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4-22.感動回 ふらいと先生と語るアメリカでの子育て ゲスト今西洋介さん 
2026-04-15 58:49

4-22.感動回 ふらいと先生と語るアメリカでの子育て ゲスト今西洋介さん 

4-22.感動回 ふらいと先生と語るアメリカでの子育て ゲスト今西洋介さん 

今回のトピック1️⃣子育ては親育て、科学教室とコミュニティ2️⃣絵本の効果と父親の読み聞かせ 3️⃣バスケがつなぐ海外での難しい子育てと自信をつける環境

ゲスト情報:

今西洋介さん(小児科医、UCLAで公衆衛生学の研究、ふらいと先生として情報発信、書籍執筆)

ふらいと先生のニュースレター

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#バーンアウト #小児科医 #海外日本人研究者ネットワーク #ふらいと先生 #UJA



感想

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サマリー

今回の「奏でる細胞」は、小児科医でUCLAでの研究経験を持つ今西洋介さん(ふらいと先生)をゲストに迎え、アメリカでの子育てについて深く語り合いました。子育ては子供を育てるだけでなく、親自身も成長する「親育て」であるという視点から、科学教室の開催や絵本の読み聞かせの重要性が語られました。特に、バスケットボールが異文化での子育てにおけるコミュニケーションや自信の獲得にどのように役立ったか、そしてバーンアウト(燃え尽き症候群)の経験からコミュニティの重要性や、困難な時期を乗り越えるための支えについて、具体的なエピソードを交えて語られました。 番組では、科学教室が子供たちだけでなく、親たちの緩やかなネットワークを築く場となったこと、そして絵本の読み聞かせが親子関係の改善や子供の行動面での効果に繋がることが、研究結果と共に紹介されました。また、父親の読み聞かせが子供との距離を縮め、親自身にも癒しをもたらすという体験談も共有されました。さらに、バーンアウトの経験を乗り越え、コミュニティや尊敬する人々との繋がりが人生の希望となること、そして震災後の経験からチャリティー活動やネットワークの重要性を学んだことが語られ、深い感動を呼びました。

アメリカでの子育てと「親育て」
おめえする直前の成田空港で、娘に言われたのが、パパのせいで私の人生ぐちゃぐちゃになったって言われて。
へえ。
相当恨まれるだろうな。
なんで、育児っていうのは、子供を育てるってもちろんそうなんですけど、親育てでもあって、親としても一つの人間として育っていく過程を見ているんじゃないかなっていうのは。
なんかすごい違う世界に来たなと思ったんですよね。
そのハウスハズバンドから、私はアメリカ生活のほぼ全てを習いました。
いや、いい話聞けました、今日。
いやいや、こちらこそですよ。今西さんの話、最初からずっといいことがいっぱい。
後ろの文字の通り、we listen, we care。
奏でる細胞
奏でる細胞は、サイエンスと音楽を愛する2人が、アメリカ、インディアナから楽しく奏でるようにおしゃべりする番組です。
ちょっと話ひとつ出れるんですけど、僕はバーアウトのセッション以外で、一番感動したのはゆるかさんの講演で。
聞いてくださってたんですか?私はその場にいたってことを言わないと。
今西さん、この人LAには本当にいなかったんじゃないかって思われるかなと思って、ちょっとアピールして聞いたんですか?
それはすごいなと思ったのは、いわゆる研究者の奥様として来て、そこで僕の妻とかもそうなんですけど、育児でも、あと言葉の壁でも大変なのに、
それにさらに地域で科学教室をやろうっていう、そのモチベーションはどこから来たんですか?
そんな聞いてくださって本当にありがとうございます。複数の要素が実は絡まってて、そのように子どもが科学っていうものからほど遠くなっていくと、
私はとっても科学が好きだから、科学者として優良しきことだったんですね。
またそれと同時に、私がとても科学に打ち込むが故に、こっちで2つのカルチャーで育っている子どもが元気がなくなっていったんですね。
私の夫は2年で帰るよっていう約束で、この国に連れて来られたんです。
おっしゃってましたね。
2年が5年となり、私も研究がやっぱり楽しくて、のめり込むようになっていっちゃって、
5年で帰るならなんとかなるじゃないですかって言っちゃう子どもにとって本当に申し訳ない言葉なんだけど、
2年で帰る、3年で帰るならちょっと無理はできるんですよね。
バンナウトにちょっと近づくんですけど。
でも5年、6年、7年となっていく未来が見えてきた時に、また同時に、私たちは2008年にアメリカに来たんですけど、2011年に私たち仙台から来たんですね。
なので、あの震災というものは私たちにとって帰る場所を失うような心にとって、ちょっと大きな大きな何かがあって、
ちょうど2011年がビザが切れる年で、じゃあもうしばらくいようかっていう決意をそこでするんですね。
運良くこっちに働く環境があると。
で、またまた頑張っちゃいますよね。
そうしたところ、科学をあまりしていないとかっていう子供から、ママもう十分だよね勉強、僕の勉強手伝ってって言われるんですね。
で、そこは私はバンナウトという言葉はその時知らなかったんですけども、
ハンマーで頭を叩かれるような思いをしまして、
これは私にとっては留学できたけれども、子供にとっては留学ではなくて、子供にとっては生きる。
ここで人生を作っていく時だって思った時に、なんてことだろうと。
そこで少し、少しどころじゃなく大きく大きく考えました。
今までやってきたことだったり、今まで自分の頭で考えてきたことっていうものを、全部ゼロから一つ一つ作り上げていくってことをしました。
その時にやっぱり科学、科学のエビデンスだったり、そういうものに基づいた人生の構築だったり、子供の教育をしたいと、自分の手でしてみたいなって思ったんですね。
その時一人では決してできなくて、近くにいる私のお友達だったりだとか、私の話を少しでも聞いてくれる人たちを巻き込んで、そんな活動をしたんです。
科学者としてやってた時も、ゆりかさんってすごいできてたんです。
実は日本にいた時から、自然史博物館っていうところで、科学教室の先生やってたんですね。
ゆりかさんのお母さんがアナウンサーというか、テレビの番組を持ってたくらい声もいいし、しゃべりもすごい上手いので、
日本の時からすごい子供たちから人気で、いっぱい来てるような科学教室の先生をやってたんですよ。
それでアメリカに来て、その仕事を一回止めて、普通にうちの庭で虫とか花を植えたりとか、
そういうのを子供たちとやってるところに、なぜかこのゆりかさんが楽しそうにやってるから、他の家の子供たちが集まってきて、
少し遠くからも来るようになってきて、だんだん科学教室が勝手に青空教室みたいなところから始まって、
ある日僕家帰ってきたら、家の前に車がすごい列で来てて、何人来てんのっていう状況になってて、
これは会社にしなきゃ、何か事件が起きるから。
