大変。大変よ。教育と医療とその間だよね。すごいよね。
なので、もちろん自閉症スペクトラムのお子さんに効果があるよって言われてるような行動療法にはなるんですけど、ABAってもっと広くて、どんな行動に対してもやっぱりアプローチできるやり方なんですよね。
悲しい歴史もちょっとあって、初期のABAでパニッシュメントっていう言い方をするんですけど、罰とか嫌なことを与えて行動をコントロールするという時期が一時期あったんですよね。
いかにセラピーだったりとかセッションを楽しくして、本人たちのやる気を持ち上げていくかっていうのをやっぱり意識していかないといけないし、大事だなっていうところですね。
奏でる細胞。奏でる細胞は、サイエンスと音楽を愛する2人が、アメリカ、インディアナから楽しく奏でるようにおしゃべりする番組です。
はい、どうもこんにちは。奏でる細胞の達です。皆さんお久しぶりです。
5月ちょっと忙しくてですね、ちょっと配信が遅くなってしまったんですけれども、無事学会から戻ってくることができまして、すごくたくさんいいことがあって忙しかったんですけど、すごくいい時間をですね、いい5月を過ごせています。
実は学会発表で発表した日が21年目のですね、結婚記念日ということで、ゆりかさんのこと、ゆりかさんに21年のですね、感謝を伝えたいなという時だったんですけど、
家帰ってきて、ありがとうということを伝えたんですけど、帰国のタイミングになってまして、ゆりかさんがですね、約1ヶ月ぐらいですかね、日本に今帰ってます。
なので、オールスバンという形でね、一人娘がね、まだこちらにいるので、娘と2人暮らしみたいな感じで過ごしています。
ちょっと思い返してみると、娘と2人暮らしをするのは、もしかしたら、育児休暇を取った時以来かなと思うんですよね。
娘が生まれた時に、僕と妻は共働きだったので、妻の出産、育児休暇がですね、終わって職場に復帰するタイミングで預けながら職場復帰っていうのは難しいから、そこで3週間休みを取ってくれないかというゆりかさんのアイディアに乗りまして、
僕が3週間、ゆりかさんが仕事始めの時からですね、育児休暇を取って、娘と2人っきりの、すごい良い時間でしたね。
とても大事な、長男もいたんでね、長男を保育園に送りに行ったりしながら娘の面倒を見ていくっていうような日々で、その3週間の間に娘と2人っきりの時間を過ごしてですね。
そうですね、6週間ぐらい取れたのかな、あの時は。なので娘がね、1ヶ月、2ヶ月目ぐらいですかね、2ヶ月です、もうすぐ3ヶ月になるようぐらいの娘と一緒にゆっくり過ごした日々がありまして、
もうそこから10何年経ってるんで、だいぶ対等になっている娘に、パパは私の運転手だからみたいな感じで、そうだよねみたいな。
今日もさっき友達とアイスクリームを食べに行きたいということで、今もう本当に美しく晴れ渡った初夏のインディアナなんですけど、爽やかなですね、青空の中をお友達同士でアイスクリームを食べに行きましたね。
僕はそれを送ってきました。もちろん2、3時間後にまた迎えに来てくれと言われるような状況で、そんなことはどうでもいいんですが、今回の奏でる細胞はですね、いいことがいっぱいありましたの中にこの彩香さんにもいいことがいっぱいあったということで、僕も本当に嬉しいんですけど、その彩香さんのゲスト回の後編になりますね。
彩香さんはですね、言の葉を歩くということで、発達に特性のある子どもとその家族が自分らしく育ち、生きていける社会を作るためにという発信をされています。小児科医で公衆衛生学習士、そして行動療法士の彩香さんですね。
今回は僕本当に大事な回で彩香さんにですね、教育と医療の間というところをですね、いろいろお話しさせていただきました。その回になってますので楽しんで聞いていただければと思います。
最後になりますが、後語りのところで教育と医療ということで、彩香さんとの回の感想とね、あとは印象に残ったポッドキャストのお話を、すごい素晴らしいポッドキャストの回があって、どうしても紹介したいので、それを合わせてお話しさせていただければと思います。それではお聞きください。
大平 例えば小学生1人がキンダーから入ります。
その前からも、そうなの。例えば私たちの街だと、キンダーに入る前に、
キンダーからはパブリックスクールシステムに入れるから、そこからはある程度無料の学校システムが始まるんだけど、
その前からスクリーニングでパブリックヘルスの中に子どもが入り込むと。
それは障害がある子もない子もちゃんと見られる立場になっていく。
いつでも手を伸ばせる状況になっていく。
キンダーに入る前に手が必要な場合は、その手を掴むことができる。
親としてね。助けてくださいができる。
キンダーに入って、さらに学校の先生の目が出てくるから、
この子にこんな支援が必要なんじゃないかなっていうのが、
近くにいる人から上がってきた時にすぐに専門家に会うことができるわけ。
ちゃんと喋っていい?
