それはそれでね別途またどこかでお話しできればいいなぁと思いつつ、まああの自分自身は結構やっぱりこういった昔から長崎出身で、あと大学も広島に行かせてもらえたんで結構あの平和教育っていうのをとりわけ強く受けた経験がありまして、
まあそういう時からずっとですね、まあこの場所については非常にこう負の遺産としてね気にかけてたところではありますね、であのまあ今回特に別にそのドイツがどうこうとかナチスドイツについてはね、まあ当然ちょっとあのかなり批判的な目を向けるんですけど、
今のね、地続きのドイツっていうところとはちょっと切り離して考えたいなった常々思ってますし、まあそれを言ってしまえばね、あの日本もかなりね、まあ毒ガスとかね、まあ実体実験とかそういうことをやってる歴史があるので、まあそれはについてはね、もうどの国がどうという話ではなく、
ただそのやはり第二次世界大戦、今人類としてね最大規模、そして今一番直近のね大きな世界大戦という意味ではかなり重要なね、あの今、今生きる私たちに直接やっぱり通じるものがあり、その中のかなり大きな世界的に見てもかなり大きな悲惨な非人道的なあの
まあ死の数だけで言えばね、相当な生産効率であったわけですから、まあそういった場所をね少しちょっと見ておきたいなと思ったというのが、まあ一番の生きたかった理由という感じですね、でなんかこうざっくり細かい話はまあ後にもう少しちょっと後半で少し補足の説明とかはするんですけど、
ざっくりまずちょっと今率直にね見てきた後、まあ2,3日経って大きく思うことなんですけど、うーんなんていうのかな、
まあこれはいわゆるその原爆核兵器とはまたかなり異なる形で、非常にその我々の世界にまあ本当に実付きなものなんだなっていうのは痛感しましたね。
まあ大きく言うとやっぱ2つのことからそれはすごく感じて、一つはやはりそのさっきもちょっと述べたような非常に効率的なかなりまあ近々現代続くいわゆるその今のインダストリアル的な工業的なものによって
人々のその死を効率的に生産していたという数々のまあ事実や実際にそこで見たものだったり建物だったり現場を見て感じましたね。
これは一番ちょっと分かっていたけどすごく実際にものを見たりとか場所でしか感じられないものとしてすごくショッキングにありましたね。
あとで説明するんですけど、アウシュウィッツビルケナウということで場所が実は2つあるんですけどビルケナウという方はかなりもう中の内部はほぼ取り壊されていて敷地ともともとあった建物の一部とまあ壊された跡とかあとその物資や人々を運ぶための引き入れた鉄道とかそういうのがそのまま残っている広大な土地だったんですけど
そこに行った時にやっぱりそれは感じましたね。かなり大きな敷地で非常にかなり大きな敷地でも畑のようにバラックが何重も建てられていてそこに日々強制収容された人々が働かされそして場合によっては殺害されたという意味ではもう本当にほぼ工場でしたね。
強制収容所という名前を持っているし実際にそこで労働していたり物を生産していたりという跡もあったらしいんですけどそれ以上に本当に人を死にたらしめる毒ガス室みたいなものがあったりっていうところでかなり強制収容や労働というのはかなり建前的にもう効率的に人々を一箇所に集めて
そして死にたらしめるというための工夫がすごくありそれをこの広大な敷地で本当に生産って生産って別に生み出したらいいですよね。逆に終わらせている、収容させている場所でした。
そこがまず分かっていたというかより強く実際にものを見て肌で触れて感じた部分がありました。
もう一つも細かく後で説明というか補足は入れようと思うんですけどこれも本当に今の直近の現代の世界にすごく通じる
その想像力のなさから来る人々の偏見差別それから見えない形での社会から切り離された人々というものに対するものすごく冷たい視線のその先にここがあるということでしたね。
まあその多くの人はここの場所でたくさんのユダヤ人の方が亡くなったっていうことは知っていると思うんですけどまあ実はユダヤ人だけじゃなくてっていうところもありでまあそもそもそのユダヤ人の方っていうことを考えたときに別にそんなにわかりやすくそのヨーロッパの人々にとって異なる
人たちじゃないんですよね。ほぼ同じような地続きこれはちょっとアジア人から見たらという注釈があるのかもしれないけれども少なくともあの場所で見たあの当時の方々の写真であったり持ち物であったりそこに書いてあるものとか持っている持ち物とかを見るにつけまったくその大きく
異なることのない人々に対する本当に単なる偏見や差別感情それから社会として切り離したいという非常にほの暗い欲望そういうものによって成り立っているというのも感じましたね。
