はい。教育のこと。
教育のことね。ちょっと私たちの子供まだ小さいので。
そうですね。ゆいちゃんのところは今何年生?
小学生、中学生とかなんですけど。
うちも今小4と小2。あ、小5と小3になるのか。年度変わったんでね。
ですけどなんか受験とかそういうところに行ってないので、ちょっとまだ先が見えないというか。
確かに。見えない。
見えないですね。
我が子はどうするんだろう。
そう。まあ自分のことでもないですよね。頑張ってって感じですけど。
そうですね。
はい。なのでちょっと田村さんのですね、小中高大の。
それでいいのだろうかと思いながらね。
ちょっと古いネタになりますけど、参考にできるとなんかいいんじゃないのかなと思ってるんですけど。
田村さんは出身が長岡郷ですよね。
長岡郷市です。京都市の南側ですね。向こう市っていうのがあって、その下に長岡郷市があります。
で、小中までは普通に公立。
公立ですね。小中と。
で、高校が京都市内の私立で京都外大西という高校に進学しました。
宇京区になるのかな。あれ中岡郷かな。
まあまあまあ、三陰という阪急の駅から徒歩15分ぐらいの外大の付属の高校に行っておりました。
なるほど。で、そっから大学は。
が、立名ですね。BKCなんで、滋賀の方ですね。
え、滋賀だったんですか。
滋賀なんです。
そうなんですか。ずっと絹笠だと思い込んでました。
僕も絹笠に行くと思ってたら、学部が琵琶湖にありました。琵琶湖鎖キャンパスっていうですね。
京都に進学したいと思って受けてきた学生を騙すじゃないですけど、滋賀会みたいによくあるパターンですね。
よくあるパターンです。パンフレットとか遠方の人とかやっぱり現地来れてないので、
で、なんかねBKCって書いてあるから、よく見なければわからない立名は京都だみたいなね感じで、
いましたでもそういう人は。
いますよね。
そんなはずではっていう。
はいはいはい。
僕も京都住んでたけどそんなはずではってなってましたけどね。
そうなんですか。知らなかったの。
半分知ってたけど、でもこんなに遠いとか、こんなに駅からバスで山奥の、
まだわりとBKCができて間もない頃ぐらいだったので、何もないんですよ。
だからなんだろうな、京都の琵琶湖のキャンパスとかだと、いわゆる学生街という形での学生向けのマンションあったり飲み屋あったり遊ぶところがいろいろあるじゃないですか。
できたばっかりの大学、その大学を誘致するためにできた何なら駅みたいな感じなので、
なんだろうな、すごい新しい街みたいな感じなので、いわゆる皆さんがイメージする学生街みたいなのがないんですよ。
こんなはずじゃないなみたいな。入学して最初の投稿日で思いました。
大学生活ってキャンパスのきれいさとか充実とも大事ですけど、街がめっちゃ大事じゃないですか。
遊びに行けるところがあるとか飲み屋があるとか、そこに文化とか生活があって楽しいみたいなところがあるけど、それが全くなかった。
ない。ないって言ったらあったのかもしれないけど、少なくとも当時はなかったんですよ。いわゆるカルチャーみたいなやつが全然ないし、だからキャンパスもむちゃくちゃ新しかったので、
なんだろうな、公民館みたいな印象の手触り感のないキャンパス。
箱があるみたいな。
きながわさんはやっぱり歴史重ねてるので、いろんなサークルとか伝統的な何かのあれが散りばめられてて雑多な感じで、
こっちだなって思ってたのが無禁室みたいなキャンパスだったんで、すぐ帰ってましたけどね。
授業が終わったら。
終わったら。
そうなんだ。
大学はそんな感じでしたかね。
先願と閉願の意味って知ってますかっていうところからですね。
先願は当然受かったらそこに行くっていうのがあって、閉願は私立が先なので、受かってその後公立があると。
公立が受かったら閉願の場合は公立に行くというシステムですよね。
これを僕は公立の私立で合格を取った後の公立の受験の3日前か1週間前ぐらいに知り、要は取ってから、両方受かってから選べると思ってたんです。
私立か公立かね。
受かってからね。でも公立受かったら、こいつ行かんとあかんよっていうことに知らされて。
3日前に。
いや普通に多分受かるんですよ。行こうと思ってたら公立。じゃあ今決めたら受かってもうたら選べへんくなるやんみたいになって、そっからうーんって悩んで辞退するっていうことをして。
これもだから進路指導とかの授業あるじゃないですか。あれをほぼ聞いてなかったんですね。
でしょうね。計画性なさすぎですよね。みんな1年そのために頑張るのに。
こうならないようにっていう、これで何人かを救えたと思います。