子供がね、いるからね。
ということで、会社にファイルしたっていう経緯です。
じゃあもう最初は自分の我が子のことを思って開始されたのが、どんどんどんどん我が広がっていって、
そうですね。
という形なんですね。
そうですね。
もうそれは母親心というか、素晴らしいですよね、そこの。
やっぱり駐在の方も周りロサンゼルスに結構いらっしゃるんですけど、
アメリカで孤独を抱えて育児されてる方意外とやっぱり多い。
もうまさにそうです。まさにまさに。
あとは外国人と結婚なさったおうちの、いろいろな国際結婚の。
難しいですね。
もうそういうものをたくさん見ることになってしまいましたね。
しまいましたというか、本当にありがたいことに、科学教室大きくなればなるほど相談所みたいな場所になって。
一緒に仕事をしてた方が、最後バグリーさんは学位を取るまでいたるんですよ。
ユリカさんを見て大学に入り直したくなったって。
家族学、家族学の学位を取りに大学ね、足掛け4年もっといたかなって。
無事に卒業して。
僕はもう最新の家族学学べるんですよ、バグリーさんから。
バグリーさんの宿題だ、レポートだ全部筒抜け。
だからすごいその時に、親子学とか夫婦学とかそういったことの最新の分析の仕方とか対処法とかを教えていただいて、
エリデンスに基づきね。
すごい良かったあれは。
そしてその科学教室の子どもたちのほかに、やっぱり大人たちもそういう話をするから、そういう緩やかなネットワークがそこで築けたのは。
本当にね、留学した時なんてコミュニティっていう言葉すら理解なんかしてないし、もちろん仕事をして社会に貢献しよう。
もちろん自分の使っている知識を持って社会に貢献しようという気持ちはあるんだけれども、その貢献の仕方なんてわかんないですよね。
だけれども、ようやく噛み合うっていうことを教えてもらって、子どもたちだったり科学だったり、そこのお父さんお母さんから出会ったりして、
私コミュニティって言葉の意味、本当に理解してきました、この年になって。
絵本の力と父親の役割
なんかその科学教室を通じて、その地域で全体で子育てをされている感じがすごい印象を受けて、
それは地域の幸せにもつながっているし、おそらく河野家の幸せにもつながっているんじゃないかなっていうのは思いましたね。
ありがたいです。本当にありがたいです。
すごい、なんか。
その後私は実は仕事まで大きく変えて、大学でコミュニティについて指導するまでに至って、
アメリカ人にコミュニティとはなんぞやという話をアメリカ人とともに語ってて、
でもそれがまたね、ジェーンズイーっていうんですか、生まれた時から携帯を持っている子たち、
そしてコロナの時に携帯でその世界に入ってもよしと言われてしまった子どもたちをその世界から引っ張り出して、
もっと人と人と繋いでいこうと、今あなたが持っているもので社会を作っていけるんだということを一緒に検証するということをしていて、
だからちょっとね、人生というか、人生なんて大きなこと言えないけれども、
アメリカの中で変えていく機会を得たというか、周りにたくさん支えてくれている人がいたという形なんですね。
じゃあちょっともう一つ次の話題入れさせてもらいたいんですけど、
科学教室の中でそういうコミュニティだったんで、
例えば発達障害のようなのを持っているお子さん、お餅の親御さんとか、言葉がうまく喋れないとか、
英語が強い人、日本語が強い人っていうのもあったんで、僕たちの科学教室は英語と日本語を混ぜてやってたんですね。
好きな言葉を喋っていいですよって、どっちでも得意な方でやっていこうって。
すごかったのはやっぱり科学っていうのはその言葉を超える力があって、
科学に接していると友達同士になりにくいような子も、同じ発見を一緒にやることによってすごい混じって、
言葉の壁を乗り越えて楽しめたりするっていうのが、僕、科学の力がすごいなって。
あと子どもたちの力も、なんかかけがえない命ばかりだなっていうさ、すごい命のすごさみたいなものを感じるきっかけにもあったんですよ。
で、その中で僕たち大事にしてたのが、その科学教室の前と後で絵本を読んでたんですけど、日本語の絵本、英語の絵本あるんですけど、
絵本ってね、みんなざわざわで、なんか静かにしてっていうのもすごい大変なのに、絵本パッて読み始めると不思議な力があって、みんな落ち着いてゆっくり聞くんですよ。
で、絵本ってすごいなっていうことを、実は奏でる細胞の方の今年の年始ぐらいのやつで、10分絵本っていうので、絵本の大事さっていうのをすごいしゃべってきたんですけど、
少しこの絵本の力、子育ての発信の中でその絵本の力みたいなことって、今西さんもし発信されてたらちょっと教えていただきたいんですけど。
そうですね、ニュースレターでもいろんな質問を受けたりするんですけど、絵本の効果ってどうなんだって、実際に絵本の読み聞かせした方がいいのっていうふうな質問を受けることがあるんですけど、
先行研究からすると、やはり親子関係ですとか、絵本を読み聞かせすることは養育行動とか、あと子供の行動面の改善とかでも非常に多くの文献で言われていることですので、
絵本の読み聞かせはぜひしてあげてくださいっていうふうには僕は言ってますね。
助かります。
僕の発見なんですけど、個人的体験でエビデンスちょっと足んないかもしれないですけど、父親がですね、落ち着くんですよ。
父親が。
僕が癒され、僕と子供との距離がすごい縮まってるのを感じるんですよ。これエビデンスまだないですかね。
これイギリスのオックスフォード大学の研究で、確かにその養育者の関わり方が絵本を読み聞かせすることによって大幅に改善したっていう研究結果もあったりするんですよね。
これは19本のRCTをメタアナリシスしたやつなんですけど。
養育者ってことはそれを読んであげる人が。
読んであげる人がつまり、子供の反応ですとか、その養育者としての応答が良くなる。
つまり、養育者としての行動が良くなるっていうふうな、関わり方が良くなるっていう形で言われている戦後研究もあったりして、非常に興味深いなっていう。
つまり子供だけがいいわけではなくて、親にとってもいいんだよっていうことですね。
そりゃそうでしょうねって、そんな研究理論家って変な話なんだけど。
そりゃそうですよね。
なかなか研究の中で見えてこない、そういうどういう実験かなって今少し考えると。
でもなかなかデータには出てこないけど、例えば絵本の時間を取ろうとなったらば、その時間、9時から9時5分まで絵本って言われたところで、9時にピッて絵本を開くわけじゃないですよね。
夕飯の時間が6時ぐらいで、お風呂に入るのが8時ぐらいで、そして落ち着いたくらいに9時でって、たぶん実験の中に6時のご飯っていうのはなかなか出てきにくいかもしれないけれども、絵本を読むっていうときまでにいろいろな作業ってあるじゃないですか。
子育てしてて、そこに合わせる。
そして寝る時間に合わせて絵本を読む方が楽ですよね。
気が楽だし、子供途中で寝てしまったらちょっとラッキーだし、みたいな。
そうすると1日をずっと作っていくってなったらば、それに付き合う養育者たちだって。
規則正しい生活ってきますよね。
そういうことなの?