僕は一回手紙をもらって、お子さんスピーチセラピーが必要だと思うんですけど、
そういったプログラムにちょっと参加させてもいいですか?みたいなサインを求められたんですね。
それにサインすると、ちゃんとテストを受けて、スピーチセラピーがついて、
週2回のプログラムでスピーチセラピーを受けることができますけど、受けますか受けませんかのサインを求められて、
サインすると、週2回のプログラムを受けて、ちゃんとしたスピーチセラピストが週2回しっかり教えてくださって、
毎月ごとの経過で、特定の発音ですね。Pの発音とかTHの発音とかSの発音とかが、
できなかったのがどんどんどんどんできるようになっていくのを、毎月のように記録したやつを、
学期後に先生とスピーチセラピストと、あともう一人ぐらい専門家の方が、
あと学校カウンセラーと担任。
もう見て見て、この中ですごい大人よね。
ゆりかさんと僕とで行くので、全体でも校長先生とかが使う会議室で、
しっかりとパワーポイントに準備されてた、うちの子どもの発達度はできないところから、
どうやって改善していったかみたいな、しっかりプレゼンされる1時間を。
楽しかった。本当に楽しかった。こんなに関わってくれる大人がいるのかと。
そういうサポートシステムが本当にしっかりしてますよね。
すごい感謝がね、あふれちゃうぐらいだったんですけど、
その状況で例えば他の行動とかが出ても、それをやってくれるってことだと思うんですけど、
時間がほとんどなくなってきてしまったんですけど、僕大事な質問1個したいんですよ。
自変症スペクトラムというものを認めるっていう作業についてちょっとお聞かせいただきたいんですけど、
これを認めるというところの壁にいろんな壁があるように僕は感じてて、
特に自変症だと自分が思うと他からどう見られるのかとか、そういうとこの子の自分の子供のこれからがダメになるんじゃないだろうかとか、
そんな不安があると思うんですけど、その子に対して受け止め方って、今のアメリカの状況と日本の状況っていうのを考えた時に大きな差があるかとか、
何が違いがあるとしたら何が違いを生んでるかみたいなことを教えていただきたいんですけど、
そもそも認めることって大事ですよね。
認めることがスタートですよね。
ただそのABAでやっぱり行動に注目するので、診断がなくてもできるんですよ。
もちろん診断がないと保険はおりないので、その辺はちょっとまた別のシステムになっちゃうんですけど、
行動を見てるので何か行動に困ってるっていうことがあるんだったら助けられる方法なんですよね。
なので、もちろんその自閉症スペクトラムのお子さんに効果があるよって言われてるような行動療法にはなるんですけど、
ABAってもっと広くて、どんな行動に対してもやっぱりアプローチできるやり方なんですよね。
なので今そのABAの中でも組織マネージメントのABAっていうのも出てきたりしてるんですよね。
なのでそういう組織の行動だったりとか、組織にいる人たちの行動をどういうふうに持っていくのか。
あとはダイエットコーチングじゃないですけど、そのABAの手法を使いながら行動を変容させることによってダイエットを成功に導いていくとか、
そういうようなABAの使い方っていうのもあるんですよね。
なので必ずしも、診断がつかないと使えないとかっていうものではないんですよね。
そこがあれなんですけど、ただ保険でって言うと、やっぱり診断がつかないと保険会社は認めてくれないっていうのはもちろんですけど。
おだしょー どういった診断がつくと保険が認められるんですか?
