それがすごい楽しいプロジェクトで、私にとっては。
運命みたいな、運命の扉が待ってたみたいだね。すごいな。
周りの科学者の研究者の人に、どうやってあなたたちの仕事をゲットするんだって聞いたら、
まあ、とりあえず博士課程取ってからだよねっていうふうに言われて、
じゃあ、博士課程行くかって、そこで初めて博士を考え始めたんですよね。
きっかけがあれば、伺いたいですという、あの、まさに。
ドンピシャじゃないですか。
ドンピシャ。
アルイさんからね、お手紙ありがとうございます。
奏でる細胞。奏でる細胞は、サイエンスと音楽を愛する2人が、
アメリカ、インディアナから楽しく奏でるようにおしゃべりする番組です。
アサミさんのことをもっともっと知りたいって思ったのは、まずは、たくさんの国で育ちになったってことだし、
そしてそこで育ったからこそ美術館なんじゃないかなと思ったのね。
っていうのは、やっぱり新しい街に行くと、特に私はそういうのが好きだこともあるんだけど。
ユリカさんは本当に美術館好きで、さっき言ったメッドもよく行ったしね。
そう、その新しい街に旅行する目的っていうのは、最初に美術館に行くってことになっちゃってるね。
なんとか知らないけど、そういう思いで行ったわけじゃないけど、
ニューヨークに行ける、じゃあここ行こう。ボストンに行ける、じゃあここ行こうっていう時に、最初にあるのが美術館なんです。
シカゴだって最初に美術館。だからってそういうお仕事をしてるわけでもないし、
そういう教育方針ですとかってそういうことも全くないんだけども。
インディアナの美術館の年間パスだって、うちら何年目?もう十何年目だよね。
そうそう年間パスを買うことによって、少しでもサポートできたらいいな。
永遠にこの環境があり続けますようにっていう願いを込めて、エマを買うかが如く年間パスポートカード。
動物園と美術館、必ずね。買ってるね。
でもいいんじゃない?
そして特にどこかを旅行する時にそういうことがあるっていう。
あと誰かが来た時に、うちの美術館においでよって気持ちになるわけよ。
あとうちに含まれるのはシカゴも含まれるんだけど、私にとってはそんな近くもないけど。
アートインスティチュートとかすごいいいところたくさんありますからね。フィールドミュージアムも。
いいよね。だからこそ、もしかしたら海外生活をいろんなところ回ったからこそ美術館って思ったのかな?
美術館への仕事って目覚めたのかな?なんて思って、小さい時のお話聞きたいなって思うんだけども、お話いただけますか?
はい、すごい期待を裏切るようで申し訳ないんですけども。
私は、もちろん親に連れられて美術館とかは多分子供の頃行ってたんですけれども、あんまりすごく記憶に残るビジットとかはなくて。
私の中での、自ら自分の意思で行った初めての美術館ってメトロポリタン美術館なんですね。
しかも時期が面白くて、ニューヨークの大学に学部に行ってたんですけれども、来た2012年の年にアリケーンが割とすぐぐらいに直撃したんですよね。
ダウンタウンはすごい大打撃だったんですけれども、停電とかがあって。
アップタウンは一応学校休みになったけれども、特に何もなかったんですよ。風強いねぐらいで。
次の日学校が休みになって、何もすることがなくなったので、まだニューヨークに来て1ヶ月とか2ヶ月ぐらいだったので、観光客気分満載なんで。
じゃあメトロポリタン美術館とかってやってるのかな?みたいな感じで行ったら、これは後にも先にもない最高の美術館体験をして、ガラッガラのメトロポリタン美術館を。
すごい想像つく。
ガラガラなんだ。
独り占めっていう。私と友達とで行って、ガラッガラの。アリケーンが直撃した次の日になって誰も美術館なんか行かないんですよ。
それはそうだ。
今考えるとなんて呑気のやつなんだって思うんですけれども、学生ですとただだし、学生証でただで行けるから、ルンルンって感じで行ってすごい楽しくて、
美術館ってこの土地がめちゃめちゃ少ないニューヨークで、こんな広大なスペースで、たった2つとか3つのアートを一部屋に置くような贅沢な場所で、なんて素敵なんだって思って、
これはこの無料チケットがある魔法の学生証がある間にいろんなところに行かないとって思って行き始めたのが美術館デビューのきっかけで、
でもその頃は普通に科学の学生だったので化学のほうですね、テミストリーをやってたので、
テミストリーから始まったんだ。
そうですね、そこをつながらずただただやってたんですけれども、研究室に入る段階になったときに入っている大学にいまいち入りたい研究室がなくて、
でもニューヨークのいいところって近所の大学がたくさんあるので、他のところに行ってもいいよっていう感じだったんですよ、研究するだけなら。
