3人男の子で、どうしても女の子が欲しくて、ワンコは女の子2匹にしました。
男バラだったのね。
そうなんですよ。もう諦めました。4人目は諦めました。
4人すごいですよね。
なんかね、本当にそれこそ、カオリンが男の子が女の子がっていうのと同じように、
私もトップバッターに女子が来て、どうしてもね、女子に姉妹の兄弟を作ってあげたかったんですよ。
女子ってつるむかなと思って、男子はちょっとね、つるむかどうかはわかんないけど、女子はつるむだろうなと思ったから、
そしたら真ん中の兄さんで男子が来たから、なりゆきで4人になったみたいな、そういう感じなんですよ。
で、女の子、男の子、男の子、女の子?
そうなんですよ。
じゃあ上手に生まれたね。
よくそう言われるんだけど、私としてはね、やっぱないものねだりで、やっぱり男兄弟だけとか、女の子の兄弟、性別が同じ兄弟だと、家のムンムン感がずいぶん違うなっていうのがあって。
そうですよね。
女子からキラキラでムンムンして、男子だったらやっぱり男子の戦闘モノとかでムンムンして、家はね、中性化してますね。
あー、そういう感じになっちゃうんだ。
男子ね、小さい頃ね、戦闘モノ?ゴレンジャーとか、ちょっとあまり話しすぎだけど、そういうの見てないからね、怖いって言って、プリキュア見てたんですよ。
お姉ちゃんの影響。
そう、よくドームスティとかで戦闘モノのショーとかあるじゃない。そういうのに出てくことになるのかなと思ったけど、一回も行かないで終わっちゃった。
えー。
そういうところだと、香輪はもうすごく通ったんじゃない?
そうですね。うちは普通に戦闘モノは大好きだったので、アンパンマンショーから始まり、そういうカメラとかね、ヒーローモノにはいっぱい行ったんですけど、
ただ、男の子3人って大変だったでしょって言われるんだけど、みんなすっごいインドアで。
えー、そうなんだ。
女の子よりも大人しかった。
えー、やっぱりいろんな子供がいるんだな。家の中で遊んでるのが好きなお子さんだったんだ。
そうだな、外に無理矢理連れてかないと行きたがらないぐらい。
ほんとに。
インドアの3人でしたね。
えー、そうなんだ。うちどうだったかな。私が出好きだったんですよ。
だから、私が出かけてたから、自ずと子供も連れ回されるみたいな。
でも、私が連れてくとこは大概公園とかだったんですけど、引っ張り出してましたね。
だから、今思い返すと、インドアなのかアウトドアなのかよく私には分からないです。
今は大きいからね、インドアなのかな。
あー、でもそうでもないかな。4人いるとみんな点でバラバラになっちゃいました。
うーん、そうですよね。
で、そんなわけでね、ほんとにね、どっちもね、多子ってことになるのかしら。多い子供の多子です。
そうです。やっぱ平均1人か2人ですもんね。
えー、なんでそんな香輪の自己紹介を香輪の口から聞かせていただけたらなと思ってるんですけれども、お願いしてもいいですか。
はい、ありがとうございます。スタイフではね、自己信頼を育てるラジオというチャンネルをやっています。
カウンセラピストの椿香里と申します。私は心理カウンセラーとオリンパケアのセラピストっていうのをやっていて、
自分がものすごく生きづらい時代があったので、それをね、自分の人生を歩けるようになったのが心理学だったんですね。
そこから自分と同じように自分の人生を歩きたいと思っている女性のサポートがしたいなと思って、心理カウンセラーになって、
そしたら、やっぱり心のことって身体とつながっているので、身体を置いてきぼりにできないっていうところに行き着いて、今はその両方を使って女性のサポートをさせていただいています。
そうなんですね。ありがとうございます。
いやー、なんかね、リンパ?リンパケアセラピストっていう言葉をあんまり聞かないなーと思って。
そうですかね。
あのー、リンパマッサージを、なんていうんですか、してあげるとか、やり方を指導するとか、そんな感じなんですか?イメージ的には。
リンパマッサージとは真逆なんですよね。
真逆なんだ。え?っていうと?