その2点ですかね。まずちょっと補足説明というか実際に見た記憶なども交えて話していくと一点面の点についてはちょっと触れたんですけどこのアウシュビッツビルケナウ博物館というのがあってメインはアウシュビッツという場所というか当時のドイツ地名ですね。
ナチスドイツによってポーランド領内に勝手に作られたというかその時すでにポーランドを侵攻しておりポーランドを支配下に治めていた中でナチスドイツが作ったのでポーランド政府としてはこれはポーランドの負の遺産ではありませんというのを結構強く宣言しているんですけれども
そのナチスドイツがポーランドを占領した時に作ったものでポーランドのねもうワルシャーという首都からはもうかなり離れていてそこからすごく南に下ったところにクラクフというあの旧ポーランド王国時代の首都みたいなあの日本でユースの京都のような昔の王家王室があった
いわゆる古都ですよねあの古の都があるクラクフという町がワルシャーから特急で乗って行ったんですけど2時間半ぐらいかけて3時間ぐらいかけて行ったところにあるクラクフという町からさらにまた車でですね2時間半ぐらいかかったかなというところでチェコとかスロバキアとか本当に南の方の国境地帯にドイツにすごい近いわけでもないんですけど
まああのいわゆるヨーロッパで言えば真ん中なんですよね多分それが大きな理由だと思うんですけれどもそのスペインとかイタリアとかからもしくは北欧のねそのデンマークノルウェースウェーデンあたりぐらいを考えた時にちょうどその中心にあるような場所土地的にねがアウシュビッツという場所があってで最初はそこにまず強制収容所を作って
人々をポーランドでいわゆる政治的な犯罪者たちナチスドイツに従わない人々を捕まえてね逮捕してそこに送るとかそれからユダヤ人の方々を送るとか
収容所がポーランドの方のポーランド内にもともとユダヤ人ゲットというのもたくさんありまあそれ以外も含めて全国各地からユダヤ人を捕らえてはこの強制収容所に送っていくんですけれども当然あのやっていたら当然こう人がパンパンになっていくというね
でこう規模を広げて第2第3と作っていてその第2に当たるのがビルケナウという場所だったのであの規模自体は圧倒的にビルケナウのほんとに広大な敷地なんですよ
見渡す限りだだっぴろいなんかなんて言うんだろうなもう日本だとありえないぐらいの広さ原っぱで古のなんか古戦場みたいな場所ですよね
だだっぴろい平坦な土地に本当にバラックがダーって均等に作られてあってその大部分はほとんどね敗戦時に隠蔽するために壊されたり燃やされたりしたらしいんですけど
まだ全然残っていてその均等に並んだバラックの中で人々が生活したり労働したりもしくは殺されたりしていたという場所でしたね
第1のアウシュビッツの方はどちらかというともう少し小さくてなんかね小さいからこそどっちかというとこっちは町工場みたいな感じでしたね
なんか本当に学校だったりとか町工場とかその辺のちょっとなんか中小企業の会社っぽいぐらいのレベルの規模感のところで
先ほど言ったものと同じように均等にバラックが並んでおりいわゆるちょっとその刑務所みたいな感じではありますよね
周りを鉄格子で囲まれていてバラックみたいなところで人々が一応生活して何かしら労働したりするっていう場所なんでちょっと刑務所に近い
建前上はねしかもそういうところでやっていたっていうのもあって見た目上層なんですけれども
当然そこに人を連れてきてその時点で労働に足るところに達しないと分かった時点で子どもであったりとか病気を持っていたりとか
働けないなというふうに判断された時点でもその先には死が待っているというね毒ガス室に運ばれていくという形ですので
もう本当にそういう意味では非常に来た瞬間に選別されて働けるものは本当に基本的には自分で建物を掘ったり本とかでも書いてあるように
自分が明日死ぬための穴を掘るみたいなことを永遠とやらされていたというところで
しかももちろん貧しい食事とそしてさぼらないように刑務官からの非常にきつい拷問というかものもあって
それから毒ガス室に運ばれたりもしくは壁に立って銃殺されたりと本当にいろいろな方法でもって殺害されたというのが博物館でも分かるようにはなっています
そのアシュビツのところでは結構建物内に中に入るとそういうちょっといろいろな展示があって説明書きがあって
自分はツアーを申し込んで行ったのでツアーガイドの人がいろいろと説明もしながら見せてくれました
なので本当に先ほど言った通り非常に本当に町工場とかそういうのに見えたりとかビルケナーとかのほうは本当に大規模工場みたいに見えたりとか
かなりいわゆる産業革命以降の工業化とか労働生産性とかそういうものとすごい地続きなものを感じたんですよね
そこが自分がいわゆる第二次世界大戦時に他で見ていた空襲みたいな無差別爆撃みたいなものとか
もしくは核兵器などといったそれはそれで非常に非人道的な殺戮の方法ではあるんだけれども