で、面白そうな研究をしている人の話を聞きに行ったときに、ちょうど今、ご所属がいなくなっちゃって人手が足りないから来るみたいな感じで呼ばれて行くって言ったところが、
教授がたまたまメトロポリタン美術館の保存科学研究室って地下にラボがあるんですけれども、
そこの先生がとつながってて、ちょうどすごくめんどくさいけど緻密にやらなきゃいけない、やるプロセスは簡単なんだけど、実験の過程は簡単なんだけど、
緻密にたくさんやらなきゃいけないプロジェクトがあると。
で、これはなんて素晴らしい学部生用のプロジェクトなんだってことになって、
私、はいやりますって言って行ったんですね。
それがすごい楽しいプロジェクトで私にとっては。
運命みたいな、運命の扉が待ってたみたいだね、すごいな。
それで周りの科学者の研究者の人にどうやってあなたたちの仕事をゲットするんだって聞いたら、
まあとりあえず博士課程取ってからだよねっていうふうに言われて、じゃあ博士課程行くかってそこで初めて博士を考え始めたんですよね。
あ、そう。
あんまり、それまでも科学は好きだったし、研究も好きだったんですけど、
じゃあ例えばアルツハイマー病の治療薬とか、環境問題を解決するような新しいマテリアルを開発するとか、
いろんなプロジェクトが周りでやってる子たちもたくさんいたけど、いまいち響くものと出会えてなかったので、
科学は好きだけど、科学で何していいかわからないなって思ってたときに、出会えたのがこの保存科学っていう分野だったんですね。
で、これはやりたいって思ってやりました。
で、ただその美術館で働いてみて、どんな分野の博士課程を取れば一番確率を上げられるのかな、こういう職場で働けるようになるのかなって思ったときに、
私はいわゆるトラディショナルなウェットケミストリーと呼ばれる有機化学ですとか、地形よりもレーザーとかのほうが未来があるな、この分野にはって思ったんですね。
直接触らないで絵画を分析するっていう。
まさに非新習法って言うんですけど、そっちのメソッドの開発に興味があったので、これはもしかして物理と科学とちょうど中間みたいなところがいいのではないかなって思って、
大学院では正直、研究室の先生というよりかは、この大学には美術館があるっていう状況を選んで、あわよくば美術館とコラボしながら白論書こうかなっていう魂胆のもとを受けたんですね。
結局、いざ研究始めてみたら、コラボしてる暇など全くなく、もう学ぶのに必死な5年間だったので、がっつり基礎物理科学をやってきたんですけれども、美術館で働きたいなっていう夢はちょっと一旦横に置いといて、まずは一人前の研究者になろうっていうので、モチベーションで頑張ってます。
あ、そうだったのね。じゃあ、嵐の後の美術館体験っていうのが大きかったのね。
すごい良い話。
すごい良い話。まさにニューヨークで学ぶ価値ってそこにありますね。
考えてみて。
すごい価値高かったんですけど。
そうなの、そうよね。
インターナショナルスチューデントだったってことでしょ。
でも、まだ円が100円ぐらいの時代だったので。
いや、覚えてますよ。
まだなんとかなってたんですけど。
75円ってあったじゃない。
あったあった。
幻の景色。
幻の。
なんで、その頃、大学ちょうど最初の2年間は90円、100円台ぐらいで、
卒業にかけての最後の2年間ぐらいずっとずっと上がってて、危ねってなったんですけど、
頑張って出してくれたので、本当に親には感謝っていう感じなんですけど。
博士課程になるとね、いろいろとお仕事っていうかコラボしながらだから。
博士課程入れると、学費も生活費も免除なんで。
カバーされてね。
そこよね、アメリカの豊かさってそこよね。
そこを崩してほしくないね。
それがなかったら、アメリカの大学院である必要は別になかったと思うんですよね。
なんならヨーロッパ行きたいなとかちょっと思ってたし、
なんですけれども、いろいろやっぱり経済的なこと考えると、
放送率は高いけれど、アメリカにチャレンジした方が自立できるなっていうふうに思って、
アメリカの大学院にチャレンジしました。
そう、そして今日があるのね。
たくましいな。
かっこいい。
サバイバル能力だけはすごく身についた30年間の人生です。
いやあさみさん、私あまり年齢の話とかはしない主義なんだけれども、
研究が進んできた中でのこの人生の選択ができたあさみさんを羨ましいと思ってます、実は。
やっぱり科学っていうものと絵画っていうものが私の子供の時代にはつながらなかったのと思うと、
今まさに科学の恩恵を得て、そして新しい未来が広がって、それが人類のためになるって、
科学ってすごくないっていうね、なんか打ち震えちゃう。