なんだろう、リンパマッサージはグイグイ押し流す感じなんですけど、ケアはリンパが流れる体を作るっていう感じです。
人間の体って勝手にリンパは流れるので、流れる体を作るっていうことをしてるんですね。
それの施術もするし、セルフケアも教えるし、講座もやるっていう感じです。
へー、面白い。そうなんだ。
リンパの今、施術をされるってことだったんですけど、やっぱりそれはリンパマッサージとは違うものなんですか?
全然違います。どっちかっていうと整体に近いぐらい筋肉にアプローチするので。
あ、整体に近いんだ。リンパをどうこうじゃなくて、リンパが流れが良くなるような他の場所をアプローチするっていう感じなんですね。
そうそう、筋肉が硬いとリンパが流れないので、筋肉を緩めるっていうことが主にやってることなんですね。
なので筋肉を緩めると体の痛みも取れていくっていう風に整体に似ているかなとは思ってるんですけど。
へー、そうなんだ。リンパ面白いなと思って。
私は助産師の仕事をしてて、病院で働いてるんですけど、やっぱり妊娠・出産の場面に立ち会ってると、循環って大切だよなって常々思ってるんですよ。
はいはい。
今私、循環って言葉が大好きなんですけど。
大事ですよ、循環。
そう、血液もそうだし、精神的なこともそうだし、とにかく流れが良いっていうのはすごい大切なことだなって思ってるんですけど。
そうですよね。
このところで、やっぱり私の中では体の循環って言うと血流ってところになるから、でもカオリンが着眼してるっていうか焦点を当ててるのがリンパってところなんで、
なんでここでリンパなのかなっていう疑問がちょっとね、私の中にはあるんですけど、どうしてここでリンパってところに焦点を当てたのか聞いてもいいですか?
そうですね。でもこれは本当に引き合ったんじゃないかなと私は思ってるんだけど、
うんうんうん。
自分が腰痛がひどくて、病院行っても大して治療してもらえないしっていうところで困ってたらリンパケアに出会ったんですね。
そのリンパケアにはどういう感じで出会ったんですか?誰かのリンパケアいいよとかそういう感じ?
えっとね、動画が流れてきて。
私が好きで登録していたブログを書いてる人が紹介してたのがそのリンパケアだったんですね。
そしたら腰痛だけじゃなくてウエストが細くなるわ、顔はリフトアップするわ、なんかすごいじゃんこれと思って。
じゃあそれをカオリンは体感したって感じ?
それを動画で見てピンときちゃったっていうのかな。
これだみたいな。
そうもう何も調べずにこれだと思ってすぐ体験会に申し込んでみたいな。
でもなんかわかるそれ。突っ走るっていうか突き進むっていうかピンとくると進みますよね。
迷いがなかったんですよねこれに関しては。
やっぱりそれが自分の心のことに通じていくので、やっぱり出会うべくして出会ったなぁと思うんだけど。
リンパに出会ったんですね。
そうなんですよ。
リンパって血管みたいに全身を回ってる、そういうところから学んでいって筋肉にアプローチするところも学んでいってとか、そんな感じで見つけていったって感じなんですか?
だから血管と一緒にリンパ感っていうのが流れてるんだけれども、リンパ感には全然アプローチしないんですよ。
でも本当に体中を巡っている体液にアプローチしているので、
本当に循環っていうと体中を巡ってくれているリンパ液が酸素と栄養を運んでくれているので、
本当に循環させるのは、血液ももちろん循環してなかったら死んじゃいますけど、
リンパをちゃんと循環させていくってことが本当に未病につながると思います。
私、医療従事者の時代しか社会人になってから生きてないんだけど、
医療従事者で長く働いている恥をかき捨ててするとしたら、血液とリンパ液ってどう違うんですか?
血液とリンパ液って感じの質問なんだけど。
血液はどう違うのか。
血液の中にリンパ液も含まれてはいるんですね。
血管の中にリンパ液も含まれているリンパ液が血管から染み出てきて、
体中に充満しているんですよ。
血液の中にもリンパ液は混じっていると。
血管から染み出てくるんですね、リンパ液が。
それが体中に満たされていて、
ひっかいたら汁が出てくるじゃないですか。
体中に体液が充満しているので、
その体液と血管はどう違うのかって言われると、
全然違うよねって。
医療関係全然知らないので。
疑問に思ってたの、ずっと。
そしたら、かおりんがリンパって言うから、やっぱり違うんだなと思って。
大きなクエスチョンを持ちながら、興味になってきました。
でも何にせよ、流れを良くするっていうのがすごく大切だからね。
心理学が先ですか?
