますね。研究者の世界においても。
留学っていうものの考え方って、そういうふうに広がってくるのね。
技術を手に入れようとかいうよりも、もっとその技術を取り巻いたり、実験や器具や医療の発展を見るということよりも、それを取り巻く働き方っていうものも含めて留学で学んで帰ってらっしゃるのね。
お医者さんもそうだし、ラボの運営って、日本のラボの運営の教授がいて人教授がいてっていう、そういう仕組みとか日々の過ごし方にしても、やっぱり違う視点ってあるよね。だからそれはすごくわかる気がしました。
今まさにどんどんたくさん質問に来てるんですけど、今西さんが改めて今アメリカに来てみて、やっぱり進んでるなとか、いや日本の方が進んでるよとか思うような違いっていうのは日々感じられるんですか?
そうですね、いろいろ感じる。やっぱりアメリカの方がその働き方に関しては進んでることもありますけど、アメリカでPIとして働いてる先生方を見ると、日本より過酷だなっていう。
僕っていうか土日構わず結構仕事したりして、すごいなというふうに、アメリカでPIとしてやっていくのはすごいなというふうに感じてますね。やっぱりその物の考え方とか、あるいは僕の大学UCLAの小児の救急の先生とか女の先生とかでも話したりすると、
当直だけに専念してるとかそういうお医者さんもいて、当直専門医師みたいな先生もいて、旦那さんが日中クリニックで働いて家事とか育児してるんだよっていうふうな感じで、家族間が全然やっぱり家族に対する考え方は全然違う気がしましたね。
日本だとやっぱり男の医者は働いて、その奥さんがちょっと仕事辞めて、犠牲になるって言ったらあれですけど、それを支えていくっていう形がやっぱり多かったんですけど、必ずしもそうではないんだなというふうなのは新しい価値観だなという気がしました。
今お話しされたのはお医者さんで夫婦の場合ってことですか?
そうですね。
そういった時に支え合ってやってる感じですよね。
分かります。
すごく嬉しかったのは、僕たちUJでワークライフバランスっていう、ライフワークバランスっていうことでセッション作って、一番最初のきっかけが第一回のセッションの時に内田舞先生が来てくださったんですよ。
そしてソーシャルジャスティスの話をしてくださって、結構その時は男女の見方の違いっていうところをお話ししてもらって、なかなか研究者の社会って、今申し上げていただいたんですけど、男の人が働いて女の人が見るみたいなバイアスがあったり、
あとはそもそも女性が少ないので、何か決める時にやっぱり男性が優位なように勝手に決まっちゃうとか、なんかそういうのがあって、それは女性も大変だけど男性にとっても生きにくい生き方だよね、みたいなところであのセッション始まってきてて、第2回から少しバンナウトの話も入れるようになってきたんだけど。
そういう経緯でバンナウトっていうのがフォーカスされてきてるんだね、今。
そうなんですよね。確か内田前先生とも対談されてませんでした?
内田先生、一緒に共同研究をしたりして、すごい親密な中で、家族で日本で会ったりして遊んだりする感じですよ。
いやー素晴らしくて、内田前さんが来てセッションで登壇した時もすごい人が来て集まってくださって、
それからやっぱりUJってこういう活動を前に持っていかなきゃいけないよねっていうことで。
質疑応答、お二人がした後の質疑応答の中に、これから留学してくるポスドクだったり学生の中にもこうやってバンナウトっていうこともあり得るんだよっていうのをどっかに入れたらいいんじゃないかっていうアイディアがありましたよね。
それでそうねと思って、そういうこともあるし、そういう時に対策する時こそコミュニティが必要なんじゃないのかとか、支える友達や支える仲間が必要なんじゃないかって言って、また次のセッションのコミュニティっていうものにつながっていったりだとかして、
UJが全体として人と人とのつながりを強めていこうっていう、例えば論文章とかだと栄光を称える、そして留学した奇跡を称えるっていうことがメインになっていくけれども、いやいやそれを支えるの、そうじゃなくても成功してもしなくてもみんなで支え合っていこうっていうのが見えてきて、なかなか面白い活動だなと思いました。
嬉しい。すごく嬉しいです。私たちも小さな小さな科学教室をずっとやってきてるんですけども、まさにそこですね、科学者として私たちはアメリカにやってきて、一流の科学だというところにたどり着いて、