そういうことじゃないの?
僕は絵本を読んでいい父親になってたんじゃなくて、絵本を読みたいなって思ったら、子供のその前のルーティンに、夜のルーティンに少し付き合っていかないとタイミングが合わないから読めないわけでしょ。
そこを見るようになったから良くなったってことなのかな。
だと思うよ。
だって9時から絵本を読むね、研究者がだよ。
9時まで論文書きますか?っていう話ですよ。
9時からはい、絵本読みます。僕は毎日子供の読み聞かせしてますっていう人がですよ。
9時まで論文書きますか?書きませんよね。
なんやかんや子供の様子見て、あ、9時だぞと、9時、9時、9時、9時って頭にずっとあるんですよ、多分。
夕飯食べ終わったぐらいから。
そうすると、じゃあ8時半ぐらいに論文切り上げるかなとか、いろんなことがあって、お父さんだってお母さんだって、論文書くお母さんだって、そういうサイクルになって9時っていう。
その時に絶対にオキシトシンとかが出るに決まってるんですよ、上手い具合に。夕飯のタイミング、そしてこのリラックスのタイミング、お風呂に入った後のちょっとシャボンの香りでまたちょっとなんか違うホルモン出てきちゃって、それですよ。
それでバーンナウトのサイクルから徐々に人間のサーカディアンリズムに戻ってきて、人間らしくなって。
サーカディアンリズム。
で、だんだん父親らしくなってきて、子供に寄り添えるようになるってことね。
全部含めた何かの実験ってあるんですかね?今時そういう研究なんですかね?
ちょっとそこは。
お父さんたちのホルモンレベル、1日の行動レベル、その時の匂い、全部含めた。
でも絵本読んでる時に確実に血圧下がってる気がする。スッと興奮してたものが下がる気がする。
やっぱり何らかの、仕事してる時って何らかの興奮状態じゃなきゃいけないところもあって。
そこ難しいね。
男性の産後物の研究も以前してたんですけど、日本で。
その時、男性の育児休業の研究もちょっとしてて、その育児休業を取った、つまり育休を取った男性の方が
自身の攻撃性というか、いわゆる子供に対する不適切な養育と言いますか、そういうのが減ったっていうデータもあるんですよ。
育児っていうのは、子供を育てるってもちろんそうなんですけど、親育てでもあって、
親としても一つの人間として育っていく過程を見ているんじゃないかなっていうのは個人的に思うところですね。
なので、僕も3姉妹いて、今もう高校生ですけど、ずっと育児の悩みは耐えないというか、
もう親としてずっと成長させられてるなっていうのは日々感じますね。
本当ですよね。
何でしょうね、学校で習ってないなんて言ってられないですね。
その時その時の対応を必死で探してるって感じですよね。
でもさ、その時にさ、目つぶってさ、違うことをしてたらさ、結構大きな取り返しつかないことになるよね。
本当だね。
だから向き合ってさ、なんか汗だくみたいになっちゃうけどさ、
それはさ、それだけの価値があるというかさ。
絶対に無視できない時ってありますよね、子育てでね。
そうですね。
やっぱり仕事で得られない達成感というか、育児はいろんなものを人として豊かにしてくれるというか、
人生を豊かにしてくれるものだなとは個人的に思うので、
子どもを持つことの醍醐味ってそこじゃないかなと思いますね。
そうですね。
なかなか今の若い方には伝わりにくいところかもしれないから、
だから私は科学教室を通して、子どもって楽しいよ、子育てって楽しいよってことをどうにか次の世代まで伝えていきたいなと。
でもまあ少なくとも一緒に科学教室で楽しんだ子どもたちが、
次子育てする時に、あ、なんだ科学教室の時みたいに子どもと一緒に森に行けばいいんだ。
子どもと一緒にお菓子持って、あの湖行けばいいんだみたいなそんなことを思って、
気楽に子どもとの遊び方というか、そして自分のなだめ方、
そして自分の喜びっていうものをもう少し素朴なものに見出してもらえたらいいななんて思っていたところ、
意外と科学教室を卒業した大学生になった子たちが、
そうやって大学生になっても遊んでるってことを聞いて、私ちょっと嬉しいです。
友達誘って、寮の中で植物を飼ってみたとか、寮の中で虫飼ってみたとか、
いろんなことを言って、小さな喜びを観察っていうところに見出したりとかしてる話を大学から帰ってきた後に言うと、
なんで科学教室でやったことと同じことを今もやってんじゃんとか言うと、ぐしっしってみんな笑ってね。
やっぱりそういう科学的な知識とか、歴史的な知識が自分の生活に結びつくと面白いですよね。
まさにまさに、集中でそういうことが自分の手でできるっていうのはやっぱり楽しいですよね。
人生が豊かになりますよね。
だから教科書にある科学をテストのために勉強するっていうことよりも、もっともっとライフに近いものっていうんですかね、
そういうものをこれからも提供していきたいなと思ってます。
ありがとうございます。
バスケットボールが繋ぐ異文化と自信
じゃあもう一個最後の、会話について、英語についてですね、
多分いろいろ留学の間とか、これから新しく留学することを考えてる人とか、
海外での生活にもう一つ英語レベルアップしたいなみたいな人たちもいると思うんですけど、
ちょっと英語のことについて今西さんと話していきたいなと思うんですけど、
これユリカさんがですね、ユリカさんは一つね、英語をしゃべることによって発見した新しい会話の形式があるっていうことなんですけど、
英語ができなくてできなくて来たばっかりの時に、どうですか?
今西さんもうベラベラの段階で答弁ですか?
全然できないですけど、子供のバスケットボールやってるんですけど、娘たちに。
パパ友の。
バスケットボールを通じて、アメリカ人のパパ友と仲良くなったりして、
それで彼らから学ぶのは、話せないことで奥になるのが一番ダメなんだなっていうのはそう思いましたですね。
話せなくても、コミュニティの中に入っていって、
なんていうか、自分の話せない英語の中で頑張って表現したりとか、
そういう子供のバスケットボールのサークルのボランティアを一生懸命やったりとか、
そういったところが大事になってくるんじゃないかなっていうのは気がしました。
まさにね、そうですね。バスケットボールを通じて、もうすごいじゃない?