心理学が今7年目になるんですけど、
先に自分の人生を助けてくれたのが心理学なんですね。
そうなんですね。
心理学に出会ったきっかけも、
ご自身がちょっと生きづらい人生を歩まれてた時に、
きっかけと出会ったって感じなんですか?
本当にそうですね。
自分が探していたんだけれども、
どうやったらどん底を抜け出したらいいのかって。
探していって行き着いたのが心理学だったんですね。
そうなんですね。
どんな感じで生きづらかったんですか?
さしさわりのない程度でいいですか?
どこでも喋ってるので。
一言で言うと、私以外すべてが敵のような感じでしたね。
向かうところ見方なし的な。
そうなの。
みんなが私の敵になっているので、
どこにも相談もできないし、
何が正解かもわからないし、
私はこの先生きてていいんだろうかぐらいの状況だったんですよね。
それは幼い時からっていうか、
物心ついたらそんな感じだったんですか?
そんなことはないんですよ。
どん底になったのが今から8年ぐらい前だったので、
そこになるまでに幼い頃からいろんなことが蓄積されて、
どんどんどんどん自分で生きづらい道を進んでしまった。
限界が来たのが8年前っていう感じなので、
辛い時もあれば楽しい時もあればっていう人生を送ってはきてたんですけど。
そこの8年ぐらい前にどん底の時期があって、
1年後ぐらいに心理学に出会って、
人生が好転し始めたっていう感じなんですか?
そうですね。
好転した時はガラッと反転した感じだったので、
そこから反転してから、
どんどんどんどん自分の余分なものを脱ぎ捨てていくっていう作業を今でもしてますけど、
どんどんどんどん生きやすくなっていってるっていう感じですね。
脱ぎ捨てるってことは、
余計なものいっぱい、いらないものを自分の体にいっぱい取り付けて、
身動きが取れなかったっていうものをだんだん取っていったって感じですかね?
そうですそうです。
本当にシンプルに何にも持たなくてもよかったなって今となっては思いますけど、
本当にいっぱいくっつけてましたね。
カオリンの言ってることは、私もそういう共通したものを持ってるんですごくよくわかります。
どっかに書いてあったかな?
自分と共通してるなと思ったからちょっと私の言葉にもなっちゃうんだけど、
私は子供の頃、誰かと遊んだりするときに、
すごい自信のない子供だったんですよ。
私と遊んでも楽しくないのによく遊んでくれるなこの人はみたいな。
家に友達が遊びに来たいって言ってくれて、
いいよいいよって呼ぶんだけど、
うちの家には何も友達を楽しませてあげるものないのにって思って、
ちょっと卑屈になっちゃう。
あんまり面白いものがなくてみたいなニュアンスのことを言うんで、
結局お友達の家に行くことの方が多かったんだけど、
今思い返すとね、やってること同じだよなどこにいても。
何をそんなに自分は自分と一緒に遊ぶと面白くないとかね、
そういうふうに思ってたんだろうね。
そんなふうに思ってたときあったなぁなんてね、
かおりんのプロフィールを読ませて。
ありがとうございます。
そんなことを私も思ってたなぁなんて思ったんだけど、
そっか、かおりんがどん底になったのが8年前だったんですね。
結局私も子供の頃からそうやって、
自分はどうせ嫌われるとか、
どうせ仲間ハズルにされるみたいなことを思い込んでしまったので、
1回が大人になってきたっていう感じなんですよね。
それわかるわ。私も多分同じだと思う。
みんなそれぞれそんな感じのことはありますよね、
子供の頃に思ってしまったこと。
また今のね、かおりんの話を聞いて、
また私も似てるなって思ったのが、
かおりんがどん底だったのが8年前って言ってたでしょ。
私もどん底だなって思ったのは、8とは言わないけど、7ぐらいなんですよ。
同時期ですね。
私は心理学とかそういう形のあるものにはどうなんだろうで、
心理学っていうくくりのところで学んだりはしてないんですよ。
なんかね、ゆらゆらしながら上がってったっていう感じですかね。
すごいじゃあ独自にっていうか自分の力で。
独自になるのかな。
私のことを言えば、4人子供がいるって言ったじゃないですか。
この4人が不安定になって、要は4人学校に行けなくなったんだけど、
その時に4人がね、学校に行けなくなった時は、
私はそのことに関しては、もちろん心配でしたよ。
心配だったんだけど、そのことが私をどん底にさせたんじゃなくて、
でもね、やっぱ通常の子供と違うことをするわけじゃないですか。
そうですね。
4人子供はみんな学校に行くのが当たり前っていう概念を持ってたから、
どうして通常じゃないんだってところで、
私はどうしたらいいんだってすごく思って、
すがりついたのがある音声コンテンツかなんかを購入して、