私も本当にそういう感じで、もちろん元カラーアートとかは好きだったけど、
そんな風に科学的な目線から見ると、
全く絵を見ただけではわからないこととか彫刻を見ただけではわからないことがこんなにたくさんあるんだなっていうのに、
もうインスピレーションがガンガン感じてしまっちゃって、
この感動をシェアしたいし、それをするためにはもっとサイエンス頑張らなきゃって思っちゃったんですよね。
そしてレーザーの照射っていうものが、医療にももちろんすごく大きな影響を及ぼしている。
そしてその先、触らなくてもいいっていうのはすごく面白いですよね。
この触らないとか何かを傷つけること、一部傷つけるのかもしれないけれども、
大きくメスで体を切り開かなくても良いっていうことになったりだとか、
そうよね、絵だって触ってそれを取っちゃったら元にはもう戻らないわけで、
研究は進んでも何か犠牲があるっていうものをより減らす形で絵の分析、
しかも過去の人類が築いてきたものを大切に大切に未来につなげるっていうのが、
もうすごい科学と思って、私大好きな話がある。
今、例えば美術館で見れる作品を、
例えば100年後とかに同じクオリティで、同じ保存状態で誰かに見て何かを感じてもらいたいって思ったときに、
アーティストや職人の技だけではどうにもならないことがたくさんあるんですね。
それにちょっとでもお助けできれば、もう私のミッション完了だなっていうふうに思うので、
そこが一番私が萌えポイントですね、この私の研究の。
いい研究を見つけたし、そして今そこで学力と基礎体力を身につけて、そして羽ばたくっていうのが。
ちょっとここで突然なんですけど、
奏でる細胞に来たお便りが、もしかしたらあさみさんにぴったりかもしれないと思って、
ちょっとこれちょっと読んでみていいですか。
お願いします。
アロイさんという方からいただきました。
いつも驚異深いお話をありがとうございます。
僕はイタリアで医学を学びながら、音楽や文化が人間の脳や体に与える影響について研究したいと考えています。
異なる分野を横断するような研究やキャリアを築く上で、どのような経験やスキルが重要だと思われますか。
皆さんの学生時代の経験や現在の仕事につながったきっかけがあれば伺いたいですという、まさに。
ドンピシャじゃないです、ドンピシャ。
アロイさんからね、お手紙ありがとうございます。
じゃあちょっとあさみさんも入れて3人で語っていきましょうか。
質問者さんのどんなスキルがっていう話で、本当に私、基礎から応用っていうすごいとても応用の世界に来ていて、
今それはすごい別なチャレンジがあるんですよね。
例えば論文の出版のスピードが基礎研究やってたこと時とは比べ物にならないぐらい早くて、
鍛えられるスピード感も早くて、基礎研究なんて5年ぐらいやってやっとなんか出るかなっていうぐらいのタイムスパンで生きていたので、
えっ、もう出さなきゃいけないの?みたいな感じで、そういうチャレンジはあるんですけれども、
基本、基礎研究で養ったその本質を捉えに行くっていう、何でしょう、研究に対するアーツ中華みたいなのは、
すごいどの分野に行っても使える、何が大事なのかを見極める神秘感みたいなのは、
すごい地味な基礎研究をみっちりやったから、養えたかなって思いますね。
そしてそこに携わってきた先生方もいい先生だったんだろうなーって、今浅見さんの笑顔を見ながら。
私の先生も最初から私が教授になりたいと思ってないことは承知の上で、
研究室に招いてくれて、私はこういうことしたいんですって言ったら、僕はサポートをもちろんする、できることは限られる。
例えば、王道のアカデミア路線に行きたいのであれば、僕がやれることはたくさんあるけど、
美術館とかはコネクションもないし、就活の仕組みもわからないし、ちょっと正直あんまりサポートできない。
でも、君を止めはしないっていう感じのスタンスで、好きにいってくれっていう。
僕は君を一人前の研究室にすることを目標に指導するから、
それ以外の就活とかはまず一人で頑張ってっていう感じで、最初からそういうスタンスでいてくれたので、
なかなかアカデミアに行きたがらない生徒をちゃんと指導しない先生とかも残念ながらまだいらっしゃるんですけど、
そういうところはわけ隔てなくしっかり指導してくれたので、すごいいい先生に恵まれたなって思いますね。
彼は、私の指導教官はアメリカで博士号を取ったドイツ人なんですけれども、
やっぱりアメリカが好きな理由はそういう自由さだったりとか、枠にとらわれない研究の仕方が好きで、
アメリカにずっと残ってやってるので、研究を。
そういうところでもフィーリングが合う先生だったのかなと思います。
答えになったでしょうか?