センターピースじゃないですか、アメリカのバスケという。
LAで。
LAで。
娘がですね、ジュニアクリッパーズって、NBAのチームのジュニアに、
誰でも別に入れるんですけど、そこでやって、
もともと来るまで自信なくてですね、あんまり自分自信ないわって言ってた長女が、
すごいこっちだと、ちょっとシュート外しても全然上手じゃなくても、
グッドトライって結構言ってくれるんですよ、お母さんが。
あれすごい良い文化だなと思って。
そう、そこそこそこ。英語になって、こういう言葉のかけ方があるんだって、
英語の中で気づきません?
そうですね。
グッドトライとかグッジョブとか良い言葉だなと思って。
そう、まさにそこですよね。
日本語で、じゃあそのタイミングでその日本語、何かけたら良かったのかななんて、
なかなか日本には存在しない会話の形っていうのがアメリカにあって、
私これすごくアメリカに来て、とても幸せなうちの一つですね。
そうですね、日本でも娘バスケットボールしてたんですけど、
ナイスディフェンスとか、そういう具体的な言葉しか言われなかったのが、
シュート外しても褒められるっていうのが、
なんかすごい、僕としては、僕もバスケットボールずっとやってたんです、日本で。
そうなの?バスケの親子なんですね。
違和感はあるけど、良い文化だなと思いました。子供たちにとっては。
じゃあもうあれですね、今西家はこのバスケを通じて親子も楽しくなるし、
アメリカ文化をそこから吸収していくっていう、
例えばそのバスケがなかったら、アメリカっていうものをどう理解するかっていうのは難しくないですか?
そうですね、我が家にとってはもうバスケットボールの存在は大きかったですね。
日本でやってたものが、そのままアメリカで活かせるものが一つあったので。
じゃあ意外とお子さんたち大きくなってからっていうのは、小さなうちじゃなく、
中高の段階で都米ということになりますよね。じゃあティーネイジャーの時に。
そうですね、うちの娘は中一で都米したので、
もう都米する直前の成田空港で、僕娘に言われたのが、
パパのせいで私の人生ぐちゃぐちゃになったって言われたんです。
相当恨まれるだろうなって。すごい仲良いバスケの部活に入ってて、
小学校からずっとやってたグループの中でバスケをしてたんで、
そこからピョンと飛び出されて、全然知らないコミュニティに入れられるっていうのは、
多分彼女にとってはすごい苦痛だったんですけど、
やっぱりそのバスケットボールで得た技術と言いますか知識というか、
そこら辺がやっぱりこっちでも活かされてよかったですね、彼女にとっては。
よかったですね、なかなか珍しいことですよね。
そう簡単なことではないですね。
簡単ではないですね、やっぱり体格も違うしこっち。
そうですよ、実は僕オーストラリアで留学して、
高校16歳だったんですけど、黒板を写せないんですよ。
そのくらいの英語力というか、先生の書いてる文字が読めなかったんですけど、
そのくらいの時に行った時にやっぱりバスケ部に入りまして。
やっぱバスケ。
そう、でもバスケやってたんじゃないですよ、日本で。
だから下手な変な人がバスケ部に入ってきたんですけど、
それでもやっぱり友達増えたし。
やっぱオーストラリアでもグッジョブって感じだね。
本当に試合もね、最後というかすごいリードしてる時とか、
すごい負けてる時の最後の2分とか出してくれるんだよね。
立つでいけ!みたいな。
こっちでジジョもバスケ始めたんですけど、
バスケが下手だから試合に出さないってことないですよね、こっちは。
そうなんですよね、そうそう。
まんべんなく試合を出して、失敗してもグッドトライ、
負けてもグッドトライって言ってくれるので、なんかいい文化だね。
日本だと補欠でずっとそのままベンチで、ベンチウォーマーとして出していくっていうのがあり得るんですけど。
あと、反省会でどうしてあの時あんなことしたんだよっていう反省会があまりない。
どうです?
ないね。
うちの息子はバレーボールをやってたんですけども、反省を言うのは私だけですよ。
辞書コーチのゆりかさんだけが、あのプレーってどうなの?とか言うと、
What!?みたいな。そんな時あったっけ?みたいな。
でもみんなはい次行こう!みたいな感じで行くんですよね。
あれね、私のなんか妙な日本人の癖を改めて見せつけられました。
そっか、いいですね。スポーツを通してね、この国の側面を知るっていうか、
側面って言いながらそこが本当の国民性とか、アメリカ人の持ってる力だったりもしますよね。そこが。
そうですね。一方でその中学とか高校で、例えばその学校でオフィシャルにバスケをしようとすると、
トライアウトがあるので、そのトライアウトに最初、授業とか苦戦してましたですね。
やっぱり受からない、興味があってもスポーツができないっていう。
もちろんスポーツの受け皿はたくさんあるので、地域に足を運べば全然バスケできる環境はあるんですけど、
バスケでずっと推薦目指していくんだっていうメンツと一緒にやっていくとか、結構大変だなという。
補欠っていうものを作らない仕組みっていうんですかね。補欠っていうか、4軍、5軍、6軍っていうのを作らないで。
そこに登録された人はずっと試合がちゃんと組まれるっていう。でも受け皿があると。
そう、スポーツできる受け皿があるっていうのはいいなと。
ですよね、幅広く。
日本だと中学高校でバスケしたいなと思ったら、もう学校の部活に入らないとバスケできないんですよ。
これはもう名作スラムダンクでも言われてたんですけど、街中にコートがないんですよね。
なのでバスケしたくてもできないっていうのがあるので、アメリカはそこら辺が非常にいいなという気がしました。
いいですね。でもそうやってちゃんとお子さんたちのチームを探すっていうことをしたのも、多分今西さんと奥さんの力だと思うんですけどね。
そこ、こんなチームがあるよって言って連れて行く。
そうですね。
そして中に入れるっていうね。
親がもう情報を取らないとやっぱり子供に振りかかっちゃうんで。
黙っててお便りとかでやってくるようなものじゃないですよね。
そうそう、だからそういう意味でやっぱり地域のコミュニティって大事だなと思いますですね。
そうですね。あと自分が何が好きか、子供が何が好きかっていうことを明確に意思表示する。
そうすると誰かが、誰かがというかそういう人たちとつながっていくことができますよね。
そうですね。あとやっぱり算数もやってたっていうのもあって、中学受験のために算数やってたんで、かなりこっちの子供たちと比べると計算がすごくて。
次女なんかもこうある日2桁の小数点第2位かな、第2位までの筆算を目の前の黒板で授業中にやったら、なんかその後についたあだ名がネクストアインシュタインになったっつって。
すごいこんなんなってしまって。
でもいいよね、子供のときそんな素敵なあだ名つけられたら。
だからやっぱり自信がついたみたいですね。
いいですね。
いいね。
すごいね、素晴らしいね。