思春期の子育て的なやつをね、毎日これを聞いてたんですよ。
そしたらね、ある時に先生がね、
子供が小さい時っていっぱい言ったこと全部言うことを聞いてあげてたでしょって言われたんですよ。
私それ聞いた時に、
私子供の言うことを、小さい子供の言うことを聞いてたかなって疑問に思って、
そこからね、それが当たり前って思ってその先生は言ってたけど、
私それ当たり前じゃないかもしれないなって思った時に、
私ってもしかして愛するって分かってないのかなって、
それまで自分のことめっちゃ愛深い人間だと思ってたの。
思い込んでたの。
だけど、私って愛するって分かってなくねって思って、
そこからどん底が、だから何がどん底ってね、
自分が愛するってことを分かってないってことを見つけた時が一番どん底だったんですよ。
ああ、なるほどね。
愛せない人間、人を愛することが分かってなくて、
愛せてなかったんだって、
いや気がついた時がね一番辛かったですね。
私一体それがね50近かったから一体何やって生きてきたんだろうって思って。
それが私のどん底でしたね。
そこからどん底から、自分は愛がなかったって今でも思ってるんですか?
今はね、今は思ってないです。
そうですよね。
いやまだまだって思ってるけど、もっと愛してるなとは思ってるけど、
そこからだってもうしょうがないじゃないですか、
どん底でね自分が愛することを全然分かってない、
最悪な人間だってことって思ったから、
そしたらもう愛するを勉強するしかないじゃないですか。
だから私はそこで、人の愛し方っていうスマホの検索かけたの。
何かを学ぶとかじゃなくてスマホの検索で、
人の愛し方っていうのを検索かけたらやっぱりいろいろ出てくるじゃないですか。
で、そこである本に出会ったんですよね。
それがね、愛着障害っていう本だったの。
で、それを読んだらやっぱりその愛着障害っていうのは、
愛することにつまずく障害。
だから要は愛することができないっていう本に出会って、
で、それで他の検索では、
愛するためにはこういうことをするんだよみたいな丁寧に書いてある書き物があって、
それをひたすら地味にやってたんですよ。
その愛着障害には当てはまってたんですか?
当てはまってました、すっごく。
愛着障害ってね、ちょっともうね、今うる覚えなんですけど、
3個ぐらいある、3個か4個、3個だったと思う。
種類があるんですよ。
で、それを見極めるテストがあるの。
で、そのテストをやったら、正常な別に取るの異常がない、
愛着持ってますよって人と、
持ってませんっていうのが3種類ぐらいだった中の、
私は愛着を持ってませんよっていう、障害の愛することにちょっとつまずいてますよっていう答えが出たんですよ。
そうなんですね。
それはそれでショックですよね。
衝撃でした。
衝撃だったけど、受け入れるしかなかったですね。
そうですね、そこで分かってよかったっていうところもありますもんね。
今となればね、今となれば、ケンスのスマホの検索をかけて、
見つけられてよかったって思ってますよ、心から。
その時はそんなこと思ってないですよ、本当に。
そうですよね。
毎日泣いてた。
愛なんて簡単に言葉にしちゃいけないぐらいのね。
それはでもつらい。
そうですね、でもやっぱり4人の子供がいたから、
やっぱり愛する、愛さないは置いといて、愛する、愛せないは置いといて、大好きだった。
だから大好きだったからこそ、愛したいし、愛する人間になりたいって思って、
その時は必死でしたね、私。
うーん、でももうそれだけで十分もう愛はありますよね。
そこに必死になろうっていう時点で十分だと思う。
そういうふうに言ってる時点でもう愛だらけだよって言われて、泣きました。
だから、それに気がついた時にやっぱり子供を愛さなきゃって、
愛したいって思ってたから、もう愛するにはそれこそ子供の欲求に全て応えてあげたいって思って、
頑張ったの。
4人じゃないですか、あっという間に限界ですよ。
もう無理って思って。
しかもね、しかもトップバッターの長女が中学校1年生だったんですよね。
その時にね、ママに何かできることある?とか聞くと、
あー、あっち行ってもらうことかな?とか言われるの。
それも衝撃で、まさか何かできるかと思ったら、
私のできることが姿を目の前から消すことなんてって、
すごくね、そんなふうに言われてた娘が、
突然、私散歩行きたいから一緒に付き合ってくんない?って言われたんですよ。
そんなこと言われたら、何が何でも付き合おうって思うじゃないですか。
もちろんどこにでも一緒に行くよって言ったらね、
出発する時間が夜中の1時半だったんですよ。
帰ってくるのが3時とか3時半で。
え、そんなに?