そうですね。でも立派に生きているんでいいと思います。
そんな感じの受験話でいうと、そんなところで高校に行ったって感じですね。
なるほど。選択肢いっぱいあるっていうのは、私三重県出身なので、あるんですけどそんなにないというか、ある程度の偏差値とエリアで行けるところってもう1つか2つなんですよ。
なるほど。
大学も外に基本出るしかないというか、あるけど自分がやりたいこととか、ちょっと三重大学は津市なので、私松坂市出身だから通えちゃうんですけど隣の市だから、私の母校から毎年めっちゃいっぱい行くんですよ。
100人単位とかで行くんですよ。知り合いばっかりだしとか、もうちょっと偏差値的に高いところを目指したいなって思うと、外に出る一択。
だから三重県の中で探すとか比較してっていうのがほぼできなかったんですよね。だから今話聞いてめっちゃ羨ましいなっていうのと、さすがやっぱ京都は学生の街なんやなっていうのを改めて実感してます。
そうですよね。一応京都市内だと人口の1割よく言われる話ですけど、14、5万人ぐらいがいてて、さっきちょっと正確な数字をと思ったんで、大学と短大だけで36から8。
6から8。
なんか今なくなったりするじゃないですか。経営のあれとかで。だからバッファーあるんですけど、36から38も多いなって思って。
すごーい。
むちゃくちゃ専門と大学だけですよ。
しかもギューって集まってるから余計近いし。
芸大だけで4つぐらいあるので、これも多分京都は特殊だと。
そうですよね。みえなんてちょっと違う大学行こうとしたら車で1時間かけて通わないといけないんですよ。
伊勢市とか行こうとしたら。そんな頑張れないですよね。
そっか。そのアクセスの良さは。だからね、さっき進学の話みたいに言うと、やっぱりそういう環境が整ってるっていうのは間違いなく言えることかなとは思いますよね。
なんかそれを地元民はそういう意味ではあんまり享受してることに無自覚だなって。今聞いてても。
すごい享受してると思います。
京都に住してすぐ思ったのが、京都って歴史がいっぱい街に積み重なってるじゃないですか。
あちこちに石碑とかがあって、有名人というか、菅原道真の関係の神社ですとか、ここ新選組の遁書がありましたとか、歩けばそういうのがだらけじゃないですか。
歴史の勉強余裕じゃないって思って、そこのエリアに行ったら、当時にタイムスリップできて、距離感とかもわかるわけですよ。
こことここで戦争が起こっていて、こっちに徴収班があって、みたいなのがわかるわけですよね。
教科書でしか見てないから、小学校の頃よくわからんくって、バカでかいのかと思ってたら、今思えばめっちゃ近いみたいな。
そういうことね。
数キロ以内にいて人とって戦ってるなんて話とかは、すごいリアルに感じられて、京都ってめっちゃすごいなって思います。
そうか、確かに。教科書上で知ってる脳内のイメージと、フィジカルにね、その土地に自分がいててっていうのは、普通は離れてるもんね、全国の学生というか、小中高の時に知ったとて、なんなんっていう話やけど。
でもそれで言うと、僕も長岡教師に小中をいてた中で言うと、一応平安京の前、都だったけど、その後はなんも感じてなかったんで、あれですけど、京都市内はそうですね。
僕も東京から戻ってきた時の一番驚いたというか、今も思うのは、住んでたマンションの出てすぐぐらいに、千利休がここで最初に水汲みました。
最初に水汲んだってどういうことなんだろうと思いながら、でもそういう日があるんですよね。このレベルの日言い出したら、いろんな日作らんかなとか思いながら、最初の日と、最初に水汲んだところと最後の日とか。
でもそれが、ここかみたいなことに思い馳せれるみたいなのは、学んでて面白いですよね。
学校の選択肢もたくさんあるし、美術館、博物館とか、そういう歴史的なものとかもたくさんあるから、学びたいと思えばどんどん深く入っていけるし、実行、身体制ともなって得ていけるから、なんかやっぱ教育環境としてはいいんじゃないのかなっていうのは思ってますね。
市内から僕、亀岡に出て、あーってやっぱ思ったの。市内の小学校の子育ち世代の友達とかに聞いてて、やっぱ思うのは、学校の授業に普通に伝統工芸とかの体験の授業がわんさかあるみたいなこととかは、普通に羨ましいというか、やっぱ京都ならではだなみたいなのは。
出汁を引く調理実習があったりとかね。
とかとかありますね。
いろいろありますよね。
なんかその辺も、だから勉強だけの教育っていうかね、もうちょっとそういう幅広なところで考えれるといいんだろうなというのは聞いててもらいました。
そうですね。