よかったですね、アメリカでスムーズに子育てが。
日本でできたとしてもみんな褒めないんですよね、あんまり。周りの親も。だけど過剰なくらいすごい褒めてくれるんで、自信のない子供たちはアメリカに来るとすごい自信がついていいなと思いました。
うちの子供たちはあんまり自信なかったので。
じゃあもうどんどん自信を持って、ここで友達いっぱい作ってね、いいですね。
そして子供が友達を作れば作るほど、パパにも友達ができていくっていう。
そうですね、親も頑張らないといけないので。
本当ですね。
そうやってアメリカをエンジョイしてるので、LAの時の登壇の最後もパパ友がいるんですっていうのがあって、ああそういうことかとか思って。
パパ友大事だよね。
そう言わなくていいの、スカウトをやってるって。
僕ボーイスカウトやってるんですけど、ボーイスカウトっていうのもボランティアの場で、子供たちがアクティビティするために親は近くで助けてあげるみたいなことなんですけど、助けを求められるまで助けないっていう感じのルールがありまして。
だから子供たちが主体的にやってて、僕たちはあくまで手伝ってって言われたら手伝うみたいな形でやってるんですけど、
それを引っ張ってるお父さんたちの中にものすごい立派な人がいて、こんなに地域っていうか他の子供たちに対しても真摯に向き合って優しくいつも笑顔で困ってる人にちゃんと声をかけれてみたいな人がいるんだっていうのは、
そこは僕としては父親の鏡みたいなものをファーザーシップのすごいのを見せてもらって、全然足りないなって思いました。それは今も追いかけようと思ってる方々なんですけど。
もちろんアメリカの子供たちとか親御さんもいっぱいいるわけですよね。
LAと違うのでほぼほぼ日本人を見つけるのが難しい。
そうですね。僕の息子がイーグルスカウトっていうスカウトの中で一番上のランクを取って初めてのアジア人なんですね。
この地域の中でね。
僕らの地域では。だから本当に白人に囲まれてみたいなところなんですけど、最初に出会ったのはバス停で出会ったんですけど、
3人ぐらい僕はすごい尊敬するお父さんたちがいるんですけど、お前職業は何だ?みたいな感じで聞いてきたんですね。初めてバス停で。
だからサイエンティストやってますみたいな感じで、何の仕事してるんですかって返したら、俺はハウスハズバンドだって自信満々に聞いて。
ハウスハズバンド?
なるほどって思って、それを自分がハウスハズバンドだったら、人にお前の職業は何だって僕偉そうに聞けるかなって思ったときに、なんかすごい違う世界に来たなって思ったんですよね。
バーンアウト、震災、そしてコミュニティの重要性
ハウスハズバンドから私はアメリカ生活のほぼ全てを習いました。
困ったことは何でも聞けっていう人だったんですよ。
その人と共にスカウツに入っていって、子どもたちが仲良くなって、そしてそこで一緒にキャンプして、どうやって生き残るかということのキャンプをして、子どもたちがね、私たちはちょっと遠くから見てるだけなんだけれども、
ご飯の作り方、アメリカでのね、アメリカでのご飯の作り方、あとは生活の組み立て方、またまた金融に関しても、車の買い方、もう全てですね、あとは父親としてのやり方、母親へのプレゼントのあげ方。
そう、今その方はハウスハズバンドを修了し、子どもが中学に入ったと同時に、今私たちの子どもが通っている小学校の先生をしているんですね。
なので、要は彼の生き方っていうのは、とにかく地域のために貢献するっていうことなんですよ。
しかもね、なんか幸せそうなんですよ。
僕がね、心のそこから幸せな笑顔をしてくれる人っていうのを見つけると、そこにスカウトのお父さん方がいて、こういうふうに笑えるお父さん方は素晴らしいなっていうふうに思って、僕もちょっとそれでスカウト活動みたいにやってるんですけど。
なんかハーバードの研究でも、人の幸せって幸せを感じる人の傾向として、仕事で成功したりとか、研究で成功したりするお金をいっぱい持ってる人ではなくて、同じ方向を向いた共同体の中で暮らしている人っていうコミュニティに所属して、一緒な方向を向いて活動してる人っていうのが研究結果として出たって言ってましたよね。
私、あの研究大好きです。本当に。
あれはその通りだなと思って。
本当ですよね。グルッと戻って、バーナウトの世界にもう一回戻るんですけども、そこを救ってくれるというか、そんな簡単にバーナウトからの救いっていうものはないとは思うんですけれども、
100あるクルーがあるとするなら、一つはコミュニティだったり、尊敬する人っていうのが仕事ではないところにあるっていうのは、とても生きる強い希望に変わっていくんじゃないかなと思っていて、
まさにそのバス停で会った、今はもう親友、そして日本にも連れて帰ったんです。連れて行ったんですよ。家族ごと一緒に日本に行ったんだけども。
すごいですね。それアメリカ人、完全にアメリカ人なわけですね。
もちろんそうです。インディア人。
家族5人で帰るはずが、アメリカ人4人連れて、だから9人で帰りました。
大きなお家借りて。
大きな旅でした。
すごいですね。だけどそれだけコミュニティに入ってるってことですもんね。
そしてこっちのコミュニティに連れてきたっていうので、一つ私の目標、十数年の目標が2年前に達成できて。
素晴らしい。お互いのご家族にとって幸せなんでしょうね、きっとね。
きっといいんですけどね、私たちはもうとにかく幸せしかもらってないけれども、
でもまあうちの息子が言うに、俺が彼らの幸せを作ってるから、ママ、パパ心配しなくていいよって言うんだけど、
それぐらいね、うちの息子は3番目の息子のようにその家族と一緒に暮らしているから、楽しく生きてますね。
だから正直言うと、そのバンナウトの時に僕が考えてた、
震災終わった後にね、僕はその研究にのめり込むことが大事だと思ってたんですけど、
多分震災のうつみたいなものも振り切るために必死で働いたっていうのもあって、
ちょっとバンナウトが実際起きたのは2012年、13年あたりなんですけど、
最初アンガーコントロールができなくなってたんですけど、
その時の自分に少し悪くなってきたあたりの時に、気づいてもう無視しちゃってたっていうのがあって、
そこでやっぱり少し、やっぱり自分がおかしいな、少しイライラしすぎてるなっていう時に、
やっぱり話し合ったり、コミュニティーを立てたり、周りの人たちのコミュニケーションを大事にする方に行けばよかったんですけど、
なんか頭の中でがむしゃらに働くことが、自分の役目を果たすことだと思い込みすぎてたんですよ。
だから、仕事、仕事みたいな感じで、周りを断ち切ってでもやってたんですけど、これ本当は逆方向で、
仕事を一生懸命やるからこそ、周りの人たちを大事にするっていうのは、これ同じ方向でできるんだよねっていうことに、
その時は気づいてないんですね、僕は。やっと素晴らしい人たちが、パフォーマンス悪いわけじゃないので。
タツさんは、これが自分のおかしいところだなって感じたきっかけっていうのがあるんですか?