大平 基本的には自閉症スペクトラムがやっぱり大きいもので、保険会社とかにも多分多少寄ってくるんですけど、他の発達障害にも認められたりする場合もあると思いますね。
そこはちょっとまだ私の勉強不足の部分なところなので、もう少し調べてみないとっていうところなんですけど。
大平 アメリカの保険会社は難しすぎてわからないので、適応になるときならない場合があるけど、さまざまな発達障害で適応になる可能性があるということですね。
大平 ただそのお母さんの反応としてはやっぱり日本もアメリカもやっぱりご家族の反応というのはやっぱり変わらないというか、自閉症スペクトラムという診断をもらったときに受け入れられる方もいるし、やっぱり受け入れられない方もいるし、絶対に違うというような形で否定して支援から遠ざかるという方も一定数やっぱりいるかなと思いますね。
寺田 そうか、そこを拾い上げる仕事はまた別の仕事かしらね。
大平 そうですね、多分ソーシャルワーカーさんだったりとかカウンセラーさんだったりとか、ゆっくりアプローチしていったりとか、そういった形で理解を深めてもらったりとか、私たちができることとしては自閉症スペクトラムのこと自体をもっとよく知ってもらうことだったりとか、こんなサポートの選択肢があるよということを自然にやっぱり知ってもらう。
大平 あとはこういうふうにやっていったら、こういうふうに行動が変わるから、彼らのQOLがこういうふうに上がるんだよとか、実はサポートを受けることによって本人が困り感を抱えずに楽しくやっていくっていうのは可能なことなんだよっていうのを知ってもらうのはやっぱり大事かなとは思うんですよね。
大変。
大変よ。
教育と医療とその間だよね、すごいよね。
うん、そしてすごく人が、人員が必要だし、理解が必要だし。
はい、聞いていただきました。いかがだったでしょうか。
ゲスト、彩香さんの後編になります。
教育と医療の間でということで、行動療法士としてですね、子どもの行動に向き合ってですね、それを改善する医療をですね、アメリカで学び実践されている、そのお話を聞くことができました。
途中ですね、自閉症スペクトラムを認めるところの親御さんへの質問などをさせていただいたんですけども、こういった医療の最初の段階、認めるという最初のステップっていうものがとても難しいというようなことを僕はよく聞きまして、
特にね、その早いうちに治療を始めた方が効果がいいのだけれども、その早い時期に認めてしまうといけないんじゃないだろうかと思ってしまう方とか、彩香さんもおっしゃってましたけど、日本、アメリカ関わらず、なかなか認めようとしない親っていうのがいらっしゃるっていうことなんですけれども、
その治療と言いますか、こういった行動支援とかですね、学校支援を受けることでより楽しく学校に入れるっていうことができるケースが多いので、社会が受け入れやすく認めやすい社会を作っていくことが大事なんじゃないかなって考えてまして、そういった僕の気持ちから質問させていただきました。
本当に彩香さんにはね、いろんなお話を真面目に真摯にね、やっていただいて、その真面目さと優しさと、あとはその医療の現場を少しでも良くしたいっていう、そういった情熱みたいなものが感じられて、本当に素晴らしい回になりました。
ゲストで出演していただいた彩香さんに心より感謝します。
そして、彩香さんのね、情報発信ことの葉を歩くというページがありますので、ぜひそちらも皆さんご覧いただければと思います。
教育と医療の間ということで、僕も今小児科に勤めている立場なんですね、アメリカの医学部で僕が研究をしている場所は小児科なんですね。
それで実は小児研究センターの中には小児がんの研究施設もあって、その小児がんの研究施設の中に来る大学院生の中には自らが小児がんを持っているので、
それをなくしたいと思って来るという中で、特に優秀な方がそのポジションを取って研究に打ち込むような状況、だいぶ前の回でお話しさせていますが、僕が一緒に研究をしていた方もいました。
そんな中で、実はすごくいいポッドキャストがありまして、大変感動したのでちょっと紹介させてください。
朝日新聞ポッドキャストのメディアトークという番組で、5月21日の回ですね、保育士になって必ず戻る小児がんの中学生の9年後、思いを綴って全編という回なんですけど、
この回が良くて、僕もう2回泣いてるんですけど、ちょっと喋ろうとしてた段階で3回目泣きそうなんですけど。
手紙のシリーズってものすごく人気のシリーズで、朝日新聞の回でも非常に読まれていて、この元の記事もとても素晴らしい記事なんですけど、