で、そのあたたち朝から仕事ですよ。
あっという間に限界。
いやいやいや、もうね、それはもう答えれることと答えれないことが。
だけど、その時はもう愛したいから、
愛したいから、そんな自分を、
いや、ダメだ、どんなに限界が来ても私頑張らなきゃって思ったんだけど、
ダメかもってヘロヘロになった時に、
なんかね、声が聞こえたんですよ。
上から降ってきたんだか、なんだかわからなくて忘れちゃったけど、
なんかとにかく、まずは自分だって、なんか感じたの。
いやー、すごい良い話。
それで、そうだなってその言葉にすごい素直に従う気になったんですよ。
それで、その日にまた娘がね、
真夜中に散歩行こうって言われたんですけど、初めて断ったの。
そこからね、誘われることはなかったんですけどね、真夜中の散歩は。
だけど、そこのとこ、そこら辺から私は、
4人の子供のことはとりあえず横に置こうって思って、
とにかく、まずは自分だって思って、
自分の立ち直しだけに集中したんですよ。
もう一個が、とにかく自分の感情を感じる。
大事ですね。
そう。いい音なんていうの、嬉しいとか幸せだけじゃなくて、
悲しいとか、いらつくとか、恐怖とかそういうのも、
それまで私ね、見て見ぬふりしてたりとか、蓋したりとか、
めちゃめちゃポジティブな感情にすり替えたりとか、
たぶんすごい得意だったんだと思うけど、
そうですよね。私もしてたの。
検索してそうやって書いてあったもんだから、
悲しいって思った時に、この悲しみを感じてみようって、
初めてそれを感じた時にね、
私は職場の後衛室にいたんですけど、
あまりにつらすぎて、ロッカーの中に頭突っ込んでましたね。
思い返すと何やってんだろうって思うんだけど、
誰もいなくてよかったって、誰もいなかったからやったと思うんだけどね。
そんなことをやったりとか、
あとこれはまだまだ難易度が高くて難しいんですけど、
自分との約束を守る。
それも大事ですね。
その3つをひたすら毎日やってましたね。
でもそうやって思うと、本当にカルーは強いよね。
なかなか自分も、それって検索しただけでしょ?
検索しただけ。
検索して出てきたやつを、
自力でやれる人ってやっぱりなかなかいないんですよね。
だから私みたいな仕事をしている人が必要だったりするんですけど、
そうですよね。
それを自力でやって立ち直せるって、
ものすごい強い意志を持っているなと思って感心しました。
ありがとうございます。
なんか褒められましたね、私今ね。
嬉しい。
でもね、本当に必死でしたね。
だってもうそれしかないと思ってたもん。
4人の子供を救うには、とにかく自分を立て直さなきゃって、
必死だった。
でもある時、ふっと気がついたら、
私よりも先に子供たちの方が、
うおーって立ち直ってた。
そうなんだよね。
子供の方が早いのよっていうか、
母がそうやって方向性を変えた途端、子供って立ち直ってくるのよね。
そうなの。
だから、子供をどうこうしようとしなくていいんだって思って、
自分でいいんだって思ってね。
でもね、1個ね、今でもちょっと思い出すと笑っちゃう話があるんだけど、
ちょっとそれ話してもいい?