自分の手の中で科学の実験が行われ、そして誰も見たことないこの新しい回路を見ているとか、そういうことに打ち震える日々をこんな私もしばしの間楽しんだ時があったんですね。18年くらい前のことです。アメリカに渡ってきて。
そしてそれと同時に子供が育っていくと、このアメリカのうちでなかなか両立することじゃないんですね。子供が生きるっていうこと、私が母親になっていくこと、タツさんが父親になっていくこと、そこにまた取り巻くいろいろなご家族がいますよね。お友達の家族だったりだとか。
そしてそこには科学というものから少し遠いところにいる人たちもいて、こんなに楽しいのに科学はっていうところで、ミドルマンって言葉を私は今日初めて使ってみるんですけども、まさにミドルマンということで、科学の最先端の科学と、でも日常にも科学があるってことでそこをつなぐ科学教室ってことをしてきましたので、
今無理やりですけれども、共通点を見つけたいなと思っていまして、でもお二人の話をLAにいるときに聞いてたときにも思ったのは、良き通訳者になる、良き間の中に入るっていうのは、科学者とかお医者さんとしてでも社会とつながるすごく楽しいところで、
実はそのバランスがないと、特にたつさんなんか見てて思うのは、科学者としてもどっか変なとこに行っちゃうし。
いや、ちょっと待って待って。
何、言い過ぎた?
変なとこって、ちょっとじゃあ僕も聞いてもいい?
ミドルマンになろうってまず思わなきゃダメよね、そこね。
いや、そこなんですけど、僕例えば研究者やってて、じゃあ発信やってみようと思ってやったんですけど、全然下手なんですよ。
だけど今西さんって。
ポッドキャストもそれだものね、その科学教室から発展した。
西さんはこれだけ伝えるのがすごい上手なのは、その秘密を教えてください。
そう、誰も傷つかず。
いきなりやろうと思ってやってみて、すぐできるものなんですか?それとも最初はうまくいかなかったけど、うまくいったのか?
最初から僕は実はこういうの向いてて、やってみたら得意だったっていう、どっちのタイプなのかなっていうのがちょっと気になったんですが。
僕最初にSNSをフライト先生っていうSNSをやり出したのは2011年のことなんですけど、
当時東日本大震災で被爆したお母さんから危機維持が生まれたっていうSNSのすごいデマが流れたんですよ。
で、それをまあそんなことないっていうのはもう福島県の周産期の先生方が言ってたんですけど、
それをちゃんと伝えようと思ってSNSでやってたんですけど、やっぱり攻撃を食らったり、いろいろ炎上したりとか当時、
SNSXそこまでウェイトは占めてなかったですけど、やはり最初はかなり辛い思いをして、情報発信向いてないなっていうふうな気持ちになりましたですね。
ただまあ、いろんなこう12年今やってきて、いろんな啓発の仕方とか、啓発してる先生方、周りの見てて、
例えば失敗談とか成功してる先生とかいろんな経験を元にして、だんだんだんだん多分僕もうまくなってたんだと思います。
なので最初はすごい下手で、それこそもう顔出ししてメディアの前で喋り出したのは2018年ぐらいからなので、
当時はすごいなんか自分のフィルム見るだけでも嫌なぐらい喋るのは苦手で、
ただまあこういう言葉使ったりとかこういう表現をした方がいいよねっていうのを自分なりにも広報主的に見ていって、
改善、インプルメントしていった結果が今だと思いますね。
やっぱりそこ続ける力っていうのがあるんですね。僕もこれ喋る練習と思ってポッドキャストやってて、
収録前に少しお話しさせていただいたんですけど、ポッドキャストやると言葉が綺麗になっていくし、
その言葉に喋り続けることで自分の人生がその言葉に引っ張られていくから、
ポッドキャストで綺麗な言葉を喋り続けることが自分の人生を良くするんだよっていうアドバイスを受けたんですね。
なので下手なりにもですね、ポッドキャストでポジティブなことだけを喋っていこうと、
あまりネガティブになりすぎないように喋っていこうと思って、
自分を前向きに前向きに向けていくようなことをやって、
4年経つんですけど、やっぱり信じてきてよかったなっていうか、いい方向に向いてきたし、
こうやって今、今西さんと喋ること自体も続けてきてよかったことね。
本当嬉しい。私はそのリワードをもらってるだけだからすごく嬉しいよ。
でもそのやっぱり最初大変だったくらいの時に僕も辞めちゃいたくなったんですけど、
そこで辞めなかったのはなぜですか?