僕はやっぱり怒りっぽくなってしまって、例えば仕事をしている時に、昼ご飯も食わずに仕事をしているような時ってあるじゃないですか。
そういう時に、ユリカさんにご飯だよとかって言われて、今いけないって言って、それが30分とか1時間になっているのに、今だよって。
分かってるって、っていう感じでキレてる時に、ユリカさんは何も悪いことをしない、僕はキレてるんですよね。
で、おかしいんですよ。ちょっと休めばできる話なのに、いけないとか。
だから何かスイッチの切り替えができなくなってきてるんですよね。
で、もう一つは、睡眠がすごい、僕は睡眠障害が、なんで気づかなかったんだろうと思うんですけど、朝5時に目覚めちゃうんですよ。
頭がちょっと活性化していって、そのバーナウトの状況の時に、バーナウトじゃないですね、バーナウト前ですね。
燃え尽きが起きるところなんですけど、過剰に活性している。
5時くらいに起きちゃって、で、5時くらいに起きて、論文が頭どうせ回ってるやと思って、論文書くじゃないですか。
そしたらすごい書けるんですよ。
すごい良い朝の時間を過ごせて、朝は効率的に過ごせたみたいな気持ちで、すごくポジティブに考えるんですけど、
次の日ね、4時とかに起きたり3時とかに起きたりして、でも昨日もできたし今日もやろうみたいな感じで3時にやるじゃないですか。
2時にやるじゃないですか。
娘にちょっとお化けみたいに夜中の2時にパソコンに向かってんのやめてって言われて、
え、2時に向かって、なんで俺こうなったんだろうみたいなのがあって、明らかにおかしいんですけど、
その時はゾーンじゃないけど、なんか不思議な思考回路に入ってて、やらなきゃやらなきゃって思ってたんですよね。
これがおかしいって思ったのは、大きなイベントがあったんですか。
あ、ありました。仕事が急にできなくなっちゃったんですよ。
だから常にやりすぎてるから、常にバンってできなくなった時に、あれ俺なんでできないんだろうっていう、
自分に研究室で戸惑ってたら、その時お医者さん出て研究で来てた人が、ちょっと立つなんて。
日本の方ね、その方は。
立つなんて言って、ちょっと一緒に診察してもらいましょうかみたいな感じで言われたんです。
言ったらやっぱり見事に診察して、薬処方されてっていう感じでした。
あ、そうだったんですね。なるほどなるほど。
だからもう、結構症状が出てたと思います。
じゃあ周りの方も立つさを見て、ちょっと違和感を感じてたってことですね。
そうですね。ちょっとピリピリしてたんですよね。
だけど、あんまり外には向いてなくて、やっぱり自分に向かって、攻撃性みたいなのが出てて、それが自分に向かってたんだなと思って。
で、もうそのままスパッと、僕実は3週間休んだんで。
日本語のお医者さんがいてよかったね。
命救われたと思ってます、僕は。
日本人だから言い方なんじゃないんです。本当に言い方なんです。
なんだけども、さらに日本語が通じたっていうのは、立つさの心をちゃんと開いてくれたんですよね。
その先生が。あれ助かりました。
本当にね、あの方いなかったら大変なことだったね。
結構大変でしたね。
おかずゆうかさんから見ても、やっぱちょっと。
それがね、私も同じく研究してるんでしょう。
ああ、そうか。
こういうもんなんじゃないかなって、どっかで思ってた。
アメリカで研究するってことはこういうもんじゃなかった。
その時はちゃんとリミットがあったから。
ちょっと悪いのは、うちの父親もゆうかさんの父親も、なかなかの研究者なんですよ。
そうすると、ちょっとそういう時期、思い返してみると、あの時期あれだなみたいなのが、父親で引っかかるところあるんですよ。
そうすると、研究者はちょっとそういうふうに、少し変にスイッチが入っちゃう時があるぐらいの認識みたいになっちゃってて。
だからその日本の方に、はっきり肩つかまれて、目を覚ましなさいじゃないけども、そういう感じで、ちゃんと向き合いなさいって言われて、
あれがもし英語だったら、同じ言葉でも私の心も開いてなかったかもしれない。
でもね、僕は覚えてる。その時の言葉で、僕がこの人に任せていいんだって思ったのがあって、
実は僕のお兄さんが同じ症状で、今出たばっかりですごいよく効くこの薬あるから、
本当に驚くぐらいに症状が治って楽になるからっていうのを言ってくれたんです。
で、その同じ薬を出してもらおうっていう話になって、飲んだんですね。
だからそれは特殊なことじゃないからみたいな感じで言われて、この薬で治るからみたいにすぐパンって言われたのが、ちょっと冷静になって。
今西さん、心配しないでください。そのバス停でのあのアメリカ人と、私たちの心を開いた日本人のドクターを横浜で会わせてます。
安心してください。心配しませんでした。2人は会ってます。
人生を変えた一言ですね、それ。
本当ですね。
実際に。
本当ですね。
ターニングポイントというか。
すごい信頼してくれてて、元々研究仲間として、
僕はちょっとイライラしてたけど、その状況が僕の本来の姿ではないっていうことをすごいよく見てくださってたんで、それは本当にありがたかったですね。
ありがたいことですね。
性格変わっちゃうっすね。
スイサイドというか、最悪の結果そっちの方に命を断つという人もね、やっぱり中にはいますもんね。
そこわかんないですよね。
崖みたいな感じの壊すっていうか、再発する怖さみたいなのがあって、
その時も、ここまで今は大丈夫だけどその先が大丈夫じゃないっていうところの区切りみたいなのがないので、そこが迷うところがあったりして、ゆっくりね。
そうすると、そういうことの後に科学教室、そういうことの後に。
UJの活動も実はそうなんです。
その後なんです。
ボーイスカウトもその後、全部後。
やっぱりじゃあそこで、そういう方向にちゃんとベクトルが向いたんですね、そっちの。
そう言われるとね、本当にそうですね。
少し震災の後、自分の自己紹介した時に自分の地名仙台っていうと、みんながわかってしまうっていう不思議な時期があったんですよ。
その頃の日本地図、東京と仙台しか書いてないような地図でニュースとかにも載ってるような時期だったんで、その時だけ仙台が急に有名になっちゃった時があって、
それを仙台って言うとその後のリアクションを見るのが嫌になっちゃった時とかもあって、そういうのが後から来たのかもしれないけど。
思ってる以上に情報が入ってこなかったんです、アメリカに。
今だとね、グーグルだ、なんだっていっぱいあるかもしれないけれど、その当時15年前は全くっていうのも言い過ぎだけど。