4人が学校行かなくなったって言ったじゃないですか。
まずは1人目から始まったんですよ。
チョップバッターの少女から始まったの。
彼女が金打ちの時だったの。
その前もね、小学校の時も教室に入れない時期があったんですよ。
小学校1年生の時かな。
私ずっと彼女に付き合って保健室行ったりとかしてた時期があったから、
その時にいろんな本を、小学校の不登校の本とかを読んで、
またそこも子供をどうこうじゃなくて、
親の生活態度を食い改めろみたいな本を読んで、
それが記憶に残ってたから、中学の時に引きこもっちゃった時に、
絶対に私に問題があるんだって思って、
その時にちょっと自分の育児方針をガラッと180度変えたんですよ。
自分が今やってるのが間違ってるってことは、
反対のことをやればいいのかもしれないって単純に考えて。
本当に笑っちゃうんだけど、180度変えたの。
そしたら子供たちはすぐ敏感に感じ取って、
みんなが口々に他の下の3人が、ママが変わったって言ったの。
180度変えたから、それ正解って思ってたけど、
ママが変わったって言った途端に、下の3人も学校に行かなくなったの。
あれ?
本当にね、笑うところで。
よくなるのかと思ったら、全員行かなくなるんかいって思って。
本当に、だけど、その時に、
素直になったんだな、この人たちはって思って。
だから、行きたくないけど、頑張って行ってたんだって。
でも、私が育児方針を変えて、たぶんその時はガミガミママだったと思うの、それまで。
ガミガミ言ってた時刻があるから。
だから、怒らなくなったから、好きなことしても大丈夫って思って、
そして行かなくなったみたいだね。
なるほどね、でもそうやって受け取ってあげるのも素晴らしいし、
子供たちもよかったね。
だからね、なんだろう、そういうのを思うと、
学校に行かないっていうのは人に悪いわけじゃないよねって思ってますよ、私は。
でも私もそう思います。今となってはね、
そしたら、別にお願いすればいいのに、自分としてやり始めたんですよね。
優しいなー。
優しいのかな。
でも、お母さんがいつも毎日やってるのが当たり前じゃなくなった時に、
じゃあやるかって。
奮起したんじゃないのかなって思ったけど、違うのかしら。
だから自分が困るからやる。
優しいといえば優しいのかな。
こっちにやってって言ってくるわけでもないんですよね。
男の子だからっていうのもあるかもしれないけど、
あんまり母に依存してこないんですよね。
でもそれはうちも同じかも。
私も嫌になったら全てを放棄するんですよ。
一番ひどかった時は、ご飯食べたお皿とか、食べ残したものとか乗っかってるのも、
全部そのまま寝ちゃったのもいいやって。
そしたら洗い物はしてなかったんだけど、食べ物はちゃんとゴミ箱に捨ててあった。
そうなんですよね。
やっぱりやりすぎちゃうって、子供の成長を妨げるなっていうのはとても思いますね。
やんなさいっていうことはしなくてもいいけど、
だから自分がやらなくちゃいけないっていうのも、自分から外していいよね。
そうそう、なのでもう母もしたくないことはやらない。
ほんとよね、みんなでね。
誰かのために頑張るっていうところはちょっと手放ししていくと、
意外とそっちの方がうまく家庭も回るし、人間関係も回るかなって思いますね。
ほんとにね。
なんかさ、良かれと思って頑張るのにさ、それが自分を苦しめるっていうのは何なんだろうって思いますよね。
そうなんですよ。もう良かれが本当に子供には大迷惑で、
私もだから自分がガチガチだった時には、
ママは良かれと思ってって言ったら、それが迷惑なんだってもうすっごい叫ばれましたもん。
ほんとに?
もうガーンって感じでしょ。
ガーン、ほんとだね。
私の良かれの頑張りは何だったの?みたいな。
それが本当の本音なんだっていうふうに思って、
それは結構きっかけでしたね。そういう自分が良かれと思って頑張っていることを手放すっていうきっかけにはなりましたね。
確かにね、それが迷惑なんだって言われたら、良かれはいらないらしいみたいなね。
もうガーンってしたけどね。
わかるそれ、わかる。
だってね、自分としてはさ、お母としてはさ、愛情たっぷりでさ、
子供の未来を思ってって思ってやってるんだもんね。
だからそれが本当に迷惑で、
私は高校生とかはもっとキラキラし、楽しく過ごしてほしいっていう思いがあって、
それを言ったら、
ママにとって高校生はキラキラかもしれないけど、俺にとっては違うんだとか、
もう本当に私が思っていることをそのまま子供たちにやらせてあげたいって思うことも
お母と違いなんだなと思って。
俺もね、なんかすごい悲しかったけど、
本当にもう一つ一つ勉強させられましたね。
でもそれがやっぱりね、人間関係にも関わってくるしね。
なんか今のカオリンの話が染みるわ。
染みる?