やっぱりその僕12年間医療啓発をしてきて、
育児が終わった世代の人からSNSで声をかけられることが最近増えてきて、
あの時プライド先生のSNSの投稿があって、
私は救われましたっていうことをDMでもらうこともあるんですよ。
そういう感謝の言葉っていう言葉が何回も辞めようと思ったり、
病院にクレーム起きたりいろいろしたんですけど、
だけど続けたいと思ったっていうのはやっぱりそこら辺の感謝の言葉っていうのがあったと思いますね。
やっぱり一つの投稿で病院に来る前の人たちの命を救ったりとか、
知識を高めてるんだっていうのがあると続ける原動力だった気がします。
ありがとうございます。
一つや二つの誹謗中傷の限りには1万、2万の応援のメッセージだったり、
あとは感謝の気持ちっていうのがあるっていうことですよね。
でもやっぱりそれにしたって一つや二つの心ない、
瞬発的な嫌なメッセージなんか受け取ったら、
それこそバンナウトなんじゃないかなって思うけれども、
でもやっぱりちゃんとその影にあるたくさんの人の励ましの言葉を受け止めてるってことね。
そうですね。あとは何かいい意味で慣れてきましたね、誹謗中傷。
慣れる?
昔はすごい誹謗中傷を一つ一つ気づいてましたけど、
今はこういう人もいるよねっていう感じで、大らかに見れるようになりました。
現代社会を乗り切る新しい技として、それもまた今度バンナウトの次に一つの境地に至る。
それもいいかもしれない。次のUJに企画を出してみようかな。
さりげなくおっしゃった、いろんな人に聞いて、近くで発信してる人たち、
同じような発信をしてる人たちに聞いてという、
やっぱりそのお仲間っていうのも大きかったのかなと思ったんですけど、
どういった方々と一緒にやられてるんですか?
そうですね。最初やってきた時は個人だったんですけど、
やっぱりフォロワー数が増えてきたりとか、
医療クラスターってよくXで言われますけど、いくらって言うんですけど、
その医療クラスターの中でも小児科医で同じ発信したりしてる先生とかと、
今度は逆にリアルでつながるようになったりして、
そうすることによって苦しさとか辛さとか、
そういうのを共感できたりとか、そういったことをしたりしてくると、
自分にいいフィードバックがかかってくるという形になりましたね。
ありがとうございます。素晴らしいです。
実は前に大塚悟さんに、
私も同じ、今同じ顔を思い浮かべてました。
そう、大塚さんにね。
来ていただいて、ガンの衛生治療と戦うような発信をされてるんですけども、
それも自分1人の専門は狭い分野になってしまうけど、
専門家でつながることによって、
より多くのところを覆うような発信ができるということで、
その仲間の存在っていうのは非常に大きいっていうのをお話ししてくださったんですけど、
やはりそれも大きいんですね。ありがとうございます。
ではちょっと次の話題に行きたいんですけど、
一番いろいろ活動している中で、
今一番力を入れているものについて教えていただけますか。
そうですね。今まで僕Xで、いわゆるツイッターで軸に情報発信したりとか、
あるいはその医療漫画とか医療ドラマを中心に発信したりとか、
そういったことをしてたんですけど、
やはりコロナ禍を通じてこの140文字で伝える、Xの文字数ですね。
一つの投稿で伝えるのは限度がある、誤解を生じると思いまして、
やはり長文で書いて、エビデンスとしてはこういうことを言われてるけど、
自分の意見はこうなんだっていう、こういう意見をまとめる記事を書いてます。
それをニュースレター、フライトセンスのニュースレターって言うんですけど、
それを配信して世の中のお母さんたちに届けるっていうことをやって、
さらにそこを一部、過去の記事とかを有料化して、
その記事の収益の一部を子どもの性被害、性被害にあった子どもを支えるNPOとか、
虐待にあった子どもさんたちを支えるNPOに寄付したりしてますね。
自分が情報発信することによって社会還元するという、
新しいスキームを作ろうとしてます。
素晴らしいですね。僕もフォローさせていただいてます。
すごい情報量ですね。
ありがとうございます。