この回の写真がですね、クリスマスの格好をしたクリスマス会のね、衣装を着た女の子ですね、中学生の女の子が手紙を読みながら、もう一つの手でマイクを持って多分みんなに聞かせているような段階で、
手でね、涙を拭っているようなそんな写真なんですけど、この回をぜひね、聞いて欲しいなって思うんですけど、
教育と医療の間の医療保育士、正しい職業は何だったんだろう。
医療センターの保育士さんですね。
特別な資格が必要なんで、ということなんですけれども、お医者さんや看護師さんっていうのはどちらかというと医療の立場なんですけど、この保育士さんは子どもたちの声をとにかくよく聞いてくれたと。
そのガンとの治療で頭痛がひどかった上に、水蔵園を併発してお腹が痛くて、頭が痛くてお腹が痛くて苦しくて苦しくて仕方がないときにとにかく話を聞いてくれた保育士さんの岡本さんという方がいらっしゃるんですけど、
その岡本さんに対してのクリスマス会での手紙でその内容がその優しさと保育士さんが聞いてくれたことに対する辛い時の気持ちを聞いてくれた、よく聞いてくれたことに対する感謝を述べた手紙なんですけど、
必ずここに戻ってくるっていうふうに書いてあったその手紙の通り、保育士になって同じ医療保育の現場で子どもたちに付き添いながら保育の仕事をしているという記事なんですけど、それが実現しているという記事のことについてなんですけど、新聞記事も素晴らしいですし、ポッドキャストも本当に素晴らしいのでぜひ聞いていただければと思います。
僕としてはその教育とその医療の間でこういった病気になってしまうと大変なのは病気の辛さそれ自体もあるし、みんなと同じように学校に行けなかったり、みんなと同じような教育を受けられなかったりするっていう二つ目の苦しさみたいなのがある中で、
それを少しでも軽減しようということで、学校と病院の間をつなぐような方々がたくさんいて、そういった職業っていうのが増えてて、それが本当に子どもたちのつらい現場での気持ちを支えているっていうことが素晴らしいなと思ったんですね。
なのでまだまだ知らないこと、今回も僕はOTさんとか学校でのセラピストの方々の言葉もよく知らない状況でしたし、この医療保育士の方の手紙の記事も読まなければ想像はできてるんですけど、実際現場でどういった方々がどのように働いているのかっていうことも知らなかったので、
こういう方々が医療と教育の間で様々な努力工夫をして、専門知識も必要で、勉強した方々が子どもたちを支えていると思うと本当に素晴らしいなという気持ちになったということで、
あやかさんの行動療法師としての活動に関しても、決して重い患者さんばかりを見ているわけではなくて、ABAという考え方を用いると軽い症状の方でもまたはダイエットの行動とか職場での自分の行動を良くするためというふうな応用の仕方もできるということで、
行動療法にはいろんな可能性があるというお話をされていただいたんですけども、でもやはり特に重い症状を持っているような人たちを軽減できるエビデンスのある行動分析と、そしてその療法ですので、それがもっと広がっていって苦しい思いをする人が減っていく。
そして親の気持ちもその時、やっぱり子どもが大変だとその親も同じように苦しい気持ちになるんですけど、親の気持ちも軽くなるようにこういった分野の普及と発展が進んでいくことを願わずにはいられないような回でした。
そして最後になりますけども、もう一つだけ語らせてください。朝日新聞ポッドキャストの手紙というシリーズなんですけど、実はこんな僕にも素晴らしいお手紙が日本から届きました。
20年前になりますかね、うちの長男が生まれまして、その時に僕がポス独1年目ですね。妻が博士家庭の最終学年で白紙論文を書いていた時のことになるんですけれども、
2人とも忙しくて子育てをしながら、研究も忙しい中で家がどんどんどんどん散らかっていき、あまり家が汚いことの話になるとなんか喧嘩になりそうになるような状況の時にですね、妻がシルバー人材というものを見つけてですね、非常に安い時給なんですけれども、
部屋の掃除をしてくださるということで、シルバー人材の方に家に来てもらうことになりました。どんな人が来るのかなと思ってたんですけど、妻が仕事をしている間にですね、土日でしたね、多分土日の土曜日の朝に来てもらってたか、日曜日の朝に来てもらってたかだと思うんですけれども、