ネットもあったし。
あったけれども、情報はやっぱり今のような感じでは入ってきてなくて、大変だったね。
そうね。
アメリカでそういう経験をされたたくさんの言葉だからこそUJで伝えていく、若い今から来る研究者たちに伝えていくっていう重みはやっぱりありますよね。
そうですね、あの時実はそういうのが出る前にチャリティー活動をやったんですよ。
やっぱり地元だったんでってことで仙台に対して行って、そのチャリティーをした時にうまくできないんですよ。
チャリティーってやってみようと思ってすぐできるようなものでもなくて、それでネットワークっていうかこういう活動っていうのはその時にやってもすごい弱いんだなって一人の研究者は何もできないんだなって気づいて、
やっぱりみんなでつながって普段からみんなで支え合うとか困った時に助け合うっていう気持ちの活動をしてるから何か起きた時にできる。
さっき今西さんも言った、その次のパンデミックの時に、その時のパンデミックですぐに何かやろうとしても準備がない時ってやっぱりすごい頑張るんだけど、その力がなんか虚しくすり抜けていくような、僕はそういう体験をしたんですよね、その震災の時に。
だから、良い活動をしていくためには日頃からやっていくことが大事だなって思って、何か起きた時に日本人の研究者としてつながらなきゃいけないこともあるだろうし、家族が困った時にそういうネットワークが役立つこともあるだろうっていうことで、少しずつ余った時間はそういう活動に使っていこうっていう気持ちが芽生えたのはやっぱりあの時だと思いますね。
人生の転機と学び
いや、いい話聞けました、今日。
いやいや、こちらこそですよ。今西さんの話、最初からずっといいことがいっぱい。
後ろの文字の通り、we listen, we care。もうその通りですごく聞いてくださって、そしてケアしてくださって。
僕も最初来た時、やっぱりアメリカ、PhDを取って、その1ヶ月後にオスドクでアメリカに来たんで、研究者とは何かっていうのを知らないまま来てしまったっていうところがあって、アメリカに来てこんな孤独なのかっていう、研究者ってこんな孤独なのかっていうのをダブルで感じて、やっぱりフルリモートっていうのもありますし。
なんか想像以上にやっぱり先生の言葉がすごい染みましたですね、今。
聞いてもらってありがとうございます。
いやでも本当に今西さんの最初の方の言葉からずっと、いい言葉以外をこの人はいつ話すんだろうっていうくらい響く言葉ばっかりで、本当にすごいいい時間を僕は今日過ごして。
このPodcastも心を開いて喋るっていうことを目標にしてやってきてるんで、それが今日はすごいできたし、僕の人生にこれから役立つような話。
西さん、待って。役立つか役立たないかってそういうことじゃないのよ。そこも怪しい。
怪しいんだ。
怪しくないですか。
有意義な時間でしたね。
血となり肉となっていくってことね。
すごいエネルギーもらいました。パワーもらいました。
ありがとうございます。
多くの活動をなさってて、お一人なのかお二人なのかまだわからないところなんですけども、今西さんの活動の範囲からすると、たくさんの影武者がいるように思うんですけれども。
長いことかけて、小学5年生の医者になりたいと思ったとき、そして小児科を目指してきて、そして長いこと新生治療で日本で活躍し、そしてアメリカに来るっていう長い道のりを聞いてみると、
その時その時にずっと続けてきたことを今ずっと続けてらっしゃるんだな。だからたくさんやることがいっぱいあるんだなってことがわかって、すべてが繋がっていってるんだなと。
そうですね。なんかその立場が人を作るってすごい僕好きな言葉で、そういうことを続けていったらやめれなくなって、いつかそういうふうに見られるようになってきて、自分がこういう立場になった、発信者としての出立ちが出てくるんじゃないかなっていうのは個人的に思ってるので。
情報発信したいっていう若い先生もいるんですけど、やっぱりやるならもう続けた方がいいよっていう形では言ってます。
そうですね。ポッドキャストもたくさん続けていって、こうやって出会うことができるわけだしね。
本当に良かった。続けていきたいって今日は本当に思いました。
ありがとうございます。
本当に今日は素晴らしいお話と時間と、本当にたくさんのエネルギーいただきました。
ありがとうございます。
ぜひ今回と言わず、だけと言わず、ほとんどもぜひ交流を続けていただけたらなと思うので、よろしくお願いします。
こちらこそ本当にお願いします。
嬉しかったです。
LAでは味わえないミッドベストの私たちのインディアナというディープなアメリカっていう世界も。
ディープなアメリカは見る価値あると思うので、ぜひ遊びに来てください。
LAはあれは東京ですね。
インディアナ・ペーサーズ大好きで、ちっちゃい頃から。
NBAのレイジー・ミラー。
レイジー・ミラーも大好きですし、インディアナ・ペーサーズが黄金期だったブルズとずっとやりあってた時期の、あそこからちょっとNBA見てるんで。
インディアナはいつか行きたいところですね。
ぜひぜひ。
ペーサーズ実は職場で行くんですよ。だからこの間一緒に行ったんですけど。
羨ましい。
ぜひ。
去年ファイナル出ましたもんね。
そうなんですよ。
あれはもうちょっと、劇的なファイナル過ぎてもうちょっと。
最後がね、怪我だったのがショックでしたけど。
本当ですね。
でもね、毎試合来てるんですよ。怪我でも。
めっちゃかっこいい。
ハリバートンが。
めっちゃかっこいいですよ。
ハイリースが来ててベンチでね、みんなを鼓舞してるんですよ。
ハリバートンすごい人格者ですよね。
素敵です。
NBAでも全然こうならずに、この前のパリオリンピックでも唯一スター選手の中で、唯一試合出れなかったけど、ずっとチームUSAを鼓舞し続けて金メダルに貢献してましたし、素晴らしい選手だなと思って見てます。
さすが見てるとこは違いますね。
オーラ違います。ベンチに座ってるだけで雰囲気があります。やっぱりすごい。
ぜひぜひ見に来てください。
ぜひ。
復帰戦とかそのあたり、練習は始めてるみたいなので。
そうなんですね。すごい。
良かったです。本当にありがとうございます。
本当にありがとうございました。またどうぞよろしくお願いします。これからも。
聞いていただきました。いかがだったでしょうか。
育児の真実という本の著者で、コオノドリの取材協力をされた新生児会の今西さんと、アメリカでの難しい子育てを語りました。