あれは本当にこんなに書いてるっていうのが驚くんですけど、
その情報がまとまった書籍があるんですね。
そうですね。本のタイトル忘れましたけど。
読ませていただきます。
医師が本当に伝えたい12歳までの育児の真実。
親子の体と心を守るエビデンスという書籍が出されてます。
教育の方でも医療の方でも育児の方でも、
最近すごいエビデンスを書いた本が売れるみたいで、
非常に編集者の方も力を入れてるということをよく言ってますね。
そこを私、科学教室をやってるんですけども、
子どものための科学教室っていうので、
最初は子どもたちととにかく楽しい実験をして、
みんなで観察してみんなで感動してっていうのを作ったんですけども、
その時お母さんたちが帰らなくなったんですね。
次の週は今度お父さんも来ると。
子どものためと言ってるけど、
1人の子どもに親が2人来るわけですから、
大人の方が多い科学教室になってて、
これはとお父さんとお母さんも子どもと一緒に、
エビデンス、科学の道筋っていうものを学びたいんだな、
ちょっとそんなこと言うと難しく考えちゃうけれども、
もっともっと一つの実験から広がっていく、
科学の理屈だったり理由だったりってことを知りたいんだな、
あとは子どもの時の答え合わせですよね。
子どもの時こういうことを見て、
学校でこう習ったんだけども、
どう繋がるんだろうっていうことを知りたいんだなと思っていて、
もう楽しくて楽しくて、子どもたちとの時間が終わった後は、
親との時間が始まっていって、
なかなか科学のコミュニティっていうのは、
私の場合は科学ですけども、
科学のコミュニティを充実させていく、
子育てとともに、
科学のエビデンスを持った関係性を作っていくっていうのが、
楽しそうにやっぱり親御さんたちが参加してくれて、
やっぱりみんな確かなものっていうか、
科学っていうもの、興味があるし、
エビデンスっていうところで、
やっぱり僕らの一昔前っていうか、
要は勧誘区みたいな形で、
本当にエビデンスあるの?みたいな感じで、
こういうふうにしなさいとか、
ああいうふうにしなきゃ、
こうしなきゃああなるよとか、
そういうのは多かったのに、
やっぱりもう疲れてるんだと思うんですよね。
やっぱりエビデンスがあって、
本当にこれは正しいの?っていうのを、
正しいと思ったもので子育てしたいっていう人たちが増えてるんでしょうね。
そうだと思います。
本当にそれは感じました。
また逆に言うと、
自分が子育てを始めた時に、
そういう確かなものが欲しいなと思っていて、
運よくも、運悪くも、
私はアメリカに来てしまったので、
そういうタイミングの時に、
自分でそこを作らなきゃいけなくなってきて、
そこが最初にお話ししたように、
アメリカに来るということで、
少し日本という社会から切り離されることによって、
子育てっていうものを遠い目で見ることになった。
たとえば歴史や、
あとはことわざに左右されない、
科学に携わっているものなりの、
子育てを作ることを楽しみにできた。
それが成功したかどうかは全く分かりませんけれども、
楽しみにできて、
そしてそれが近所にいる父親、母親、
ともに子育てを始めた人たちと、
共有することができたっていうのが、
楽しかったなと思っていて、
本当に子育てするときに、
エビデンスが欲しいっていう気持ちは、
実体験からも分かるし、
周りのお父さん、お母さんからも見えてきますね。
だからこの本は本当に。
今西さん、SNSで発信してたときと、
この本として出す、
そしてニュースレターとして出すっていうふうになってから、
反応はどういうふうに変わりましたか。
そうですね。
SNSのときは、
僕、自事ネタに対して自分の意見を言うスタイルで、
啓発してることが多いんですけど、
やっぱり冷静に文章として、
エビデンスを解説することによって、
自分の勉強にも実はなるんですけど、
一方でフライト先生がこう言ってるっていうことを、
信頼環境を作っていくというか、
その読者さんとかフォロワーさんと、
信頼環境を作っていって、
僕は次のパンデミックに対する備えだと思ってるんですけど、
そのパンデミックでやっぱり、