僕が子供を公園に連れて行って遊ばせている間に家を掃除してもらうというような状況だったんですけど、すごいすごい素敵な小野寺さんという方が来てくださいまして、小野寺さんは私は料理とかできなくてすいませんです、けどみたいな形で来るんですけど、大変優しくて笑顔が素敵で、今の公園真似なんか全然似てなくて申し訳ないんですけど、聡明ですばらしい方でした。
家を本当にきれいにしてくださって、洗濯をしてもらって、掃除をしてくださって、本当に隅々まできれいにしてくださって、僕と子供と妻に対しても研究を東北大で頑張っているというのはすごいことですということで、すごい励ましてくださって、
そのおかげで励ましが本当に僕らを勇気づけてくれました。そのまま拍手を取ってすぐにアメリカに旅立ったというか、ポジションが決まっていたので、追い込みの時でしたね。
あの時に小野寺さんが毎週のように週に1回だったか2回だったか覚えてないんですけど、本当にすごい安いんですよね。だからほとんどお金払ってないんですけど、そんな中でものすごく励ましてくださって、家をきれいにしてくださってありがたかったんですよね。本当にありがたくて。
そんな小野寺さんと手紙でやりとりしてたんですよ。お手紙小野寺さんから届いて僕も送ってたんですね。ある時からそれが途切れまして、なんか返事をいただけないなと思って、僕もちょっと筆が止まってしまって、しばらくやりとりが止まってたんですが、
本当に久しぶりにですね、僕、研究室が移って新しい研究棟に今いるんですけど、その研究棟にですね、ある朝、エアメールが昔ながらのエアメールですよ。赤と白と青のエアメール自体を受け取るのもすごい久しぶりだったんですけども、それがあってそこに小野寺さんの名前が書いてあった時にはもう嬉しくてですね、ドキドキしながら開けたんですけども、
大きな小野寺さんの文章に変わらない笑顔が頭の中に浮かびまして、嬉しいことに僕たちのことを覚えてくださっていることも嬉しいですが、小野寺さんが元気にされていること、そしてうちの息子の誕生日まで覚えていてくださって、ちょうど息子の誕生日の20歳の誕生日の1週間前に僕はその手紙を受け取りました。
その手紙を受け取ってですね、学会会場に行って発表してきたんですけど、小野寺さんの言葉がとても僕をすごい勇気づけてくれるような、奮い立たせてくれるような気持ちになって、いつもよりも落ち着いた気持ちで自信を持ってね、発表することができて、本当に多くの反響を得た。
小野寺さんがすごいアメリカに来て、学会発表でこんなに多くの方から褒めてもらったというか、質問もたくさん来て、その後こう議論するっていうのは、比較的ね、僕が行っている学会っていうのはフレンドリーな学会なので、まあ多いんですけれども、ちょっと今回はすごい僕としても心に、なんか一つね、なんか大きなものを超えたなっていうか、すごい大きな、
どこかで自分の研究発表、研究内容には自信があるんですけど、発表態度とか英語の上手さとかそういったものには、いつまで経っても自信が持てないんですけど、なんか一つね、心の中に軸というか、いいものを持って発表できた会だったんですけど、
それの一つの要因が、小野寺さんから来た手紙の中で素晴らしい励ましをいただきました。本当にありがとうございます。感動しすぎてまだお便りにお返事かけてないんですけれども、そのお返事の中に僕は本当に嬉しくてありがとうございましたということ、本当にその気持ちをね、ポッドキャストの中でお話しさせていただきましたということで、
この会をつけて小野寺さんの方にお返事させていただこうと思ってまして、あとここで僕がちゃんとポッドキャストでお返事書きますって言わないと僕自身を信じられないので、ちゃんと必ず何回も噛み締めて読ませていただきました。本当に嬉しくてまたお便りさせていただきます。
うちの息子本当に立派に成長して20歳の誕生日なんですけど、あさってですか、あさってですね、誕生日なんですけれども、すごく優しく優しい青年に成長してくれています。本当にね、20年前の時小野寺さんに支えてもらったこと、僕らにとっては本当に大きかったです。小野寺さんがいてくれて僕は本当に本当に良かったなと思って感謝しています。
本当にありがとうございました。
あの、お返事ね、ちゃんと書かせていただきます。子供たちの写真と僕たちの写真も載せてですね、送らせていただきます。
手紙と一緒に入っていた切手、日本の美しい切手を同封してくださってたんですけど、それがとてもとても嬉しかったです。綺麗だね。なので、僕もアメリカの切手を同封して、写真も同封してね、お返事書かせていただきたいと思います。
本当に嬉しいお手紙でした。ありがとうございます。