染みる。なんかね、ほんとに。
愛があってやるのにね、うまくいかなくてね。
手放したらうまくいってね。
そうなの。
なので、私もカウンセラーとして子育ての相談に乗ったりとかするんですけど、
伝えるのは、子供を信頼するだけ。
心配もせず。
とにかく何か困ったことがあっても自分で乗り越える力があるんだっていう風に信じてあげるっていうことが
お役に立つことだなって思って伝えてますね。
私もそこが一番の要。やっぱり子供が自分のことを信じてあげる。
まだ幼いから、まだできないから、私が何とかしてあげないとって思うのが取り外すところよね。
そう、そこなんだよね。やっぱりね、ちっちゃければちっちゃいほど手を出したくはなると思うけど、
どんなにちっちゃくても、やっぱりその子を一人の人間として、ただ信頼する。
うん。
うん。
うん。
うん。
うん。
うん。
うん。
うん。
うん。
うん。
うん。
自分っていうのが本当に大事だなってもう痛感してますね。
本当にね、本当にそう思う。
私もあの4人子供がいて、でね、一時期4人が全員学校に行かなくなったんですよ。
でね、そんな4人も4人点でバラバラに成長してて立ち上がっていって。
でね、学校に行かなかったのが自分で受験して美濃大学行ったとか、新学校に行ったとかといってあるんだけど、
その4人の中の1人はまだ不登校記録更新中もいるんですよ。
あーそうなんですね。
本当に点でバラバラなんだけど、全員に頼もしさしかないっていうか。
そうそうそうそう。
むしろね、ずっと行っていない息子が子を今力を貯めて貯めて貯めて貯めて、バーンって行く時が来るのかなって思うと、それを見るのがすごい楽しみ。
そうだよね。本当に話聞いててもね、その子楽しみだなって思っちゃう。
その子が一番私に似てる。
あーそうなんですね。
だからね、私かつては自分のことが好きじゃなかったから、自分でそれが分かってなかった。
その息子がいろいろやるのが自分を見てるような気持ちになるんだよね、きっと。
その子が小さい頃とか怒ってる時に、なんで私はこの子に対してこんなに感情が動くんだろうって。
片手で見ても分かるぐらい怒り方が違かった。
あるあるあるあるだね。
だから自分と重ねてたんだなって思って。
一番自分に似ている不登校記録を更新している息子がドカーンと行くには、まず私がドカーンと行かなきゃねみたいな。
でもドカーンと行ってるじゃないですか。
いやいやいや、まだまだですよ、まだまだ。
でも本当にこういう風にスタイフで発信をして、こういう風にかおりんとコラボライブなんてさせていただいて、
そういうことをする人生になるとはね、本当に6年半とか7年前に夢にも思ってなかった。
そうなんだよね。
だからね、人生分かんないなと思って。
あらあらうなさんじゃないの、こんばんは。
こんばんは。いつも私うなさんのウクレレと花笛のライブいつも聞きに行ってるんで。
遊びに来てくれた。ありがとうございます。
9時からずっと喋ってるんですよ。
だからね、本当に何喋ってるのか分かんなくなってきちゃったけど、とにかくね、ドカーンと行きます。まだまだ行きます。
私もだから人生が始まったのが、6年前、7年前なので、これからもっともっと楽しまなきゃいけないと思ったら、
子どもたちの人生なんてまだまだ長いじゃないですか。
本当に。
だからね、それがもう本当に世間と比べることなく、花開くのが私と同じ50代かもしれないし。
いつもはどこかで自分の人生を楽しむっていう方向に切り替えてくれればいいなっていう長い目で見てるので、これが楽しみですね。
うなさん女子トークは無限に続くよ。
無限に続く。
本当にね、自分がこの人生50年近く何やってたんだろうって思うと、やっぱり子どもたちには早く開眼してもらって、早く飛躍してもらいたいものだって思うのは正直なところなんだけど、
自分が50年長づとばずの人生で今どんどん軌道に乗り始めたのが、私はすごく楽しくてたまらないから、50年長づとばずでもあの人たちもいいかもしれないとかね。
思ったよりも何でもいいやみたいなね、そんな感じ。