子どもにコロナワクチンを打っていいのかどうかっていうのは、
すごい小児科学会も言ってますけど、
日本ではやっぱり失敗したっていう形になってるんです、
情報発信としては。
アカデミアがちゃんと推奨もできなかったし、
意義があるっていうことをアカデミアとして出したり、
それ意義があるってどっちなのっていうことを、
ちゃんと学会として伝えれなかったっていうことで、
結構困惑した親御さんが多かったんですね。
次のパンデミックに備えて、
土台を作っていくっていう、
僕の信頼環境を作っていくっていう認識で、
今活動をやっています。
素晴らしい。
ちょっと話が逸れちゃうけど、
その目で見ると、
アメリカの今の状況ってすごいことですよね。
そうですね。
ちょっと信じられないですね。
科学大国だと思って、
私たち入学してきているんだけども。
僕が来た時は、
別の前の大統領だったのに、
ちょっと変わってしまったので、
なかなかすごいリアルタイムにそういう、
特に政策、医療政策ですから、
非常に近いと思いますので、
本当に医療と政治がこれだけ近いと、
やっぱりこれだけの影響があるんだっていうのを、
まざまざと感じていますね。
本当に波のようにその影響は、
数ヶ月後、数年後に
どどっとやってくるだろうということも、
予想できちゃしまうし、
温度差も感じるし。
そうですね。逆に言うと、
この政治事情の中で、
医療政策の研究をアメリカでできるっていう、
貴重な経験をしているなっていう。
貴重。
そうです。
本当ですよね。
ちょっと話一つ出れるんですけど、
僕はバーアウトのセッション以外で、
一番感動したのはゆるかさんの講演で。
聞いてくださってたんですか。
私はその場にいたってことを言わないと、
ゆまりしさん、
この人LAには本当にいなかったんじゃないかって思われるかな。
はい、聞いていただきました。
いかがだったでしょうか。
ゲスト、フライト先生ことゆまりしさんに来ていただきました。
とてもいい回だったと思います。
実は今回は、
科学系ポッドキャストの日、4月というイベントに載っています。
20番組以上が毎月参加するこの企画ですが、
今回のホストは、
佐々木亮の宇宙話をされている亮さんですね。
この佐々木亮さん、
なんと毎日配信6年目でついに2000回の放送を達成します。
さっき聞いたら、あと5回で達成ということで、
配信している時、皆さんが聞いている時には達成しているかもしれないので、
先に言っておきましょう。
2000回おめでとうございます。
おめでとうございます。
やっぱり宇宙はすごいを出しているだけあって、
やっぱり佐々木亮はすごいと言っておきます。
本当だよね。
亮ちゃん素晴らしい。
宇宙を語り続けてですね、2000回ですよ。
ポッドキャスト2000回。
雨の日も雪の日も満月の日も新月の日も語り続けて。
本当にね。パパになっても語り続けてますからね。
本当だよね。そこすごいよね。
具合が悪い日もあったろうに。
元気な日もあったろうに。でもね、家事育児があってね。
頑張ってるって言ってくれてたよね。
夏に会った時にもね。
おめでとうございます。
ということで今回佐々木亮さんが出してくれたテーマはですね、社会ですね。
この社会についていろんなポッドキャストが話してて、
その全てのテーマはですね、スポティファイのプレイリストで聞くことができますので。
すごいことよね。科学系の人たちが社会っていうテーマで話すわけでしょ。
子供の時には社会の授業と理科の授業って全く別の授業だったのに、
それは複雑に、そして親密に絡み合ってるものじゃない。
そこをお知らせしてくれるよね。
で、多分、亮さんがね、社会を変えた科学っていうお話だったんで、
例えばスマホとかコンピューターとかネットとか、
そういう話がいっぱい出てきてると思うんですが、
AIだってね、そうだよね。
この記念のね、会に僕たちはふさわしいすごいゲスト、
コウノドリで取材協力をされたね、フライト先生に来ていただいたんですね。
たつさんでかした。
嬉しかった、でも本当に来てもらって。
たつさん本当さ、すごい人どんどん連れてきてくれてありがとね。
本当ですね。