そういういわゆる戦争的な破壊の延長とはまたかなり違って
逆に今正直私たちの産業を取り巻く環境いわゆる工場的なマニュファクチャリング的なものとの地続き性をやっぱり感じたっていうのはありましたね
特にいろいろと調べたらやっぱりそのままドイツ系の当時の国有企業と結託して強制収容所で働かせて
それで各企業の労働力にしていたっていうこともあるのでまさしくそういうものと地続きなんだなと
それでもちろん用済みになったらさよならというのもあるし
そもそも集める時点で非常に有名な鉄道が引かれて
そこに非常に袋詰めにされた人たちがたくさん送られてくるというのが映像とかでも見たことある人いると思うんですけど
まさに鉄道が引かれていて物資のようにヨーロッパ中から人が送られてくるんですよね
列車で詰め込まれて送られてきて送られてきたら選別されてっていう
もう調達みたいな話なんですよ工場でいうね
原料を調達するみたいなもうそれに近いような感覚で
効率よく列車が鉄道がそもそもこの強制収容所ないまで引かれていて
それで運ばれてくるというですね
本当に死の列に並ぶという感じがすごくしましたね
これは自分がそう思っただけですし別に意図せずしてそういう体験になってると思うんですけど
だいたいみんなツアーで申し込んできているので本当にツアーのグループ団体が導かれてですね
そういう一つ一つ博物館で物を見ていくんですけど
その自分たちのそういったグループツアーでの行進と
当時の人たちの実際に連れてこられた人たちの行進っていうのが非常に重なった体験のように見えるという感覚はものすごくありましたね
それから二つ目の話なんですけど
ユダヤ人の方が基本的には多くそこに収容されてっていうところはあったんですけど
またちょっとユダヤ人の方の迫害の歴史とかそういうのを見ていくとちょっとキリはないですし
歴史的なところはいろんな変遷があるので難しいんですけど
まず一つユダヤ人の方に関して言えば
全くその写真とかで展示されて被害者の方々の写真とか展示されたりするんですけど
見た目上はなんか人種上ってわかんないんですよね
正直アジア人から見ればほぼ白人にしか見えないというか
それももう本当にポーランド系ユダヤ人とかフランス系ユダヤ人とか
何々系みたいな感じでヨーロッパ中に点在していて
そこからゲットのようなとこにそもそも収容されていたりするし
そこからさらにそこから場所を追われて送り込まれるという流れもあったんですけど
見た目上は分からないと宗教的なものであったりとか日々の生活様式とか
あとは分かりやすい方で言うと見た目がひげを長くして結んでたりするとか
独特な帽子をかぶったりスーツを着たりしてる人っていまだに全然いらっしゃいますけど
そういう方みたいなのも写真にはありましたけど
別にそうじゃない人ももちろんたくさんいるんですよね
見た目上は分からずに非常に先祖代々の戸籍的な一族的なもののつながりでのみ判断され
そして差別されここに送り込まれてくるというところがあったので
非常に別に何かこういうことを言う気はないんですけど
分かりやすくアフリカ系の人とかアジア系の人っていうのが白人から差別され殺害されたということであれば
分かりやすい構図ではあるんですけど
やっぱり見た目などで一瞬で判断することはできないような人たちが集められて
このような仕打ちを受けるっていうのはかなり今の日本だけじゃなくて
世界的にある灰外主義的なものと重なりはかなりあるよなというふうに思いましたね
いわゆるそういう前時代的な差別的観念とか人種的
人種って非常にこっちに来ると難しくて分かりやすい人種ってないと思うんですよね
いろいろな違和があっていてなのにやはり厳然としてそういう差別や人種としての区別みたいなものがあるということでしたね
いろいろな被害者の人たちの持ち物とかそういうものが送られてくるんですけど
すごいおびただしい数のメガネが置いてあったりとかスーツケースが置いてあったりとかそういうのがあるんですけど
スーツケースに持ち主の人たちの住所とか名前がチョークみたいなのに書いてあるんですよ
記録のために多分書いてあると思うんですけど
それを見ると本当にいろんな言語でヨーロッパの中でも当然いろんなたくさんの言語があって
アルファベットとかアクセント使い方でいろんな言語がありますので
一目で見て本当にいろんな言語があるんですよ
こんなとこから来てんだなとかそういうのがすごい分かるんですけど
それを見るにつけ本当にこれはヨーロッパ中から本当に集められているということに
やっぱり当たり前というか知ってはいたんですけど
驚きと実際の持ち物や人々の顔つきなんかで見て
ヨーロッパ中これは別にもうすべてのヨーロッパの人たちすべての人たちが当事者的な問題なんだなっていうのは改めて感じましたね