タツさんは?タツさんの学生時代の経験や現在の仕事につながったきっかけ。
タツさん、メトロポリタン美術館に行ってないからなぁ。
学生の時。
学生の時はね。大きくなってから行ったからね。
ミスっちゃったね、そのチャンス。
タツさんは何かあるんですか?
でも、奏でる細胞っていって細胞と音楽をかけてるところは、
やっぱり昔音楽をやってた時に、どうして音楽っていうのは感情をこんなに伝えるんだろうと思った時があって、
それはドラムの演奏者だったんだけど、それを指導する人たちがもっと足りないよとか、
こういうふうにしたらどうなのって言ってくる人たちが、
人っていうのはステージのここまで感じるかここまで感じるかみたいなところに敏感なんだよみたいなこと言ってて、
奥の遠くにいる人まで感情が伝わるような演奏にするにはどうしたらいいんだみたいなこと言われた時に、
全然意味がわからなかったっていうのが、なんか心の中に引っかかってたっていうか。
で、深く考えてみると確かに心拍みたいなことで、人間が最初に聴く音楽ってお母さんの鼓動なんだよなぁとか、
このドクドクっていうのを感じながら、
なんとなくお母さんが今幸せなのか幸せじゃないのかみたいなところまで感じる能力自体なものがあるから、
単純なドクドクだけでこの人が今幸せなのか不幸せなのか、
逆に言うと演奏によってドラムの演奏だけで冷たい感情や温かい環境が伝わるとか、
そういうところに興味を持ったから、
今ウィーンの人と細胞は音楽だよねってシグナルを音楽としてリズムとして分析するようなのを一緒に開発してるんだけど、
そういうのにつながるよ。
すごい。
面白い。やっぱり大学生の時にちょっと違うことっていうの?
学校の学業、学業じゃないことをしたことが、実は大学から続く今の学業につながってるって感じ。
ゆりかさんの場合も、サイエンスが言語になって開くに届くわけでしょ。
それはね、実はね、
ここが何?
取り込まれるっていうその状況、現象が、
異常に興味を持ってるのよ。
私気づいてるんだけど自分で。
AがBに取り込まれるって、あれが好きなの。
例えばね、それは生物の世界で言うと、日常の世界だと染み渡るとかいう日本語に入っていくんだろうけれども、
例えばご飯を食べました。
染み渡る。
ご飯を食べたエネルギーが湧くって、
なんかおいしいものを食べると染みてくっていう、
なんかそういう普通の日本の言葉があると思うんだけれども、
それに異常に興味があるのよ。
かつてから。
どうなっちゃうの?って。
食べたものがどうなるの?って。
小学校の理科だと、ほら、
唾液が分解して、遺産が分解して、
象徴で栄養が吸収されるっていう日本語に変わるわけ。
吸収。
吸収って一体何なの?ってなるわけよ。
で、今度それが血液の流れに乗って、
そして細胞に行き渡るって多分教科書に書いてると思うんだけども、
行き渡るって何なの?って思って、
で、そこの答えは高校までの理科では出てこないんだけれども、
大学に入って栄養学とかの方向に進めば進むほど、
そこにはトランスポーターがあって、
ちゃんと受け手があって、
その物質がちゃんと体に入っていくための仕組みがあると、
勝手に染み渡っていくことはないっていうことにたどり着いたときに、
私はこのトランスポーターとレシーバーっていうかな、
こう受け取るものっていうもの、
受け取るものもちゃんとやってきて、
細胞膜の外にやってきて、
そして細胞の外にあるグルコース、
私はグルコースだったんだけど、
それはグルコースを受け止めるっていう、
受け止める、入っていく、受け止めるっていうキャッチボールがとっても好きだったのね。
好きっていうか興味があったのね。
分子が一つ一つあって役割を持った者たちが動いてるんだよね。
それぞれがちゃんと、意思があるとは言い難いんだけれども、
役目を果たすためにそれぞれが、それぞれやってきて、
やっとものが体の中に入っていくっていうことに、
大学生活と大学院生活で、きちんとそれを目で見ることができて。
鮮やかなストラクチャーとして、タンパク質のストラクチャーとしても美しいんですよね。
そうそう、それが博士課程になって、それが見えて、