絵本とか、あとは科学教室、コミュニティ、そして子育ては親育て、留学の間の子どもたちにとって、親は留学だけれども子どもたちにとっては留学ではないとか、そういうお話をしました。
そうね。だんだん仲良くなれた気持ちがあって、私はとっても楽しくなって、どんどん共通の話題が増えていって、おしゃべりって楽しいなって思う時間でした。
番組の振り返りと今後の展望
ゆりかさんも今西さんもすごくいいお話をしてくださって、とても感謝です。
やっぱり共通の話だったりだとか、少しお仕事から離れた今西さんの毎日の暮らしっていうものをお聞きできると、急に近くなるね。
そうですね。それはね、途中でお話ししてたバスケットボールね。今西さん親子にとってバスケットボールがアメリカに慣れ親しむために必須だったというお話でしたね。
実はね、講演の時もバスケの話を最後にちょっとなさったのね。私その時に、この方とお話ししたら楽しいだろうなって思ったの。
もちろんお仕事は大事なお話だし、省二階としての経験っていうものはお聞きしたい話ではあるんだけれども、
さらに言動力だったりだとか、毎日どうやってそこに向かってるのかなっていうことを知ることができると、私はとてもおしゃべりが楽しいなと思います。
いいですね。ナイストライっていう言葉が好きだっていう話が僕は印象的で。
いいよね。ナイスチャレンジとかいいよね。私大好きよ。
自信を持てる環境づくりとしてね、アメリカはいいところがあるなというお話でした。
一方でゆりかさんのお話で良かったのは、やっぱりみんなで地域で成長をすること。子育てというのは親育てであり、コミュニティみんなで学ぶ姿っていうのが大事だったということで。
僕が心に一番響いたのは絵本の話をしたときに、夜のルーティンのきっかけで絵本を読むということよりも、僕は毎日絵本を読んでますって決めると、夜のルーティンまで子どもたちの生活とか成長に寄り添う。
だから絵本の読み聞かせを習慣にすると、親にとってもとてもたくさんメリットがあるということをゆりかさんに気づかせてもらって、そこに今西さんが持ってきたエビデンスがオックスフォード大学にできるようになったんですね。
オックスフォードでもハーバードでもスタンフォードでもどこでも構いはしませんが、私にとっては。
でもたぶんね、絵本を読み聞かせするのが大好きなお母さんたちはたくさんいて、どんな研究者のエビデンスよりも一人一人のお母さんたちが知ってるとも、とってもリラックスして楽しくて、そして共通の話題が増えてって。
しかもたぶん子育て中のお母さんはもしかしたらまだ気づいてないかもしれないけれども、子供たちがね、自分の言葉を持ってしゃべりだしたときに、あの日あの時あの物語から発生するお話だったりっていうのをするのよ。
そういうのがね、子供が高校生ぐらいになったりして、また新しい会話が生まれるっていうのが、私も今ちょうどそういう時を迎えてるから、とっても楽しいと思う。
本当にそうです。
だから絵本の良さというのもしっかり語れたし。
もっともっとお話ししたいね、その絵本と科学と科学教室と。
一応科学教室の中で絵本を使うと、いろんな子供たちがそれをよく聞いて、家に帰った後の会話とかにもつながって。
学びと絵本っていうもの、実験で実際やってさ、これ面白いな、実験面白いな、なんでこういう風になるのっていう話し合いも大事だけど、その前後にストーリーを一つ読んでいくっていうことが、子供にとってもその世界に入っていくこととか、学びの準備ができたりとか、学んだ後にまた心を落ち着かせるとか、いろんな効果があったと思うんで、それは良かったなと思います。
最後の方に僕たちはバーナウトとチャリティーのお話で、僕が追い込まれた時期の経験などもさせてもらいましたけども、その話を僕は最初の頃喋れなかったんですけど、
ポッドキャストを続けているうちに、僕がああいう経験をしたこともですね、それがあるから他の人の苦しい、今もしかしたらバーナウトに苦しんでいるような人たちにも寄り添ったり、あとは理解ができるので気をつけることとかも話せるので、こういう経験を持ったことが自分にとって、それを発信していくきっかけというか、一つの原動力になっているっていうことをちょっと話したいなと思いました。
そうね。それに聞いてくださるのが、またお医者さんというプロの視点があるっていうのはまた面白いね、広がりがあるよね。
そうですね。だから今西さんがいて、ゆりかさんがいて、僕がいて、みんなでそうやって語っていくことが、それは小さなコミュニティとも考えられるけど、こういったいろんなコミュニティ活動をしてきたことが、僕たちを育ててくれているというか、自分もいろいろ学び合っているみたいな気持ちになっているなと思います。
そうね。来週のスラムダンクは、間違えました。
来週のね。ご紹介お願いします、ゆりかさん。
来週のスラムダンクは、じゃなくて、来週のコウノドリは、じゃなくて。
コウノドリとスラムダンクに続いて、名作ですよね。大変な名作が続いております。
大好き。スパイファミリー。来週のスパイファミリーは、ボストンからお届けします。
なるほど。来週はスパイファミリーのお話が聞けるんですね。
すごい楽しみだ。
本物のスパイ。そして、私たちのファミリーフレンズ。
大丈夫かな。本当に仲の良い友達が、今ボストンに来てまして、ボストン留学の合間にインディアナに来てくださいましたので、ボストン留学を十分に語り尽くしたいなと思いますので。
一体、ボストンで何をしているのか、そして最近の興味は何なのか、たくさん聞いてみたいな。
海岸の話を聞いた後に、今度は東海岸ですか。
いいですね。こうやってアメリカを追い尽くすような番組にしていきましょう。
本当ね。そういうことね。
そうでしょ。
でもやっぱり全部違う国に感じるね。
違うね。
同じ国にいるとは、ちょっと思えないね。
一緒にしてほしい。話を聞いてると、まさか同じ国にいるとは思えないところが、ところどころにあるのでね。
面白いね。でもやっぱりアメリカの匂いはするし、不思議ね。
やっぱり声でね、肌でね、感じて、このボストンも知っていただければなと思うので、きっと聞いてくださってる人も楽しめると思います。
ということで、今週も最後まで聞いていただいてありがとうございます。お会いしては、科学教室の先生達と、
ユリカでした。
バイバイ。
おわり。
58:49

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