LAに行った時にね、
会いたいなーとか知りたいなーとか思った人、どんどん連れてくるじゃない、たつさんって。
僕がね、素敵な活動されてるなと思ったら、
すぐに連絡取ってね。
話したいと思ったら話そうというか、
話せるんだね。
それはポッドキャストやってるおかげかもしれないですね。
だからでかした、たつさん。
いつもこの勇気をもらえるのは、僕はポッドキャストを4年やってるんで、やっぱり続けることだと思うんですよ。
今回の今西さんもテーマに合わせた言葉、
子どもは社会の鏡である、赤ちゃんは社会の鏡であるっていう話とか、
社会とつながるミドルマンになりたいっていうようなお話をしたけど、
そのきっかけが、15年前の東日本大震災の福島で被爆した人の子どもが、
危険地で生まれたというデマニュースをですね、
なんとかそういう嘘を正しく伝えたいっていうところからスタートしたっていうところもですね、
社会っていうテーマにあった素晴らしい話だったと思うんですよ。
あんなにすごいフォロワー数、30万以上のフォロワー数ある今西さんも、
最初はうまくできなくて大変だった。
それを乗り越えた理由とか、続ける気持ちを教えてもらって、
僕はすごい勇気をもらいました。
よかったですね。
皆さんもいろんな社会の話をしてると思うので、
ぜひ聞き回って、新しい番組と出会うきっかけにしていただけると嬉しいですね。
科学系ポッドキャストの日、2月のテーマを覚えてますか?
バリア。
バリアの企画をしてくれたひよけんさんが中心となって、
振り返りをするための会合が開かれました。
しかも今回は、
あなたたちの界隈で流行ってる感じよね。
あなたたちの界隈。
私たちの界隈、振り返りっていうさ、いいんじゃない?リフレクション。
リフレクションね。
大事な大事なリフレクションをなんと大喜利という形でやってくださったんですけど、
35歳右左のないちゃんとか、
あとはエーサイナイトのあさみさんとか、
しおりさんも来てくださってて、
女性研究者が集まって、
バリアに対する大喜利を話すっていうところにですね、
ちょっと男の方がいないわけにいかないじゃないですか。
なのでちょっと参加してきました。
そのバリアの中でですね、
ゆうりかさんがパイピースをよく投げるっていう話を、
投げない投げない。
投げたことないのよ。
見据えはあるけど。
そうね、だからそれはなぜかっていうと、
今回はちょっと話す機会がないんだけど、
かいつまんで言うと、
卒業式のような場面でですね、
そこに来た大人の中にですね、
学生に向かってちょっとひどい言葉を言ってる人がいて、
ゆうりかさん、つまりその時にパイピースに座っていたので、体育館なのでね。
冷たいパイピースにね。
体育館でそのパイピースを掴んで、
その昭和すぎる言動に対して、
パイピースをぶん投げようとしたけど、
肩が50肩、40肩か、40肩で。
40、50肩で。
投げられなかったというね、
事件があってですね、
今回そのバリアの中でひどいエピソードいっぱいあったんですよ。
そのエピソードに対して、
みんなどうやってかわしますかというね、
相手がどんな気持ちになるかとか、
そういうことを考えながら、
それを笑いで答えを探してみたり、
相手の立場になってみたり、
もっといい答えがないかみんなで探るという意味での
大切りがすごいよかったんですね。
そう。
みんな立派だね。
パイピース投げる人はいなかったってことね。
そう、みんなに皆さん本当に素晴らしいです。
ゆうりかさんならパイピースぶん投げちゃいますっていう感じにして、
僕もゆうりかさんも登場したという感じで、
その輪の中に入れていただいたということで、
科学系の動きがね、
ただこうやってみんなで同じテーマを毎月話してることが、
時にみんなで集まる会合を作ったり、
実際にみんなが会えるようなイベントになったりしてるので、
この輪が広がってきて、
どんな方でも参加できる形になってますので、
すごいよね。
なので、毎月ですね、
このポッドキャストのイベントを楽しく参加していきましょうということですね。
僕らは必ず参加してるんですが。
ということで、次回以降も続いていきます。