それでポスト区の時に、それがちゃんと分子の形まで見ることができて、
これかと、これかと。
そうなった時に私は同時に母親になってたものだから、
子どもが言葉を吸収すること。
吸収っていう、曖昧な吸収っていう言葉。
言葉を手に入れていく過程。
そして子どもにご飯を食べさせて、子どもが大きくなっていく過程っていうことが、
分子から成長まで一気に同時に見ることができた時に、
子どもにとって必要なものっていうのは一体何だろうかっていう風な方向に変わってきて、
私の感覚っていうものが。
だから私は子育てっていうものをものすごく楽しんだ。
今も楽しんでるんだけれども、
科学を学んだからこそ具体化、具現化してくれたのが子どもというか、
同時に私もそのように育ってきたわけだから、
なんて人間って素晴らしいんだろうっていうね。
すごいですね。
壮大な実験になってますね。
壮大な。
だからすごい炎上してるんだよ、実のこと言うととかって。
それは元の話に戻すと、
あさみさんもゆりかさんもある程度一生懸命に集中して、
ある研究を極めた博士課程っていう時期があるから、
そのキャリアの時に、これは大事だなっていうところの本質をつかんで、
それは行き当たりばったりじゃなくて、
やっぱり考えてた元々のフィールドの面白さとか根源とかそういったものにつながって、
次に行けたってことなんじゃない。
そうね。
今は言葉とか会話とか目に見えないものがどう行き渡るのか、
どう届くのかっていうことにはとても面白いなっていうふうに思ってます。
いいじゃないですか。
じゃあ何がきっかけになるかわからないから、
いろんな経験をして、いろんなものを吸収していってっていうのが一番大事ってことですかね。
そうね、この質問だとね。
気になる?
気になる。
雑に雑にまとめてしまうとそういう感じ。
イタリアで医学だからね。音楽と文化。
もう融合の地よね。
素晴らしい。ロケーションはもうパーフェクトなんじゃないですか。
イタリアで医学で音楽で文化だからね。
人間の脳や体に与える影響って、それがこの人類の歴史だよね。
見るもの見るもの全部がこれ人間の本質だと思っちゃったら選びにくくなるよね。
難しいよね。全部やりたくなるよね。
いやでも本物を見ると神秘感は磨かれるので、やっぱり本物に触れるのは美術でも科学でも大事だと思います。
本物に触れるだね、これね。
じゃあもうイタリアで空気を吸うだけでもういいってことね。
もう十分半分ぐらいミッション遂行できてます。
あとこの浅見さんとゆりかさんに共通するこの夢中さ。
そうね、夢中って楽しいね。
それがね、浅見さんね、私最近私は生物の取り込みとかを大学時代やってきたんだけど、
エリアは農学だったのね。
農学っていうのはその時にはあんまり思ってはいなかったんだけど、
農業、農業と思うような学問ではなかったし取り込みっていうのは、
だけど学生時代に十分にたくさんの先生から農学っていう人間が築いてきた土地をカルティベートするっていう、
そしてあとは畜産関係だったら動物を家畜化していくっていうこの人類の長い歴史、
命に関わる歴史っていうものを十分に講義として受けてきて、
その時はすごく大事って思ってはいたけど、そこまで自分の人生に農業をするわけじゃないしなんて、
どっかで生意気なことも思ってたのね。
なんだけど、今になってこう食べて生きてっていうこととか、
あとは今私はトルストインにハマってるんだけれども、
まさにその起点が農業に、人が生きるという農業に立っている作家、大作家だよね。
大作家に対して、農学を勉強していてよかったって思うのよ、あの大作を読むにつれ。
意外といろんなことって大事って、生意気なこと言っちゃいけないって。
何千年越しの答えわけですね。
反省をあまりしない私なんだけど、生意気なことを言って申し訳なかったと。
でも哲学はつながってるってことだよね。
だって科学の博士がPhDっていうのは哲学博士なわけじゃん。
そうだね、もともとね。
だから深いところでつながってるよね。
そうよね。
でもゆりかさんは本当に文学と科学の間に線を引かない人でしょ。
そういうところだよね。
すごいよね。
芸術と科学の間に線を引かないことですね。
これ大事ですね。
本物に触れるってことさ。
そうね、まさに私は多くの小さな子どもたちにそういうことも伝えていきたいし、
あとは一緒に子育てするお母さんたちっていうのかな。
その人たちにももう一度再生できるってこととか、もう一度学び直せるっていうの。
一緒にやろうよっていうね。一緒に学び直そうよ。
そうですね。いろいろつながりそうな気がしますが、
まずとりあえずイタリアでの生活を楽しんでほしいですね。
そうですね、ほんとね。
羨ましい。
羨ましいよね。いいよね。
これから花開いていくと思うので、アロイさんね、頑張ってください、本当に。
頑張ってください。
よかった。
久々の話もすごい良い話が聞けました。
じゃあこれで一旦切りますね、この回。
ありがとうございます。
すごいピッタリなタイミングのお便りでしたね。
よく見つけたね、突然。
これさ、会ったんだよ、前から。
だけど、いつやろうかなと思ってたんだけど。
はい、聞いていただきました。いかがだったでしょうか。
ゲスト、英語でサイエンスしないとの浅見さんに来ていただいて、
浅見さんの人生、そして博士課程を決めるというあたりですね、
思い出話をたくさん聞いていただきました。
やっぱりね、人生を決めていくところで、
すごい自分に合った研究に出会ったり、
多くの方々ね、先生も含めて、
自分に合う将来をですね、設計するときに
素敵な研究者の方々に会って、
博士課程を取るという方に進めたというお話でしたね。
そして、カナデル細胞に送っていただいたアロイさんからのお便りに
3人で答えるという中で、
いろんな話ができて本当に楽しい回でした。
ゲストで来ていただいた浅見さん、ありがとうございます。
なんかゲスト回が続いてるなと思って、
ふとエピソードを振り返ってみると、
もう12月の頭ぐらいにやった
愛とゼロというお話をしてからですね、
その後ずっとゲストが続いてて、
14回連続ですね、もう3ヶ月ぐらい
ゲスト回だけでやってて、まるでサイエンマニアのような
番組になってるなと思ったんですけれども、
本当にありがたいことに多くの方々に聞いていただいて、
再生回数も見たら7万2千再生回数を超えてまして、
多くの方に聞いていただいて本当にありがたいと思っております。
このゲスト回続いているので少し紹介させていただくと、
12月の頭ぐらいからですね、
福音館書店の社外講師をされている
えみこ先生に来ていただいて、
絵本の大切さ、絵本の読み聞かせのすごい不思議な効果ですね。
子どもだけじゃなく親も育てる、
そして動画とかだと脳の方が動かなくなるんですけど、
絵本だと子どもは頭の中で映像を動かすということで、
脳が育つというようなお話をしていただきました。
そしてですね、その後はですね、
工業高校農業部の牛若さんに来ていただいた会、
そしてひよこ研究者のサバイバル日記8さんに来ていただいた
バリアを話した会ですね。
そしてサイエンスコミュニケーターの佐伯啓太さんに来ていただいて、
5番組コラボの再演トークおめでとう。
そしてものづくりのラジオ、
支部長さんに来ていただいた落ち着きポイズン。
最近はですね、朝見さんに来ていただいた大助さんに届けたいアメリカニュース。
そして今回でした。
実はですね、次回からも素敵なゲストに来ていただいております。
本当にね、面白い素晴らしいゲストの方々が続くので、
しばらく奏でるサイボーはゲストを迎えて送る番組が続いておりますが、
14回連続、そしてあと多分4回続くんで、
18回連続でゲスト回という感じになっておりますが、
素敵なゲストさんが本当に来てくださって、
皆さんも楽しんでいただいていると思います。
今後もですね、本当に楽しい番組が続きますので、聞いていただければと思います。
最近ね、すごいポッドキャストを聞いて、
そのことについても語りたいんですけども、
まずはね、ゲスト回に出ていただいて、
方々がいらっしゃるんで、
そちらの編集を優先して進めてからですね、
またどこかで独り家庭などしたいなと思っています。
ということで最後まで聞いていただいてありがとうございます。
大相手は科学教室の先生、はくでした。
バイバイ。